孤独な悠者   作:寄す処の空

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第三話 ソルジャー

「ヒール!」

 

 転がる少年の体を淡い緑が包み込む。

 杖を翳す女性は少年の懐にいる少女を抱き寄せるともう一度杖を翳し呪文を唱えた。

 

「お兄ちゃん!」

 

「離れろ。これくらい軽傷だ」

 

 少女を隣の男が代わりに抱える。

 女性が魔法の詠唱を終了しよしっと呟くと隣の男が水筒を取り出しそれを逆さにした。

 

「ごほっ、ごほっ!」

「起きろ朝だ」

 

 冷水が降り注ぎ意識がはっきりとする。

 咳き込むのと同時に口から残っていた血が飛び散る。

 少し血の臭いが残っているが、体の痛みが消え呼吸が楽になったことに驚くと自然と体を起こした。

 

「っと」

 

「駄目ですよ、傷は治っても流れた血は元に戻せないの」

 

 体を起こした勢いで倒れそうになるヒビヤを女性がそっと抱き寄せた。

 ふわっと香ってくる優しい匂いと、ほどよい弾力が彼の体を包み込む。

 何の効力もないその行為が彼の疲労をさらに回復させていった。

 

 違う、そうじゃない。

 彼女の姿が、彼女は──────

 

「フー!」

 

 回転速度の戻らない頭が絞り出した答えを思い切り叫ぶ。

 自分の体なんて制御できないため背後の女性へ大きく体重をかけるが、今はそんなこと気にしていられなかった。

 だがヒビヤの求めていた答えは右手には無く、虚が広げた手のひらにただ残る。

 止まりかけていた思考が無駄に加速し、彼に最悪の事態を想像させていた。

 あの瓦礫の中に。

 

「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」

 

 大柄な男に抱かれた少女がこの場に不釣り合いな笑顔でお礼を言う。

 君のせいで、なんて言えるわけがない。

 

「お兄ちゃん、さっきの大きな剣は?大きいかっこいいの」

 

「……剣?そんなのあるわけ」

 

 大きな剣。

 

「っ解除!フ────!」

 

 少女の言葉で蘇った記憶をそのままもう一度叫ぶ。

 願うように握りこんだ手の中には先ほどの剣がしっかりと納められていた。

 カチャリという音に心臓が呼応する。

 

「解除」

 

 呟くと風に包まれ、血と涙でぐしゃぐしゃになった彼女がちょこんとその場に座っていた。

 

「ヒビヤ!無事!?」

 

「すみません、この子も、治してもらえませんか?」

 

「ちょっと待ってね」

 

 彼女の言葉を遮って体重を預け切っている女性に眼下から要求する。

 すぐに女性は手を翳すと、淡い緑色が彼女の体を包み込んだ。

 そんなことも気にせず彼女はヒビヤの体を周囲から見回している。

 

「この子もさっき治療したから大丈夫よ。あなたも大丈夫?結構深いみたいだけど」

 

「私は大丈夫です、それよりもヒビヤは」

 

「俺も大丈夫だよ、どこも痛くないから。ありがとうございます、すみませんこんな状態で」

 

「大丈夫よ。もう少し休んでて」

 

 女性の言葉に甘えるように体重を預けると、今まで気にしていなかった周りの状況を確認する。

 大勢の武器を手にした人たちを見渡すとこれが彼女が言っていた遠征に出ていた人達だと納得する。

 数はざっと五十を超えており、みなこちらを厳しいような優しいような目で見つめていた。

 

 ″グオオォォオオオオ!!″

 

 龍の咆哮が街を抜け外にまで響き渡る。

 ここでまったりしている時間は今は無いのだ。

 どうしようかと考えあぐねていると先ほどの大柄な男が目の前に来た。

 

「俺はヒュースだ、この街の長って言ったらじじいみたいだが一応一番偉いってことになってる。さっきはこいつを助けてくれて助かった。だが今はそうも言ってられない。中はどうなってる」

 

 ヒュースが優しい口調かつ子供扱いをしない面持ちで話しかける。

 彼の言う通り外は安全でも中はとてもそうは言っていられない。

 男性ばかりこちらにいるということは中に家族がいるものも少なくはないだろう。

 心配なのに何も言ってこないというのは身を案じてというところだろうか。

 その葛藤を考えるとむしろこちらが申し訳ない気持ちになってくる。

 

