銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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第二章「千を越えた果ての花」
18.「禁足地」


「千年果花? ああ、あれだろう、万病を癒すとかいう伝説の霊薬。子供のころ曾祖父から聞いたことがあるよ」

 

「当時は魔王マグニディと戦争の真っただ中だったらしくてね。千年のうちたった一年だけ咲く花の蜜が、大勢の傷病人を救ったそうだ」

 

「花が見つかった場所? たしか、星屑ヶ原だったかな。……まさかお前さん、採りに行くつもりじゃあるまいな」

 

「曾祖父の話が本当なら、確かに今年がちょうど開花の年になる。だが悪いことは言わない、止めておきなさい。あそこは『禁足地』で、しかも竜の巣だ。『金剛冠級(ダイヤモンド)』でも命を落とす可能性が高い。そもそも咲いてる確証すら無いんだよ」

 

「なにせ千年果花ってのは──世界樹の花蜜のことなんだからね」

 

 

「んがっ」

 

 突き刺さるような朝の日差しから、瞼越しにぶん殴られる目覚めの時。

 あくびをしながら大きく背伸び。ヴィクターは快眠の爽快感とほどよい気怠さを味わいながら、モソモソとベッドから這い出した。

 

 自室の洗面台で歯を磨く。次いで洗顔。

 冷水が顔の皮膚を叩くと、微睡みに取り残されかけていた意識が急速浮上を果たしてきた。

 

 服を着替えて部屋を後にし、手洗い場へ向かう道中。通りがかったキッチンから何やら良い香りが漂ってきたものだから、覗いてみるとエプロン姿のシャーロットが目に映った。

 

「あら、()()()()。おはよう」

「おはようシャロ。……ん?」

 

 どことなく違和感。 

 はて? と首を捻りながら、何かいつもと違わなかったかと肩眉を上げた。

 

 朝食を作っているらしいシャーロット。それはいい。今後二人で生活していくにあたり、炊事や洗濯といった家事を交代制にすると話し合って決めたのだ。

 今朝はシャーロットの当番である。どうやらパンケーキらしく、微かな甘みを孕んだ香ばしさが鼻腔をくすぐった。

 

 つまるところ、違和の正体はそこではない。

 

「今ヴィックって呼んだか?」

「ええ。私がシャロでしょ? だからあなたはヴィック。……ダメだった?」

「いんや全然。好きな呼び方でいいさ」

 

 昨晩の件で何か心境の変化があったのだろう。ある種、心機一転にヴィクターとの関わり方を変えたのかもしれない。

 良い変化だと歓迎すべきだ。他者を拒絶しかけていたシャーロットが、自ら歩み寄ってくれるようになったのだから。

 

「おーパンケーキか。うまそうだな」

「凄く久しぶりでちょっと不安だったけどね。意外と体が覚えてるもんだわ」

 

 さっそく、フワフワの生地にクリームと自家製ベリーソースを乗せて頂く。

 穀類と乳製品特有の優しい甘みにベリーの酸味がほどよくマッチした朝食を堪能し、食器類を片付けて一息。

 

「さぁて、今日は何するんだ?」

「実は……えっと……ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」

 

 少々歯切れ悪く、唇をまごつかせて言葉を詰まらせるシャーロット。

 内容は決まっているが、言い出す決心がつかない。そんな表情だった。

 

 シャーロットは今まで人に頼らず生きてきた少女だ。それゆえ、『頼る』という行為そのものに慣れていない。

 慣れない行動には勇気がいる。少女は今、それを絞り出そうとしているのだろうとヴィクターは推察する。

 

(以前のシャロなら、きっと相談しようする姿勢すら見せてくれなかっただろうな。嬉しいね、ジンとくるぜ。シャロなりに心を開いてくれようとしてるんだ)

 

 シャーロットを取り囲んでいた境遇は根深い。信じていた存在が家族を奪った仇敵で、しかも長らく記憶や認識を弄られていたのだから。

 人間不信に陥っても不思議ではないのだ。なのに彼女はヴィクターを信じようと歩み寄ってくれている。こんなに嬉しいことは無い。

 

「ほら、ダモラスさんが言ってたじゃない? 千年果花の話」

「ああ。まさか爺さんが知ってたとはな」

 

 昨晩、少しばかり老夫婦と話を交わしていた時のことだ。

 ダモラスとビビアンは基人(ヒューム)より長命な鉱人(ドワーフ)の老人で、知見に富み顔も広い。ダメもとで千年果花という万病の霊薬について伺ってみたところ、予想外なことに詳細な情報を持っていたのである。

