銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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15.「お勉強の時間」

「おう坊主! 今日も一日お疲れさん! オラ、お給料3日分だ」

「あざ────―ッス!!」

 

 全身全霊感謝御礼。ヴィクターはバネの如き瞬発力で腰を90度に曲げながら、手渡された封筒を受け取った。

 開けてみろと言われたので、さっそく中を拝見する。

 両手を合わせて祈りを捧げる女性が描かれたお札が10枚入っていた。

 

「ひぃ、ふぅ……じゅ、10万リル!? こんなにいいんスか!?」

「当たり前だろ! お前はオヤジを助けてくれた恩人なんだからな。ちゃんとガッツリ働いてくれたしよ!」

 

 ガッハッハ! と豪快に笑いながらヴィクターの背をバシバシ叩く大男は、仕事現場の親方だ。ヴィクターが知り合った老人の婿養子なのだという。

 建築や魔獣の解体業を生業にしているだけあってか、ヴィクターより一回りも大柄な巨躯と筋肉の鎧は、暑苦しくも猛々しい益荒男そのものだった。

 

「いやぁ、にしても本当に助かったぜ! スタッフが急に2人も辞めちまってよぅ、人手が足りなくてホトホト困ってたんだ。初めて会った時はこんなヒョロガキで大丈夫かと心配だったが、オヤジの眼に狂いは無かったな!」

「いや親方と比べたら全人類ヒョロガキじゃないッスか!」

「ん? それもそうか? まぁ何にせよ、お陰さんで仕事が一段落ついたんだ。遠慮せず受け取りやがれ! ガッハッハッハ!」

 

 ヴィクターが任された仕事は、老人が営む仕事現場のアシスタントである。

 望まれた場所へ資材や道具を運び、必要であれば手を加える。それを一日中ひたすら繰り返し続ける。

 内容自体は単純だが、相当な重労働ではあった。

 

 鉱人(ドワーフ)が経営する環境なだけあり、使う材料には魔獣の素材などが含まれている。

 これがハチャメチャに厄介なのだ。例えば鋼の如き頑強な大鬼熊(オオオニグマ)の骨を適切に加工する場合、普通は3人がかりで数時間をも要してしまう。

 

 それをヴィクターは単身でやり遂げていた。この時ほど『純黒の王』由来の怪力とスタミナに感謝したことはなかったほどである。

 もし普通の人間だったら、今こうして立って会話することすらままならなかっただろう。

 

「それで、もう行くのか? 何ならずっと雇っても良いんだぜ。ガッツあるヤツは大歓迎だ。金も弾むぞ~?」

「ありがとうございます。でも俺、やらなくちゃいけないことがあるんです」

「ほう。ということは、贈り物は決まったのかね?」

 

 鉢巻を巻いた鉱人(ドワーフ)の老人が、煙草をフカせながらやってきた。

 

「オヤジ! 来てたの──あっ! また煙草なんか吸いやがって!」

 

 プカプカくゆる紫煙が親方の琴戦に触れたのか、老人へ捲し立てるように「オヤジ煙草は駄目だぜ何度も言ってるだろう煙草は毒の塊で体に害しかないんだ肉を食え肉を肉は健康を育ててくれる」と詰め寄っていく。

 

「あーはいはい分かった分かった。これで最後の一本にするよ」

「オヤジ俺はオヤジのために言ってるんだぜ心臓も悪いのに体に悪いモンばっか吸ってちゃ悪くなる一方だ肉食え魚食え野菜食えそんで体動かしゃ無敵になれるするとあら不思議煙草はもう要らねぇんだ最強だろ」

「すまんねお前さん。こいつドがつくほどの嫌煙家でな、いつもうるさいんだ」

 

 筋肉至上主義ゴリラをひらりとかわし、老人はうんざりしたようにしょげながら言った。

 ゴリラは渡された煙草にウホウホゴホゴホ威嚇していた。

 

「なんつーか、よく婿養子に迎え入れましたね……。や、嫌味じゃなくてなんかこう、正反対な性格なのが不思議で」

「そらぁ曲がりなりにも娘が惚れた男だからね。悪い奴じゃないし、なにより働き者だ」

 

 ニカッ、としわくちゃな笑顔を刻む老人。

 幸せな余生を過ごされているんだろうと伺い知れて、何だかヴィクターまでも嬉しくなった。

 

