どの作品も素晴らしい物だったと思います。
私も追い付けるよう一層精進していきたいです。
「やあ、遅くなって申し訳ない」
「いえ、全然大丈夫です──お久し振りですね、乃木さん」
四国地方は香川県丸亀市。
小綺麗なカフェの片隅で、やけに弱々しい微笑を少年が浮かべた。
若葉の記憶では最後に会ったのは2ヶ月程前だったが、あの頃の溌剌とした印象は何処にも無い。
何かに打ちのめされ、疲れ果てた「彼」の姿がそこにはあった。
「その、いい加減敬語は止めてくれないか。千景や友奈とは普通に話すんだろう?」
「いや、まあそうですけど……」
「だったら良いじゃないか」
「彼」は3年前から、ずっと若葉に対して畏まった態度を取っていた。
その癖若葉には敬語を用いない事を要求し、気楽に接する事を望んだ。
少年は自分と若葉の間に越える事の出来ない線を引いているのだ。
(やはり怖がられているのか……?)
思い当たる節はそれなりにある。
決して曲がらない意志の強さと勇者の力は、時として恐怖の権化足り得るのだ。
若葉自身もその性質を理解しているからこそ、こうして気を揉んでいるのである。
「尊敬してるんですよ、ホントに」
「私達をか?」
「はい。友奈や土居さんには押し切られましたけど、やっぱり簡単に変えられるもんじゃないです」
皆凄いなぁ、と呟いて「彼」はまた俯いた。
何か様子がおかしい。今日の昼に急に呼び出した事と言い、どうにも若葉の知る「彼」らしくない行動が目立つ。
(聞いてみる、しかないか──)
この弱りきった様子の少年を見るに、余程思い詰めているのだろう。
「彼」は何か重大な問題を抱えているに違いない、と若葉は判断した。
「それで、どうして今日は私
何故
物言いがキツいだとか、正論過ぎるだとか言われる自分よりかは適任がいるだろう、と若葉は思った。
千景の事にしろ、「彼」自身の事にしろ、相談するならば先ず友奈ではないのか。
それが無理だとしても、ひなたや杏ではなく何故若葉を選んだのか。
そのような意味が籠った問いを受け、少年の表情は苦々しげに歪んだ。
しまった。地雷だったか──
若葉慌てて謝罪しようとするより一瞬早く、少年の口が開いた。
「──この前、チームとしては初陣だったんですよね?」
「え?ああ……」
「千景はどうでしたか」
「勇敢だった」
即答。
3日前、四国に結界が張られて以来3年ぶりにバーテックスとの戦闘があった。
その際先陣を切ったのは他の誰でもない、千景だ。
友奈よりも、若葉よりも速く斬り込むその姿は誰よりも勇ましく、また誰よりも冷静だった。
当初戦えなかった杏のカバーも完璧にこなし、正に獅子奮迅の働きを見せたのである。
これを勇敢と言わずして何と言うのか。少なくとも若葉には他の言葉が見当たらなかった。
だと言うのに──「彼」は喜んでいるとも悲しんでいるともつかない、曖昧な表情をしていた。
「嬉しくないのか?」
「正直に言えば、まあ」
「何故?」
若葉の中には隠しきれないバーテックスへの憎悪がある。
友を奪い、土地を奪い、文明を奪ったバーテックスを討ち果たす事。
それが若葉が自身に課した使命であり、勇者として戦う意味である。
それは「彼」も同じで、千景の戦いぶりを喜びこそすれ悲しむ事は無いと若葉は思っていた。
だからこそ分からない。何故──
「今回は無事だった。でも、次もそうとは限らないでしょう?」
「そうだ。だが、それは千景も理解している筈だ。君は千景の事を信頼出来ないのか?」
落ち着け、と若葉の脳内で自分が叫んでいるが、口を衝いて出たのは詰るような言葉だった。
「彼」は千景と付き合っているのに、千景を信じられないのか。
少なくとも若葉にはそう言う風に聞こえたのである。
穏やかな陽射しが注ぐカフェテリアに、一触即発の雰囲気が作り上げられていた。
「信頼はしています。ただ、堪らなく怖い」
「怖い?」
「もし千景が怪我をしたら。もし千景が死んだら。もし千景が憎たらしいアイツらに食い散らかされたら。『もしも』が際限無く湧いてくるんですよ」
だから
(睡眠薬、か──)
「3年前からお世話になってるんですけどね、最近は特に酷いんです。夜中に何度も起きて、その度に吐いちゃうんですよ」
やけに弱々しいのはそれが原因か、と若葉は1人ごちた。
「彼」は千景を思いすぎる余りに体調を崩しているのだ。
だとするなら、どうにかして「彼」を安心させなければならない。若葉は1人の友人として少年の身を案じていた。
