笑わない彼にもどうか幸運を。 スマイルプリキュア! 作:新生ブラックジョン
穏やかな午後。今日の授業も無事に済み、何時もと特に変わらないありふれた放課後を迎える。だが、この平和は長くは続かず、唐突に覆された。
出来事の始まりは何気なく通り掛かった裏庭からだった。突然耳にした悲鳴の様な声に向かってみると、地面に座り込んだ緑川の姿が目に入る。と、彼女は何かをその手に持って不思議そうにそいつを見詰めていた。
「何、これ」
「なんか、“打出の小槌”っぽいな」
「なぁに、それ?」
「昔話の一寸法師に出てくる、不思議なアイテムだよ」
日野の例えにキャンディが素直な疑問を口にすると今度は星空さんが代わりにある昔話を語り出す。俺はちょっとした興味本意からそこで彼女達に声を掛けた。
「・・・何してんだ?」
「真澄。何やよう解らん、なおが変なもの踏んづけて転んだんやけど。ほれ」
言われるがままに見ればそれは確かに、うん。所謂、小槌だった。で、星空さんがキャンディに解りやすくあらすじを聞かせ始めた物語とは。お椀の船に乗った主人公が都まで流れ着き、最終的に針の刀で鬼を退治するといった余りに有名なストーリーの昔話。日野が例えた打出の小槌はその中に登場したアイテムである。誰かの落とし物か、さもなきゃただのゴミだな。で、本物の打出の小槌では無いにしても皆の注目が自然に集まっていた。
「―――最後にお姫様が“大きくなぁれ”って打出の小槌を振ると、一寸法師は大きくなるんだよ」
「クルゥ・・・!キャンディもやるクル!」
「まぁ、おとぎ話だけどね」
そう言いつつ緑川は持っていたそれをキャンディへと手渡す。キャンディは星空さんの言葉でその気になったみたいで瞳を輝かせてまじまじと小槌を見詰める。確かに言う通り、期待しても何も起こらないと思うんだけどね、一応。ところが、この妖精はすっかりお姫様気分で役にでもなりきってしまったみたいに何処かノリノリ。
「大きくなぁーれ!」
ブオンッ
「あ」
ゴチーンッ!!
「イタッ?!」
うーん、だからなのか。お約束的な流れの下に悲惨極まりないこのオチが成立。キャンディが何の配慮も無く力一杯小槌を振り上げてしまい、結果それが星空さんの顔面に直撃という、下手をすれば大怪我の貰い事故に。決定的な瞬間を見ていたこっちまで痛々しいの何のって。そりゃあもう・・・ね。音といい視覚的にもちゃーんと痛いなあれは。―――そして、このちょっとしたハプニングに次いでとんでもない出来事が俺達の身にまで振り掛かる。鈍い音と共に小槌がめり込んだ瞬間、とてつも無く眩しい光が発せられた。
「あれ・・・」
強い光に襲われて思わず目を閉じた。が、やがて恐る恐る開くとその光はもう既に止んでいて、今しがたそこで起こった事が何だったのかさっぱり解らない。暫く呆気に取られて突っ立っていたが、間も無くして俺はその声で我に返った。
「ま、ままま真澄君!」
「何」
「あ、あれ・・・!」
「は?」
星空さんのやけにひきつった声に思わず訝しい気持ちを抱く。何をそんなに怯えてるんだ、顔がちょっと怖いぞ。まぁ、それでも仕方なく彼女が指差す方に視線を向けていく。・・・で、思わず固まってしまった。他もずっと凍り付いたまま、誰も微動だすらしない。今、自分達の見ているものが果たして現実と言えるのか自信が無い。いやいや、てゆうかこんなの絶対に認めたくない。だっておかしいもん、そんな馬鹿な。
「「「「「キャンディが大きくなっちゃったぁぁぁ!!」」」」」
「ま、まさか。―――待てよ、そうじゃないだろ」
「え、何が?」
「・・・は!せや、ちゃうわっ。これって、ウチらがちっさくなったんやぁー!!」
うん、これはこれでマジかー!目の前は見上げる秤のサイズ差となってしまったキャンディ。正確にはこっちの方があいつよりもうんと小さくなってしまい、例えば裏庭の花壇なんかもそれを形作る煉瓦の一つ一つが高い壁と化している。こんなのってアリか、もう叫ばずに居られない。
「うぉーーーマジかッ!!」
「私達、一寸法師になっちゃった♪」
「・・・え、何かこの人嬉しそうにしてる。おい、そうじゃないだろ」
「いやぁ、何だか楽しくなっちゃって」
やっぱり黄瀬の奴は1人はしゃいでいた。そんな場合じゃないのは誰の目にも明らかだろ。
「確かに、ちょっとそうかも」
「星空さんよ、お前もか」
これ以上バカを増やしても意味は無い。それなりに現状は把握したつもりだ、後はこの先どうするかというのが重要なんだが。もう、取り敢えずこの際だから何で縮んだのかなんてじっくり考えるより行動しようと思う。・・・と、その一方で5人は何とか助けて貰おうとして大声でそいつの名前を呼ぶ。
「「「「「おーーーい!キャンディぃぃぃ!!」」」」」
―――ドォォン!
