銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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34.「賢者オーウィズ」

「なんだこりゃ……俺は幻でも見てるのか?」

 

 暗闇の先に待っていたのはまさかのまさか、近未来的な秘密基地であった。

 

 埃ひとつ無い真っ白な床が広がっている。円形のフロアが階層となって遥か頂上まで展開されており、各階は螺旋階段で繋がれていた。

 それぞれのフロアには書庫や倉庫のような、目を回すほどの備品の数々が仕分けされている。

 基地の中心では巨大なクリスタルの柱が天辺に向かってそそり立ち、何かしらの電気信号のような明滅を、一定のリズムで上に向かって送信していた。

 

 柱の周辺には数多の薄型モニターや、複数のボタンが付属したパネルにジョイスティック、バルブのような形のハンドルたちが備え付けられている。まるで操作盤のようだ。

 

 隣のロングテーブルでは、謎のケミカルな液体がボコボコと気泡を立てるガラス管の複合物体が鎮座しており、その背後で無数の歯車が接合し合ったアンティークな装置が一生懸命に稼働していた。

 

 宙には魔法陣や星座の立体図らしきホログラムがゆっくりと旋回していて、さながらプラネタリウムのように空間を彩っている。

 

「なんで山の中にこんな施設が?」

 

 果たして誰が、原始時代の洞窟のような入り口から、斯様な中身を想像できるというのだろうか。

 あまりにも規格外なスケールとぶっ飛んだ光景に、思わず見入ってしまうほどだった。

 

「すごい……! 間違いなく賢者オーウィズの研究施設よ! まさかこんなところにあっただなんて……!」

 

 シャーロットは目を輝かせて、両手をぶんぶんと振りながら興奮を露わにした。

 

 元々この島は『純黒の王』による超常の異能と、賢者オーウィズがもたらした魔法技術を結集して作り上げられた隠れ里である。オーウィズの支部が隠されていたとしても不思議ではない。

 もしかするとこの只ならぬクリスタルの柱が、島を現世と隔絶する特殊な断層結界や、浜辺のポータルを安定させている制御装置なのかもしれない。

 

「見てよこれ! 不思議な魔法道具がこんなにたくさん! どれもこれも何に使うのかしら? ううう~、感激! 私、賢者様の大ファンなのよね!」

 

 シャーロットはまるで子供のように、超高度な魔法技術の展覧会場を堪能し始めていく。

 館の書庫で様々な文献を読み漁っていた彼女にとって、知恵を授かった憧れの偉人の研究施設というものは、ある意味夢の場所とも言えるテーマパークなのだろう。

 

 棚の上でプルプルと震えるゲル状の何かをつつくと、人型に変身し淡く発光して踊り始めた。どうやらオモチャの類似品らしい。

 音に反応して様々な形に姿を変える不思議なロープや、人が近づくとピロピロ音を出してアロマのような香りの霧を吹く円柱状のゴーレム、何故か「無毒化済み」のプラカードを下げた人面根菜(マンドラゴラ)が棚の上から手を振っていたりと、無人ではあるものの随分にぎやかな空間だった。

 

「おいおい、そんな不用心に探り回って大丈夫か? 罠とかあるかもしれないだろ」

「罠を仕掛けるならもっと手前に配置してるわよ。侵入者お断りの極秘施設なら、ここまで入り込まれちゃ意味ないもの。それに賢者様って、陛下と共にご先祖様を島へ匿ってくれた恩人なのよ。つまりアーヴェントの味方。イレヴンが敵じゃないって言ってたのは、きっとこういうことだったんだと思う」

 

 そういう事情があるならば、確かにイレヴンの言動とは合致する。

 これほどのマジックアイテムが揃いながら、基地の中枢に足を踏み入れてもアラートの類や結界が作動していないところを鑑みるに、シャーロットの推測通り危険性は低そうだった。

 

 少なくともいきなり武装したゴーレム集団に襲われて排除される……なんてことは起こっていない。

 それでも最低限の注意は払いつつ、そういえば肝心のイレヴンはどこだと、二人は不思議アーティファクトの数々を眺めながら探索を続けた。

 

「驚くほど綺麗だな。千年近く放置され続けた廃墟って感じじゃねえ。だってのに、人が沢山いるって雰囲気でもなさそうだが」

「物品が真新しいのが奇妙ね。最近まで誰かが手入れしてた名残まである。それにこの動くバケツみたいなお掃除ゴーレム……現代と比べても遜色のない技術レベルじゃない。千年前の施設にしては矛盾してるわ。どうなってるのかしら?」

