本当に偶々だった。
ただその日に偶然条件が整って、偶然僕が耐えきれなくなった。
それだけの話だと思う。
「その日」も僕は部屋に籠ってゲームをしていた。所謂格ゲーと言うヤツで、様々な作品のキャラクターがコラボする夢みたいなゲームだった。
自分で言うのも恥ずかしいけど当時の僕は中々やり込んでいて、宿題が終わればランキング戦に挑んでいたものだった。特にあの頃は「Cシャドウ」と言うプレイヤー、──まあ郡さんだったんだけど、が頂点に君臨していて躍起になって越えようとしていた。
ゲームは良い。
自分の部屋に籠ってイヤホンを着けて、ゲーム画面に集中していれば外界との接触を絶てる。
こうやって熱中している間は、成績だとか喧嘩だとか嫌な事を忘れられる。
郡さんの事もそうだ。
同級生達の悪意に満ちた虐めも、教員やお巡りさんを含めた一切の大人達の傍観も、見て見ぬ振りが出来た。
僕は「アイツら」とは違う。
僕は郡さんを虐めたりはしない。
これは僕なりの戦いなんだって、自分に言い訳していた。
けど「その日」は、普段より一層閉じ籠らなきゃいけない理由があった。
『全く……郡さんは早く何処か行ってしまわないかしら……』
『えぇ、まあ、そうですねぇ』
近所の──誰だったかな。
まあ別に誰でも良いけど、誰かの母親が家に来て母さんと話していた。
母さんはお茶に菓子まで出して、その人を接待していた。
止めて欲しかった。帰って欲しかった。
何が悲しくて好きな女の子の悪口を聞かなきゃいけないんだ。
兎も角目も耳も全部塞いでしまいたかったから、自分の部屋で布団まで被ってゲームをしていた。
いや、違う。
本当に嫌だったのは郡さんの悪口だけじゃない。
ただ保身を考えて悪口に付き合う親が嫌いだった。
頭では理解しているんだ。村八分にされた人に味方する事がどういう結果を招くか。そしてこの村で生きていくには彼らに同調するしかない事も。
だけどそれが1人の人間として本当に正しい行為なのか。僕はそう思いたくない。郡さんを生け贄にしてのうのうと生きるなんて、僕には出来ない。
だからもしこれが正しいって言うなら、そんな正しさは欲しくない。間違ったままでいたい。
それだけじゃない。
この理不尽を認識しているのに、ただ見ているだけな自分が何より嫌いだった。
これだけ扱き下ろしておきながら、僕は母さんと何も変わらない。
我が身可愛さに縮こまっているだけの腑抜けが僕だった。
そこまで分かっていながら、1歩踏み出す事さえ躊躇っているのもまた僕だった。
そうして今日も情けなさにべそをかきながら、罵詈雑言の嵐が過ぎ去るのを待つ──筈だった。
『そうねぇ……家の子は
『まあ、そうなんですねぇ』
頭が真っ白になった。
「生まれて来なかった方が幸せだった」?
何で、どうしてそんな酷い事が言えるんだ。
テレビでも漫画でも口を揃えて命の尊さを説くのに、何で郡さんはダメなんだ。
郡さんが何をしたって言うんだ。
確かに彼女の親はろくでなしだ。誰も郡さんの事を見ちゃいない。
だけど郡さんは関係ないだろ。
一体何の権利があって、彼女が生きる事を否定するんだ──!
空白になった思考が怒りの赤に染められて、気が付けば家を飛び出していた。
田んぼを抜けて民家を掠めて、自分でも訳の分からない衝動のままに足を動かし続けた。
何かが完全に吹っ切れていた。
「あはは、あは────」
もう立場なんて知った事か。
母さんの考えも、何もかも投げ捨てて走ってやろう。
今大切なのは郡さんだ。
他の事なんて考えずに、ただ前だけを見て真っ直ぐ──
「──走れ!」
言葉にしたら気分が軽くなった。
そうだ。この程度じゃ遅すぎる。
今まで立ち止まっていた分、スピードを上げろ。
自分の意思でどこまでも、ずっと。ずっと。
例えどれだけ浅はかで、短絡的で、愚かでも構わない。
だけど僕は僕の全てを賭けて、郡さんを肯定してみせる。
誰に憚る事なく「生まれてきて良かった」って、言わせてみせる。
だから、先ずは告白する所から始めよう。
私が許せない物は色々ある。
「彼」と手を繋いだ高嶋さん然り、「彼」を虐げた村の人達然り。
心が狭すぎる、と思う時もあるが性分だから仕方ない。
1度解放されたらこの
彼以外は目に入らない。
けど。
けど、1番許せないものを挙げるとしたら──それは私自身になる。
世界が食い荒らされた次の日の、午前中の事だ。
「郡様には私どもが用意した施設にて訓練を行ってもらいます。必要な措置は此方で行いますので、もしご要望がございましたらお申し付け下さい」
此方の反論を許さない、固い言葉だった。
仕方ない事だった。あの化け物を倒せるのは「勇者」とやらだけらしいのだから。
数少ない戦力を逃す訳にはいかないんだろうな、とどこか他人事のように私は考えていた。
「郡さ──千景。大丈夫?」
「ええ。私は平気……」
言うだけ言ってその場を去った大社の職員と入れ替わりに、「彼」がひょっこりと顔を出した。
先ずその顔を見て安堵した。
初陣と言う事もあって武器を闇雲に振るうだけだった私は、あなたの安否を失念していた。
化け物が全滅してからやっとその事に気付いたけれど、誰に聞いても返事すら無かったから心配していたのだ。
「何だかよく分からないけど、凄い事になっちゃったね……」
「まあ……正直実感が湧かないわ」
体がふわふわして、思考も宙ぶらりんだった。
まるで自分が自分じゃないみたい。
だって、昨日までは命を賭けた戦いに身を投じるなんて考えもしなかった。
今日、明日も、ずっと2人でこの腐った村を生きていくと思っていたのに何なんだろう、これは。
夢でも、見ているのかもしれない。
視界も何だかぐらぐらする。疲れているのかな。
「ごめんなさい。少し疲れてしまって……。横になっても良いかしら」
「うん。きっとこれから大変だと思うから、今の内に寝ておきなよ」
彼の手をそっと握る。
言葉にするのも億劫だったけど、あなたに隣にいて欲しかった。
一夜で狂ってしまった世界でも、あなたがいるなら正気でいられる。
「隣に……ずっと隣にいて……」
「大丈夫。何処かに行ったりはしない」
「うん……ありがとう……」
──あなたの両親が殺されたのにも気付かずに、私は温かい腕を抱き締めて眠りに就いた。
あなたが苦しいのにも気付けず、甘えた。
苦しかっただろう。泣きたかっただろう。だけど私の為に、ずっと泣かなかった。
これが私の罪だ。決して許される事の無い大罪だ。
罪には罰を。それは人間が生きる限り不変のルールに違いない。私だって逃れられないのだから、きっとそうだ。
どうやって贖えばいいのか分からないけど、私は償い続けなければならない。
それが終わるまで、私は自分を許せない。肯定なんて、出来る訳ない。