「で、贈り物は決まったのかね」

「あー……それが全然……! なんか考えれば考えるほどドツボに嵌っちまって……!」

「オヤジ、贈り物って何の話だ?」

「なんだ聞いてなかったのかい? こやつはね、傷心の女子(おなご)を勇気づけるプレゼントを買うために働いてたのさ。甲斐甲斐しいだろう?」

「マジか坊主! 青春だなぁオイ、このっ!」

「違っ、そんなんじゃないッスよー!! ただ恩返ししたいだけなんですってちょっ、髪ワシャワシャしないでガキじゃないんスからっ!?」

 

 親方の熱烈な抱擁から逃げ惑っていると、老人が豊かな白髭を撫でながら目を細めつつ口を紡いだ。

 

「お前さんが迷っている原因は、率直なところ女心が分からんからではないか?」

「ハイ! もうサッパリで!!」

「清々しいくらい降伏宣言したな」

「カッカッカ。ならば殊更(ことさら)、そこんところを勉強せねばなるまいな」

「べ、勉強? つっても俺、女の子の知り合いなんてアイツしか居ないんですけど……」

「だから講師を呼ぶのさね」

「……あーなるほど。確かに、あの人はこれ以上に無いセンセーだわ」

 

 老人の意図を理解したのか、腕を組んでうなずく親方。

 しかしどうにも渋い表情である。懸念というか、心配というか。どことなくヴィクターの身を案じているかのような面持ちだった。

 

「まぁ頑張れよ坊主。悪い人じゃないんだがちょっと……いや、かなーり癖の強いお方でな」

「え?」

「大丈夫、大丈夫。こやつはそう簡単に挫ける男じゃないよ。な? お前さん」

「え? え?? あの、どういう方向に話が進んでらっしゃるんで?」

「まぁ頑張れよ坊主」

「肩ポンしながらリピートしないでくださいよ!? なんスかその絶妙に生温かくてキラキラした不気味な眼差し!?」

 

 一体どんな人に会わされるんスかーッ!? と悲鳴をあげるヴィクターをよそに、老人は懐からこっそり煙草を出して親方に取り上げられながら言う。

 

「人呼んで愛の千年女帝。ま、つまるところワシのカミさんだな」

 

 

 

 

「まぁまぁまぁまぁアンタが噂のヴィクターちゃんかい!? 聞いてたより随分とイイ男じゃないか! ええ!?」

「ど、どもッス。あの、旦那さんにはいつもお世話になってま────」

「ナヨナヨペコペコしてんじゃないよ! 男なら常にケツ穴から頭の先までビシッとしてな!!」

「あだーっ!?」

 

 ばちーんっ!! と星が散りそうな勢いで尻を叩かれ、ヴィクターは仰天と共にこれ以上ないほど背を引き伸ばした。

 

 老人に連れられ、邸宅を訪れた彼を待っていたのは、想像の100万倍エネルギッシュな鉱人(ドワーフ)の老女である。

 真っ赤な口紅。綺麗にまとめられたお団子髪。三角形のピンクカラー眼鏡。気品あふれる豪奢な衣装。

 

 荒々しく鼻息を散らすこの淑女こそ、あの老人の妻こと、愛の千年女帝・ビビアン女史らしい。

 

「すまないが任せてもいいかね? 女子(おなご)にあげる贈り物で困ってるそうなんだ。力になってあげて欲しい」

「フン、アタシを誰だと思ってるんだい!? この女帝様の手にかかれば、どんなブ男も一流のハンサムに変えてやるサ! 任せなッ!!」

「頼もしいね。じゃあそういうことだ、頑張んなお前さん」

「ちょっ、爺さん!? 置いてかないでくれ爺さーんッ!!」

 

 送り届けるやいなや、老人は快活な笑い声と共に玄関をピシャッと閉めて消えてしまった。

 残されたヴィクターはビビアンに半ば引きずらつつ、広々とした居間へと通されていく。

 

「話は旦那から聞いてるよ。傷ついた女の子を元気にさせてやりたいんだって? 甲斐甲斐しいヤツだねぇアンタ! お茶だよ!」

「あ、ども」

 

 豪快に提供された白磁器のカップを手に取り、一口。

 瞠目。思わず「美味い」と口漏らすほどの香り高さと、奥ゆかしい嫋やかな味わいが吹き抜けていった。

 一流のお茶とはこういうものなのかと、まさかの感動体験を手に入れる。

 

