銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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41.「Reasoning」

 リリンフィーが消えた。

 何の前触れもなく。一切の音沙汰もなく。

 声を張り上げようと返事は皆無で、どこを見渡せど影も形も捉えられず。

 まるで最初から存在していなかったかのように、忽然と姿を消してしまった。

 

 

「リリン……っ!」

 

 気を緩めていた自覚はある。久しぶりの妹との外出だ、浮かれていたことは認めるしかない。しかし油断は断じてなかった。それだけは誓って言えるのだ。

 例えオーウィズの手によってダモレークが安全地帯と化そうとも、今日はリリンフィーの病が治って初めてのお出かけだった。緊張の糸は常に一定の張力を保たれていた。慢心などあろうはずがない。

 

 周辺で魔法を使われれば一発で勘付く。敵意や殺気に対しても同様だ。

 もし悪意を持った人間がリリンフィーに近づこうものなら、腕相撲など放り出して即座に対応できた自信はある。

 

 ならばどうやってリリンフィーは姿を消した?

 芥ほどの前触れも感じさせず、シャーロットの監視網をどうやって搔い潜って────

 

(いや、もしかしたらリリンが自分で動いたのかも……って馬鹿! あの子が浮遊椅子を置いてどこかに行くわけないじゃない! ああもう落ち着け! こういう時こそ冷静にならなきゃダメなのに……!)

 

 焦りが思考を搔き乱す。心臓が急き立てるように暴れているのを実感する。

 一度深く息を吸って、吐いて、シャーロットはおもむろに右手の腕時計へと手を伸ばした。

 

 時計の縁のスイッチを押し込む。すると文字盤に小さな光が燈り始め、それを合図とするように明瞭な変化が巻き起こった。金属の腕時計だったそれが、水晶と酷似した質感の大小様々な歯車に姿を変え、独りでに分解されていったのである。

 水晶歯車はまるでそれぞれが独立した生き物のように動き出すと、カチカチ音を立てて噛み合いながら、シャーロットの腕を舞台に全く新しい姿を作り出していった。

 

 やがて歯車たちは液体のように溶融し合い、ブルークリスタルの液晶で出来たリストバンドへと変形を遂げる。

 それは腕に装着するタイプの可変式通信端末。オーウィズが島の住人達に与えた発明品であり、この星を巡る冥脈の巨大な魔力経路を利用した無線通信機である。名をフォトンパスという。

 

 バンドを指でスライドすれば、液晶に表示された文字や画像が流動的に踊っては消えていく。内蔵された機能の項目か何からしい。

 シャーロットは焦りで震えそうになる手を必死に御しながら、液晶の中の何かを血眼になって探していった。やがてひとつの記号の羅列に辿り着くと、迷わずそれをタップする。

 言わずもがな、リリンフィーの呼び出し番号だった。

 

「お願いお願いお願い……! お願いだから出て……リリン……!」

 

 フォトンパスは装備者の腕から魔力経路を介し、直接脳へテレパスを介入させることで通話を成立させる道具である。

 シャーロットの視界の端には『通信中』のホログラムが浮かんでおり、それがやんわりと明滅するたびに焦りが拍動するのを実感した。早く出てくれと願うほど、胸元で握り締める手に力が入っていった。

 

 しかし無情にも、リリンフィーが応えることは終ぞなく。「通信中」が「応答なし」に切り替わった瞬間、首筋からさぁっと流氷が滑り落ちたかのような悪寒が四肢末端まで広がった。

 

 再度かけ直す。出ない。またかけ直す。やはり出ない。

 段々と手先の感覚が曖昧になってくる。強烈な眩暈がシャーロットを襲った。気を抜けばぺたりと膝から崩れそうになるのを必死にこらえて、干上がった喉に唾液を流し込んでいく。

 

「あ、姐御? どうしたんスか? 顔色が真っ青ですよ」

 

 心配そうに背後からかけられた声が、いやに頭蓋の中で響き渡った。

 シャーロットはフォトンパスを降ろし、三人組の男たちから背を向けたまま、冷え切った声を絞り出す。

 

