ホウエン地方のトレーナーとサイトウのお話です。

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ホウエン地方のエリートトレーナーとガラル地方のサイトウの話です。


せめて拳を届けたい

 この想いが届かないなら───

 

 せめてこの拳をあなたに届けたい。

 

 

 

 

 乾いた空気、風に吹かれる砂埃、巨大な遺跡で有名なラテラルタウンにあるラテラルスタジアムではジム戦が行われていた。

 挑戦者はガラル地方では見かけない格好をしたトレーナーで、観客も他地方のポケモンによる戦いに興奮していた。

 

「頑張れチャーレム!!『とびひざげり』だ!!」

「コォー!」

 

 濃い桃色の肢体をまるで踊るように揺らしながら敵のゴロンダに接近する。迎え撃とうとしたゴロンダの拳を跳んで躱し、強烈な膝を顔面にめり込ませた。

 

 格闘だけでなく悪タイプも持つゴロンダには効果抜群の一撃。勝ちを確信した───

 

「詰めが甘い」

 

 ゴロンダの目が光る。両腕を伸ばし現在進行形で自分の顔にめり込んでいるチャーレムの膝を掴むと、勢いをつけて地面に叩きつけた。

 その剛腕は凄まじく、地面に蜘蛛の巣状のヒビが入り衝撃が風圧となり挑戦者の元まで届くほどだった。

 

 ゴロンダは腕を大きく振りかぶり、鋭い爪を光らせた。

 

「『つじぎり』」

 

 凶悪な爪でチャーレムの身体を切り裂いた。

 

 

 


 

 

 

「はあ〜〜……」

「コォ〜」

 

 ポケモンセンターに設けられた休憩室でため息を吐くトレーナーとチャーレム。ここガラル地方では珍しい若葉のような髪色をした青年は、先程ジム戦に挑んでいたこともあり容姿も相まってか、かなり注目を集めていた。

 切り揃えられたショートヘアに細く整えられた眉、ややツリ上がった大きな瞳。すっと通った鼻筋にシミ一つない肌は女性と見間違うほど綺麗さだ。

 

 落ち込む青年を慰めるチャーレムに落ち込みながらも笑顔を見せる。

 

「ありがとなチャーレム。でも、なあ……」

 

 すっかり冷めたコーヒーに口をつけ再びため息を吐く。

 

「勝ちたかったなぁ…」

 

 

 


 

 

 

 きっかけはほんのささいなことだった。

 故郷であるホウエン地方で旅をしていた彼はふと疑問に思った。それは『他の地方でも自分の力が通じるのか?』というものだった。

 それから彼の行動は早かった。思い立ったが吉日と言うように直ぐに荷物をまとめ、飛行機のチケットを取り、ホウエン地方を旅立った。

 

 そしてガラル地方に到着した彼は故郷とは全く違うポケモンや環境に驚きつつも旅を始めた。

 ある時は巨大なポケモンと戦い、ある時は野生ポケモンのレベルの高さに唖然とし、またある時は吹雪で凍え死にそうになることもあった。

 

 ガラル地方に来てからざっと三ヶ月が過ぎた頃にはすっかり馴染み、バッジも三つ手に入れていた。

 

 そろそろワイルドエリアを抜け出すかと考えていると視界の隅に人の足が映った。ここのポケモンはとても敵意が高い、バトルに負けて襲われたのかそれともなんらかの事件に巻き込まれたのか、恐怖よりも好奇心の方が上回り足の元へ歩いていくとそこには───

 

「……女の子?」

 

 故郷を思いだす、火山灰のような灰色の髪に健康的な褐色の肌。上着のジャージはお腹あたりで結ばれており、ピッチリとした黒いシャツが出されている。短パンに膝のサポーター、動きやすそうな格好を見てホウエンのジムリーダー、トウキを思い出す。彼は格闘タイプのポケモンと共にサーフィンをする変わり者でいつもTシャツにハーフパンツという動きやすい服装をしていた。

 

 話を戻して、何故こんな所に倒れているのか分からないがこのままでは危ないので声をかける。

 

「おーい、生きてますかー?」

「……」

 

 まさか死んでるのでは───嫌な汗が流れる。

 

「ちょっと、キミ!大丈夫!?」

「……ぅ」

 

 倒れている彼女の上半身を起こして大きな声で呼びかけながら肩を揺さぶる。声が届いたのか、小さく呻き声を上げてゆっくりと瞼が開かれた。

 サファイアのような透き通った瞳と目が合う。

 

 その瞬間、頭をトンカチで殴られたような衝撃を受けた。心臓の鼓動が早くなり、顔が熱くなる。初めての体験に青年は酷く混乱した。

 

「ぁ……」

「はっ!?は、はい!そうだ、大丈夫キミ!?」

「───み」

「み?」

「みずぅ」

 

 それはふにゃふにゃした声だった。

 

 

 


 

 

 

「んっ、んく、んくっ……ぷはぁっ!はあ〜…ありがとうございます、助かりました。でもよろしかったのですか?全部頂いてしまって…」

「いいよいいよ。むしろ僕の飲みかけなんかで申し訳ないくらいだ」

 

 500mlのペットボトルに入ったミネラルウォーターを一気に飲み干す。余程喉が渇いていたようだ。

 少女は敷かれているレジャーシートの上で正座になるとその姿勢で頭を下げる。

 