「っぶねぇ・・・!!」
待て待て待て!今の俺達にとってキャンディは怪獣映画そのものなんだ。あんなのに来られちゃ敵わんっ。
『どおこおおくううるううう』
「わぁぁぁ!!」
「きゃあ?!」
走り回るキャンディ相手にこっちは四苦八苦、命懸けで回避しまくって星空さん達も散り散りに。あ!こっち来る!?・・・地面へ思い切りダイブ。我ながら見事な緊急回避だったと思う。
「へ、真澄」
「緑川」
俺が死に物狂いで飛び込んだそこには先客が居たのだ。ぶっ倒れたまま、お互いを見詰め合いながら無事を確かめると、ふと、こんな近くから顔を見た事ないなぁ、なんて思ったりして。
「あ、大丈夫?」
「うん。何とか」
しかしまぁ、これは何?気まずかった。別に何がどうって訳でも無いのに2人して距離を取り、地面に正座までして。
「そうだ、他の皆は―――・・・・・・・・・」
「緑川?」
「イーーーヤーーー!!」
ドーン!!
「ぐえっ」
変だな、何か気に障る事でもしたかな俺。緑川はいきなり悲鳴を上げたかと思えば人を突き飛ばし、何やら怯えた様子で掴み掛かってきた。あのー、怖いんですけど。一応、謝っといた方が良いのかなこれ。
「ばばばばっバっ・・・・・・・・・バッタ!!」
「バッタ?」
錯乱気味に今度は突如として掴み掛かってきた。だから怖いって、何か知らんがもう許してくれ。で、よくよく事情を聞くと虫がどうとか言うもんで、あんまり騒ぐから仕方なく振り向いてみた。直ぐ後ろには・・・特に何の変哲もない学校の花壇があるだけ。こっちが周りより小さくなったせいでそこに咲いた花も自分達より遥かに大きい。でも、そこには他に何も無かった。
「あのさ、そろそろ放してくれない?」
「ご、ゴメン!あたしッ・・・!?」
ハッとして緑川はヘッドロック状態を解除すると一気に俺から遠ざかっていった。うん、まぁ別に良いけどさもう。
「あー!キャンディが行っちゃう~!」
「追い掛けましょう!あの小槌を調べれば、元に戻る方法が解るかも知れません」
「ウォッホン。張り切って追っ掛けるよ皆!」
「仕方ないか・・・」
こうして俺達は思いがけずに過酷な大冒険へ歩み出す羽目になった。小槌を持ったまま移動したキャンディの後を追い掛け、何時もとは違って見える周りの風景に何処か新鮮さを覚えながら険しい道程を進む。
「こ、これは―――」
その星空さんが一瞬言葉を失った。目の前の大きな水面を見てこれは多分、最初の試練というか障害になり兼ねないと考える。
「・・・湖だ!」
「水溜まりや」
「どうやって進めば」
日野が突っ込んだ通り、普段なら何てことはない水溜まりは跨ぐなり避けるなりすればそれだけで良かった。今は小さくなってしまったからそれが出来ず、早速立ち往生する。
「・・・とはいえ。“急がば回れ”だな」
「何処行くん?」
この体のサイズでは面倒だけど仕方無いだろう、迂回しようと回り込む事にして再び歩き出す。
「水がプヨプヨしてる!」
「多分、これは表面張力ですね」
黄瀬のこのちょっとした発見が切っ掛けとなり、星空さんは閃く。彼女の案に賛同して水溜まりの上をスイスイと進む。手頃な葉っぱを運んできてそれを浮かべれば・・・成る程、ちょっとしたボート代わりになる。乗り込んで向こう岸を目指す俺達。
「うわ!」
「アメンボ!」
「へぇっ?!」
緑川は驚きの余り一瞬にして凍り付いた。まぁ、そりゃあ驚くよな。今じゃ大体おんなじスケールだもの。
「到着ー!」
「キャンディは何処だ?」
「あ、居た!おーい!」
星空さんが叫ぶ一方、その妖精はこっちになど気付きもせずピョンピョンと軽快に階段を駆け上っていく。という訳で続く障害に出会したのだがこんなのどう上ればいいんだよ、マジで不便だな。
