銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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38.「冠接ぎ」

「結論から言うと、王を復活させるためには冠接(かんむりつ)ぎの器を集める必要があるんだ」

「博士がノノの抱き枕に話しかけてる……」

 

 王を復活させる方法が見つかった──そんな眠気も吹っ飛ぶ驚天動地を朝一番にリリンフィーから告げられ、案内のもと辿り着いた先に待っていたのは、特大抱き枕に向かってがっくんがっくん船を漕ぎながら喋り続ける異様な女の姿だった。

 

 いわく七日間の徹夜敢行。例え不死身であっても、致死量の疲労が脳に蓄積すれば正気を失って当然だ。

 

「えっと、とりあえずお休みになられては? 目とか手足とかもろもろ痙攣してますけど……」

「心配ご無用だともシャーロット君! こちとら不老不死だぜぇ? たかが睡魔如きに後れをとるわけ無いってうわぁ何だこの枕ボクの顔から離れないぞ!?」

「ふふん。ノノ自慢のお昼寝セット。誰も逃げられない」

「ああああ、やめたまえノノ君! 駄目だよそんなっ、干したての毛布なんか掛けられたら誰も勝てるわけが……ああ……お日様の匂い……」

「完敗じゃねーか」

 

 無理もない。三度の飯よりお昼寝大好きなノノが、初めてのお給金を全て突っ込んで手に入れた至高の寝具、綿雲羊の毛をふんだんに使った特製安眠枕と毛布なのだ。

 その効果たるや凄まじく、まるで身を雲に埋めるかのような夢見心地のふかふかっぷりは、オーウィズを一瞬にして眠りの海へと撃沈せしめたほどだった。

 

「大往生って感じだな」

「よっぽど疲れてたのね。そっとしておいてあげましょ」

「んぅ。ノノもノノも」

 

 どさくさに紛れてノノもオーウィズの毛布に潜り込んでしまった。

 子供体温のゆたんぽまで追加され、もはやその快眠性能は計り知れない。館が崩れでもしない限り目覚めそうにないほどである。

 

「ではでは、マスターに代わりましてワタクシがご説明いたしましょウ。涎を垂らし散らす我が主のだらしねえ御尊顔でもツマミにしながらご清聴くださイ!」

 

 どこからともなく浮遊する石板を携えてやってきたイレヴン。

 意気揚々に筆を取り出したかと思えば、カカカカッと軽快な音を走らせて何やら石板に描きこみ始めた。

 

 絵だ。真っ黒な人間が椅子に座っている絵だ。

 矢印で「おうさま」と補足されているところから、地下で眠る『純黒の王』のことだろうか。

 

「お嬢はご存知かと思いますが、今のおうさまは端的に言うと抜け殻でありまス」

「誰がお嬢よ」

「肉体を何重にも封じられ、魂を引き剥がされ、物言わぬ塊になっているのでス。しかし死んではおりませン。いわば仮死状態なわけですネ」

 

 そばに翼を生やして飛んでいく人魂の絵が付け足される。肉体から魂が離れている比喩らしい。

 

「おうさまを復活させるには肉体に魂を戻す必要がありまス。ですが、おうさまの体はボロボロもボロボロでもはやどうしようもありませン。そこでアーヴェントたちは、新しい器を用意して魂を移植しようと考えましタ」

 

 その唯一の成功例が貴方でス、とイレヴンはヴィクターを指し示した。

 彼の言う通り、ヴィクターには『純黒の王』の器に変わる資格がある。その証こそ、包帯に巻かれた漆黒の両腕に他ならない。

 

 かつてエマに腕と心臓を破壊された刹那、欠損した肉体が『純黒の王』のものへと転化されたことでヴィクターは一命をとりとめた。

 

 転化の原因──即ち、何故ヴィクターが贄の適性を示したのかは未だに不明だ。

 

