54.「どっちつかずの恋空予報」
血液数値、問題なし。
呼吸音、脈拍、共に正常。腹部触診異常なし。
水晶体禍肉芽の浸潤なし。転移も見られず。
魔力測定値も安定。離散魔力量は標準値をクリア。
「……うん、文句なしの健康体だね。薬も止めて大丈夫だろう」
「ほんとだか先生!? やったー! 治った治った! ホルブが治ったどー!」
「おいおい大袈裟だで。とっくの前に体は治ってるんだべよ」
「それでもお墨付きが出たんだどよ!? ライアンも治ったし、これでみんな復活だ! オラ快気祝いにバカみたいにでかいチキン買ってくる!」
「あっ、おい! ……ったく、そそっかしい奴だべ」
「ははは。元気でなによりじゃないか。彼も完全に回復したみたいだし、よかったよかった」
「割と瀕死だったはずなのに飯食ったらすーぐ復活したからなぁ。さすがはゴブリンいちのデブだべ。格が違う」
鷲鼻のゴブリン、ホルブは呆れたように息を吐いた。
が、表情は心なしか嬉しそうだ。「本当によかった」と零れた呟きは、彼なりにブーゴやライアンを案じていたがゆえの吐露なのだろう。
なにせ、彼はたった独りで禍憑きがもたらす飢えと渇きに抗っていた男なのだから。
「先生、あらためてお世話になりやした。おかげさまで命が助かった。先生は命の恩人だべ」
「いやぁ、お礼はこの館のみんなに言ってくれ。私がやったのは最終調整みたいなものだよ。彼らが禍憑きを適切に処置していなかったら手も足も出なかった」
「あぁ、恩人がたくさん出来ちまったなぁ。本当に感謝してもしたりねぇべよ。こりゃ、一万倍で恩返ししなくっちゃあな!」
──あの事件から早くも二十日と少々。
イシェル・マッコールはアーヴェント宗家の医療顧問として、世にも不思議な島に往診する大役を一任されていた。
本業は個人診療所の院長である。新しく病院を作り、一からやり直すことを目標に再出発を始めたのだ。
三日に一回ほどポータル・オベリスクでこの島にやってきて、リリンフィーの定期健診を主に館の医療業務へ従事するという契約である。
(しかし、凄いなここは。外界から完全に隔絶された環境にもかかわらず設備は最新。おまけにまさか……あの子が賢者オーウィズご本人だったなんて)
正式に協力関係を結ぶにあたって、アーヴェントの素性などなど諸々について知らされたのだが、度肝を抜くような内容ばかりでめまいがしたものだ。倒れなかった自分を褒めてやりたい。
正直、到底はいそうですかと信じられる話ではなかった。
だが賢者オーウィズ──初対面でオズと名乗った不思議ちゃん──が最高クラスの医療
(この島だけで歴史がひっくり返るよ。まったく)
彼には大恩がある。口が裂けても、彼らをとりまく事情を吹聴するつもりはない。
ないのだが、しかしそれはそれとして、こんな一大事を知ってしまったプレッシャーに胃がキリキリと痛むのは許してほしい。
歳だろうか。いや、きっと普通の感覚だ。
史書の中でしかお目にかかれない歴史の裏側の当事者になってしまったのだから。緊張するなという方が無理であろう。
「さて、次はリリンフィーちゃんのカルテを作成して……」
イシェル診療所出張室と看板のかけられた部屋で、パチパチと板状の情報制御盤に文字を打っていく。
昔はすべて手書きでカルテを作っていたのだが、便利な時代になったものだ。
このツルツルした板のようなゴーレムが一枚あれば、担当する全ての患者のデータベースを一括で管理できるのだから、まさに夢の道具である。
(ふーむ、検査結果上は特筆して悪い部分はないな。しいていえば心肺機能と肝機能が少し弱いところだが……まぁ、このくらいなら投薬と魔力調整療法でコントロール可能だろう。今後の肉体の成長分も考えれば、少しずつ良くなっていくに違いない)
