俺は自分が少女になっていることにふと気が付いた。前世、というかさっきまで東京の雑踏に紛れた有象無象の一人だったはずなのだ。毎日を満員電車に揺られ、会社に行く。疲れていたからか電車の揺れで眠気が生じて変なところまで行ってしまったことも何度かはあった。
そんな思い出とも嫌な記憶とも判別できないものを俺は持っていた。平穏で安定していたけれども、心のどこかでは刺激を求めていた生活。何年何十年繰り返したのか、それは定かではない。だけど俺は満足して死んだのではないだろう。
生きるのに飽きて死を救済と思っていたなら、こんな少女の身体を乗っ取っているはずがない。きっと俺は生きたかったんだ。
中年だったのか老人だったかは定かではないけれども、俺はある程度人生経験を積んだ人間だったのだろう。この少女の身体をもとの持ち主に返したいと思う良心を持ち合わせていたのだから。仮に物を知らない子供だったら、そんなことは気にしないだろうし、老人だったらそもそも異世界の存在なんて微塵も知っていないだろう。
魂なんてものは現代科学では99%否定されている。よく言われる21グラムの魂は死体から蒸発した水分の重さだったらしい。といっても科学は1%、いやもっと小さな可能性として魂の存在を否定はしていないらしい。
だから、きっと俺がこの少女に乗り移ったのも魂とやらのおかげなのだろう。それ以外に合理的説は浮かばなかった。夢という説は頬をつねって痛かったので、ない。
物思いにふけるのをやめ少女の部屋を見回す。天蓋付きの豪華なベッドも高級そうな家具も滅茶苦茶にされている。きっと少女自身がやったのだろう。なんとなくそんな思いが身体から伝わってくる。
割れた鏡を見つけて、それで顔を映すと少女の目には泣き腫らした跡があった。
「ごめんね。俺は絶対に君に身体を返すから」
もちろん返事なんてなかったし、少女の魂を感じることもなかった。だけれども俺は諦めることは絶対にしたくはない。男として覚悟を決めたい。
亜麻色の髪をしていて、勝ち気な性格なのが目から読み取れる。それが俺が乗っ取った少女の容姿だった。大変な美少女である。我ながら惚れ惚れするような造形をした美貌。そしてそんな気の強そうな美少女でありながら優しい。それが俺、いや私の目指す目標だ。
そんな目標を立てたが、貴族の生活というのは思う以上に大変だ。おっと言うのが遅れてしまったけれど、私の家は偉い貴族だ。伯爵らしい。ダーバヴィル伯爵家。そして私はその正当な血を引くテレサ・ダーバヴィル。
私の生活の話をしよう。貴族にふさわしいマナーを身に着けるとか、歴史の勉強だとか。そういうことを私は普段している。しかし、マナーはともかく歴史の勉強といっても、現代人からしたらその解釈は滅茶苦茶で合理性の欠片もないものだ。それに貴族関係の話なんかも覚えたが、聞くだけ貴族が嫌いになってしまうような内容ばかりだ。
そして、それを私に教えるのは学校の教師ではない。そうやらこの国では王都に学校が有るらしいが、そこに入るのは15歳かららしい。そしてそこで三年間を過ごすそうだ。ゲームじみた設定だ。私は多分前世ではゲームライターだか何だかの仕事をしていた気がするので、そんな感じがする。
だからといって仮にこの世界がゲームの世界だとしてもそこに暮らす人々には血が通っているし、感情もある。私だって、この世界を紛れもない現実だと確信している。
私の家庭教師は片眼鏡を掛けた美女だ。どうやら学業に専念しすぎたからか結婚に失敗したらしく、私にはよい結婚相手を見つけて欲しいらしい。
美人だし、話は面白いんだけれど教える人としては失格だ。自分の意見を主張しすぎるし論理的にではなく感情的に話す。こう、もうちょっといい人はいなかったのかと思ってしまう。私は彼女をリーズという愛称で呼ぶ。彼女がそう呼んで欲しいと言ったからだ。
あと、私は母に会ったことが無い。リーズによると母は私を産んだ時に産後鬱のような病気に罹ってしまったらしい。だから私と会うことが出来ないらしい。リーズが私の母の代わりになろうとしているのかもしれないと考えると私は彼女の優しさが嬉しく感じられた。
