銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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20.「灼熱のジャングル」

 ちょっとした疑問を解消しよう。

 何処にあるとも知れない大洋の島から何処にあるとも知れない町に瞬間移動できるポータルなんて便利な代物があるのなら、最初からそれで星屑ヶ原へ行けばよいのではないか? というものだ。

 

 しかし至極残念なことに、ポータルは代え難い移動手段ではあるが万能ではない。

 テレポートできる場所が限られているのだ。ポータル・オベリスクと呼ぶ、マリンブルーのクリスタルで出来た小さな柱を埋めた場所にだけ跳ぶことが出来る。

 

 かつて先代アーヴェント当主がエマを拾った中央街のオベリスクを含む、エマと縁のある様々な地域のポイントが侵入者への安全対策として失効された今、ポータルはヴィクターたちが懇意にしている港町のみ通じる門となっているのだ。

 

 そんなわけで、二人は星屑ヶ原に着々と向かうべく、まず空の旅を楽しむことにした。

 長距離飛行移動型寝台列車、通称ペガサス便である。

 

「ところでヴィック。あの空気弾のことだけど」

「龍颯爆裂拳」

「……空気だ」

「龍颯爆裂拳」

「りゅ、りゅーそーばくれつけんだけどさ」

 

 列車の一室。二段ベッドの上段に寝転がるシャーロットは、ヴィクターの謎の拘りという名の圧を下段から背に受けて呻き声を上げた。

 

「あまり多用しちゃ駄目よ。というか腕の力全般ね」

「アレか? 体の転化が進むとかなんとか」

「それもあるけど、単純に危険なのよ。その腕は本来人の身で扱える代物じゃない。魔力を消費して発動させる能力を魔力の無いあなたが使い続ければ、どんな代償を支払うことになるか見当もつかないの。もしかしたら寿命を削っちゃうかもしれない。だから、ここぞという時以外使っちゃダメ」

「わかった、肝に銘じとく。けどもし使わなきゃならない場面が来たとしたら、どの程度なら使っていいんだ?」

「1日1分。それが限界かな」

「短いなオイ……」

 

 

 そんなこんなで、大空を列車で旅すること早二日。

 伽藍と人気のない終点駅を降りた二人は、間髪入れず無人車(キャルゴ)に乗り継ぐと、今度は野山を駆け抜けていく。

 

 人気のない悪路を突き進むことまた二日。 

 長旅の末、一面中が紅葉に覆いつくされた樹海の1kmほど手前にやっとこさ到着する。

 

 その時だった。突如地面に魔法陣が浮かび上がったかと思えば、腰ほどの高さのポール型ゴーレムがにょっきり土筆(つくし)のように生えてきた。

 

『これより先は侵入指定等級「金冠級(ゴールド)」領域、黄昏の森になりマス。「禁足地」内での生命、健康、および安全は一切保証されまセン。立ち入る場合はメンバーズタグを照合してくだサイ』

 

 言われるがまま、首元へぶら下げていたタグをかざすと、ゴーレムの目に相当する部分が大きく開かれ、二人のタグを光で投影された魔方陣がスキャンした。

 ピロピロピロ。読み込み音のようなノイズが響く。

 

『照合完了。シャーロット、立ち入り推奨階位クリア。定められた権限により、同伴者ヴィクターと共に立ち入りを認可しマス』

 

 再び魔法陣が現れ、ずもももも、と地面に埋まるように消えていく。

 

「凄いな、ゴーレムの門番か。ハイテクだなぁ」

「何かの間違いで迷い人や指定等級未満の人が入ってしまわないようにするためね。『禁足地』前には必ず配備されてるの」

「これ無視して入ろうとしたらどうなるんだ?」

「ボコボコにされる」

「えっ」

「非殺傷拘束用のスタンウィップで捕縛しに来るのよ。それも大群で。捕まったら騎士団のお縄になるし、等級も下げられちゃうかな」

「命かかってるだけあって厳しいんだな……」

 

 見た目は丸みを帯びた可愛らしいデザインなだけに、怒らせると群れで襲い来るというのは絶妙に恐怖感を煽るギャップである。

 そんな小さなガーディアンが消えた大地を尻目に、二人は紅葉に支配された森の中へと足を踏み入れた。

 

 黄昏の森。辰星火山を取り囲むように存在する、夕焼けの如き紅葉に覆われた森林地帯の通称だ。

 辰星火山の火口部に存在する星屑ヶ原へ向かうには、この黄昏の森を突破しなくてはならない。

 

