善き人々いわく、復讐は愚かな行為だと言う。
失ったものは戻って来ないだとか、心にぽっかりと虚しさが残るだけだとか、私刑を認めるわけにはいかないだとか。
理由は様々だが、間違った言い分でないことは共通している。復讐心の生まれる過程が如何に残酷で無慈悲な惨劇だったとしても、斯様な野次は決して頭ごなしに否定出来るものではない。
大脳新皮質は理解する。
善き人々いわく、復讐は尊ぶべき権利だと言う。
心の痛みを和らげる妙薬だとか、辱められた者たちの慰めになるだとか、悪は相応しき報いを受けるべきだとか。
理由は様々だが、間違った言い分でないことは共通している。復讐を晴らすことが社会に軋轢と無秩序を生む事になるとしても、斯様な野次は決して頭ごなしに否定出来るものではない。
大脳辺縁系は共感する。
そも、大衆はいつの日だって無関係だ。世を賑わせる記事の向こう側に自らを重ね、訪れてもいない未来を、過ぎ去ってもいない過去を、シナプスの悪魔が水飴のように混ぜ込んでいるだけに過ぎないのだから。
ある日突然人生というレールを壊されてしまったとして、進むのも止まるのも逸れるのも直すのも、結局は持ち主ただ独りだけ。
果てに手にする損も得も、感情も道理も、理解も共感も、全てを
だから
静かに
例えそれが、善き人々が悪逆と罵る腐敗だったとしても。
この身に煤を塗りたくるどす黒い復讐心が、赤子のように眠るその日まで。
◆
中央街レントロクスは一大都市である。
立ち並ぶ高層住宅や巨大なショッピングセンター。光のレールをホバリングしながら滑るように行きかう
のどかな港町ダモレークとは異なる研磨された街の空気感は、まさに都市特有の鋭さだ。しかし決して無情で冷たいものではなく、高められた人々の熱意や活気がエレガントに渦を巻く、賑わいに溢れた
そうしたアルボルッド地方の中枢には、穢れを知らない純白の外装と赤い星のロゴを掲げた巨大な施設が存在した。
あくなき病と闘い続ける医療の最前線、レントロクス総合病院である。
浄化魔法による洗浄粒子を浴びながら入り口を抜けると、外界と隔絶された無機的な清潔感に支配される世界が広がっていた。
病院独特の消毒液のツンとした匂いで満ちている。あちこちに赤い星のロゴマークが散らばった内装は、まるで病魔に向けられた挑戦状のようだ。
曇りなく磨かれた床は鏡の如く艶やかで、歩けば靴がキュキュッと音を立てて、その気高い在り様を強調してくれるほど。
辺りにはこれまたシミひとつ無い白衣を羽織った人々の姿が伺える。彼らを頼るべく訪れたらしい人々も、波のようにごった返していた。
そんな病院のエントランスホールに、頭一つ大きな人影があった。屈強な肉体と額に生えた角が特徴的な亜人、
顔に大きな傷跡の残る猛々しい大男と、無垢な玉のように朗らかな男の子だった。およそ病とは無縁そうな彼らは、何やら巨大な土産品を手に一人の医者を引き留めている様子だ。
「先生! イシェル先生! いやあ、この間はどうもお世話になりました! 先生のお陰で女房もすっかり元気になって、なんとお礼を言えばいいか……ほら、お前もお礼を言いなさい」
「せんせー! まま、なおしてくれて、あぃあとぉ!」
「ははは、どういたしまして」
午前の診療を終え、他の地域へと訪問診療に向かうべく病院を後にしようとしたイシェルを引き留めた彼らは、以前イシェルが担当した婦人の家族だった。
過剰魔力心融症という、魔力の過剰生成で
「あのねー! ままね、おそとでね! あそんでくれるようになったんだよ!」
「本当かい? それは良かったなぁ。元気になってくれておじさんも嬉しいよ。でもまだ無理はさせないように気をつけてね? お母さんを守ってあげなさい」
「うん!」
太陽のように笑う無邪気な男の子。タッチがしたいと手を出してきたので、イシェルは微笑んでそれに応えた。
手術の成功率は良くて五割だった。成功したとしても、良化するとなれば確率はさらにそれを下回る。誠心誠意を尽くした後は、天に祈るのみという状況だった。
だが婦人の回復力はイシェルも舌を巻くほどの勢いを見せつけた。彼らがその証拠だ。元気に生活を送っている様子が親子の仕草からありありと伝わってくるようだった。
大男とその息子は、そんな奇跡を起こしたイシェルに感謝を伝えずにはいられなかったのだろう。袋を片手に訪れたのはそういうことだ。
「こいつはせめてものお礼です。うちで作ってる
「せんせーこれねー! あのねー! すっごくあまいんだよ! おいしーの!」
