「ありがとうございました」
ヒビヤは荷物をまとめるともう一度深々とおじぎをし家へと向かっていった。
初日の授業は昼前十時頃から始まり夕方に終了した。
途中で一度ヒュースが『俺の番だから返せ』なんて言ってきたが、疲れていたメルンを彼に預け授業は続行となった。
まあ今日に関しては彼が文句を資格など当然あるわけがなく、マキナが杖を向けると娘を抱えて大人しく去っていった。
と言っても今日だけのことで明日からはちゃんと半日で交代するとのことだ。
ヒビヤにとっても魔法と剣両方を使えることがベストであり、二人も勿論そこは理解しているため異論はない。
そんなことは置いておいて、マキナはこの男の異常性をほんの一日で大まかに把握していた。
ヒビヤ・プレイスト────彼は異常だった。
今日一日、たった半日だけでその片鱗が露わとなったのだ。
勿論そんなこと言われずとも分かっていた話ではあるがこんな生徒を受け持ったことも周りにいたことも一度としてない。
まだ魔法使として生きていけないことは当たり前なのだが、魔法の素質なんてそんな甘い言葉で片付けられるものでは無かった。
お世辞の一つくらい吐き捨てられたら良かったのだがそんな言葉もおこがましい。
フィリアに勇者だなんだと語られても現実主義の彼女は当然信用なんてしていなかったが、今日その身で感じたものがすべてを物語っている。
自分の体を信じたくなくなったのはこれが初めてだ。
まず体内のマナの量がおかしい。
マナとは体内にある魔力の総量だ。
多ければ多いほど魔法はばんばん打てるし威力も当然上がる。
こればかりは生まれ持っての才能に準ずるところがあるので十分納得できるものではあった。
だが。
「彼の魔法は人の放つものじゃない」
杖を掲げ、空に向かって簡単な水魔法を放つ。
マナを極限まで絞るが、普段なら十分発動するはずの魔法。
だがそれは杖の先を湿らせただけで、とても魔法とは言えない代物となった。
「周りのマナが無くなってる」
もう一度先ほどよりも多くのマナを加え魔法を発動する。
今度はしっかりと放つことが出来たがそのサイズに思わず乾いた笑いが零れてしまった。
魔法は体内のマナと同時に空気中のマナを取り込み発動することが出来る。
杖にはその空気中のマナをより吸収する役割などがあったりするが、それがまったく仕事をしていなかった。
つまりここらのマナは全て彼によって吸い尽くされてしまったのだ。
それも杖も持たない状態で。
「もしかしたら、魔法を使うロジック自体私達とは違うのかもしれない。……どうしたらいいのかな」
フィリアやヒュース、そして自身で考えて導き出した答え、ここで彼に施すべきものは彼に戦場に立てるほどの実力をつけること。
彼女も勿論何度も戦場というものは経験してきた。
今後彼がそのような場に行くのであれば、今、この時がとても大切になるのだろう。
記憶が無くなってさえいなければもっと別の場所があったのだろうがそうも言ってはいられない。
ということは、勿論こんなこと予想もしていなかったわけだが彼に悪影響を与えることなんてあっていいはずがなかった。
外で悩みに悩むその姿はとてもその容姿に似合わない姿だった。
こんな顔をするのはヒュースだけだと自分で安心していたというのに。
■ □ ■
初日の魔法の授業は無事に終わった。
正直に言うと、魔法はヒビヤにとって気持ち悪いの一点張りだった。
魔法の詠唱を始めるとまず、体内にどろどろの血液を想像させる、エネルギーの塊が生まれる。
さらに詠唱を続けるとそのエネルギーの塊が自分が魔法を放出したいと思う部位に集まる。
足からでも頭からでも魔法を放つことができるわけだが、当然指先というのが妥当なためそこに集まる。
そして詠唱が終わり、最後にその魔法の名前を言えばポンッだ。
まるで指先に穴が開いたようにそこまで溜まりに溜まっていたエネルギーが勢いよく放出される。
その感覚がそれはそれは気持ち悪い。
不思議でとにかく気持ち悪いので先生に聞くと『慣れればいいんですよ』と言われた。
相談した僕が馬鹿だったと先生に対して不覚にも思ってしまうような回答だ。
今日は事前に詠唱だけ覚えていた魔法と落とし穴の魔法を教わった。
ヒビヤが先生にあーだこーだ教わっている間に、メルンがどんどん色んな魔法を唱えていたのがさすが先輩と言ったところだろう。
メルンの方がずっと魔法をやっていたし、そろそろ基本の中級魔法を制覇できるほどの実力を持っているとか。
やはりあの二人を親に持つだけあって、元から才能もあったのではないだろうか。
それに加えて本人のやる気だ。
自ずと成果もついてくるのが当然というものだ。
その日の夜、夕食にマキナを招待した。
理由は『これからヒビヤ君も魔法を習うんだから、その初日祝いで』ということらしい。
発案者は勿論エレゼン。
ただ皆でご飯が食べたかっただけのようだがマキナに拒否されないようにするために一応理由をつけたのだろう。
隅っこで震えてる男がいるわけだが、一同それに気づかないふりをしていた。
