孤独な悠者   作:寄す処の空

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第二章 最南端の街リープウィル
第一話 初めの一歩


 どれくらい寝ていただろう。

 長い、長い夢だった。

 女の子に急に友達になろうなんて言われて、その女の子が剣になったりもして。

 戦ったことなんて無いのに魔物を次々に倒していって、ムキになったりもして。

 自分のことも周りのことも何も分かっちゃいないけど、どこか楽しかったような気がした。

 

 終わってしまえば呆気ないものだ。

 

「終わって、欲しくないなぁ」

 

「あ、やっと起きた。三日ぐらい寝てたよ、ヒビヤ」

 

「っ!!!」

 

 突然の声にがばっと起き上がるとそこには夢に出てきた剣になる少女がいた。

 驚かせてしまったのか声をかけてきたのは向こうなのにベッドから距離を取られている。

 気づけばそこは地面ではなく、周囲を見渡せば誰かの家であることが見て取れた。

 

「夢、じゃない?」

 

「いくらなんでも見すぎよ、おはよう」

 

「おはよう」

 

 そういうと腰に手を当て小さくため息をついていた。

 この子の言ったことが嘘じゃないとすると、あの日から三日も寝ていたことになる。

 三日も寝ているなんて病気じゃないかと思うが別段異常はなく特に悪いところもなかった。

 

 その三日前の記憶だがさっきは夢なんて言っていたがしっかりと残っている。

 間に空白の時間があるわけだがヒビヤにとっては昨日のようなものだ。

 

 それはさておき、ドラゴンを無事倒した後そのまま気を失った。

 やはり、血が足りなかったのだろう。

 こうして無事生きてここにいるということは他の魔物も倒せたということだろうか。

 

「ねえ、ここはどこなのフー」

 

「え、あっちょ────」

 

 何気なく発した言葉に少女の体は変異し、剣となって彼の右手に納まる。

 彼女の名を呼んだらこうなってしまうことをすっかり忘れていた。

 

「ごめん、解除」

 

 慌てて彼女の姿を元に戻すと、どこか怒っているのか頬をぷくっと膨らませていた。

 怒っている風に見せていてちょっと可愛い。

 

「これ、君に怒られたときとか使えそうだね」

 

「絶対やめてよ」

 

「うそうそ、冗談だって」

 

 ははっと笑い誤魔化す。

 冗談にしてはかなり卑怯なことを言ってしまったのかもしれない。

 

「そういえば、まだ本当の名前聞いてなかったね。さっきのが名前じゃないのなら本当の名前は?」

 

「そっか、色々あって言ってなかったんだっけ。ごめんね大事なところすっ飛ばしちゃって。私はフィリア。姓はないよ。私も小さい頃の記憶が無いの。気づけばヒュースさんに引き取られていて、そのまま。だから生まれた場所も分からなければ本当の親の顔も分からない。まあ私はもう慣れっこだけどね」

 

 そういう彼女の表情に影は何一つなかった。

 本当に彼女はその状況を飲み込んでいて、それが彼女の日常なのだ。

 心配なんてする必要もないのだろう。

 

 しかし両親共に顔も名前も分からないとは。

 代々受け継がれてきたその本とやらに写真と名前くらい刻んでおけばよかったというのに。

 

 話が終わり、ベッドに手をついて立ち上がる。

 地に足をついた瞬間眩暈と共に体がふっと揺れ慌てたフィリアに支えられていた。

 

「大丈夫?」

 

「ごめんね、大丈夫。ちょっと寝すぎちゃったかな。かっこ悪いよね、こんなところ見せて」

 

「そんなことないよ、ヒビヤは……うん、すごいや」

 

「すごいって。……ねえ、フィリア?ここはどこかな。フィリアの家?」

 

「さっきも言ったでしょ、私はヒュースさんにお世話になってるの。だからここはシーボルトさんの家」

 

「シーボルト?あ、ヒュースさんの」

 

「そそ。ヒビヤが助けた女の子がメルン・シーボルト。で、回復魔法をかけてくれたのがエレゼン・シーボルト」

 

「みんな家族だったんだね」

 

「自己紹介とかする時間も無かったからね」

 

