あくいのオトモダチ   作:カードは慎重に選ぶ男

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友達から「慎重さんの主人公っていつも理不尽な暴力に襲われてるよね」って言われたことがあるルン



第22話:私は歪み過ぎてしまったわ

宇宙星空連合のトッパー代表から入った連絡によると。

なんでも、ノットレイダーがいつも使っているワームホールの先から、特徴的な電磁波が観測されていたらしい。

そのデータを解析してもらうべく、宇宙の科学の最先端を突っ走るグーテン星へと、星空連合は調査依頼をするそうだ。

トッパー代表からの報告を受けて、ひかるがグーテン星を見学に行きたいなんて言い出して。

ロケットの一同は、久々にロケットを離陸させて宇宙へと飛び立ったのであった。

 

片道1時間もかからずに、一同はグーテン星へと降り立った。

グーテン星は、おそらく現地時刻では夜間に相当するはずなのに、高層ビルのネオンライトで街中が明るく照らされていた。

科学技術の最先端というだけあって、近未来的というヤツだ。

住民たちは、地球人と比べると赤い肌を持ち、10センチ前後の長い鼻が特徴的であった。

 

 

「なんということだっ!? 鼻が全くないなんて、本当に不憫な顔だ!! まぁ、がんばりたまえ! ハッハッハ!」

 

とおりがかりのグーテン星人にそんなことを言われたプルンスは、絵にかいたようにキレ散らかしていた。

なんというか、見下し気質とでも呼べばいいのだろうか。

こういう文化の星なのだろう、と割り切る他ないのかもしれない。

プルンスの顔が不憫かどうかはともかく、グーテン星の人々の外見は、プリキュアの面々にノットレイダーの幹部の一人を連想させた。

 

――キュアソレイユ! 貴女の笑顔を見ているとイライラしてくるのよ!!

 

 

「テンジョウはグーテン星の出身よ」

 

……ノットレイダーに潜入していた経験があるユニによると、そういうことらしい。

ノットレイダーの女幹部テンジョウも、やはり赤い肌が特徴的だ。

顔の上半分を仮面で隠しているものの、おそらく鼻は長いのだろう、とプリキュアの面々は思った。

 

 

「春日部さん、グーテン星に関して気付いた事って、あります?」

「うーん? 確証は無いけど、まぁ雑感程度ならあるよ。グーテン星人の価値観を生み出した風土についての仮説なら、一応ね」

 

えれなは、口こそ挟まなかったが、ナユタの語り口が気になった。

先日テンジョウと会った際に、天宮えれなの笑顔を偽りだと言い切られて、えれなは少なからず心を乱されていて。

そんなテンジョウを理解する切っ掛けになれば有難い、という期待をナユタへ向けてしまっていた。

 

 

「多分、星のいたるところで有毒ガスが湧き出ていたんじゃないかな。それで、嗅覚の優れた人間が生存に有利だった時代の名残が今のグーテン星人の美的センスなのかも?」

「え……? 有毒ガスって、ナユタは大丈夫なのそれ?」

 

思わず、えれなはツッコんでしまった。

スターカラーペンダントには、使用者を現地の大気へ適応させる機能がある。

しかし、ノットレイダー由来の翻訳機を付けているナユタは、有毒ガスなんて吸ったらイチコロでは?

歩いている途中でポックリ逝ったりしたらシャレにならないだろうに。

 

 

「あくまで『名残』ってだけだと思うよ。ここまで文明が発展しちゃった星だと、その手の生存命題は大体科学技術で克服できちゃうから、本当に形式だけ残ってる文化なんじゃないかな」

「必要じゃなくなったのに残ってるルン? 効率悪いルン」

 

あくまで春日部ナユタが即興で捻りだした仮説にすぎないが。

なんだか、えれなはあまりピンと来なかった。

他の仲間達も、いまひとつナユタの説を飲み込めていない様子だ。

こういう時の理解が早そうな香久矢まどかも、いまいちナユタの論を噛み砕けていないようだった。

 

そんな中学生たちへと、ナユタは少しばかり解説を追加した。

科学技術や経済の急激な変遷が文化を形骸化させる事例は地球でも見られるよ、なんて軽々しく言いながら。

 

 

「身近なところだと……日本の『いただきます』っていう文化は、この時代の100年ぐらい前に必要だったから生み出されたみたいなんだよね。

けど令和の今を生きる皆は、必要だったっていう認識は無くても、食事に関する色々なものに感謝ってぐらいの感覚で言ってるっしょ?」

「なんだか、お父さんが似たようなことを言っていたような……?」

「星奈陽一さんの著書に、似たような考察がありましたね」

 