 よくよく見ればこの老女、言動こそ豪傑な破天荒のソレだが、仕草のひとつひとつが綿雲蚕(ワタグモカイコ)の絹糸のように繊細である。

 剛と柔を兼ね備えているとでも言うべきか。なるほど確かに、女帝の名に恥じない風格の持ち主だった。

 

 これは本当に学び甲斐がありそうだと、ヴィクターは兜の緒を締め直すような気持で向かい合う。

 

「で、アンタはその子にどんなモノを送れば良いと思ってるんだい? とりあえずでいいから言ってみな!」

「そうッスね。やっぱ女の子は花束とか」

「かァァァ──ペッッッッッッッ!!!!」

「大砲みたいな唾吐くほど駄目!?」

 

 取り出したハンカチなど貫かんばかりの唾棄をぶちかましたビビアンは、クワッ!! と大きく目を見開いて、

 

「ダメダメだね全然ダメ!! とりあえず女にゃ花あげとけば喜ぶなんて発想が許されるのは寝小便垂れてるガキンチョまでだよ! 土食って死にな!!」

「ええーっ!? でも女の子って、綺麗なのとか可愛いモンが好きじゃないんスか!?」

「一理あるよ。けどね、そういうのは『誰が』『どんなシチュエーションで』あげるかが一番のカギなのさ! 物も大事だが、より状況がモノを言うモンなんだよ! 簡潔に言えば好かれ具合で決まるのさ!」

「す、好かれ具合……!」

 

 喋る乱気流にでも巻き込まれたかのようだった。

 ビビアンの覇気と言葉が纏う語気の強さに、思わずそうなのかと息を呑んでしまう。

 

「例えば、愛しい恋人から記念日に花と愛の言葉を送られたらそら嬉しいさね。でもとても落ち込んでる時、誰とも知らない相手から急にドデカい花束差し出されたらどんな気持ちだい!?」

「何だコイツってなります!!」

「そういうことさ! だからプレゼントってのはまず、女の子からの好感度で選ぶ必要があるんだよ! 逆に好感度ゼロならプレゼントなんて無意味さね! わかったかい!?」

「押忍!!」

「じゃあ肝心のアンタはその子にどう思われてるんだい!? 話はそれからだよ!」

 

 どう思われているのか。

 その言葉が、ヴィクターの息をグッと詰まらせた。

 

 嫌われてはいない、とは思う。

 だが好かれているかと聞かれれば、それもまた微妙な塩梅だ。

 なにせ今のシャーロットを取り巻く環境は、あまりにもぐちゃぐちゃで混沌を極めてしまっている。

 

「……わかりません。俺は友達だと思ってるんスけど、色々あって。その子は俺に対して負い目を感じてるみたいで。どう思われてるのやら」

 

 生贄にしようと命を狙ったこと、事件に巻き込んでしまったこと。シャーロットはそれを心の底から悔やんでいる。

 並みの罪悪感ではない。それがヴィクターに対して、どんな心をもたらしているのか知るなんて不可能だ。

 

 そう思っていた。

 

「なんだ。それなら全然問題ないよ」

「え?」

「何があったのかは知らないがね。落ち込んでてアンタに負い目があるってことは、その子が何かやらかしちゃったってことだろう? それこそ取り返しのつかないくらいデカいヤツをね」

 

 鋭い。あまりにも鋭い。

 たった一言二言で察しをつけたビビアンの洞察力に、思わずヴィクターは畏敬を抱く。

 

「その通りッス。アイツは何も悪くないんですけど、完全に自分を責めちゃってて」

「なら別に嫌われてるんじゃないさ。大方、アンタに対して素っ気なくなっちまったから好かれてるかどうかわからないって感じだろうが、その子は心に余裕が無くなってるだけだよ」

「……そう、なんすかね」

「そうさね。だったらほら、自ずと答えが見えてきたじゃないか」

 

 ビビアンはにやりと、伊達な笑顔を浮かべて言う。 

 ゴッドマザーの異名に相応しい、豪快で妖美な破顔だった。

 

「ハッキリ言うとね、どん底まで落ち込んでる子に贈り物をポンッと送った程度で元気にさせるなんて、そんなの夢物語だよ。無理さ」

「そんな……! だったら俺はどうしたら!?」

「馬鹿だね、言ったろう? 大事なのは相手が誰で、どんなシチュエーションか。物に縛られる必要なんかないんだよ」

 