「……分かった、千景の事は私がしっかり見ておこう。元々リーダーとしての役目がある。安心して任せて欲しい」
「良かった。ありがとうございます……!」
恐らく、気休めにしかならない。
結局「彼」自身の問題だから、他人が何か言ってどうにかなる話ではない。
だがこうして呼び掛ける事にも何か意味がある筈だ、と若葉は信じる事にした。
精神の専門医等ではないのだから、自分に出来る事をするしかないのだ。
「それと、薬に頼り過ぎるのは止めた方が良いと思うぞ。依存したら抜け出すのは難しいと聞く」
「それは無理です」
即答だった。
思わず呆けた表情をする若葉に、少年はやつれた笑みを浮かべながら自らの秘密をぶちまけた。
「天恐なんです、ステージ2の」
「な……!?」
上空から襲来したバーテックスに対する恐怖が引き起こす精神的な病が、少年を蝕んでいた。
最も軽いステージ1では空に対して嫌悪感を抱く程度だが、ステージ2となれば話は違う。
日常生活においてフラッシュバックが発生し、精神が不安定になる。彼らは入院等の措置を受ける事は出来ず、人によっては外出する事すら不可能になるのだ。
よもやその単語が「彼」の口から出てくるとは思いもしなかった。
この3年間、若葉は全く気付く事なく空の下で交流を続けて来たのだ。
「親がバーテックスにムシャムシャされちゃって、それ以来なんです」
「千景はこの事を知っているのか……?」
「言ってませんよ」
「どうしてだ!?」
「アイツにこれ以上負担は掛けられませんから」
当然のように少年は言い切った。
愕然とする若葉を無視して、「彼」は言葉を紡ぐ。
「千景は勇者として戦うだけでも大分無理をしています。協調とか、そう言うの苦手だと思うんで」
「でも、千景はどうにか馴染もうと頑張っているんでしょう?だったら僕も頑張らなきゃ」
「──千景より先に、挫ける訳にはいきませんよ」
まあいつまで保つか分かりませんけど、と照れ臭そうに少年は付け足した。
梃子でも動かない、鋼の決意がそこにはあった。
自らの全てを擲ってでも愛する人の為に戦う、漢の魂がそこにはあった。
どうやら説得は無意味らしい。
「……分かった。だがな、もう駄目だと思ったら誰かに相談するんだぞ。私に言えないならひなたでも誰でも良いから、兎に角は無茶はするな」
「はい、無理の無い程度に頑張ります!」
既に限界が近いのではないか、と感じたが若葉は敢えて何も言わなかった。
「彼」を、千景の為に戦いに挑む1人の戦士を尊重したからだった。
「……ところで、どうして私に相談したんだ?」
「土居さんとか、うっかり喋っちゃいそうじゃん?」
「ああ、まあ。そうだな……と言うか敬語じゃなくて良いのか」
「あーッ!ちょっ、待って!待ってください!今の聞かなかった事にして下さい!」
イヤホンから、2人の楽しそうな会話が聞こえる。
『フ、フフ……。なんだ、普通に話せるじゃないか』
『ちょっと!止めてくださいよホントに!恥ずかしいんですから!』
聞いていた。
あなたが外出時に持ち出したポシェットには盗聴器を付けていたのだから、当然の事だった。
普段だったら私の為に戦うあなたを一層好きになっただろう。
普段だったらあなたと歓談する乃木さんに嫉妬しただろう。
だけど、今は何も感じなかった。
ただ深い悲しみが私を襲って、絶望の汚泥でのたうち回った。
天恐。あなたが。ステージ2の。
言葉の羅列をゆっくりと咀嚼して、改めて絶望する。
母を蝕んだのと同じ、残虐の爪痕があなたにも刻まれていた。
どうして相談してくれなかったの?
どうして1人で背負い込んでしまうの?
格好付けるだとか、そう言う領域では済まないのに。
いや、違う。
そうじゃない。
「ごめんなさい」
──どうして私は3年間の間、気付く事すら出来なかったの?
あなたが隠していたから?
勇者としての訓練で忙しかったから?
そんなの言い訳にはならない。
思い当たる節は幾らでもあった。
持病は無いって言ってたのに、あなたは寝る前に錠剤を飲んでいた。
時々、空を睨んで微動だにしない時があった。
なのに私は、それを何とも思っていなかった。
「ごめんなさい」
結局私は3年前から何も変わっていない。
何が勇者だ。何が守るだ。
あなたに甘えて、依存して、ただ自分の欲望を優先して、その結果がこれ。
あなたが必死に戦っているのに、私は何をしているの?
「ごめんなさい」
私があなたを苦しめているの?
あなたを愛する事は、あなたを傷付けることなの?
だとすれば私はどうしたら良いの?
どうしたら──