と、まあそんな感じが私の普段の生活だ。貴族としての教育に一日の時間がかなり取られてしまっている。伯爵家の令嬢としてはこれぐらいのハードスケジュールが普通なのかもしれない。私は相当大事にされているらしく、他の貴族に会ったことは無いので、私以外の伯爵家令嬢のスケジュールなんて知ることが出来ないのだが。
私が普段会うのは家の使用人とリーズくらいだ。そしてたまに、お父様が私を訪ねてくる。
私の父は銀色混じりの金髪だ。プラチナブロンドなのかは定義を知らないのでなんとも言えないが白銀混じりの金髪という意味であったなら十分そうであると言えるだろう。そして背が高い。顔は精悍な表情が似合うイケメンだ。野性味に溢れたイケメンと言ってもいいかもしれない。
さらに、父はすごく頭の回転が早く、話していても楽しい。そして頭がいい人特有の頭でっかちさもなく、柔軟な思考をしている。私の歴史に対しての愚痴や外の世界の話、この世界の話や宗教についての話などをしてくれる。だけれども私が外に出たいということに許可を与えてくれないことが残念だ。
ある日のことだった。その日はたまたまリーズの具合が悪く、授業が無かった日だった。いつも小うるさいリーゼはいない。だからずっと出たかった外に出た。勿論侍女からは許可が下りるはずがないから、黙って外に出た。
私の屋敷の庭から眺めるだけだった街並みを、実際に見てみると美しいものだった。若干すすけてグレーになっているものの白さを保っている石畳に、同じような様式の家が並ぶ通り。しかし家々は少しづつ違っていて、そこに家主の性格が出ているようで面白かった。もちろん実際にはそんなはずは無いのだろうけど。
実は少しお金も持ち出してきたのだ。だから少しくらいは欲しいものが買えるはずだ。そう思ってきょろきょろしていると私の鼻が捉えたのは揚げ物の匂いだった。どうやらそんなジャンクなものがこの世界には存在しているらしい。
匂いの下に行ってみるとそこではフライドポテトを売っていた。自然発生したものなのかは分からない。売り子は私と同じくらいの少女だった。
「あ、あのいくらですか?」
「はい、銅貨三枚になります」
銅貨とな?多分これだろう。銅の色をしている。
「えっと、これで良いんですか?」
「あっ、これは協商銅貨なので二枚で結構ですよ」
「あっはい」
私が家から持ち出した銅貨は普通のものより価値が高かったらしい。二枚の銅貨を渡し、少女からは熱々のフライドポテトを受け取った。なかなか美味しい。屋敷で食べているものとは違い、濃い塩の味がした。イモはカリカリの部分と、しんなりした部分があって前世で食べたものとは違ったがこれはこれで美味しかった。
ちなみに私はしんなりしている部分の方が好きだ。おそらく前世のものとは劣るのだ。冷静な思考はそう決めつけるが久々のジャンクフードだという補正がかかっていたからか美味しく感じることが出来た。
「お、美味しいです。すごく」
「そうですか。良かったです」
私と同じくらいの年齢なのに彼女はしっかりしていた。私の対人コミュニケーション能力の低さが発揮された気がする。
そんな感じで少女と談笑していると、街に異様な空気が走った。
「おい、またあれだ……」
「逃げるぞ」
「早く逃げろ!」
街の人々が小さく囁きながら、どこかに逃げ始めたのだ。そうして気が付くと周りには私と少女以外の姿はなくなっていた。
「え、えっとどうしたんですか?」
「えっ、あ、本当ですね、みんないなくなってます。どうしてでしょう?」
「な、なんででしょう?」
「ごめんなさい。私も分からないです」
彼女は商人の娘でこの街に来たのはついこないだのことらしく、街には詳しくないらしい。
「やあ、お嬢さん何を売っているのかな」
「はい、揚げた芋を売ってます」
「へえ、そうかい」
忽然と姿を現した男は酒気を帯びているらしく、酒の匂いがプンプンした。さらに目深にフードを被っていて顔を伺うことが出来ない。いかにもな怪しさが有った。
「えっと、大丈夫ですか?」
彼女は見ず知らずの私と話をしてくれるくらいは優しかった。私も結構な挙動不審だったのに。そしてその彼女の優しさが仇になった。
「ああ、大丈夫さっ!」
