※千景が原作とは真反対の主張をするシーンがあります。
「如何なる経緯で凶行に走ったのか」
「何故『彼』を傷付けたのか」
千景の心が壊れる可能性を承知でそれらを問い質すと、大社の神官は言った。
原因が分からなければ、勇者には復帰させられない。
たった5人しかいない勇者が戦場で同士討ちなど冗談では済まない。
「切り札」の弊害が引き起こした可能性が排除出来ない以上、1人「潰して」でも原因究明を優先するのが当然だ、と。
そう言ったのだ。
理解出来なかった。
納得出来なかった。
何故そんな冷酷な事が言えるのか。
何故千景を人として扱いすらしないのか。
激昂して、掴みかかって、だけどそれまでだった。
『何か?』
『何か、だと……!?』
神官は私を見ていなかった。
四国を守る為だったら勇者も道具として使い潰す。そういう意思が無機質な瞳から透けて見えた。
いつから「そう」扱われていたのか。
或いは最初から「そう」だったのか。
どちらにせよ今ハッキリしているのは、
既に崩壊しかかっている
そんな行為受け入れられる訳がない。是が非でも防がねばならないのだ。
だから──
「千景──」
昏い、夕暮れの光が射し込む部屋で
千景が彼女の自室に軟禁される生活が始まって、今日で3日になる。
変身用の端末も大葉刈も没収されたその影は、私が思っていたよりずっと小さかった。
勇者と言う重い責務を降ろした、等身大の千景だった。
「元気か?」
「そう見える?」
鈍った思考から絞り出した渾身の挨拶は、冷めた目で私を見据える千景によってにべもなく切り捨てられた。
「……いや、すまない」
「別に謝らなくても良いわ。で、何の用?」
「千景の凶行は
「……それで?」
「結果は聴取の内容次第で決まるんだ。もし千景が勇者に復帰したいのなら、包み隠さず正直に答えて欲しい」
私には時間も、対策を考える余裕も残されていなかった。
神官による、聴取の名を借りた尋問を止めるならこのタイミングしかなかったのだ。
ひなたか、もしくは杏であれば何か良い案が出たに違いない。
「正直に答えたって……勇者に戻れるとは思えないわ。その気も無いし」
「何故だ」
「……何故?あなた分からないの?」
心底不思議そうに千景は言った。
何故。何故だと?
「不幸な事故」の可能性がある。戦力を減らす理由もない。
そして他ならぬ大社が
そこまで知りながら何故そう思うのか、逆に聞きたい位だ。
「あなたは何故『彼』が私達と同じ宿舎で生活出来たか知ってる?」
「それが何か──」
「答えて」
私達勇者は、親族を含む一切の同居を許されていない。しかし何故か「彼」だけはそれを許されていた。
──何故?
明確な答えは、何も出てこなかった。
そうだ。おかしいのだ。
親族ではない。大社の関係者でもない。況してや勇者等ではありもしない「彼」が何故当然のように此処にいたのか。
その答えを千景は知っている。
そして何もかも知っているからこそ、諦観しているのだ。
ただぼんやりと窓の外を眺めて、暗橙色の光に身を任せている。
「人質よ」
「人質、だと?」
唐突に、思いもよらない言葉が千景から放たれた。
人質?彼が。
誰の?千景の。
ゆっくりと言葉の意味を咀嚼して、飲み込んで、そしてようやく理解する。
「まさか!大社がそんな事する筈──」
「なら説明出来るの?」
「ぐ……!」
私の知る大社の職員は皆「善い人」だった。
ひなたも、安芸さんも、他の人だってそうだ。
非情に徹する事はあるだろう。
綺麗事だけで四国の全てを統制きれる等とは私も思っていなかった。
だが非道に手を染める事はないと、そう信じていた。
なのに、これでは────
「大社は最初から私の不安定さを見抜いていた。協調性の欠如、劣悪な家庭環境、故郷で行われていた愚行、何もかも」
初耳だった。
普段の様子から「何か」あるのだろう、とは思っていたが千景に巣食う物は想像以上に根深いらしい。
「例え訓練させても勇者として戦う事を拒むかもしれない。ストレスに耐えかねて問題を起こすかもしれない。そんな見えている地雷を無力化する為に、大社は『彼』を選んだ」