「申し遅れました、私はサイトウと申します……この度は、助けていただき誠にありがとうございます。このお礼は必ず───」

「ちょっ、頭上げてよ!お礼が欲しくて助けたわけじゃないからさ!」

「ですが……」

 

 なおも食い下がろうとするサイトウを見て「どうしよっかな〜」と頭を捻る。そして一つのアイディアが思いついた。

 

「じゃあ一緒にご飯食べない?」

 

 

 


 

 

 

 ガラルではキャンプの際にカレーを作って食べるのが主流らしい。それに習って青年とサイトウもカレーを作っている。サイトウは青年の慣れた手つきに関心しながら材料を切り分ける。

 

「凄いですね。こういうことは慣れてるんですか?」

「ホウエンで二年半くらい旅を続けてきたからね。ここに来てまだ三ヶ月だけど、こっちの旅にも大分慣れてきたんだ」

「ホウエン地方から!?すみません!後でお話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか!」

 

 青年がホウエン地方出身ということを知ると目の色を変えて前のめりになる。その変わりように青年があっけに取られているのを見てサイトウは顔を赤くして俯く。

 

「あ、す、すみません…その、実はわたし、他の地方の文化というものに憧れていまして……海外の方に会うのは初めてでしたのでそれでつい……」

「ああいや、こっちこそごめん。というか別に恥ずかしがることじゃないか、俺で良ければぜひ話をさせて貰うよ」

「本当ですか!ありがとうございます!」

 

 暗い顔から一変、溌剌とした笑顔になる。その顔を見て彼の心臓が跳ね上がり体温を急速に上げていく。先程からサイトウ少女の表情や仕草を見る度に動悸が激しくなる。ホウエンにいた時には起こらなかったので、もしかしたらガラル地方特有の病気かなにかにかかってしまったのではないだろうかと青年は震えていた。

 

「───、───さん。野菜、切り終わりましたよ」

「っ、そ、そう?じゃあ鍋に移そうか」

「はい。あの、顔が真っ赤になってますけど…どうかしましたか?まさか、どこか体調でも?」

 

 顔を覗き込まれて上目遣いの瞳と目が合わされる。

 

「〜〜〜!」

 

 至近距離、吐息がかかる、女子特有の甘い香り、クラクラして意識が飛びそうになるのを歯を食いしばることで何とか耐える。

 

「ちょ、ちょっと動悸が……」

「え、そ、それは大丈夫なんですか…?」

「うん。大丈夫、だと思う……多分。持病なんて無いし…あ、でも母親は持ってるな……」

 

 大丈夫だよな?今しがた自分が話した内容に自信が持てず不安になったが、サイトウにそんな弱ってる部分を見せたくはないと思った彼はカレー作りを再開させた。誤魔化す彼を見てサイトウはただ不思議そうに首を傾げた。

 

 

 


 

 

 

「美味しいですね!」

「うん。美味しく作れたようで良かったよ」

 

 カレーを頬張りながら会話をする。中辛のルーのピリリとした辛さが舌を刺激し、芳ばしいスパイスの香りがまた食欲を掻き立てる。手持ちのポケモン達も皆思い思いにカレーを頬張っている。

 

「美味いか?チャーレム、バクーダ、ぺリッパー」

 

 青年が味の感想を聞くと三者三葉それぞれ喜びを帯びた鳴き声で応えた。サイトウのポケモン達も同じように食べている姿を見る。作った側からしたらこれほど嬉しいことはない。

 

 皿の半分ほど食べ進めたところで、サイトウが話を切り出す。

 

「あの、ホウエン地方の話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」

「ん?ああ、そうだったね。僕が答えられることであれば何でも聞いてよ」

「ありがとうございます!ではホウエン地方にいらっしゃる格闘使いのジムリーダーについてお聞きしたいのですが───」

 

 つい三時間前までは見ず知らずの他人だったとは思えないくらいに会話は飛ぶように弾んだ。

 ホウエンの格闘タイプのポケモンを使うジムリーダー、トウキの話からホウエンに存在する木の実の種類やホウエン特有の風習。青年が旅で経験した出来事など様々な話をした。

 話を続けていくと次第に打ち解けていき、会話はカレーの皿が空になってからも続いた。

 

「なるほど……ホウエンのジグザグマは黒ではなく茶色い毛並みなのですね」

「うん。だからこっちに来た時は驚いたよ。まさかジグザグマの毛の色が黒で、しかもマッスグマに進化系があるなんて初めて知ったからね」

 

 いくら夏と言っても夜は冷える。食器や鍋を片付けた後、二人は椅子に座って鍋を掛けていた火で暖をとりながら話していた。

 

「くしゅん」

「大丈夫?」

「すみません、少し冷えてきて…」

 

 サイトウの格好は半袖のシャツにハーフパンツ、昼間ならともかく夜は寒いだろう。

 青年は立ち上がると、自身が着ていた上着のジャージを脱いでサイトウの背中にかける。

 

「僕ので悪いけど、サイトウちゃんが風邪引いちゃうと困るしね」

「あ…ありがとう、ございます」

 

 サイトウは青年のジャージの袖に腕を通す。若干厚手の上着を着たことで暖かさが生まれ、表情が柔らかくなる。

 

「暖かいです」

「それは良かった。と、もうこんな時間か。そろそろ片そうか」

「わ、かなり話し込んじゃったみたいですね」

 

