銘無しの贄の英雄譚   作:河蛸

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6.「決戦前夜」

『お姉様はアーヴェントの理想像に囚われてしまっています。もはや呪いと言っていいくらい、強固な理想の鎖に』

 

『このままだと、お姉様は自分自身を食いつぶしてしまう。でもわたしの声じゃ、お姉様に届かない。お姉様はわたしを守るために……ずっと無茶をされてきたから……』

 

『だからヴィクターさんの力が必要なんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、きっと呪いから解放される』

 

『作戦はあります。安全も保障します。しかし……危険を伴います。その代わり、必ずこの島から脱出させると約束します。生贄になんか、わたしがさせません。ですからどうか、どうか』

 

『無理なことは承知しています。理不尽なのも分かります。でももう……ヴィクターさんしか頼れる人がっ……』

 

『……えっ? ほ、本当ですか? ありがとうございます、ありがとうございますっ……! なんとお礼を言えばよいか……!』

 

『こ、こほん。ええと、それでは作戦内容をお話しますね』

 

『お姉様は、アーヴェントとしての品格を損なうような行いは出来ません。ヴィクターさんを生贄にするのだって、とてもとても葛藤なされてるはず……。つまりお姉様は、これ以上信念に泥を塗るような選択が取れない状態なんです。下卑た真似ですが、そこに漬け込みます』

 

『正々堂々、アーヴェントの礼式にのっとった決闘で打ち勝つこと。これが一番だと思うんです。お姉様はヴィクターさんの生殺与奪を、ヴィクターさんは復活の儀の取りやめを賭けて戦う。そして勝利すれば、お姉様は約束を無下に出来なくなる。ヴィクターさんを生贄にしようすることは無くなるでしょう』

 

『真っ向勝負で敗北し、貴方という千載一遇のチャンスを失えば、少々残酷ですが、理想は砕けて元のお姉様に戻ってくれるかもしれません』

 

『ええ、分かってます。これは賭けです。お姉様は諦めてくれないかもしれません。強硬手段に出る可能性も決して低くない。だからこその、わたしでもあります。必ずヴィクターさんを島から脱出させてみせますから』

 

『……ありがとうございます、ヴィクターさん。貴方の慈悲に心から感謝と敬意を』

 

『どうか……古き血に呪われてしまった我が姉を、姉の魂を、アーヴェントの軛から解放して下さい』 

 

 

 ◆

 

 一見城と見紛うこの館には、その規模にふさわしいほど幾つもの部屋が存在する。

 数多の私室に始まり、居間、応接室、書斎、娯楽室、浴室などなど。

 

 大昔の火災で大部分は焼けてしまったらしいが、幸か不幸か直後の大雨で建物自体は壊滅的な被害を免れ、細々と姉妹二人で復旧していったのだという。

 

 しかしながら、住人がたった3人では持て余してしまうのは言わずもがな。管理の行き届いてないデッドスペースは数えきれない。

 ヴィクターも初めは迷子になってしまったものだし、未だに迷うほどである。

 

 そんな館の東、図書室でのことだった。

 

「うーん……炎属性は発熱と力の増強……水属性は吸熱、融解、流動……雷は電気に接続と発光……木の魔力は……あー成育、再生、調和だな。地は凝固と補強……ん? マルガンとアーヴェントの固有魔力は白魔力と黒魔力なのか? ええいややこしい!」

 

 紙の森とでも言うべき本の群れの中、ヴィクターはウンウン唸りながらも、魔力や魔法に関する書籍を片っ端から読み漁っていた。

 言わずもがな、シャーロットとの決戦に備えるためだ。

 

「にしても、シャロの家って本当に金持ちだったんだなぁ……本が読み切れねーくらいあるなんて信じられねぇ。金銀財宝に囲まれてるみたいで、なんかテンション上がるぜ」

 

 記憶の無いヴィクターにも、紙の読み物が非常に高価だという認識はある。

 魔法のことが知りたいと尋ねてエマに案内された図書室だが、初めて見た時は思わず卒倒しかけたものだ。

 