だが、『純血』の黒魔力についてはデータが少なすぎるのがネックだ。
魔力の属性によって大きく治療方針が代わるといった事例は極めて少ないが、属性が属性だ。なにせ世界から失われたロストブラッドに等しい。
エビデンスに基づいた治療計画を立てられない以上、慎重に事を運ぶよう注意せねば。
(偉大な大魔法使いであるオーウィズ女史が頭を悩ませるのも頷ける。私を必要としてくれたのはこの部分が大きいんだろうな)
幸い、黒魔力についての基礎的なデータはオーウィズがまとめてくれていた。
これがあれば手探りで治験していくといった高リスクな方針は免れるはずだ。まだ幼い女の子だし、負担をかけるのは避けてあげたかった。
「……医者になりたい、か」
初めてリリンフィーの検診をした時、なんだか興奮気味に「お医者さんになるにはどうしたらいいですかっ」と尋ねられたことを思い出す。
なんでも、将来の夢が医者なのだとか。
自らの虚弱体質ゆえに、おなじ病弱な子たちを助ける仕事がしたいのだという。
(ふふ。エリンもよく、おいしゃさんになるーって言ってたっけ)
娘よりは少し年長さんだが、まさかここにきて医者を志す少女と巡り合うことになるとは。人生とはわからない。
少しだけ。ほんの少しだけ、娘と重ねてしまうくらいは、許してほしいものだ。
「お古の医学書、あげたら読むかなぁ。……って、あの子はまだ八歳だ。早い早い」
いや、本当に八歳なのだろうか。
正直、お話しているとたまに子供だと忘れてしまうことがある。大人びているし、理路整然とした会話はまったく八歳児には思えない。
識字力も非常に高い。ついさっき検診のかたわら、そこそこ大人向けの
確か、証明不可の病シリーズだったか。妻が好きだった本だ。
内容はさておき、少なくとも幼子が安易に読めるほど簡単な文章ではない。
「……今度治癒魔法の本でも買ってあげようか。こども向けのものがあったはず」
もし。もしもだけれど。彼女の願う医者への道に、少しでも良い影響を与えることが出来たなら。これ以上に嬉しいことはきっとない。
力になってあげたいと思うのは、流石に親馬鹿の履き違えだろうか。イシェルは書き終えたカルテを保存しながら苦笑した。
◆
リリンフィーの今後について、保護者でもあり姉でもあるシャーロットに報告しようと、イシェルは館中を歩き回っていた。
が、広い。この館、とても広い。土地勘なんてまるでないイシェルには迷路も同然だ。
なんだか同じところをぐるぐるぐるぐる回ってる気がする。
今すれ違った
「うぅ……ええと、フォトンパス? だっけ。確か案内もしてくれるらしいが……どうやるんだ……?」
教えて貰ったはずなのにもう忘れている。
というか、イシェルはどうも今時のゴーレムに着いていけないのだ。タブレットカルテも徹夜で覚えたほどである。
従来のものと似た医療器具ならばなんとなく培ってきたノウハウで分かるのだが、通信機器にも地図にも時計にもメモ帳にもなれるスペシャル腕輪なんて、どう扱えばいいのやら。
「もうダメだぁ。私は時代と方向感覚に取り残されたおじさんだぁ。ここで朽ちて死ぬのだろうか」
「あれー? お医者さま? またまたこんにちは。どうしたの?」
さっきの
流石に三度も顔を合わせれば様子がおかしいと思ってくれたのだろうか。それとも半泣き一歩手前の壮年男性が異様で心配だったのか。恐らく両方だろうか。
「あぁ、えーっと、道に迷ってしまってね……」
「わかる。ノノもいっぱい迷子になった。辛く苦しいみちのりだった」
腕を組み理解先輩顔でうなずくノノ。なんだか謎に得意げである。
「任せてほしい。ノノ、迷子のプロ。どんとこい」