「なんて高い山!」
「階段でしょ」
「よっしゃー!肩車大作戦やー!!」
お次は日野の提案。その作戦名からしても内容は明らかだ。一番上の奴が下の奴を引き上げて・・・というのを繰り返して階段を上りきろうという大胆にして単純なもの。ただ、そうなると問題が一つ。
「・・・じゃあ、行くよ?」
「お、おう」
一番上から日野、黄瀬、星空さんと来て青木、緑川。俺は男子だって事で最下層にて土台にならなければならず、体力面とか体重の関係から判断したんだろうけど。この背には責任が重くのし掛かる。女子でも5人分だし、崩れたら彼女達が怪我するかも知れない。だけど、それとは別に―――
「振り向くなぁぁっ・・・!」
というか見上げるな、俺。直ぐ上には緑川が立っているし、なんなら更にその上にも女子が居るから微かでも見てはいけないものが見えてしまうぞ。
「真澄、平気?」
「大丈夫、断じて覗いたりしてねぇから!」
「―――へ、覗く?・・・真澄、あんたまさかっ」
・・・ドシーーーン!!
「「「「「わーーー!!」」」」」
スマプリタワーは敢えなく崩れ去った。いや、それよりあんたまさかって何だよ。何か動揺した緑川辺りからグラついて一気に倒壊してしまった。これって俺のせいか?うわ、また気まずい。
「こっ、今度はなんだよ!?」
運動部の連中だ。直後に物凄い振動と共にユニフォーム姿の一団が俺達の直ぐ側を横切っていく。危うく踏み潰されるところだ。全く、踏んだり蹴ったりだな。・・・・・・階段はそれからどうにかこうにか攻略し、キャンディの背中を追い掛けて極小サイズのまま校舎の中にまで足を踏み入れた。何時もの廊下も大回廊と思う程に長く、必死に走って行き着いた先では途方もなく広く感じる教室を目の当たりにする。この時、黄瀬は又しても嬉しそうに辺りを見渡していた。イチイチ喜ぶなよ、ちょっとは悲観しろ。
「感心してる場合ちゃう、キャンディ追い掛けんで!」
「むちゃくちゃ広いじゃねぇか。あぁ、マジでキツい」
「キャンディはあっちに行ったよ」
「で、どうすんだよ」
「取り敢えず、これ上るで!」
「えっ、いやいやいや―――」
見上げた断崖絶壁を前に日野が先行してよじ登る。それは・・・・・・机から釣り下がった体操服をしまう袋か何かだとは思った。日野も他の皆も次々としがみついて上を目指す。
「こんな番組見たことあるぞ。確か、筋肉自慢が障害物を攻略してって、それで」
「ブツブツ言ってないで来なよ、キャンディ追い掛けなきゃ」
「っ解ってるよ!」
必死にしがみついて這い上がった時、緑川が差し出した手を掴んでとあるテレビコマーシャルの文句が頭を過る。しかしふざけている場合では無いとちゃんと自覚しているので決して真似はしなかった。
「ひろーい!運動場みたい」
「だから、何ではしゃいでるんだよお前は」
「だって、何時もと全然違って見えるんだよ?ほらほら!」
「あのなぁ・・・」
黄瀬を睨んでいる間にキャンディは窓から外に飛び出していた。やっとの思いで教室に来たのに、又外かよ。
「高いですね・・・」
青木の言葉に全員が息を呑む。そこは机の上、縁に近付いて覗き込んだ途端に足がすくむ思いだ。こんなとこからもし落っこちでもしたら軽く死ねるじゃん。
「―――そうだ!」
「何する気」
「向こうに渡ろう。これを使って」
目を付けたのは机に置かれていたプラスチック製の定規。黄瀬がそれを指差し、運んで来てこっちの机からその隣の机まで橋渡しにした。成る程、これで先に進めるね♪・・・・・・いや、ふざけんなちくしょうめ。
「本気じゃないだろ」
「仕方ありません、灰谷君。行きましょう」
