『勇者様と巫女様による調査の結果、諏訪地域の無事が確認されました────』
「……どこまで本当なんだか」
調子の良い言葉を垂れ流し続けるテレビから目を背け、1人の食卓に着く。
ありとあらゆる情報媒体で喧伝される「事実」。
そこに脚色はあるだろうが、きっと全部が嘘じゃない。人々が四国に閉じ込められても希望を失わないのは、他の地域も奮闘していると信じているからだ。そうじゃなければ千景達の戦いは全部無意味になってしまう訳で、僕もそれを信じるしかない。
もし嘘だったら勇者も、四国の人達も、皆報われない。あまりに救いが無さすぎる。
「会いたいなぁ……」
寂しかった。まさかほんの何日か千景がいないだけで、こんなに1人である事への恐怖を感じるとは思いもしなかった。
千景と勇者達が諏訪の調査から戻ってきたのは2日程前の事だが、未だ会話すら出来ていない。
どうも持ち帰った情報は大気の状態や残存人類の調査等多岐にわたるため、勇者達は揃って大社に缶詰めらしい。
仕方無いとは思うが感情が納得するかと言えばそれはまた別の話で、僕は行き場の無い苛立ちを燻らせたままテレビと睨み合っていた。
「どうなるんだろ、四国」
そうだ。
四国はこれからどうなるんだ。
生活必需品の生産が四国内だけで賄える訳ないし、備蓄だってどれくらい保つのか分からない。
神樹様の加護とやらで守られているからと言って、いつまでも守勢に徹するのは無理な話だ。
それに、打開の目処が立たなければ人々の不満が溜まる。既に3年分の「それ」があるのだから、いつ爆発したっておかしくない。表面上は穏やかでも、破滅はすぐそこまで近付いているに違いない。
もし人類が自らの手で終止符を打つ事になったら、それ以上に間抜けな終わり方は無いだろう。
これまた誰も報われない。
「──負けないだろ」
──?
いや、おかしいな。
どうして僕は
諏訪は無事だってテレビでは言っていた。千景達も必死になって戦っている。なのにどうしてこんな馬鹿げた事を考えているんだ。
勇者は勝ち、バーテックスは消える。これが僕達の未来の筈だ。
「四国は負けない。絶対に負けない」
そうだ。負けるもんか。
現に3年間四国は戦ってきたじゃないか。これからだってやっていけるさ。
何を卑屈になっているんだ僕は。
すぐネガティブな思考に陥って、馬鹿みたいに震えるだけになるなんてカッコ悪いにも程がある。
「千景は負けない。何があっても、千景だけは負ける筈が無い」
そうだ。千景が負けるだなんて、そんなふざけた事を一瞬でも考えた自分が恥ずかしい。冗談でも性質が悪すぎる。
付き合ってるんだろ?
彼氏なんだろ?
だったら彼女を信じなくてどうするんだよ。
でも。
でも────
「……僕は、勝てる?」
他の誰が勝てても、僕は勝てないんじゃないのか。
最初ステージ1だった天恐は、去年ステージ2に悪化した。いくら薬で抑え込んでも、ただそこにあるだけの「空」が怖い。
皆が前に進んでいるのに、僕は後退していた。
「……僕は、勝てない?」
神樹様が健在の限りバーテックスが降ってくるなんて有り得ないのに、想像するだけで吐きそうになる。
父さんや母さんがそうだったように、千景も食い殺されるんじゃないのか。
想像するだけで怖気が走った。
千景が、アイツらに。
母さんみたいに、内臓をぶちまけて──?
「……僕は、負ける?」
僕だけ千景を信じられない?
