銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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43.「宵闇、信ずるは何処」

 仄暗い旧下水道を脱した地上、ダモレーク路地裏の外れ。

 すっかり陽が落ち込んだ夕の刻。建物たちの影が茜色の残光にのっぺりと引き伸ばされ、ただでさえ薄暗い路地は深い陰りに満ち満ちていた。 

 そんな人影すらも溶け混ざるような奥地に立っているのは、くぅくぅと寝息を立てるリリンフィーを大事に抱きかかえた()()()()()()である。

 

 一日を動乱に揉まれたせいか、体の弱いリリンフィーはガス欠を起こしてしまったらしい。姉と合流して張り詰めた精神が緩んだのだろうと、表情を見れば一目でわかる安心っぷりだ。

 

 反面、シャーロットは眉間に皺を寄せ、如何にも御立腹な面持ちである。

 そんな彼女の前には地に頭をめり込ませんが如くひれ伏している窟人(ゴブリン)の男と、うつむき影を落とす狼人(ワーウルフ)の少年の姿があった。

 

「このたびは本当に本当にほんとーっに! 申し訳ありませんでしたど!!」

「……ごめん、なさい、でした」

「まったく、怪我が無かったから良かったものの。うちの妹に何かあったらタダじゃおかなかったわよ。きちんと反省しなさいよねっ」

 

 ぷんすこ毒づいてはいるものの、しかし怒り心頭というには程遠かった。

 激情に荒れ狂って罵詈雑言を浴びせかけている様子など微塵もない。子供の悪事を叱っているようなそれは、リリンフィー絡みとなると我を忘れがちな少女像とはどこか乖離している。

 というのも、彼らを取り巻く状況をヴィクターから知らされたがゆえである。

 

 彼女の肉親に対する溺愛っぷりは相当なものだ。オーウィズの推理に導かれ、下水道に突撃してきた時など、それはもう怒髪冠を衝かんと憤怒に髪を逆立てた激昂ぶりだった。

 だがシャーロット・グレンローゼン・アーヴェントという少女には、かつて家も家族も失い、唯一残された妹のために血を吐きながら奔走した痛みが、魂の奥底へ深く深く刻まれている。

 

 重なったのだ。過去の自分と、彼らを取り巻く過酷で凄惨な境遇が、他人事には到底思えなかった。

 

 命より大切な存在を失ってしまうかもしれないという恐怖、焦燥、不安の重みと苦しみは、誰よりも克明に理解している。

 彼らは同じだ。あの時のシャーロットと同じなのだ。

 まるで鏡を見ているようだと、冷たくて刺すような痛みに胸が締め付けられる思いだった

 

 病に倒れた仲間を助けたくて、でもどうすることも出来なくて、どうしていいかも分からなくなって……そんな絶望に覆われた暗雲に幽かでも希望が降り注げば、藁もすがる思いで掴み取ろうとするに決まっている。

 

 だから彼らはリリンフィーを攫った。シャーロットもそうだった。あの時の自分に手段を選ぶ余裕など無かった。挙句の果てには、何の関係もないヴィクターの命すら利用するところまで堕ちかけたほどだ。

 だからもう、これ以上彼らを責めることなど、出来るはずもなかったのだ。

 

 そんな内心と反して、ブーゴはひたすら頭を下げ続けていた。

 

「オラたちに出来ることがあれば何でも言ってくだせえ。幼い妹さんを怖がらせちまったんだ。しかも体が弱いってのに、危険に晒しちまった。ケジメを着ける覚悟はありますど」

 

 脂汗を流しながらも、その瞳に嘘偽りやおべっかの色は無い。ただただ誠心誠意の謝意をブーゴは一心に捧げていた。

 ふぅ、と吐息をひとつ。

 もはやシャーロットの胸に怒りは無い。あるのはただ、アーヴェントの血に相応しく在るための羅針だけだ。

 

「ふーん。何でもしてくれるの?」

「もちろんですだ。……これは償いってだけの話じゃねえんです。姉御と旦那はオラたちの言葉に耳を傾けてくれた。こんな、どうしようもねえオラたちを助けてくれた。感謝してもしきれねえ」

 

 ホルブは現在、旧下水道の作業員休憩室にてオーウィズの処置を受けている。

 シャーロットの視界を通してヴィクターから説明を受けた彼女は、魔物の芽に侵食された犠牲者の存在を知るや否や島からすっ飛んでやってきた。そのまま嵐のような勢いでヴィクターに助手を命じると、ホルブに巣食う悍ましい魔を引き剥がすべく治療に取り掛かったのである。

 

 ふと。タイミングを見計らったかのように、無事処置は成功したという連絡がフォトンパスに入ってきた。五体満足無事で、後遺症も見られないとのこと。

 シャーロットも旧下水道に突撃した時、ホルブの容態は目にしていた。肉体の半分近くを侵食されたあの絶望的状況をひっくり返すとは、流石は大魔法使いだと舌を巻く。

 心配事は露と消えた。ならば方針は決まったも同然だ。

 

「じゃ、私の家で働いてちょうだい」

「……え?」

「困ったことに人手が全然足りてないのよね。お家の修繕だとか掃除とか、とっても広いから滞っちゃってて。三人とも来てくれたら凄く助かるんだけど」

「あ、姐御。それは一体どういう……?」

「あなたたちを雇うって言ってるの。もちろんお給料もお休みもあげる。衣食住は保証するから安心して」

 

 何でもするんでしょ? とシャーロットは花のように微笑んだ。

 ブーゴはかけられた言葉を呑み込めず、酸素を求める金魚のように口をぱくぱくさせて狼狽える。ライアンの困惑ぶりは、白黒する目にありありと表れていた。

 当然か。罰せられると思いきや、耳を疑うような救いの手が伸びてきたのだ。きっと自分の耳が腐ってしまったんだと思い込んでいるに違いない。

 

 そんな彼らにくすりと頬を綻ばせ、宥めるように少女は言う。

 

「言っとくけど拒否権なんて無いからね。吐いた唾、そう簡単には呑み込ませないわよー?」

「む、むしろ願ったり叶ったりだど! でもどうして、赤の他人のオラたちにそこまで?」

「……私も同じだったから。他人事とは思えなかっただけよ」

 

 で、どう? と今一度問いかける。無論ブーゴは首が千切れんばかりに首肯して、シャーロットの手を握り返した。

 

「全人全霊、精一杯働きます! どうぞよろしくお願いしますだ!」

「決まりね! ライアン君も大丈夫?」

「…………」

「ライアン、返事くらいするど!」

「……お願い、します」

「こちらこそ。ああでも、皆にはまず初めに健康になってもらわなくちゃね。ふふ、うちのコックの料理は美味しいわよー」

 

 と、眠っていたリリンフィーがもぞもぞ動き始めた。体勢が辛いらしい。流石に抱えられたままでは負担が大きいかと、フォトンパスに魔力を流して公園に置いてきた浮遊椅子を召喚する。

 連絡手段になるところといい、このようにマーカーを着けた物体を呼び寄せる機能といい、つくづく便利なアイテムだと腕時計型の魔法道具を見る。

 