「・・・下は見ない方が良いな、絶対」
やっぱり無理だ。見るなったってこの橋、下が透けてるんだもの。透明な定規の上を俺達は慎重に進む。
「おぉ!高い」
「凄いね!」
「足下、めっちゃ透けてるぅ・・・!!」
日野の声が震える。無理もない、こんなの高所恐怖症でなくたって怖いと思うし。まぁ、一部楽しんでそうなアホもちらほらいるみたいだけど。要するに何とかと煙は高い所が好きって、あれ、星空さんと黄瀬は少なくとも“あれ”なんだ。
「下見たらアカン下見たらアカン下見たらアカン―――」
「あぁ・・・!」
「っなおー!?」
「おい、早く進めよ」
「せやかて、なおが!」
どうやら恐怖の余り気絶したらしい。こんな橋のど真ん中で?勘弁してくれよ。
「て、手伝ってや!」
「くぅっ、絶対に死にたくない。こんなの嫌だからな」
日野と2人で緑川に肩を貸し、定規の上を渡って最後まで辿り着く事は出来た。ふぅ、一気に力が抜ける。
「で。この後は」
「キャンディが下に・・・」
「もー嫌、無理。ムリムリムリ!」
「そうだ。いい考えがあります!」
お次は青木のプランが炸裂する。彼女はおもむろにスマイルパクトを取り出すとキュアデコルをセットした。軽快なリズムと共に何が起きたかと言うと、青木はデコルの力を使って傘を取り出した。
「これで―――」
「成る程!」
星空さん達は各々、傘を手にしてそれを広げると窓の縁から思いきって飛び降りる。傘をパラシュートの要領で利用して地上に着地しようという試みだった。でもって、傘は確り人数分用意される。
「下見たらアカンでぇーーー!!」
日野は両手に一本ずつ、彼女に緑川はしがみついて落下していく。俺はその後に続いたが、何せ他と違ってビニール傘なのは明らかだったのでここでも恐怖しかない。・・・・・・・・・あ、キャンディが居た。
『どおおおこおおくううるうう』
ブオォォンッ!!
こーこーくーるー。そいつが振り向いただけでこっちは大惨事。強烈な突風になす術なく吹き飛ばされる。こういう時、悲鳴すら出ない。しかも冷静に死を覚悟してみたり。あー、もう駄目―――
ファサァァ
「・・・助かった?」
下は草地だった。裏庭の雑草がクッション代わりになって俺達を救った。・・・もう、これ以上は勘弁してくれ。
「あ、トノサマバッタ!」
葉が揺れたと思ったら顔を覗かせたのは一匹の虫。余りに大きいがそれも自分達が小さくなっているから。
「イーーーヤーーー!!」
緑川の悲鳴が轟く。彼女はバッタを見た途端に1人走り出す。おーい、何処に行くんだー。すると向こうでも叫び散らし、途方に暮れる俺達の目の前を物凄いスピードで横切る。その後、緑川はアリやチョウなど様々な昆虫に出会す度に騒いではバタバタ走り回った。・・・クモの巣に引っ掛かったところを助けてやると漸く彼女は疲れ果てた様子で立ち止まる。
「なおちゃん、どうしたの?」
「・・・だって―――てんとう虫ィィ!!」
星空さんの背後を見て再び声をあげた。側に居た青木にしがみつくなり、身を隠しながら震えていた。
「こわーいぃぃ・・・!」
「なおちゃん?」
「なおは虫が大の苦手なんです」
一連の様子から、うん、それはハッキリしている。どうりで大騒ぎする筈だな。確かに、あの目はマジだ。
「どうして?こんなに可愛いのに」
「可愛くなんか無いよッ!!」
てんとう虫を撫でる黄瀬の言葉に緑川は強く否定する。てんとう虫は羽根を広げるなり飛び始め、緑川に向かって近付く。当然・・・・・・
「わぁぁぁ!ごめんなさぁぁぁい!?」
「あーあ」
果たして、てんとう虫が本当に怒ったのかそれは解らない。だが、追い掛けられた末に緑川はこれ又凄い勢いで茎を登っていくのだから驚きだ。早ッ!