「なになに……ごく稀に先天的な体質によって、神経や血管の分布が魔法展開式と酷似した『図』を持つ者が存在し、該当者の体表には特徴的な痣が現れ、星の刻印と呼ばれている……いやこれ全然関係ねーな。クソ、読み切れねぇ。多すぎて眩暈がする。楽しいけど」

 

 ついつい目的と関係の無い本まで手に取りそうになる気持ちを抑え、魔法関連の書を貪る。

 魔法を扱えないヴィクターが、指先一つで無から武器を生成するようなシャーロットに打ち勝つためには、徹底的に敵を識る必要がある。

 

「うーん、何か使えそうな知恵(モン)はないか……魔法道具の作り方みたいなページはどこだ?」

 

 エマの言う決闘は文字通り──いいや、正確にはイメージ通りの決闘だ。

 一対一で拳を、剣を交え、相手が降参するまで打ちのめす。その認識で間違いない。

 

 アーヴェントの礼式に則っているらしいそれは、安全面への配慮はあると言うものの、荒々しく危険な行為であることは確かだ。

 いくら安全と言われても、人はそんな気軽に他人と殴り合えない。普通は尻込みしてしまう。

 

 けれど、それをヴィクターは承諾した。

 自分の命がかかっているというのもあるが、むしろそれでよかったと思うのだ。

 もし決闘がボードゲームのような知略を競うものであれば、ヴィクターに勝てる見込みなど皆無だったから。

 

 しかし、体ひとつで戦えるなら話は別だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本を高価なものだと潜在的に知っていたように、恐らく記憶ではない、魂に染み付いているとでも言うべき自信か。

 

 この7日間、一度だけシャーロットと剣劇(チャンバラ)をやったことがある。

 互いの手加減があったとはいえ、ヴィクターには日々の鍛錬で研ぎ澄まされたシャーロットの動きが見えていた。

 

 見えるというのは視覚ではなく、彼女がどう動き、どう手を打つのか読めたという先見の理解である。

 それは『戦いの眼』に他ならず、無意識にヴィクターの身体能力を裏付けていた。

 

(絶対に勝つんだ。俺の命のためじゃない。シャロに人殺しなんてさせるわけにはいかねぇからだ。俺が勝って、あいつの暴走を止めないと)

 

 シャーロットは善き人だ。命を助けてくれた恩人だ。

 そんな彼女に殺人なんて重荷を背負わせるのは、どう考えても間違っている。

 例えその結果『純黒の王』が復活したとしても、優しい彼女の心には、消えない傷痕が残されるだろう。

 

 ヴィクターにはそれが許せない。()()()()()()()()()

 だから、戦うと決意した。

 

 家族を失ってなお歯を食いしばり、日々を突き進む優しい少女に、これ以上の十字架なんて必要無い。ただそれだけだ。

 もしエマの命綱が無くても戦うことを選んだだろう。ヴィクターとは、そういう男なのだ。

 

「……ん? なんだこれ」

 

 ふと。本を捲っていると、奇妙なページが顔を表した。

 白紙なのだ。1ページという話ではなく、魔力の増強に関するひとつの項目が、まるまる白く塗り潰されている。

 

 印刷ミスか──ページを飛ばそうと触れた瞬間、不意に変化が訪れた。

 少年の右手。霊廟で現れた不気味な痣が突如うずき、朧な黒い光を放ち始めたかと思えば、白紙に文字が浮かびあがってきたのである。

 

「な、なんだ? なんだなんだ、どうなってやがる? 魔法か?」

 

 予想だにしない出来事に目をパチクリさせて驚いたが、文字が浮かんだと言うだけで、他にこれと言った変化は無かった。

 なんだか、まるで隠されていたものが暴かれたかのような。

 

「…………」

 

 恐る恐る、しかし好奇心のままに、活字へ瞳を滑らせる。

 魔力の増幅法について書かれたページだった。

 