 欲を言えば、浮遊椅子のように人間も召喚出来ればこの騒動も早く片付いただろう。だが座標移動には何かと危険を伴う。だからオーウィズは実装しなかった。

 しかし裏を返せば、リスクさえ排除できれば人の転移も可能ということだ。今回の事件を鑑みてオーウィズは術式を改善すると言っていた。賢者を冠する大魔法使いならば、すぐにでもリスクは排除されるに違いない。

 

 そうなれば、今回のようなアクシデントも早急に解決できる。まぁ、誘拐なんてそうそう起こってたまるものではないのだけれど。  

 

「さーて、あとは地下の二人を待つだけね」

「……ん? 地下? あっ。あーっ!?」

「えっなに? どうしたの、急に蒼褪めたりなんかして」

「ちょっと忘れ物というか何というか……と、とにかく、旦那に相談しなくちゃ!」

 

 

 

「やれやれ。まさか千年後の未来で禍憑きを見ることになるとは思わなかったよ。魔物という存在はまったくしぶとくて敵わないな」

「博士、ホルブの容態は?」

「安心したまえ、落ち着いてるよ。ただかなりの栄養失調でね、しばらくは医者の世話になるだろう。まぁ峠は越えたさ」

「ああ、よかった……」

 

 旧下水道、作業員休憩室に安堵の声が木霊した。

 かび臭いソファーにどっかりと腰を落とす。傷んだクッションが軋む音に支えられながら、ヴィクターは肺の中身を空っぽにせんばかりの空気を吐いた。

 

「君がいてくれて助かったよ。ホルブ君にダメージを残すことなく魔物の芽を剥ぎ取るとはね。お陰で後処理が楽だった」

「王様の力に感謝ッスね。黄昏の森でもこの腕に助けられたなぁ」

 

 包帯に巻かれた腕を見る。『純黒の王』の権能、万物干渉を秘めた王の腕を。

 この腕はヴィクターの意思に従い、触れるものを自在に取捨選択することを可能とする。かつて小人(コロポックル)に埋め込まれた魔力爆弾だけを殴り壊し、今回は禍憑きのみを引き剥がしたように。

 存外ヴィクターが思っている以上に、この力は繊細な調整も可能とするらしい。

 

 そこに賢者の補助(アシスト)が組み合わさったのだから、効果の覿面(てきめん)ぶりたるや語るまでもない。死の瀬戸際にあったホルブの病は、瞬く間に小康状態まで良化を辿ることとなった。

 一時はどうなるかと気を揉んだものの、文句なしの結果を掴み取ったと言えるだろう。

 

「でもギリギリだったよ。もしホルブ君が友達の髪の毛一本でも食らっていたら、ダモレークは最悪の事態になっていたかもしれない。芽のもたらす飢餓感に抗った精神力は賞賛に値するね」

 

 禍憑き。それは魔物の芽と呼ばれる呪毒を何らかの形で取り込んでしまった人間が発症する、病の形を成した災厄である。

 寄生した芽はまたたく間に宿主を侵し、その骨肉を邪悪な魔へと作り変える。侵された宿主は強烈な飢餓感を覚え、最も魔力因子の近しい人間──即ち肉親や同族を喰らい、完全な魔物へと羽化を果たしてしまうのだ。

 

 一度(ひとたび)芽吹けば最後、宿主は手当たり次第に一帯を血と臓腑で塗り変えながら、新たな肉の畑を求めて久遠のように世を侵していく。黄昏の森で暮らしていた小人(コロポックル)たちを襲った悲劇のように。

 それが地獄を生み出す死の冒涜。禍憑きという災いなのである。

 

「うげえ、あと少し遅かったらダモレークの住人全員が喰われてたかもしれないのか。ゾッとするぜ」

「安心するのはまだ早いよ。禍憑きなんてものはこの世にあっちゃいけない禁忌だ。それがここ最近だけで黄昏の森とダモレークの二箇所で発生している。由々しき事態だよ、これは」

 

 手慣れた仕草で指先に熱を灯し、ハーブシガレットに火を移しながら、オーウィズは忌々しそうに口角を曲げて頭を掻いた。

 

「天蓋領の治世ぶりは舌を巻くほどの腕前だ。しかし何事も完璧は存在しない。一見澄んで見える川の底にも汚泥が溜まっているように、君も世の暗部を目撃したことがあるはずだ」

「……カースカン」

 

 オーウィズの言葉が、喉に引っかかる魚の小骨のようにヴィクターをちくりと突いた。

 思い起こされるのはかつての死闘だった。ヴィクターとシャーロットの命を狙った一人の暗殺者の存在である。

 

 あの男は言っていた。自分は裏の世界に身を置く闇の住人であると。

 平和に富んだこの世界であっても、人知れず他者を食い物にすることを生業とする悪は存在する。

 彼はまさにその筆頭のような人物であり、己の欲望を満たすためだけに無関係の小人(コロポックル)たちを巻き込んだ大虐殺を引き起こした。

 

 その発端となったのは、彼が何処かで仕入れて来たという魔物の芽で。

 

「あいつ、確か言ってました。魔物の芽は運よく手に入れる機会に恵まれたって」

「裏を返せば、禁忌(それ)を流している大元が存在するということだ。ホルブ君の件も無関係とは考え難い。あまりにスパンが短すぎる」

 

 魔物の芽は裏稼業にどっぷりと浸かっていたカースカンですら、運が良かったと口にするほどの希少性を誇るという。当然だ。魔物の殲滅に日々心血を注ぐ天蓋領の管理下で、そんなものがおいそれと世に出回るわけがない。

 そんな手段も数も限られた代物が立て続けに現れた。関連性は疑いようもないと言える。

 

「それってつまり、魔物の芽を流すようなクソッタレが、俺たちの身近に潜んでるかもしれないと?」

「可能性は高いとボクは踏んでる。それにきな臭い殺人鬼の噂といい、一連の騒動には何か繋がりがあるようにも感じるんだ。……()()()()()、という言葉が引っ掛かってね」

「アマルガム? 何スかそれ」

 

 聞き慣れない単語を反芻すると、オーウィズはシガレットを咥えながら、懐から数枚の写真をヴィクターへと手渡した。

 写っているのは血文字で記されたなんらかの記号や数列だった。書かれている場所も文字も一枚一枚てんでバラバラだが、どことなく暗号のような統一性を感じる。

 

「実は殺人鬼の件を独自に調査してたんだ。これはごく最近の現場に残されていた犯人からの暗号さ。答えは全てアマルガムという言葉だ。……先ほど目を覚ましたホルブ君も、同じことを譫言(うわごと)で繰り返していた。偶然とは思えないだろう? だから脳ミソを覗いてみようとしたんだけど」

 

 サラッととんでもない事を言っているような気がしたが、敢えて何も触れなかった。今に始まったことではない。

 それより、彼女は『覗いてみようとした』と言った。つまり完遂したわけではないのだ。

 あらゆる魔法技術の叡智を修めた賢者があえて未遂に終えたのは、間違いなく何か理由が存在する。

 

「彼の頭には複雑な精神ブロックが掛けられていた。恐らくだが、星の刻印によるものだ」

 