男は少女の頭を鷲掴みにして顔を熱い油の中にぶち込んだ。少女は声をあげることも出来ずに手足をばたつかせるだけだった。やたらと時間の進みが遅かった。実際は数秒の間だったはずだ。だけれども私には数時間のように感じられた。
もがいている少女の足元は湿っていた。仕方が無いだろう。そうして顔を揚げられた少女の顔を男は削ぎ落す。その所業は残虐なはずなのに酷く芸術的だった。
顔を削がれた少女は獣のような呻き声をあげ、地面を転がっている。それを男が踏みつけ動きを止める。男は熱された油を服の上から少女に振りかけた。
ぎやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!うぎゅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
悲鳴というよりも金切り声に近くなったものを少女は上げる。それを男は喜悦の表情を浮かべて眺めていた。
私は逃げようとした。だけれども逃げようとしても足が震えて動かない!震えは全身に伝わってくる。動け!動けよ!動け!必死に足を動かそうとしても微塵と動かない。
「次は君の番だよ。お嬢ちゃん」
風で捲れたフードの下は見知った顔だった。銀髪混じりの金髪、そして鏡で見た私に似た眼。手からは魔力刃を伸ばしているのだろう。向こう側の景色が透けて見えた。
「お、とう、さん」
私に気が付いた父は、呆れたような残念がるような目でこっちを見る。さらにその眼には同類を見つけたマニアのような嬉しさが隠しきれずに溢れていた。
「む、貴様かテレサ。何だお前も狩りに来たのか?まだお前は小さいんだからこれはまだ早いだろう」
顔を揚げられ切り落とされ、服の上から油を掛けられた少女だったものは、生きようと必死に足掻いている。それを父は甚振るように慎重に魔術刃で切り裂いていく。
「これは趣味と実益を兼ねてやっていることだ。このガキとその家族は禁止されている市街地での油をふんだんに使った調理を行った。だから対処したまでだ。ククク。テレサ。お前もやりたそうだな。まあ少しならよかろう。ほらやるといい」
衝撃が大きすぎた。少し前まで普通に話していた少女が肉塊になっていく様子。優しくて決して人なんて殺しそうにない父が嬉々として人を殺している様子。そしてなにより人を殺している父を羨ましく思っている自分自身。
「やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!私はあの子に身体を返すんだ。私は化け物じゃない。化け物じゃないんだ。ほら少し怖そうな顔をしているけど根は優しい女の子。普通の。普通の!普通の?」
「アアッハッハハハッハハッハッハハッハハハッハッハッハハハハハハハ!!!」
「ハハッ!フフッハハハハハハハハ!!!!」
思い返すと私の生活は異常だった。一日の過密なスケジュールに、人と会う回数の少なさ。私を監視するような家庭教師。あの目。そうだ。リーズのあの目はまるで私を化け物のように見る目だった。
いや、違う私は化け物じゃない。化け物じゃない!化け物じゃない?でもお父様に殺されたあの子。首筋を噛んで血を啜って縊り殺したら、どんな味がするのだろう?魂を穢して!犯して!殺して!奪って!ああなんて甘美な欲求!
チ、カワ、ニク、ホネ、タマシイ、スベテヲ啜ッタラどんなにカンビなんだロウ。
私は街から逃げるように去った。誰にも見つからないように屋敷に戻って、ベッドに入り心を落ち着かせる。人を殺したい!人を喰らいたい!駄目だ。私は偽物で彼女に身体を返さなければならないのだ。そんな愉しいこと偽物の私がしてはいけない。ああ、駄目だ。殺したい!奪いたい!
「お嬢様今日は何処に行かれたのですか?」
リーズ、ああ甘美な肉。ニクニクにく肉。
毛布の中から見た彼女の表情には僅かな脅えが見て取れた。
「どこにも言っていないわ。今は一人にして!」
「いいえ、お嬢様。これは極めて大事な問題です」
「だから、一人にしてよ!!」
「お嬢様、ベッドから出てください。お説教ですよ!」
うるさい。ウルサイ、煩い、五月蠅い、ウルサィィィィィィィィィィ!!!!