「おー、綺麗な森だなぁ。見渡す限りの紅葉、白い大木。雪みたいに真っ白な芝生に真っ赤な落ち葉のコントラスト。落ち葉が厚切りベーコンかってくらい分厚いが……まるで絵本の中の世界だなこりゃ。でもすげー暑ちい!」

「このボイラーツリーのせいね。長年純度の高い火魔力を土地から吸い続けて熱を放つ習性があるの」

「ほんとだ、触るとかなり熱い。生きてる焚火みたいだな」

「気をつけてね、樹液は物凄く引火性が高いの。ちょっとした火花でも燃えるから炎は禁忌よ」

「マジか……雷とか落ちたら森が燃え尽きそうだな」

「それは大丈夫。この森全体の植物が強力な不燃性を持ってるから燃え広がることはないんだって。森の先住民はこの木の皮から燃えない服を作ったりしてたらしいわ」

 

 ほぼ全ての『禁足地』は、高純度の魔力の影響か、他に類を見ない特殊な環境を構築するパターンが多い。

 黄昏の森も例に漏れず、土地に含有される膨大な火属性魔力の影響か、特殊な性質を孕んでいた。

 第一に、日差しが木漏れ日程度しかない緑陰の最中であると言うのに、まるで砂漠にでも放り込まれたかのようなカラカラとした熱気が立ち込めている。

 

「不思議だ。どこ見ても大木か下草しかないってのに乾燥しきってやがる。これだけデカい植物が森を作るってなると、豊潤な水が必要なんじゃないのか?」

「夜になれば分かるかもね」

 

 方位磁石で目指すべき方角を確認しつつ、ひたすら森の奥へと進んでいく。

 しかし時を経ていくごとに、段々と気温が高まっていく気がしてならなかった。

 

 ジリジリと肌を炒められるような熱波の感覚。

 珠の汗が幾重にも肌を滑走していく。

 

「暑い……クラクラする」

「うあーうー……思いっっっきり水浴びしたい……話には聞いてたけど暑すぎるわ……」

 

 幸い、空間拡張ポーチのお陰で水にはまだ余裕はある。

 だが想像以上に強烈な熱気のせいで、あっという間に体中の水分を持っていかれそうだ。

 往復分はもたない。どこかで水源を探さなければ、千年果花を手に入れても枯れ果てたミイラと化してしまうだろう。

 

「氷魔法とか使えないのか? こりゃ流石にヤバいぞ……」

「体力を消耗してる状況で魔法なんか使ったら私が干乾びちゃう……ごめん、我慢して……」

「それは仕方ない……踏ん張るか……」

 

 魔法は無限ではない。魔力を消耗する以上、むやみやたらに使用すれば締まるのは自分の首だ。

 無心に徹し、ひたすら歩く。もはや喋る気力も余裕も無く、死者の行軍のよう沈黙を連れて歩き続ける。

 

 日が傾きかけた頃合い。息をするのも苦痛に感じるほどの熱気が森林を包み込んでいた。

 しかも気のせいか──否、気のせいではない。さながら森そのものが蒸し器と化したかのように、()()()()()()が二人を取り囲んでいる。

 

「シャロ……これは……はぁっ……真面目にヤバいぞ……何だこれ、空気が熱くて肺が焼けそうだ……!」

「今日はここまでね……()()()()()()()()()()……あの斜面が良さそう、手伝ってちょうだい」

「穴……? この状況で穴掘りって、暑さで気が狂ったのか……?」

「いいから早く……死ぬわよ……!」

 

 言われるがまま、シャーロットが魔剣の要領で黒魔力を凝固させて創り出した円匙を手に、我武者羅で崖を掘り進んでいく。

 数メートルの横穴を確保。さらに下に向かって縦穴を掘り、逆さL字型の洞穴を完成させた。

 

 二人が両手を広げて寝てもぶつからない程度の安全地帯を確保すると、生き埋めにならないよう、天井や壁へ『防護魔法(プロテゴ)』を施し、ようやく休息に入る。

 

「はぁーっ、助かったぁ」

「シャロの言う通りだったな。あのまま外にいたら人間の蒸し焼きが出来上がってた」

 

 縦穴から少しだけ顔を出して外を見る。

 日没を迎えた夜の森には、恐るべき殺人蒸気の大軍勢が我が物顔で群雄割拠。

 洞穴の中も蒸し暑いが、外と比べれば雲泥の差だ。もし今外に飛び出せば最後、一呼吸するだけで肺臓は焼けただれ、蒸し殺されてしまうだろう。

 