「それはワタクシとマスターがちゃーんと維持管理してたからですネ!」

「ひゃあっ!?」

 

 突然背後に現れたイレヴンに、シャーロットは悲鳴を上げて飛び退いた。

 

「イレヴン! 急に出てきて脅かすんじゃねえ!」

「ホホホホ、失敬失敬。悪戯甲斐のある方を見るとつい癖デ。ほら、なんか人の背後とって現れそうな見た目してるでしょワタクシ。一歩引いて夫を立てるのも上手いのでス!」

 

 驚きっぷりが大層お気に召したのか、支離滅裂な言動と共にケタケタ愉快そうに笑う男。

 しかし一度ならず二度までも気配のケの字すら悟れなかった異常な隠密能力に、ヴィクターは違った意味で肝を冷やされるようだった。

 

「この研究所は我がマスター、賢者オーウィズの発明品たちが施設そのものを自己管理しているのですヨ。しかも自動的にアップグレードされるオプション付キ! まぁなんてお得! 凄いでしょウ? かくいうワタクシも……厳密にはちと違いますが、あのオベリスクこそが本当のワタクシなんですヨー。キャッ! スッピン見られちゃいましたワ!」

 

 陽気にジェスチャーを交えながら、イレヴンは電気的信号を脈動させている柱を得意気に指し示した。

 言っている意味がまるで理解出来ず、ぽかんと口を開けてクエスチョンマークを脳内に繁茂させるヴィクター。

 

 ヴィクターにとって魔法とは、魔力の無い身空のために縁遠く理解し難い摩訶不思議である。が、今回はことさらに脳の処理が追いつかなかった。

 目の前で情緒豊かに秘密基地について述べている男の正体が柱? 意味不明である。

 

 理解を示したのは、顎に手を当てながら黙考していたシャーロットだ。

 

「つまりあなたは一見人間のように見えるけど、体はゴーレムみたいな人工物で、本体の柱から遠隔操作して操ってるアバターって感じなのかしら? 自律思考型の人工知能ってところ?」

「ピンポンピンポン! 80%くらい正解です素晴らしイ! 景品にマンドラゴラをどうゾ。要らなイ? あそウ」

 

 どこから取り出したのか、顔の着いた茶褐色の動く根菜を放り捨てるイレヴン。

 熟れたトマトを叩きつけたような水音ともに、ピギャーッと奇声が聞こえた気がするがきっと幻聴だろう。

 シャーロットもあえて無視しているのか、マンドラゴラの方をかたくなに見ようとしない。

 

「なるほど、どうりであなたの種族が分からないワケね。濃霧の中を補助なしに移動できてたのも納得だわ……。それにしても流石は賢者様! 自動学習して機能を最適化していくアップグレード術式を搭載した道具の数々に、完全自律思考が可能なゴーレムだなんて! 現代魔法工学の重鎮たちがひっくり返るほどの大発明じゃない!」

 

 知る人が見れば大層な偉業らしく、大盛り上がりのシャーロット。

 ヴィクターは完全に脳を溶かされていた。焦点を失った目でクエスチョンマークの海に溺死している。足元にやってきたマンドラゴラがポンポンと脛を叩いて慰めていた。

 

「あー、ところでイレヴン。質問いいか?」

「おや質疑応答ターイムですカ? 少々お待ちを。答弁書、朝ご飯だったもので。ウッ!」

「ちょっとやめてなに急に吐こうとしてるの!?」

「いやほら、ゲロッた方が楽になるって怖い人がよく言うじゃないですカ」

「一から十まで意味わかんない!」

「一理ある。魔力で鞭出してくれシャロ。手っ取り早く吐かせよう」

「どこに理があったってのよ!? アンタまでペースに呑まれるな馬鹿!」

「ヘイカモン! レディ! カモン!! ワタクシ準備万端! ハーリー!」

「ひぃっ、お尻突き出してくるな気持ち悪い! 本当にシバくわよ変態!!」  

 

 ぞぞぞっと背筋を這いずる悪寒に後退り、シャーロットは虫を見るような侮蔑の目を向けて罵倒した。

 