 「えへへ」とはにかむ彼女を見てドギマギしながら皿や鍋を片付ける。ポケモン達が手伝ってくれたことで案外早く終わった。

 

「じゃあそろそろ寝ようか……って言っても生憎、寝袋一つしかないんだよねえ」

「元々一人旅ですもんね…わたしのことは気にせず───」

「だからサイトウちゃんが使ってよ。僕ので悪いけどさ」

「え?でもそれじゃあ…」

「いいからいいから。ちょっと格好つけさせてよ。僕はちょっとホウエンの友達に電話してくるから、なんか用事があったら呼んでね」

 

 半場無理やり寝袋を押し付けてテントの外に出る。ふう、と息を吐いてポケットからポケナビを取り出してある人物にエントリーコールをかける。

 

「もしもしユウキ?今大丈夫?」

『うん、大丈夫だけど…どうしたの?ガラル地方に行って寂しくなっちゃった?』

 

 ポケナビの向こうからクスクスと少年の笑う声がきこえる。

 ユウキとは青年がまだホウエン地方で旅をしていた頃知り合ったトレーナーで、ポケモンバトルを経て親しくなり、それから長い付き合いとなっている。ちなみにホウエンリーグのチャンピオンでもあるのだが…この話は蛇足だろう。

 

『それで、どうしたのさ?』

「いやあそれがさ……」

 

 青年は今日起こった出来事を全て話した。サイトウ少女を助けたこと、そして彼女を見てから胸の動悸がおさまらないこと、彼女の仕草を見る度に顔が熱くなること、その他諸々のことを話した。

 話を聴き終わったユウキは少し考え込んだあと、口を開いた。

 

『いやそれって【恋】でしょ』

「こい?」

『キングじゃないよ。LOVEの方、好きの方の恋だよ。話を聞いていてもしかしてと思ったけど……自覚なしだったの?』

 

 恋と聞いて青年は頭を抱える。理解してしまえば早かった。

 

「そうか、そっか…これが、これが恋なのか」

『おーい。聞こえてるー?』

「あ、ああ。ごめんごめん」

『まったく…いい歳して恋もしたことなかったの?』

 

 呆れた声をかけられるが、しかしそれも仕方ない。青年の年齢は十八。世間一般から見れば、この年齢で恋をしたことがない人は野生で色違いのポケモンを見つけるくらいに珍しい存在であるだろう。

 ユウキの言葉に若干ムッとして返す。

 

「仕方ないだろう。知らないものは知らないんだから」

『だとしてもさあ、僕でもしたことあるんだよ?なんなら今の彼女だし』

「うぐっ」

 

 青年はその彼女に以前一度会ったことがある。リボンが似合っている素敵な少女だった。しかも父親はあのオダマキ博士だという。もう文句のつけ所がない。

 

『……で、どうするの?』

「どうする、とは?」

『告白だよ。こ、く、は、く』

 

 ユウキの突然の物言いに青年は噎せる。二、三度咳をして喉を通らした後、ポケナビに怒鳴り散らした。

 

「アホか!今日知り合ったばかりだぞ!!」

『なーに言ってんの。言える時に言っといた方がいいでしょ。それに思い立ったが吉日って言うじゃん』

「そんなこと言ったって……」

 

 サイトウにも迷惑だろう。彼は言葉にはしなかったがユウキは察していた。

 

『…………ま、アンタの好きにしたら?まだそっちにいるんでしょ?』

「あ、うん。そのつもりだけど」

『誰かに取られる前に告っときなよ。じゃあね、おやすみ』

「おいっ!て、切れた……」

 

 ポケナビをしまい、テントの中を覗く。中では寝袋に包まったサイトウ少女がスヤスヤと寝息を立てていた。

 好きだと自覚してしまった青年が今更少女の隣りで寝れる訳もなく、自分のポケモン達に囲んでもらいながら外で寝ることにした。

 

 朝日の眩しさに瞼が開かれ意識が覚醒する。背もたれになってくれたバクーダと掛け布団替わりに被さってくれていたぺリッパーに礼を言ってボールに戻す。抱きついて暖を取ってくれていたチャーレムを起こして朝ご飯の準備を始めることにした。

 

「あ、おはようございます」

「おっ、おはようサイトウちゃん」

 

 昨晩のユウキとの会話を思い出し、挙動不審になる。その態度に彼女は訝しむが青年がなんでもないと言い張るので気にしないことにした。

 

 朝食を済ませ、青年とサイトウ少女はワイルドエリアをぬけてラテラルタウンまでたどり着くことが出来た。

 

「この度は、本当にありがとうございました。この恩は決して忘れません」

「そんな頭下げなくていいから!顔あげてあげて!」

 

 腰を折り深々とお辞儀をするサイトウ少女。歳の離れた男女、少女の方が青年に頭を下げている光景が目立つのは必然であり、かなりの視線を集める。

 頭を上げた彼女は困った顔で話す。

 

「ですが、いえ…ではせめて何かしらのお礼をさせてはいただけないでしょうか?」

「うーん…お礼目当てで助けた訳じゃないんだけどな……」

 

 しかしここで断ってしまえば彼女の良心が痛むのだろう。それにサイトウ少女にもメンツがある。

 

「うん…じゃあお願いがあるんだけどさ」

「!!はい!なんでも言ってください!」

 