「フ、キャハハハハハハハハハ!!!!!!」
リーズは片足を切断されて地面に転がった。下手人はもちろん私だ。
「ああ、化け物っ!」
「誰が、化け物なの!私は私!決して化け物なんかじゃないわ!あなたの足美味しそう。ああ見ているだけでよだれが止まらないわ!」
ベキ、バキ、ベコリと私の腕が、顔が変化していく。視界の端に写る亜麻色だった私の髪は銀色に変化した。ゾワゾワと大量の小さなものが這うような音がして、私の変身は止まった。
リーズの怯えた瞳に写る私の姿は獣の前足と、獣の顔を無理やり人間の型に押し付けたようなものだった。銀色の毛が風のない屋内にも関わらずに揺れ、口からは唾液をベチョベチョと垂らしている。
こんな姿の化け物を私は以前、どこかで見た覚えがあった。その人は亜麻色の髪で私にとても優しかった覚えが有る。その人の胸板を貫き、首を噛んで血を啜ったのにその人は笑っていた。その人は私に愛してると言い残した。そしてその人の名前はおかあさんだった。
「フヘっ!なアんだ。とウの昔に私は化け物だったンだ」
「たすけ……、たすけへぇ……」
リーズの足は随分と雑に私に噛みちぎられたらしく、血が地面に零れている。もったいない。だから私は父がやったように魔力刃を生み出し、そこに炎を乗せる。切れ味が良く、スッとリーズの太腿を切断する。軽くあぶったような肉になったので美味しい。この分では生の方も美味しいだろう。
グチャ、グチュウ、ガリィ、ブチュっという肉を食む音が私の口元から聞こえてくる。ああ、生肉でもリーズは美味しい。
「ねえ、貴女って全部知ってたんでしょ。知った上で私に何も教えなかった。それって残酷なことだとねえ!!」
口元から滴る血。それを舐めとってリーズを睨む。金縛りにあったかのように彼女は動かなかった。
「ほら、時間をあげる。どうして私に何も教えなかったの!?ねえ!ねえ!ねええ!」
「お嬢様、正気にぃ、あいぎゃぁぁぁぁぁ」
ああウザイ。もっと喋れよ。ちゃんとさあ。炎魔刃をぶっさす。ああ、もうさっさと殺そうかな。金縛りは解けたらしく無様に蛞蝓のように這いずり回る姿に腹が立った。焔の鞭でぶつ。
そのたびに悲鳴が上がるが、それは嬌声のように聞こえた。
鞭を槍状に分割し、魔力で補強しうつ伏せでもがいていた女を空中に吊り上げる。
やたらデカい胸にも腹が立った。服を燃やし、胸が露になった。。処女の癖に乳首がピンクじゃない。むかつく。
乳首ごと胸を切り落とした。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃいぃいいいいいぃぃぃぃぃ」
全身を串刺しにされても金切り声を上げるだけで死なない。多分傷口が焼かれて出血が少ないからだろう。
「うぎゅううううう、ぎゃみゃあふひゃあああ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”」
盛りの付いた猫みたいな声をあげる女の姿に哀れさが浮かんだ。
下を見たら、この女漏らしてやがる。尿のアンモニアの匂いは焼き肉の匂いで打ち消されていたから全く気が付かなかった。
あ、脱糞した。人間って痛みで脱糞するのか。汚いなあ。
「床の汚物を綺麗にしろ、さっさと舐めとれ」
胸肉を切り落とされて、一部分が人体模型みたいになった女を床におろす。女は必死に床を舐めている。正直滑稽だ。
ショック死しなかったのに驚きだ。そうだ、この女を解剖すれば人体の神秘が分かるかもしれない。そうしよう。
「テレサ、そこまでだ」
一陣の風のように部屋に飛び込んできたのは父だ。
「分かりましたわ。お父様。これって非常に愉しい遊びですわね!」
「ああ、そうだろう。我らの祖の呪い、そう伝えられている」
「へえ、そうなんですか」
「その姿は少し不味いな」
そういって、父は私に鏡を投げ渡す。そこに映っていた私は血まみれで獣の大口を開いていた。確かにこれは不味い。戻れ、戻れ、と念じると多少戻った。まだマズルとか犬歯はむき出しだが人間に近くはなった。
気が付かないうちに獣のようになっていた脚を戻す。次いで腕も元に戻す。きちんと戻った。良かった。
「戻りましたわ」
そう私が言うと、お父様ははあ、とため息を吐き、頭とお尻を指さした。そこにはケモミミと尻尾が生えていた。ケモミミを触っているとなんかくすぐったい。というか今の私は四つ耳が有る状態になっている。やばい。