「なんだこの水蒸気。一体どこから?」

「ボイラーツリーよ。樹冠が見える? 葉が真っ赤になってるでしょ?」

「ああ、確かに。松明みたいに燃えて……いや、発熱で光ってるのか……?」

「そそ。この土地は異常に水はけが良くて、遥か地下の水脈に全部流れて行っちゃうらしいの。あの植物は三日に一度、夜になると肉厚な葉っぱに貯めておいた僅かな水分を特殊な樹液と混ぜて増幅させて、火魔力で一斉に加熱して物凄い量の水蒸気を飛ばすんだって」

「するってえと、もしや雲を作って無理やり雨を降らそうとしてるって感じか?」

「そんな感じ。明日は雨が降るから涼しいでしょうね。今夜は我慢しなきゃだけど」

 

 洞穴の中は外と比べれば遥かに涼しい。ひんやりとした土が火照った体を冷ましてくれる。

 が、あくまでそれは相対的な話だ。蒸し暑いことに変わりは無く、じっとしているだけでも体の中に熱が籠るような感覚に苛まされる。

 

 皮膚に張り付く水滴も、もはや汗なのか結露なのか判別できないほどだ。

 じっとりとした不快感は筆舌に尽くし難く、とてもではないが、おいそれと眠れる状態ではない。

 

 ただひたすら、蒸し蒸しとした空気に抱かれる。

 初めは喋って気を紛らわせていた二人だが、いつの間にか喋る気力すら失って、ひたすら夜明けを待つだけの屍と化してしまった。

 

 少しでも体を冷やそうと、冷たい地面に仰向けで倒れ込むシャーロット。

 ヴィクターはポーチから水筒を取り出し、喉を鳴らしながら水分補給。

 

「水、いるか?」

「ん……」

 

 シャーロットは上体を起こし、渡された水筒を受け取って。

 口をつけようとした瞬間、時が止まった。

 

「………………」

「どうした?」

「い、いや。なんでもない」

 

 なんでもなくなかった。

 シャーロット自身にも理由は分からない。分からないのだが、どういうわけかヴィクターが口を着けた水筒にむず痒いような気恥ずかしさを覚えて、水を飲めなくなってしまっていた。

 

 沈黙、数拍。

 

(いや。いやいや。いやいやいや。飲み回しなんて別に、前までフツーにやってたし。朝トレの時とかフツーに。というか飲まないと命に関わるんだから、躊躇なんてしてる場合じゃないのに。なのに何で、こんな、この程度のことで)

 

 ()()()()()がトリガーとなったのか、それともこのうだるような暑さのせいか。以前は気にも留めなかった状況が、どうにも気になって仕方がない。

 おまけに一度意識してしまうと、芋づる式にどんどん心拍が上がり始めていく。

 

 そういえば狭くて暗い場所に真夜中で二人きりとか初めてだな、なんて気付いてしまったが暁には、茹ったカニのように染まる肌色を止められなくなってしまった。

 

「おいどうした、顔が赤いぞ。大丈夫か? 熱にやられちまったんじゃ」

「あ、あー、うん! そうね、ちょっと火照っちゃったみたいね! はー暑い暑い! ほんと堪んない熱気だわイヤになっちゃう!」

「…………まさかシャロ、飲み回し意識して照れてんのか?」

「ばっっ!! なんっ、何であなたいつも妙に鋭いのってそんなわけないでしょ!? このシャーロット・グレンローゼン・アーヴェントが間接キス程度で狼狽えるわけがっ」

「あらら~? やだマジ~? 天下のシャロ嬢もそういうの気にしちゃうお年頃だったの~? まぁまぁ随分と初心で可愛らしいとこあるじゃないのよぉホホホホ」

「ムッかつく!! なにその口調死ぬほどムッッッかつくわ!!」

 

 右手を頬に当てつつ高飛車なオバハン貴族のように笑うヴィクターへ、シャーロットは照れとは違う朱に顔を染め上げながらギリギリと拳を握り固めた。

 

「というか何であなたは照れすらしないのよ! こーんな美少女と二人きりなんだからちっとは狼狽えたらどうなの!?」

「馴れたんだよ。これでも島に住み始めた頃はドギマギして大変だったんだぜ? シャロお世辞抜きで可愛いからな」

「っ……今可愛いとか言うなばかぁっ……」

「お、おい。それは反則だろうが」

 

 薪を焚べられた羞恥に、ヴィクターだけ平静なのが気に食わないという悔しさが合わさってか、シャーロットは瞳を潤ませ下唇を噛み締めながら、キッと上目でヴィクターを睨みつけた。

 

