「家出ぐらいの小さいもんなら良いんだが、あいつ曰くどうもその可能性が低いとか」
「メルンが?!」
おじさんの口から突然メルンが出たことに驚きを隠せない。
メルンが失踪?そんなこと有り得るはずがない。
家にはヒュース達がいたはずだ。
会議をしていたときは間違いなく部屋にいて、ばれずに家を出るなんてそんな簡単に出来るはずがない。
ヒュースの早とちりだったら、と願いたいところだがそんなことでこの街が大騒ぎになるのもおかしな話だ。
一体いつ──
「……フィリア、僕がいないときに何かあったんだよね」
『うん』
「それの続き、なんてことは」
『無いことは無い、と思う』
「おい、誰と喋ってるんだ?」
「ごめんおじさん!ありがとう!」
「お、ちょ待てよ!」
おじさんの制止を振り切り街を駆けていく。
こんなところでくすぶっている間に関係の無いメルンが襲われたかもしれない。
自分の知らない存在だというのならなおさらだ。
もっと早く全てを終わらせていたらこんなことには。
「フィリア、目星はついてる?この際その人の特徴なんかは後回しでいい、居場所さえ分かれば他には」
『特徴はとにかく黒一色で顔とかは全然分からない。特殊なアイテムとか魔法でマーキングしてない限り後を追うのも簡単じゃないと思う』
「マキナかエレゼンが使ってる可能性は」
『可能性はあるけど街の皆がこんなに探してるってことは解除されたっていうのもあり得ると思う』
「くそ!」
走りながらメルンを探す方法を考えるが一向にいい案が思いつかない。
いっそ犯人なんてどうでもいい、メルンさえ分かれば良いのだ。
どこに……どこに……!
「ねえフィリア、外じゃなくてこの街の人の仕業ってことは無いの?」
『ヒビヤが疑いたい気持ちは分かるけどそれだけは絶対にない。この街の人は悪事は働かない。もし犯人を絞り出そうとするなら、最初に名前があがるのはヒビヤだと思う』
「そっか。なら良いんだ、さっきの理由が分かったのとだいぶ人を絞れるから」
ついさっき武器屋のおじさんが構えた理由が分かった。
それに対して恨むつもりはない。
多少傷ついたにしろそれまでだ。
この問題が解決したら、それで良いじゃないか。
『あ、別にヒビヤを疑ってるわけじゃないからね』
「分かってるよ。僕も別に街の人を疑ったわけじゃない。気持ちは一緒だよ」
フィリアの不安そうな声に苦笑いする。
気まずい空気はあれっきりのつもりだけどなかなかそうはいかないようだ。
早く解決して元に戻したかった。
「外から人が来たんだとしたら、一体メルンを攫って何をするつもりなんだろう。またこの街の人に失礼なことを言うけど、こんな端っこにある小さな街を襲って何か良いことでもあるの?」
『
「え?」
フィリアの言葉に再び疑問符を浮かべる。
彼女が断定するように言うその言葉の意味がさっぱり分からなかった。
端にある街を潰して何が楽しいというのだろう。
見たところ金目のものがあるわけでもこの土地を有したからと言って何か特別良いことがあるとも思えない。
だとしたらなぜ。
『読んだでしょ?この世界は平たい一枚の地図みたいな形をしているの。先はどこまでも続いていると言われてるけど、領域を超えたらこちらには戻ってこれない』
フィリアの言葉が何を意味するのかは分からないが、確かにこの世界の形を説明する書物を読んだ記憶はある。
この世界はどこまでも続いているけれど、ある一定のところまで行くとあちらとこちらとを分ける壁があるということ。
壁というのは岩石などで出来たものではなく、実際は濃霧のようなものらしい。
そしてこの世界にいる魔物は全てその壁の向こうから生まれてくるということ。
つまり地図で言うと端から魔物は生まれてくるということだ。
そしてフィリアが言った通りその領域より向こうに行ったものは二度とこちらに戻ってくることはできない。
書物にあった話だが、昔罪人を使いそれを確かめたと記されていた。
つまり実話だ。
それでも世界の端は大半が海であり、陸続きになっているところは四か所しかない。
それが最北端、最南端、最東端、最西端。
最南端はここである。
そして、既に最北端の街は崩壊したという話だった。
「でも、それとこれと何が関係あるの?」
『ヒビヤはさ、こんな世界の端にリープウィルっていう街がある理由、知ってる?』
「立地は当然悪いだろうし……何か深い理由でもあるの?」
『この街はね、生まれたばかりの魔物を倒すために作られた街なの』
「どういうこと?」
『ここは陸続きの数少ない街でしょ?だからね、この街が無くなると壁から出現した魔物が全て中央に行っちゃうの。全部抑えられてるってわけじゃないんだけどさ』