 今までに無いタイプの奇人に頭がおかしくなりそうだった。言動全てが滅茶苦茶で脳が融解している。脊髄でしか喋れない生き物なのかと疑うほどに。  

 ピエロと執事を合体させたキメラのような容姿も相まって、その混沌さに拍車がかかるというものだ。

 

「ほらほら聞きたいことがあるんでしょウ? あーあーご褒美くれなきゃ思い出せないですネ」

「だそうだ。鞭ンディーバやってやれ」

「絶対イヤよ魔剣を何だと思ってるの」

「レディが踏んでくれたら財宝の在処まで全部喋れそうでス」

「だそうだ。景気よく踏んで一財産稼ごうぜ」

「お願いします麗しの姫君! それで救われる命があるんでス!」

「全員ぶっ殺すわ」

 

 馬鹿罪により二人は処刑された。墓標はタンコブだった。

 

「なんか俺、お前と仲良くなれそうな気がするよ」

「まぁ奇遇! 友情ソウルがビンビンですワ!」

「俺ヴィクター。よろしくなブラザー」

「気安くブラザーとか呼ばないでくれますカ? 失礼ですよ貴方」

「テメエこの野郎ッ!!」

「上等です尻相撲で決着つけましょウ! はっけよイ!!」

「もうやだ帰りたい……リリンに会いたいよぉ……」

 

 すんすん泣くシャーロット。足元には屍が二つ転がっている。決め手はアーヴェント流おだまりビンタだった。

 大きな紅葉と一筋の鼻血を携えながら、イレヴンは真剣に表情筋を固めて二人と向き直る。

 

「時は金でス。そろそろ真面目に話ましょウ」

「誰のせいだと思ってんの?」

「質問の見当はおおよそついてますヨ。この基地はいつから存在するのカ? 何故貴方たちのことをワタクシが知っていたのカ? お二人を呼んだのはワタクシなのカ? ……そんなところですネ?」

「ああ。そんなところだ」

「順を追って答えましょウ。このラボは島が出来た当時……つまり、アーヴェントが移住した千年前から存在していまス。しかしながら貴方がたを知ったのはつい最近のことでス。実はワタクシ()()、千年近く休眠しておりましテ。先日『純黒の王』の骸に起こった異変の余波で目覚めたのですヨ。心当たりハ?」

 

 問われて、ヴィクターは包帯にくるまれた己の腕を見る。

 イレヴンの言う異変とは、間違いなくこの腕を手に入れた日のことだろう。

 死の淵に瀕した生贄(ヴィクター)に霊廟で眠る王の亡骸が同調し、純黒の腕と心臓を授けた時だ。それしか考えられない。

 

「どうやらあるみたいですネ。そんなわけで、目が覚めたワタクシは異変の正体を探るべく、まず生体素材で義体を作成しましタ。それがこの体。で、貴方がたのことを陰ながら調査していたのでス」

 

 直接姿を現さなかったのは、無用な混乱を避けるためだったのだろう。

 ただでさえ裏切り者の存在で酷く荒れていた頃合いだ。そんなタイミングでイレヴンが顔を出そうものなら、混沌とした状況に陥ってしまうなど火を見るより明らかである。

 

「でも休眠してたからって、私たちアーヴェントに存在を隠してたのはどうして? ご先祖様と敵対してたわけじゃないんでしょう? わざわざ秘匿に徹して遠ざけていた理由は何?」

「色々と事情がございましてネ。なんというか、保険だったのでス」

「保険……? 何の保険だ?」

「それについては、ワタクシよりマスターからお聞きした方がいいでしょウ」

「────ちょっと待って。あなたのマスターってことはつまり」

「お察しの通り、賢者オーウィズ本人でございまス!」

 

 言いながら、イレヴンは柱のレバーをひとつ傾けた。

 応じるように足場が揺れる。大きな動作音を連れながら、三人の立つ床が浮かび上がったのである。

 それは柱を軸とするエレベーターのように、ぐんぐん頂上へ向かって上昇を始めていった。

 

「嘘でしょ……? 有り得ないわよそんなの! この施設や発明品が残ってるだけでも奇跡なのに、本人が存在してるですって!?」

「オーウィズって千年以上前の人物なんだよな? んなバカな話があるか。とっくの昔に死んでるはずだろ」

「ホホホホ。マスターはこの世で最も死から縁遠い人間なのですヨ。嫌われてるさえ言えまス。まぁ論より証拠、ご自分の目でご確認くださイ」

 