「おお、これはこれは……ははは、この距離からでも甘くて上品な香りがしますね。とても美味しそうだ、ありがとうございます。ですが当病院では──」
「お礼を言うのはワシらの方ですって! たらい回しにされてた女房を救ってくださったのは先生だけだった。こんなんじゃ全然足りないくらいでさぁ」
有無を言わさぬ勢いで渡された袋を受け止める。と、思った以上に中身が重くて腕を持っていかれそうになった。
落とさないよう慌てて両手に持ち変える。袋の中に座っているのは、人の頭より大きな果物だ。
特上の
「先生、何かあったらまたお願いします。あなたはワシら家族の恩人だ」
「ばいばーい! またねせんせー!」
用が済むが早いか、
見送ったイシェルは贈り物を竜の卵のように抱えながら、さてどうしたものかと困った笑顔。
「先生。贈り物の受け取りは禁止ですよ」
「ああ……セレナ君。不味いところを見られちゃったね」
背後から投げられた小言の主は、若い
凛とした雰囲気の麗人だ。年は二回りも下の後輩なのだが、その負けん気の強さと律を重んじる誠実さが詰まった切れ長の瞳は、まるで歴戦の猛者のように鋭く光っている。
イシェルはこの眼がどうも苦手だった。じっと見据えられると頭が上がらなくなってしまう。自分よりしっかり者だから、先輩として不甲斐なく思うせいだろうか。
「先生は押しが弱いんですよ。例え断り辛くても、決まりなので受け取れませんとハッキリ伝えないと」
「ははは、面目ない。言おうとはしたんだけど、圧に押し負けてしまってねぇ」
「まったく……。で、どうするんです? 今から訪問ですよね?」
「そうなんだよ。というわけで、すまないが後を頼めるかい? 時間があったら切り分けてくれると助かる。リーベン氏の手術に関わった皆で分けてくれ」
落とさないよう「重いからね」と忠告しながらゆっくり譲り渡す。
が、意外にもセレナは余裕そうだった。この果物の重量感はまさしく大岩のソレなのだが。腰をやられかけた身空とはえらい違いである。
やはり若さなのか。イシェルは老いを感じて哀愁の影を落とした。
「先生の分は?」
「余ったらでかまわないよ。気持ちは十分受け取ったから」
「ちゃんと残しておきますよ。先生じゃなきゃ、あのオペは成功しなかったんですから」
「ははは……君のような立派な子に褒めてもらえると、医者としてちょっぴり自信が持てる気がするな」
「ご謙遜を。先生は十分すぎるほど優秀です」
頭を掻いて気恥ずかしさを誤魔化す。
彼女とて優秀な医者だ。天才と言っていい。研修生時代から既に頭一つ抜きんでていた彼女は、経験不足をものともしない頭脳と精神力の持ち主だった。
反面、第一印象は氷のように冷たかったことは記憶に新しい。
相手がベテランだろうが一切物怖じせずズバズバと切り込んでいく強気な姿勢に、トラブルに見舞われようとも揺れる事を知らない鉄面皮と、窓枠に溜まった埃のような小さなミスすら許さない徹底した完璧主義。
他人とは常に一線を引いているようだったその孤高ぶりは、よく言えばクールであり、悪く言えば冷酷な人間の様相だった。イシェル自身、やれルーズだの弛んでいるだのよく小言を言われたものである。
そんな新人時代を考えれば、今の彼女は見違えるように柔らかい人柄になったものだ。
他人を気にかけてくれる優しい子になったんだなぁと、親のような感慨深い気持になる。あの手術の件から一層丸くなったように感じるのは気のせいだろうか。
「そういえば、手足の具合はどうなんです? 転んで痛めたと聞きましたが」
セレナの視線は、軽く包帯の巻かれたイシェルの右腕と右足首を往復していた。
少し前、ダモレークでひったくりにあった時のものだ。幸い軽い擦り傷と捻挫で済んでいるが、年のせいか昔より治りが遅くてまだ痛む。仕事に支障が無いのが救いと言ったところか。
「あぁ、平気平気。七日もすれば綺麗に治る」
「治癒魔法を使えば早いでしょうに。難治性の疾患でもない、ただの外傷なんですから」
「なるべく頼りたくないんだよ。あれは治癒力の前借りだからさ。普通に治した方が長い目で見ると良いんだ」
「……先生はそういう方針でしたね。とにかく、ご無理なさらぬよう。あなたは大事な主戦力なんですから、居なくなると困ります」
「ははは、ありがとう」
セレナはぺこりと一礼し、
一息ついて、イシェルはちらりと腕時計に目を落とす。
予定のペガサス便が迫っていた。少しだけ急ぎ足に病院を抜け出して、駅に向かって歩いていく。
後輩の忠告を無下にしないよう、足のご機嫌を伺いながら。
◆
