ふと気づく。
薄暗い霊廟にいたはずが、いつの間にか燃え盛る炎の中を佇んでいることに。
ふと気付く。
これは夢なのだと。あの白い世界と同じ、うんとタチの悪い悪夢なのだと。
眼前に広がる現実離れした光景は、夢以外にあり得ないと、強く確信を芽生えさせた。
──威風ある声が響く。
『勇ましき人の子よ。汝の道はここで途絶える。どう足掻こうとも運命の終極を覆すことは叶わぬ』
業火が唸りを上げている。
見渡す限りの炎の山が、万物を焼き尽くさんと荒れ狂っている。
崩れ落ちる石柱。炭化しゆく絵画。
血肉と臓腑の爛れる匂いが建物中へ充満し、容赦なく鼻腔を突き刺してくる。
炎が呑みこんでいるのは、どこか
かつて絢爛だっただろう広大な建造物に見る影はなく、例え水の神であっても救い難いほどの灼熱地獄へ
館の屋上。紅蓮に燃ゆる死の大蛇に四方を塞がれた領域に、一人の少年が跪いていた。
そばには少女
胸には
とめどなく溢れる鮮血は、無垢な体躯をおぞましい真紅に染め上げていた。
糸を失ったマリオネットのようだった。
心臓を破壊された人間は、もう二度と息を吹き返すことは無い。
それは残酷なまでに明白で、覆しようのない現実だ。
きっとこの少年にとって、なくてはならない存在だったのだろう。
肌は炎熱でも蘇らぬほど冷え切っているのに、地に落ちたその白手は、二度と握り返してくれることも叶わないのに。
少女を力強く抱き上げながら、少年は一帯の炎が冷えきるほど静かに、ただただ項垂れ続けていた。
視ているだけで、胸の中を凍った手に握り締められるような気分になる。
『全ては無間の闇へ呑まれるだろう。骸が道を埋め尽くし、明日への渡り船は奈落へ堕ちた。洛陽は昇らぬ。夜は覆らぬ。ここが終わり、汝の果てと知るがよい』
重く荘厳なる声が響く。
身の丈2mはあろう巨躯を包む、光すら呑み込まんばかりの純黒の鎧。
爬虫類と人間の頭骨を融合させたかのような禍々しい兜。
眼窩に燃え盛る、青色巨星の
肩口から背をおおうマントはボロボロで、しかし決して風格は損なわず、むしろ太古から生き永らえる竜の翼膜のように厳めしい。
鎧の節々からはドス黒い瘴気が炎の如く立ち昇っていて、尋常の者ではないと窺い知れる。
純黒の篭手が握る、赤錆びた血染めの大剣が炎の中で鈍く照っていた。
いったい幾つの命を吸えばこんな、視界に入れただけで喉を引き攣らせるほどの魔を纏えるのだろう。
あまりにもおどろおどろしく禍々しい黒曜の刃は、例え熟練の老兵であっても心臓を凍らせずにはいられない。
『答えよ。選択は如何に』
眼窩の青い炎がゆらりと瞬く。
仙人のように穏やかでありながら、武錬の極地へ至った達人の如き厳格さを滲みませる騎士の声。
それは鼓膜から脳髄へ浸透し、有無を言わせず畏怖を植え付けていく魔性だった。
恐怖を拒むように、少年は唇を固く結び、少女を床へと静かに横たわらせる。
開いたままの瞼へ指を這わせ、永劫の安息を、悲痛な覚悟と共に供えた。
怒りか、悲哀か。湧き上がる激情のなすがまま震える腕を必死に御しながら、少年は転がっていた白妙の剣を手に取った。
『────』
次の瞬間。まるで誰かに操られているかと錯覚させられるほどの俊敏さで、少年は黒騎士に反旗を翻した。
奇襲に関わらず、黒騎士の刃は一切の淀みなく少年の刃を迎え撃つ。
何度も、何度も、剣戟の絶叫が轟き奔る。
互いの刃が