「……アンタたち、さっき舎弟にしてくれなんて言ってたわよね?」

「え? あ、ああ」

「丁度良いわ、命令をあげる。私の妹を探しなさいッ!! 全身全霊全速力で!! 今すぐにッ!」

「うぇっ、い、妹? 探す?」

「さっさと動く!! 顔は知ってるでしょ? 町中駆けずり回って探せ!! 見つけたらここに戻ってくることッ! 以上!!」

「押忍!!」

 

 怒声に等しい、有無を言わさぬ喝を浴びた三人組は、背中に火を着けられた鼠の如く一目散に走り出していった。

 

 シャーロットの推測では、彼ら三人は妹の行方不明にかかわっていない。仮に彼らが天蓋領の手先だったとして、あの暴言と挑発がリリンフィーから意識を逸らさせるための作戦ならあまりにもお粗末だ。

 身のこなしもプロのソレではない。今まで対峙してきた天蓋領の刺客たちは、悔しくも一流ばかりだった。ここに来て素人を差し向ける理由が無い。

 

 ただの雇われだとしても、あの手の小者はリリンフィーという人質を手に入れた途端、優位性を盾に態度を豹変させるのが目に浮かぶ。

 ましてやここは昼の町のど真ん中。騒ぎを立てるにはあまりに不向きなシチュエーションだ。ならば十中八九、彼らの仕業ではないはずだ。

 

(どうする……? 闇雲に走り回っても無駄に消耗するだけ……いやそれより、まずどうしてリリンは消えたの? 理由が分かれば後を追えるかも……ああもう、思考が纏まらない!)

 

 ぐしゃぐしゃと、頭に溜まった不安や焦燥の汚泥を削ぐように髪を掻きむしる。

 ハッとするように深呼吸。胸に手を当て、酸素をバランスよく取り込み思考の洗浄を狙った。

 今の自分は冷静ではない。その事実をきちんと認める。どれだけ頭を冷やそうとしても、まるで絶えず焚き続けられる火のようにすぐ熱を持ってしまう。

 

 このままでは決して良くない方向へ向かってしまうと火を見るより明らかだった。暴走すればするほど、自己解決で推し進めようとすればするほど、事態は悪化の一途を辿っていく──過去の経験が、一度シャーロットを踏みとどまらせていた。

 だからシャーロットは再びフォトンパスに手を伸ばした。通信先はリリンフィーではない。現状最も頼れるだろう至高の叡智、オーウィズである。

 

 発信はすぐ受理された。視界の端の「通信中」が即座に「接続」へと切り変わり、次いでぬるりとした煙のような少女の声が頭に響いてくる。

 

『はーいもしもし、オーウィズさんだよ。さっそく使ってくれたみたいだねぇ、フォトンパス。どうだい使い心地は? 今後のアップグレードの参考にぜひ意見を聞かせておくれよ』

「博士っ……! お願い、助けてください……!」

『……何があったんだい?』

 

 只事ではない雰囲気を感じ取ったか、オーウィズは静かに聞きの姿勢に入った。

 リリンフィー失踪の経緯を話していく。説明を終えると、ほんの少しの間を開けてオーウィズが口を開いた。

 

『なるほど、状況は把握したよ。よく相談してくれたね、怖かっただろう? 一人で抱え込まなかったのは偉いぞ、シャーロット君』

 

 通話越しにぎゅうっと抱き締められ、優しく背中を撫でられたような感覚。

 安堵を覚える声色に慰められ、胸に溜まっていた不安という汚泥が濯がれるように軽くなっていく。

 

『安心したまえ、ボクを頼った君の判断は実に正しい。それを今から証明してみせようとも』

「ありがとうございます博士、本当にありがとう、とっても心強いですっ……! 私に出来ることがあったら何でも指示してください。どんな無茶でも構いませんから」

『ああ、是非ともね。君の協力は必要不可欠だ。さっそくだがフォトンパスを見てくれ。メニュー画面から装備者権限という項目があるはずだ。それを潜って欲しい。奥にボディアクセスの解放という実行コマンドがあるだろう?』

 

 言われるままに指を動かし、要求された画面を開く。

 そこにはフォトンパスに備わった様々な権限の許可、あるいは拒否するための項目がずらりと並んでいた。中でもオーウィズが指示したものは、フォトンパスを介して装備者の肉体に外部の人間が干渉することを許可するという、非常に重い権限の解放項目だった。