 ヒュース・シーボルト、ヒュース。

 ヒュースの剣の腕は初めてみたヒビヤには衝撃的なものだった。

 あれを忘れろと言われても無理な話だ。

 あれは常人が為せる業ではなかった。

 次元が違う。

 

「後でお礼言わないとだね」

 

「そうだね。────フィリア、僕これから頑張るから。だからこれからもよろしくね」

 

「急に何よ改まって」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 フィリアと出会うまでの記憶は何も残っていない。

 でも、今自身にはやらなければならないことがあって、それをサポートしてくれる友達がいる。

 一瞬投げだそうとしたものを、意味のあるものにできるのだとしたら。

 それもちょっとは良いものなのかもしれない。

 

「いっぱい迷惑かけるかもだけど、それでも良かったら」

 

「そんなのお互い様よ、よろしくね」

 

「……ありがとう」

 

 彼女の快い言葉に自然と笑みがこぼれる。

 それを見たフィリアもワンテンポ遅れて屈託のない笑顔を見せてくれた。

 その笑顔がなぜかひどく印象に残っていた。

 

 

 

 ■ □ ■

 ヒビヤがこの街に来てから一ヶ月、無くした記憶を取り戻すべく歴史や文化などを徹底的に勉強した。

 過去にそれらを学んだことがあれば、同じワードから記憶が蘇るかもしれないと考えたからだ。

 

 というのは建前で、記憶が戻らないことなどフィリアには分かっていた。

 理由は例の本に書いてあるから。

 ということは例え過去に勉学に励んでいたとしても今はすっからかんの状態ということになる。

 歴史の深くを知らないにしても最低限一般常識は叩きこんでおく必要があった。

 何も知らない人間に世界など救えるわけが無い。

 

 当然ヒビヤにはその本当の事実は伝えていなかった。

 勿論嘘をつくことに対して後ろめたさが無かったわけでは無いがこうするしか無かったのだ。

 これ以上内容を崩すわけにはいかないのだから。

 

「ヒビヤが熱心なおかげで予定よりも早く勉強の時間は終わりそうだね。記憶は戻らなかったけど、知識はついたわけだし」

 

「まあ、そうだね」

 

「次は戦闘訓練かな?ヒビヤも十分強いと思うけど魔法はまだ使えないみたいだし。それに、剣もヒュースさんが教えてくれるみたいだよ?」

 

「ヒュースさんが!?」

 

「う、うん。昔から誰かに剣教えてみたかったらしいけど子供は娘一人だし弟子とか取ったことないみたいで。それでだって」

 

「そっか、ヒュースさんに剣を」

 

 ヒュースに剣を教えてもらえるという言葉に自然と気持ちが高揚していた。

 あの剣を、この手で。

 

「……本当は、ヒビヤの方が強いんだけどね」

 

「ん?なんか言った?」

 

「何でもないよ。そして、魔法を教えてくれるのがマキナさん」

 

「あぁ、あの時の魔法使ってた人。……シーボルト家って何人家族?」

 

 ここ一ヶ月この家で暮らしていたわけだが特にそれらしき人物はおろか見慣れない人が家を出入りする姿は一切見当たらなかった。

 どこか別の家で生活をしているのだろうか。

 

「あ、そっかヒビヤはあれ以来なんだもんね。マキナさんはメルンちゃんに魔法を教えるために来た先生でシーボルト家の人じゃないよ」

 

「メルンちゃん魔法教わってたの?!全然知らなかった……」

 

「まあ家の前とかじゃないしね、ヒビヤもそんな家出てないから見たことなかったのかも」

 

「僕が混ざっても大丈夫なの?邪魔はしたくないんだけど」

 

「二人相手でも大丈夫だって」

 

「……鬼とかじゃないよね」

 

「そんなんじゃないよ」

 

 一瞬頭に浮かんだのはヒュースのような人だったが先日聞いた女性らしき声を思い出して慌てて頭を振った。

 

「その人ね、ヒビヤのこと気に入ってるんだって」

 

 ……自信が無くなってきた。

 しかしなぜシーボルト家に住んでいるのに一度も顔を合わせることが無かったのか。

 一度くらい家に来るでもこちらから会いに行くでもあればよかったものを。

 

「メルンちゃんって魔法使えるの?」

 

「私は見たことないけど先生がいるんだし使えるんじゃない?親もあの二人だしね」

 