 途端にハツラツとした笑顔になったサイトウを見て、青年の中で邪な考えが生まれる。が、直ぐに頭を横に振る。

 それは(・・・)彼女の良心に漬け込む最低な行為だ。してはいけない、頼んではいけない、言ってはいけない言葉だ。

 

 なんて最低な事を考えたのだろう、青年の心中は自己嫌悪で一色になる。

 

「っ……あのさ」

「はい!」

 

 

 ああ

 

 そんなキラキラとした目を向けないでくれ

 

 その眼が嫌いで、

 

 嫌いで堪らない

 

 そんな自分が

 

 嫌で仕方ない。 

 

「僕と、

 

 

 

 

 ポケモンバトルをしてくれないかな」

 

 

 


 

 

 

 夜、自室で青年は悩んでいた。

 

 サイトウがラテラルタウンのジムリーダーであることはキャンプの時に聞いていたので、これは自分なりの願掛けのつもりだった。

 『彼女とのバトルに勝ったら、告白する』という。彼なりの自身の付け方だったのだが……

 

「なんで、なんで勝てないんだ……」

 

 中々勝利することが出来ずにいた。

 

 しかし青年の実力不足が原因かと言われるとそうではない。彼はホウエン地方でバッジを集めきり、ポケモンリーグに挑戦したこともある強者である。そのため、サイトウは手持ちをジムチャレンジではなく青年の実力に見合った手持ちに変えている。

 実力差は殆どないはずなのだが、何故か勝つことが出来ない。どうしようかと頭を唸らせていた。

 

「っと、ポケナビが……ユウキ?」

 

 いつも自分から電話をかけることが多く、ユウキからは余っ程のことがなければかけてこない。何事だろうと不思議に思いながら通話ボタンを押す。

 

「もしもし、またグラードンでも目覚めた?」

『何言ってんだ?て、そんな話をしてる場合じゃない!』

 

 普段から飄々としている彼が冗談に乗らないこととどこか焦ったような声色に、青年の表情が険しくなる。

 

「落ち着いて、どうしたの?」

『あ、ああ。ごめん。でもあんたこそ落ち着いて聞けよ……』

 

 ユウキの言葉を聞いてポケナビを握る手に汗が滲む。

 

『あんたのお母さんが……倒れた』

「…………え?」

『過労で倒れたんだ!しかも持病も重なってかなりヤバいらしい!』

「なんっ、なんで!なんで急に……!!」

『知らないよ!とりあえず、早くこっちに帰ってこいよ。ホウエン行きの便は?確認して!』

「あ、ああ!」

 

 パソコンを開き、ホウエン行きの飛行機を調べる。

 

「なっ───運行、中止……?」

 

 無常にも、画面に移るのは運行中止の四文字。なんでも天候が芳しくないようでまともに飛行機を飛ばせるのが五日後になってしまっている。

 

『おいどうだったんだ!』

「……天候のせいで、どんなに早くても五日後の便しかない…!」

『な、それじゃあ間に合わないかもしれないぞ!?』

「だって仕方ないじゃないか!!ガラル(ここ)からホウエンまでぺリッパーに乗せて飛んでもらえばいいのか?無理に決まってるだろ!!どれだけの距離があると思ってるんだ!」

『そんなこと言ったって……どうしようも、ならないのか?』

 

 八つ当たり気味に当たってしまったことに後悔しながらユウキの問いに答えた。

 

「……ああ。僕が出来るのは、ただ祈ることだけだ。ちくしょう……ちくしょう…!!」

『……とりあえず、何かあったらまた電話する。だから帰り支度は済ませとけよ』

「…分かってるさ」

 

 電話が切れた後、青年はどうしようもない無力感に苛まれた。

 

「……くそっ!!」

 

 荒っぽく拳を叩きつける。その衝撃でテーブルの上に置かれていたカップが小さく跳ねた。

 呆然と椅子に座りながら、これからの事を考えていた。

 

「荷物まとめて……飛行機のチケット取って……あとは…あとは」

 

 ───少女の顔が思い浮かぶ。

 

「……馬鹿か僕は」

 

 こんな不安定な精神(コンディション)で試合が出来るわけないし、バトルを誇りに思っている彼女にも失礼だ。

 

「頭、冷やしてこよう」

 

 冷静になるべく、夜風に当たろうと外に出た。外は夜にもかかわらず、街頭と月の光で明るかった。

 空を見上げる。満天の星空が綺麗だったが、今の青年にはそれを素直に褒めることが出来なかった。星の光は夜にしか見えない、今だけしか見えないのだ。

 自分の母親の命も、今だけしか───

 

「……大丈夫だ。きっと大丈夫…」

 

 頭を振り嫌なイメージをかき消す。これ以上外にいても無駄なだけだと思った彼はホテルに戻ろうとした。

 その途中で、視界の隅に人影を捉える。

 

「あれは……サイトウちゃん?」

 

 こんな時間に何をしているんだろう?キョロキョロと辺りを見回す彼女の姿は、まるで芸能人の密会のように見えた。ふと青年に少しの好奇心が沸き上がり、少し様子を見ることにした。

 数分後、彼はすぐに後悔することになる。

 

「だれだ…?」

 