地を蹴り、剣を薙ぎ、幾重もの雫を頬に伝わせながら刃を振るうその姿は、まさに修羅道へ堕ちた悪鬼が如く。
だがしかし、決死の奮闘は虚しく潰える。
少年の剣は黒騎士の一閃を受け、彼方へ呆気なく弾き飛ばされてしまった。
剣は棒切れのように回転しながら屋上から脱出すると、館の傍で微睡む泉の中へ着水し、波濤を生みながら姿を消していく。
──弾けた水滴が再び泉へ還るより
──黒騎士の腕が、少年の肩を掴み取って。
『
ぞぶり──生理的嫌悪を引きずりだす生々しい音が無情に弾け、少年の体を情け容赦なく蹂躙した。
下を見る。深々と突き刺さる純黒の剣が、骨肉を食い破っている光景を。
感じたのは、腹に氷でも叩きこまれたかと錯覚するほどの冷感だ。
不思議と痛覚は無かった。神経が焼き切れてしまったかと憂慮するほどに無感だった。
五感を伴わない現実は、まるで夢の泡沫のよう。
鉄臭い液が喉の奥から競り上がって、堪らず口から溢れ出ても、未だ実感が湧いてこない。
心臓がひとつ脈を打つ。
それが引き金となるように、激痛を超越した凄まじい灼熱感が全身に襲い掛かった。
体内から焼け爛れていきそうな痛みの嵐はあっという間に骨の髄まで埋め尽くす。七転八倒の苦痛をもって、止まらぬ蹂躙を頂戴する。
けれどもう、叫ぶ余力すら残されていない。
体の中で、肉ではないナニカが千切れた音がした。
それはきっと生命線とも呼べる糸。
最後の命綱がぷっつりと、呆気なく両断されてしまった音だった。
『──―る。──―の────■■──────』
霞みゆく意識の中、脳裏を過ったのは走馬灯ではない。
黒騎士の声が聞こえていた。鼓膜へ染み入るように、頭蓋へ直接声を注ぎ込まれるように、何かを呟かれた気がしたのだ。
けれど彼の脳髄は、言語の解読を放棄した。
言葉を投げられているのは分かっているのに、言語を言語として認識できない。頭に濃霧がかかったように、言葉という概念が不明瞭になっていた。
終わる。
命が、終わる。
体の端から感覚が欠落していくのが分かる。果てには痛みすら抜け落ちて、意識が黒一色に塗り潰されていく。
彼はただ、黙ってそれを受け入れて。
曇り切った瞳が最後に焼き付けた光景は、不自然なほどに眩い光と、蒼天のような焔だった。
◆
「ぶはぁッ!? はぁっ、は、げほっげほっ、うわっとと!? ぶがっ!?」
ヴィクターは燃え盛る悪夢から、文字通り飛び起きた。
土砂崩れのように毛布を巻き込みながらベッドから転がり落ちて、顔面着陸を敢行する。
「~~っ、い、痛って……! 何だってんだクソ……!」
ずーんと鼻の奥に響くような痛み。
それがかえって夢からヴィクターを引き戻し、濁っていた記憶を鮮明にさせていく。
(ここは……そうだ。あのあと急に眠くなって)
一番新しい記憶は霊廟の一件だ。
突然右手に焼けるような痛みが走ったかと思えば、奇妙な痣が出来ていて、目にしたシャーロットが「王の依代に選ばれた証だ」と。
それからフッと意識を失って、気がついたらこの部屋にいた。恐らくシャーロットが運んだのだろう。
「生贄……」
恐る恐る、ゆっくりと、祈りながら右手を見る。
痛々しい焼印を彷彿させる、剣の形をしたどす黒い痣がくっきりと存在していた。
あの宣告が夢ではなかったのだと、無情なまでの証明だった。
(クソッたれ、一体全体何が起こってんだ!? 俺が生贄? 唐突すぎて頭が回らねぇっての!)