「不安しかない」
「お医者さま。どこに行きたい?」
「あ、ああ。談話室に行きたいんだ。シャーロットさんに話があって」
「ん。かしこまり」
最初はどうなるかと思ったが、意外にもすんなりと談話室まで案内してくれた。
何度も引き返したのはご愛嬌か。
「シャーロットさん、いるかい? イシェル・マッコールだ」
談話室をノック。
返事がない。不在だろうか。
いや、微かに声が聞こえる。
どうもヴィクターと一緒にいる様子だ。
再度ノック。またも返事がない。
よほど話が盛り上がっているのだろうか。意外にも防音がしっかりしてる造りなのもあってか、聞こえていないらしい。
「シャーロットさん、失礼するよー……?」
念のためもう一度ノックしてから、ゆっくりとドアを開いていく。
「おいシャロ」
「ん」
「シャロさん。おーい」
「ん」
「なぁなぁ、近ぇってばよシャーロットさんよ」
「んー?」
「んー? じゃなくてな。最近どうしてそんなに距離が近いんですかね? 何ごく自然に腕にすっぽり収まって俺を座椅子代わりにしてるわけ? どうしてそうなるの」
「なに? 嫌なの? こんな美少女とくっつけてるのに?」
「嫌じゃねーけど……こう……密着されるから色々ヤバいんだよ……!」
「ふーん……」
「本を読み始めるな退きなさいって。今博士の宿題してるんですのよあたくしは」
「このままでいいじゃん。分からないところあったら教えてあげるし」
「集中できねーって言ってんの!!」
「なに。私のこと嫌いなの?」
「ちょ、それはズルくねー……? 嫌いなわけないでしょうが……」
「じゃあなんなの?」
「なにって」
「だから、どう思ってんの」
「……おまっ、言わせたいだけじゃねーかよ!!」
「どうなの!」
「そりゃ、ほら」
「ん!」
「……………………好きだよ」
「っ……んー?」
「……ちゃんと惚れてるって」
「っっ~~…………んー、んふふ。そうなんだ。へぇー、へぇぇー……ふふっ」
「だぁーっ!! どけってんだよこの野郎!! いいかげん顔から火魔法出そうなんだが!?」
「んふふふ。へぇー、ヴィック私のこと好きなんだ。そっかそっか。へぇーふーん。…………もっかい言って」
「言わねぇ!! どけ!!」
「やだ!! もっかい言いなさいよもっかい!! 減るもんじゃないでしょ!?」
「じゃあ返事聞かせろよなぁ!? シャロはどうなんだ!? ええ!?」
「……………………もっかい言って」
「お前最近そればっかじゃねえかよもぉぉおおおおお──────ッッ!! なんなのぉぉおおお──────ッッ!?」
そっ閉じした。
「若いなぁ……」
「にしても限度があると思わないかい? 見てるだけで糖尿病になりそうなんだよね」
「うわびっくりしたぁ」
いつの間にか背後にオーウィズが立っていた。
目が死んでる。「はは、はっはっは。へぇっへっへ」と誤作動したゴーレムみたいな引き笑いつきだ。
ガンギマリである。中身が普通の煙草と違ってもそんな吸い方をする道具ではないと思う。
「いやね、まぁ、ね。わかるんだよ? シャーロット君はこれまで肉親以外からの好意とまるで縁のない人生だったからさ。そんなことにかまけてる余裕のない生活を送ってきたんだ。当然、恋だなんだの色事とは無関係。知識としては知っていても、恋心というものを本質的に理解できていない。彼女の心の一部は未熟なまま。恋愛感情だけバブちゃんなんだよ。そんな中、この前の一件でどうも進展があったそうだ。それもそーとー革新的なナニカだ。けれど彼女はどうしたら良いかわからない。ただ向けられる好意そのものは悪く思っていない。むしろウェルカム、もっと聞きたーいもっともっと状態に陥った。その結果とんでもない魔術反応が起きた。想い人から好き好きコールを頂戴しまくるひな鳥になってしまったんだよ。それがあのオキシトシンジャンキーだ」
