銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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19.「龍颯爆裂拳」

「すまんなネーちゃん。ザルバの阿呆に付き合わせちまって」

 

 泡立つ炭酸飲料を片手にシャーロットへそう漏らすのは、ザルバの仲間らしい豊かな髭を蓄えた男だった。

 

「悪い奴じゃないんだが、ああ見えてかなーりお節介でな。初心者が無茶しようとしてたら首を突っ込まずにいられないんだ、馬鹿だから」

「あはは、お気になさらず。彼も乗り気みたいですから」

「本当に止めなくて良いのか? 大事な用があるんだろう? ザルバはオレたちで止めておくから、その隙に行ってもいいんだぞ」

「大丈夫です。予定の時間まで余裕はありますし、ヴィックが()()()()()()()()()があるみたいで、丁度良かったんだとか」

「そうか? なら良いんだが……」

 

 

 

 ギルドの会員は原則として私闘を禁じられている。 

 しかし、模擬戦という訓練形式に則れば話は別だ。

 

 施設の裏手。石ころひとつなく整頓された大きなグラウンドがあった。

 

 直線状に的が配置された、弓や魔法の射撃練習用エリア。明滅する点線でコースの描かれたランニングエリア。マネキンの立ち並ぶ剣術訓練エリア。

 戦いを日々の常とする者たちが、己を磨き上げるべく修練に励むための場所だ。

 

 ヴィクターとザルバは、そんな只中の平坦な芝生に立っていた。

 足元には6m四方の正方形ライン。ここが二人のリングとなる。

 

「ルールは簡単。この線から外に出るか、降参した奴が負けだ。金的、凶器の使用は無し。いいな?」

「大丈夫ッスよ」

 

 互いに上着を脱ぎ捨て、日の元に半身を曝け出す。

 純黒を隠す腕の包帯だけは取らない。ザルバはグローブ代わりだと解釈したようで、自身にも手際よく布を巻いた。

 

「なかなか良い体してんな」

「そっちこそ」

 

 曝け出された互いの躰は、さながら彫像の如く。

 

 贅という贅を徹底的に削ぎ落したかのような洗練さを備えるヴィクターは、180㎝と決して極端に大柄ではない背丈も相まって、一見するとスマートなシルエットに映る。

 しかし、極限まで圧縮された肉の繊維は今にも張り裂けんばかりの怒張を示し、黄金比だけではない猛々しさを露わにしていた。

 

 対するザルバは対極だ。徹底的に絞られたヴィクターとは違い、脂の層が乗っている。

 だが決して無駄の産物ではない。むしろ実戦使用を要てして練り上げられた、戦士として合理的な到達点と言えよう。

 

 それだけにとどまらず、全身の皮膚には幾何学模様の刺青が無数に施されていた。

 凶悪な人相に、2m近い巨躯をさらに重厚とする肉の甲冑、見るものを圧倒する刺青の紋様は、凄まじい圧を外套のようにザルバへ纏わせている。

 

 そんな二人が相対すれば、場の空気が星の核の如き熱量を爆発させるは自明の理。

 あまりの圧迫感と熱苦しさに筋肉の過剰摂取を引き起こしたシャーロットは、熱中症にでも罹ったかのように死んだ目を虚空に向けて堪らず氷魔法で涼をとった。

 

「さぁて! がっぷり四つといこうかァッ!!」

 

 ゴングは要らない。互いが臨戦の気迫を帯びた瞬間から始まった。

 

 先手をとったのはザルバだ。丸太の剛腕を鞭の如く振り抜き、ズバヂィッ!! と凄絶な破裂音を爆散させた。

  

 鈍重そうな見た目に反し恐るべき速度と破壊力。ヴィクターは反射神経を発火させ、上半身を大きく反らすことで間一髪回避する。

 瞬間、槍のような前蹴りが吹っ飛んできた。

 回避でバランスを崩した狭間を穿つ一閃は、的確にヴィクターの下腹へ熾烈なインパクトを叩き込む。

 

 が、咄嗟に腕を挟み込み、クリティカルヒットだけは防ぎ切った。

 しかし威力を完全に殺すことは叶わず、重々しく浸透する激痛に表情筋が苦悶の形へと歪んでいく。

 

(お、重いッ……!! なんて怪力だ、まともに喰らったら一撃で倒れかねねえ威力だぞ!!)