 歴代のアーヴェントが誰一人として掴めなかった王器の資格。

 一族千年の悲願に等しいそれを、アーヴェントの血縁でもなければ魔力すら持たない男が示した特異性は、オーウィズの分析を持ってしても不透明のままである。

 

 しかしこの問題は、今となっては完全に沈静化の一途を辿っていた。

 言わずもがな、現代当主であるシャーロットにヴィクターを生贄にする意志など皆無だからだ。

 

「まぁ誰一人として賛成しないでしょうが、彼を贄に捧げるやり方は却下ですよネ?」

「当然。誰かが犠牲になる方法は絶対ダメ」

「であれば、復活の儀式には別方向からアプローチを仕掛けねばなりませン。そんなわけでマスターが考案したのが、冠接ぎの器による新しい肉体の創造なのでありまス」

「その冠接ぎの器ってのは何だ?」

 

 聞き慣れない言葉を問い返せば、お答えしましょウ! とイレヴンが力強く教鞭を叩いた。

 応じて目にも止まらぬスピードで石板に筆を疾走させていく。描かれたのは5つの物体だった。デフォルメされているが、兜や鎧、剣などの武具の類に見える。

 

「以前マスターが魔力因子の法則についてお話したのは覚えてますカ? はいヴィクター様!」

「へ? あーえっと、魔力には宿主を記憶する能力がある……ってやつか?」

「正解! ちゃんとお勉強しているようですね素晴らしイ! それでこの法則、もちろん黒魔力にも当てはまるわけでしテ。非ッッッッ常に複雑煩雑アタマ爆発な術式が必要ですが、膨大なおうさまの魔力さえ掻き集めれば、肉体を複製することも可能となるのですヨ」

 

 ──つまるところ、オーウィズが缶詰めになっていた理由がこれだった。 

 魔力に宿る記憶因子の応用、人体錬成術式の構築。

 王の魔力を掻き集め、それを素材に新たな肉体を創造するという前代未聞の荒業である。

 

 ありえない。そう異を唱えたのはシャーロットだった。

 

「ちょっと待って、話が無茶苦茶過ぎる! 魔力だけを触媒に生身の体を創るですって? いくら賢者様でもそんな、人造生命(ホムンクルス)の製造とはワケが違う!」

「おねえちゃんおねえちゃん、それってそんなに凄いことなの?」

「例えるなら海水を集めて別の海を作ろうとしてる感じ。お魚も海藻もそっくりそのまま」

「? ??」

 

 ぽやんと小首を傾げる妹に、化石を集めて生きてる古竜を作ろうとしていると例え直していたが、ヴィクターもいまいちピンと来ない。例えが独特すぎやしないかと思う。

 

 ともあれ、イレヴンの断言っぷりからして嘘を吐いているわけではないらしい。

 シャーロットからしてみれば机上の空論、与太話も良いところの様子だが、彼の口振りからして条件さえ整えば実現可能なところまで煮詰められたようだ。

 

 ぐるぐる目を回すシャーロット。そんな姉の様子を、膝の上で抱っこしているコロロと一緒に真似するリリンフィー。

 

「で、でも仮に実現可能だとして、必要な魔力が無いわ。千年も経ってるのよ? 陛下本人の魔力なんてどこから調達すれば」

「ですから、冠接ぎの器を集めるのでス」

 

 はいここ注目、とイレヴンが石板を筆で叩く。先ほど描いていた武具のイラストだ。

 兜、外套着きの鎧、両篭手、具足、剣と盾。王の持ち物らしきそれが、冠接ぎの器というものなのだろうか。

 

「最初に言いましたように、かつて『純黒の王』はアレン=アーサーと『白薔薇の聖女』率いるマルガンの連合軍に討たれ、マスターですら解除不可能な多重封印を施されたうえに、魂を引き剥がされ抜け殻にされてしまいましタ」

 

 しかし裏を返せば、とイレヴンは繋げる。

 

