外に出ると既に二人が何か話をしていた。
始まる前のミーティングと言ったところだろうか。
「あ、来ましたね」
「お待たせしました、遅れてすみません」
「いいえ、まだ時間にはなってないですから気にしないでください。それに全部ヒュースが悪いんですから」
「ははは……」
この場にいないのに可哀そうなものだ。
まあそう言われても仕方がないことを彼はしたわけなのだが。
「それでは、これから魔法の授業を始めます」
「あれ、今日はここでやるんですか?」
「はい、これからは毎日ここのお庭を使わせていただきます。前まではあなたに感づかれないためにちょっと離れてただけなので。お勉強の邪魔をするわけにはいきませんし」
「そういうわけがあったんですね。全然気づかなかったです」
わざわざ気を遣ってひと月だけ場所を変えてもらっていたようだ。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
そんな彼はお構いなしでマキナはポケットから小さな銃のようなものを取り出すと空に向かってそれを撃った。
空高くまで飛んでいくとパンっと乾いた音が鳴り空気に溶け込んでいった。
「今のは?」
「これから魔法を使う合図です。周りの人たちに迷惑をかけるかもしれませんので」
エレゼンと同じようなことを言うためこれから何が始まるのだろう、と不安が募る。
爆発やら風穴やら、とにかく危険が及ぶのだけはごめんだ。
「今までこの街にいたのなら一度くらいは目にしませんでしたか?」
「あぁ、その、基本建物の中にいたので。お勉強とか、色々ありましたし」
少し片言な口調にマキナが不思議そうな顔をしていたが気づかないふりをした。
ここで外に出ていましたと言ってヒュースにでもチクられたらまた面倒事が増えそうだ。
気づいたとしても詮索はしないでくれと祈るしかなかった。
この一ヶ月、勉強だけに使った日々では無かった。
そもそもヒビヤがここにいる理由は本を読むためでもお勉強をするためでもない。
集中と言っても一切戦闘から離れるほど聞き分けは良くなかった。
勉強が行き詰まったり飽きたときには気付かれないように街の外に出ていた。
街の住人の何人かに見られてはいたが、皆隠してくれていたのだろう。
優しい人たちだ。
一度ヒュースが街の外へ出るのに同行しようとしたら断られてしまった。
だからこそこそ出るしかないのだ。
「それより、ヒビヤ君は魔法のことは少しは知っていますか?」
「はい。一応ですけど勉強の際に一通りは」
──── 魔法 ────
攻撃魔法を主として回復、状態異常、空間変化の魔法などがある。
先ほどマキナが使用した相手を押しつぶすような魔法は恐らく空間変化魔法だろう。
攻撃魔法には属性として火、水、土、氷、風、雷、そして聖と闇がある。
死属性の魔法というものもあるらしいが、扱った本の中にはほとんど情報が載っていなかった。
死属性というものが危険なのか、一般の本にはそのワード以外記載がないのだ。
もっと本を買っていればそんなものに出会えたかもしれないが、何せ二人ともお金が無い。
ヒビヤがお金なんて持っているわけが無いし、自分の勉強用にフィリアの財布を軽くするなんてもってのほか。
詳しい勉強は自分がお金を稼げるようになってからだ。
ただ分かったことは、死属性魔法は禁忌だということ。
だからそう簡単には教えてくれないのだ。
他には回復魔法、別名生属性魔法。
状態異常や空間変化魔法、別名無属性魔法。
生属性魔法は状態異常や体の傷などを治す後衛中の後衛魔法。
ただ人によって使える魔法の種類に限りがあったり、逆に無制限にどの種類も使える人もいるため攻防一貫の人もいるらしい。
剣士で魔法が使える者もいるようなので生まれ持っての才能かその後の努力が関係しているのだろう。
エレゼンも攻撃魔法を使えるのかもしれない。
無属性魔法。
相手にかけるものが多いので攻撃魔法と捉えてもいいが、魔法で直接攻撃できるものはほとんどない。
仲間をサポートする魔法や、敵を状態異常にするものが主。
その他には地形を変化させたり空間をいじったり。
ここにも禁忌魔法と言われるものが多くあるらしい。
直接攻撃できるものが少ないと言っても戦闘ではこちらの方が重宝される場面も多いのかもしれない。
先ほどマキナが使用した魔法はここぞという場面で活躍するものだと身をもって思い知った。
あれが厄介なことくらい戦闘においてニュービーなヒビヤにも良く分かっていた。
あの使い方も一つの例であって他にも色々な使い方があるのだろう。
「ちゃんと勉強しているんですね。そういう一般的な説明とかあまり得意では無いので安心しました。それでは、いくつか質問をしようと思います」
「難しいのは無しですよ?本しか読んでないんですから」
「分かっていますよ。では、行きます」
「はい、先生」
「先生かぁ。……悪くないね」
質問はどこえやら照れたように頬をぽりぽりと書いている。
外見のせいか先生と呼ばれることが無かったのだろうか。
確かにメルンと同年代と考えると彼女も先生と呼んでいなかったのかもしれない。