困惑。焦燥。頭に乱気流が渦巻いているような感覚だった。
しかし不思議なことに、この現状に対する納得はあるのだ。
ヴィクターは記憶を失ったままこの地に現れた。絶海の孤島にだ。
何の関係も無くヴィクターが流れ着くわけがない。間違いなく、記憶を失くす前のヴィクターとこの島には因縁がある。
王の依代に選ばれたというのはその一端とも言えるだろう。直感的にそう感じるのだ。
(だからって素直に生贄になるつもりなんざ無い。冗談じゃねぇ! 自分が誰かもわからず死んでたまるか!)
シャーロットは命の恩人だ。見ず知らずの怪しい男へ、心から親切にしてくれるような優しい少女だ。
出来ることなら彼女の願いは叶えたい。恩返しになるならヴィクターは喜んで手足となろう。
だが命を差し出せというのは話が別だ。
大恩があり、今こうして生きているのはシャーロットのお陰としても、軽々しく命を捧げることなど出来ない。
(かと言って今の俺に出来ることは何にもない。逃げようにもここは海のど真ん中、ポータルはシャロの許可がなけりゃ使えない。……クソ、どうすりゃいい)
願わくば冗談であって欲しいと歯噛みする。
けれど、あれは決して冗談を言っている風では無かった。
アーヴェントにとって王を蘇らせることは長年の悲願であるという。
その依代は限られた者だけにしか務まらず、歴代の一族の中にも現れなかったのだとか。
依代として適合したヴィクターの出現は、アーヴェントにとってさながら垂らされた蜘蛛の糸のような希望に他ならない。飛びつくのは道理と言える。
(だが分かんねーな。何故そこまで執着する? アーヴェントの悲願を重視してるシャロが王の復活を願うのは当然として、見ず知らずの人間を犠牲にしてまで決行しようとするってのは……なんかシャロらしくない気がするんだよな)
それはほんの些細な違和感だった。
自信家で、高慢ちきで、けれどさっぱりとした優しい少女には、あまりにそぐわない行動への違和感。
(あいつ、俺を生贄にすると言っておきながら、苦虫噛んだみてぇに葛藤してた。後ろめたさを感じないほど狂信的じゃないってことだ。そんなシャロが心を殺してでも強硬手段に出るってことは、間違いなく覚悟の源泉──理由があるはず。それさえ分かれば、もしかしたら交渉の余地なんかが見つかるかも……)
「し、失礼しまーす」
思考の海にどっぷり浸かっていたヴィクターの意識は、ドアノックで現実へと引き戻された。
ドアの隙間から恐る恐る顔を覗かせてきたのはエマだ。少女はヴィクターが起きていたことに驚いた様子で、慌てて頭を下げてきた。
「あわっ、もも、申し訳ございません! お目覚めになっていると思わなくてっ」
「いや、俺もちょうど起きたところだったんだ。気にしないでくれ」
「あ、ありがとうございます。……あの、お体の調子はどうですか? 突然気を失われたとお姉様から聞いて」
どうやら気遣って様子を見に来てくれたらしい。
やっぱり優しい子だと、その温かさに自然と笑顔になる。
「この通り全っ然平気だぜ! 心配かけちまって面目ねぇ。本当、世話になりっぱなしだな」
「それは違います! ヴィクターさんは悪くありません! 元はと言えばお姉様がっ……。謝るのはむしろこちらのほうです。姉の我儘に巻き込んでしまって、なんと言えばいいか」
心の底から申し訳なさそうに、深く深く頭を下げるエマ。
どうやら彼女はアーヴェントでありながら、シャーロットほど生贄に固執しているわけではないらしい。むしろ引け目すら感じている。