言われてみると、ナユタの言う通りだ。

食品に関わる万事に感謝をする、という概要こそ知っているが、その行為と文化自体の成り立ちへの疑問を持ったことなど天宮えれなは一度も無かった。

ましてや、その文化が必要だったから生み出されたなどとは、なかなか考えが及ばないものだ。

 

しかし、思い返してみると天宮えれなの父親であるカルロスは、母国メキシコの言葉で「いただきます」に相当する単語を使ったことが無いような気がした。

日本人に合わせて「いただきます」を言っている姿には覚えがあるのだが……ひょっとすると、父親の祖国には該当する言葉が存在しないのかもしれない。

 

 

「まぁ、それらの文化が生まれた時代を生きていないアタシ達からしたら、必要性を本当の意味で理解できないのは仕方ない事だと思うよ」

 

たぶん現代のグーテン星人たちも、鼻の長さが重視される理由なんて考えていないだろう。

自分達の親の代がそうしてきたから自分達もそうする、ぐらいにしか思っていないのでは?

 

今後、どれぐらいの間……グーテン星人たちは鼻の長さを重視し続けるのだろうか。

食事のときに「いただきます」を言い続ける日本人を見ていたら、100年ぐらい続いてもおかしくないと思えてくる。

価値観をその時代の技術力や経済に合わせてアップデートするというのは、たぶん言うほど簡単なことではないのだ。

 

そんなこんなで。

トッパー代表に案内され、ロケットのクルー一同は無事にグーテン星の研究施設へと足を踏み入れたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あくいのオトモダチ』

第22話:私は歪み過ぎてしまったわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究所にて、トッパー代表による依頼が済んだのちに。

 

 

「用事は済んだし! 観光、観光!」

 

どちらかというと、ひかるとしては観光の方がメインだったのだろう。

いつもの「キラやば」を口から零しながら、ひかるは観光を全力で楽しむ方針のようだ。

当然のように隣に陣取って星奈ひかるのトゥインクルブックを覗き込んでいるララは、もはやそこが定位置と言わんばかりである。

 

 

「アタシはもうちょっと研究所に残っていくよ! 後で合流しよう!」

 

なお、研究所の入り口付近で、ナユタは堂々と別行動を宣言した。

技術の最先端を突っ走る研究所は、やはりナユタの興味をひくのだろう。

 

 

「ちょっと心配だから、あたしもナユタの方についていくね」

「オヨ? えれな、心配しすぎな気がするルン。ナユタならトラブルが起こっても、しぶとく生還すると思うルン」

「えれなさんは、グーテン星が滅びる心配をしてるんじゃないかな」

「ナユタなら、あながち無いとは言い切れないのが恐ろしいニャン……」

 

信頼があるんだか無いんだか分からない仲間達の言葉を背に。

春日部ナユタを追って、天宮えれなは研究所内に残ったのであった。

 

なのだが。

 

 

「ハザードレベルの急激な上昇に伴って……」

「コアドライビアの副作用である重加速現象が……」

「コズミックエナジーの飽和点は……」

「なるほどナルホドー! それでそれで、フォトンブラッドの臨界点が……」

 

 

……びっくりするほど、何を言っているのか分からない!

カタカナ使えば頭いいと思ってんだろ、とまで言い出すつもりは無いが、マジで話についていけない。

研究員たちとナユタが楽しそうなのは分かるのだが、天宮えれなは完全に置いてけぼりである。

決して頭が弱いわけではないのだが、あまりSFネタに精通していないうえに、機械オンチなのだ。

 

 

「おやおやww オトモダチに付いていけなくて可哀そうにww 不憫すぎて胸が張り裂けそうだよwww」

「う、うん……?」

 

話しかけてきた研究員に、とりあえず相槌を返したりしながら。

ふと、えれなは疑問に思った。

こういう時に、まどかはナユタに付いてきそうなものなのに。

えれながナユタの御目付け役を言い出したときに、まどかは何故別行動を選択したのだろうか?

 

……えれなが一人だけトゥインクルイマジネーションに目覚めていないから、自然に二人きりで個人面談を始めるための舞台をセッティングしたのだろうか?