「連合軍の力をもってしても王を完全消滅させることは叶わなかったのでス。せいぜい力を分断させ、封印するのが関の山。では分けられた力はどこに行ったでしょうカ?」

「その武具に、ってことか?」

「正解花丸100点デース! 彼らは王の所有物を封印の器とし、そこに力を閉じ込めましタ。正真正銘『純黒の王』の魔力をでス。それは千年経った今でも変化することなく、器の中で生きていまス。地下の遺骸のようにネ!」

 

 力を封入された武具たちは、手にした者へ恐るべき王の権能を授ける宝具となった。全てを揃えた暁には、『純黒の王』全盛の王威を戴冠するのだとか。

 しかしそれは人の身に余る代物。天蓋領の前身たる連合軍によって世界各地の『禁足地』へと封印され、今なお厳重に守護されているという。

 

「もうお分かりですネ? おうさまを蘇らせるためには、世界中に散らばった冠接ぎの器を集める──いいえ、取り戻さなければならないのでス」

 

 石板を亜空間へと仕舞いながら、イレヴンは言った。

 

「しかし当然、物事には順序ってモンがありまス。器の場所を突き止める情報収集はモチロン、火の中水の中森の中、ありとあらゆる『禁足地』に足を運べるようにならねば話になりませン!」

 

 それも天蓋領の目を掻い潜ってネ! と無茶苦茶な条件を着け足しながら、道化染みた笑顔で他人事のようにイレヴンは宣った。

 

「というわけで、当面の間はギルドの依頼を沢山こなしましょウ。階級を上げて探索可能な禁足地を広げるのでス。さすれば自ずと、情報もやって来ますからネ!」

 

 

 人類生活圏の外側に存在する『禁足地』では、通常手に入ることのない有益かつ特異的な資源の数々が眠っている。

 千年果花はその筆頭だ。リリンフィーを蝕むエマの呪いを容易く解いた世界樹の花雫は、立派な『禁足地』の恵みと言えよう。

 

 だがしかし、安易に立ち入ることが叶わないからこその『禁足地』なわけである。

 まず大きな危険を伴う。特殊な気候、地形、生態系で織り成される極めて過酷な大自然は、侮りをもって挑めば最後、無慈悲な洗礼が情け容赦なく来訪者の命を刈り取ってしまう。

 

 それでも人類はたくましいもので、試行錯誤の末に数多の探索法を導き出した。ここ千年の間で、『禁足地』に対する理解は飛躍的に向上している。

 だが安全な探索法で危険を排せたとしても、敬意なき開拓は環境を摩耗させ、土地の魔力を奪い、魔物の発生率を上昇させてしまう。

 

 それらの問題を避けるため、『禁足地』の秩序として生まれたのがギルドという管轄組織なのだ。

 依頼の仲介、会員制導入による探索者の管理および人材の選抜、探索者の『禁足地』流入数の調整などなど、その業務は多岐に渡る。

 

 そんなギルドで採用されている機構のひとつが、階級制度なのだ。

 

 探索者の能力、依頼達成率、探索実績、人格といったスコアを評価した、『銅冠級(ブロンズ)』に始まり、『星冠級(アステル)』を頂点へと据える七つの階位。

 昇級すればするほど受注可能な依頼幅が広がり、探索許可が下りる『禁足地』の範囲も広がっていくというシステムである。

 

(俺の階級は『銅冠級(ブロンズ)』だ。まだまだ手の届く範囲は狭い。少なくとも『金冠級(ゴールド)』くらいにゃ上がらねえと話にならねえ)

 

 ヴィクターの階級では、人類生活圏とほど近い『禁足地』しか探索許可は下りることがない。

 例外として黄昏の森の時のように、『白金冠級(プラチナ)』であるシャーロットが同伴すれば活動領域を広げることは可能だが、無論限度は存在する。

 

 少なくとも冠接ぎの器を探すためには、ザルバと同じ『金剛冠級(ダイヤモンド)』まで昇格することが最低条件だった。

 であれば必然、実績と経験を積む以外に道は無い。

 