積もる話もありそうだと、ヴィクターは部屋の隅にあった椅子を持ってきて、エマに座って欲しいと促した。
静かに腰を下ろしたエマは、戸惑いがちにヴィクターの目を見る。
「その、お姉様から事情を耳にしました。ヴィクターさんには、大変ご迷惑を」
「エマは王様の復活にあまり積極的じゃないんだな? てっきりアーヴェント全員が使命感を抱いてるもんなのかと」
「確かに……陛下の復活はアーヴェントにとって第一の目標です。ですが、千年も昔のお話なんですよ? 私の祖父母のそのまた祖父母、さらに祖父母から伝わっているような伝説です。わたしにはどうしても、ただの御伽噺にしか思えなくて。父も母もきっとそうでした。霊廟を目にしても、実感なんてほとんど無かった」
道理である。例え文献が残っていて、それが史実だと言い伝えられようと、エマにとっては生まれる前のはるか昔に過ぎ去った過去なのだ。
実感を持てという方が無理だろう。長らく伝えられてきた使命も、実感が湧かなければ時と共に風化する。
例え霊廟で王の遺体を眼にしたとしても、今を生きる者にとってあくまで神聖な遺骸でしかない。
過去を想い、ありがたがる者はいても、蘇らせようなんて目論むのはごく一部の狂信的な人間のみだ。
生贄という非現実的で非人道的な要素も絡めば、よほどのことが無い限り眼を背けるのは自明の理と言える。
「お姉様も最初はそうだったんです。お父様も、お母様も。アーヴェントの歴史を鵜呑みにして、陛下の復活に一直線なわけじゃなかった。……お姉様は変わってしまったんです。伝説に縋って、
「……何かあったんだな? 自分の信念を曲げてでも成そうとするほどのナニカが」
「……はい」
重々しく頷いて、エマは肯定を示す。
腕を組み、瞼を閉じながらヴィクターは頭を捏ねた。
思い返せば、出会った時からシャーロットはどうにも『アーヴェント』というくくりに固執しているように見えた。
由緒ある末裔としての美学、在り方、歴史。そういった型に自分をはめて、『シャーロット』ではなく『アーヴェント』として振舞うかのような言動の数々。
そこに垣間見えたのは、
「こちらの事情に巻き込んでしまった以上、ヴィクターさんにはお話しなくてはなりませんね」
膝の上できゅっと震える手を握り締め、真剣な眼差しを浮かべながらエマは言った。
罪の告解──否。思い出すのも忌まわしい記憶の書を必死にめくり、それを音読しようと勇気を振り絞るかのような、苦悶と覚悟の混じった表情だった。
「この家で起こったこと。お姉様の身に起きたこと。……お姉様が
◆
シャーロット・グレンローゼン・アーヴェントは、いたって平凡な少女である。
血筋は特殊だが、それだけだ。
王の魔力を継承した一族の末裔というだけで、これといって異端なところは無い。
真面目すぎもせず、軟派すぎる性格でもない。
野原に咲く儚い花が好きで、海のしょっぱくて爽やかな潮香がお気に入りだ。
小さな生き物は可愛いと思うけれど、虫や蛇は苦手で怖い。
美味しい食べ物で幸せそうに笑顔を作るし、別段得意というわけではないが、運動で汗を流す快感を知っている。
化粧やお洒落な服で綺麗になった自分を見ると、なんとなく自信が湧いて前向きになれる。
シャーロットはどこまでも普通の少女で、きっといつまでも素敵な『普通』だった。
だからこそ、少女は真っ当に家族を愛していた。家族同然の従者たちが大好きだった。
普通で、平凡で、とっても素敵な、どこにでも居そうな女の子。