「「「「なおちゃん!!」」」」
彼女は足を踏み外して落下した。誰もが助けもままならずに見ている事しか出来ない。
「なお・・・!目が覚めました?」
「なおちゃん、大丈夫?」
仲間が心配する中、緑川は静かに目を覚ます。結論から言って彼女は無事だった。怪我もなく、ただショックな出来事があったので気を失っていた。星空さん達はホッと胸を撫で下ろす。一時はどうなるかと思ったけど取り敢えず良かった。
「あたし・・・」
「高いとこから落ちて、あの子らがクッションになってくれて助かったんよ」
そう。あの時、間下に偶々居たとある虫が命を救った。日野が指し示す先にはダンゴムシが居て、大きいのが二匹、周りに小さいのが居て差し詰め家族の様にも見える。緑川は見るなり震えた。
「何や。どうした?」
「来ないで、お願いだから―――」
ダンゴムシ一家の長男、とは断言のしようもないが怯える緑川の側までその小さい奴がやって来る。
「もしかして、なおちゃんに持ってきてくれたの?君、優しいねぇ!」
「そうなのか?」
「そうだよ」
星空さんが断言するに、ダンゴムシは落ち葉を持ってきたらしい。緑川が気を失っている間に葉っぱで布団を作ったところ、手伝ってくれるみたいだ。それを知って彼女は複雑な表情をする。
「おぉ!蝶々だ!おっきいねぇ」
「あっちではアリさんが飴を運んでいるよ!」
「私も運ぶの手伝う~!」
彼女達はイチイチ感激してはしゃぐ。成る程、普段は見もしなかった世界だ。でも、こうして小さくなってから初めて見てみると色々新鮮な気分だ。・・・へぇ、あぁやって餌を運ぶんだなぁ。
「って、みゆきが運ばれてるやん!!」
思わず感心していると見逃せない事態に。あいつは馬鹿なのか、手伝うどころか気付かなかったら危うく巣穴に連れていかれてたぞ。
「なおは知っていました?身近にこんなに沢山の昆虫が住んでいた事」
「知るわけ無いよ。虫が居そうなところには近付かなかったし・・・」
「私は感動しました。ここは昆虫達の町なんですね」
青木がそう表現した様にそこにある光景は正しく一つの小さな世界だった。・・・うん、凄いっちゃ凄いんだろう。けど、本当はこんなのんびりしてる場合じゃない。
「何―――」
余りに突然だった、それで驚きの余り尻餅をつく。あれ、何処かで見た様な。
「・・・痛いだわさ」
「だわさ?」
「あぁ!プリキュア!」
緑色のフードを被ったそいつ。特徴的な語尾もそうだし、あの突き出した大きな鼻・・・・・・おぉっと、嘘だろ。
「“プリキュア”クル?!・・・えぇ!皆が小さくなってるクルゥ!!」
そこに探していたキャンディもやって来た。うん、知らなかったとはいえ、こうなったのはお前のせいだけどな。
「はっはーん。さてはお前達、あたしのチイサクナールを使ったね」
チイサクナール?詰まり、あの小槌はこの魔女が作った発明品か。うわぁぁ、前も変な指輪のせいで大騒ぎしたってのに又かよ。
「自分達で小さくなるとは手間が省けただわさ。―――世界よ!最悪の結末・・・バッドエンドに染まるだわさ!・・・白紙の未来を黒く塗りつぶすだわさ!!」
そしてこの流れに突入する。禍々しい空気がいっぺんに立ち込めると空には不気味なクモの巣が張り巡らされ、清々しい青は澱んだ色に染まる。
「大変!虫さん達が・・・!」
まるで事切れたかの様に周りの虫は動かなくなっていた。おいおい、虫もバッドエンドになったりするのか。てな訳で、悪の皇帝とやらに捧げるみたいだから十分な量に至ってるらしい。本日のノルマは達成しましたってか。
「もっともっと絶望するだわさ!」
「そんな事させない!!―――皆、行くよ!!」
虫一匹からだってバッドエナジーとか言うエネルギーを搾り取ろうとする魔女へ向かって、星空さん達はスマイルパクトを取り出す。
〈―Ready?―〉
『プリキュア・スマイルチャージ!!』
〈―Go! GoGo Let' go!!―〉
5人はキュアデコルをセットして一斉に変身していく。
「キラキラ輝く、未来の光!キュアハッピー!!」
「太陽サンサン、熱血パワー!キュアサニー!!」
「ピカピカぴかりんじゃんけんポン♪キュアピース!!」
「勇気リンリン、直球勝負!キュアマーチ!!」
「しんしんと降りつもる清き心!キュアビューティ!!」
“五つの光が導く未来!!―――輝け!スマイルプリキュア!!”