「僕が通った道に住民らしき姿は一つもなかった。この街のシステム通りちゃんと避難できているんだと思う。だけどああやって龍はいるし魔物も町中を跋扈しているはず。時間はそんなにないかも」

 

「住民は大丈夫なんだな?」

 

「僕が通ったところだけだけどね」

 

「お前が通った、か。分かった。……おい」

 

 ヒビヤから目を離したヒュースは治療を終えたばかりの彼女の方を見る。

 その目は子供に向けるにしてはかなり厳しい目つきだった。

 

「これでいいのか?聞いた話とは違うが」

 

「……ごめんなさい。始まったばかりなのに」

 

「いんや。良いんじゃないか?ここの連中に指示通り家族を皆殺しにしろってか?そりゃ難しい質問だよ。それに俺は人に指示されるのが大嫌いなんだよ」

 

 大きな手で彼女の頭を掴むと乱暴に揺する。

 その手を放すともう一度ヒビヤの方を向き深く頭を下げていた。

 

「俺には選ぶ意思がなかった、だがお前は選び俺の娘を助けてくれた、死ぬはずだった娘を。……ありがとう」

 

「え、あ、はい。その、良かったです」

 

 話を上手く理解出来ていないのか変な返事の仕方になるがそれを見てヒュースは笑っていた。

 やがて後ろにいる集団の中央へと行き状況説明をし武器を掲げ大声を出すともう一度こちらへ戻ってくる。

 

「行けるか?」

 

「大丈夫ですよ。だいぶ楽になりました」

 

「無理しなくていいのよ?」

 

「無理しないでね」

 

「はは、みんな優しいな」

 

 預け切っていた体重を自分に戻すとよっこいしょと立ち上がる。

 一瞬立ち眩みでよろけるが、頭を振り意識を集中すると楽になった。

 すーっと体の中を何かが駆け巡る感覚に襲われるが、どこか心地が良かった。

 

 

「それじゃ、最後までよろしくね」

 

「無理、しないでね」

 

「こんなとこで死ねないよ。よろしくね、フー」

 

「うん!」

 

 そよ風に包まれると右手に太刀が握られる。

 一振りすると先ほどの感覚が蘇ってきた。

 

「行けます」

 

「よし」

 

 頷くとヒュースを先頭に一斉に走り出す。

 よく見れば女性の姿もちらほらと窺えた。

 各々自分の得意とする武器を握っている。

 ほとんどが剣だと思っていたが案外そういうわけでもなさそうだった。

 

「先頭のやつまで案内してくれ」

 

「分かりました」 

 

 ヒュースの隣を走ると、彼の指示でヒビヤの周りを何人かの戦士が囲む。

 道中敵に出くわした際に排除してくれるようだ。

 ヒビヤとしても無意味な戦闘をしなくていいという点では甘えるほかない。

 

 

 最初はこうまで魔物に侵攻されていたため戦士たちの腕を疑っていた節もあったのだが、ヒビヤの行く手を阻む障害を退ける姿は強者そのものだった。

 全ての魔物の急所を的確に押さえ、適材適所各々の仕事を完璧にこなしている。

 個々での戦闘ではなく全員で戦っているのだ。

 その連携能力にヒビヤは声も出ずにいた。

 

「周りは気にするな、親玉だけでいい」

 

「分かりました、移動しているかもしれませんが飛んでいないのであればそう遠くはないと思います」

 

「分かった」

 

 走る速度をさらに上げ、先ほどの地点へと駆けていく。

 この人たちは住民の隠れ家を知っているのかもしれないが肝心のヒビヤはそれを知らない。

 もし既に近くまで行っているのだとしたらそう悠長にはしていられなかった。

 

 曲がり角を曲がった先に突如魔物の群れが現れる。

 あまりの数に一瞬ヒビヤの足が止まるが、その先をヒュースが駆け抜けていき一瞬にしてすべてを葬り去っていた。

 動きを目で追うことが出来ない。

 光ったり燃えたり剣を抜いたり蹴り飛ばしたり。

 一瞬にして地には亡骸のみが静かに転がっていた。

 