 ひゅっ、と乾いた空気が唇から漏れて。一瞬、喉の奥が干上がったような錯覚がヴィクターを襲った。

 星の刻印。魔法とは異なる先天性の異能力だが、ヴィクターはこれに良い思い出がまるで無い。

 触れるだけで人体を自在に改造する力も、描いた絵の中に対象を閉じ込める力も、さんざん辛酸を舐めさせられてきた。もはや耳にするだけで神経がヒリつくほどだ。

 特に、精神干渉などとくれば。

 

「大丈夫、諜報員(エマ)の力じゃない。シャーロット君に残存していたものとはまるで異なる性質の術式回路だった。刻印に同一の能力はふたつと存在しないから、彼女の仕業でないことは間違いない」

 

 否定の言葉が沁みるように、ほっと安堵の息をつく。

 星の刻印による精神干渉は、かつての怨敵を嫌でも想起させられてしまうキーワードである。まさかエマが関わっているのかと、背筋の産毛が総毛立つようだった。杞憂だったことに心底安堵を覚えたほどだ。

 

 しかし裏を返せば、エマとは別の何者かがホルブの禍憑きに関わっていることに他ならない。

 

「エマの刻印は対象人物の肉体そのものを書き換える能力だった。それを応用して脳機能を一部阻害し、認識阻害魔法と重ね掛けすることで記憶や認知能力を歪ませていたわけだ。ホルブ君にかけられていたものは、もっと直接精神に干渉するものでね」

「心を操る能力、って感じッスか」

「まさしく。それがホルブ君の精神に絡みついていた。まるで雁字搦めになった釣り糸だよ。無理やり剥がそうとすれば彼が廃人になる。お陰で干渉できなかったんだ」

「ンな物騒なもん、誰が何のために?」

()()()()()()()さ。ボクみたいな魔法使いが犯人(答え)に辿り着けないようにするためのね。きっとブーゴ君とライアン君にも同様の術が掛けられている。ホルブ君を匿うためとは言え、あんな下水道で暮らしてたのは極めて異常だ。人目を避けるよう思考を誘導されていたんだろう」

 

 言われてみれば確かにおかしい。禍憑きというタブーを抱えていて、騎士団に仲間を処分される可能性に怯え隠れていたとしても、別に下水道を住処とする必要性はない。

 むしろ不衛生な環境は仲間の寿命を縮める一因になる。一時の隠れ家として利用するならまだしも、長く滞在するにはあまりに不適切だ。

 

 金銭面もそうだ。少なくともライアンとブーゴの二人がいるなら、出稼ぎと看病で役割分担は可能だったはずだろう。 

 禍憑きという未知の呪いに怯え、一時でも仲間と離れたくない気持ちがあったのかもしれないが、しかし瘦せこけるほどの飢えに耐え続けるというのは想像以上の苦痛を伴う。

 あの作業員休憩室には残飯や食べ物の包装など、食事の形跡がまるで見られなかった。彼らの容態と状況を合わせた場合、つまるところ()()()()()()()()()()()()()()ことになる。

 

 あまりにも不合理な話だ。それこそ、何らかの魔法で頭を弄られでもしていなければ。

 

「するってえとつまり、ホルブに芽を植え付けたのも、頭を弄ったのも、巷を騒がせてる殺人事件も、全部同じ奴の仕業ってことなのか……? おいおい、早く騎士団に報告しないと大変なことになるんじゃ!?」

「そうしたいのは山々だが、駄目だ。明確な証拠も揃っていない状況で『禍憑きが出ました、殺人鬼と関係がありそうです調べてください』なんて伝えてみたまえ、真っ先に疑われるのは君だぜ? 騎士団には天蓋領の息もかかってるんだ、なるべく接触は避けた方がいい。殺人鬼でピリついてるこのご時世、一度でも疑われたらまともに身動きすら取れなくなってしまう」

 

 ハーブシガレットの煙をふうっと空気に馴染ませながら、オーウィズは宥めるように言った。

 

「何も君たちの保身に限った話じゃない。犯人は相当頭の切れる人物だ。なにせ、何年も前から痕跡ひとつ残さず命を奪ってきたような輩だからね。警戒されて逃げられでもしたら二度と足取りを追えなくなってしまう。……正直、殺人鬼(アマルガム)のことは腹に据えかねていてね。それだけは避けたいんだ」

 

 シガレットから灰を落としながら淡々と述べるオーウィズの瞳の色に、ヴィクターの汗が青ざめる。

 怒りの色があった。激情に燃える炎のような赤熱ではない。それは冷たい、冷たい、血の一滴まで凍り付かんばかりの、極北の氷塊のような底冷えする群青だ。

 

 初めて見る顔だった。普段の彼女はカラコロと笑顔を絶やさず、森の陽だまりのように穏やかで優しい人物である。怒ると言っても精々イレヴンの悪戯を叱る程度で、こんな、怒りの矛先に居ないヴィクターですら(はらわた)から底冷えしそうな怒気を滲ませる姿は見たことがない。

 

(……考えてもみりゃ当然か。博士は世界を守るために戦い続けてきた英雄なんだ。流したはずの血も、味わったはずの苦しみも、全部全部飲み込んで、平和になった世の中を心から祝福できるような人なんだ。許せるわけがない)

 

 彼女が最も忌み嫌うのは、いたずらに命を弄ぼうとする下衆である。それも魔物などという最悪の存在を使役して、なんの罪もない民草の安寧を奪おうなど、言語道断の悪逆非道に他ならない。

 何が何でもこれ以上殺人鬼の好きにはさせまいとするオーウィズの意志をひしひしと感じた。彼女の心が波となって肌を薙ぐようだった。

 それは激励のように、殺人鬼を止めんとする決意の骨子となって胸を打つ。ヴィクターは自然と拳に力がこもるのを実感した。

 

「さておき、一先ずここを出ようか。こんなかび臭い場所にホルブ君をほったらかしにしておくのは可哀想だ」

「ッスね。まだ一人じゃ立てないだろうし、俺がおぶって行きます」

「必要ないよ。イレヴンがいる」

 

 パチンと指を弾く音。同じくしてオーウィズの影に変化が起こった。まるで石を投げられた湖面のような揺らめきが走ったかと思えば、影が一人でに立ち上がり、どや顔満面のイレヴンが現れたのである。

 

「じゃじゃ~ン」

「どぅえっ!? お、おまっ、どっから出て来た!?」

「ほらワタクシ、陰からお仕えする身ですかラ? いつでもどこでも即時に万事に役立てるよう、マスターの影にずっと潜んでいたのでス! いや~これが窮屈極まりなくテ! でも前より影が広くなった気がしますネ。もしかして面積が増え──失礼、クソデブりましタ?」

 

 野太い絶叫が下水道中を走り回った。無詠唱金属魔法を尻にぶち込まれたイレヴンの亡骸が無惨にも崩れ落ちていく。

 

「クソ執事、君は彼を島まで。それと、薄めのスープを用意するようコック長に。あの衰弱ぶりだと固形物はしばらく食べさせられないからね」

「へ、島? ホルブを連れてくんです?」

「ああ。ちょうど今、シャーロット君が彼らを雇うと決めたそうだ。彼らも島の一員になるみたいだよ」

「マジッスか! こりゃ賑やかになりそうッスねえ」

 