「じゃあ中央にはあまり魔物はいないのわけか」
『そういうわけでもないよ。空を飛ぶのなんかはなかなか捕まえられないし、迷宮っていうのもあるからさ』
「迷宮?」
聞いたことのない単語に驚く。
かなりの書物を漁っていたがそのような単語は一度も目にしなかった。
中央にはそういうものがあるのか。
『各地にぽつぽつとあるの。魔物が多くいる場所、それが迷宮。山とかに多いけど平地にもぽつんとあったりするよ、こんな街の近くにもね』
「リープウィルにもあるんだ」
『そう。そういうところで育った魔物も出たりするから全部ってわけには行かないんだ』
元々は壁から魔物が生まれたわけだが、それが成長して世界中に広がり各々の土地に根を生やしたということだろう。
限界はあるわけだが壁からの魔物を素通りさせるよりは無論ここで処理した方が良いに決まっている。
それに壁に近ければ近いほど成長していない魔物と戦えるわけで、それがこの街がこんなところにある理由だとか。
全て昔多くの書物を読んだフィリアの知識だそうだ。
そんな魔物の話をしながら街の中を駆けていく。
住民は危険な可能性も鑑み既に避難させているということだ。
道理で街中静かで走りやすいわけで。
それでも一向にメルンの手がかりは掴めないが、足を止めるわけにもいかない。
まさかもう街の外になんて。
「そうだ、そんなことがどうしてこの街が狙われる理由になるの?普通に考えて良いことだと思うんだけど」
『それが狙われる理由。逆に考えてみて、この街が無くなったらどうなる?』
「魔物が中央に侵攻していく」
『そう。中央を荒らしたい人にはうってつけってわけ』
「荒らしたいって、そんなのどこがいいんだよ」
『それは私にも分からないよ。そういうことを考えるのは、私達じゃ考えないようなことをする人なんだから』
当たり前のようなことを言うが、全くのその通りだ。
普通の人では考えないこと。
これじゃあますますメルンが危ない。
メルンを攫って何が出来るのかは分からないが人質という使い方意外だった場合彼女の身はかなりの危険に晒されていることになる。
早く見つけなければ。
『たす……けて……』
「……っ!」
声が聞こえた。
頭に直接響くような、一月前にもあったものだ。
一体どういうシステムで出来ているのだろうか。
メルンがそんな魔法を覚えているとも考えにくい。
それにいくら声がしたってその声の発信源が分からない。
もっと万能になってくれないものかとイライラしていた。
『助けて、お兄ちゃん!』
「メルン、どこだよ!」
メルンの声なのは分かっている。
分かっているのに。
ならどこだ。
どこなんだ。
メルンが助けを求めてる、叫んでいるなら危険だ。
犯人は近くにいるんだろうか、それさえも分からない。
何も分からないことがさらにヒビヤを焦らせていた。
『ヒビヤ、あれ!』
混乱している頭にフィリアの声が響く。
その声に顔を上げると、上空をドラゴンが飛んでいた。
体には無数の傷があり、その傷跡から以前の龍であることがすぐに分かる。
どうしてまたこんなタイミングで。
間が悪いとしか言いようが無い。
『ヒビヤ、ブレス!』
上空を旋回していたドラゴンが即座にブレスを放つ。
今日は地に降りて戦う気はないらしい。
だが今のヒビヤは以前のままではない。
空だろうが地だろうがそんなものは関係なかった。
「邪魔を……するな!!」
放たれたブレスに手を翳し凍えるような霧を上空に発動する。
その魔法を放つや否や新たな魔法を唱え次々と龍へと飛ばしていた。
魔力量の調整なんてそんなことに頭を割いているほど落ち着いてなどいない。
予想だにしない攻撃に宙に浮いたドラゴンは避けきれずどんどん高度を下げていた。
「落ちろ、『
空に手を翳すと、大きな氷柱がドラゴンの頭上へと発生する。
本当は獲物を突き刺す魔法だったが、そのサイズは氷塊と大差なかった。
のしかかるように襲い掛かる魔法に成す術もなく押しつぶされるように地に近づいていく。
が、地面に触れる直前で氷柱が粉々に砕けてしまった。
砕けたものが吹雪のように宙を舞う。
『ヒビヤ、大丈夫?』
「うっ!……ごめん、僕また」
『大丈夫、私はここにいるよ。それよりも、前見て』
フィリアの言葉で飛びかけていた意識を取り戻し正面を見る。
未だに目の前が吹雪いているが、その先に誰かがいる気配がするのは確かだった。
それを確かめようと右手に魔力を込めるが何故か集まらない。
そこで思い出したように剣を振ると吹雪が全てさらわれ二人の人影が露わになる。