だが、それでも圧倒的に不利である。魔女が地面を一歩踏み締めただけでそれは大地震の様に感じる。草むらに棲む昆虫と大差無いまで縮んでいては、向こうは正しく天まで届く程の巨人。これだけでも非常に不味い、が、加えて魔女は更に繰り出す。
「出でよ、アカンベェ!!」
この上、赤い玉を取り出して怪物まで登場させた。アカンベェは草むらのタンポポから生み出され、それはもう恐ろしくデカくて―――
「あれ?・・・アカンベェも小さいよ」
「私達に合わせてミニサイズにしてくれたのかな」
「しー!マジョリーナは気付いてへん。黙っとこう」
あー、本当だ。向こうは何時もの調子でやってしまったらしい、これはラッキー。これなら勝ち目があるんじゃないか、よーし。
「逃げないと!」
アカンベェが頭からミサイルらしき攻撃を放った。巻き込まれない内にその場から離れ、物陰に身を寄せて様子を窺う。ハッピー達は攻撃をかわし、草むらを駆け回る。魔女とキャンディの声が飛び交う中、プリキュアの反撃が始まる。ビューティの蹴りに続いてピースが、その後に下からサニーが拳を突き上げる。アカンベェが頭上高く吹き飛ばされ、そこにマーチの一撃がヒットした。・・・が、弾き返されてしまう。アカンベェの花弁の様な頭から四方にミサイルが飛ぶ。そいつの軌道はもう滅茶苦茶であちこちに降り注ぐ。草むらの葉っぱが散っていき、動けなくなっている虫は下敷きになった。
「虫さん達が!・・・止めて!ここは虫さん達の大事なお家なんだよ!」
「虫?・・・へっ。虫けらなんざどうでもいいだわさ!アカンベェ、纏めて始末してやるだわさ!」
「だめぇぇぇ!!」
ハッピーは叫び、一匹の青虫を庇ってミサイルの直撃に遇う。サニーとピースが向かう中、一方マーチはビューティの手を借りて立ち上がった。
「虫けらと一緒に皆くたばるだわさ!!」
魔女の声にアカンベェが動く。マーチは1人、敵に向かって素早く駆け出していくとアカンベェ目掛けて飛び蹴りを叩き込んだ。タンポポの細い茎の体がグニャリと折れ曲がる。その勢いに乗せて、アカンベェは魔女の顔に叩き付けられた。無論、小さなアカンベェがぶつかったところで大した事は無い。怪物は虚しく地面に落下する。
「虫けらって言うな!!」
「はぁ?何だわさ?」
「―――私は凄い虫が苦手だけど・・・小さい虫達だって一生懸命生きてる!それを踏みにじるなんて、この私が許さない!!」
マーチの怒りの声が草むらを通る。魔女は全く意に介さず、アカンベェをそこに置いて命令する。ミサイルが次々に発射され、マーチへ向かって降り注いだ。マーチは回避し、飛び退いて追撃を蹴り飛ばす。弾かれた一発がアカンベェを直撃する。すると煙の中から更にミサイルが。・・・・・・ビューティがマーチを救い出す。ピースは手刀で飛んできたミサイルを切り裂く。
「ハッピー!」
「―――はぁぁぁっ!!」
サニーは怪力を発揮して物体を放り投げる。それをパンチして仲間がアカンベェに命中させ、魔女は飛んできた空き缶を顔から受け止めて大きく仰け反った。完全に貰い事故だ、又しても。
「今クル!」
「うん!」
キャンディの呼び掛けにマーチが答える。スマイルパクトに力を込め、彼女は力強く叫んだ。
「“プリキュア・マーチシュート!!”」
風のエネルギーを凝縮したそのボールを蹴り飛ばす、キュアマーチ渾身の必殺技がアカンベェを消し去る。プリキュアの技による浄化作用で赤っ鼻の怪物は葬られ、魔女は如何にも悔しそうにジタバタする。でもって、そのせいで地震が起きてこっちはスッゲー迷惑だ。おい、止めろってんだよ。あ、これはもう面白がってるぞ。魔女は明らかにこっちの反応を窺って楽しんでいた。
「あー!!ちっちゃいんだからアカンベェ出さなくても倒せるだわさ!」
「今更かよ。そんなの始めっから解るだろ、普通」
でもヤバい。兎に角、これで気付かれたからにはいよいよ不味い。魔女はキャンディからチイサクナール・・・という名の小槌を取り上げ、透かさず俺達に向かって振り翳した。
「纏めて叩き潰してやるだわさ!!」
グチャッと、いや、プチッとかも知れない。どうでもいいけど、それこそ虫けら同然に―――
ピカーーーン!!