 ふと、いつまで経っても頂上にすら辿り着いていないことに気付く。

 

 過ぎ行く景色からして相当なスピードで上昇しているはずなのに、不思議と重力を感じない。

 この施設が山の中にあるとしても、標高的に到着していなければおかしい頃合いである。

 

 そんな折、不意に一帯が夜のような闇に包まれた。

 足場と柱に備わった操作盤だけが淡く発光し、三人を白く照らしている。

 トンネルの中を凄まじい速度で突き進むような光の尾が壁に現れ、それが一際強く輝いて消えたかと思えば、ゴゴンッと床が音を立てて静止した。

 

「到着でス」

 

 イレヴンの示す先には、暗闇の中でポツンと存在する棺のような物体があった。

 青白い光を薄ぼんやりと帯びたソレに、促されるまま恐る恐ると歩み寄る。

 先陣を切って中を覗き込んだヴィクターは、「いっ!?」と声を引き攣らせて後退った。

 

 ミイラだ。人間のミイラが眠っていた。

 

 それも干乾びた死体ではない。惨たらしい姿に変わりはないが、信じ難いことに生きているのだ。

 皺まみれの肌にはまだ水分があった。骨と皮だけの、枯れ木に皮膚を貼り付けたような見るに堪えない有様でありながら、それは確かに呼吸し、血が通い、はっきりと生命活動を保っていたのである。

 

 頭部におびただしく繋がれている薄桃色の血管じみた触手は何なのか、ヴィクターにはまるで想像もつかない。

 ドクンドクンと脈打つ管はこの人物に寄生しているようで、しかし命を繋いでいるようにすら見える。

 

「い、生きてるのか? これで? こんな姿になっても!?」

「勿論。マスターにとって重要なのは、脳が健全に機能しているかどうかですのデ。ある目的を達成するため、肉体の維持を最低限に留めながら千年間ここで演算を続けているのでス」

「信じられない……こんな姿になってまで達成したい目的って一体なに? 演算ってなんなのよ?」

「それは言えませン。マスターに禁じられておりまス。ので、そろそろ起きてもらいましょウ」

 

 棺のそばへ移動したイレヴンは、何の躊躇もなくミイラに絡みついていた触手の束を引き千切った。

 透明な液体が飛散する。手放された触手はミミズのようにのたうちながら、闇の中へと引っ込んでしまう。

 

 異変はすぐに起こった。急激に青ざめたミイラが痙攣を始め、死戦期呼吸のようなゾッとする息吹を繰り返したかと思えば、ぷっつりと糸が切れたみたいに静まり返ったのだ。

 瞬間。閃い光が炸裂した。それは轟々と燃え盛る蒼天のような炎となって、ミイラを包み込んでしまう。

 

「ちょっ、ちょっと燃えてるんだけど!? 早く消さなきゃ──」

「ご安心くださイ。これで良いのでス」

 

 消火しようと飛び出しかけたシャーロットを腕で堰き止め、イレヴンは薄く笑いながら首を振った。

 

「我がマスターはこの世で唯一、不死鳥の因子を自らに適合させた不死者(ノスフェラトゥ)でありまス。この青い炎は再生の焔! 死した肉体を再構築し、新しい体となって生まれ変わる過程なのでス! それでは皆様ご照覧あれ、灰の中より蘇りますは宙の大智、賢者オーウィズ! 千の時を経て幕開けを迎える、まさに世紀の復活劇にございますれバ! ホーッホホホホホ」

「うあ~、寝起きからうるっさいんだよ君は~っ!」

「おォン鳩尾にブッ刺さる大激痛(ハレルーヤ)ッッ!!」

 

 仰々しい高笑いを轟かせていたイレヴンが、棺の中から罵声と共に飛び出してきた魔弾に襲われ、エビの如く「く」の字に曲がって吹っ飛んだ。

 

 呆気に取られたのも束の間。イレヴンを倒した白く輝く光玉が床の中へと吸い込まれると、それが暗黒空間全域に染み渡っていくように、一帯へ光源をもたらしていく。

 

 どこを見ても真っ暗で、薄ぼんやり発光する棺以外なにも存在しなかった暗闇の帳が、瞬きをする間に白く清潔な実験室らしきラボの中へと早変わりしてしまう。

 

 のそり、と。

 棺から起き上がる、人の体。

 