 

 千年果花。いわく万病を癒すとされる霊薬であり、かつて魔王マグニディとの大戦中、多くの命を救ったとされる伝説だ。

 しかし名前の通り千年に一度しか手に入らぬ幻の逸品とされ、まずお目にかかれる代物ではない。

 

 そこまではシャーロットも古書を読み込んで知っていた。

 問題なのは、千年果花が開花する時期が一切不明だったことだ。

 

 どういうわけか、千年果花が最後に花を咲かせた記録が古今東西あらゆる書籍にも記されていなかった。

 まるで開花の時期を計算されぬよう、情報規制でも掛けられているかのような徹底ぶりで。

  

 ゆえに千年果花の霊薬はそもそも流通する機会すら皆無で、半ば伝説と化した存在だったのである。

 だから手に入らないと諦めていた。千年に一度しか咲かない花をリリンフィーの治療にあてがおうなど、あまりに現実的ではない。

 

 けれど、ダモラスからもたらされた情報が事情を流転させた。

 

「あの話を聞いて、賭けてみようと思ったの。今までは正確な年月が分からなかったから実行に移せなかったけど、ダモラスさんの言葉が本当なら千年果花を手に入れられるかもしれない。もし手に入ったら、リリンにかけられた刻印の呪いを解くことが出来る」

 

 花が咲いているという100%の保証は無い。

 しかし鉱人(ドワーフ)の寿命を計上しつつ、千年果花が使われた大戦時の年表と照らし合わせると、ちょうど次の開花の時期が今現在だと合致したのだ。

 

 ダモラスの証言に信憑性が増した以上、文字通り千載一遇のチャンスが降りかかってきたも同然だった。

 ならばシャーロットが取る行動など、たったひとつしかありえない。

 意を決したように、シャーロットはヴィクターと瞳を交差させながら言葉を紡いだ。

 

「お願いヴィック、千年果花を探すのを手伝って……! 私一人じゃ不可能なのっ……」

「おうともよ。言われなくてもついてくっつーの」

「……ほ、ほんと? お願いしててなんだけれど、凄く危険な旅になるわよ? それに苦労して星屑ヶ原に着いても、花が咲いてないかもしれないし……」

「んなもん構わねえよ。妹ちゃんを治せるかもしれないんだ、可能性がちょっとでも有るならとことんやってやろうじゃねえか」

「……! ありがとう、本当にっ……!」

 

 テーブル越しにヴィクターの手を掴み、ぶんぶんと振り回すシャーロット。

 危険を孕み、成功するかどうかも不明瞭な頼み事だ。断られる可能性を拭えなかったに違いない。

 その不安の裏返しが、歓喜として滲み出ていた。

 

「よーし、そうと決まればさっそく支度を……と言いたいとこだが、星屑ヶ原とやらはどうやって行けばいいんだ?」

「基本的に徒歩での旅になるかな。それも数日、下手すると数十日かかるかも。出立前にギルドで手続きが必要になってくるし、諸々の準備が必要ね」

「手続き? 旅に出るのにそんなのが要るのか?」

「ええ。『禁足地』に向かうためには、少しばかり手順を踏む必要があるのよ」

 

 ちょうどいいか、とシャーロットは椅子を引いて立ち上がりながら言った。

 

「折角だから教えてあげる。『禁足地』とギルドの関係、そしてこの世界の仕組みのひとつをね」

 

 

 

 世界には『禁足地』と呼ばれる、未開にして摩訶不思議な土地が存在する。

 

 その名の通り許可なくして立ち入ることを禁じられた領域であり、原始の環境を色濃く残す、魔獣を始めとした濃厚で特異的な生態系が築かれている謎多き場所だ。

 人間の生活圏とは完全に隔絶された環境であり、先住民として暮らしている一部の亜人を除けば、とてもではないが生活を営むことなど叶わない厳しい世界である。

 

 だが人類とは開拓の生き物だ。脳という知恵の実を発達させ、他の生物には扱えない創意工夫や試行錯誤という名の武器を用いることで、数多の不可能を踏破してきた。

 事実、高水準な魔法文明が成り立ち、様々な技術が格段に発達した現代においては、例え竜の巣であろうと理論上開拓は不可能ではない。

 

 なのに世界はそうしない。むしろ『禁足地』と定めることで大規模な侵入を許さず、あえて手付かずの自然を残している。

 理由は、()()と呼ばれる存在が大きく関わってくるからだ。

 