 確かに剣一筋な父親は置いておいて母親はあのエレゼンだ。

 魔法が使えてもなんらおかしいことはない。

 それに両親共に本職が戦闘員だとしたらメルンも将来負けず劣らずになるのかもしれない。

 

 

 ヒュースのことで一つ新しい発見があった。

 それはあんないかつい顔をしておいてかなりの親ばかだということだ。

 

 食事中は毎日ほとんどメルンの自慢話。

 エレゼン曰くヒビヤが食卓に加わったことでさらにエスカレートしたとか。

 生まれたばかりの頃の話も日常茶飯事だ。

 あんなに強面で弱みなんて見せない人だと思っていたのに感情が高ぶっては一人で涙を流しながら話している。

 かなり情緒不安定だと最初は思っていたが、皆がこれが普通と扱う姿を見て自然と慣れてしまった。

 慣れとは恐ろしいものである。

 

 

 その日の夜もいつも通りヒュースの娘自慢を聞きながら夕食を食べいつも通り外に出て剣を振る。

 一人で外に出ると室内が騒がしかったせいかひどく静寂を感じた。

 この街は昼間は賑わっているが夜はがらっと変わりこの通りである。

 

「もう一ヶ月か」

 

 敷地を囲う小さな岩に腰かけ一人で呟く。

 この世界に来てからひと月が経過していた。

 それ以前の記憶は相変らず蘇ることは無く、ヒビヤにはここで生活したひと月の記憶しか残っていない。

 以前の記憶らしきものを夢で見ることはあるようだが、起きたら忘れていることが常であり、その日は決まって涙を流している。

 訳が分からないというのが本音だが気にしても仕方がないためあまり気にしないことにしていた。

 

「どうだ、ここでの生活は。楽しいか?」

 

「ヒュースさん」

 

 家の方からヒュースが一人で出てくる。

 ヒュースが家の中とは裏腹一人のときは紳士のように接してくるのもここで剣を振っていて学んだこと。

 初めはお酒か何かのせいかと思っていたがそういうわけではないらしい。

 実に変わった人である。

 

「俺は昔から戦いしかして来なかったからお前がどうとかいう話は正直あんま良く分からん。フィリアが話してくれることも少なくは無かったが頭を使うと疲れる性分でな、あんま入ってないんだわ」

 

「それはまた大変ですね……」

 

 一瞬バカなんだろうかなんて思ってしまったが仕方がない。

 だって筋肉でバカなんだから。

 そんなこと本人に言ったら怒られそうだから勿論内緒である。

 

「そうだヒュースさん、明日からそのよろしくお願いします」

 

「おう。俺は厳しいぞ?ってもお前に剣を教えるなんざ訳の分からない話なんだけどな」

 

「どういうことですか?」

 

「いや、なんでもねえよ。まあしっかり学んでいくこったな」

 

「はい!」

 

 オーバーなほどに元気な返事にヒュースが照れくさそうに頬を掻く。

 バカだなんだと馬鹿にはしていたがヒュースの剣には本当に尊敬しているのだ。

 だからこそヒビヤも楽しみで仕方が無かった。

 

「あーそうだ、稽古中はフィリアを使うのは禁止な。いざというときにあいつがいない可能性も考えておけ」

 

「はい!」

 

「まあなんだ、楽しんでいこうぜ」

 

「よろしくお願いします!」

 

「それじゃ」

 

 背を向けながら手を振るヒュースに立ち上がり軽く会釈する。

 勉学においてはあれだが戦闘においてはスペシャリストだ。

 ヒビヤが机に向かっている間にもヒュースは何度か狩りにでていた。

 街の周囲の偵察と、他にも何かやることがあるらしい。

 

 毎度大量の獲物を持って帰ってくるがその体に新しい傷は一切作ってこなかった。

 エレゼンがいるとは言えど毎度無傷というのはさすがとしか言いようがない。

 ヒュースに剣を教わるというのは願ったり叶ったりである。

 

 ヒュースの戦闘スタイルを思い出しながら物思いに耽っていると今度は小さな女の子、メルンが一人家から出てきた。

 周囲をきょろきょろとしヒビヤと目が合うと小走りにこちらへやってくる。

 なんだか今日は忙しい。

 