「うぅ~ん……よく寝た。いや、生理学的に言えば睡眠じゃあ無いな、虚数三次元構造体の組成式を演算していたのだから……。まぁ長らく稼働しなかった肉体をまるっと再生(リザレクション)したんだ、これはもう過分なほどの熟睡を経た後と言っても過言ではないだろう。君もそう思わないかい? 筋組織が目まぐるしく発達した少年」

「へ? あ、ああ」

「だろう? つまりボクは寝起きなのだから、例え新品になったばかりの垢一つない体であっても身支度を整えなくちゃならないわけだ。ええと、鏡はどこだったかな?」

 

 大きく伸びをしながら早口に捲し立てたのは、ダボダボの古びた白衣に身を包むうら若い少年──いや、中性的な少女だった。

 

 灰を被ったようなグレーのウルフカット。病的なまでに白い肌。

 翡翠の瞳はヤギのように水平で、海の底に揺蕩う集光模様のように爛々と光り輝いている。

 目元を縁取る濃い隈は少女の微笑みにうっすらと仄暗さを与え、身に纏う丈の長い白衣と合わさって、どこか退廃的な科学者のような雰囲気を醸し出していた。

 

 少女は棺から身軽に飛び出ると、おもむろに傍の壁へ歩み寄ったかと思えば、指を押し当てて何かを描き始めた。

 刹那。硝子が弾けるような高周波が甲高く響き渡り、突如として壁が姿鏡のように少女を反射し始めたではないか。

 

「ふゥン、顔は良いねえ。耳と鼻の形は気に入ったよ。でも唇はもう少し厚めが良かったかなぁ? ……こほん。あー、あー、らららー……うん、声もボク好みだ。()()()()は概ね満足かな」 

 

 ペタペタと自分の顔に手を触れ、喉の調子を確かめるように声を出す少女。まるで自分の姿を初めて目にしたかのような口ぶりだ。

 

 死体同然のミイラがいきなり若返った挙句、何事も無かったかのように一人で歩き始めたばかりか、自分の体についてレビューしだす始末。

 異常事態の大洪水に呑み込まれ、二人はただ呆然と瞬きを繰り返すことしかできなかった。

 

「しかし隈が酷いな、顔色なんて屍そのものじゃないか。いくら再生したばかりでも、千年間ロクに栄養を取らなきゃこうもなるか。……おや? まずいぞ、錐体細胞に異常があるらしい。ボクの目だと髪が灰色に映ってるんだけど、そこの美しいお嬢さんにはちゃんと綺麗なブロンドヘアに見えてるだろう?」

「いえ……灰色です」

「嘘だぁーっ! 今回も金髪じゃないのか!? しかもよりによって灰色とは! これじゃあ折角若い体なのに年寄り臭く見えてしまうじゃないか! うう、あと何回再生(リザレクション)したら憧れのブロンドを手に入れられるんだろう……気が滅入るよ……」

 

 自分の髪色が心底気に食わないのか、わしわしと髪を掻き混ぜてがっくり項垂れる中性的な少女。

 

 いや、ただの少女で片付けて良い人物ではない。

 イレヴンの言葉が正しければ、棺の中から目を覚ましたこの奇天烈な女は、千年の時を経て蘇った伝説の魔法使い、賢者オーウィズに他ならないのだから。

 

(おいシャロ、こいつ本当に伝説の魔法使い様なのか? 変な女にしか見えないぞ)

(そんなの私だって分かんないわよ! でも見たでしょ? 実際にミイラから蘇ったところ。賢者様が不死の研究をしてたって話も実際あるし、あんなの目にしちゃったら多少信じざるを得ないじゃない)

 

 噂止まりなのは、ソレに関する資料が丸ごと消失してしまっているからだ。

 オーウィズが手掛けた数多の研究資料や成果物は、そのほとんどが学問の礎として現代までしっかり継承されている。

 

 だが不死の研究に関するものだけは、『オーウィズは不老不死の実現を目指していた』という口伝を除き、全て失われてしまっていた。

 

 それが本人の意図によるものなのか、第三者の手によるものかは一切不明だ。

 しかし失われた賢者の研究という歴史の浪漫は、様々な憶測を掻き立て続けた。十人十色の解釈で生まれゆく俗説の中には、オーウィズは不死の技術を完成させたものの、生命に背く禁忌が広まることを恐れて焚書を施したのではないかという一説もある。

 

