勇者と巫女だけが集められた特別学校と言えど、義務教育は普通の学校と同じように行われる。
いつバーテックスが襲来してくるのか分からなくとも、所属するのは皆子供なのだ。
大社の
通常の授業に加えて勇者としての訓練を課されているが、それは致し方無い事だろう。
過労で倒れたりしないようにコントロールするのが大社の役目だ、と千景は割り切っていた。
トントン、とボールペンがノートを叩く。
新学期の初めにはバーテックスと自衛隊の交戦記録を見せられ、勇者達の必要性を説かれる。もう何度も見聞きした事だった。
バーテックスが何者で、何故人類が虐殺されるのか、誰も知らない。
ただ土地神が人類に味方し、その加護を受けた少女達が勇者として戦うと言う結果だけが存在する。
(……暇、ね)
郡千景にとって、この時間は退屈以外の何物でも無かった。
別にこの授業を軽視している訳では無い。千景は自分と「彼」が生きる世界を守る事に異存は無い。
ただ、同じ事を何度も繰り返すのに飽きただけだった。
傲りが慢心を生む。油断が死を招く。だから基礎を繰り返す事の重要性も、良く理解している。
だが、変化を伴わない日常は停滞を生む。停滞は時を経る毎に慢性的に蔓延り、人々から戦う意思を奪う。
それを千景は危惧しているのだ。
3年前から千景達は1度もバーテックスと戦っていない。
土地神の集合体『神樹』が四国を囲う
だがもし、
(……弛んでいるんじゃないかしら)
自分も含めて、少し生温いのではないかと千景は危惧している。
勇者達の後ろには四国の民がいて、千景の後ろには「彼」がいるのだ。
だから負けられない。負ければ彼らは喰い尽くされる。
それは何としても避けねばならない事態だ。
訓練をどれだけ重ねても、千景の中の不安は拭えなかった。
──もし、万が一の場合があったらどうする。彼が喰われるような事があったら私は生きていけない。
自分が死ぬより、「彼」が死ぬ事を千景は恐れている。
文字通り「生き甲斐」なのだ。少年が死んだら千景は後を追うだろう。
だから負けない。2人で笑う為なら千景は何度だって無敵になる。
が、他の勇者はどうだろうか。
各々戦う理由は持っていても、それが行動に表れているとは千景には思えない。
友好を深める事も大切だ。しかし、それに重きを置くあまり他が疎かになっていないか。
そんな焦りが千景の中で燻り続け、徐々に苛立ちへと変化を始めていた。
昼食は勇者全員で取る。
食事と言う人間に不可欠な時間を共有し、チームワークを高めるためだ。乃木さんが提案し、皆で合意した取り決めだった。
「さて、と。今日も──」
皆がセルフサービスを取りに行くのを横目に、私は風呂敷包みを広げる。
中には小さな弁当箱があった。蓋を開ければ肉じゃがに、キャベツの塩昆布和え。蓮根と人参のきんぴらも添えてある。
昨日の残り物に新しく1品加えた、いかにも家庭的な弁当だ。
「──完璧ね」
少食な私に合わせ、量もやや少なめである。
やはり「彼」が作る料理に間違いは無い。
言葉を介さずとも必要とする物を理解している。これぞ意思疏通の究極系、以心伝心と言うものだろう。
そうして料理を口に運んでいると、目の前に誰かがトレーを置いた。
「訓練の後のご飯は美味しい!」
「えぇ、そうね」
屈託の無い笑顔で少女──高嶋友奈が席に着く。
トレーに載せられたのは肉うどん。
私以外の勇者は皆セルフサービスのうどんを持ってくるから、結果だけ見れば仲間外れと言う事になる。
高嶋さんは私の数少ない友人だ。そして世界で2番目に「郡千景」を認めてくれた人間だ。
「ぐんちゃんは今日もお弁当?」
「ええ」
「わぁ、いいなあ!彼氏さん料理上手なんだねぇ」
こうやって褒められると嬉しくなってしまうが、これも3年間で幾度となく繰り返されたやり取りだ。
こうして高嶋さんと話すのはとても楽しい。
私には無い「明るさ」と、「優しさ」を持っている。率直に言って羨ましい。
「美味しそうだね!ちょっと味見してみても良いかな?」
「ふふっ、いくら高嶋さんでもそれはダメよ。この肉じゃがは私のもの」
「あーっ、良いなぁ……」
高嶋さんは私にとって恩人だ。
「彼」以外と上手く話せず、勇者達の輪に馴染めなかった私の手を引いてくれたのは高嶋さん。
納得のいく訓練が出来ず、落ち込んでいた私を励ましてくれたのも高嶋さん。
高嶋さんには返しても返しきれない位、恩がある。
けど。
だけど、許せない。
『私、高嶋友奈って言います!よろしくね、──くん!』
『──ッ!?』
忘れもしない。
初めて私達が会った
よりにもよって私の目の前で、高嶋さんは「彼」と握手した。
知らずとは言え、私だけの聖域を汚した。
私と「彼」の間に割って入った。
それがどれだけ憎しみを掻き立てたか。
『……?どうかした?』
『いえ。何でもないわ』
その日はずっと、同じ布団で寝る時も「彼」と手を重ねた。危うく爪を立てそうになるほどきつく、隙間なく、触れ合った。
高嶋さんの温もりを、私のそれで上書きする。
「彼」の1番は私だ。
私でなければいけない。
そうでなければ私の存在意義が無い。
「彼」がいるから自分でいられる。
「彼」を感じるから抑えられる。
握手したのが高嶋さんで良かった。
もし他の誰かだったら──
「──殺してたかも」
「何か言った?ぐんちゃん」
「いいえ、何も」