第三十二話 東の海で旅行者はテンセイの旅行を
ここは東の海のとある島、この物語の主人公モンキー・D・ルフィーの故郷だ。そしてそこはゴア王国でもなく、フーシャ村でもない、コルボ山のジャングルの一角にある木の上で、そこに少女が眠っていた。
「……んんー…」
背中をパキパキとならし少し体を伸ばして意識と体を覚醒させる。そして、
「わきゃ!?」
木から落ちた。
「……いたたた…また落ちちゃった。アイスーだから私は二段べっどの上は嫌な…のに…?」
落下して丁度上向きになったら少女は今視界に入っている光景に唖然とする。何故ならそこは何時も見慣れている真っ白な天井ではなくカンカンと照っている太陽とお生い茂るくさきだったからだ。
「……ここ、どこ?」
年相応の魔法少女のプリントの付いたピンクのパジャマに身を包んだ十才にも満たない少女が言った台詞は間違ってはいない。昨日は見たいドラマを我慢し、ちゃんと十時前に三つしたの弟と一緒に屋根の付いた家の自分たち姉弟部屋で眠ったはずなのだ。今自分が置かれている異常事態に疑問を持っても何一つ可笑しくない。
「私の名前は大麻 芥子(オオアサ カイコ)東京都の○○に住む十才の女の子で○○小学校の小学四年生。家族はお父さんの大麻 葉安武(オオアサ ハアブ)でお母さんは大麻 木ノ子(オオアサ キノコ)。五つ下の弟が居て名前は大麻 アイス。……うん、一応全部覚えてる」
現状を理解するためにまず自分の分かることから挙げてゆく芥子。
「じゃあ昨日の夕方から思い出していこう。昨日は金曜日で紅葉くんとぼたんちゃんとはぎちゃんと一緒に私のお家に来て、皆でご飯を食べて、皆が帰った後にアイスとお風呂に入って、ドラマを録画して、アイスと一緒に寝て…ジャングル?」
最後は明らかに話が飛躍していると思われるが仕方がない。彼女は何も分からないのだ。眠っていて気がついたらジャングルにいた。本当にそうだったらなんとも笑えない冗談だろう。故に芥子は、
「夢か」
そう結論付ける。
「だけと不思議な夢だなー。ジャングルに来て何も起こらないなんて」
と自分が寝床にしていた木の幹をグルグルと回りながら芥子は呟く。夢とは人の深層心理に反映されると芥子は聞いたことがある。だったら芥子は自分のどんな深層心理を反映させたのだろうかと考える。
刺激を求めていたのならジャンクで独りぼっちは中々刺激的ではあるだろうが刺激的のベクトルが違うだろう。普通はジェットコースターや怪物に追われるような夢を見るはずだ。しかし芥子が放置プレイを求めているとは考えづらい。十才にも満たない少女がそんな特殊プレイに目覚めているとは考えられない。いや、考えたくない。
そう思考しているとき、
「グルルルル…」
と何処からともなく獣のうなり声が聞こえてくる。バッ、と首がおかしくなるのではないかと思われる速さで首を捻って声の主を確認しようとする。
「いたっ………」
案の定首がイカれたが芥子はそれどころではない。芥子の目の前にいるのは体長2m程の虎。その虎の腹は空腹を主張するかのように鳴り、虎はその音に呼応してうなる。
そんな危険に立たされた芥子が取った行動は逃避。サッ、と木の幹に体を隠す。しかしその程度で誤魔化されるようでは虎はとっくに絶滅している。虎は木に隠れた芥子を襲おうと飛び掛かった瞬間に、
「おっしゃー!晩メシゲットォォ!」
シルクハットの少年に打ち落とされた。
「……え?」
と呆けた声を出す芥子。しかし彼女の驚きも無理はない。何故ならばいくら男とはいえ自分よりも身長の低い子供が鉄パイプで巨大な猛獣を一撃で沈めたのだから。
芥子は状況が呑み込めずどうしようかと考えたが、相手は彼自身の夕御飯ためとはいえ、結果的には自分を助けてくれた存在。やはりここは礼を言うのがマナーだろうと少年に近づこうとしたところで、
「テメエ、ここで何してやがる」
別の少年に肩を掴まれて動けなくなった。ギチギチと人体からは鳴ってはいけない音が鳴る。
「ちょっ…痛いっ…!?」
芥子は自分の肩を掴んで離さない少年に文句を言おうとして、その少年の顔をみてそんな思考はぶっ飛ばされる。
(なんでONE PIECEのエースがここにいるのー!?)