 

『フォトンパスは装備者の魔力経路に直接干渉する機能がある。通信状況を視界に反映するみたいにね。ボディアクセスの権限とは、つまるところその機能を拡張させて干渉レベルを引き上げるためのものだ。これを許可して、君の視界をボクと共有(リンク)させて欲しい。(ナマ)の現場を肉眼で確かめたいんだ。他人に自分の体を相乗りされるのは抵抗を覚えるかもしれないが────』

「アクセス許可しました。これで大丈夫ですか?」

『──あ、ああ、ええっと……うん、視界共有問題無しだね。ではリリンフィー君が失踪した現場まわりを観察してくれたまえ。出来る限りじっくりと、隅々までね』

 

 すぐさま浮遊椅子の傍へと移動し、指示通り周辺をくまなく注視していく。

 最中、「地面を見てくれ」や「隣のベンチを一周するように観察して欲しい」といった具合で、矢継ぎ早に飛んでくる要求を消化しながら、シャーロットは椅子を中心にぐるぐるぐるぐると周り続けた。

 

 やがて、オーウィズからの指示が止まる。

 

『うん、うん、絞り込めてきたぞ。朗報だシャーロット君、結論から言えばリリンフィー君は無事だ。少なくとも現状は、だがね』

「!?」

 

 シャーロットが驚愕に言葉を失うのも無理はなかった。

 体感にしてほんの数分足らず。たったそれだけの時間で、限りなく断定に近い答えをオーウィズは放ったのだ。

 彼女の声には一切の澱みが無く、ゆえに虚飾も忖度も何も感じない真っ白な解だった。

 シャーロットからしてみれば、ただ椅子の辺りを言われた通りにじろじろ見回っていただけである。どこにリリンフィーへ繋がる手掛かりがあったのか、まるで理解出来なかったのだ。

 

「どうして分かるんです……? いえ、決して博士を疑ってるわけじゃないんですが、私にはわけが分からなくて」 

『観察さ。真実とは可能性という不純物を濾過した精製水のようなものだ。現場に散っていた手掛かりを基に推理した。だがそんなことより、まずは北北東に向かいたまえ。君が走ってる最中でも話は出来るからね』

 

 急いで──背中を押されたシャーロットは、迷いを切り捨てるように足へ力を込め、脱兎の如く駆け出した。

 呼吸のリズムを最適化する。魔力の循環出力を引き上げ、四肢末端までエネルギーを浸潤させて筋力を補正。体重移動を効率化し疲労の蓄積を軽減しながら、島の砂浜を日々走り続けて練り上げたスタミナをフル活用して疾風と化す。

 

 そうしてダモレークの町並みを過ぎ行きながら、シャーロットは脳内に響くオーウィズの声に耳を傾けた。

 

『いいかい? まず移動したのはリリンフィー君の意思ではなく、魔法によるものでもなく、物理的に攫われたとみえる。犯人は獣人系亜人種の子供だ。しかし悪意から出た行動じゃない。動機は子供じみた衝動的なもので、恐らく彼女の血液に含まれる薬理効果を狙ったものだろう。だから無事だと仮定したのさ』

「何故そこまで分析が!?」

『順を追って説明しようか』

 

 瞬間、フォトンパスに様々な画像が表示されたかと思えば、オーウィズの合図と共に立体ホログラムとなってシャーロットの眼前に投影された。

 それは椅子の周辺に散らばっていたという、オーウィズが気付いた痕跡たちの拡大写真のようなものだった。

 

『これは君の視界映像を切り取ったフォトグラフだ。左上を見てくれ。足跡が見えるかい?』

「えっと、はい!」

『足跡の深さは体重を、明瞭さは鮮度を、サイズは年齢を、形状は人種を表す証明書だ。浮遊椅子の周辺に残された足跡のうち一種類は君のものだったが、もうひとつ子供のものがあるだろう? 無論リリンフィー君のものじゃあない。これはワーウルフの子供の足だ。さあ、ちょっと注目してみたまえ。この足跡、なにか変だと思わないかい?』

「変? ……あっ、靴じゃなくて裸足?」

『その通り。公園で遊んでいる子供たちは皆しっかり靴を履いていた。今時の子供が裸足で外を遊ぶことは衛生面や怪我防止の観点から滅多に無い。では何故裸足か? それはこの子が、靴を買うお金に困るほど困窮した状況にあるからだ』