「オラオラどうしたァッ!! 亀みてーに守ってるだけじゃあどうにもならねェぞォォッ!!」

 

 一撃では終わらない。次から次へと、矢継ぎ早に拳や足が飛んでくる。

 連携にまったく隙が無い。最小の動作で最大の威力を伴った肉弾を雨霰のごとく降りそそがせるザルバの近接格闘術は、凄まじい次元にまで練り上げられた()の凶器だった。

 

 しかし真に恐るべきはそのスタミナか。

 これほどのラッシュ、普通なら数秒と持たず息が切れる。なのにザルバは呼吸ひとつ乱れていない。

 

 攻めが一向に止む気配が無いのだ。体内の魔力を高速循環させ、身体強化を施しているだけでは説明のつかないこの持久力は、ザルバが『金剛冠級(ダイヤモンド)』まで登り詰めるに至った日々の研鑽を窺い知れる。

 

(すげえな、とんでもない技術と暴力の融合だ! 一見ガムシャラで荒々しい打掛(うちか)かりに見えるが、一撃一撃がキレも精密さも熟練されてやがる……! 才能だけじゃこうはならない! 一体どんだけの時間を研鑽に費やしたんだ!?)

「おいおいおい、この状況で笑えるなんて随分と余裕あるじゃあねえかァッ!? ならもっとギア上げても構わねえってことだよなァーッ!!」

 

 滅多打ちがさらに加速を帯び、怒号と共に砂埃が爆発した。

 人の形をした重機と見紛うほどの圧倒的暴威の前には、もはやガードなど意味を成さない。

 

 上から振り下ろされる鉄塊の如きハンマーパンチが確実にダメージを蓄積させる。

 それを捌くのに精一杯で、ヴィクターは土俵際まで瞬く間に追い詰めてしまった。

 

(後手に回っても勝機は無い! だがこの嵐みたいな連打から攻勢に転がすのは不可能だ! 攻めに出た瞬間、ザルバは隙を突いてドデカい必殺をぶちかましてくる!! ────なら、勝ち筋はひとつッ!!)

「口ほどにもねえ!! そんなんで『禁足地』を生き抜けると思ったら大間違いだぞ小僧ォォ────ッ!!」

「ここだぁぁ────ッ!!」

 

 あと一歩で枠外に弾き出される寸前。ヴィクターはザルバの拳に合わせるように、顎へ渾身の掌底を叩き込んだ。

 熾烈なカウンターが骨肉を叩く。空気が破裂したような轟音とともに、ザルバが大きくよろめいた。

 

 ヴィクターはただ滅多矢鱈に防戦へ徹していたわけではない。ザルバの凄まじいインファイトに晒されながらも、技の呼吸を読んでいた。

 人間の手足の数は決まっている。間髪入れず放たれる絨毯爆撃でも、攻撃と攻撃の間には必ず隙間が生じる。

 息をする間も無い連撃に存在する極小のリズム。それを掴み取り、反撃を捻じり込んだのだ。

 

(ザルバは強い! とんでもなく! パワーも技量も格上だ! だがスピードだけなら、シャロの方が圧倒的に速かった!!)

 

 かつてシャーロットと刃を交えた際、振り下ろされる一刀に頭突きを合わせ、剣の着弾地点をずらすという荒業を成したことがある。

 身体強化されたアーヴェントの敏捷性はまさに電光石火の体現。あの一太刀と比べれば、見極められるタイミングなんて不可能の範疇にない。

 

 そして、顎とは一流の武闘家であろうとも決して鍛えることの叶わない急所の一つ。

 正確無比に打ち抜かれれば脳を揺らし、巨漢であろうとも砂の城の如く崩れ落ちる──!!

