楽しんで頂けたらありがたいです。
千景は勇者で、僕はただの人間だ。
千景が苦しんでいる時に、何の力にもなってやれないのが1番苦しかった。
彼女の隣で苦境を見ているのに、其処から1歩も踏み出せやしない自分が嫌いで嫌いで仕方がなかった。
抱き止める事も、手を握ってやる事すら出来ない自分に憎悪すらした。
千景は勇者で、僕はただの人間だ。
どうあっても覆せない事実と言うモノがこの世の中には存在する。
「うどんは美味しい」だとか「蕎麦派に未来を与えてはいけない」だとかそんなバカらしい事実から、「人は死ぬ」みたいに哲学的な──
そしてそれは、僕の場合「千景の心を救う事は出来ない」となる。
目を背けたくても、起点が僕の心の中なんだから逃げ場なんてありはしない。
塵となり、埃となって堆く積み上がった3年間の無力が今になって襲い来るのだ。
千景は勇者で、僕はただの人間だ。
──いや、それすらある種の保身なのかもしれない。
結局僕は役立たずのままだった。
だって、バーテックスが初めて襲来したあの時から今に至るまで、僕が何をしてきたか考えてもみろ。
天恐を患った事が一体何の言い訳になる。
儚く笑う千景が何れ程壮絶な運命に立ち向かっているのか知りながら、何故僕はもっと彼女を労らなかった。
──今までは自惚れだと考えていたが、事此処に至って最早疑う余地等存在しない。
千景は僕「だけ」の為に戦っている。
こんな、こんな何一つとして褒められる所もない、自分の制御すらマトモに出来ない人間の為に郡千景は命を懸けているんだ。
「お願いだから、大人しくして……!」
「嫌だ……!」
友奈は勇者で、僕はただの人間だ。
そして、大切な者の為に戦う姿勢なら僕を押さえ付ける友奈だって変わらない。
此方はうつ伏せなので表情を窺う事は出来ないけれど、声だけでも彼女の決意は伝わってくる。
友奈は
「分かって……ううん、分からなくても良いから今だけは止まってよ……!」
本当は誰より傍にいたいだろうに、千景を守る為にこんな下らない人間を止めに来ている。
バーテックスに振るう為の拳を、後悔を抱えながらも分からず屋に向けている。
そして自分を悪役に貶めてでも他者を守ろうとする精神の、何と尊い事か!
友奈は勇者で、僕はただの人間だ。
訓練の時も、壁外遠征の時も千景を支えたのは友奈だ。
傍にいたのは友奈だ。
手を握ってやったのは友奈だ。
卑怯で、卑屈で、結局役立たずの僕とは断じて違う。
皆は勇者で、僕はただの人間だ。
土居さんだって、伊予島さんだって、上里さんだって、乃木さんだって己の使命を胸に刻んで運命と戦っている。
いや、彼女達だけではない。
大社の職員だって、全国から四国に逃げ延びた人だって、元から四国に住んでいた人だって誰もが今日を必死に
僕とは違う。
「──分かってる」
「?」
────でも
「分かってるさ、そんな事」
「何が──」
────それでも、だ。
「僕のやろうとしている事が余計に千景を傷付けるかもしれないって!乃木さんとか、友奈とか、皆の思いを裏切る事になるかもしれないって!それ位いくら僕でも分かる!」
「だったら────」
「それでも何も出来ないのに比べればずっとマシだ!」
それでも無力なままの自分から抜け出そうとすらしないのは、絶対に嫌なんだ。
そうとも、もう沢山だ。
だって大葉刈を背負った千景の背中を見送るのも、涙を流す事すら出来ずに歪な表情を浮かべる千景に声の1つだってかけられないのも、もう充分過ぎる位に見てきたんだから。
「何も出来ないなんて事無い!昔からキミは優しいよ。ぐんちゃんの為にずっと頑張ってた……!」
「……ありがとう」
確かに、友奈の言う通りかもしれない。
僕の
千景の為に何か出来ないか、何かしてやれないかとずっと考えていた。
結局何も出来ちゃいないが、この3年間に嘘偽りは1つも無い。
──だけど、今重要なのは其処じゃない。
「友奈、3年前から僕は何にも変わっちゃいないんだよ。この意味が分かる?」
「……う、ううん?」
そりゃ、友奈だって首を傾げるだろう。
だけど、この真実は友奈には絶対に分からない。
誰よりも他者の機微に聡くて、誰よりも他者を思いやれる彼女だからこそ理解出来ない事がこの世界には存在するんだ。
「僕は────
「え────?」
僕の阿呆みたいな言葉が直撃した友奈は、のしかかった姿勢そのままにポカンと口を開けて固まった。
直接見えずとも、彼女の混乱がバッチリ伝わってくる。
うん、こんな事で友奈の表情を崩してしまうのはなんて言うか──状況に対して不適切だと思うけれど、やっぱり友奈に険しい表情は似合わないと思う。
────それはそれとして。
「深く考えるのが苦手で、すぐ頭に血が上って、他人の気持ちを察するのが苦手な今世紀最大クラスの大馬鹿者だ」
「いや、それは……違うんじゃないかな」
3年前、千景に告白した時もそうだった。
あの時の僕は全身隈無く痣だらけ、鼻血とか色んな液体で顔面も滅茶苦茶だ。
ついでに母さんが折角買ってくれたシャツはあちこち毟られて、ボタンも全部何処かに行ってしまった。
ワイルドなんて言葉じゃ流石に誤魔化しが利かない、控え目に言って満身創痍のボロ雑巾から告白されたら彼女も困っただろう。
『アイツらさ、君の事を嗤うんだよ。売女だなんだって、バカみたいに騒ぐんだぜ』
『だからってそんな事をしなくても──!』
『ゴメン、僕バカだからさ。君の我慢も、何もかも無駄にしちゃった──』
あの時の事は、今でも鮮明に思い出せる。
僕は千景の忍耐を無に帰してしまった最低野郎だ。
カッとなって喧嘩を売った学校の連中にボコボコにされた挙げ句、その足で告白に赴くような馬鹿野郎なんだ。
これは絶対不変の真実であり、友奈が何を言った所で撤回も訂正もしたりはしない。
「僕が馬鹿野郎なのは今も昔も変わらない。あれやこれやと下らない事で悩んで、それで誰かに迷惑を掛けてしまうのもずっとずっと変わらない」
──だけど。
「だけど、目ン玉抉られて漸く自分が馬鹿だって事を思い出したよ」
「──!」
だけど、千景が僕の瞳を望んだ時にやっと気付くとはあまりにも失態が過ぎる。
芋虫よりも、ナマケモノよりも断然遅い。
変わった世界に押し流されて、天恐に脅かされて自分を見失っていたとしても言い逃れは到底不可能だ。
ああそうだ。僕はどうしようもない馬鹿だ。
馬鹿なんだから────何も考えずに突っ走れ!