「困窮って、たまたま靴を履いていなかったとかでは」

『無いね。まず、足の形態的特徴からこの子は獣人系亜人種だ。肉球の配置と比率で狼人(ワーウルフ)だと分かる。サイズからしてリリンフィー君と同年代だが、踵部分の深さと土の柔らかさ、足のサイズを加味して導き出されるおおよその体重を考えると、種族別標準値より酷く痩せているんだよ』

 

 それだけじゃない、見たまえ。オーウィズは続ける。

 

『傍に体毛が落ちてるだろう。だが一様に毛は細く、艶が褪せてて毛根も脆弱だ。十分な栄養が取れていない証拠さ。この豊かな時代で子供が栄養失調になる原因とくれば家庭的な経済事情あるいは病だが、削瘦するほどの病状ならまず出歩けない。つまり前者だ。そんな子供が裸足でいるのは、なけなしの金銭を衣類より食べ物に回しているからだよ』

 

 恐らく孤児なんじゃないか、とオーウィズは言う。

 かつての魔王大戦の頃と比べ、比較にならないほど豊かで美しい時代になった。しかし全てではない。様々な要因から苦境に見舞われてしまった人々も少なからず存在する。

 ギルドや天蓋領を中心に社会的セーフティネットも充実しつつあるが、取りこぼしがあるのも否定できない現状だ。特に『禁足地』から移住してきた亜人は、そもそもの制度を知らないというパターンもある。

 オーウィズのいう獣人の子供とやらは、そうした人々の一人なのかもしれない。

 

『ワーウルフの嗅覚は亜人でもトップクラス。リリンフィー君の体内に残存している千年果花の成分を感知出来たとしても不思議じゃない。そして貧しさに喘ぐ亜人の子供なら、出身は『禁足地』の線が濃い。ダモレーク近辺の『禁足地』で最もワーウルフの人口が多いのは、アルボルッド地方北部の天満月(あまみつつき)大峡谷だ。そこは辰星火山とそう遠くない地理関係にある』

「辰星火山って、私たちが行ったあの?」

『そう、世界樹が自生しているあの火山さ。その近隣で暮らしている亜人なら、千年果花の霊薬の知識は生活の中でしっかりと受け継がれているだろう。それも貴重な薬としてね。ひょっとすると神格化されているかもしれない』

 

 確かに、とシャーロットは心の中でうなずく。

 千年に一度しか得られない稀少な花蜜にも関わらず、黄昏の森で暮らしていた小人(コロポックル)たちは霊薬のことを知っていた。

 厳しい自然環境で生きる亜人たちにとって、薬に使える動植物の知恵は生きるために欠かせない宝である。辰星火山の近場で暮らす亜人の子孫なら間違いなく知っているはずだ。

 

「──ということは、ちょっと待って下さい! リリンの血を狙ってるならやっぱり危険なんじゃ!?」

『可能性は否定できないが、命に別条があるほど危険な目に遭ってる線は限りなく薄いよ。言ったろう? 犯人の子に悪意は無いって』

「だとしてもっ!」

『落ち着きたまえ、大事なことを忘れているよ。まず、何故リリンフィー君は無抵抗のまま攫われたのかな?』

「……あ」

 

 完全な盲点だった。見逃していた思考の死角を指さされ、シャーロットは空いていた穴にかっちりとパズルが嵌りこんだかのような感覚を得た。

 言われてみれば確かにそうだ。リリンフィーは気弱で内気な少女だが、黒の『純血』たる潜在能力はシャーロットをも上回る。しかも彼女はまだ子供で、魔力コントロールの精度が甘い。

 

 かつて千年果花の霊薬を手に入れ、呪いを解くために眠っていたリリンフィーを目覚めさせた時、彼女はパニックを起こし館の一室を魔力だけで破壊した事がある。

 もし何者かに危害を加えられようものなら、間違いなくリリンフィーの力は恐怖によって暴発しただろう。特にリリンフィーは人の悪意に敏感だ。エマによって肉の苗床にされ、家族を滅茶苦茶に破壊されたトラウマは、人の負の側面に対し過剰なほど神経質にさせてしまった。