 

「だァァらああああああ──────ッッ!!」

 

 無数の乱打を叩き込んだ。この勝機を確実に掴み取らんと、一気呵成に畳みかけた。

 トドメと全身全霊のフィニッシュブロー。ザルバの体が壊れた竹とんぼのように宙を舞い、錐揉み回転しながら吹っ飛んでいく。

 リング中央へと、大男は激しく打ち付けられた。

 

「ッッ!? がっ、あ!?」

 

 

 

 だが。

 激痛の辛苦に顔を歪めたのは、ザルバではない。

 

 

 

「……おー痛え。今のは効いたぜ。嘘じゃねえ」

 

 顎に手を当て、ゴキンと音を鳴らしながら、男はのっそりと立ち上がった。

 

 顔貌を染めるは苦悶に非ず。にぃぃっと、裂けゆく口が示すは喜色満面のそれだ。

 口角から伝う赤筋など気にも留めず、もはや勝利は必然であると、豪快に歯を剥きながら嗤っていた。

 

「やるなおまえ。オレ様のラッシュにカウンター挟んできやがったのはおまえが初めてだよ。つか机上の空論だしな、そんなの。だがそれでくたばるほど、オレ様は甘くねえ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 陽光を跳ね返す眩くも不気味な銀盤が、指先から肩に至るまで一寸の隙間なく覆いつくしているではないか。

 刃物で神経を直接突き刺されるような冷感。暖かい気候と相反する極寒の襲撃に、ヴィクターは混乱の渦へと叩き落されてしまう。

 

(腕が一瞬で凍らされた!? 馬鹿な、魔法を発動した形跡なんて欠片も────いやまて、まさかあの全身の刺青ッ……!?)

「オレ様の顔を見ろ。この傷が見えるか?」

 

 ヴィクターの動揺などまるで意に介さず、おもむろにザルバが口走る。

 

「こいつはな、まだオレ様がヒヨッ子だった時に大鬼熊にやられた傷痕だ。小さな若熊だったから余裕だと思ったら返り討ちに遭った。慢心が招いた負傷だ」

 

 肉食獣の如き凶悪な笑みは崩さず、顔を斜めにかけて走る三本の傷痕をなぞりながら言葉を紡ぐ。

 

「本当に痛くてなぁ。痛くて、痛くて、治るまで何日も死ぬかと思って呻き続けたよ。あの痛みを忘れたことは一度もねえ。二度と同じ思いをしないように、オレ様はあらゆる手を模索したんだ。その答えがコレさ」

 

 顔をなぞる指先は首を伝って胸に落ち、刺青の上をゆっくりと這った。

 もはや語るまでも無い。ザルバの体表に描かれたそれは、皮膚そのものが氷魔法の防護壁と化すよう刻まれた魔方陣だったのだ。

 

「あらゆる衝撃に対し、オレ様の水魔力をもって『氷結魔法(グラキアス)』に変換、跳ね返す攻防一体の魔法! 名付けて『極冰金剛覇鎧(ごくひこんごうはがい)』ッッ!! オレ様を殴れば殴るほど、おまえは自分の首を絞めることになるんだぜェ!!」

「なんッ……だよ……そのドカッコいい必殺技ッ……!? 羨ましいじゃねーかよ……!!」

 

 

 男の子のセンスが分からない。観覧席のシャーロットはガクッと首を落とした。

 

 

「ギャハハハハッ、卑怯とは言うまいなァーッ!! 凶器の使用は禁じたが、魔法はダメだなんて一言も言っちゃあいねえ! この程度で窮地に陥るようじゃあ、この先やっていけねーぞォ!?」

 

 笑う。笑う。

 もはや負ける道理無しと、ザルバは死を目前とした獲物を捕らえんとする獅子の如く雄叫びを上げる。

 

 しかし。

 

「卑怯? ンなこと言わないッスよ。()()()()()()()()()()()()

 

 想定外の答えに、ザルバの顔が怪訝に固まる。

 

 攻撃の手段を封じ、フィジカル面でも格上だと思い知らせ、敗北以外の道筋を徹底的に叩き潰したはずなのに。

 そんな崖っぷちこそが好都合と言わんばかりの、今にも喉笛を食い千切らんとする闘志の爆熱が、男から焔のように迸っていたからだ。

 

「あらゆる衝撃を跳ね返す魔法と言ったが、完全じゃないだろう。力を全部返すなら吹っ飛ぶこともなかったはずだ。六割か? 七割か? 軽減できる衝撃にも限界があるな」

 

 引き絞る。

 完全に凍り付いたはずの拳を限界まで。剛弓をギリギリとしならせるように。

 