 サイトウが手を振る先にいたのは青い道着を着た男だった。こちらからはよく顔が見えないのだがサイトウの表情を見る限り、彼女ととても親しい間柄であることが伺える。

 二人は楽しそうに談笑していたが、ふいにサイトウが辺りを見回し人がいないか確認する動作を見せた。

 

「何を…なっ」

 

 青年は言葉を失った。

 

 サイトウが男に抱きつき、男が顔を落として彼女の顔に近づけたのだ。

 中が良さそうな男女、そして距離感、親しい男女間で行われる行為、ここから導かれる答えは───

 

 気づいた時にはもう走り出していた。

 

 一刻も早くあの現場から離れたかったからだ。

 

 自室に戻る頃には汗だくになっていた。しかし、彼の中で何か決断が出た。

 

「───分かった。なんで今まで勝てなかったのか」

 

 

 


 

 

 

 三日後、青年は再びラテラルスタジアムに挑むことにした。

 次の挑戦者は誰だと期待していた観客達が青年の姿を見ると露骨にテンションを下げた。それも仕方ない。青年はもう片手じゃ足りないほど挑んで、未だに勝利できていないのだ。最初は物珍しかった観客達の熱は、既に冷めていた。

 

 お互いにフィールドの中央まで歩き、握手を交わす。

 

「なんだかお久しぶりですね。最近見かけませんでしたが、修行でもしてきたのですか?」

「…そんなところです」

「それは期待できますね。よいバトルを」

 

 手を離し、立ち位置に戻る。先程まで握手を交わしていた手を力強く握りボールを手に取った。

 

「行くよぺリッパー」

「お願いしますカポエラー!」

 

 試合のゴングが鳴った。

 

「カポエラー!『でんこうせっか』!」

「受け流すんだぺリッパー」

 

 コマのように回転して飛びかかってきたカポエラーの攻撃を受け流す。しかし、一度防がれようが接近戦が得意なカポエラーなら楽に追撃できる。

 

「『トリプルキック』!」

「飛んでかわして、『ねっとう』を浴びせるんだ」

 

 追撃を読んでいたのか、カポエラーの『トリプルキック』は空を切る。そしてぺリッパーの口から『ねっとう』が降り注がれカポエラーのHP(体力)を削った。

 

「大丈夫カポエラー!もう一度『トリプルキック』!」

「攻撃を受け止めて『おいかぜ』」

 

 今度は避けず、ぺリッパーは攻撃を受けた。よし!と喜ぶのもつかの間、サイトウが予想していたよりもHPは削れていなかった。

 

「なぜ!?」

「『ねっとう』のやけどさ。そんなことしている間にほら、盤面は整った」

 

 ぺリッパーの背後には『おいかぜ』が吹く。この風は一定時間、自分のポケモン達の素早さを向上させてくれる力がある。

 この瞬間、ぺリッパーの素早さはカポエラーを上回った。

 

「『ぼうふう』」

 

 ぺリッパーが大きな翼を羽ばたかせると、巻き上がった風が重なり合いカポエラーを襲った。効果抜群である飛行タイプの技を受けたカポエラーは耐えられるはずもなく、戦闘不能になる。

 

「カポエラー!?くっ…確かに、以前とは違うようですね。何か心変わりでも?」

「……色々と吹っ切れてね。それより、早く次のポケモンを出しなよ」

「っ、分かってます!お願いします、ネギガナイト!」

 

 サイトウの二体目のポケモンはネギガナイト。手に持つその槍で相手をねじ伏せる高い攻撃力を持つポケモンだ。いくら相性がいいと言ってもぺリッパーで倒しきれるかと聞かれると頷けない。

 

「戻りなぺリッパー。頼むよバクーダ」

「相性有利なぺリッパーを下げた…?どういう意図か知りませんが攻めましょう!ネギガナイト、『ぶんまわす』!」

「『あくび』をするんだ」

 

 ネキガナイトが槍を振るう。バクーダはそれをまともに喰らってしまうが、応えた様子はない。それどころか『あくび』をしてネギガナイトの眠気を誘ってきた。

 

「『あくび』ですか……!いやらしい技を…!」

「これも戦略だよ。『じしん』」

「くっ、ネギガナイト!『みきり』!」

 

 広範囲に攻撃する『じしん』を『みきり』、躱したネギガナイトだったが、うつらうつらと頭を揺らして眠りに落ちた。慌ててサイトウが声をかける。

 

「ああネギガナイト!起きて!」

「『オーバーヒート』で焼き払うんだ」

 

 バクーダの背から灼熱が吹き放たれる。ねむりについているネギガナイトが避けれるわけもなく、『オーバーヒート』は直撃した。突然の熱さに目を覚ましたネギガナイトだったが、『おいかぜ』の影響下にあるバクーダは既に次の技の動作に入っていた。

 

「トドメだよ、『じしん』」

 

 至近距離で打たれた『じしん』を避ける術はなく、ネギガナイトは戦闘不能になった。

 

「おかしい…この強さは二日や三日で身につけれるものではないです……。本当は実力を隠していたんですか!?」

「そんなことないよ。ただ、今までは、実力を発揮出来なかったんだ」

「発揮出来なかった…?それは───」

「いいから早く次のポケモンを出しなよ」

 

 サイトウの残りの手持ちポケモンはゴロンダとカイリキーの二体。対する青年の手持ちはぺリッパーとバクーダ、そして無傷のチャーレムの三体。ここは青年のエースポケモンであるチャーレムに有利を取れるゴロンダを残してカイリキーを繰り出すべきだろう、とサイトウは考えた。