 

 であれば間違いなく、リリンフィーが攫われる前に魔力暴走によってシャーロットは気付いたはずだ。

 しかし暴走の気配など微塵も無かった。仮に薬や魔法で眠らされるようなことがあったとしても、千年果花の霊薬が体内に残存するリリンフィーを一瞬で昏倒させることは不可能である。

 

 にも関わらず暴走の兆しすら無かったということは、リリンフィーは相手に対し少なからず警戒を解いていた、と推測できるのである。

 

『いくら獣人系とはいえ、痩せて弱った子供が軽々と人を攫うことは出来ない。前提としてリリンフィー君がまったくの無抵抗である必要がある。そんな条件下で魔法も使用せず攫われたということは、突然のアクシデントでも暴走した方がまずいと、リリンフィー君がブレーキをかけられる程度に冷静でいられる相手──傷つけたくないと思えるような人間だったからだよ』

「だからあの子は無事ってことなんですね……! 相手が直接的な危害に出るような子じゃないから!」

『そういうことだ。しかし突発的に人を連れ去ってしまう衝動的な子供が犯人なら、想定外が起こり得るのも決して否定できない』

 

 その通りだ。オーウィズの推理はあくまで現状の分析であり、予測不能に満ちた未来を的中させているわけではない。いくら可能性が低くとも、犯人と思しき獣人の子が血を目的としているなら最悪も想定し得るわけだ。

 急がなければならない。一刻も早く見つけ出すことが、不安要素を掻き消す唯一にして最善の方法だ。

 

『気になるのは人攫いの根本的な動機だが……『禁足地』出身の孤児が一人で生きているとは考え難い。恐らく小さなコミュニティがあるはずだ。もしかすると仲間が深刻な病気で、薬を欲しがっているのかもしれない。そんな状況下で万病の薬を目にしたら、衝動的になるのも頷ける』

「っ……病気」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、昔の記憶が蘇る。

 リリンフィーを治すため、我武者羅に治療法を探し続けた時──もしあの時の自分と同じ気持ちだったなら、目の前に仲間を治せる薬が現れたら、周りが見えなくなるのも無理はない。

 

『ひとまずお喋りはこのくらいにしようか。次は目の前の曲がり角を左に行きたまえ。入ってすぐ先に灯台が見えてくるはずだ。それを登って高い位置から町を一望して欲しい。そこでまた推理する』

「分かりましたっ!」

 

 もうシャーロットの中にオーウィズへ疑問を唱える気持ちは欠片もなかった。

 あれだけの短時間で僅かな痕跡から手掛かりを見つけ出した観察眼も、瞬く間に活路を導き出した分析力も、これ以上にない傑出した頭脳たる証明だ。

 彼女が島の一員で本当に良かったと、胸から滲み溢れる感謝と尊敬を和えながら、シャーロットは港の灯台を目指して一気に速度を跳ね上げた。

 

 

「マスター、マスター、ンンンマァ~スタ~ッ。貴女の忠僕がただいま帰還しましたァ~ヨ~」

 

 アーヴェント邸書斎、本の森林の最奥にて。安楽椅子に深く腰を下ろし、ハーブシガレットを嗜みながらシャーロットに指示していたオーウィズの耳へ、まるで激情的な恋を唄う声楽家のように大仰な声が飛び込んできた。

 煙をふかしながらフォトンパスの音声通信を一時的に遮断する。オーウィズ側からシャーロットへ声が漏れるのを防ぎ、余計な混乱を与えないようにするためだった。

 

「イレヴン……今取り込み中なんだ、後にしてもらえるかい? というか入る時にまずノックをしろと何度言えばわかるんだ君は」

「えーッ!? ダモレーク周辺の殺人事件と自殺関連のネタ片っ端から調べ上げてこいだなんて無茶ぶん投げやがった癖に労いのひとつも無いんですカー!? 三日三晩不休で働いたのニ! これ今の時代だとブラック労働で一発アウトなの知ってまス? 裁判でボコボコにしてやりますよ裁判デ」

「元はと言えばボクのパンケーキを全部平らげやがったのが悪いし、君は人間じゃないから人の法は適用されない。はい勝訴」

「キーッ!! これだから無駄に知恵の回る老害レベル100は手に負えねーんだワ!」

 