「ああ先生、今日もありがとうねえ。先生はいつもこんな辺鄙な所まで来なすってくださるから、ほんと助かるわぁ」
「ははは。なーに、こう見えて鍛えてますから。坂道くらいへっちゃらですよ」
「そうは言っても、お忙しいんでしょう? そろそろ自分で通院しようか迷ってるんだけれど、どうかしら」
「お気になさらず。帰りにダモレークへ用事があるのでね、寄り道して帰れるから丁度良いんですよ。通院はもう少し良くなってからにしましょう。折角治ってきてるんだから、ここで無理すると大変だ」
「そう……? じゃあ次もお願いしようかしら」
「ええ、また診に来ます。薬の飲み忘れに気をつけて、お大事に」
ダモレーク近郊の田舎に住まう老婆の訪問診療を終えたイシェルは、長い長いなだらかな坂道を沈みゆく太陽と共に降りていた。
麓にはペガサス便の駅。学業を終えた子供たちの集団が駅から飛び出して、和気あいあいと坂道を駆けあがってくる姿がよく見える。
この距離だと豆粒のように小さい。まだ発育途中の子供たちにとって、この坂はさながら霊峰の登山道に匹敵する雄大さだろう。
しかしそんな障害など物ともしない無尽蔵にすら思える活力は、遠く離れたイシェルにも声の波となって届いていた。
(子供は元気だなぁ。疲れを知らないみたいだ)
壮年の身にはかなり堪える田舎道。けれどイシェルは坂を上がった者だけが眺められるこの景色が好きだった。
特に今のような夕暮れ時は格別だ。頬を撫でる涼やかな風。茜色の哀愁。真っ赤な太陽を背に悠々と空を飛ぶペガサス便は、何度見ても見飽きない魅力がある。
「さぁて、もうひと踏ん張りだ。ヴィクター君から鞄を返してもらわないと」
ダモレークでひったくりにあった時、スケジュールの都合でレントロクスに戻らざるを得ず、やむなく見捨てることしか出来なかった仕事鞄。
それが戻ってくると耳に入ったのはつい今朝の事だ。連絡をくれたダモラスいわく、ひったくりを追いかけて行った少年が無事に取り返したらしい。
彼は約束を果たしてくれたのだ。自ら危険に飛び込んでまで。
(ダモラスさんは彼を気骨のある男だと評価していたが、嘘偽りは無かったみたいだ。嬉しいなぁ。誰かのために動くことのできる優しい強さを持った若者が、一人でも世にいてくれることが)
けれど。だからこそ。
それはきっと、不本意という名の味だった。
「……次の便まで時間がある。少し散歩でもしようか」
下り坂の途中、イシェルは徐に脇道へと進路を逸らした。
林の中を続いていく一本道。そばの石には森林公園と刻まれている。
イシェルは整地された落ち葉と土の小道を踏みしめて、緩やかに歩を進めていった。
はやくも公園の遊具で遊ぶ子供たちの声が聞こえる。
それを通り過ぎる。打って変わって荒れた林道が現れる。
薄汚れた木製の看板には剥がれかけの地図が。このまま進むと、大きなグラウンドに出るらしい。
ただし今は林道に倒木があって、安全のため立ち入り禁止となっているが。
「よいしょっと」
乗り越える。白衣に木くずが着いたが、特に気にはならなかった。
今更汚れを気にしたところで、意味など無いと分かっているから。
「……私は古い家系の
周りに人は誰も居ない。けれどイシェルは独り言ちる。まるで誰かと共に歩いているかのように。
いいや違う。間違いなく誰かが居る。
イシェルの後を追って、ずっと着いてきている何者かが。
「気付いたのはほんのついさっきさ。実に見事な
生え伸びた芝生が我が物顔で跋扈する、寂れたグラウンドの中央で。若草の匂いを乗せた春風を嗅ぎながら、イシェルは背を向けたままそう言った。
応えるように、小さな電子的起動音が虚空を駆けた。
腕時計のような形をした
「やぁ。鞄、届けに来てくれたんだね」
「……」
「って、そんなわけないか。ははは」
「……」
ヴィクターは答えない。ただただ静謐に、身動ぎひとつ揺らがせずに。微笑むイシェルの碧眼を矢のように真っ直ぐと射貫くだけ。
夕焼けに深く影を彫られたその表情は、掻き混ぜられた空のように複雑な色を浮かべていた。
「いつから
「……朝から。病院にいる時から、ずっと」
「何故? わざわざ病院にまで忍び込まずとも、私は鞄を受け取るためにダモレークまで行っていたのに」
「あなたがどんな人なのか知っておきたかったからです」
「ははは。参ったな、スキャンダルを撮られた有名人みたいな気持ちだ」
「…………」
「そう怖い顔をしないでくれよ」
「何で笑っていられるんです?」
言葉に鋭利があるとすれば、ヴィクターのそれは刀剣のようだった。
けれど、イシェルに動揺はない。