「アンタがくれたんだ。俺に勝ち筋をくれたのは、他でもないアンタ自身なんだ」

「あン?」

「魔法は凶器扱いか否か? そこがずっと気掛かりだった。試合前に尋ねれば警戒されちまう。だから、アンタ自身の口から否定してもらえることが大事だった!!」

 

 ──瞬間。ザルバの直感がけたたましい警鐘を鳴り響かせた。

 

 ヴィクターはただ拳を絞っているだけだ。術式も詠唱も無く、魔力の迸りも無い。

 魔法を使う予兆は皆無で、ザルバの知識と魔法学の常識では、あそこから何かが起こるとは考え難い。

 

 しかし確信していた。ヴィクターの虚栄ではない笑みと、長年の経験則からくる電極を刺されたような緊迫感が、全力で訴えかけていた。

 

 間違いない。ヴィクターは何か切り札を隠し持っている。

 状況から考えて、恐らく飛び道具の類。

 それを使って狙う勝ち筋があるとすれば、ザルバを土俵から追い出す場外判定か。

 

「何かは知らんが、させるかァッ!!」

 

 蹴った。地を蹴った。

 魔獣の如き脚力が芝生を抉り、土を散弾のように撒き散らす。

 即席で放たれた土と草の煙幕が、ヴィクターの視界を遮った。

 

 ザルバが動く。飛び道具そのものを封殺すべく、目潰しが効いている刹那で一気に距離を殺していく。

 

 ──次の瞬間。舞い散らせた煙幕ごと、ザルバは巨大な球体のようなものに激突された。

 

「うおおおおおおおおおおッ!? なんだ、コイツはァッ!?」

 

 驚愕に瞠目し、ザルバは絶叫を張り上げた。

 腹にめり込む確かな感触。しかし、見下ろす瞳には何も映らなかったからだ。

 

 ザルバごと前へ前へ押し進もうとする、不可視の砲弾のようなナニカが在った。

 ザルバの魔法が発動し、衝撃が『氷結魔法(グラキアス)』に変換されて跳ねかえっている。何らかの物体が存在している確かな証左だ。

 しかし霜が煌めきながら散りゆくのみで、何も凍結されることがない。

 

「ぐぅお、おおおおおお……ッ!!」

 

 目に見えない球体状の正体不明は、凄まじい力でザルバを押し出そうと邁進を続ける。

 反射的に地へ足を根付かせ、芝を削りながら威力を減衰させんと踏ん張った。

 

「不可視の、エネルギー弾!? 違う、こいつはそんな大層なモンじゃない! 刻印の異能でもない! これはッ……空気そのものか!? ありえねぇ、術式も詠唱も、魔力の発動痕も無く『風の砲弾(ヴェント・トルメントム)』をブッ放せるわけッ……!?」

 

 ──そう。本来なら発動できるわけがない。

 そもそもヴィクターには魔力が無い。

 火種がなければ炎は生まれないように、燃料を持たないヴィクターが自力で魔法を発動させるのは不可能だ。

 

 トリックの正体は、包帯の下に眠る『純黒の王』の腕がもたらす権能が一端。

 

 王をルーツとする黒の魔力。あらゆる事象を己が裁量で塗り潰し、独裁を敢行する超常の異能。 

 炎を掴み、水を千切り、雷を投げ、地を引き抜く万物干渉の極意。

 

 ヴィクター自身に魔力は無くとも、限定的に力を発揮する両の黒腕は、主の意のままに触れたいと願うもの全てに触れることが可能となるのだ。

 

 かつて『エマを倒す』という強烈な決心に呼応し、星の刻印の防護壁を貫通してエマの骨肉を直接叩きのめした時のように。

 ヴィクターの『空気を飛ばす』という意志に応じた黒の腕は、気体そのものをまるで固形物とするように法則を歪め、さながら烈風の大砲を放つが如く、大気そのものを殴り飛ばしたのだ。

 

「がぁああああッ!! なァァんのこれしきィィィィィ──────ッッ!!」

 

 だがしかし、分厚いゴム塊が破裂したかのような耳を刺す爆発音が轟いて、ザルバを追い込んだ風の砲弾が力づくで掻き消された。

 

「ハッハァ!! 少しばかり驚いたが、この程度でオレ様を倒そうなんざ甘い甘い! 甘すぎる!!」

「なッ……!?」

「おっ、動揺したなヴィクター? つーことはよぅ、可哀想によう、もう切り札は残されてねェみてえだなァーッ!!」

 