 だから、とビビアンは付け加えて。

 

「アンタがプレゼントになりなさい」

「……え、俺スか!?」

 

 予想だにしない答えに、ヴィクターはキョトンとして自分を指さした。

 

「アンタ、その子が本当に心配なくらい仲良かったんだろう?」

「はい。俺にとって恩人で、大切な友達です」

「だったらそれは相手も同じさね。想像してごらん? 立場が逆なら、その子はアンタに何をする?」

「……俺と同じことをすると思います」

「だろ? だからアンタがカギなのさ。信じられる相手からの真心が、どんな薬よりも心の傷を癒すんだ。暗闇のどん底で塞ぎ込んじまってるなら、辛いことを忘れるような時間をあげなさい」

 

 真っ赤なマニキュアを塗った爪で、ヴィクターの胸をトンと小突きながらビビアンは優しく答えを告げる。 

 

「ま、早い話がデートに誘えってことよ」

「デ、デート!?」

「多少無理やりでも良い。手を引っ張って外に連れ出してやりな。男は時に、強引に行かなきゃいけない時があるんだよ」

 

 ──それは。

 

「外の新鮮な空気を吸って、美味いもんでも食べさせて、綺麗な景色を見せておやり。一秒でもいいから、嫌なことを綺麗さっぱり忘れさせること。傷ついた子にはそういう白い時間が必要なんだ。でも心の傷は、そんな時間を自分で作れなくさせちまう。だからアンタが作ってやるんだよ。それが、何よりも素敵な贈り物になるのさ」

 

 ──それは目から、鱗が落ちるような感慨で。

 

(……慰めの言葉とか、そういう生半可な親切は、かえってシャロを傷つけちまうと思ってた)

 

 魂の底から、武者震うかのようだった。

 

(怖かったんだ。これ以上アイツが暗闇の中に沈んじまうかもって、怖くなった。だから物に頼ろうとした。現状維持が、少しでも上向きになれば良いと思ったから。……自己満足だ。俺は自分の気持ちばっかりで、シャロに何が必要かなんて、これっぽちも考えちゃいなかった)

 

 膝の上に握る拳に、ぎゅうっと力が籠っていく。

 

(重要なのは俺の心配なんかじゃない。シャロに何が必要かってことだ。悪夢を呑み込むための長い時間じゃなくて、悪夢を跳ね除けられるような、暖かい時間が必要だったんだ。俺は馬鹿だ、大馬鹿だ!)

「その顔、どうやら理解したみたいだね」

「はい。お陰で目が覚めた気分です」

 

 椅子に手を掛け、ゆっくりと立ち上がる。

 するとヴィクターは縁に手を突きながら、テーブルへ頭突きせんばかりの勢いでビビアンに頭を振り下げた。

 

「お願いします!! 俺にデートを教えてください!!」

「────」

「俺、アイツが嫌なこと全部忘れちまうくらい、最高の時間を過ごさせてやりたいんです! アイツを元気にしてやりたいんです!! でも俺馬鹿だから、どうしたら良いか全然分かんなくて……! 恥を忍んでお願いします、力を貸していただけませんか!?」

「──よく言ったァ!!」

 

 これ以上に無い豪快な笑顔と共に、ビビアンの声が邸宅中に響き渡った。

 あまりの声圧にカップが震える。けれどヴィクターは、ビビアンの力強い瞳からまっすぐ目を逸らさなかった。

 

 ビビアンは瞬時にヴィクターの隣へ移動して、背伸びをしながら老女とは思えないほどの力でヴィクターの肩をがっしりと掴む。

 

「アンタ本ッ当にイイ男だね! 旦那が惚れ込んだだけはある! アタシはね、イイ男は放っておけないタチなのさ!」

「ビビアンさん……!!」

「これからは師匠とお呼び! 安心しな、アタシも久しぶりに女帝魂に火が着いたからね。全身全霊をかけて、アンタを一流の男に変えてやるよ!」

「し、師匠!!」

「キツい修行になるからね! 覚悟はいいかいッ!?」

「押忍ッ!!」

 

 

 

 闘魂十分。気炎万丈。

 少女の心を癒すため、パワー型女帝によるデートプラン修行が幕を開けた。

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