ただ涼やかに、どこか諦念のような濁りを露わにしながら、藍色の微笑みを浮かべて空を仰いだ。
「私がどんな人なのか知りたいと言ったね。君の目にはどう映った?」
「……とても良い、お医者さんでした」
ぽつりと、雨粒のように零れる言葉。
「患者さんの心に寄り添って、病と戦う人々に真正面から向き合って、力のある限り精一杯を尽くして……医者の鑑みたいな人だった。誰より命を大切に想ってるのが伝わってくる、強くて優しい背中だった。思わず男として憧れちまうくらいっ……!」
「──そんな人間が人殺しなんてするはずがない。そう言いたいんだろう?」
「ッ!!」
陽が沈む。
闇の黎明がやってくる。
「後学のために教えてくれないか。何故私だと分かったんだい?」
「……殺人鬼の右手を掴んだ時、まるで焼けた鉄に触ったみたいに腕を引っ込めようとしたんです。振り解こうとしたんじゃない。痛みで思わず反射的に出た反応だった。体勢を崩した時も、最初から足を痛めてたような不自然さがあった」
右手と右足。気づきの火種となった二つの起爆剤。
しかしそれだけではないと、ヴィクターは静かに鞄を突き付ける。
「殺人鬼は明らかに俺たちを──いいや、ブーゴを狙って現れてました。偶然じゃない。狙って来てたんです。ならどうやって俺たちの居場所を? この鞄が答えだ。何か位置情報を発信する
「ほう? 今?」
「探知魔法って言いましたよね。俺が身に付けてるこの道具、フォトンパスには魔法的干渉を防ぐ機能がある。探れるわけが無いんですよ。賢者オーウィズを超えるような魔法使いでもない限り」
「ッははは、賢者様と来たか。御伽噺の英雄と比べられたらなぁ……。うん、私もまだまだ未熟に違いない」
降参だ、とイシェルは苦笑いと共に両手を上げる。
左手には小さなプレート状のモニターが握られていた。方眼紙のような升目が表示された画面の中には、赤い光が一定のリズムで明滅を繰り返している。
言うまでもなくそれは、ヴィクターの持つ鞄から発せられたシグナルで。
「凄いね、君は。自分の生き死にがかかったあんな状況で、細かい所までよく見ている。接近戦に持ち込んだ私の判断ミスかな。参ったよ、命を助けるのは得意なんだけど荒事は苦手でさ」
「……すか」
「聞こえないよ」
「何でこんな事をしてるんですかッ……!? あなたはこんなッ! 馬鹿げた真似していい人じゃなかったはずだ!!」
慟哭のような訴えが、薄暗い宵のベールを吹き飛ばさんばかりに駆け抜けた。
けれど。相も変わらず困ったような微笑みを崩さないイシェルの瞳は、どこか掴みどころのない仄暗さを湛えるのみ。
「ヴィクター君。さっきの坂から見た景色、どうだった? 私はあれが大層お気に入りでね」
一帯を支配する殺伐とした緊張感など、微塵も匂わせない穏やかな口調。
ただの世間話でも広げるように、イシェルは淡々と続けていく。
「健やかな善き人々の営みが形作る社会。その縮図こそがあの光景だ。家族のために働く親、夢を追う若人、若者を導く先人、無邪気に遊ぶ子供たち……それぞれの明かりがダモレークを、レントロクスを、この世界を彩っている。そんな今の世界が私は大好きなんだ。あの景色を見ると、疲れてても気力が湧いて来るんだよ」
一転。イシェルの表情が濡れた憂いを帯び始め。
いいや違う。この感情は。暗く冷たい情動の茨は、憂いなどという生易しいものではなく。
「しかし完璧なんてものは存在しない。この世には度し難い病魔が潜んでいる。健康な人間の体内でも、癌細胞が日々生まれているのと同じように」
憎悪。
鬱蒼と茂る憎しみが、まるで大木に寄生するヤドリギのようにイシェルを覆い始めていた。
「私はね、世の中を穢す悪の存在が許せないんだよ。殺したいほど憎いんだ。何の罪もない人間を食い物にする、そんな悪性新生物どもが」
纏う空気に昼のイシェルの面影はない。
あるのはただ、夜闇に溶け込んで消えてしまいそうな、漆黒の意思を羽織る幽鬼の姿で。
「覚えておきたまえ。この世に唯一存在する万病の薬……それは
◆
医者を目指した理由は単純で、けれど劇的なものだった。
小児性過剰魔力心融症。それは幼いイシェル・マッコールを蝕んだ死神の名前。心臓の未成熟な子供がごくごく稀に発症する指定難病である。
発達しきれていない未成熟な心臓が、本来のキャパシティを超えた魔力を生成してしまうことで心臓が崩れてしまう恐ろしい病。今でこそ治療法が確立されているものの、イシェルが幼かった当時はその完治率の低さから死の病だと恐れられたほどだった。