 

「お願いします!カイリキー!」

「カイリキー…ね、戻りなバクーダ。任せたよチャーレム」

「そんな!?」

「別に、ポケモンの交代は自由だろう?さ、行くよチャーレム。『しねんのずつき』」

「くっ…!『はたきおとす』で迎え撃ってください!」

 

 元々身軽で、しかも『おいかぜ』の影響下にあるチャーレムがカイリキーから先制を取れるのは当たり前で、カイリキーのボディに『しねん

のずつき』が入った。効果抜群であるエスパータイプの技を受けたカイリキーのHPはかなり削れた。

 一方カイリキーの『はたきおとす』は空を切り、チャーレムには当たらなかった。

 

「…戻りなチャーレム。また頼むよ、ぺリッパー」

「なにを狙っているのか分かりませんが、全力で戦うのみです!カイリキー!『はたきおとす』!」

「『ふきとばす』」

 

 『はたきおとす』をくらい『きあいのタスキ』を落とされたがまだまだ戦闘不能になるほどじゃない。ぺリッパーは翼を広げて風を起こす。突風が吹き荒れてカイリキーはボールの中へ戻された。

 

「無理やり交代を…!仕方ない……お願いします、ゴロンダ!」

「苦戦させられたなあ、そのポケモンには……まあそれも今日で終わりだ。ぺリッパー、『おいかぜ』」

「そう、何度もさせません!『バレットパンチ』!」

 

 弾丸のような速さでぺリッパーを殴りつける。効果は今ひとつとは言えゴロンダの攻撃力は高い。もう一撃は耐えれそうにない。

 

「『ねっとう』を浴びせるんだ」

「突き進んで『つじぎり』です!」

 

 『ねっとう』などお構い無しに凶爪を振りかぶる。ぺリッパーは急所に受けたらしく戦闘不能となり地面に落ちた。

 

「お疲れぺリッパー。頼んだよバクーダ」

「あと二体…これでポケモンの数は並びましたね!」

「…何言ってるんだい、残り一体だよ。『オーバーヒート』」

 

 『オーバーヒート』は強力な技だが、その反面でデメリットもある。一度使うと反動で身体が焼き付いてしまい、特攻がさがるのだ。しかし、バクーダは一度ボールに戻って休んでいる。下がったステータスも元通りになっていた。

 手傷を負っていたが、ゴロンダは高火力の『オーバーヒート』をなんとか受けきった。

 

「よし!これなら…!」

「よく見なよ」

「え?そんなゴロンダ!」

 

 『オーバーヒート』を受けたゴロンダは火傷を負っていた。一度『ねっとう』を受けた身体では火傷になるのも仕方がない。残りHPが少なかったゴロンダはゆっくりとその巨体を倒した。

 

「戻ってくださいゴロンダ…」

「さあ、出しなよ。最後の一体」

「…お願いします、カイリキー!ここがふんばりどころです!私も一緒に頑張ります!」

「バクーダ、『じしん』だ」

 

 衝撃波がカイリキーに襲いかかる。しかしカイリキーは猛然とダッシュしてバクーダに迫っていた。

 

「受けたダメージをそのまま返しましょう!『リベンジ』!!」

 

 バクーダの身体にカイリキーの拳が突き刺さる。しかし高耐久のバクーダ、流石に一撃では落とされない。それを見たサイトウは拳を握り、カイリキーに向かって叫んだ。

 

「もう!ぜんぶ壊しましょう!尊敬を込めてキョダイマックス!」

 

 一度ボールに戻され、ダイマックスバンドからエネルギーを貰ったボールはどんどん大きくなっていく。ボールガイの頭くらい大きくなったボールをサイトウは片手で投げた。

 ボールが開くとキョダイマックスしたカイリキーが現れた。そしてそのまま攻撃を開始する。

 

「『キョダイシンゲキ』!私のカラテとパートナーの技を重ねるッ!」

 

 巨大な拳が流星のようにバクーダに降り注ぐ。避けることも敵わないバクーダはまともにその攻撃を受け、戦闘不能になった。

 『キョダイシンゲキ』はその技を使った以降、相手のポケモンが使う技が急所に当たりやすくなる効果がある。

 

「…まあ、そんなの関係ないけどね。頑張ったねバクーダ。行くよ、チャーレム」

 

 エスパータイプも持ち合わせる厄介なチャーレムだが、キョダイマックスしたカイリキーなら力押しでいける。そう考えたサイトウだったが、違和感に気づく。

 

「……あれ?あのチャーレム、ストラップなんかつけてたっけ…?」

「キョダイマックス、ガラル地方特有の戦い方だね。今まで見せてもらったお礼に、今度は僕がホウエン地方の戦い方を見せてあげるよ」

 

 青年は袖をまくり手首を晒す。右手には、不思議な石が嵌め込まれたバングルを装着していた。バングルの石と、チャーレムの持つストラップが光で繋がる。

 

「進化を超えろ、メガシンカ!」

「メガ、シンカ…?」

 

 チャーレムが更に進化したことにサイトウだけでなく観客達も困惑している。だが、繰り広げられる熱戦を見たからか興奮の方が強かった。

 キョダイマックスVSメガシンカ、夢のカードに割れんばかりの大歓声がスタジアム内に響く。

 