ナユタが良い顔をしないから、まどかとしては個人面談は感心しないと言っていた気はする。

しかし、えれなとしては他に候補が思い付かなかった。

 

(どうなんだろう。確かにナユタとまどかは仲が良いけど、常に一緒に居るわけじゃないし。別行動したい気分の時だってあるかもしれない……)

 

考えれば考えるほど、まどかが別行動を選択した意味が気になってしまう。

かといって、不安に駆られてナユタの御目付け役を放棄するのも、なんだか宜しくない気がした。

真綿で首をしめるように。

心の中に、少しずつ良くないものが湧きだしてくるのを天宮えれなは感じた。

 

 

というか、今更ながら、香久矢まどかと春日部ナユタの関係は何だか歪に思われた。

まどかからは、単なる友達の域を超えた矢印が伸びているように見えるのだが、ナユタ側からの反応が薄いのだ。

もちろん、ロケットの他の仲間達へと接するのと同じように、まどかとも仲良くしているのは間違いない。

 

いわゆる鈍感系主人公の系譜ならば、まどかからの好意に気づかないという線もあっただろう。

だが、他人の機微を読んで思考を誘導するのが得意なナユタが、まどかの気持ちに気付いていないというのは何だか不自然に思えるのだ。

 

ナユタは、まどかの気持ちを知りつつ……わざと気付いていないフリをしている?

そんなことをする理由があるだろうか?

えれなは、答えらしきものを思いつけずにいた。

想像力に秀でた星奈ひかるだったら、何か仮説を思いつくのだろうか?

 

……天宮えれな自身のイマジネーションが貧しいから、何も思いつけないし、トゥインクルイマジネーションも発現しないのでは?

嫌な思考が頭の中に浮かび上がってきて、少しばかり気分が悪くなった。

なんだか、グーテン星に来てからネガティブなことばかり考えてしまっていた。

えれなは、頬肉をほぐしつつ、思考を打ち切った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えれなちゃん、お待たせー! つい熱くなっちゃって、長話をしちゃってゴメンね?」

「ううん。ナユタが楽しそうだったから、何よりだよ」

 

しばらくののち、ほくほく顔で帰ってきた春日部ナユタに対して、天宮えれなは笑顔を……作った。

弟や妹たちの面倒を見るときに頻繁に行う、10年以上反復してきた挙動だった。

何だか釈然としないものを天宮えれなの胸中に残しつつ。

二人は、研究所を後にした。

 

 

 

 

「今更だけど、トゥインクルペンケースがあるから、あんまりノットレイダーを警戒しなくても良いんだっけ」

 

自分で口に出しながら、えれなは本当に今更だと思った。

12星座のペンを探していたころにノットレイダーと鉢合わせる機会が多かったのは、お互いにペンを探知していたからだ。

しかし、探知妨害用のペンケースが出来てからはノットレイダーと鉢合わせるのを警戒する意味もない。

天宮えれなが春日部ナユタへと同行する意味も、あまり無かったのかもしれない。

 

 

「うん? ぶっちゃけノットレイダーもグーテン星に来てると思うよ?」

 

ところが。

何でもないことのように返答を口にしたナユタの発言内容を、一瞬えれなは飲み込めなかった。

え? どういうこと?

ペンケースがあるからノットレイダーから探知されないはずでは?

 

 

「ノットレイダーの視点に立って考えたときにさ。発現済みのトゥインクルイマジネーションの数が分からない状況で、プリキュア側に12星座のペンがそろう状況って、かなりマズいはずなんだよね」

 

ナユタは、落ち着いた口調で解説を始めた。

確かに、プリキュア側が既に5つのトゥインクルイマジネーションを集めているとすれば、ノットレイダーはピンチだ。

儀式が行われてしまったら、ダークネストが倒されてしまうのだから。

ひかる達は儀式を実施しない方針を決めているが、それをノットレイダーが信じる理由も無いので、ノットレイダーから見たら儀式は依然として脅威のはずだ。

 

とすれば……ノットレイダー側には、トゥインクルイマジネーションを探知する手段があると考えた方が自然なのである。

つまり、プリキュア一同がグーテン星に来ているのもノットレイダーに探知されていると見るべきだ。

 

 

「そっか。だから、ノットレイダーに探知されないこっちの二人だけで別行動をしてるんだね」

「ララ達はそこまで考えてないと思うけどねー。あ、でも、まどかちゃんは気付いてるかも?」

 

ノットレイダー絡みでないイザコザを処理するならば、キュアソレイユが一人いれば大抵は何とかなる。

そして、トゥインクルイマジネーションがノットレイダーに探知される危険を考えれば、えれなとナユタはセットで別行動をとってもそれほど危険ではないという訳だ。

実際にノットレイダーに襲われたときの対応能力は下がるが、そもそも襲われない確率が高くなると考えれば、総合的な安全性という視点からは問題が無いのである。

まぁそれでも、先日のガルオウガの時のように不運なエンカウントが発生してしまう確率はゼロではないが。

 

ナユタの言葉を聞いて、えれなは心が軽くなったように思った。

胸の奥に溜まっていた黒い何かが、萎んでいった。

 