 白煙の息吹を吐き散らし、今度こそ勝敗を決さんと、血走る獣の眼差しがギラギラとヴィクターを捕まえる。

 必殺の意気込みは暗示ではない。確信だ。ザルバは勝利へと繋がる確信を得たのだ。

 あの技には、絶対的で致命的な欠点が存在するのだと。

 

 ヴィクターは空気弾を放つ時、限界まで拳を引くようにして構えていた。大きな隙を晒すことも厭わずにだ。

 しかも、わざわざ察してくれと言わんばかりに飛び道具の存在まで示唆する始末。

 

 何も言わず放っておけばザルバの不意を掴めたかもしれないのに、そのチャンスを捨ててまで切り札を匂わせるような口上を繰り広げたのは、そうしなければならなかった理由があるからに他ならない。

 

 順当に考えて、時間稼ぎが妥当な答え。

 

 ならば間違いなく、ヴィクターの空気弾には『溜め』がいる。

 大きく拳を引いて、砲弾を放つ力を貯めるための時間が必要不可欠なのだ。そうしなければ発動できない。

 インターバルを与える隙も無く距離さえ殺してしまえば、もはや飛び道具は無為に等しい。

 

 肉薄。地を蹴り飛ばし、ザルバは大猪の如く突進した。

 最短距離を最速で駆ける。両腕を氷で封じ、唯一の対抗手段である風の弾を放つ猶予を潰し、丸腰と化したヴィクターへ渾身のぶちかましを喰らわせんと──

 

「────ッ!? なッッ!?」

 

 想定の外より、肉を打つ不可視の衝撃。

 ()()()()()()()

 風の砲弾が一発、二発と、ザルバにめり込むように突き刺さったのだ。

 

「なッ、にィィッ!? 馬鹿な、連発だとォッ!?」

「……卑怯とは言わんでしょう? 溜めが要るだなんて一言も言ってないんスからねェ~ッ!! アンタが勝手にそう思い込んで、騙されちまっただけなんだからよォーッ!!」

 

 騙されただけ。

 その一言が、ヴィクターの言動がブラフだったのだという証を示す。

 

 隙を多く見せる予備動作を取ったのも、わざと口を滑らせて時間稼ぎに見せかけたのも、直ぐに追撃をしなかったのも。

 ザルバに油断を生じさせるための、徹底的なミスディレクションだったのだ。

 

「オレ様の考えを読んだうえで演じたってのか……!? 腕を凍らさられた段階で、そこまで描いてやがったのか!?」

 

 ザルバはヴィクター以上に戦闘経験が豊富だ。

 だからこそ、その洞察力をもって()を突いてくるだろうとヴィクターは踏んでいた。

 ただ一発限りの切り札なのだとチラつかせ、それが失敗に終わったと動揺を演じて刷り込んで、次の手札を切るには時間が必要なのだと思い込ませた。

 

 目論見通り勝利を確信したザルバは、抱く油断に従うままに、無防備にもヴィクターへ一直線に吸い寄せられてしまったのだ。

 

「イカれてんのか、この野郎ッ!!」

「……俺たちを心配してくれたザルバさんの不器用な優しさ、嫌いじゃないッスよ。でもそれはそれ。ちょっぴり余計なお世話なんで! 前に進むためにも、押し通らせて頂きますッ!!」

 

 結果。嵐の如き裂空の一斉掃射を、その全身をもって余すところなく味わい尽くす──!!

 

「だァァらららッッッッしゃあああああァァ──────ッッ!!!!」

 

 ザルバの魔法が威力を氷魔法に変えて跳ね返しても、全てを相殺することは叶わない。

 やがて洪水に呑まれた大木のように、男は場外へと押し流されていった。

 

 

 

 

「お疲れさま、ヴィック。白星おめでとう。はいタオル」

「サンキュ」

 

 シャーロットから布を受け取り、流れ落ちる汗を拭いていく。

 

「いつの間にあんな技覚えたの? ちょっとびっくりしたわ」

「ちょくちょく腕の使い方練習してたんだよ。ほら、昔シャロが飛ぶ斬撃みたいなの使ってきたことあったろ? あんな風にカッチョいいの出ないかなーって試したら出たんだ」

「出たってそんな……前から思ってたけど割と無茶苦茶よねあなた。まぁいいわ、とりあえず腕見せて。『氷魔法(グラキアス)』受けちゃったところが凍傷になってるかもしれないし」