「だから、僕は僕のやり方で3年間を取り戻す」
ウジウジするのだって、もう止めだ。
結局、足りない頭で無理に畏まったって物事が解決する事は決してないんだから。
だけど、あの頃と違う所が1つだけ────
「思いだけが先走るのも、強がってカッコつけるのも今日で最後だ!」
「そうだろ──────」
──今の僕にはその為の力が存在する、ただそれだけだった。
「ヒナちゃん……!?」
「友奈、さん────」
少年の叫びに驚愕した友奈が振り向いた、その視線の先。
はったりでも冗談でも無く、上里ひなたは其処にいた。
悲壮感すら滲む程の決意に満ちた瞳で、踊り場から2人を見下ろしていた。
(どうして此処に……!?)
高嶋友奈は知っている。
ひなたが千景の処分を保留してもらう為に、大社と必死に渡り合っている事を。
その交渉があまり芳しくない事も、何がどうあれ千景に
そしてだからこそ、勇者など辞めてしまえば良いと友奈は思ったのだ。
「勇者」は千景を望まぬ苦境に縛り付け、少年をただひたすらに追い詰めるだけだった。
互いを想って苦しんだ果てに、千景は危うく少年を殺しかける所まで行ってしまったのだ。
もし勇者である事が少年と千景自身を傷付ける呪いだとするならば、そんなモノは必要ない。
2人の分まで戦うと、高嶋友奈は己に誓った。
他者の苦難を背負う事がどれだけ辛い事か知らない訳ではなかったが、それでも友奈は
それで2人が救われるなら、命を落とさずに済むなら、何だってするつもりだった。
「今です!」
「っああああああああ!」
────故に、それを阻もうとするひなたに気を取られた。
ガクン、と視界が揺らいだ次の瞬間友奈は非常階段の冷たい鉄床に投げ出されていた。
(──どうして!?)
友奈が振り返ったその一瞬で、勝負は決していたのだ。
1度は簡単に制圧出来た経験が彼女の油断を招いたのか、少年の底力が少女の見積りより残されていたのか。
判別は付けられなかったが、極められた関節を全く無視して少年は友奈を跳ね除けたのだった。
────そして
「使って下さい!」
黄色い夕陽を背負ったひなたが、野球選手がするかのように
片手に収まる程度の大きさで、板のような薄さで、友奈にはあまりにも見覚えがある
「待っ────」
止める間など無かった。
涙で歪んだ視界に映る少年が、遂に愚直さしかない己を思い出した少年が、
「待って──────!」
何故。どうして。
そんな疑問より先に友奈の体が跳ね起きる。
言うまでもなく、少年は凡人だ。
今四国に生きる殆ど全ての人間と同じで、罷り間違っても勇者の適性は無い。
それなのに、何故か端末は起動した。
残酷な事に、その機能を発揮してしまった。
(────!?)
声にならない悲鳴を上げながら、友奈は少年を包み込む眩い光に飛び掛かった。
そう、今此処で少年が変身してしまうなら、その前に端末を叩き落とすしかない。
少年を勇者にするつもりなど友奈には毛頭ないのだ。
勇者に変身した事で「もし」や「万が一」が少年に発生してしまったら、友奈は2度と千景に顔向け出来なくなる。
友人の大切な人が死地に踏み込むのを、見過ごす事になる。
それは、ダメだ。
如何なる手段を用いてでも、絶対に阻止しなければいけない。
「ダメ──────!」
故に、一切の躊躇を捨てて友奈は手を伸ばす。
一瞬が何倍にも引き延ばされた、停滞した時間を掻き分けて────
光が、紅い彼岸花となって舞い落ちる。
伸ばした友奈の手を少年の五指が受け止め、絡め取り敢、繋がり合う。
○■■■■/彼岸花の勇者
本来なら何の資格も持たないし、仮に変身したって何の役にも立たない。
しかし神樹は、いつだって人類を信じて見守っている。
少年の少女を助けたい心だって、迷い悩む姿だってしっかり見守っている。
故に