 ハンカチを噛み地団駄を踏みながら悔しがるイレヴン。オーウィズは背を向けたまま手招きを繰り返し、暗に「早くしたまえ」と催促を促す。

 応じてイレヴンはどっしりとした紙束と空色のインゴットをデスクへ置いた。ついでに土産屋で買って来た木彫りの叡聖人形ビキニパンツVerをスッ……と添えた。普通に退けられた。

 

「ふぅん……」

 

 シャーロットの道案内をこなしながら、パラパラと紙を捲り文字の海原を航海していく。

 オーウィズの記憶力は瞬間記憶に近い。一度目を通せば内容は全て頭の中に編纂され、かつ並列思考を可能とするために、視覚共有によるシャーロット側の状況と合わせて同時処理することなど造作も無かった。

 

 書類の束をデスクに置き、次いで手に取ったのは手のひらサイズの薄い延べ棒だ。金属のようだが質感は樹脂に近く、サイズ感以上にずっしりとした重みを伴っている。色合いも蒼空をぎゅっと固めたようで、およそ天然のものではない不思議な素材で出来ていた。

 

 その名をメモリーインゴット。魔晶鉱石の特殊合金で鋳造された記憶装置である。一定の周辺風景を360度立体的に撮影し記憶するという魔法道具であり、現代では主に簡易的なモデルルームとしてや、騎士団が事件現場を保存するために活用されている代物である。

 

 調査書とメモリーインゴット。これはイレヴンの言葉通り、最近ダモレーク周辺で起こっている怪死事件や、()()()()()()()()()について纏められたデータだった。

 不可解な連続殺人事件に興味を持ったオーウィズが、殺人鬼の正体を探るべくイレヴンに依頼して集めていた情報の数々である。

 

 そう。このメモリーインゴットには、騎士団が捜査したダモレーク周辺での怪死事件および自殺事件の現場風景が当初のまま封入されているのだ。

 

「んもー大変だったんですからね、騎士団のアジトに忍び込んでコピーするノ。まったく無茶振りが過ぎますわヨ」

「変な土産買ってくる程度には余裕あるくせによく言うよ。もう少し苦労してる風を出したらどうだね」

 

 インゴットに魔力を込め、封入術式を作動させる。

 瞬間、赤と青の入り混じる光の網目のようなものがインゴットを中心に放たれた。それは書斎一面を内側から覆い被さるように張り付き、立体ホログラムのテクスチャとして記録映像を室内に反映させていく。

 

 そうして現れたのは、最も記録の新しい殺人現場だった。

 一見すると普通の住宅内の様子に見える。適度に散らかったダイニングや洗い物の貯まった水回りなど、リアルな生活感をそのままに保存された光景は、まるで誰かの日常をそっくり切り取ったかのように鮮明で詳細だった。

 

 だからこそ、居間のソファで寝入ってしまったように項垂れている、首から夥しい血を流した遺体の存在が異様なほど浮き彫りになっていた。

 

「被害者は30代男性の基人(ヒューム)。職業は記者。独身。人格は普遍的。この時期に首から上と手を日焼けしているってことは、最近まで南に居てダモレークに帰って来たばかりだった。死因は頸動脈を金属魔法で負傷したことによる失血死」

 

 遺体のそばをゆっくりと回り、観察によって得た情報を言葉にして整理していく。

 満足すると、オーウィズはおもむろにインゴットを指でなぞった。すぐさま新しいテクスチャに塗り替えられ、今度は自殺として処理された最も古い記録現場の風景が映し出された。

 

「死亡者は40代女性の基人(ヒューム)。離婚歴あり。原因は夫の浮気によるものだが、指輪を捨てられないところから元夫に未練がある。職業は医療系の事務職。死因は睡眠薬の過剰摂取(オーバードーズ)と急性アルコール中毒によるショック症状」

 

 時折フォトンパスの音声通信を再開し、シャーロットへ指示を飛ばしながらインゴットをなぞる。

 今度は屋外の風景が現れた。場所は薄暗く廃墟のように見える。今までの二つとは違い、明確な殺人現場とはっきりわかるほど荒れ果てた有様で、まるで体の内側から破裂したかのような血塗れの男性鉱人(ドワーフ)が倒れ伏していた。