「行くぞ」

 

「は、はい!」

 

 停止していた体をもう一度動かすと先ほど少女と出会った場所を通過していく。

 地には先ほどの龍の移動した痕跡がしっかり残っており、そのあとを追うとあっさり親玉と出くわした。

 

「おい、あいつか?」

 

「親玉かどうかは分かりませんが恐らくその可能性が高いと思います」

 

「そうか」

 

 一言呟くと突然片足を振り上げ地面をだんっと踏む。

 その勢いに負け地面がべこんと凹むとヒュースの体を色鮮やかな気が覆いつくした。

 綺麗だと思うのと同時にその異様な状態に唖然とする。

 

「僕も、行きますか?」

 

「いや、俺一人で十分だ。助かった」

 

 鞘に剣をしまった状態で道の中央を龍目掛けて歩いていく。

 すぐに龍はその存在に気づき、無防備な姿に一瞬硬直したがすぐさまもう一度背を向け代わりに尾を振り回した。

 脇に並ぶ家屋をなぎ倒しながら家もろともヒュースへと襲い掛かる。

 だがなぜだろうか。

 彼を心配する必要はないとどこか直感していた。

 

 やがてヒュースの、剣を振り終えたモーションと共に龍の尾が切り離された状態で壁へと吹き飛んでいく。

 まるで彼を避けるかのように壊れた家々も周囲へ広がっていた。

 

「これが、あの人の力」

 

「人の街をばかばかと壊しやがって、分かってんだろうな」

 

 尾を切り落とされた龍は一瞬怯みつつも男に近づきその大きな手で叩き潰そうと振り下ろす。

 しかしその手は男に触れることなく刻まれ、ぼとぼとと周りに落ちていった。

 切り刻まれる腕から溢れる血が男に降り注ぐ。

 その中で血にまみれてなお余裕そうな彼は狂気のそれだった。

 

「あの人ってそんなに強いの」

 

『あんなもんじゃないよ、もっと強い』

 

「恐ろしいね」

 

 その後も龍の攻撃を完璧に往なしつつ、その体を切り刻んでいく。

 あの鱗に覆われていた表皮を無かったもののように扱っていた。

 

「なあフー、僕も混ざった方がいいかい?」

 

『邪魔になるよきっと』

 

「だよね、ならいいんだ。別に僕も混ざりたいわけじゃない」

 

 あのなかに入ろうなんて冗談でも思わない。

 ただここで何もしないのはどうなのかと彼女に聞いたのだが、彼女に止められるのならいよいよお役御免だ。

 これで心置きなくこの場に留まることが出来る。

 

 龍が咆哮しヒビヤは耳を塞ぐがヒュースは気にもせず切り刻む。

 次の瞬間大きく羽ばたくと、先ほどまで背を向けていたヒュースが反転しこちらを向いた。

 背後には翼を広げ全長が三、四倍ほどになった龍がいる。

 よく見るとその龍の口には赤い炎のようなものが漏れ出ていた。

 

「あれ」

 

「逃げろ!」

 

 気づけばヒュースに担がれ龍から離れるように駆けだしていた。

 体が大きく揺れ剣を落としそうになるが何とか握り締め状況を把握する。

 

『だめ!これじゃ逃げられない!』

 

 彼女の切羽詰まった声が木霊する。

 相手が何をしてくるのかは分からないが直感で危険だってことは分かる。

 だからってどうしたら。

 

「お前魔法は使えないのか!」

 

「魔法?えーっと」

 

『今はまだ無理よ!』

 

「無理だって」

 

「無理だってってお前」

 

 ちっ、と舌打ちをすると担いでいたヒビヤを後ろに投げ庇うように剣を構える。

 おそらくこれから放たれるであろう攻撃を受け止める気なのだろう。

 

『ヒビヤ、剣を構えて』

 

「何かあるの?」

 

『一か八か。でもヒュースさんばかりに頼ってもいられないでしょ』

 

「分かった、教えて」

 

『恐らくこれからあの龍が放つのはブレス。あれがブレスを放つタイミングで剣を振って、風をイメージしながら』

 

