「あなたが好きです!付き合って下さい!」
「えっ──」
馬鹿だ。
馬鹿以下の大馬鹿者だ。
雰囲気も何もあったもんじゃない。
僕は全身隈無く痣だらけ、鼻血とか色んな液体で顔面も滅茶苦茶だ。
母さんが折角買ってくれたシャツはあちこち毟られて、ボタンも全部何処かに行ってしまった。
こんなボロ雑巾から告白されたって、彼女も困るだろうに。
「私に、言ってるの?」
「他に誰がいるんだよ」
なるべくカッコつけて返事をしたつもりだけど、喉から漏れたのは呻きに近い濁った声だった。しかもつっけんどんな物言いだ。
情けないったらありゃしない。
ほれ見ろ、彼女もドン引きしてるじゃないか。焦げ茶の瞳が潤んできてる。
怖いと思うけど、もう少しだけ我慢して欲しい。言うだけ言ったら消えるから。
「本当に、本当に私が良いの?」
「君がいいんだ」
そうやって卑下するのは彼女の悪い所だと思う。
そりゃあ両親揃って
誰が何と言ったって、この気持ちは止められない。
君の笑顔を見る為なら、何だってやれる──と思う。
多分思い上がりだけど。
「アイツらさ、君の事を嗤うんだよ。売女だなんだって、バカみたいに騒ぐんだぜ」
「だからってそんな事をしなくても──!」
「ゴメン、僕バカだからさ。君の我慢も、何もかも無駄にしちゃった──」
馬鹿だ。下策中の下策だ。
彼女は何年も耐えてきたのに。
キミは「やり返さない」って言う、何より辛い戦いを1人でしていたのに。
思わず手が出てしまった。我慢ならなかった。
その結果が
上級生も下級生も、見知った顔から殴る蹴るの
村八分にされてる子の味方をしたらどうなるかなんて、誰だって分かる筈だ。でもやっちゃったんだからしょうがない。
しかもその勢いで告白とか、滑稽過ぎて笑っちゃうぜ。ヤケクソにも程がある。
これは振られたな。間違いない。
けど、やっぱりこの気持ちだけは伝えておきたい。偽る事なんて出来ない、本当の気持ちだから。
「こんな情けないヤツだけど……もし、もし君が受け入れてくれたら嬉しい」
「私、が……」
よし、言った。言ってやった。
もう何の悔いも無いぞ。明日行方不明になるであろう僕の机と一緒に未練もどっか行っちまえ。
後はそう、キミが『ごめんなさい』とでも言ってくれれば全部終わりだ。
迷惑を掛けるのも最後にしよう。
それでいいだろ、ねぇ──郡さん。
「私は──!」
「あなたが好きです」
あまりにも直球過ぎる告白だった。
忘れもしない、3年前の事だ。
白いシャツを血で斑に染めたあなたは臆面もなく、思うがままに言葉を紡いだ。
好き。
そう、好きだと言ってくれたのだ。
その日、私は生まれて初めて好意をぶつけられた。
ただひたすら暴力に耐え、停滞する日々に射し込んだ光だった。
好き。
その言葉はどんな娯楽よりも快楽をもたらした。
あなたの好意はどんなクスリよりも依存性があった。
抜け出せる筈も無い。
あなたも嫌な顔はしなかったから甘えられるだけ甘えて、依存出来るだけ依存した。
そうして3ヶ月もすれば、彼がいない生活に耐えられなくなっていた。
朝起きてあなたがいなければ、気分が沈んだ。
夜あなたが家に帰ってしまうと、孤独感に打ちのめされた。
重ねた手のひらが離れる度に、身を裂かれるような苦痛を感じた。
幸いだったのは、この関係について誰も干渉してこなかった事だ。
私は元から村八分に近い状況にあった訳だし、そこに1人増えたからと言って何も変わりやしない。
何処へ行っても二人きり。
ずっと二人ぼっちで、支え合う。
互いの傷を舐め合って、停滞と廃退の沼に沈む。
それに何よりの愉悦を感じた私は、きっと狂ってる。
狂ってるけど、堪らない。
だから。
だから、この「好き」を妨げるなら──
そんな世界、滅んでしまえ。
午前4時。
がちゃり、と無造作に扉が開かれる。
それなりに大きな音が立ったが、郡千景は気に止めなかった。部屋の主は、この程度の音で目を覚ます事はない。
「彼」の生活をよく理解しているからこその大胆な犯行であった。
「……ふ」
もう手慣れたものである。
千景が生まれ育った村を出てから3年、「彼」の部屋に忍び込むのは日常的な行為と化していた。
鍵を渡されているから不法侵入ではない、と当人は力説しているがどう見ても不審者である。
(私は悪くないわ。私を1人にする、あなたが悪い──)
布団にくるまれ、穏やかな寝息を立てる少年を見下ろしながら千景は自己正当化を図った。
「ふ、ふふ……」
思わず笑みが漏れる。
ただそこにいる、健康でいてくれる事が千景にとって何よりの幸福だ。
千景はこの
だってそれは「彼」が千景を見ている時間が増える事なのだから。
「あなたがいれば……あなただけいれば、私は戦える」
誰もが自分を否定する中で、唯一自分を肯定してくれた少年に対して千景は執着した。それはもう粘着質に、ベッタリとくっ付き続けた。
独占欲である。
心の奥底に根付いた「それ」は、少年からの愛を栄養として1分1秒毎に肥大化し千景の心を占拠した。
例え「彼」の親であっても、「彼」と会話している事に悲しさを感じた。「彼」が景色を眺めているだけでも寂しさを感じた。
自分だけを見て欲しい。自分だけに声を聞かせて欲しい。
もっともっとと底無し沼のように渇望は増え続け、その他一切合切を千景の中から追い出した。親も地域の人々も、最早千景の眼中にはない。
何を言われても、何をされても意に介する事は無い。少年が隣にいるなら千景は無敵だった。
が、飽くまで無敵なのは千景だけである。「彼」は少女に一途なだけの一般人だ。非力で、思いだけが先走る凡人だった。
その一途さが裏目に出たのか、少年は千景がいない所で暴力を振るわれる事となった。
それに気付かぬ千景では無かったが、彼女は努めて知らない振りをした。
『大丈夫!何でもないから、心配しないで!』
少年は強がっていた。カッコつけていた。
止せば良いのに千景を心配させまいと、千景と同じように1人で戦う事を決めたのだ──千景
捻れに捻れた承認欲求を、彼の強がりは最大限満たしたのだ。
当然「彼」を気遣う気持ちは存在した。耐える事の苦痛を、千景はよく知っているのだ。
故に千景は少年の監視と言う形で自身の愛を表現した。
毒を喰らわば皿まで。「彼」の強がりをいつでも、どこでも心行くまで味わう。
──大丈夫。あなたの格好いい所は、私が全部見ているもの。
盗聴、盗撮、ストーキング。狂気的な思考の下で千景の行動は過激化を続けた。
大社の職員は皆勇者への盗聴を警戒しているが、よもや勇者
──「彼」が私の側にいられないなら、私が彼の側に行く。
誰一人として気付かない。
そして誰も知らない「彼」の姿を自分だけが知っている。優越感が千景を満たし、愛となって零れ落ちるのだ。
千景が心の底から笑顔になれるのはその時だけ。
ただ1人の好意が、千景をどうしようもない程歪ませる。
「──愛してるわ」
郡千景は自分から溢れ出る愛の沼に沈んでいた。