(時間はかかるだろうが、まずはコツコツやっていくのが一番か。ランクアップには人格面も評価されるらしいし、焦ってドジ踏んでマイナス着けられたんじゃお笑い草だ)

 

 捉えた目標を離すまいとするように、ヴィクターは拳をぐっと握り込んでいく。

 

(よーし! 明日からバンバン働いてジャンジャン登り詰めてやろうじゃあねーの! へへ、燃えてきたぜ)

 

 気合十分と奮い立つ。

 やはり目標が見つかるとやる気も湧いてくるものだ。特にヴィクターは顕著である。何もやることが無い宙ぶらりん状態だと、どうにも調子が上がらない。

 

 黄昏の森から帰還して以降、鍛錬以外さして目標も無くエネルギーを持て余していたが、階級のランクアップという新しいミッションに費やせると思うと気分も上々だ。

 収入源にもなるし、シャーロットの役にも立てる。一石二鳥である。

 

(外も暗い。今日は早めに寝て体力温存しておこう)

 

 食事も入浴も済ませ、ぶらりと発った静寂(しじま)の散歩も、気付けば混んだ夜になっていた。

 ひやりと心地いい澄んだ風に、カエルの歌が乗っている。

 

 忙しくなるだろう明日に備えて床に就くのが先決だろう。しかし沸いた血の熱気がどうにも収まらなくて、夜風で冷ましてからにしようと足を運んだ。

 

 館から庭へと乗り出して、夜闇を漂う彩り豊かな精霊たちの間に入っていく。 

 この島は夜もにぎやかだ。ふよふよと繰り広げられる幻想的な七色の舞踊は、満天の星海が支えるステージと相まって、いつ見ても飽きが訪れることはない。

 不思議と気分も落ち着いてくるのだ。ぼうっと焚火を眺める感覚に近いかもしれない。

 

「……ん? おっ」

 

 庭の中を歩いていると、見覚えのある背中。

 シャーロットだ。いつもリリンフィーの傍に着いていた最近にしては珍しく、独りでベンチに腰かけて空を見上げている。

 

 何をセンチメンタルに浸ってやがるんだと、そろりそろり近づいて、後ろからポンッと肩に手を置いた。

 

「よーうシャロ! 元気かー?」

「ひゃっ!? ちょっ、いきなり脅かさないでよビックリしたぁ!」

「悪い悪い。で、何してんだこんな時間に? 一人なんて珍しいじゃん」

「私にだって一人になりたい時くらいあるわよ。ちょっと考えごとしてたの」

「ああ、邪魔しちまったか? すまん、退散するよ」

「……ん、いい。別に居ても」

 

 空気が読めていなかったかと去ろうとしたヴィクターの裾が掴まれ、その場に引き留められる。

 尻目を向ければ、シャーロットはベンチの中央から少し横に移動して、隣をちょんちょんと指で叩いていた。

 

「もう一人って気分じゃないし。ここ、空いてるから」

「んじゃ遠慮なく」

 

 腰を下ろし、一息。

 背もたれに腕を回しながら空を見上げれば、煌めく星の大河があった。

 

「良い夜だな」

「ええ。こういう日は星を眺めるのが好き。静かで落ち着くから」 

「なんつーか、ロマンチック? やべぇな。デートっぽいじゃん」

「なにそれ。口説いてんの?」

「かもな」

「……下手っぴ過ぎ。ばーか」

 

 マジかよーと大袈裟に項垂れれば、笑い声がクスクスと夜を撫でた。

 口元に手を当てて微笑む仕草に、どうやら湿っぽい気は晴れたようだと安心する。

 

 シャーロットの背を見つけた時、何か抱えているらしいことは直ぐに分かった。

 幸い()()()は解れたようで、表情からツンとした冷たさは抜けている。

 