 メルンは今八歳らしい。

 五歳の頃からマキナに魔法を教わっているようだが、あまり詳しくは話をしないので詳細は不明である。

 

 魔法には大きく分けて初級、中級、上級、聖級、絶級、最後に禁忌という階級がある。

 初級から絶級に関しては順を追って体内を巡るマナや創造力を発達させ、時には才能も含めた能力値で扱うことのできる階級が決まる。

 なので誰しも初めから上級や聖級魔法を使うことは出来ず、またたいていの人間は初級から順を追えば上級までの魔法は使うことが可能になる。

 

 大して禁忌魔法というのは、簡単に言ってしまえばだれでも使うことが出来る。

 だがそれは文字通り禁忌。

 使ったから捕まるとかそういう話では無いが、使った者の末路は死、ということだけが書物に記されていた。

 禁忌魔法ということでヒビヤが手に取った書物にそれ以上の詳しい話は一切記されていなかった。

 もっと大きな街に行けばきっと詳しく知ることが出来るだろうとフィリアが言っていたので、さすが禁忌という名が付くだけはあるということだろう。

 

 ちなみにたいていの人間が魔法を使えるといったが、その例外に入るのがヒュースだった。

 以前一度だけ『メルンが使えるなら俺も使えるさ』と言って魔法の詠唱を始めたところ終わった後も何も起こることは無かった。

 その時にエレゼンが『ヒュースは使えない人なの』と言っていたので恐らくそういうことなのだろう。

 どうして使えない人間がいるのかその仕組みをぜひ知りたいところだったがエレゼンもそこまでは分からないらしい。

 魔法の先生ならもしかしたら分かるのかもしれない。

 

「明日からよろしくね、お兄ちゃん」

 

 満面の笑みで手を握られる。

 この一ヶ月、勉強で疲れた時はこの笑顔によく癒されたものだ。

 母親によく似ている。

 

「よろしくは僕の方だよ。メルンちゃんの方が先輩なんだから、色々教えてね」

 

 頭を優しくなでるとくすぐったそうにしながら笑っていた。

 こんな小さい子でも魔法を使えると考えるとどこか不思議に思えた。

 

「それじゃ、そろそろ戻ろっか」

 

「……もうちょっとだけお兄ちゃんといたい」

 

「そう?」

 

 そう言われるとさすがに戻ることもできないため上げた腰をもう一度下す。

 すると無言でメルンがひょいと膝の上に乗ってきた。

 その体を滑り落ちないように慌てて抱きかかえる。

 

 メルンにはこの家で生活するようになってから、言わば最初からひどく懐かれていた。

 エレゼンに聞いても命の恩人だからの一点張りで理由はあまり分からない。

 フィリアに聞いても同じ回答のためそうなのかと納得する他なかった。

 

「お兄ちゃん、どこにも行かないでね?」

 

「え?」

 

「私も、フィリアから話聞いたことあるから」

 

「あー、本のこと」

 

 メルンが心配そうに聞いてくるが彼は気の利いた回答を出来ずにいた。

 なんせ実感が無いというのが本音で、この街にいたらどうとか離れた先に何が待ってるとか何一つとして分からないのだ。

 その気持ちがばれないように作り笑いをしメルンの頭を撫でる。

 こんな小さい子までこの世界のことを、こんな他人の人生を心配しないといけないだなんて酷な話だ。

 

「大丈夫だよ、僕はまだここにいるつもりだから。だから、これからよろしくね?」

 

「うん!」

 

 ヒビヤの言葉に嬉しそうに頷く。

 何とも無責任なことを言っているという自覚はあるのだが、メルンは子供なのだからこれくらいで大丈夫だろう。

 ヒュースにばれたら怒られてしまうかもしれない。

 

「そろそろ戻ろっか」

 

「もうちょっとー」

 

「また明日来よう、ね?」

 

「絶対だよ?」

 

「もちろんさ」

 

 もう一度頭を撫でる。

 メルンの髪の毛はさらさらで気持ちがいい。

 ヒビヤの髪はくせ毛なのでこの触り心地が結構好きだった。

 

 メルンを先に家へと帰し、後を追うように家へと戻る。

 その時、ふと思った。

 

 子供達(メルンちゃん)はいつから戦場に駆り出されるのだろう、と。

 

 

 

 

 

 

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