 

「──ああ、リリンフィー君を攫った犯人のおおよその移動速度を考えて────可能性として『禁足地』から移住者した者たちの集まる────」

 

 指示通り灯台へ登ったシャーロットと話し、そこから得られた情報を基に推理した目的地を伝え、束の間の一段落を得る。

 そうして彼女が移動を終えるまでの間、オーウィズはインゴットを操作しながら様々な事件現場へと目を通していった。

 

「なるほど、実に面白いね」

 

 インゴットを指で叩く。すると部屋を覆っていたテクスチャがインゴットの中へと吸い込まれるように消えていき、書斎は元の姿を取り戻した。

 ハーブシガレットを一度深く吸いこんで、オーウィズは安楽椅子にどっかりと腰を落とす。

 

(最初に見た現場の被害者は一見魔法で自殺したような状況だった。家は完全な密室、しかも抵抗した形跡がまるで無い。なのに殺人として処理されたのは、被害者が左利きだったから。所持品は全て左利き用で、魔法杖はしっかり左手で握っている。なのに傷は右側から着いていた。明らかに不自然だ)

 

 奇妙なのはこの事件に限った話ではない。最も古い自殺現場も、オーウィズの目には異彩を放って映り込んでいた。

 

(彼女は服毒自殺として処理されている。動機は離婚や職場でのいざこざを発端とした心労によるもの。しかしこれは間違いだ。自殺するほど追い詰められた人間の家がこんなに整頓されていることはない)

 

 入れ物に灰を落とし、吐息。

 

(かと言って、消毒剤などの掃除用具の過剰ストックはなく、浴室の端々に残ったカビや水垢からも、強迫観念から来る潔癖症の疑いも無い。それに元夫が映った写真立てを伏せ、指輪を目の届かない棚の端に追いやっている。体型は肥満でも痩身でもない標準値。以上を踏まえると、彼女の精神はむしろ良化傾向にあり、過去を振り払って前を向こうとしている最中だったと言えるね)

 

 そんな女性が衝動的に睡眠薬を致死量まで、ましてやヤケ酒まで煽りながら自暴自棄に摂取するだろうか。

 限りなく可能性は低いとオーウィズは踏んでいる。即ち、これは自殺に見せかけた密室殺人である、と。

 

(最も日付が新しい現場はそれまでと比べてかなり派手だな。廃墟のケースが特に異色だ。被害者は反社会組織に所属している賞金首の男性。外傷は無く、肉体が内部から破壊されている。凶器は魔法の類だろう。証拠は犯人に繋がる生体的痕跡のみ隠滅されているだけで、死体を隠して事件そのものを発覚させまいとする意志は見当たらない。とてもシンプルな殺人現場だ)

 

 前者二つのケースと比べて、この事件はあまりにも稚拙で粗が目立つものだった。

 自殺に見せかけられた殺人現場の数々は、どれも犯人の知性を匂わせる巧妙な手口で実行されたものだ。しかし廃墟の事件にはそれが無い。例えるなら素人の猿真似で、それ以前と比べてあまりにお粗末と言える。

 

 だからこそ、実に奇妙だったのだ。

 

 仮に全て同一犯による犯行だとする。その場合、普通は時系列の古い方が荒々しいものだ。

 何故なら殺人とは、被害者のみならず犯人側の精神も大きく揺れ動かす社会屈指のタブーであり、経験が浅ければ浅いほど、動揺から必ず現場に爪痕を残してしまう傾向にある。幼い肉食獣が上手く狩りを成功させられないのと同じように。

 

 しかし、このインゴットに記録されている事件の数々は全くの逆。

 古ければ古いほど恐ろしく入念かつ緻密な犯行でありながら、新しくなればなるほど詰めもやり口も荒くなってしまっている。

 これではまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(こういう場合は得てして承認欲求によるものだが、それだと辻褄が合わないんだよな。自殺として処理されるほど巧妙に仕組む理由が無い。世に腕前を認めさせたいのなら、偽装なんてもっての他だろうに)

 

 ならば何故、日を追うごとに事件の精緻さは失われていったのか?

 犯人はどうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()痕跡を残すようになったのか?

 

 

 考えられるとすれば、それは────

 

 

 

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