そして尻尾を見ようとしても見えない。見えない。お尻が見えない。だから見たい。そんなことをして私は一回転してしまった。
お父様はそんな私を見てため息をついた。うっ、すごく馬鹿っぽい行動だ。知能が低下している気がする。
「そうだな、この力をお前は制御できるようにしなければならない。そのことは十分理解したな?」
「はい、理解しました」
「お前は我が一族の中で最も先祖の血が色濃くでたのだ。それこそ母親を縊り殺すくらいにはな。これを読め分からなかったら質問しろ」
お父様が私に渡したのは表紙文字がかすれて読めなくなった本だった。そこには一族の血統のことや歴代の血族の特徴などが書かれていた。
それによると、私達ダーバヴィル伯爵家は、獣の血を取り込んだらしい。その正体は人狼とも獣人とも推測されているが人狼の可能性が高いそうだ。
そして、人狼の特徴である高い身体能力や魔力量魅了、などの力を引き出せるらしい。しかし、デメリットもあり、力に溺れると頭脳は衰え狂い、人間であることを忘れてしまうらしい。端的に言ってヤバい力だ。
そして、この本によるとこの世界の教会は人間の味方であり、多種族を排斥する主義らしい。そして人類の内に潜む悪魔や人狼、吸血鬼といった化け物を刈りつくす異端者審問が趣味らしい。テンプレだが浄化の力が使え、アンデッドの防止や、迷宮の封印、街道の整備などを行っているそうだ。
私が純正の人間だったら強い味方になっただろう。人類の強い味方で真っ当な弱者の味方である。しかし、私のような化け物には恐怖の対象でしかない。
「お父様、その教会から私たちはどうやって隠れてきたんですか?」
「それこそ権力の成せる業だ。それに教会の奴らも異種族を皆殺しにしようとする過激派ばかりではない。穏健派に働きかけ、我々は存続してきた。さらに、近年では協商連合の台頭によって教会の内部でも異種族容認派が出現した。だから時代は確実に我々に味方している」
なにやら裏技があるらしい。それに資本主義経済の浸透で、異種族弾圧主義の教会が内部分裂しているらしい。私が屋台で使った貨幣は協商連合のものだったことから、この国も相当影響を受けていることが分かる。
「お父様、リーズはどうしましょう?」
汚れた床を必死に舐めている哀れな家庭教師だ。私がつい壊してしまった。
「ソレは貴重な魔術師だったはずなんだがなあ。使えない。好きにしろ、食っても壊してもいい」
いや私さっき食べたし。お腹いっぱいなんだけれどな。
「お父様は召しあがらないのですか?」
「クッ、フフフ。なかなか面白いことを言うな。私はお前ほど血は濃くない。せいぜい人並み以上の魔力と、多少の魅了くらいしか使えん。お前が特別すぎるのだ。あとは人を殺すことが好きなくらいだ」
なるほど。どうやら私以外は普通らしい。でも人を殺すのが好きっていうのもヤバい。私は人間を食べるのが好きだし痛めつけるのも好きらしいが別に殺したくはない。もったいないし。
「じゃあ、リーズはペットにします。趣味と実益を兼ねて実験に使えそうですから」
「そうか、地下牢を一つ開けておくからそこに入れておくといい。魔術師は丈夫だから多少手荒でも問題はないからな」
「はい、ありがとうございますお父様」
「ああ、そうだな今後のお前の家庭教師と処遇に関してはシャイロックから聞け。お前の筆頭家臣にくれてやる」
「は、はあ、ありがとうございます」
どうやら私は直ぐに殺されるなんてことはないらしい。お父様が有効利用した後に切り捨てられるということは有りそうだが、それは自分の力で何とかするしかないだろう。私にこんな機会を与えてくれた彼女には感謝してもしきれない。
結局、私の本性は悪なのだ。それも最低な方向で。人間を痛めつけるのも好きだし、悲鳴を聞くのも好き。人間を食べるのも好き。最低で最低で最低だ。
だけれども、生きていて幸せを感じる。檻のように抑制された屋敷から抜け出して、真実を知った時。そして目の前で少女が殺された時。かつてお母様を殺した時。そして何よりもリーズを喰らった時。
最低だと、最悪だと人は詰るだろうが、私の中の悪性は止められない。私はダーバヴィル伯爵家息女テレサ。きっと私の記憶を読んだ誰かは私のことをこう呼ぶだろう、最低系TS悪役令嬢と。