 もし、それが真実だったとしたら。

 目の前で起きた理解不能な復活劇が、イレヴンの言う通り不死の研究による産物なのだとしたら。

 この女性の正体は、やはりオーウィズだという無二の証明になるのではないか。

 

「へぷちっ。うぅ、寒い。流石に襤褸切れ一枚しか羽織るものがないのは堪えるな。ちょっと着替えさせてくれたまえ。……ん? というかそこの君、ひょっとしなくてもアーヴェントじゃないか? おお! こうしちゃいられない、すぐ済ませなくては! ──『■■■■■』」

 

 人間の聴覚が捉えきれないほどの一瞬で唱えられた呪文と共に、パチンと弾かれる指の空砲。

 その合図を聞きつけてか、どこからともなく無数の布地や針、糸の群れが飛んできた。

 

 それらはオーウィズを指揮者とする楽団のように、悠々と泳ぐ賢者の指に従いながら、色とりどりの衣服を目まぐるしい速さで仕立て上げていく。

 洗練。素人目に見てもあまりに卓越した魔法技巧は、一気に場の空気を鷲掴んだ。

 光の下で無邪気に指を振るい、裁縫道具を役者に、生まれては舞う服飾たちが織り成す演劇は、御伽噺の世界に放り込まれたような光景を二人の前に展開した。

 

「な、なんだこりゃ? どうなってんだ、魔法でイチから服を作ってンのか?」

「そうだよぉ。昔は服が高価でねえ、下積み時代はよくこうして自作したものさ。今も伝わってるかは知らないけど、仕立ての魔法の原版(オリジナル)だよ。どうだいどうだい? 凄いだろう?」

「わぁ……! 魔力操作も術式の展開レベルも桁違い過ぎる! こんなの真似出来っこない……!」

「フフーン。そうさ、ボクは凄い魔法使いなのさ。もっと賛美を聞かせてくれたまえ」

 

 そうして出来上がった多種多様な衣装が、灰髪の少女を中心に円を描いて旋回し始めた。

 

 顎に手を当てながら、ほうほうと吟味を重ねていくオーウィズ。

 すると突然、何の躊躇もなく纏っていた白衣を脱ぎ捨てたものだから、ヴィクターは独楽のように全力で回転して座禅を組んだ。

 

 背を向ける最中、シャーロットがこちらへ電光石火の如く飛び掛かりかけていたところを垣間見て、もし判断が遅ければ何が起こっていたのかと冷や汗を流す。

 

「うん、偉い偉い。大丈夫になったら教えてあげるから、そのまま後ろ向いて待ってなさい」

「くくっ、気を遣わなくたっていいのに。見られたところでどうも思わないさ」

「本当ッスか!?」

「振り向くなって言ってんでしょうがエロ猿~~っ!!」

「グワーッ!! 何だこのヘッドロック腕に鉄骨でも入ってんのか!?」

 

 しばらく。あーでもないこーでもないと服をポイポイ放り捨てた末、ようやく納得のいくコーディネートが完成したらしい。

 

 眼鏡をかけている。上着は濃紺のブレザーにブラウンのチェスターコートを重ね、シャツに深緑のネクタイを締めていた。

 下半身は丈の短い黒チェックのスカートとストッキングに覆われており、お供にアンティークな革靴も履きこなした、脚線美を活かすコーディネートに仕上がっている。

 全体的にシックなシルエットで纏まっていた。どことなく、ベテランの探偵らしき雰囲気が感じられるようだ。

 

「お待たせー。君たちの服を標本に現代のデザインを予測して仕立てたのだけど、どうかな? 違和感はないだろうか」

「ええ、とても似合ってますよ!」

「くっくっ、それは重畳」

「お洒落ですよぉマスター! 絶妙な若作り感が良い具合に加齢臭を隠してまス!」

「そうかそうか。もう死んでいいよクソ執事」

 

 イレヴンは景気の良いローを腿に貰って死んでしまった。魔法じゃなくて物理で行くのかと、ヴィクターはキレキレな足技に戦慄を覚える。

 

「一服良いかい?」

 

 再びオーウィズがくるくると指を回した。またしても何処からか小さな箱が飛んできて、彼女の手の内にすっぽりと収まる。

 中から取り出したのは小さな棒だ。ただの手巻き煙草のように見える。

 人差し指に小さな火を灯して着火すると、口に食んで紫煙をゆっくりと吐き出した。

 