 シャーロットの性格上、彼らを放っておけないだろうとは思っていた。ましてや自分の境遇と重なる部分があれば、手を差し伸べたとして何ら不思議ではない。

 彼女はそういう人間だ。見ず知らずの記憶を失った男を無条件で介抱してくれるような少女なのだ。

 決定に異論はない。シャーロットが決めたのなら従うし、仲間が増えるのは大歓迎だ。

 

「じゃ、後は二人に任せるよ。ボクは少し調べ物をしてから帰るとシャーロット君に伝えてくれたまえ」

「アイアイマスター」

「了解ッス。お気をつけて」

「……あ、そうだ。ヴィクター君、ちょっとフォトンパスを貸してくれないかい?」

「? どうぞ」

「ありがとう」

 

 腕からフォトンパスを外し、オーウィズに渡す。

 受け取った彼女は小さな魔方陣を指先に展開させつつ、何を閃いたのか、おもむろにフォトンパスを弄り始めた。

 

 パチパチと音を立てて、青い火花のような魔力が散る。腕時計の形をしていたフォトンパスが空中で分解され、内蔵されていた術式の大元らしい水晶盤があらわになった。

 オーウィズはそれを生まれたての赤子を取り上げるかのように丁寧に扱いながら、魔方陣を介して細かな作業を行っていく。

 当然、ヴィクターには何やっているのか綺麗さっぱり分からない。

 

「アップグレードだよ。リリンフィー君の件を省みて、新しく機能を追加しようと思ったんだ。本当は手っ取り早く位置情報を搭載したいんだけど、もし天蓋領に解析されでもしたら島の空間座標を逆算されてしまうからね……ええと、この式をこうして……はい出来た」

 

 バラバラだったフォトンパスが再び腕時計の形を取り戻し、吸い寄せられるようにヴィクターの腕へと巻きついていく。

 一体どんな機能を追加したのか。たずねるより早く、「術式の更新に少し時間がかかるから、使い方は帰ってからね」とオーウィズは言い残して去ってしまった。

 

「では、我々も帰りますかネ。ワタクシはポータルオベリスクまで直接座標移動(テレポート)しますが、どうされまス?」

「俺はシャロたちと合流するよ。お前はホルブを早く暖かい寝床に連れて行ってやってくれ」

「承知しましタ。ではまた来世」

「勝手に殺すな」

 

 イレヴンとホルブが光に包まれて消えていくのを見送って、ヴィクターは大きく伸びをした。

 俺もいい加減この陰気な下水道から出よう。思いながらドアノブに手を掛ける。

 

 ふと、何か大事なことを見落としているような気がして。

 なんとなしに、ふらりと後ろを振り返る。

 ソファーの傍にぽつんと置かれたまんまの、立派な仕事カバンが目に入った。

 

「…………あっ、あああ────っっ!!? 先生のカバン!! やッッべえ!!」

 

 

 

「最悪だ……約束すっぽかしちまった。しかも取り返して来るって約束までしておいて! ちくしょう、完全にやらかした」

「いやいや、落ち込む必要ないど! もとはと言えばオラが盗んじまったのが悪いんだ、旦那のせいじゃねえっ」

「そうじゃねーんだ、ブーゴ。忘れてたってのが駄目なんだよ」

 

 すっかり夜の帳に包まれてしまったダモレーク。寝床に帰った律儀な太陽に後をまかされた月明かりと飲み屋の賑わいが懸命に闇夜を彩る中で、ヴィクターはがっくりと肩を落としながら項垂れていた。

 気が重い。未だ持ち主と再会を果たせない鞄が、まるで泣いているようにすら思えてくるほどに。

 

「見ろこのカバン、年季が入ってるのに新品みたいにピカピカだ。傷ひとつねえ。きっと長い間苦楽を共にしてきた、先生の大切な相棒なんだと思う。そいつを取り返してくるって大見得切っておきながら、ド忘れだぞ。不義理にもほどがあるだろ」

「旦那……」

「先生は命に対してめちゃくちゃ真剣で、真っ直ぐな信念持った人でさ。これが無かったせいでもし患者さんに何かあったら、きっと自分を責めちまう。もしそんな事になってたら俺、耐えられる自信ねえよ」

「オ、オラは何てことをっ……! 旦那は何も悪くないだ、もしそうなっても全部オラが盗んだせいなんだから!」

「そこは普通に反省して貰いつつ、まぁ、なんだ。二人で一緒に謝ろうぜ。許してくれるかは分からねえけど、きっと理解はしてくれると思うからさ」

「っ……うぅ……旦那ぁぁ……」 

 

 おんおん嗚咽し始めたブーゴに苦笑していると、昼間にイシェルと別れた場所まで辿り着いた。

 至極当然の話ではあるのだが、彼の姿は何処にもない。人っ子一人見当たらない閑散具合だ。

 イシェルは元々、遠く離れた中央街(レントロクス)から遥々やって来た身の上である。しかも多忙極まる医者なのだ。これだけ時間が経っていて、未だ留まっているわけがない。

 

「どうするかな。夜分遅いけど、じいさんの家に寄ってみるか。きっとじいさんなら先生の病院とか、連絡先も知ってるだろうし」

 

 

 確かじいさんの家はあっちだな、と方角を変えようと踵を返し。

 ふと、夜の町並みを一瞥して。

 ヴィクターの動きが時を止められたように停止した。

 

「…………おかしい」

「? 旦那、どうしたんだど?」

「静かすぎる。何で誰も人がいない?」 

 

 言われ、ブーゴはきょろきょろと窺うように辺りを見渡した。

 ぼんやりと夜を楽しむ暖色の魔力灯たち。団らんの一時を過ごしているだろう、カーテンから漏れている住宅の光。騒がしい酔っ払いたちの歌声が聞こえてきそうな、飲み屋の中で蠢く人影。

 当たり前に広がる夜の風情には、人々の営みが交差する静謐な活気にあふれていた。

 

 ()()()()()()()()()()()。全くもって異常極まる。 

 どこもかしこも人の気配で満ち満ちているのに、町を歩く人間の姿がどこにもない。

 まるで二人の視界を占める夜景の全てが、精巧に作られたハリボテではないかと思い込まされてしまうほどに。

 

「ダモレークは田舎だが過疎地じゃない。まだ日も跨いでねえのに、こんなに店が賑わってるのに、通行人の一人も居ねえってのはどういう────伏せろブーゴ!!」

「ほぇ? どぅおわっ!?」

 

 唐突だった。星空を劈くような絶叫が破裂し、ヴィクターがブーゴを庇うように押し倒した刹那。闇を食い破る一条の閃光が二人の頭上を掠めるように過ぎ去ったのだ。

 いいや違う。()()()()()()()()()。何の前触れもなく襲い掛かって来た彗星のような青い殺意は、明確にブーゴを狙って放たれたものだった。

 

「なっ、ななななんっ!? い、今のは一体なんだど!?」

「分からねえ! とにかく後ろに隠れてろ!!」

 

 ブーゴを背で庇いながら拳を構え、光の矢が飛んできた方角に射殺すような視線を向ける。

 同時にこの町を包む違和感がより濃厚な気配へと変っていくのを肌身で感じた。今の騒ぎを経てなお、誰も窓から外を覗くような人間がいない。

 

(魔法で人払いでもしてるのか? それともカースカンみたいに結界のような力で空間を覆ってやがるのか)

 

 黒腕に意識を集中させ、空間を掴めるか試してみる。しかしカースカンの時のような、空間を別のベールが覆っている感触は伝わってこない。

 であれば恐らく、これは幻覚か人除けの空間隔離か。いずれにせよ相当強力な力だろう。

 再び腕の力に集中し頭を触る。が、魔法の類を仕込まれた形跡は感じなかった。幻覚の線は消え、この異常事態は町の空間を別の異空間に転写した空間隔離だと判断する。

 

(博士から魔法習っててよかったぜ。こんな仰々しいもんを町中で使ってくるってことは、間違いなく敵は俺たちが狙いだ。誰だ? 天蓋領か?)