「急にすごい早口で喋る」
「最初はさぁ、微笑ましいもんだったよ。ああ、彼女も現代アーヴェント当主のしがらみだけじゃなくて、シャーロット君としての幸せを追求できるようになったんだなぁって。嬉しかったさ。本当にね。でも、でもね? もう二十日以上もこの調子なんだ。隙あらば二人きりになってこうなる。別にいいんだよ? イチャイチャするのは良いことだ。彼らにとって素敵な思い出作りだ。仲睦まじさは誰に侵害されるべきものでもない。でも、でもさ、なぁ。ヴィクター君は好意を伝えてるのに、さぁ。ずっとずっとああでさぁぁ────ねえちょっと大きい声出していい? 出すね。なんで付き合わないんだクソがッッッッッッッッッッッ!!!!」
「わ、わぁ~」
長年医者をやってきたが、バカップルが人の脳を破壊した瞬間は初めてみた。ある意味貴重な症例かもしれない。
「おかしいだろ!? くっつけよッッ!! ンで好きなだけ乳繰り合えよ!! なんでずっと生殺しなんだ!? 意味が分からない!! 理解できない!! どう見たって両想い1000%なのに!! 脳みそが演算を拒絶してる!! あああああああああああああああああ!!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて。彼らなりのペースがあるんだよ、見守っていればそのうち在るべき形に落ち着くさ」
「確かに君の言うとぉーうりだイシェル君。だが、だがねえ、毎日毎日毎日毎日『博士、その、彼……私のこと好きみたいで……どうしたら……』ってノロケられる身にもなって欲しい。ねぇねぇ」
「充血が深刻ですねぇ」
「いや付き合いたまえよ好きなんだろと言ってもね? 顔真っ赤にして『でもっ、でもぉっ、よくわかんなくてっ』と。はぁ!!?!? 可愛いなぁ恋する乙女オイ!!! だが何でそうなる!!???!」
「わぁぁ~……」
なんだか凄くたいへんそうだ。魔法体系学の祖をここまで狂乱させるとは、げに恐ろしきは若さなのか。
「頼むよイシェル君~~~~助けてくれよぉ~~~~大人枠がボクしかいないから相談窓口一極集中でもう気が狂いそうなんだよぉ~~~~そもそも恋愛沙汰は専門外なんだよぉぉ~~~~ボクどこに出しても恥ずかしい喪女なのぉ~~~っっ!!」
「気の毒に……。あぁ、リリンフィーちゃんの今後の診療計画については関係者各位のフォトンパスに送信しておきますから。ではまた後日」
「待ってくれえええええ置いてかないでええええもう糖分強制給餌はいやだぁあああああああ」
◆
「おねえちゃん。お話があります」
「はい」
お風呂に入って。寝巻に着替えて。さぁもうお休みとベッドに入った頃合い。
シャーロットはなぜか妹に正座を強いられていた。
「あの……リリン? なんで怒って……」
「おにいさんとのことです」
「はい」
こんなに目が笑っていないリリンフィーは初めてみた。
いつもと同じニコニコ笑顔なのに、まるで純黒の王の力を解放したが如き威圧感と黒いオーラが出ている。
「わたしはね、二人のことを応援したいなって思ってるの。今もその気持ちは変わらないよ。おねえちゃんには絶対幸せになって欲しいし、二人の仲が良くなるのは、とっても素敵なことだと思うの」
「うう、恥ずかしい」
「でもね、おにいさんがね、ちゃんと好きって言ってくれてるのにね。はぐらかし続けるのはよくないよね?」
「……」
「酷いことしてるって自覚、ある?」
「…………いや、でも」
「でもじゃない」
「はい」
こわい。妹がこわい。