「あなたがいるなら負けない」って、千景は言った。確かに言った。
言ったのに、なんで僕は信じられないんだ。
どうして。おかしい。そんな筈は無い。
そんなの僕じゃない。僕は千景を信じられる。
「僕じゃない……!こんなの僕じゃない……!」
気が付けば薬瓶を手に取っていた。
薬があれば、すぐに落ち着く。
普段の僕に戻れる。千景を信じられる自分に戻れるんだ。
なのに、なのに────
「ち、畜生……!こんな時に……!」
手の震えが止まらない。
上手く力が入らなくて、瓶の蓋すら開けられない。畜生。なんで肝心な時に僕の体はマトモに動かないんだ。
どれだけ自分を詰っても、蓋を上手く開けられない。それどころか瓶そのものを取り落としてしまう。
「僕、は!っ負けたく、ない!嫌だ!うぅ……嫌だぁ!」
白熱した頭が思考を奪って、呼吸のリズムすらおかしくする。
過呼吸だ、と脳で理解していても「正しい自分」に戻れない。
早く、はやく薬をのまないと。
「嫌、だ。嫌だ嫌だ嫌だ!いやだぁ……いやだよぉ……!」
苦しくて。
どんどん、弱くなって。
なのに蓋は開かなくて。
視界がぐらぐらして、気持ちわるい。
ちがう。もっと、もっと大切なことがあるはずなのに何をしてるんだ。
「……?」
あれ?おかしいな。
なんで床に寝っ転がってるんだ。
これじゃあ風邪引いちゃうよな。
千景にも迷惑をかけてしまう。
そうだ、千景だ。
こんな所で寝てる場合じゃない。早く起きないと。
でも、なんだか、とっても眠くて────
「────あ」
「……起きたのね」
焦げ茶色の瞳が此方を覗き込んでいた。
普段通りの、憂いを湛えた優しい千景の瞳だった。
……あれ?どうしてベッドで寝てるんだっけか。
確か今日は千景が四国に戻ってきて2日目で、テレビを見ていて、それで────それで?
「えっと……」
「あなた、リビングで倒れてたのよ。私がいなかったらどうなってたか……」
そうだった。
パニックになって倒れたんだった。
だとすれば千景がベッドまで運んでくれた訳か。
勇者の勤めで疲れているだろうに、千景に手間をかけさせるとは情けない。
「ごめんね。迷惑掛けたでしょ」
「……別に。それより、この瓶なんだけど」
「それは──」
「薬よね、天恐の」
反論を許さない、固い口調だった。
言い訳なんて聞きたくない、と言いたいんだろう。
まあ確かに彼氏がこんな隠し事をしていれば責めたくなるのも当然か。
「知ってたんだ」
「ええ、もちろん。私はあなたの事なら大体知ってるつもりよ」
「そっか……」
僕程度の浅知恵はお見通しらしい。
だとすれば、ずっと知ってて知らない振りをしてくれてた事になる。
……すっごい申し訳ないなぁ。
「ごめんね、強がりに付き合わせちゃって」
「……私は嬉しかったわ。3年前から、私1人の為に戦ってくれるのはあなただけだから」
100人中99人に馬鹿にされても、君が肯定してくれるならきっとそれが正解だ。こうして君が喜んでくれたなら、僕の自滅行為も少しは報われた気がする。
これなら、もう一踏ん張りやれるかな。
「ならさ。ついでにもうちょっとの間見なかった振りしててくれない?」
「それは嫌。このままじゃあなたが保たない」
「だけど──!」
「もっと自分の事を考えて。私はこれ以上弱ったあなたを見たくないの」
取り付く島も無い、直球で適切な拒否が返ってきた。
確かに、誰がどう見たって千景の方が正しい。君は心の底から僕の心身を案じてくれている。
だけど、僕にも意地がある。出来る事なんて殆ど無いと思うけど、何もせずに見ているだけなのは嫌だ。
「諏訪の勇者と力を合わせればバーテックスも殲滅出来るって大社の人から聞いたんだ。そしたらこの狭っ苦しい四国から出て、何処へでも好きな所に行けるようになる。千景が
「──」
「つまり後もうちょっとじゃないか!だったら僕がへばる訳にはいかないだろ。頼むから、支えさせてくれよ──!」
何も出来ないのは、3年前を思い出すから嫌だ。
千景が虐められている時も、バーテックスが襲ってきた時も僕はずっと無力だった。ただ逃げ惑って、震えているだけだった。
だから、「ただそこにいる」のが堪らなく怖い。
そしてそれ以上に、千景に何もしてやれないのがもっと怖い。
ずっと痛みに耐えていた。生まれてからずっと誰にも愛されていなかった。
もう一生分苦しんだのに、まだ勇者の過酷な使命に耐え続けている。
それを見ていて、否定しようとして、なのに何も出来ないのが何より許せない。
「それとも、千景は僕を信じられないの……?」
「いいえ、それだけは有り得ない」
即答だった。一瞬の迷いすらなかった。だけど千景は泣きそうな表情をしていて、深い諦感を茶色の瞳に浮かべていた。
……何でだ。やっと勝ち目が見えてきたのに、どうしてそんな顔を──
「──けど、けどもう無意味なの。私達の戦いは全部無駄だったの」
「────諏訪は壊滅したわ」