「んで、何を悩んでやがったんだ?」

「あはは、やっぱお見通しかぁ。相変わらず鋭いわね、ホント」

 

 苦笑。

 ほんの少し気まずそうに頬を掻きながら、「別に何でもないのよ」とシャーロットは付け加える。

 

「ねぇ。らしくないことを言うけど、聞いてくれる?」

「もちろん」

「……迷ってるの。陛下を蘇らせることについて」

 

 ぽつりと零れた言葉に、ヴィクターは瞼を小さく開いて驚いた。

 

 まさか彼女の口から『純黒の王』の復活を思い悩んでいる、なんて言葉が出てくるとは露程も予想していなかったからだ。

 初めて出会った時、シャーロットが使命感に身も心も燃やされていたあの執念を知るヴィクターからしてみれば、到底考えられないセリフである。

 

 なるほど確かに()()()ない。しかし彼女が何の理由もなく、かつて願い焦がれた一族の大願を易々と天秤から降ろすような人間ではないことは重々承知だ。

 

 一体どんな心境の変化か。ヴィクターは黙って、静かに耳を傾けた。

 

「朝に賢者様の案を聞いた時、本当に凄くビックリしたわ。そんな方法があったんだ、しかも可能だなんて……って感じ。ひっくり返るかと思ったくらい」

 

 あの話がよほど衝撃的だったのだろう。今でも完全に呑み込めていないと言うかのように、膝の上に置いた手へと視線を落としていた。

 

「アーヴェントが長年求め続けてきた願いが叶うかもしれない。これで両親の死も報われるかも。初めはそんな風に舞い上がってたの。……でも、でもね。ふと思ったのよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……? どういうこった?」

 

 どうにも噛み砕けず、ヴィクターは首をかしげて疑問符を浮かべた。

 

 天蓋領への宣戦布告。彼女は確かにそう言ったが、既に天蓋領とはいがみ合う関係にある。もはや今さらと言っていい。

 友好的ならいざ知らず、心臓を狙われるほどの間柄だ。だというのに、ここにきて敵対意思を見せることを何故迷う必要があるというのか。

 

「私たちは一方的に狙われてる立場にある。でもそれは、天蓋領のほんの一部だけの話なの。お尋ね者みたいな公の的になったわけじゃない」

 

 仮にアーヴェントの存在が一般に露見し、天蓋領が追っているなどと声明が出ようものなら瞬く間に情報は拡散されているはずだ。

 しかしそんな噂はまるで耳に入ってこない。少なくとも、手配書のようなものが発行されたという話は聞かなかった。

 

「あくまで一方的に、なのよ。私たちが罪を犯したからでも、天蓋領を害したからでもなく、勝手な理由で着け狙われているだけ。それも秘密裏にね。天蓋領の末梢組織なんかは、私たちの存在すら知らないと思う」

 

 そも、天蓋領とは平和維持を役割とする公的機関だ。

 独裁を敷かず、不徳を正し、救われぬ者に救いの手を差し伸べるその潔白な姿勢が全幅の信頼を寄せ集め、今の時代を支えている。

 

 ゆえにこそ、そんな組織が目立った理由も大義名分もなく、シャーロットたちをわざわざ目の敵にするような真似はしない。

 数多の種族が共存するこの世界において、かつての大罪人の血族という烙印を押されたアーヴェントであろうとも、排斥する姿勢を見せることは大きな悪手だ。

 天蓋領が成し遂げてきた輝かしい功績に矛盾の泥を塗るばかりか、軋轢を生む結果となってしまうのは自明の理だろう。

 

 仮に罪状をでっちあげるならとっくの昔にやっている。

 今なお音沙汰が無い以上、あくまでドラゴレッド卿はアーヴェント捕獲の任務を極秘で行う腹積もりなのだ。 

 

 つまりシャーロットの言う通り、天蓋領の全てと敵対しているわけではない。

 あくまでごく一部の暗部。それもドラゴレッド卿に近しい上層部のさらに上澄みに、影から密やかに狙われているという状態にある。

 