三聖との死闘の方がマシかもしれない。
「わたしね、おねえちゃんが心配なの。本当はこんなこと言いたくないんだけど、このままだと凄く後悔することになると思うから」
「……え?」
「おねえちゃん、おにいさんの好意に甘えてるんだよ。今はおにいさんがおねえちゃんのこと大好きだから大丈夫だけど……でも、ずっとは続かないよ?」
「え。え?」
「いつか愛想尽かされちゃうってこと」
「あいそ。つかされちゃう」
「そう。おねえちゃん、このままだと捨てられちゃうよ」
ぴしゃーん。妹の舌雷撃に全身を撃ち抜かれた。
「この島から出てっちゃうかも。おにいさん、一人でも全然やっていけるし。たくましいし」
「え、え。え」
「それに絶対モテるもん。引く手あまただと思うけどなー。フラッと出て行って、彼女さん作ってどこかで幸せになっちゃうかも」
「い、いや、ない。絶対ない。彼はそんな、そんなことしない」
「そう? だって不安だと思うよ。好きだって伝えてるのに、おねえちゃん一向に振り向いてくれないんだもん」
「うっ」
「人の心は永遠じゃないんだよ。燃料がなきゃ燃え尽きちゃうの」
「ううっ」
ぐさぐさ。言葉のナイフがシャーロットを襲う。心の中で血を吐いた。
「知ってるよね? おにいさんがさ、前はおねえちゃんに想いを伝えるのを止めてたこと。すっごくすっごく気を遣ってくれてたんだよ。でも、今は違うよね。それはさ、思わずポロっと口に出ちゃったくらい、本気だってことなんだよ。わかる?」
「う、うぅ」
「自分の置かれてる状況、理解できましたか?」
「はいぃ……」
ボコボコだ。もう許してほしい。殴れる場所が残っていないくらい殴られている。
全面的に悪いのは自分なので、縮こまるしかないのがどうしようもなかった。
「でも、でも、どうしたらいいか、分かんないのよぉっ……!」
「付き合っちゃえばいいじゃん。何がわかんないの」
「…………好きって、なに」
「え」
「わかんない。そんな気持ち、持ったことない。持とうと思ったこともないもん。わかんないの」
「……えーっと。じゃあさ、もしおにいさんがさ、他の女の子を好きになったらどう思う?」
「どうしてそんなこというの?」
「いいから。どう思う?」
「……やだ。絶対やだ」
「目で追っちゃう? ふとした時に考えたりしない?」
「……す、する、かも」
「一緒にいたい? そばにいると安心する?」
「っ……うん」
「できれば自分だけを見ててほしい?」
「ひぅ……」
熱い。顔が熱い。
心臓がばくばくする。もう殺してほしい。
「好きじゃん。大好きじゃん。もう認めるだけじゃん。なにしてるの本当に」
「だ、だって……! もし、もしよ? か、かかっ、仮に、私と彼が、つ、つつ、おつきあい、したと、したらよ?」
「うん」
「な、なななにしていいのか、わかんないしっ、彼の想像とか、期待とかと、違っちゃうかもだしっ! も、もし、愛想つかされてさっ、つまんないって、ふ、ふられちゃったら……ぐすっ、ひっ……ヴィック、どこかに行っちゃうんじゃ、ないかなぁって……」
「……あー」
「やだよぉっ……離れたくないもんっ……! 一度特別になっちゃったら、好きって、認めちゃったら、ひっ、いつか、終わっちゃうかもしれない……! 終わったら、もう戻れないんだよっ……! だったらずっと、このままがいいっ……! ずっと一緒にいたい……!」
好きは、特別だ。
関係をひとつステップアップさせるブースターだ。きっと、今以上にお互いを知ることが出来るようになれる。
だがその代償は、訣別のミゾの深さにある。
友達の喧嘩とはワケが違う。一度壊れたら、もう二度と以前のようには戻れない。
怖いのだ。たとえ考えすぎだと言われても、先の未来が怖いのだ。