「大丈夫、見た目は煙草っぽいけど煙草じゃないよ。そも、厳密には煙というより蒸気に近い。害はないし香りも服に着かないから安心してくれたまえ。なんというか、匂い消しみたいなものでね。体質上必要なんだ」

「すんすん。確かに煙たさがないな。なんだろう、甘いハーブみたいな? どことなく清涼感のある匂いがする」

「マビキ草という薬草に竜鱗の粉末を金凝油(きんぎょうゆ)で調合したものでね。昔は魔物除けなんかに使われてたんだよ」

「ゲェホゲホッ!! ゲヘッホッホッ!! うーん臭イ! めっちゃ臭イ! 肉体を持って初めて感じるこのトンデモ刺激臭! 消せ老害!!」

「すまない二人とも、このクソ執事ちょっと頭がアレでさ。無礼な時は遠慮なく躾けてくれて構わないからね」

「マ"────ッ!! 未知!! 未知の方向に肘関節が曲がっておりまス!! 大激痛(マーベラス)!!」

 

 流れるようなアームロック。イレヴンは四度死ぬ。

 放り捨てられる遺体。もはや誰一人イレヴンに見向きもしなくなっていた。段々この男の扱い方というものが分かってきたような気がする。

 

 苛立ちを煙に混ぜて吐くオーウィズに、シャーロットはどこか緊張した様子で体を強張らせながら、恐る恐る訊ねの言葉を投げかけた。

 

「あ、あのっ。あなた様は本当に、あの賢者オーウィズ様であらせられるのですか?」

「そうだよぉ。この世でオーウィズの名を名乗っていいのは正真正銘ボクだけさ。しかし意外そうな顔だね? もしかしてイメージと違ってたかい? くっくっ」

「そう、ですね。想像上のお姿と違ってビックリしちゃいました。賢者様のお姿に関する資料は肖像画も彫刻も全然バラバラで、今でも大きな謎になってるんです。実は豊かな髭を蓄えた男性像が世間一般の共通認識になってるんですよ」

「本当かい? ッハハハハ、面白い! まぁこの通り、ボクは少々特殊でさ。肉体が生命活動を停止すると新しく再編成されるせいで、死ぬたびにちょっぴり見た目が変わるんだよ。多分それの影響なんだろうね。いやしかし、千年後のボクはヒゲモジャのおじさんかぁ。くっくっく、ある意味蝶の羽ばたき効果だね、コレは」

「まさか賢者様にそんな秘密があったからだなんて……! お会いできて本当に光栄です!」

「よしてくれ、畏まられると痒くなるんだ。気軽にオーウィズと──いや、名前は後々不都合か。そうだな、博士とでも呼んでくれたまえよ。敬語もいらないから」

「そんな、出来ません! 恐れ多過ぎます! 私、子供のころから賢者様の大ファンなんですから……!」

 

 ほほう? と上機嫌そうに目尻を下げながら、オーウィズは景気よく煙を吸う。

 

「ということは、著書の愛読者くんかい? いやあ、その若さで魔導力学の理論体系に興味があるとはねえ! 勉強熱心で感心感心」

「もちろん学問の方もなんですけど、賢者様が執筆された恋愛小説が本当に本当に大好きで!」

「…………恋愛小説?」

 

 鳩が豆鉄砲、いや、迫撃砲でも喰らったような顔。

 まるで身に覚えがないらしい。文字が顔に出るとは、こういうことを言うのだろうか。

 オーウィズは顎に手を当てて首をかしげながら、記憶の底を探るように頭を捻った。

 

「うーん? そんなもの書いた覚えなんてないけどなぁ。ボクが世に出したのは全て学術書の類で──」

「『証明不可の病』シリーズの中でも、特に『失恋試薬a,b,c』がすっごく好きなんですっ」

「……………………………………………………今、なんて?」

 

 一瞬、オーウィズの時間が冰の中に閉じ込められたみたいに凍結した。

 

 余裕綽々としていたオーウィズから笑顔が消える。

 心臓を絞られたみたいに血の気が引き、額からじわりと冷や汗の滝が流れ出して。

 マビキ草を握る手が、唇が、どういうわけかカタカタと震え始めていた。

 

 地雷を踏み抜かれた感じではない。

 なにか、自分にとって最悪の事態が目の前まで迫っていることを察しかけているかのような、そんな絶望に塗れた表情だった。

 