今日一日もっとも可哀そうなのはやはりこの人だろう。
今日はご飯がいつもよりもおいしく感じられた。
勿論いつもが微妙なわけでも今回が特別豪華なわけでも無い。
魔法でエネルギーを使いすぎたせいだろうか。
「あの、マキナさ──」
ふいにヒビヤがマキナに声をかけるがすぐに固まる。
視界いっぱい、目を輝かせてご飯に手を伸ばしがつがつ食べている者がいる。
美味しい美味しいととにかく止まらず誰かと競っているのだろうかというくらいだ。
こんな良い食べっぷりを見たことがあるだろうか。
子供でもこんな姿見たことが無い。
「そういえばマキナさんはどこから来たんですか?」
「むっ?」
頬にリスのように食べ物を溜めて反応した。
実年齢はともかく、やっぱり精神年齢は容姿相応なのかもしれない。
そんな誰も取ったりしないというのに。
鼻を押さえたらどうなるのかやってみたくなるくらいだ。
「
「あ、食べ終わってからでも大丈夫です」
そういうとマキナは嬉しそうに頷き再び手を伸ばし食べ始める。
含んでいたものを飲み込んでからという意味だったのだがどうやら伝わらなかったらしい。
顔が幼く見える分、本当に無邪気なちびっこにしか見えない。
みんながこの顔を見て不自然に思わないのが不思議だった。
「それでヒビヤ君、どうしてそんなことをいきなり?」
「いえ、マキナさんが何も気にせず夕食を食べに来てくれたのでもしかしてこの街にお家が無いのかなーと思いまして。長く滞在することを考えていないとなるともしかしたら冒険者だったのかなと」
「なかなか鋭いですね。流石です」
「へへ、そうですかね」
マキナに褒められ頬を緩める。
先生に褒められるというのは率直に嬉しいものだ。
「ヒビヤ君の推測通り、私は中央大陸にいました。メルンに魔法を教えるためというのが七割、魔物討伐が二割、後はヒビヤ君が来るかもしれないからってところですかね」
「僕ですか?」
「そうです。フィリアの持っているヒビヤ君の情報ですが、多少なりとも中央の方にも広まっていましたから。ほとんどの人が妄言だ何だと言っていて私もそちら側の人間だったのですが、まあ次いでという形ですかね。他の用件と合っていたのでちょうどよかったんですよ」
「随分と曖昧なんですね」
「動機なんてそんなものですよ。冒険者はこんなものです。冒険をするために生きているんですから」
どこか懐かしむように話してくれた。
マキナにも楽しかったと思い出すような冒険の日々があったのだろう。
今度もっと詳しく聞きたいものだ。
夕食後いつものように部屋に戻り軽装に着替えエレゼンに一声かけ外に出る。
赤々と輝く月の下、家の明かりに照らされながら外へ出る。
今日は剣を持たずに手ぶらで来ていた。
別に素振りをしないというわけではない。
「地の精霊よ、我に力を与えたまえ『
造形系統の初級魔法だ。
その属性を自由な形へと変えることが出来る。
手を下に向け、軽く手を開くと土で造られた剣が握られる。
瞬間、右手の方に重心がぐわんとずれた。
「おもっ!」
すぐに手を離し、自分が何を握ろうとしていたのかを確認する。
それは自分の背丈の二倍ほどもあるとんでもないサイズの長剣だった。
流石にこんなに大きいものは振れないし何の稽古にもならない。
昼にもマキナに言われたが、ヒビヤの課題は魔力量を調節することだ。
調節せずに無意識に発動するとこんな望んでもないものが生まれてしまう。
今日は仕方なくいつもの剣を振ることにした。
剣を取りに玄関へと向かう。
扉を開けると目の前にメルン……ではなくマキナがいた。
ちっちゃいから間違えたわけでは無い。
「今日はもう帰るんですか?せっかくなら泊まって行くのはどうでしょう。皆歓迎しますよ」
「それはエレゼンにも言われたのでお言葉に甘えて泊まることにしました」
「じゃあなんで外に?何か忘れ物でもしましたか?」
「ちょっとヒビヤ君と話がしたかったので」
その言葉に身構えるとマキナは小さく笑っていた。
「説教じゃないですよ?」
その言葉を信じていいのか警戒するのをやめた。
その前の笑いは一体なんだったのだろうか。
「あちらに座りましょう」
昨日ヒビヤが座った石を指差す。
その時のことを思い出し、時期的にかなり冷えていたことを思い出し手の平を翳す。
冷たい石で驚く姿も見てみたいが、自分が知っていてそれをやるのは少し卑怯な気がした。
「あれ、こんな時期なのに暖かい」
さりげなくの予定だったがあっさりばれてしまった。
流石先生だ。
「冷たいといけないので暖めておきました」
「さっきまで座っていたのですか?」
「いえ、今温風を送りましたので」
そう言うと、マキナが不思議そうな表情で見てきた。
どこか眉を顰めるような顔はやはり説教なのではないかと匂わせる。
隠すならもう少しうまく隠してはもらえないだろうか。
「ねぇヒビヤ君、ひとついいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「今、魔法の詠唱しました?」