例に漏れず、イシェルは生と死の狭間を彷徨い続けた。過剰魔力がもたらす生命エネルギーの暴走、それに伴う心臓の激痛に高熱、毛細血管の破裂による出血など。幼い身空を襲うには、あまりに過酷な悪魔の洗礼を嫌というほど味わわされた。
遠い過去のことなのに、当時のことは今でもハッキリと記憶に焼きついている。
苦しみのあまり幼くして死にたいと願い続けた辛酸を。どうすることも出来ない無力さから憔悴しきった両親の顔を。
『手術の成功率は良くて3割。例え成功しても再発リスクが高く、辛い話ですが、あと数ヶ月が山場かと思われます』
朦朧とする意識の中でも覚えている言葉の意味は、なんとなく絶望なんだろうなと、顔を覆って泣き叫ぶ母親の姿から察していた。
もう駄目なんだと悟った。やっと終われると安堵した。悲しませてごめんなさいと、無性に涙が出てくるようだった。
しかし、ここで途絶えるはずだったイシェルの人生は、ある日を境に大きな逆転を見せることとなったのだ。
『大丈夫。君は必ず助かる。君の体は、まだ生きようと死に物狂いで頑張っているんだから』
匙を投げられ続けたイシェルが最後に辿り着いたレントロクス総合病院。そこでただ一度だけ、手術の日に顔を合わせた老医師がいた。
悔しいことに顔は思い出せない。けれど、イシェルに寄り添いながら手をそっと包む暖かさと、不安をまるで感じさせない力強さを秘めた皺枯れ声だけは、魂の底に焼きつくくらい鮮明に覚えている。
その老医師は一切の弱音を吐かなかった。限りなく生存率の低い難病を前にしてなお怯まず、必ず治すという言葉を曲げず、あろうことかそれを実現してみせたのだ。
自分は助かった──実感したのは、体中に繋がれていたチューブや生命維持魔法の
美味しかった。なんの味も着いていない、白く濁ったドロドロの流動食なのに、涙が止まらないくらい美味しかった。
無我夢中で頬張って、空っぽに出来た器を見て、もう死にたいと思わなくて良いんだって、声を上げて泣いた日のことを、イシェルは一生忘れることはない。
医者を目指したのはそれが理由だった。命というものの価値と、生きることの奇跡。そして自分を救ってくれた老医師への強い憧れが、イシェルを医学の道へと推し進めたのだ。
それからは何てことの無い、清く正しい人生だった。
勉学に励み、日々に感謝し、両親を敬い、人に優しく在り続けることを心掛けて生きてきた。
道端にゴミをポイ捨てるような、小さな悪事にすら手を染めたことは無い。清廉に、廉直に、あの老医師と両親に生かされたこの命に報いるために、ひたむきに生き続ける毎日だった。
道中、運命を共に出来る女性と出会った。無事に学院を卒業し、医師としての資格を得た。首席に名を飾ったことは小さな自慢だ。
けれど驕ることはしなかった。ひたすら真面目に真剣に、自らの務めと向き合ってきた。
自分を医者だと胸を張って名乗れるようになった頃に、付き合っていた女性へ結婚を申し込んだ。死んでしまうかと思うくらい緊張したけれど、不思議と不安は感じなかった。
子供も生まれた。目に入れても痛くない、珠のような娘だった。
この子はどんな人生を歩んでいくんだろうかと、早くも親馬鹿に片足を突っ込んだ。宝物を増やしてくれた妻への愛が一層深くなっていくのを実感した。家庭を持った父としての重みが、新しい人生のスタートを切ったのだと教えてくれた。
普通で、けれど尊くて、毎日が輝きに満ちたような『生』だった。
歯車が狂ったのは、まるでつい先ほどのようにすら感じるある日のことだ。
妻と娘を奪われた、忌まわしい運命の夜だった。
◆
「ヴィクター君。君は自分の命より大切な人を失った経験はあるかい?」
懐から取り出したのは、その一箱を随分と長く吸っているのだと察せられるような、くたくたになった煙草のケース。
中から一本取り出すと、不慣れな手つきで火を着けた。
吸って、少し噎せて、構わず吸って、「まずい」と零す。
それでも止めようとしないのは、まるで胸の中に巣食うどす黒い澱みを、煙に巻こうとしているかのようで。
「私はある。妻と娘だ。顔も知らない、出会ったことも無い、頭のイカれた男に殺された。本当に突然の出来事だった」
「……、」
「家に帰ると、明かりが着いて無かったんだ。妻がまだ起きているはずなのにさ。不思議に思いながら玄関を開けたら、職場で味わう血生臭いにおいが鼻を殴ったんだ」
紫煙が溶けていく。
煙草の端を焦がす赤熱が、すっかり暗くなったグラウンドに寂しく咲いた。