「だけど冠接ぎの器を集めるようになったら、天蓋領の懐に潜り込むことになる。彼らの領域を侵して、千年も守られ続けた秘宝を盗み出すの。どうなると思う?」

「!」

「晴れて正式な大罪人よ。レッテルじゃない。天蓋領の一部どころか、騎士団が総力をかけて追ってくるようになるかもしれない」

 

 夜に隠れてしまいそうな翳りのある面持ちで、零すように彼女は言った。

 

「……昔は陛下を蘇らせることが、どんな手を使ってでも叶えたい夢だった。家族の死に意味を与えたくて必死だったから。でも今は違う。リリンがいて、コロポックルのみんながいて、博士も、イレヴンも、何よりあなたがいるんだもの」

 

 膝を抱えて瞼を細め、湿った土に目を落とすシャーロット。

 すとんと腑に落ちるように、ヴィクターは憂いの正体を理解した。

 

 シャーロットは恐れているのだ。

 天蓋領を──ではない。咎人として日の元を歩けなくなった時、島の住民まで巻き込まれてしまうことが恐ろしいのだ。

 

 彼女は一度家族を失っている。生涯癒えることのないその傷は、深く、深く、心の奥底に喰らいついて離れない。

 彼女はもう一度やり直そうとしている。新たな従者、取り戻した肉親と共に。

 

 門出は経た。だからこそ迷うのだ。

 王を蘇らせるために奔走すれば、シャーロットを狙う毒牙が大切な者にまで降りかかることになるかもしれないと。

 

 それだけは駄目だ。それだけは、絶対に許してはならないのだ。

 

「私が強くなりたいのは三聖と戦いたいからじゃない。自分の身を、大切な人を守りたいからよ。なのに冠接ぎの器を探そうとしたら、自ら進んでみんなを危険に晒してしまう。そんなの嫌。絶対耐えられない」

 

 一月前。ヴィクターと共に更なる力を求めたのは、あくまで自衛のためだ。

 

 例え血と灰を望まなくとも、三聖を筆頭とする暗部と戦う日は必ずやってくる。

 そうなった時、土壇場で命を守るのは自分の力だ。しかし今のままでは抵抗する間も無く殺されてしまうとグイシェンに教えられたから、強くなることを決意した。

 

 断じて、天蓋領と戦争を行うためではない。

 

「でも陛下の復活は(アーヴェント)の使命。それを果たすためにご先祖様は、辺境の島で屈辱に耐える道を選んだのよ。千年も積み重なった想いに背くなんて、許されるわけがない」

 

 彼女は既に、ヴィクターと出会ったばかりの時のような、妄執に近い血の呪いからは解放されている。

 しかしそれでも、シャーロット・グレンローゼン・アーヴェントは『アーヴェント』なのだ。王の魔力を受け継いだ一族の末裔、現代当主の座に君する血統の子なのだ。

 

 肉親への情が強い少女にとって、血に宿るルーツは使命という名の架となる。

 昔のような、家族の死で病んでしまった心を繋ぎ止めるために、悲運の死に意味を捧げんとしていた狂気的な使命感とは違う。

 これは、アーヴェントであることに誇りを持つがゆえの宿痾だった。

 

(板挟みになってたのか。成すべき務めと、守るべきものの間で)

 

 ルーツを持たない、過去を虚無に呑まれた自分には想像もつかない重荷なのだろうとヴィクターは思う。

 同時にそれは、決して手放していいものではない大切な葛藤なのだろうとも。

 

「それで悩んでたんだな」

「……うん」

「そうか」

「……」

「……」

「えっ?」

「ん?」

「いや、なにも言わないんだと思って。……呆れられちゃうと思ったから」

「何でそうなる」

 

 シャーロットはバツが悪そうに前髪を弄りながら、だって、とかぼそく繋げた。

 