「魔物……? 魔獣とは違うのか」

「全然。魔獣は動植物が長い年月をかけて魔力を制御した存在で、ざっくり言えば魔法を使えるようになった生き物のこと。魔物は違う。あれは生き物なんかじゃないの」

 

 ポータルを通じて町に移り、ギルドと呼ばれるドーム状の不思議な形をした建物に足を運んだ午前の刻。

 ヴィクターの会員登録や『禁足地』への侵入許可といった諸々の手続きを済ませた二人は、待合いの休憩所のソファーに腰かけていた。

 

 魔物。外なる(そら)より現れたとされる災厄、魔王マグニディによって生み出された疑似生命である。

 正式名称を『次元侵襲体(ディメンダー)』。星を喰らい、命を蝕み、世に死と穢れをもたらす命ある者たちの天敵だ。

 

「ただ自然を生きてる魔獣と違って、魔物は生命そのものに明確な敵意と悪意をもってる。残虐でしぶとくて、しかも賢い。最下級の魔物ですら何人も死に至らしめるような力があるわ。かつて魔王とその軍勢に滅亡手前まで追い込まれた世界は、魔物が発生しづらくなるよう対策を施すことにしたのよ」

「それが『禁足地』だってのか?」

「ええ。魔物は魔力──つまり生命力が濃い環境では発生出来ないの。あれは命とは真逆の存在だから」

 

 魔力とは、心臓の拍動が生み出す純粋な生命エネルギーである。

 そしてこの星には冥脈と呼ばれる地殻を循環する巨大な魔力路が存在し、死した命は冥脈に吸収され、地下水を通じて大地に還元されていく循環の(ことわり)を持つ。

 

 植物は土壌を苗床にふんだんな魔力を吸収して育ち、地に余った魔力は魔石という形で結晶化され、動物たちの糧になっていく。

 地下水や川を通じて栄養と魔力が流れ込む海は、それそのものが豊潤な生命エネルギーの母胎となる。

 そうして自然は強大かつ巨大な生命エネルギーを内包し、魔物に対する天然の免疫として機能するようになるのだ。

 

「だからあえて『禁足地』を設けてるのか。過度に自然を侵食して、魔物が発生しやすくならないように」

「そういうこと。十のマグニディたちはかつて陛下と聖女に打ち滅ぼされたけど、残滓はまだ世界に根付いてる。いつでもどこでも魔物が発生する可能性があるから、予防策を施してるってこと」

 

 なるほど、とヴィクターはソファーに深く座り直しながら頷いた。

 

 泉で目覚めてからというもの、少しばかり不思議ではあったのだ。

 千年も隠遁生活をしていたというアーヴェントだが、それにしては島の開拓が一向に進んでいなかった。 

 町も同様。技術的な面では(キャルゴ)のように驚くことばかりでも、町並みは必ず緑が多くて、透き通った水が流れ、少し外れれば豊かな自然が顔を覗かせるような環境だ。

 

 その理由がこれだったのだ。魔物という人類の天敵を無暗に呼び込まぬよう、自然と共存する形で発展してきた結果なのである。

 

「自然を残しておくのはメリットしかないからね。今の文明は魔力が根幹の社会だもの。魔石や魔獣の素材といった魔力資源は生活するうえで必要不可欠だし、天然資源は自然環境がなくちゃ発生しない。文明を維持するためにも、開拓は制限する必要があったってわけ」

「はー、そういうことか。ギルドがある理由にも合点がいったぜ」

 

 ダモラスが経営する『ダモラス工房』をはじめ、飲食店やアパレル、漁港、娯楽施設など、さまざまな働き口が存在するにも関わらず、寄せ集まった依頼をフリーランスに仲介するギルドという組織が、支部を持つほどの規模で存在するのか気掛かりだった。

 

 ギルドの主な役目は、『禁足地』への干渉をコントロールすることなのだ。

 野放しに『禁足地』へ立ち入れせれば、欲深い人間が組織的に大規模な侵略を行う可能性がある。

 なにせ『禁足地』は、リスクは在れども魔力資源という名の宝の山なのだから。

 

 それを禁じ、個人単位のみで『禁足地』関連の依頼を受けさせるようなシステムにすることで、過度な開拓行為を防ぎつつ『禁足地』の恵みを享受できるよう、バランスを保っているというわけである。

 