 

 いや、その線は薄い。仮に天蓋領が放つ刺客だったなら、こんな町中で騒ぎは起こさないはずだ。

 空間隔離とはそこまで万能ではない。効果持続が短い上に、空間内で起きた影響がコピー元に少しばかり反映されてしまう。つまり不必要に痕跡を残す結果となる。

 奇襲前提の暗殺が目的なら、ヴィクターが仕事で『禁足地』に行くまで泳がせてから仕留めた方が堅実だ。

 

(しかもあの魔法、間違いなく矛先はブーゴだった。何でこいつを狙う?)

 

 考えられるとすれば、それはひとつしか思い当たらない。

 ホルブに魔物の芽を植え付けた何者か。ブーゴとライアンに精神干渉の異能を仕込んだ張本人。

 即ち──巷を騒がせている正体不明の殺人鬼、アマルガムだ。

 

「おい!! 聞こえてるんだろ!? 出て来いよ、俺たちは逃げも隠れもしねえぞ!!」

「旦那!? なんで挑発するような真似を!? 逃げた方が良いだ!」

「駄目だ、相手はどこに居るかも分からねえ飛び道具持ちだぞ。背を向けたらやられる。しかも理由が分からねえが、アイツはどうもお前を狙ってるらしい」

「へぇッ!? オラぁ!?」

「そうだ。お前、走って遮蔽(あそこ)まで逃げ切れる自信あるか?」

「むむむ無理だどぉ~~~~!!」

「だよな。この暗闇で的確に狙撃してきたような奴だ、下手に逃げてもぶち抜かれちまう」

 

 一見すると元気にも見えるブーゴだが、長い下水道生活のせいでかなり弱っている体だ。

 禍憑きに見舞われたホルブや幼いライアンよりは遥かにマシだが、決して万全ではない。正確無比に飛んでくる豪速の閃光が相手では、間違いなく逃げ切れないだろう。

 

 腕の力を使った高速移動ならブーゴを安全な場所まで運べるかもしれない。ポータルオベリスクまでは保てないだろうが、振り切れる確率は高い。

 しかしそれでは根本的な解決にはならない。ヴィクターを踏みとどまらせる最たる理由は別にある。

 

 今まで血生臭さとは無縁だったダモレークに殺人鬼が現れた。ダモラスが、ビビアンが、親方夫婦が住む町に。シャーロットの心を治す憩いの場をくれたこの町にだ。

 例えブーゴと逃げたとしても、殺人鬼が無関係の人々を襲わないなんて甘ったれた道理は全くない。

 ならば見過ごせるわけがあるものか。ダモレークに危害が及ぶような可能性が毛の一本でも存在するのなら、それが目の前に転がっているのなら、逃げ出せるわけがあるものか。

 

「安心してくれ、絶対に守り通す。俺を信じろ」

「うううう…………!! そうは言っても旦那、あんな恐ろしい魔法からどうやって身を守れば」

 

 言葉を殺意で遮るように、再び光の矢が到来した。

 ヴィクターの影から恐る恐る顔を覗かせたブーゴの頭へ、嘲笑うように風穴を穿たんと放たれたそれを、包帯に巻かれた拳が豪速と共に叩き落とす。

 

 一度ではない。二度、三度と暗闇から牙を剥いてきた魔法の矢を鷲掴み、そのまま握り潰して塵に変えた。

 何が起こっているのかまるで理解出来ないブーゴは、顎が外れんばかりに大口を開いて愕然の渦中に閉じ込められてしまう。

 

「信じろ。必ず守る」

「は、はひ」

 

 どの道逃げられないなら傍にいた方が安全だ。ブーゴも理解したらしく、せめて邪魔にならないようにと、近くの大きなゴミ箱の裏へ身を隠した。

 もし迂回されて射線を広げられようとも余裕でカバー出来る距離だ。視線をブーゴから外し、されど意識は緩めぬままに、ヴィクターは拳を鳴らして静寂の闇と相対する。

 

「来いよ、逃げも隠れもしねえぞ! それともなんだ!? 大勢の命を奪っておいて、たった一人の俺が怖いのか!?」

 

 夜を掻き混ぜんがばかりに怒声を張り上げ、わざと挑発を轟かせた。

 

(さっきの攻防で遠くからじゃ殺害は不可能だと理解したはずだ。なら奴が取る行動は逃亡か接近の二つ。でもって、殺人鬼の野郎はブーゴに執着してやがる)

 

 息を吐いて、吸って、十分に酸素を巡らせ思考を混ぜる。

 敵の考えを。行動を。その先を読み解いていくために。

 

(近づいて来るだろ。折角の獲物を逃がしたくないもんな? なにせお前は、今まで狙った標的を仕留め損ねたことが無い。腐った美学を抱えるクソ野郎は絶対に執着心に負ける)

 

 ヴィクターは知っている。他者の命など何とも思っていない下衆の思考を、その美学を。

 これまで経験してきた死闘が確信めいた先読みを生んだ。執着心を持つ異常者を相手に、そのプライドを毟るような挑発をぶつければ、間違いなく喰らいついてくるはずだと。

 

「オラ出て来いよ、バーカ! 臆病者! ボケナス! 目の前の俺一人殺せないとか殺人鬼やめちまえ! アホー!」

「旦那、煽るにしても語彙がっ!」

「うるせえっ! 狙って悪口言ったこと無いんだからしょうがねーだろ!?」

 

 流石に無茶かと、半ば諦めたその時だった。己の語彙力を呪うヴィクターの予想を覆すように、あるいは嘲笑うかのように。暗闇の奥から魔力灯が照らす明かりの下へ、小さな靴音を連れながら現れた人影の姿が目に映ったのだ。

 

 長身痩躯の男に見える。目深く被った鍔の広いハットに、闇夜を羽織るかの如く巨大な外套。顔は何やら黒い布で覆われていて、素顔の片鱗すらうかがえない。

 どころか、肌の見える場所がひとつも存在しない。頭の先から足の爪先まで黒ずくめの衣装に包み込まれ、人種や年齢どころか性別さえも不明瞭な、個人的情報源を全て遮断されていた。

 

 不気味だ。吹けば折れそうな針金のように細いシルエットなのに、堂々と仁王立つその姿には一切のブレが無い。無機質で、冷めていて、どこかゴーレム染みた印象を受ける。

 いいや、違う。これは断じて無機質などではない。夜の中に溶け消えてしまいそうな漆黒の大男からは、相対した者だからこそ感じられる、激しいコントラストを孕んだ意思の波濤が放たれていた。

 

 憎悪。

 

 ぶすぶすと死臭を噴き上げる腐乱死体のような、あまりに悍ましく強烈で、直視し難いほどの常軌を逸した憎しみの感情。

 それが引き絞られた弓矢の如くギリギリと張り詰めて、ただひたむきなまでに、ブーゴの命へと狙いを定めているのだ。

 逆立ちゆく産毛の悲鳴と共に、ヴィクターはそれを如実なまでに感じ取って。

 

(なんだ、この、ズシンと骨の奥まで響いてきやがる凄まじい圧迫感は。こいつの何がそこまでブーゴを憎ませて……?)