そんな彼女の心に、生涯消えることのないひび割れが駆け巡ったのは、12歳になったばかりのころだ。
ある日、シャーロットは妹たちと
まだまだ小さな末妹、リリンフィーの手をしっかり握り、まだまだ不安に思う所もある
空が暮れかけた帰り道。
夕陽とは違う
家が燃えていた。
ごうごうと、まるで巨大な生き物のように躍動する紅蓮の焔に呑み込まれて。
嗤う黒煙。悲鳴を上げる建物。
けれど、肝心の声が聞こえない。
父の。母の。従者たちの声が。
「────」
自分でもなんと口にしたか分からなかった。
我武者羅に炎へ向かって駆けだそうとして、エマに必死に止められて、事態を把握できない末妹が涙を貯めながら固まって────。
何も。
何も、出来なかった。
大火災の原因は不明だ。
火の不始末かもしれないし、魔法道具のナニカが誤作動を引き起こしたのかもしれない。
ひょっとすると、青天の霹靂にでも晒されて、雷が炎を呼び寄せたのかも。
もはや原因なんてどうでも良かった。
考える余裕なんて、芥ほども許されていなかった。
家族を失ってしまったという、とうてい受け止めきれない悪夢の焼け跡が、無惨にも残されてしまったのだから。
楽園のようだった日々は、息を吹けば飛ぶような須臾の間に、地獄の業火の餌食となった。
それからは必死に今日を生きた。
ただただ、無我夢中で生き抜いてきた。
家も家族も失った。けれどシャーロットは折れなかった。
自分よりも幼い妹たちのためだ。
長女としての矜持が、右も左も分からない妹たちを守ろうと彼女を強くした。
幸か不幸か、生きる術は両親から学んでいた。
だがしかし、奈落への失墜は留まるところを知らない。
元々体の弱かった末妹は、火災のショックにより急激に体を悪くしてしまった。
館も、家族も、思い出も、全てが灰に還った惨たらしい事件は、幼い少女を圧殺するには十分すぎる殺傷力を秘めていたことだろう。
末妹は奇病に冒された。
髪を振り乱し、血を吐き、もがき苦しみ、日夜問わず悲鳴を絶やせなくるほどの激痛を伴う原因不明の病。
その病状は、
病を理由に遺体を見ることも叶わなかった。最後の別れさえ許されなかった。
木乃伊のように痩せこけ、肌は鱗の剥げ落ちた魚よりもボロボロで、爪は黄色く濁り果て、血反吐まみれの亡者となってしまった姿を姉に見られたくないと願う、妹からの最期の我儘だった。
嘘のように呆気ない別れだったと、シャーロットは記憶している。
宿を、食事を、稼ぎの手段を手に入れて、妹と共に一歩一歩と人生を立て直していた最中だったのに。
あまりにも幼くて、儚くて、失い難い小さな命が、手のひらから零れ落ちてしまった。
声にならない、筆舌に尽くしがたい喪失の痛みはこれで二度目になる。
痛みは折れた骨を太く強く再生させるように、シャーロットの精神を執念と共に蘇らせた。
いいや、灰に火を着けたと言うべきか。
瞳から流れ落ちた溶鉄のような涙が、灰となった少女の心に再び灯火を燃え上がらせた。
かつて家族を焼いた、焔のような爆熱を。
無銘の墓標に縋りつきながら、少女は声の無い慟哭を張り上げた。
なぜ両親は死なねばならなかったのか?
なぜ従者たちは灰にならねばならなかったのか?
よりによって一番幼い妹が、最も迎えてはならない結末を迎えてしまったのは何故か?
彼らに罪はあったのか?
焼き尽くされるに値する、無価値の衆であったのか?
アーヴェントは、負の歴史の生き証人は。この世に居てはならないとでも言うつもりか。
このまま時と共に、誰にも知られることなく、消えゆくべき運命だったとでも?