「リビングに行くと妻が倒れていた。庇った娘を抱きかかえたまま。二人とも全身に無数の刺し傷を負っていた。……初めて自分の職業を呪ったよ。認めたくなくても頭が勝手に診断するんだ。ああこれは、もうどうしようもないってね」
底冷えするような冷たい声。
声の形をした暗闇のようだと、ヴィクターは冷めた汗を頬に伝わせた。
「風を感じてふと横を向いたら、窓が割れてたんだ。そこに知らない男が立っていた。焦点が合って無くて、不潔で、明らかに普通じゃない様子だった。返り血で汚れたシャツが、いやに色濃く見えてさ」
「ッ……」
「ついカッとなって……気付いたら男が虫の息になっていた。私も傷だらけで、家の中は滅茶苦茶だった」
君も見ただろう? と光の球がイシェルの手のひらに現れる。
ブーゴを襲った光の矢。それを暗示する片鱗だけで、ヴィクターはまるで彼の記憶を覗き込んだかと錯覚するほど、凄惨極まる過去の情景が脳裏に浮かぶようだった。
「我に返ったんだ。こんなことをしてる場合じゃない、妻子を助けなければと。男が這いつくばって逃げていくのを知りながら、私は無我夢中で蘇生を試みた。その結果どうなったと思う?」
吸殻を光の球に放り込む。ぶすぶすと断末魔が燃え上がった。
紙煙草の遺灰が、風に吹かれて消えていく。
「騒ぎを聞きつけたご近所さんが犠牲になったんだ。私が男を見逃したせいで。挙句、妻子の命も助からなかった」
光の球を握り締めるように手を閉じる。
ぼんやりと宵を照らしていた明かりが消え、闇に再び深みが訪れていく。
「男は酷く錯乱していた。重度の精神疾患の所見があった。騎士団に連行されていく時も、自分が何をしたのかすら理解していない様子だったよ」
「先、生」
「妻も、娘も、一度だって罪を犯したことの無い人間だった。ご近所さんもそうだ。本当に良い人でね……。誰も悪くないんだ。道端に唾を吐いたことすらない、至極真っ当な人間だった。ずっと清く正しく生きて来た。それがどうだ? ある日突然、風に吹かれた蝋燭みたいに命を奪われてしまった。
ぞわり、と背筋を舐められるような怖気。
「わかるかい、ヴィクター君。この世の中には、どうしようもない癌細胞が一定の確率で存在しているんだよ。それは善き人々を巻き込んで肥大化し、無作為に身勝手に食い潰していく。初期症状なんてない。ある日突然発症して、人生を奪うんだ」
「だから殺戮に手を染めたと……!?
──ヴィクターはようやく、イシェル・マッコールという男の内に秘められた狂気の正体を、その一端を、垣間見ることが出来たような気がした。
あの夜、イシェルがブーゴを狙ったのは彼が鞄を盗んだ人間だからだ。窃盗を働いた『悪』だからだ。
ビリビリと肌を搔き毟られるうだった尋常ではない憎しみの波動は、ブーゴ本人に向けられたものではなかった。
罪を犯す人間の『悪性』。それを目の当たりにしたがために、病魔撲滅の
「世の中には必要なんだよ。悪性腫瘍を初期ステージで切り落とすための人間が。騎士団では駄目だ。発症してからでは何もかもが遅すぎる。
「だからってあなたが手を汚す必要は、その道理は! どこにも無いじゃないですか!?」
「いいや、ある。これは復讐なんだよ。世に潜む病害全てに対する復讐だ。家族へ捧げる弔いのための戦いなんだ」
「妻子のため……!? そんなのっ──」
「喜ぶはずがない、死んだ人間は帰ってこない、とでも言うつもりかね」
ヴィクターの口を縫い付けるような言葉の縫合糸。
有無を言わさぬイシェルの圧力は、まるで声に硬度が存在するかのようで。
「違う、違うよ、ヴィクター君。復讐は私の魂の清算に必要なんだ。未来を向くための行為なんだ。妻子に捧げるのは、私が手を汚した分だけ訪れる、少しだけ綺麗になった
しかし彼の放つ言葉の全てには、さながら英雄の演説のような、心を手繰り寄せる力があった。
「気を落とさないで欲しい。君は間違いなく正しいよ。けれど、正しさだけが人を救うとは限らない。私は私のために、私と同じ思いをする人間が一人でも居なくなるように、悪の芽を根こそぎ切除する。病はいつの時代だって、予防こそが
不思議な気分だった。頭では否定したいのに、間違ったことなど何一つ言っていないかのような錯覚に陥ってしまう。正しいと思わされる引力があった。
不条理に人生を壊された男が、同じ境遇の人間を作らないために自ら手を汚す道を選んだ復讐譚。
血塗られた悲哀と医師としての矜持を抱くその瞳は、高潔さすら感じるほど揺るぎ無い決意の証明だ。
彼は快楽殺人鬼ではない。世間が生んだ社会悪でもない。ましてや心を喪った廃人ですらない。