片方は見たことのない、頭に角をつけコートを着た男。
その男に、メルンが担がれていた。
「おい、メルンを離せ」
その声に後ろを振り返る。
そこでヒビヤの思考が一瞬停止した。
「ヒュースさん、なの?」
そこにいたのは紛れもないヒュース本人だ。
だがいつもと様子は違く、彼の周りを禍々しい気が立ち込めている。
それに加えて彼の放つ殺気で肌がぴりついていた。
その光景に、不思議と頬が緩むのが分かる。
前の一件が茶番であることは当然理解していたが、彼が本気を出すとこうなるというのを初めて知った。
不謹慎かもしれないが、その姿を見れたことでヒビヤは初めて心からヒュースを師として信じることが出来た気がした。
無論疑っていたわけでは無い。
だが本気を出していないことは当然理解していたため、その本気を知ることが出来たことにどこか高揚感を覚えていた。
「この子を斬ってくれたのは君かい?」
メルンを担ぐ男が先ほどヒビヤが落としたドラゴンに目を向けている。
お前というのはヒビヤではなくヒュースだ。
先ほどの交戦を見ていないのか真っ先にヒュースを見ていた。
そして切り落とされた後の肉で覆われた部分をじっと見ている。
怒っているのかどうなのか表情は分からないが、ヒュースと同じく気の抜けない空気感を作り出している。
「だからなんだ、この街に入ってきたのはそいつだろ。お前ら龍族の価値観を人族に押し付けるな、虫唾が走る。はっそれになんだその恰好、お前今からサーカスにでも行くのか?子守りに来たなら帰ってくれてめえの居場所はねえんだよ」
ヒュースは全く怯む様子を見せず、依然として敵意を男に向ける。
それよりもヒュースの言葉が正しければこの目の前の男は龍族ということになる。
もう一度見ても頭に角が生えていることを除けばなんら人と変わりはなかった。
これがほんとに龍族なのだろうか。
「そうだね、それはこちらに非があったのかもしれない」
「よくもまあそんな思ってもないことを吐けるな。だが残念ながらてめえの質問に答える気はねえ、早くメルンを返せ」
「分かった、取引だ。この子には手を出さないでくれ。そうしたら返してやろう」
「お前のペットなんざ興味ねえよ」
そういうと龍族の男はため息を吐き、メルンを離した。
拘束の解けたメルンは転びそうになりながらこちらに駆けてくる。
「お兄ちゃん!」
そのままダイブするように飛びつかれあっさりと倒されてしまった。
何故か力が入らなかった。
そんな重いなんてわけが無いのに。
「そこの坊や」
メルンを抱きかかえつつ自身に向けられた声に反応する。
酷く緊張感の無い声に自然と気が抜けていくのを実感した。
「なんですか?」
「……またな」
「え?ちょ──」
唐突の言葉に慌てて聞き返そうとするが言葉が出る前に目の前に翳された手のひらに構える。
その手には火の玉が発生し、ヒビヤに向かって放たれていた。
二つの意味で前触れのない攻撃。
この人も無詠唱を。
火の玉自体の速度は大したことはない。
こんなもの止められないなど思っていなかった。
空いている左手を翳し魔力を込める。
が、魔力が一切集まらない。
何度も試みるが集まるどころか体内に魔力の欠片も感じ取ることが出来なかった。
まずい。
「解除!」
剣を出来るだけ遠くに放り投げ、抱いていたメルンを背後に隠す。
ついさっき魔法を放てなかったというのに何故またそれに賭けたのだろう。
何故か分からない、何が起きているのかさっぱりだ。
どうやって防ぐ、メルンはこれ以上離せない。
サイズはそれほど大きくないが威力の検討がつかなかった。
腰につけてある短刀に手を伸ばす。
斬れるか?
前にエレゼンが言っていたあの技だ。
だが原理なんて知らないことに加えこれが魔法なのかも怪しいところだ。
そう考えあぐねている間に気づけば目の前まで火の玉が来ていた。
思わず目を閉じる。
すると、強風と共に何かが弾ける音が響いていた。
「こういう時は、ちゃんと守るんだな」
「うるせえ、こいつがこうなったのは全部俺のせいだ。だがお前にとやかく言われるつもりはねえ。子守りもできねえお前にはな」
目の前にはヒュースがいた。
それなりに距離があったはずなのにここまで一瞬で。
有り得ない。
この人は本当に人間なのだろうか。
凍てつくような剣を構え、背に庇うヒュースの姿を見る。
これから先、この背を追うことになるのだ。
自分が子供だからだろうか。
わくわくが止まらなかった。
そんなことを考えながらヒビヤは地に突っ伏していた。
魔法の使用過多によるマナの枯渇。
そんな記憶、ヒビヤには当然なかった。