「といっても、誰も彼もが『禁足地』にスパッと入れるわけじゃない。信用と実績を積まないと許可が下りないの。その指標として、ギルドでは等級制度が設けられてるわ」

「あー、ぶろんず? しるばー? とかいうあれか」

「そそ。下から『銅冠級(ブロンズ)』、『銀冠級(シルバー)』、『金冠級(ゴールド)』、『白金冠級(プラチナ)』、『金剛冠級(ダイヤモンド)』、『皇鋼冠級(アダマント)』、『星冠級(アステル)』の七段階ね」

「そんなにあるのか……ちなみにシャロは?」

「『白金冠級(プラチナ)』」

「すげえ」

 

 等級認証らしい、ネックレス型のタグをチラつかせながらフフーンと得意気に胸を張るシャーロット。

 白金に輝くプレートにはシャーロットの文字のみ。やはりアーヴェントであることは隠しているらしく、刻まれているのは名だけだ。

 

「等級が上がれば、受けられる依頼や行ける『禁足地』の幅も広がるわ。『金剛冠級(ダイヤモンド)』以上だと指名で依頼が来るレベルのプロって感じね。『星冠級(アステル)』はちょっと特別だから、普通にしてる分には気にしなくていいかな」

「で、俺は『銅冠級(ブロンズ)』スタートってわけか」

「そういうこと。本当は『銅冠級(ブロンズ)』が星屑ヶ原に向かうのは無理なんだけど、『白金冠級(プラチナ)』以上が同伴するなら許可も下りる。きっと申請も通るはずよ」

 

 そうしていると、丁度よく呼び出しのアナウンスが流れてきた。

 鏡のように磨かれた石造りの床を駆け、受付カウンターに急ぐ。

 申請は無事通ったらしく、ヴィクター用のタグとバッヂ型の許可証が手渡された。

 

「よかった、ちゃんと通った。食料も飲み水も野営用の物資も万端だし、これでようやく出発できる!」

「おっしゃ! 星屑ヶ原に直行だぜ!」

「────おい。おいおいおいおいおい。いま星屑ヶ原に行くって聞こえたんだが、気のせいだよなぁ?」

 

 ヴィクターでもシャーロットでもない、野太い男の声が背後から響く。

 振り返ると、見知らぬ大男がニタニタと獰猛な笑みを浮かべながら二人を見下ろしていた。

 

 筋骨隆々の巨漢だ。ヴィクターより遥かに背が高く、重厚な装備の上からでも一目瞭然な筋肉の鎧に覆われている。

 頭髪は無く、魔力灯を照り返すのは輝かんばかりのスキンヘッド。大型の獣によるものなのか、顔には三条の痛ましい傷痕が斜めに走っており、猛禽のように鋭い三白眼と相まって人相の凶悪さを増している。

 

「おまえ、たった今登録済ませたばかりのルーキーだよな?」

「ああ」

「ッハハハハハ!! おい聞いたかオメーら!? このボンボン、出来立てホヤホヤの『銅冠級(ブロンズ)』クンの癖に星屑ヶ原へ行くらしいぞ!?」

 

 (つんざ)くような笑声がドーム中に轟き奔る。

 腹を抱えて笑う男の視線の先には、仲間であろう数人の男たちがたむろしている休憩所が見えた。

 

 けれど彼らは、「また始まったよ」「ザルバの悪癖が出たぞ」と呆れたように知らん顔。

 

「シャロ。一応聞いておくが、知り合いか?」

「いいえ。初対面」

 

 何やらタチの悪いチンピラの琴線にでも触れてしまったかと、シャーロットは溜息をひっそりと零した。 

 さてどうしたものか、と居心地悪そうに頬を掻く。

 

「居るんだよなぁ、おまえみたいな命知らずのボンボンが。アホみてーに甘い考えで一攫千金狙ってやろうと欲掻いて、『白金冠級(プラチナ)』にコネ作って『禁足地』に行こうとする馬鹿なお坊ちゃまがよ」

(……ん?)

「いいかぁ、『禁足地』の探索は遊びじゃねーんだ! 危険な魔獣! 厳しい自然! 予期せぬアクシデントォッ!! 爆弾が足元一面に転がってんのかってくらい危ねーところだ! そこそこ鍛えてるみたいだがな、適切な知識と確かな技術が無くちゃあ、命が幾つあっても足りやしねぇ!! たかが喧嘩自慢風情がヘラヘラ承認欲求満たしに行けるようなトコだと思ったら大間違いだぜ! 考え直して草むしりでもしてるほうが身のためってもんだ。ギルド(ここ)には図書館もあるから勉強もし放題だしな! ケケケ!!」

(なぁシャロ。この人普通に良い人では?)