「我ながらウジウジし過ぎだなって感じるの。同じようなことをいつも悩んでばっかりで。あなたみたいに強く芯を保っていられたらいいのに、情けないったらないわ」

「シャロ。デコ出せ」

「へ? ぁ痛ッ!?」

 

 バチッと弾かれたみたいな衝撃が少女の額を疾走した。びっくり驚いて頭を抑えながら、「な、なに!?」とシャーロットは狼狽える。

 対するヴィクターは少々眉を八の字に曲げながら、中指にフッと息を吹きかけていた。

 

「悩むのはそれだけ皆を大切に想ってるからだろ。何も悪いことなんかじゃない。ンなことも分からず情けねー奴だって呆れると思ったのか? ちょっとイラッと来たぞ」

「う……ごめん。でも、あなたはとっても強いから。何があっても揺るがないその精神力、本当に尊敬してるの。だから、意気地のない女に見えちゃうんじゃないかって」

「馬鹿言え。むしろ皆の安否が自分にかかってるかもしれねえってのに、頭を抱えない方がどうかしてる。俺はただ何も考えてねえだけだよ。本当に強いのは、その重荷から逃げずに向き合ってるシャロの方だ」

「……そう、かな」

「そうだ。つーか、いつも威張ってる癖して妙に自己肯定感低いよなぁ。もうちょいシャキッとしやがれ。前にも言ったが、お前は凄い奴なんだよ」

 

 喝を入れるように力強く背を叩く。ちょっぴり噎せたシャーロットが膨れっ面で「もう」と零すも、すぐ困ったように頬を解きほぐした。

 

「ほんと褒め上手よね。カウンセリング向いてるんじゃない?」

「だろ? ポジティブさなら誰にも負けねーぜ」

「ふふ。見習わなくちゃね」

 

 シャーロットはベンチから立ち上がって、大きく伸びをしながら息を吸った。

 吐息。腕を後ろで組んで、一歩。

 

「陛下の件、もう少しよく考えてみる。焦って答えを出そうとしちゃ、あんまり良くない気がしてきた」

「それがいい。例えどんな選択をしても、俺は着いていくから安心しな」

「……うん。ありがとう」

 

 少女はくるりと振り返って、晴夜の銀湾を飾る星彩のような眩い笑顔。

 

「あんたも何かあったら言いなさいよっ。私に出来ることなら何でもしてあげるからさ」

「マジ!? 何でも!?」

「常識の範囲内なら、何でも」

「そんな……おっぱい……」

「台無しよアホンダラ」

 

 項垂れる男の脳天に軽めのチョップ。エロ猿は期待を裏切られたのがショックだったのか膝を抱えてしまったが、普通に最低なので無視した。

 

「取り合えず陛下については、賢者様ともまた話し合ってみることにするわ。ただそれとは別に、ギルドの依頼をこなしていくってところについては賛成なのよね。収入にもなるし、位を上げてて損は無いもの」

「ああ、いざという時の備えにもなるしな。幸い俺たちの個人情報は博士がなんか細工してくれたらしいから、仕事自体は安全に出来るだろう」

 

 以前オーウィズをギルドまで案内した際、彼女が書類手続きを通して何らかの隠蔽工作を施したらしく、天蓋領へ情報が抜けないようになったのだとか。

 そもそもシャーロットはアーヴェントであることを伏せ、あくまで一般市民を装ってギルド会員となっており、ヴィクターも同様のため大した問題では無いのだが、念には念をということである。

 

 一体どんな方法で細工したのかはあまり教えてくれなかった。伝染性サブリミナルスペルがどうとか言っていた気がする。

 

「さ。夜も遅いしもう上がりましょ。明日から忙しくなるわよ」

「だな。さっさと寝て英気を養うとするかー」

 

 ヴィクターは大きく欠伸を浮かべながら、少女と共に館の中へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから程なくしてのことだった。

 リリンフィーが行方不明になったのは。

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