 

 無言のまま立ち尽くす男の真意は読めない。一体全体何がここまでの殺気を生み出しているのか見当もつかない。

 けれど、少なくとも。いっそ純粋に思えてしまうほどの研ぎ澄まされた殺意を、傍若無人のままに死を振る舞わんとする人間が正常とは言い難く。

 バキゴキッ──拳の骨を揚々と掻き鳴らし、ヴィクターは牙を剥いた。

 

「てめえがアマルガムか」

 

 男は応えない。

 身動ぎひとつせず、橙色の魔力灯に浮世離れした姿を曝け出しているのみ。

 

「御託はねえ。ブチかまして吐かせるぞ」

 

 迷いなど塵芥ほども皆無だった。

 黒腕を最大解放。時の流れが歪むような流動感が訪れ、一帯の全てが遅緩されゆくスローモーションの世界へと突入する。

 闘志を薪と()べて猛り吠え、砲弾の如く握り固めた純黒の鉄拳を叩き込まんと先手必勝の火蓋を切った。

 

 

 だが。

 

 

「だんな」

 

 葉音のように細やかな掠れた声が、背後からヴィクターの襟首を掴むように縫い留めて。

 一瞥するように振り返れば。

 ヴィクターの全てが、毛の先から心の臓腑に至るまでの全てが。一瞬時を止められたかのように停止した。

 

「な、ん……!?」

 

 濁流に呑まれるような混乱。その源流はブーゴだった。

 ()()()()()()()()()()。生まれたての赤子と病に伏した老人をぐちゃぐちゃに混ぜたような醜悪な人間の顔が、蒼褪めたブーゴの首元から、まるで己こそが肉体の持ち主だと主張せんばかりに生え伸びていたのだ。

 それは金切り声とも断末魔ともつかない絶叫を破裂させながら、留まるところを知らない悪夢のようにみるみる膨れ上がっていて。

 

(禍憑き!? 馬鹿な、何でブーゴがッ!? 殺人鬼(アイツ)は何もしちゃいねーのに!)

 

 間違いなく黒づくめの男は一切のアクションをしていなかった。

 魔法の形跡も、暗器を使った仕草も、何らかの罠が発動した気配もない。あれば間違いなく気付けたはずなのだ。

 王の腕の力を振るい、全てがスローと化す独裁の世界に入ったヴィクターは、かつてグイシェンの猛攻を完膚なきまでに捌き切った。

 もしあの男が何かしたなら、絶対に見逃すはずが無い。

 

 ならば何故、ブーゴが禍々しき魔に呪われた?

 

 考える暇など無い。思考に割く須臾すら勿体ない。 

 ならばと地を蹴った。床石を踏み砕かんばかりに蹴り抜いて、崩れ落ちかけているブーゴの元へと駆け寄った。

 

 醜い頭を鷲掴み、肉に食いつく魔を引き剥がすため腕に全神経を集中する。

 やり方はホルブの時に嫌というほど学ばされた。この禍憑きは断然ホルブより侵食が浅い。今なら容易く剥ぎ取れる。

 重要なのはイメージだ。物理も魔法もあらゆる法則性を度外視するこの腕は、持ち主のイメージのままに触れた対象の選別と掌握を行うのだから。

 

「すまんブーゴ、ちっと痛むぞ!」

 

 全身全霊。禍憑きを一呼吸の間にブーゴの首から引き剥がす。金切り声を爆発させて暴れ狂う化生を地に捻じ伏せ、拳の絨毯爆撃を叩き込んだ。

 黒腕の力を解除すれば、赤黒い肉塊が水風船の如く爆砕した。粒子状に消滅しゆく禍憑きを見届けて、すぐにポーチから水薬(ポーション)を取り出す。

 

 布に含ませ、首元の傷口にあてがう。幸い傷は軽い。あっという間に塞がったが、ショックのせいか気を失ってしまった。

 だらりと力を失くしたブーゴを静かに寝かせる。無論背後への警戒は緩めずに。

 

 何故ブーゴに禍憑きが顕れたのかは分からない。ヴィクターは魔物の専門家ではない。

 けれど。この状況下で。眼前に佇む空虚な殺人鬼以外に、道理の導きようなどあるはずもなく。

 

「てめえ……!! ホルブに飽き足らずブーゴまでッ!! どこまで腐りきってンだコラァッ!!」

 

 黒腕を解放、万物干渉の権能を招来。大気を渾身の力で鷲掴み、殺人鬼めがけて全霊の龍颯爆裂拳を馳走する。

 即座に二発目の空を掴む。しかし撃ち放つことはせず、腕に纏わりつかせた空気の螺旋を地面に刺し穿ち、瓦礫の散弾へと変貌させて解き放った。

 大気の砲弾と大地の榴弾。一握の容赦をも持たない苛烈の権化が、男めがけて降り注ぐように到来する。

 

「『従え、空と地の精霊の名において(エイクァーエルタス・セクウェーレ)』」 

 

 だがしかし、ノイズの入り混じった奇妙な声が悍ましくも凛と響き渡ったかと思えば、攻撃の一切が男の眼前で静止した。

 どころか龍颯爆裂拳が、瓦礫の散弾が、まるで主に歯向かうことを恐れた飼い犬のように殺人鬼に付き従い、周囲をくるくると旋回し始めているではないか。

 

 悟る。()()()()()()()()()()()のだと。

 この世界を構築する万物に宿る微かな魔力。殺人鬼は空気や瓦礫に含まれていた僅かな魔力を精霊と定義し、疑似的な支配契約を結び付けることで支配権を簒奪していた。

 それは漆黒に塗り潰されたあの男が、高位の魔法使いであることを雄弁に物語っていて。

 

「『敵を穿て、勇ましき五界の(フォルティベリトゥス・イゴニミ)────、ッ!?」

 

 詠唱を練り上げ、奪い取った空気と大地の凶器を跳ね返さんと企む殺人鬼が、布に覆われた顔に一抹の焦りを浮上させた。

 射線上からヴィクターの姿が消えていたのだ。

 それどころの話ではない。既に懐へと潜り込み、巌の如く握り固めた拳を限界まで引き絞っているではないか。

 

 ──光の矢に襲われた時点で、腕の立つ魔法使いなのは理解していた。

 

 龍颯爆裂拳が効かないことも。それらを奪われるかもしれない可能性も。既に予測はついていた。

 知っていたからだ。賢者の下で魔法を学び、ある程度の使い手には物理に頼った手段など何の意味も成さないのだと。

 

 