 完全に蚊帳の外で放置され、マンドラゴラやイレヴンと遊んでいたヴィクターも、異変を醸す雰囲気に思わず目を向けてしまう。

 

「すぅーっ…………はぁ……えっと、はは。困ったなぁ、どうも聴覚器官にバグがあるらしいぞこの体。蝸牛が絶対に聞こえてはいけないワードを神経信号に誤変換してしまったみたいだ。もう一度言ってもらえるかい?」

「? えっと、『証明不可の病』シリーズですよね。『瞳色のフラスコ』、『透過率100パーセントの悪魔』、『失恋試薬a,b,c』、『花束/ストラクチャー』の全四巻」

かひっ

「今でもベストセラーのひとつとして幅広く愛読されてるんですよ。孤独な天才学者と剣の道しか知らない不器用な戦士の、何もかも逆さまでチグハグな二人を描いたラブストーリーで」

「ウワ──────────────ッッッ!!!!!」

 

 突然、奇声と泡を吹きながらぶっ倒れるオーウィズ。

 何が起こったのか分からないシャーロットとヴィクターは、戸惑いながら視線を合わせて眉をひそめた。イレヴンは何故か腹を抱えて爆笑していた。

 

 顔面から墜落したままピクリともしなかったオーウィズは、全身をブルブル震わせながら、悲痛をこれでもかと押し込んだ渾身の絶叫を張り上げる。

 

「だっ、だだだっ、誰だぁーっ!? ボクが眠ってる間に、かっ、かかかかっ、勝手に人の黒歴史ノートを暴いたばかりかっ、本にして売り出しやがった最低最悪の外道はぁーっ!? こんなのっ、魔王(マグニディ)より残酷で惨たらしい拷問処刑じゃないか!! 断じて許されるべき行為ではないよ!! ふざけるなホントふざけるなよバカ野郎────っ!!」

「ぶひゃ──っはっはっはっはっはイ────ヒヒヒヒヒヒヒヒホホホホホホハハハハハ!!」

「お前か!? お前がやったのかクソ執事!?」

「いひひひひっ、いえいえ誓ってワタクシではございませン! あの二人のことを調べるついでに、現代についても調査しようと彼らの住まいの蔵書を洗ってたら偶然マスターの夢小説拝見しましてネ! こりゃ目覚めたら超面白いことになりそうだなと楽しみだったもので、おかしくておかしくてつい、ヒヒヒヒ!」

「本ッッ当にイイ性格してるな君はっ!! ちくしょうちくしょう誰だよぉーっ!! 誰がやったんだよもぉーっ!!」

 

 行き場の無い羞恥と怒りを模範的な地団駄で爆発させるオーウィズ。

 

 千年ぶりに目が覚めたと思ったら、若気の至りで情熱のまま書き殴ったヒミツのノートが書籍化された挙句大勢に読まれていた。

 夢を通り越してこの世の終わりみたいな状況だろう。オーウィズの精神が嵐のように搔き乱されたとて何ら不思議なものではない。

 

「こっ……殺してくれえ……死なせてくれよぉ……何でボク死ねないんだよぉ……ぐすっ……くそお……こんな仕打ちあんまりだ……何で島に来る前に燃やしてかなかったんだ千年前のボクのアホバカマヌケぇぇ……」

「あの、元気出してください。本当に面白くて、ミュージカルの金字塔にもなってるくらいなんですよ。とっても大好評なんです」

「シャロ、多分それフォローじゃなくてトドメだ」

「呼吸止まっちまいましたねェ!」

 

 屍である。また青い炎を噴いて再生(リザレクション)しそうな勢いだった。

 

「うーん、死亡確認! こりゃ一週間は使いものになりませんナ。残念ですがお二人とも、ちょいと日を改めまてもらえますカ? 積もる話もあることですし、腰を据えてからの方がいいでしょウ! ああ、今度はこちらからお宅へ伺いますので山登りの方はご心配無ク」

「それは構わないんだが……その、大丈夫か?」

「さァ? お湯でも掛ければ元に戻るのでハ? そんな事より、こんなクッソ情けないマスターの姿拝める機会なんて滅多にありませんからネ! 各種記録媒体に保存しておかなきゃ大損も大損で」

 

 

 研究施設中に野太い絶叫が轟き奔り、イレヴンは五度目の死を迎えた。

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