「なになに……? 魔力は心臓の拍動で生み出される。その原理から、心肺機能を鍛えることである程度の魔力増強は可能だが、人間の心臓が馬の心臓になれないように、限界量は生物種ごとに定められている。閾値を越えて魔力の総量を増幅させる方法は、全く同質の魔力を体外から取り入れることのみである。……ん?」

 

 疑問符。眉を顰める。

 何か、ひっかかる違和感があった。

 

「えーっと……高濃度の魔力を持つ魔獣の血肉や植物、鉱石の摂取は、一時的な増強効果は見込めるが永続ではない。恒久的に魔力の総量を引き上げるには同族──ここでいう同族とは遺伝的つながりを持つ肉親である──の血肉を摂取する方法しか確認されておらず、その性質上、古くから魔力の増幅法は禁忌として扱われてきた…………あ?」

 

 

 ヴィクターは決して頭のキレる男ではない。

 いくら楽しくても、難解な書物の読解にはヒーヒー音を上げながら苦戦を強いられる。

 けれど、この文章はことさらに難くて。

 

 だって、こんなの矛盾している。

 

 この本に書かれたことが事実なら、魔獣の肉を食べて魔力を増幅させているシャーロットは、一体どう説明すればいいのだ? 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

「よっす」

「ひゃっ、ヴィクターさん!?」

 

 深夜、厨房にて。

 朝食の仕込みに勤しむエマは、不意に飛んできた声に肩を跳ねさせた。

 

「もう、脅かさないでくださいよーっ。包丁滑ったら危ないんですからねっ」

「すまんすまん、ちょっと欲しい物があってな。なんかこう、捨てる予定の入れ物とかってないか? 瓶みたいな割れやすいヤツがいい」

「あっ、決闘で使うんですね。はい、こちらの棚にあるものを適当にどうぞ」

「その棚って、大丈夫か? 綺麗な入れ物ばかりだぞ」

「お気になさらず。わたしが無理を言ってる立場なんですから、このくらいは……。必要なんでしょう?」

「ああ、助かる。ちょいと作戦を思いついてな、どうしても必要だったんだ」

「ええ、ええ、ぜひ使ってください。他にもお力になれることがありましたらぜひぜひ。精一杯協力しますからねっ」

 

 にこっ、とエマは微笑んで、再び包丁を手に取った。 

 大きな包丁だ。野菜を切るようなものとは、刃渡りも刃の厚みも違う。

 少女の手が大仰な銀刃を勢いよく叩きつける光景は、なかなかどうして気圧されるほどの迫力があるものだ。

 

 ダンッ、ダンッ、ダンッ、とリズミカルな豪快音。背に隠れて食材の姿は見えないが、まるで獣の解体でもしているかのようだった。

 一体全体何を切っているのか。興味をそそられたヴィクターは、そーっとエマの肩越しに覗こうと試みて。

 

「こらっ、ダメですよー。危ないから離れててくださいねっ」

「う、すまねぇ。何を切ってるのか気になって、つい」

「ウサギです。ヴィクターさんとお姉様が狩ってくださったウサギさん。血脂が飛んで汚れますし、ちょっとグロテスクだから見ないほうがいいですよ。それに危険です」

 

 こちらを一切振り返らず、背を向けたままエマは言う。

 包丁の豪快な音は途切れない。

 

 エマは厨房に他人が入ることを好まない。特に調理中に横槍が入ることを嫌う。

 館の食事事情は全てエマが握っており、彼女にとってこの場所は、ある意味聖域のような不可侵領域らしい。

 シャーロットですら、勝手に入っては駄目だと口酸っぱく止められているのだとか。

 

 不機嫌にさせてしまっても悪いと、ヴィクターは大人しく踵を返した。

 出入り口のドアノブに手を掛けて、ちらりと振り返る。

 角度的に、ほんの少しエマの脇から食材が見えた。

 

(────……? いや、気のせいか)

 

 すぐに隠れたせいでほんの一瞬しか見えなかったが、ヴィクターはどうにも引っ掛かると眉をひそめた。

 まな板の上に乗っていた肉塊。正確には(もも)肉だが、兎のような形には見えなかった。

 

 あれは、そう。

 例えるなら、人間の足みたいな。

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