眩しい光が目の前を包んだ。小槌を地面に叩き付けた瞬間、強い輝きに目蓋を閉じる。・・・あれ、この感じはもしかして。
「―――やったぁ!元に戻った!!」
「しまった!」
使い方が完全によめたぞ。一度使うと小さくなり、そこから又使うと元通りという訳だ。チイサクナールという単純な名前だけに扱いも極めて単純。ふぅ、やれやれ。
「っ今日はこの辺で勘弁しといてやるだわさ!」
「それが良いだろうな」
魔女は捨て台詞を吐いて一瞬の内に姿を消す。共に、バッドエンド空間も消滅して全てが何事も無かった様に元に戻った。うん、もう虫けら呼ばわりさせないぞ。
「良かった」
安堵の言葉を漏らすマーチの視線の先にはあの虫達の姿がある。アリやダンゴムシは再び動き出し、蝶は羽根を羽ばたかせて何処かへ飛んでいく。
「一時はどうなるかと思った。こんな事は二度とごめんだな」
「でも面白かったね。大冒険だったよー」
「今にしてみたらな、そう言えるんだろうけど。何度死にかけたと思うんだよ」
でも、とは言っても。さっきまで見ていた景色は普段と違う新鮮なものであったのは違いない。虫だってあんなに間近で見たのは初めてだったと思う。しかもやたらデカい。
「・・・何してるの?キャンディ」
「ありがとうって言ってるクル」
「解るのかよ」
「虫さんもお喋りするクル。とっても嬉しそうクルゥ」
バッタやアリ、ダンゴムシ。花壇でそれらに耳を傾けていた妖精曰く、虫達は星空さん達に感謝しているらしい。まぁ、そういう事にしておくか。それにしたって虫の言葉が理解できるとか、いや、そもそも喋るんだとかファンタジー過ぎんだろ。・・・待てよ、妖精といいバッドエンドといい、もうとっくにそうか。
「そうなんだ」
「虫さん達も、私達と同じという事ですね」
「ところで、なおの虫嫌いは直ったんか?」
「・・・少し直った様な・・・直ってない様な―――」
まぁ、そうそう苦手なものを克服出来たら苦労は無い。という訳だから、言おうか止めようかと思っていたんだけど。
「あ。・・・緑川」
「ん、何?」
「なんて言ったら良いのか。そのー・・・」
「どうしたの。はっきり言ってよ」
「んー。いや、背中に」
「背中?」
「そうそう、背中に引っ付いてる」
「え、何が?」
「・・・てんとう虫」
恐る恐るとそう伝えた。そして彼女はきっと大騒ぎすると思ったから、まぁ落ち着けと付け加えて。
「へぇっ、とっ取って・・・」
「お、おう」
そーっと指で摘まんで、優しくてんとう虫とバイバイ。緑川は溜め息をついて肩の力を抜いた。
ブーン、ピトッ
「あら」
「―――ああああああ!!」
飛び立って、どっかに行く筈が何故か緑川の鼻先に。これは俺のせいでも何でもないからな。
「やはり、駄目な物は駄目みたいですね」
「ですねー」
この日、彼女の何度目かの悲鳴が放課後の学校の裏庭に響き渡った。てんとう虫さん、あの時の失言はもう許してやったら。
続