今の仕草も子供らしいものであったし。
「それともやっぱり、マキナちゃんとかの方が良いのでしょうか」
「ん、なんでちゃんが付くんですか?」
その疑問にはてなが浮かぶ。
メルンは嫌がっているように見えなかったので悪い言葉というわけでは無いだろうが、何か不味いことを言ったのだろうか。
記憶が無い以上言葉には注意して発言しているつもりだがどこかでやってしまったのかもしれない。
だが少し考えてもその答えにはたどり着かなかった。
とメルンの方を見ると首を横にぶんぶん振っている。
ひたすら頭を振っておりさながら何かの儀式のようだった。
全く分からない。
「いえ、マキナちゃんが年下なので年相応の呼び方の方が良いのかと。同い年なのに呼び方に統一性が無かったのが良くなかったんですかね」
ごめんなさい、とメルンにするように頭に手を伸ばすとその手を思い切りはたかれた。
マキナの方を見ると顔を真っ赤にしてこちらを見ている。
頭を撫でられるのは嫌いだったのだろうか。
マキナに対してはいまいちコミュニケーションがうまくいかない。
なんてことを考えているとマキナの杖の先がこちらへと向いていた。
「私は……もう、成人です!」
「──へぁ?」
一瞬時が止まった気がした。
そこで思い出したかのようにシンキングタイムに入る。
成人とは何か、すぐに答えは出た。
成人とは成人、つまり大人のことであり一応本には16と書いてあった。
マキナが成人?一体何の冗談を言っているのだろうか。
何かを試されているのか、それとも妄言を言われているのか。
年上なんて有り得ない、それとも自分が────
「あれ、僕何歳なんだろ。……って」
「無限なる雫よ、汝を以て我が眼前の……ん、むぐぅ!」
本気で詠唱をしているマキナの口を後ろから抑える。
唱えるというくらいだから喋られ無くなればおさまるものだと願うしかない。
ふんふん言っているがこんなところで風穴なんてごめんだ。
「んー!んー!……むぅ」
ようやく諦めたのか大人しくなったので手を離す。
瞬間すごい勢いで逃げてしまった。
これはあれだろうか、嫌われてしまったという。
まだ一日目だというのに。
クイックイッ
「ん?」
メルンに服の袖を引っ張られ振り向く。
何故かすごい真剣な面持ちだった。
これはお説教────
「あのね……実はマキナさん、
その言葉が、ヒビヤの疑問を全て解決させた。
■ □ ■
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「そんなに謝らないでください、慣れていますので。分かってもらえただけで」
「すみません、小さくて可愛かったもので」
「……やっぱり謝ってください」
「申し訳ございませんでした」
メルンに言われたとき、再び無のシンキングタイムが始まっていた。
小人についてはちゃんと勉強していた、本にそういったものも勿論載っていたから。
だがこんなに早くお目にかかれるとは思ってもいなかった。
それにホビットは小人族とはまた話が違う。
この世界においてある種族は変異種という形で背が小さい者が生まれてくるのだ。
当然それは稀ではあるが当たり前のことであり外見的特徴以外他の者と大した差は無いというものだった。
つまり背が小さいというだけで、ホビットと決めつけるものが何もない。
じゃあどの種族なのだろうかと思うが体毛なんていう明らかな差は無く帽子も被っていれば髪の長いマキナは完全に他の特徴を隠しきっていた。
そのために被っていたり髪を伸ばしていたりそういうわけでは無いのは分かっているがそれ以外知らないヒビヤにとっては当然お手上げだ。
事前に説明があればよかったものを。
だがこれで彼女の姿が小さいことも十分納得がいった。
ということは。
「マキナさんは今何歳ですか?」
「女性に歳を聞くのは……なんて冗談も今はいりませんね。25は超えました、詳しくは秘密です。またいつかもっと仲が良くなったら教えますよ」
「なんですかそれ」
「女の子には秘密の一つや二つ、あってもいいんですよ」
ふんふんと何故か上機嫌な彼女は先ほど怒っていたことをすっかり忘れているようだった。
先生は年上。
そうちゃんと脳内に刻んでおいた。
そりゃあちゃん付けも嫌がるわけだ。
「むっ」
マキナのことを考えているとまた服の袖を引っ張られていた。
今度はどこか不機嫌に見える。
「私も大人」
「え?でもメルンちゃんは二人とも人族でしょ?人族にホビットは」
勉強した本に載っていなかっただけだろうか。
だがそんなに重要なことなのかとも思う。
もしかして隠し子とか。
だが父親がヒュースだ。
まさかそんなことは。
「ちーがーうー!」
「わわっ、どうしたのメルンちゃん」
「私も『ちゃん』はいらない!」
頬を膨らませてぷんぷんと言っている。
そうかこれがこの歳相応の子の反応なのか。
だとすればマキナを一緒にするのは確かに失礼な気がしてきた。
「ヒビヤ君もまだまだですね」
「え?」
背伸びしながら言うマキナの意味がさっぱり分からなかった。
魔法の授業は一体いつから始まるのだろうか。