 瓦礫も空気弾も目晦ましに過ぎない。

 シャーロットとの特訓で生み出した龍颯爆裂拳の波状攻撃に紛れ、一瞬のうちに肉薄することが本懐だ。

 

「悪ィが、魔法(てめえ)のノリに付き合ってやるつもりはねえよ」

 

 賢者オーウィズによる対魔法戦術その1。距離を殺すべし。

 魔法という(のり)は性質上、中距離戦においては無類の制圧力を発揮する。

 だが至近距離では自らを巻き込むリスクを孕むがゆえに、大きく力を削ぎ落とされるという決定的な弱点を持つ。

 

 即ち。

 この距離は。拳が届く射程距離内は。ヴィクターの領域そのものだ。

 

「だァァらァァあああああ────―ッッッ!!」

 

 刹那、大砲の如き肉弾が殺人鬼の鳩尾へと突き刺さった。

 破裂音とも破壊音ともつかない恐るべき衝撃が轟き奔る。あまりのインパクトに殺人鬼の体が重々しく浮かび、苦悶が絞り出されるように呻き声となって溢れ出した。

 

 だが浅い。手応えの違和感を認めざるを得なかった。

 直撃する寸前に防がれていた。さながら空気のクッションのような不可視の緩衝材を挟み込まれ、大幅に威力を削り殺されていたのだ。

 

「しゃらくせえッッ!!」

 

 関係ない。拳が届く距離にある以上、依然何の問題もない。

 重要なのは認識だ。王の腕はヴィクターの意思を反映して力を発揮する。不可視の防御壁だろうとも、その存在さえ認識すれば、守りごと貫いて渾身の一撃を見舞ってやれる。

 

 距離を取ろうとする殺人鬼の右手を掴んだ。  

 布に覆われた顔から()()()()()()()()が漏れた。

 身体能力はそこまでなのか、少し引き寄せただけで簡単に体勢を崩しよろめいて。

 

 

 否。これは身体能力云々の話ではなく。

 この挙動はまるで、この男が初めから足を負傷していたかのような。

 

(……え?)

 

 脳裏を掠める、怪訝の匂いを帯びた一陣の風。

 躊躇という名の杭がヴィクターの影に突き刺さる。

 それが足を呪いのように縫い止めて、張り詰めた戦線に幽かな余白を生み出した。

 

「転血」

 

 ぐるん、と。

 なにかが捩じれる音がした。

 

「ぁ」

 

 瞬間。全身の皮膚を引き裂くように、血潮で出来た大輪の華が咲き誇った。

 心臓が捩じり切られたかと錯覚した。血の流れが逆流したかのような激痛が四肢末端まで骨肉を侵し、視界が暗転と白光に塗り潰された。

 

「がッッッ!? ば、ぁがっ!?」

 

 平衡感覚が一瞬にして喪失する。五感は痺れ、もはや立っているのか倒れているのかも分からない。

 息が熱い。心臓は暴れ狂っていて今にも飛び出しそうだ。喉奥から競り上がってきた鉄臭い津波が堰を切ったように溢れ出て、バタバタと地面を赤黒く塗り潰した。

 

(なんッ、なんだ、何を、されたッ……!?)

 

 暗器や魔法道具を使った形跡は無かった。

 ただ呟いただけだ。ひとつの単語を。それも魔法詞(スペル)ではない。転血という言の葉一枚、ただそれだけだった。

 星の刻印か? いいや、()()()()()()()()()()()()。少なくとも最初の一撃は確実に防げたはずだ。

 

 ならば、これは何だ。体の内側から破裂させられたかのような未知の絡繰りは。

 

 あまりに唐突で理解不能な一撃が脳を濁す。オーウィズから学んだどの魔法や異能にも当てはまらない不可解が、失血で著しく摩耗した脳機能を加速度的に低下させた。

 

 だがヴィクターにとって、身を八つ裂く痛みもその原因も、まるで重要では無かった。

 戦いの中で動揺が生まれたこと、それが一番の問題だった。今までどの死闘でも感じたことの無いためらいが動きを鈍らせ、拳を遅らせ、闘志を揺るがせ、殺人鬼の反撃を許してしまったことが度しがたいのだ。 

 しくじったことはどうでもいい。問題はその大元にある。

 動揺の原因。躊躇の根源。苦虫を舌の上で磨り潰されたような、やり場の無い感情の篝火──その火種こそがら、真に。

 

(冗談だろ、こんなの)

 

 男の正体の一端が、思考を切り裂く刃のように脳裏を薙ぎ払ったからだ。

 それが拳をなまくらに変えて、逆転を譲る切欠の落とし穴となってしまっていた。

 

(こいつは、この、殺人鬼はっ)

 

 ヴィクターの推測が正しければ。胸の内に萌芽した憂いが真実ならば。

 隙を生まない方がおかしかった。こんなの、想像だって出来るはずも無かったのだ。

 

(──今は考えるな)

 

 思考を切り捨てる。生死の瀬戸際に無駄なノイズは必要ない。

 集中すべき局面は目の前に広がる今現在だ。死の王手をかけられた無慈悲の盤を前にして、どうして後を考えることが出来ようか。

 

 破裂した毛細血管が視界を滲ませ、思うように前が見えない。鼻も濃厚な鉄の匂いに塞がれている。ズキズキと神経を搔き毟る激しい痛みに呼吸が荒らされる。

 問題無い。黄昏の森に比べたら掠り傷も同然だ。

 精神論で闘志を繋ぐ。痛みという名の活力剤で意識を縫い合わせる。

 再び拳を構えて前を向き、血の混じった唾を吐き捨てながら殺人鬼と相対し────。

 

「……あ?」

 

 萎れる風船のように気の抜けた声が漏れた。

 臨戦態勢に突入したヴィクターとは裏腹に、殺人鬼の姿が忽然と消えていたのだ。まるで妖精にでも化かされて、最初から存在していなかったかのように。

 

「まさか、ブーゴ!?」

 

 最悪の事態が過り、冷や汗と共に振り返る。

 しかし血が凍るような憂いを余所に、ブーゴは五体満足無事だった。むしろ意識を取り戻したのか、のっそりと起き上がってぼうっと辺りを見回している。

 

(……どこにもいねえ。退いたのか?)