(そうね。口は悪いし顔も怖いけど、新人が無茶しないよう警告してくれてるみたい。むしろあえて脅してるのかも)

「おい聞いてんのか!? 人の話も聞けねーようなアンポンタンかァ!? 女とイチャつきてぇだけなら大人しく宿場にでも行きやがれってんだクソガキ!!」

 

 憤慨するこの男、一見すると野蛮な悪漢のソレであるが、どうにも根の善さが滲み出ている。

 それゆえ対処に困った。ただ意地の悪い新人いびりに絡まれただけならスルーすればいい話だが、お節介とはいえ無下に扱うのも気が引ける。

 

「いいかボケナス。まず最初はな、何事も小さなことからコツコツこなしていくもんなんだ。『禁足地』の外れに生えてる薬草集めの依頼でも数こなして、フィールドの空気に慣れてからちょっとずつ前進していくんだよ。そうして努力を重ねていった人間だけが、このザルバ様のように『金剛冠級(ダイヤモンド)』まで登り詰められんだ。分かったか? 分かったら身分相応に大人しくしてな!」

 

 首元からラメ入りの透明感のあるプレートを取り出し、見せつけてくるザルバという男。

 等級で言えばシャーロットより格上らしい。高圧的に説教するだけの技量の持ち主ではあるようだ。

 

 口は悪いが、しかしそれは彼なりの善意の裏返し。

 不器用な人柄なりに新人へ手ほどきをしているならば、敬意を欠かすことはしない。

 

「忠告痛み入ります。でも、俺たちだって遊びに行くつもりは毛頭ないんですよ」

「ああ?」

「手に入れなきゃいけないものがあるんです。命を賭けてでも、絶対に必要なものが。危険は覚悟の上です」

 

 ヴィクターはザルバの眼を見て、言の葉を静かに手渡した。

 貫くように、射貫くように、力強く瞳を交えながら。

 

 一拍のち、一礼。

 

「ご指導、感謝します。先輩の忠言、胸に留めさせていただくッス!」

「私からも、ありがとうございました。お陰で気も引き締まります。ザルバさんのお気遣いに報いるためにも、必ず生きて帰ってきますね」

「──待ちな」

 

 ザルバの横を通り過ぎようとした時だった。

 ヴィクターの肩を、大きな手が猛禽のように鷲掴んだのだ。

 

「訂正するよ、おまえら芯のある奴らだな。礼儀もなってるし、確かな覚悟をもった目をしてやがる。大きな目的を持ってる奴の目だ。そんじょそこらのヘラヘラしてるだけの馬鹿とは違うらしい」

 

 にぃっ、と三日月状に引き裂かれていく口。

 歯を剥く笑顔は凶悪で、子供が見れば泣いてしまいそうな悪人面だが、どこか熱血を孕む表情だった。

 

「だからこそ、むやみやたらに死なせるわけにはいかねーんだよ。なぁ、わかるかオイ。オレ様はおまえらを通すわけにはいかねーんだ」

「……なるほど、そういうことっスか」

 

 どうやら、ザルバの根っこが善人であることに違いは無かったようだ。

 そもそも人格と実績が両立しなければ『金剛冠級(ダイヤモンド)』までのし上がれないことからも、彼の人柄は自ずと知れるというものだ。

 

 ゆえにこそ、だからこそ、ザルバはヴィクターたちを見過ごせない。

 ただ怪我をするだけならいい。しかし星屑ヶ原への道のりは、生半可な力では生きて辿り着くことすら難しい。

 全ては命あっての物種だ。大きな目的があろうとも、死んでしまえば何の意味も無い。

 

 若い命を黙って散らせるわけにはいかない。だから立ち塞がる必要がある。お節介で嫌な役柄になる必要がある。

 これはある種の、年長者としてのプライドなのだろう。

 

「危険なのは『禁足地』だけじゃねえ。例え目的地について、念願の資源を手に入れても、旅で疲れてヘロヘロになった奴の復路を襲う禁足地狩りなんてゴミカス野盗どももいる」

 

 つまり──()()()()()()()()()()()()

 

「オレ様と決闘しろ、小僧。このザルバ様に土をつけられたなら、星屑ヶ原に行くのを認めてやるよ」

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