「おう、頼む」

 

 幸い氷は既に溶け、純黒の部位に負傷は無く、生身の上腕が軽く霜焼けになる程度で収まっていた。磨り潰した薬草を水に溶いたものをスプレーするだけで事足りる。

 

 本来ならば、まともに『氷魔法(グラキアス)』など喰らってしまえば凍傷どころか、組織の壊死すら免れられない。

 恐らく、ザルバが出力を抑えていたのだろうと推察できる。

 

「……まさか『銅冠級(ブロンズ)』がこのザルバ様に土を着けるとはな。あーあ、こりゃイチから鍛え直しだぜ」

「たまたまッスよ。正直、初弾を防がれた時は負けると思いましたもん俺。本当はノックアウトさせるつもりで撃ったのに、場外が精いっぱいだった。流石です」

 

 事実、ザルバのタフネスは凄まじいの一言に尽きる。

 あれほどの乱打を浴びておきながら、怪我らしい怪我のひとつも無い。おまけに体力も存分に有り余っている。

 もし場外判定が存在しなければ、例え空気弾で一時のアドバンテージを取ったとしても、いずれ地に伏していたのはヴィクターだっただろう。

 

 これが『金剛冠級(ダイヤモンド)』。数多の死線を潜り抜けてきた、歴戦のプロフェッショナルか。

 

「……ハッ。先輩へのヨイショもお手の物か。完敗だな」

 

 普段の凶悪なものとは違う、晴れ空のようにサッパリとした笑み。

 寝転がっていたザルバが手を伸ばす。ヴィクターはそれを受け取って、ザルバの体を引っ張り起こした。

 

「しかしよ。さっきの技なんだが、ありゃ一体何だ?」

「え?」

「術式も詠唱も触媒も、ましてや魔力痕すら生まずに『風の砲弾(ヴェント・トルメントム)』を放つなんざ見たことも聞いたこともねえ。気になってしょうがねーんだよ。教えてくれ」

「あ、あー」

 

 背後のシャーロットにチラリと目配せ。

 少女は人差し指で小さく×印を作っていた。

 

 アーヴェントが背負う隠遁の宿命もあるが、先のエマの件もある。身分がバレないよう、黒魔力の情報は門外不出として扱うべきなのは自明の理だ。

 ヴィクターは魔力が無く、『純黒の王』やアーヴェントに繋がる痕跡を残さないからこそ、人目のある場でも些細であれば使用を認められているに過ぎない。

 

 そういうわけで、ヴィクターは挙動不審に目を泳がせながら誤魔化しに徹した。

 

「えーっと、ほらほらあれッス。秘伝の術だから喋れない、みたいな?」

「ほォ! 一子相伝の固有魔法とかいう奴か。かーッ、イカすじゃねーかオイ! そういうことなら内容は聞かないが、名前とかあんのか? 名前くらいならいいだろ」

「な、名前も無いッスね」

「そうなのか? じゃあオレ様が着けてやるよ。龍颯爆裂拳(りゅうそうばくれつけん)……なんてどうだ!?」

「良いッスねそれ!! めっちゃイイ!! 採用!!」

 

 

 男の子のセンスは不思議で満ち溢れている、とシャーロットは生温かい笑顔。

 

 

「さておき、突っかかっちまって悪かったな。オレ様を負かしたおまえなら、並大抵の事は大丈夫だろ。だが気をつけろよ、近頃星屑ヶ原あたりじゃ悪い噂を聞くからな」

「悪い噂?」

「正確には、星屑ヶ原の手前にある黄昏の森でな。なんでも先住民の集落との交信がプッツリ途絶えてるらしい。嫌な感じがする。オレ様の勘がそう言ってるぜ」

 

 経験則からくる直感だろうか。ザルバは訝しむように顔を顰めながらそう言った。

 しかし直ぐに表情を和らげ、「生きて帰ってこい」と右の拳を前に出しながら破顔する。

 

「次は負けねえ」

「次も勝ちます」

 

 互いに拳を突き合わせ、小さな決闘は閉幕を迎えた。

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