芥子は目の前にいる少年に対して驚きのあまり意識を失った。
「……う…ん?」
「やっと目が覚めたか」
と目か覚めた芥子にそう声をかけたのは先程猛獣から自分を救ってくれたシルクハットの少年。状況から自分はこの少年の家にいるのだと推測する。そしてその少年から少し離れたところにいるのは自分が気絶する原因となった少年エースだ。エースは自分たちの隠れ家に他人を入れたことが不満で芥子を睨み付けている。
「で、俺はサボっていうんたがお前、誰だ?」
とシルクハットの少年、サボが芥子に問う。しかし芥子にはそんなサボの台詞など頭に入っておらず、
(うわー、エースと一緒にいたからもしかしてと思ったけど本当にサボだー!本物だー…と思ったけどこれは夢か。っていうことは私はONE PIECEの夢を見てるんだ)
思考がトリップしていた。そしてサボの質問に答えない芥子が自分たちを嘗めていると勘違いしたエースが、
「おいテメエ、ナメテんじゃねえぞ!テメエは誰だ!?答えろ!」
と凄む。いくら夢の中といえど折角自分の好きな漫画ONE PIECEのキャラクターに会えたのだ。芥子はやはり彼らと仲良くなりたいと思う。しかしそのためにはこの険悪な雰囲気をどうにかしなくてはいけない。しかし下手に喋るとボロを出しかねないと判断した芥子は、
「……私は誰ですか?」
記憶喪失を装うことにした。
「「……」」
二人は確実に自分たちが厄介事に巻き込まれたと後悔する。
ぶっちゃけた話、この辺の人間とは一線を画すほど身なりのいい芥子を見て家出した貴族の子供と勘違いした二人は猛獣から芥子を助け出して恩を売ってお金を落として貰おうと打算的な行動をしていたのだ。しかし二人の当ては外れ、二人の目の前にいるこの子供は記憶喪失者ときた。無知の子供をジャングルに放り出すのも目覚めが悪くどうしようかと二人は頭を悩ませているのだ。
「えーっと…掃除とか料理とか家事はするし邪魔にならないように参加するから、良ければここにいさせて欲しいなーなんて思ってるんだけど…」
と最後は尻すぼみになりながらも芥子が言う。それに対してサボたちは、
「……まぁ、居ても邪魔にならないからいいよ」
と快諾とはいかなかったが一応芥子が自分たちの隠れ家に住むことを許可をした。それを聞いて芥子は物心付いたときから花嫁修行と称して母親から家事を手伝わされていた事に人生で初めて感謝した。次いでに護身のためと空手を物心付いたときから習わせていた父親に感謝した。
お陰で芥子は料理のレパートリーは百を越え、気まぐれの絶品創作料理(芥子の家族談)も作れ、空手でも全国のジュニアチャンピオンとなるほどの使い手である。芥子は常識的な同年代には負けるつもりはない。勿論虎を一撃で沈めるようなのは例外だ。
「じゃあ、よろしくな。えーと…」
と言いよどむサボ。なにしろ記憶喪失ということにしている芥子には名前が無いのだ。エースは人見知りなのかさっきから黙ったままだ。
「お前の名前どうしようか?」
と言うサボ。それに対して芥子は、
「じゃあ、私の名前は"サクラ"にしよう!」
と声高らかに宣言した。
芥子は自分の名前が嫌いだった。最早コンプレックスと言ってもいい。誰が自分の名前が違法薬物であることを喜ぶのだろうか。父親曰く、『芥子のように可愛くて、皆に求められる子供になってほしい』という願いが込められていたらしい。その時芥子はざっけんな!と叫んで父親の急所を空手仕込みの瓦を割る蹴りを叩き込んだのは悪くないだろう。求められる意味が暗黒だ。例え子供は三人ほしいと言っていた親から子供が二人しか出来なかったとしてもだ。だから芥子は友人に自分のことを綺麗で皆が大好きな桜の花から取って"サクラ"と呼ばせていたのだ。
「お、おう…よろしくな、サクラ」
と芥子改めサクラの突然の叫びに少し引きながらも返事をするサボ。こうしてサボとエースとサクラの海賊貯金生活は始まった……と思いきや、
「なあサボ、トイレってどこ?」
「ん?ああこの木を降りてあっちに少し行ったところに川があるからそこにするといいさ」
とサクラの質問に答えるサボ。しかしサクラは内心いくら子供とはいえ女性に外で用をたせと言うサボが信じられなかった。だがよくよく考えてみたらゴア王国の外にトイレなんて人のことを考えてある施設なんて無いだろうとサクラは考え直す。
「ぜっっったい見ないで!」
とそれでもやはり恥ずかしいサクラはサボとエースに釘をさしてから川へと向かう。
川へと到着したサクラは周りに人がいないかを入念に確認してから用をたそうとして違和感に気が付く。
付いているのだ、今までの自分には無く今まで一緒に風呂に入っていた弟のアイスに付いていた物が。
「キャァァァアアア!」
とサクラは思わず悲鳴を挙げてしまう。そしてその悲鳴を聞きつけ何事かとサボとエースが走ってくる。その足音に気付いたサクラは慌ててズボンをはく。
「どうした、サクラ!?」
と心配するサボ。
「ここを思いっきり蹴り飛ばして!」
と自分の下腹部よりも下を指差して叫ぶサクラ。
「……は?」
と呆けるサボ。しかし彼の反応は間違っていない。そこに衝撃が来たときの痛みは男であるサボには分かる。そこに攻撃を食らった男は大体それで戦闘不能となるだろう。そしてそんな自殺にも等しい宣言をしたサクラに疑いの眼差しを向け、
「どうしたんだ?」
と聞くが、
「速く蹴って!」
とりつく島もない。サクラにしてみればいくら好きなキャラクターと有効関係を結べるといってもこんな目に遭うなら真っ平ごめん、早く覚めてほしいと思っているのだ。故に何か刺激があれば悪夢から目覚められると思ったサクラはこんな荒唐無稽な頼みごとをサボにしたのだ。それに対してサボは
「何があっても恨むなよ!」
と言ってサクラの股間を蹴り飛ばす。サクラを襲ったのは今までであじわったことのない激痛。いや、激痛で言い表すことすら生温い程の痛みというカテゴリーを越えた刺激。それを受けたサクラは、
(お父さん、股間蹴ってごめん)
と過去に行った過ちを詫びながら意識を失った。