この男は、イシェル・マッコールの正体は。どうしようもなく悲しい
「だから、おじさんに教えてくれないか。
──だがヴィクターは、決してイシェル・マッコールを肯定しない。
「君はこの世に一人でも多く必要な存在だ。善き人々の命だけは奪わないと決めている。でも、病巣はしっかり摘出しなくちゃね」
彼を正しいと認めることは、よく見知った大切な少女が血を吐くような苦しみの末に掴んだ道を、それに手を添えた自分自身を、否定することに繋がるから。
「先生。俺は別に復讐でご家族が悲しむとか、帰ってくるわけじゃないだとか、そんなことを言うつもりはありません。むしろやればいいとすら思ってる。世の中には死んだ方がマシなクソッタレが居ることも、よく知ってるつもりです」
「……へえ?」
「復讐したいならすればいい。それであなたが前を向けるようになるのなら、責任を負う覚悟があるのなら、そいつは個人の問題だ。俺が口を挟む余地なんて何処にも無い」
「意外だね、そんな言葉が出てくるなんて。てっきり相容れられないものだとばかり」
ヴィクターは清廉恪勤な人間ではない。イシェルが言うような善人だなんて欠片も思ってはいない。
正しいと信じるもののためならば生死をかけて戦うことも辞さない男だ。例えイシェルと同類だと蔑まれたとしても、決して否定できないとさえ感じるほどに。
「でも、あなたのやり方は完全に個人の範疇を超えている」
しかし決定的に異なるのは、ヴィクターが自分のために戦ったことは一度だって無いことだ。
心を病み、人の道を踏み外しかけたシャーロットを止めるため。
大義の名の下に、多くの人生を踏みにじったエマの悪逆を止めるため。
危険な『禁足地』に踏む込む覚悟が、決して偽りでないことをザルバに証明するため。
邪悪な欲望を叶えるためだけに虐殺を決行した、カースカンを止めるため。
呪いに冒されたリリンフィーを救い、シャーロットの人生を取り戻すために、武聖グイシェンと戦った。
そこにあったのは己の信念と、それに反するものを見過ごせないという義気だけだ。
記憶を失くした怪しい男を救ってくれた一人の少女が、空っぽの自分にくれた『誰かのために手を伸ばせる優しさ』に報いるためなのだ。
イシェルは違う。彼は復讐心の被膜で壊れかけた心を包み込み、正義という麻薬で痺れさせて、行き場の無い憤りを『悪』と断じた仮想敵に叩きつけているだけだ。
「正義と悪の極論だけで人を見て、仮初の仇を断罪することで慰めを得て、それを復讐なんて言葉で誤魔化しているだけだ。あなたがやっているのは、ただの盛大な八つ当たりだ」
そうして生れ落ちたのが、イシェル・マッコールという殺人鬼。
孤独と理不尽に象られた、帰るべき場所の無い復讐心の
「あなた自身の過去と何も関係の無い人間を巻き込んじまった時点で! そこに正当な復讐なんてふざけた大義名分は存在しない!」
「言ったじゃないか。私の復讐は正しい行いではない。大義なんて最初から掲げてないんだよ。けれど、今以上に世界を良くするためには必要なことなんだ。だから──」
「だったら何で手足の傷を治さなかったんですか。どうして正体を暴かれるリスクを承知の上で、俺の前に姿を現したんですか」
突き付ける。
イシェルの行動に点在していた、水面に浮かぶ油膜のような不自然さを。
「…………医者としての方針なんだよ。治癒魔法は確かに効果は高いけれど、細胞の寿命を大きく前借りするし負担もかかる。だから自然治癒を支持している。それだけの話さ」
「嘘だ。自分の痕跡を徹底的に隠して騎士団を欺けるような人が、悪を裁く使命感に囚われた人間が、そんな理由で大局的な判断を見誤るもんか」
前提として、彼は頭の悪い人間ではない。
卓越した頭脳を要求される医者として長年キャリアを積み続け、数多の魔法を習得し、あまつさえ騎士団の目を掻い潜りながら殺人を犯してきた彼が、ただの愚か者であるはずがない。
なのに彼は、自らの正体を探られかねないピース──怪我という特定要素を消さずして、ヴィクターの前に現れた。
イシェルからしてみれば痛恨のミスだ。薬や治癒魔法など、短時間で全快させる術なんて幾らでも知っているにも関わらず。
正体に繋がりかねないリスクは徹底的に排除するはずだ。今までの事件がその証明を下している。
仮に医者のポリシーがそうさせたとしても、怪我に関わったヴィクターの前に姿を現すなんて大きな危険を伴う必要性は皆無だった。
何より決定的だったのは、ヴィクターに正体がバレたと気付いた時の反応だ。
酷く冷静で落ち着いていた。一貫して微笑みを崩さず、むしろ