「大社は『彼』を手元に置きつつ、いざと言うときに私への脅しに使うつもりだったんでしょう。『言う事を聞かなかったらコイツがどうなるか分かっているんだろうな?』って」
笑えば良いのか、泣けば良いのか。
最早どんな顔をしてこの話を聞けば良いのかすら分からない。
ただ途方に暮れたまま独白を受け止めるばかりで、肯定も反論も出来やしない。
「実際効果は絶大だったわ。身近に大切な存在があって、それが脅かされているとすればどんな怠け者でも服従せざるを得ない」
もう無理だ、と悟った。
全て投げ出して、妄想に逃避してしまいたいとさえ思った。
何も気付けなかった。「千景の事を良く見ておいて欲しい」と言う「彼」との約束など何1つ果たせていないのだ。
消えてなくなってしまいたかった。
「そして当の人質は何を言われずとも勝手に
勇者であれば強い
だが違う。そんな都合の良い事がある訳がない。
私も民衆と同様に無力だった。
今日の理不尽に咽び泣き、明日に救いを求めて止まぬ1人の人間だったのだ。
こうして言い訳の理由を探さなければ自分を失ってしまいそうな位、現実は苛酷だった。
「要するに『彼』に期待された役目は精神安定剤────」
「兼、人質」
斜陽に照らされた千景は、悔しげに顔を歪めていた。
それは屈しかけた表情だった。
諦めたくないけど
しかしそれは同時に泣いているようにも見えて、私も俯くしかなかった。
この3年間、千景が泣いた所を見た事が無かった。どんなに苦しい時も、辛い時も、千景はただ耐え続けた。
きっと、千景の涙はもう枯れ果てているのだ。この残酷過ぎる世界を生きるには不必要な機能を、当人すら知らぬ内に削ぎ落としてしまったのだろう。
だから心で泣くしかない。自分の罪を、救いのない現状を、全てを嘆いて涙の沼に沈んでいるのだ。
「ハッキリ言って反吐が出るわ。ただ今日を生きているだけの『彼』に不条理な役目を押し付けて、しかも当人はそれを知らないときた」
「でも、もう終わり。人質が機能するのは、私が『彼』に危害を加えない前提があればこそ。それが崩れれば──」
「大社は千景を切り捨てる、と言う事か」
「そうね」
笑顔と共に千景は肯定した。
最早勇者などどうでも良い、とすら言い出しそうな位なげやりな、憑き物の落ちた笑みだった。
それを見て、私は初めて千景の真意を垣間見た気がした。
千景は勇者になどなりたくなかったのだ。
ただ愛する人と2人きりで、停滞する日常を寄り添って生きていられれば、それで良かったのだろう。
なのに世界がそれを許さなかった。頼みもしないのに背負わされた
千景から「彼」を奪い、平穏を奪い、生きる意味を奪い去ったその罪は重い。
そして──
「私も同罪だな……」
それは勇者のリーダーである私とて例外ではないのだ。
同時刻、大社が所有する病院の非常階段にて、不退転の決意を持った少年少女が睨み合っていた。
「退いてよ、友奈」
「ううん、退かない。何があっても、絶対に」
「彼」には会わなければいけない少女がいた。
己の行いに絶望し、全てを諦めようとしている少女の手をしかと握ってやらねばならぬと、その為なら友人に手を上げる覚悟すら決めているのだ。
「今行かなきゃいけないんだ。千景を1人にしておける訳ないって、友奈だって分かるだろ……!」
「分かるよ!分かるけど、今は自分の体を大事にしなきゃダメだよ……!」
それは友奈も同じだった。
己の状態を省みず、全てを擲って走り出さんとする少年を止めねばならぬと、その為なら勇者の力をも行使する覚悟を決めているのだ。
「お医者さんにも安静にするようにって言われてたよね。今からでも全然遅くないから、ね──?」
「そんな場合じゃないんだ!千景が、千景が──!」
思い遣るから、優しさがすれ違うのか。
最初から平行線だから、譲り合う余地が無いのか。
そんな事誰にも分からない。しかしこの場に於いて分かっているのは──
「──もう良い!何が何でも押し通るからな!」
「絶対に、通さないから──!」
どちらにしてもあまりに不毛な喧嘩である、という事だけだった。
次回、「郡千景と勇者の話(上)」