「メガチャーレム!『しねんのずつき』!」

「くらうわけには…!『ダイウォール』!」 

 

 思念の波動を集めた頭突きはダイマックス版の『まもる』によって防がれてしまった。が、それは青年の計算内であった。

 

「使ったね、切り札。『とびひざげり』でトドメだ!」

「しまっ───くう!『キョダイシンゲキ』!!」

「遅いよ」

 

 メガチャーレムは跳ねるように地を蹴り、空を蹴り、カイリキーの眼前に跳んだ。そのまま勢いを殺さずに膝を折り曲げ渾身の一撃を放つ。

 いくらキョダイマックスしてようがHPが削られていたこともあり、『とびひざげり』を受けたカイリキーのHPは尽きた。キョダイマックスのオーラが爆発し、元の姿に戻るカイリキーをボールに戻す。

 

 メガチャーレムも元の姿に戻り、青年は「お疲れ様」と声をかけてボールに戻した。

 

 互いにフィールドの中央へ向かい再び握手を交わす。

 

「完敗です…しかし、どうして最初からあのような戦い方をしなかったのですか?実力を発揮出来なかったと言っていましたが…」

「その通りさ。自分でも分からなかったんだけど、僕は、サイトウさんとの戦いで思うように戦うことが出来なかったんだ」

「それは、なぜですか?」

「……それは───」

「すみません、少しいいですか?」

 

 理由を告げようか青年が迷っていると、ジャッジが話を遮ってきた。サイトウは首を傾げているが、青年はなんとなく理由が分かっていた。

 

「メガシンカの件、ですよね?」

「はい。大会規約にも書いてあるとおり、ジムチャレンジには他地方特有の戦い方、所謂メガシンカやZワザなどは禁止されています。なので今回の試合は無効、これが故意だった場合は無期限のジムチャレンジ資格剥奪となります」

「そうですね……メガシンカが禁止なの、分かっててやりました。どうぞ、バッジケースとジムチャレンジ資格のリーグカードです」

 

 ダイマックスという要素でポケモンバトルを盛り上げてきたガラル地方だ。もしここで特例を許してしまえば、観客達からのチャンピオンやジムリーダー、運営委員会の信頼は揺らいでしまうだろう。

 青年は自分がジムチャレンジの資格を奪われるのを知っていてなお、サイトウとの試合に挑んだ。

 

 未練を残さないために。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!そんな急に!」

「いいんだよ。元々僕はこれ以上ジムチャレンジを続けるつもりはなかったんだ」

「え…?なら、なんで…?」

「……審判さん。さっき言った通り、僕はジムチャレンジを続けるつもりはありません。反省しています。もちろん処罰は受けるつもりです」

 

 頭を下げて謝る青年を見てジャッジは頷いた。

 

「分かりました。とりあえず、スタジアムから出ましょう」

「はい」

 

 スタジアムのモニターには青年が大会規約に触れたこと、そのせいで失格になったことが説明されていた。ジャッジに連行されながらスタジアムを出ていく青年に、観客達はコールをかけた。

 

『───!───!!』

 

 確かに規約に触れたのはいけない。しかし、熱いバトルを見せてくれたことに対してのお礼の意味も込めて、観客達はコールをしていた。

 通路に出る際、青年の後を追ったサイトウが声をかけてきた。

 

「あのっ!!少し話してもいいですか?」

「速やかにお願いします」

「ありがとうございます……あの、今日のバトル。本当に楽しかったです!また、いつか、バトルしましょうね!」

「……そうですね」

 

 そう言って青年が浮かべた顔は、サイトウの溌剌とした笑顔とは真逆の、諦めたような、憂いを帯びた顔だった。

 

 

 

 ジムチャレンジから四日たった今日。青年がホウエン地方に帰る日だった。青年のように天候に恵まれず帰れなかった人が多いのか、かなりの人数が場内にいた。

 

『まもなくガラル発、ホウエン行きの飛行機が飛び立ちます。お急ぎください』

「……行かなきゃ」

 

 席を立ち、搭乗口に向かおうとする青年。見送りに来る人間なんか誰もいない。キャリーケースを引きながら歩いていると、背中越しに声をかけられた。

 

「───さん!」

「サイトウ、さん…なんでここに……?」

「はあ…はあ…黙って行くなんて、寂しいじゃないですか。どうして急にホウエン地方に帰ろうとしたんですか!ジムチャレンジ資格を剥奪されたからですか!?」

 

 走ってきたのか、サイトウは息を切らし、汗を流していた。呼吸も整えず叫ぶサイトウに、青年のは冷たく返した。

 

「……一週間前、母親が倒れたんだ。天候のせいで帰る便が無かったから仕方なく今日になった。ジムチャレンジは時間つぶしに過ぎなかった…元々帰るつもりだったんだよ」

「そんな……でも!一言くらい私に話してくれても!」

「そこまで親しくないだろ、僕達」

「な───」

 

 青年の言葉にサイトウは絶句する。そんなサイトウに気づかず、彼は言葉を続けた。

 

「それに、彼氏さんもいるんだろう?いいのかい?男に会いに来て。まあ、僕にはもう……関係ないけどね」

「彼氏……?まさか、あの人のことですか!?」

「そうか………どの人かは分からないけど、もう話すことはないよ。じゃあね、サイトウさん」

「待って、待ってください!───」

『まもなく搭乗口が閉まります。お客様はお急ぎください』

 