ヴィクターがいつでも騎士団に通報出来ると分かっていたはずなのに。既にされている可能性の方が大きかったのに。
それを全て理解して、その上で、わざわざ会話を交わすことを選んだのは。
「誰かに止めて欲しかったんでしょう……! 先生の言う善き人々に、自分という『悪』を断って欲しかったから! その怪我を残して俺の前に現れたんだ!」
「……!」
「もう気付いてるはずだ! 自分のやっていることがッ、同じ境遇の人間を増やすことに繋がってしまう矛盾に! だから止めて欲しいと思ったんでしょう!? 他でもないあなた自身が! 行き過ぎた暴走だって認めてるからッ!!」
「仮にそうだとして、君に何の義理がある?」
「……さっき聞きましたよね、自分の命より大切な人を失くしたことがあるのかって。俺はまだ経験したことは無い。けど失ってしまった悲しみを背負う人を、俺はよく知っている」
言葉の裏に浮かぶのは、深海色の瞳をした少女の姿。
「俺の知る女の子も、同じように理不尽で家族を亡くした人でした。心を病んで、人の道を踏み外す寸前まで追い詰められてしまった。俺はそれを止めるために全力で戦ったんです。優しいその子が一度でも手を汚してしまえば、もっと苦しむと思ったから」
失くした家族の弔いのため血に眠る宿痾に縋り、外道に堕ちてまで一族の願いを叶えようとした一人の少女。
もし彼女がヴィクターを生贄に捧げて、純黒の王を蘇らせて、アーヴェントの復興を成し遂げたとしたら。
その未来の先で、彼女は笑っているだろうか。
いいや。二度と笑えなくなっていた。
断言する。これまで共に過ごしてきたヴィクターだからこそ、それは絶対にあり得ないと断言する。
手にかけた命の影に追われ続け、永遠に笑顔を失って。日陰の中に閉じこもる。
優しい人間だからこそ、刻まれた十字架から逃げることは叶わない。
イシェルも同じだ。
「あなたを見過ごせば、彼女にした事を俺自身が裏切ることになる。自分の因縁と何の関係もない人々を巻き込んでまで振りかざす正義を、あの子のためにも、俺は絶対に認めるわけにはいかない」
だったらもう、見過ごすわけにはいかないじゃないか。
ここで彼を見捨てたら、それはシャーロットを止めるために戦った過去を、彼女の痛みを分かちあおうとしたあの夜を、白紙に帰してしまうから。
「先生、あなたは優しい人だ。心が歪んでしまっても、誰かの幸せを願えるような人間なんだっ! そんなあなたが、自分を悪だと蔑むような十字架を背負う必要なんて無い。もう十分苦しんだはずだろ」
「……ははは。君は、人殺しを思い遣るのか。全く本当に……眩しいよ」
心の底から嬉しそうにイシェルは笑った。
しかし同時に、これだけは避けたかったとでも言うような、悲哀の陰を湛えていた。
「答えはノーだ。私はあまりに手を汚し過ぎた。今さら真っ当な道なんて歩めはしない。歩むつもりもない」
「っ、先生!」
「だからこれは警告だよ、ヴィクター君。今日見たことは全て忘れなさい。回れ右をして、そのまま家に帰るんだ」
「出来るわけ無いでしょう……!! あなたがその狂った正義を貫くならッ! 俺は俺が正しいと信じるもののためにあなたを止める!!」
「……残念だ。君とは戦いたくなかったのに」
光が現れる。そっとイシェルを抱きこむベールの如く。
全身に纏わりついたそれはまるで繭のよう。内側から浮かぶ仄かなシルエットが、イシェルの姿をみるみるうちに作り変えていることを如実に物語っていた。
「私は世の病巣を取り除くために戦う。君の正しいと信じるものは何だい?」
「これ以上犠牲は出させない。あなたも含めて。それだけです」
「結構」
光の膜が破れて消える。
現れたのは、黒衣に塗り潰された長身瘦躯の大男だった。
空を覆う夜のように大きな外套。肌の隙間すら一片も見せない漆黒の装束。鍔の広いロングハット。
ブーゴを襲った時と異なるのは、大きな嘴のついた梟のような仮面だ。
瞳の存在しない空洞の眼窩は、魂を吸い込む深淵へと通じているかのような暗黒を湛えていた。
「『
詠唱残響。稲光の如き明滅と共に、光の矢の大群がイシェルを囲うようにして顕現した。
否。それは矢と呼ぶにはあまりに小さく鋭利な、雷光を纏うほど強大な力を秘めた必殺の軍隊で。
「私は善人を殺しはしない。ただししばらくの入院生活は送ってもらう。私にはまだ、やるべき事が残っているのでね」
堕ちた医師は統べる。
命ある者への敬意を示す白衣を、悪を撃滅せんとする復讐の劫火で焦がしながら。
「正義を執刀する」