「気に入らない気に入らない! 何で私がこの程度のことで動揺しなくちゃならないの!? 前まで平気だったのに、意味わかんないもう! あー悔しい、暑くてイライラするし腹立つ! ヴィック、あなたも顔真っ赤にしてパニクりなさい!!」

「無茶言うな。というかさっさと水飲めって、お前絶対暑さで参りかけてるぞ」

「うるっさい! ここで引き下がったらアーヴェントの名折れだもん! 絶対負かしてやる!」

「何の勝負だ!」

 

 元来、シャーロットは相当負けず嫌いな性分だ。

 普段は少々お転婆なものの、大らかで落ち着いた優しさを持つ少女である。一見すると勝負事には無縁のようにすら感じるほどだろう。

 

 しかし一度勝つと決意を灯せば、勝利まで徹底的に突き進む貪欲な精神力を潜めている。

 かつての決闘にて、その身をわざと雷撃で貫かせてなお膝を折らなかったほどだ。

 狂気的なストイックさで己を磨き続けてきた過去も、彼女が持つ生まれ持った負けず嫌いの裏返しとも取れるだろう。

 

 シャーロットは憤慨していた。

 理由は分からないが、どうにも心臓が五月蠅くて仕方がなかった。

 なのに目の前の男は波風ひとつ立てていないときている。奇妙な敗北感を植え付けられ、心底気に食わなくて腹立たしい。

 

 少女にはこの気持ちの源泉が何処にあるのか分からない。その正体を知る由もない。

 ()()()()()とは無縁の人生を送ってきたのだ。分からなくても無理はない。

 そのせいか。馴れない感情の暴走と熱気によるストレスが、シャーロットに致命的なバグを引き起こした。

 

 何が何でもこの男を動揺させる。そのために最も効率の良い手段とは何か?

 単純明快。()()()()()

 

「ふんぬっ!!」

「ぶっ!? おまっ、急に何やってんだお前!?」

 

 決断は早かった。シャーロットは勇ましいほど無造作にガバッとシャツを脱ぎ捨てたかと思えば、一切の躊躇なく素肌を暗がりの元に曝け出したのだ。

 

 練り上げられた肢体の最中、濃紺の下着にふよんと収まる柔らかくたわわな双丘。

 それは日の光とは無縁なほど白く滑らかで、さながら雲で象られた白桃のよう────

 

 転瞬、ヴィクターは骨がイッたのではないかと自分で自分を心配するほど全力で首を捻じ曲げた。

 今のシャーロットは明らかに正気ではない。錯乱した少女の肌をこれ役得と凝視するのは、ヴィクターの道理と礼儀に反する行いだ。

 それはそれとして、網膜に焼きついた脳内画像は永久保存した。

 

「ふっはっはー! どうだおっぱいだぞー! 勝ち逃げなんてさせないわよ、顔真っ赤にして慌てふためきなさいこのっ!」

「わ、わかったわかった俺の負けだ! 頼むから服を着てくれ!」

「いえーい勝った勝った、照れさせてやったわよこんちきしょーめ! フフーン、私に勝とうなんざ千年早いってのよエロ猿!」

「だから早く服を着ろっての! 後で絶対後悔するぞ!!」

「別に後悔なんてしないもーん。あなたを慌てさせるためなら肌のひとつやふたつ余裕で晒してやるわよ! それに今は私とヴィックしか居ないんだし、気にする必要なんて何処にも無いしね! んくっ、んくっ、くぁーっ、勝利の美酒代わりのお水が沁みる! アーハッハッハッハ!!」

 

 

 

 

 

 

「……私……どうしてあんな真似を…………」

 

 動乱の夜は更け、ボイラーツリーの雲が恵みの雨をもたらした黎明。

 熱を払う雨粒に頭を冷やされ、森に生じた期間限定の川で水を浴び、ようやく正気を取り戻したシャーロットは頭を抱えてうずくまった。

 

「なんか凄い悔しいし暑いしで頭沸騰しちゃって気付いたらおっぱい出してた……あ、あれじゃただの痴女じゃない……!! 何やってんのよ昨晩の私ぃぃ……!!」

「──良いもん見させてもらいました」

「悟った顔で拝むなバカァッ!! ゼロ秒で忘れろぉっ!!」

「ずぇええ~~~~ってえ忘れねぇ!! 例え記憶失くしてもこれだけは絶対に忘れてやらねー!」

「っ~~~~!! う、ううぅぅぅ~~忘れろぉ~~っっ!!」

 

 

 完全に不貞腐れてしまったシャーロットの機嫌が直ったのは、正午を過ぎた辺りだった。

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