 アナウンスに声を遮られ、通行人に行く手を遮られる。

 

「───さん!またいつか!来てください!!」

 

 せめて、声だけでも届くようにとサイトウは大きな声で青年に伝えようとした。

 その声が伝わった青年は、キャリーケースの持ち手を握る手を強く握りしめ、恨めしいように呟いた。

 

「来れるわけ、ないだろっ…!」

 

 そう言って搭乗口に急いだ。

 

 

 


 

 

 

「いやあ一時はどうなることかと思ったけど良かったな!」

「ほんと、ユウキくんには感謝しきれないわね」

 

 ホウエン地方、ある病室で朗らかに談笑する女性と少年、そしてあの青年がいた。

 

「それにしてもあんたのお母さん。何ともなくてよかったな(・・・・・・・・・・・)!」

「…ああ、本当だよ。君から二度目の電話を貰った時は冷や冷やしたよ」

「『お母さん!無事だったぞ!』って電話した時か。早く知らせた方がいいかなって思ってさ」

 

 実はユウキから電話を貰った三日後、ジムチャレンジを受けた日の夜、母親の無事を知らせる電話が来たのだ。

 

「ムリに帰ってこなくても良かったのよ?」

「いやそんな訳には行かないでしょ?それに僕も、今回の一件で決心が着いたんだ。ジムトレーナー採用試験、受けてみようと思うんだ」

 

 採用試験に合格するにはポケモンに対する知識と、高いバトルセンスが必要だった。それを鍛える意味も含めて青年は各地方を回っていたのだ。

 母親が言う通り、本島はガラル地方にいても良かったかもしれない。けれど彼は、もうあそこに居たくなかった。サイトウに会うのが辛かったからだ。

 

「まあ、元気になって何よりだよ。そうだユウキ。ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 

 

「トウキさんのジムに推薦?別にいいけど…でもあんた格闘タイプのポケモン、チャーレムしかいないだろ?」

「他で捕まえて育てるさ」

「ふーん……もしかしてあんた、ガラルの格闘ガールとなんかあったな」

 

 いきなり確信をつかれ肩を震わせる。ユウキはその反応だけで察したが、あえて何も聞かないことにした。

 

「まあ、あんたのことだ。また色々考えて結局忘れることにしたんだろ?」

「……」

「いいんじゃない?それも」

「……え?」

 

 反論されるかと思ったら意外にも肯定してきた。いつもなら呆れたように自分の意見に反対してくるのに……と青年は困惑した。

 

「あんたなりに悩んだ結果、そうなっちゃったんだろ?だったらそれでいいじゃんか」

 

 近くにあった自販機に小銭を投入し、ミックスオレを購入する。プルタブをあけ喉を鳴らして中身を飲みほす。飲みきった缶を掲げ「ぷはぁ」と言う少年の姿は父親にそっくりだった。

 

「で、でも」

「『でも』も『だって』もないでしょ、あんたが決めたことなんだから。……一つだけ気をつけるとしたら」

 

 缶を握ったまま人差し指を向ける。

 

「いつかは乗り越えなくちゃいけないことまで忘れるなよ」

「…?それってどういう───」

「あーあ疲れた。年上を説教するのは疲れるわー。何かご馳走してくれないと割に合わないなー!」

「…フエンせんべいでいい?」

「却下」

 

 ユウキなりに自分を励ましてくれたのだろう。自分より年下だというのに芯がしっかりしているユウキと比べて、自分はどうだ?嫌なことから逃げて、傷つくのを恐れて、忘れようとしている。

 

「情けないな…」

 

 今はそれでもいい、けど───

 

「いつかは向き合わないとね…」

「ん?なんか言った?」

「いや、どうせならハルカちゃんも誘おうか」

「いいね!珍しく太っ腹じゃん!」

「感謝の気持ちだよ」

 

 青年の晴れた顔を見て、ユウキは笑った。

 

「手間のかかる兄貴分だこと」

「うん?なんか言ったかい?」

「なーんにも。ほら行くよ!」

 

 ユウキは青年の手を引き走り出す。

 今はまだこれでいい。いつか、いつか伝えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年がムロジムのジムトレーナーになって二年が経過した。ジムリーダーのトウキは青年の働きぶりをよく褒めてくれるし、青年自身も中々様になってきたんじゃないかと思っていた。

 そんなある日、一人のチャレンジャーがやってきた。フードを深く被っているので顔はよく見えない。

 

「やあ、ここはムロジム。格闘タイプのポケモンを得意とするジムだよ。ジムバッジはいくつ持ってる?」

「ゼロです」

 

 声のトーンから女性であることが分かった。

 ジムバッジがゼロということはこちらのポケモンもそれに合わせたレベルのポケモンにさないといけない。

 

「そうか。じゃあ───」

「本気でお願いします。あの時みたいに」

「……へ?」

 

 女性はフードを外し、顔を見せた。

 

 その顔は、忘れるわけもない……初恋の人だった。

 

「久しぶり…サイトウちゃん」

「お久しぶりですね。あなたに言葉で私の気持ちを伝えるのは難しく感じました……」

 

 

「だから、せめて!

 

 

 

この拳を届けたいと思います!」


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