「それはまた難しいことを言うんだね」

 

『大丈夫、君なら出来るから』

 

 彼女の言うことを信じるのはアホらしいが彼に戸惑いは無かった。

 彼女が言うことは正しい、誰よりも彼女がこの剣に詳しいのだから。

 

 言われた通り風を想像しながらそっと剣を振ってみる。

 気のせいかもしれないがふわっと、風が吹いたような気がした。

 

『来るよ!』

 

 彼女の張った声が響く。

 同時に龍の口からは彼女の予想通りブレスが放たれていた。

 前方で仁王立ちするヒュースの脇を通りさらに前に出る。

 驚愕の声が背後から聞こえてくるが今はそんなの気にしていられなかった。

 

「風、風」

 

 一人言のように呟くと肩の力を抜き、そっと剣を一振りする。

 すると放たれたブレスは彼の眼前で何かに包まれ、空気中で霧散し心地よい暖かさだけが残った。

 右手に握られた剣を見ると、剣の周りを微かに風が包み込んでいる。

 

「すごいな」

 

『ヒビヤのおかげだよ』

 

「いや、すごいよ」

 

『そう?まあ、ありがと』

 

 再度放たれたブレスに対し同じように剣を振ると先ほどと同じようにブレスが散っていった。

 火の粉が宙を舞う中、もう一度剣を振ると遠くへと飛んでいく。

 

「お前、それ」

 

「なんか、出来ちゃうみたいです」

 

 へへっとどこか自慢げに笑うヒビヤに苦笑する。

 その場違いな笑みがどこか可笑しかった。

 

 その頭上でさらに飛翔し旋回する龍を見上げる。

 龍は先ほどと同様口内に炎を溜め込むと、器用にその炎を球体へと変形させていく。

 その行動の訳を知らない彼女は何も指示を出せずにいた。

 

「ヒュースさん、あれ」

 

「下がってろ少年。……これが俺たちのやり方だ」

 

 剣を構えるヒビヤの脇を、新たに一本剣を抜刀したヒュースが通過していく。

 その姿に言葉が出ずにいた。

 上空では炎を溜め終えた龍がこちらに火球を放っていた。

 

「マキナっ!!」

 

凍える霧(フリーズミスト)

 

 頭上から新たな女性の声が響き、吹雪が宙を舞うと放たれた火球は途端に無へと消え去っていた。

 新たな敵の出現に矛先を切り替える龍だったが、それよりも早く頭上には新たな魔法が放たれている。

 

氷柱(アイシクル)!」

 

 頭上に出現した鋭利なつららが刺し潰すように龍に襲い掛かる。

 空高くを飛翔していた龍はその高度を落とすと、その姿をあざ笑うかのようにヒュースの猛撃が襲い掛かった。

 地に近づけば彼のテリトリーだ。

 

 ″グオオォォォォオオ″

 

 猛攻をくらってもなお龍はその生気を失っていなかった。

 負けてはいないはずだが、こうもしぶといと終わりがいつまでも見えてこない。

 新たな魔法が放たれる様子もなく、勢いよく飛翔した龍は射程外となり、隣に戻ってきたヒュースは舌打ちをしていた。

 

 こちらを睨みつけるように見下ろす龍に剣を握り締める。

 だが、その龍はもう一度大きくはばたくと、そのまま遠くへと飛んで行ってしまった。

 

「あれ、終わったの?」

 

『そうみたい、とりあえず親玉はね』

 

 彼女の一言と同時にヒュースが納刀する。

 緊張から解き放たれたヒビヤは深呼吸すると体に蓄積されていた疲れを直に感じる。

 アドレナリンとはこうも仕事をするものかと。

 

「それじゃあ、早くみんなと合流して他のを──て、あ……れ──」

 

 自分の視界が不自然な挙動をしていることに気づく。

 慌てて正そうと体を動かすが、自分が何をどう動かしているのか分からずにいた。

 

「……ちょっと、頑張りすぎたかな」

 

 解除、と呟き剣を放り投げる。

 すぐさま剣が風に包まれ元の姿へと形を変える。

 だが彼女の笑顔を見る前にヒビヤは静かに地面へと突っ伏した。

 

 

 

 


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