 

 結論付けるほかに無かった。

 殺人鬼の気配がどこにも無いのだ。おまけに閑散としていた夜のダモレークへ、活き活きと人の流れが生まれ始めている。

 空間隔絶の結界が効果を切らしたのだろう。目撃者が大勢生まれてしまう状況での暗殺は、流石に不利だと判断したのかもしれない。

 

『ヴィクター君、無事かい!?』

 

 ふと、よく見知った声がフォトンパスからキンキンと響いてきた。

 オーウィズだ。なにやら慌てているようで、珍しく声色があらぶっている。

 

「博士? どうしたんスか、そんなに慌てて」

『君のバイタルが異常値を叩き出したんだから慌てもするよ! ブーゴ君も一緒なんだろう? 彼の身に何か変化は!?』

 

 察する。オーウィズの焦燥ぶりには、ブーゴの身に起こった異変とも関係があるのだと。

 ブーゴは殺人鬼に触れられずして禍憑きに呪われた。それは絶対の自信を持って言える確かな事実だ。明らかな不可能が目の前で起こった謎の正体を、彼女は握っているに違いない

 

「……実は、禍憑きが出ました。すぐに引っこ抜いて叩きのめしたんで、大丈夫だとは思いますけど」

『ああやっぱりか! すまない、ボクの責任だ。魔物の芽が潜り込んいたことに気付けなかった』

 

 通話越しでも酷く憔悴している様がありありと浮かぶほど落ち窪んだ声。絞り出すような懺悔には、どうもブーゴを襲った異常について知っているらしいことが伺える。

 今は沈黙に徹し、次の言葉を待った。

 

『あの後、ポータルオベリスクがライアン君を拒絶したとシャーロット君から連絡があったんだ。調べてみたら、彼の奥底にほんの小さな芽が仕込まれていた』

「っ!」

『しかも特定の言葉で発芽するよう、緻密な起爆術式と隠蔽魔法にくるまれていて……。そんな最中に君のフォトンパスから警告が入ったんだ、血が凍ったかと思ったよ』

 

 納得の音がストンと落ちる。何故あの状況でブーゴが発症したのか気掛かりで仕方がなかったが、靄を払う答えをオーウィズがもたらしてくれた。

 

 既に魔物の芽が潜伏していたのだ。それはオーウィズの目をもってしても識別不可能だった隠れようで、虎視眈々と発芽の時を狙っていた。ご丁寧に導火線まで添えられたおまけ付きで。

 起爆条件は特定の言葉──恐らくソレを口にするか耳にすれば発動するような仕掛けだろうと、素人直感ながらヴィクターは推測する。

 

 考えられる言葉としては、やはりアマルガムか。

 ヴィクターが口にした瞬間ブーゴの芽が目を覚ましたのなら、あのタイミングで殺人鬼が何のアクションも無く禍憑きを見舞ったのにも説明がつく。

 

『本当にすまない、完全に盲点だった。まさか魔物の発芽を操作する方法が編み出されてたなんて……ああくそ、まだ信じられない』

「ちょちょちょ、博士のせいじゃないッスよ。気負う必要なんてどこにも」

『いいや、ボクの責任だ。あれは奴の嗜好と口封じを含ませたトリガーだった。彼らがアマルガムと関わった時、一帯を巻き込んで虐殺を引き起こすための爆薬だったんだ。そんな大事に気付くことすら出来なかった。ボクは賢者失格だ』

「違う。悪いのは三人に魔物を仕込んだ大馬鹿です。この話はこれで終いッスからね」

 

 有無を言わせぬよう、澱んだ空気を強気に払う。

 殺人鬼の悪事で自責の念を抱く必要などどこにもない。既に彼女はホルブの命を救っているのだ。見知らぬ人のために惜しまず尽力を注げる素敵な人が、どうしてそんな悔いを噛み締めなければならない。

 そんなものが正しいわけがないと、絶対の自信をもって断言できる。

 

『……ありがとう。少し気持ちが楽になったよ』

「ところでライアンは? あいつは大丈夫なんですか?」

『もちろん。具合はいたって良好さ。ああしかし、本当に君たちが無事でよかった。一時はどうなることかと……いや、本当に大丈夫かい? フォトンパスに失血の表記が出てるんだけど』

「あー、えーっと、後で話します。今から帰りますンで、皆に伝えててください」

 

 言い終えて、逃げるように通話を切った。

 殺人鬼のことは話せない。アマルガムに怒るオーウィズだからこそ、今この時だけは伝えることが出来ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。まずはそれを済ませてからだと、ヴィクターはフォトンパスから無造作に転げてしまった鞄に視線を移す。

 

 イシェルの鞄を拾い、ブーゴに手を貸して立ち上がらせる。

 気付けば人の目がちらほらと。夜のおかげで血糊が目立たないのが幸いだが、騒ぎになるのも時間の問題だろう。すぐにでも退散するのが吉か。

 そんな時だった。よく見知った声が耳を煽ったのは。

 

「お、おいおいおい、お前さん! どうしたんだいその怪我は!?」

「ちょっ、まって、ヴィクターちゃん!? 何があったのさ、そんな酷いことになって……!」

 

 ダモラスだ。ビビアンも連れている。二人で夜の散歩でもしていたのか、偶然居合わせたらしい。 

 まずいところを見られたな、と頬が引き攣った。全身血塗れな上に、一帯は破壊の名残が残っている。ダモラス夫婦からしてみれば目を見張るような異常事態だろう。

 

「あー、えーっと、大丈夫ッスよ! 見た目はアレかもだけど全然平気なんで! 薬飲んで寝りゃ治りますから!」

「あのなぁ……お前さんの性格上、心配をかけまいと振舞っているんだろうが、舐めて貰っちゃ困るよ。そんなんで誤魔化されるわけないだろう」

「その通りだよ全く! アタシたちの事なんか気にしなくていいから、何があったのか全部話しな! 大人は素直に頼っとくもんだよ!!」

 

 窘められ、しゅんと縮こまる。

 この二人だけはどうあっても勝てる気がしない。けれど、だからこそ告げるべきか迷いが生まれる。

 例の殺人鬼と戦っただなんて、どう話せばいい。そもそも話すべき相手は彼らではなく騎士団だ。無暗に巻き込むべきではない。

 それにヴィクターの考えが正しければ、あの男の正体は────

 

「とにかく、まずは手当てが先さね。ビビアン、頼めるかい?」

「任せな! 昔はよくやんちゃ坊主どもの怪我を治してやったもんよ! ヴィクターちゃん、覚悟しな!!」

「……えっ、覚悟? なんで手当てで覚悟ってんぎゃああああああああああ沁みる沁みる沁みる沁みる!!」

「喚くんじゃないよ、高等水薬(ハイポーション)さね! 痛いのが嫌なら無茶しないことさ、まったく!」

 

 開いた傷口に黄緑色の液体を吹きかけられた。それはもう凄まじい沁みようで、唐辛子を塗りこまれた方が百倍マシと断言できるレベルである。

 しかし効き目はこれ以上なく抜群だった。痛みが引いた頃には、ほとんど傷が塞がっている。恐らくかなり高価な応急用魔法薬なのだろう。入れ物もどことなくゴージャスな見た目をしている。

 

「それで、だ。いったい何があったんだい? そちらの連れも随分と……おや? お前さんたしか……」

「うえっ!? かかか、会長!? お、お久しぶりですだ!」

 

 急にうやうやしく頭を下げ始めたブーゴ。知り合いなのかと問えば、「ホルブが倒れる前まで会長さんのところで働いてたんだど」とのこと。

 ピンと記憶が蘇る。そういえば親方の現場で世話になった時、急に二人辞められて困っていたと言われたことがあった。もしやブーゴたちの事だったのだろうか。

 だとすれば何とも奇妙な縁だと、ビビアンに血汚れをごしごし拭かれながら驚きを覚える。

 

 いや、今はそんな事はどうでもいい。話を戻さなくてはと、ヴィクターはダモラスに向き直った。

 傷を負った経緯ではない。むしろヴィクターの方が、ダモラスに訊ねなければならないことがある。

 

「……じいさん。話す前に、ひとつ聞いておきたいことがあるんです」

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