初恋は実らない、なんて先人の言葉が悪夢にすら思えるほどに。
だからこの気持ちを。彼を。受け入れることが出来ない。
命を、妹を助けてくれた恩人で。辛かった時に支えてくれて。その存在があるだけで安らぎを覚えるような人が、いなくなってしまうかもしれないなんて。
大切な人が去っていくのはもうたくさんだ。あんな思いをするのは二度とごめんだ。
だったらもう、このままでいい。
でも。
「わかってる。リリンの言う通り。どっちみち終わっちゃうかもしれないことには、ひっ、変わりないよね。こんな状況、永遠には続かない。でも変わるのが怖い……! 怖いの……!」
「おねえちゃん……」
「もうやだぁっ……! ひっ、酷いことしてるのは私なのにっ、泣いちゃうのも最悪っ……! ぜったい見せらんないっ……! 昔はこんな、想像だけで、胸がぐちゃぐちゃになったりしなかったのにっ……! こんな面倒くさくて重い女じゃ、ひっ、なかったのにぃっ……! これじゃいつか絶対嫌われちゃうよぉっ……!」
「……おねえちゃんにとってのおにいさんの存在は、それだけ大きいってことなんだね」
ぎゅっと抱き寄せられる。
ちいさな心音を感じるほどに、近く。
「昔は誰も信じられなかったから、何も感じなかったんだよね。でも今のおねえちゃんは、誰かに心を預けられるくらい人を信じられるようになったんだよ。それってとっても素敵なことだと思うよ」
「グスッ……リリンはすごいね……なんでそんなに大人なの……いつの間に大きくなって……」
「いやー、これはほら、慌ててる人を見ると逆に冷静になっちゃうヤツっていうか。えらそーなこと言ったけど、わたしも人を好きになったことなんてないからわかんないし、本の受け売りだし。あとは、いつもわたしを守ってくれたおねえちゃんを真似してるだけ」
「っ……リリン~っ!」
「うん。うん。ごめんね、追い詰めすぎちゃった。おねえちゃんもいっぱいいっぱい悩んでたんだね。ごめんね」
抱き寄せられる。そっと頭を撫でられた。
なんだかリリンフィーの存在が大きく感じる。こんなに立派になって──と、感慨深さがさらにぼろぼろ涙を加速させた。
「でもこのままだと良くないよね。現状維持は悪手だとおもう」
「スン……うん、私もそう思う。思うけどっ……」
「だからもう、ここはおねえちゃんの勇気次第だよ。おにいさんを信じるか、何が何でも虜にさせてやるーって、おねえちゃんが頑張って自信をつけるとか」
「……できるかなぁ」
「できるよ! おねえちゃん可愛いもん。贔屓しなくてもすっごい美人さんだもん。おにいさんもおねえちゃん大好きだし、本気出せば悩殺だよ悩殺」
「…………じゃあ別に今のままでも」
「それは流石にくそざこだよね」
「く、くそざこ……!?」
「逃げたら終わりだってば。それこそ負け筋確定だから。絶対ダメ」
「うぅ……でもどうすれば」
「うーん、おにいさんに好き好き言わせてる時の押し押し強気なおねえちゃんがそのままレベルアップしたら絶対成功すると思うんだけどなぁ……何かきばくざいがあれば……あっ、そうだ」
ぽん、と。一計を案じたらしきリリンフィーが、手を叩いて電球を散らした。
「三日後にね、おにいさん外へ遊びに行くんだって」
「……それに着いていけと?」
「半分正解。その日さ、一日おにいさんを尾行してみてよ」
「はい?」
「んっふっふー、わたしの見立てじゃあねー、多分面白いことになると思うんだよねー。きっと良い刺激になると思うな~? ふふふ」
もしかしてリリンフィーは思っていたよりとんでもない子なのかもしれない。
百戦錬磨の悪女のようにほくそ笑む愛妹。シャーロットは生まれて初めて妹に恐れおののいた。