断じて、否。
シャーロット・グレンローゼン・アーヴェントは唾を吐いて否定する。
劫火に呑まれた家族たちは、決して消え去るべき存在ではない。
海に浮かんだ小さな島で、忘却の彼方へ葬られる終わりなんて許されない。
──こんな終わり、認めるものか。
シャーロットは故郷の島へと舞い戻った。
このまま
理不尽な災禍に見舞われ、命を落とした家族や従者の無念を抱えたまま、のうのうと生きられるものか。
誰にも知られることなく、彼らが炎の渦に消えたなんて、絶対に認めるわけにいくものか。
謂れ無き罪を被せられ、大洋の端へと追いやられ、そして迎えた結末がこれだなんて、千年の時を経て血を繋いだ先祖に、どう申し開きが出来ようか。
──アーヴェントを再興せねばならない。
純黒の王を蘇らせ、失墜した王族を日の元へと舞い戻す。
天運に奪われた無辜の魂の名を、この世界に消えぬよう刻み込む。
──
平凡だった少女は、報いるべき仁愛に忠を尽くすために。
烈火の如き執念を抱き、アーヴェントの
◆
「……そんなことが」
言葉に出来なかった。
こんなの、出来るはずもなかった。
エマに語られた追憶の全てが、身を貫くほど衝撃だったからだ。
今まで感じていた少女への違和感、その答えがそこにあった。
異様とも言える血統への執着と誇り。果ての無い向上心。
己の善性を捻じ曲げて、唇を噛むほど葛藤して、見ず知らずの少年を生贄にすることを選んだ理由は。
「家族のためだったのか。あいつの中身は、家族への愛情と覚悟で満ちていたってのか」
目を覆う。ベッドに力なく座り込む。
話を聞いただけで分かった。鮮明すぎるほどに理解した。
ヴィクターの瞼の裏には、シャーロットの過去が映っていた。
まるで最初からその場に居合わせていたかのようにくっきりと、シャーロットという少女が歩んできた人生が、文字通り目に浮かぶのだ。
きっとごく普通の善き少女だったのだろう。家族の寵愛を受け、笑顔に生きてきた曇りの無い少女だったのだろう。
そうじゃなきゃ、こんなに愛に報えない。こんなにも苦しい覚悟なんて抱けない。
自分の人生を食い潰してまで、無念を晴らさんと足掻き続けることなんて。
気高かった。決して無下にすることの出来ない愛の覚悟を、ヴィクターは痺れるように実感した。
──ああだからこそ。そんな少女だからこそ。
「このままで……良いはずがありません」
エマは震える声を、必死に御しながら振り絞るように言った。
ヴィクターよりも遥かに長く、シャーロットと共に歩み続けた肉親だからこその、重みをともなう言葉だった。
「お姉様は囚われています。アーヴェントという呪いに縛られて、自分の生きる道を閉ざしてしまっているんです。そんなこと、お父様もお母様も、妹のリリンだって望まない。それはお姉様自身も分かっているはずなんです」
「でも止まれない。それがシャロの覚悟だからか」
「はい。けれどこんなの、あまりに気の毒で……見ていて気が気じゃないんです。あのままじゃいつか、お姉様は壊れてしまいます。取り返しのつかないことになってしまいます」
事実、シャーロットはとっくに限界を越えて生きている。
常人なら何度倒れてもおかしくないハードワークを課し、それでも笑顔を決して失わずに、前向きにひたすら突き進み続けている。
けれど無茶の代償は、いつの日か払わなくてはならない貸しなのだ。
いずれシャーロットは壊れてしまう。止まることを忘れた暴走機関車が、自分の熱でその身を融かしてしまうように。
「……こんなこと、お願いするなんて筋違いなのは分かっています。大変な我儘を押し付けてしまうことは理解しています。でも、わたしには出来ないことなんです。お姉様は、わたしの声じゃ止まらない」
エマには絶対に見過ごせなかった。
このまま猪突猛進に走り続け、最愛の姉が崩れてしまう未来なんて、とうてい看過できるはずもなかった。
それはヴィクターも同じだ。
命の恩人が惨劇という名の呪いに蝕まれ、道を踏み外そうとしている。
黙って見過ごせるはずが無い。
「どうか、どうか、恥を忍んでお願いさせてください」
潤んだ瞳を向けて、振り絞るように少女は言った。
「お願いします、お姉様をっ……アーヴェントの呪いから助けてください……!」