 

「運悪くノットレイダーの幹部に鉢合わせちゃったら厳しいだろうけどねー」

「まぁ、向こうの四人の場所をノットレイダーが探知できるのに、こっちに偶然鉢合わせるなんて、そんな不運はそうそう起こら……おっと、ごめんなさい」

「ちょっと! 気を付けなさいよ!!」

 

えれなは、話に気を取られ過ぎて通行人とぶつかってしまっていた。

見下し気質のグーテン星人に絡まれたら厄介だと思いつつ、えれなは相手の顔を見た。

 

……顔の上半分を黒い仮面で隠した、良く知っている相手だった。

言わずもがな、ノットレイダーの幹部であるテンジョウだ。

人違いかと思って、えれなは二度見してしまった。

やっぱり、偶然出会った相手はテンジョウで間違いない。

 

 

「「「え?」」」

 

ナユタも含めて、3人の思考が止まった。

テンジョウの方でも、ここで天宮えれなたちに鉢合わせるのは想定外だった様子だ。

どうやら、プリキュア達の位置を補足してグーテン星まで乗り込んできたのだろうが、個々人の詳しい位置までは特定できていなかったらしい。

 

いち早く驚愕から復帰したナユタは、テンジョウに背を向けて一目散に逃げ始めた!

しかし素早さのステータスが全く足りず、テンジョウに後ろから羽交い絞めにされてしまった。よわい。(確信)

筋力オバケのえれなとは比べるべくもなく、サマーン星人のララよりも貧弱なナユタでは、逃げることなど不可能だった。

 

 

「ナユタを離して!」

「この子供の命が惜しかったら、変身するんじゃないわよ!」

 

まずいことになった、と天宮えれなは焦りはじめた。

人質をとられると、なかなかに辛い。

……ナユタなら、見捨てても後から飄々と「まぁあの状況なら仕方ないよねー」とか言ってくれそうではあるが。

それを踏まえても……えれなは、人質を見捨てる選択肢は嫌だった。

良くも悪くも合理性を重視するナユタなら、たぶん禍根は残さないとは思うものの、それも生還できたらという前提が付く話だ。

 

 

「テンジョウさんやー? あんまり人目が多いところでノットレイダーが事案を起こすと、光線兵器で人質ごと焼き払うとか、グーテン星人ならやりかねない気がしませんかねー?」

 

ナユタが、いつもの調子でテンジョウへと揺さぶりをかけた。

確かに、えれなとナユタが歩いていた往来は人気も多く、人質をとっているテンジョウは多くの通行人から犯罪者を見る目を向けられている。

テンジョウの頬を、一筋の汗が伝った。

グーテン星人なら「可哀そうだったね」とか言いながら人質ごとノットレイダー幹部を焼き払うのが有り得そうだ、とテンジョウも思ってしまったのだろうか。

 

 

「ぐえっ……」

「ナユタっ!?」

 

テンジョウは、ナユタの首に腕を回し、絞め落とした。

そして、人質を両腕で保持したまま逃亡を始めた。

いわゆる横抱きとか御姫様抱っことか呼ばれる体位である。

えれなは、必死にテンジョウの後を追った。

 

かれこれ十数分の後に。

テンジョウは、人気のない廃工場へと身を隠して、ようやく一息ついたのであった。

えれなは、ボロボロの廃屋の隙間から、廃工場の中のテンジョウの様子をうかがった。

どうやらテンジョウは、えれなが追跡に成功していることに気付いていないらしい。

気絶したままのナユタを拘束して地面に転がしたテンジョウは、いつものワームホールを使って逃亡する気配は無さそうだ。

今後の方針を考え込んでいるのは、お互い様の様子だ。

 

奇襲を仕掛けるべきかどうか。

どうやって人質を回収するべきか。

こんな時にまどかが居れば作戦の立案が捗るのに、と思ったえれなだった。

 

 

「……興味本位の質問なんだけどさ。グーテン星の住人って、鼻が長い人達と短い人達、どっちかが移民だったりする?」

 

いつの間にか意識を取り戻していたナユタが、いつもの胡散臭い笑顔でテンジョウへと言葉をかけた。

そんなナユタの言っている内容を、えれなは理解しかねた。

グーテン星人の鼻の長さへの拘りは、鼻が長い方が生存に有利だからという話では無かったか?

 

ナユタが持ち出した質問からは……まるで、地球で言うところの人種問題と根が同じであるかのようなニュアンスを感じた。

おそらく、ナユタは最初から複数の仮説を頭の中に抱えていたのだろう。

確かに、メキシコ人を父に持つ天宮えれなが、いわゆる人種差別問題に分類されるトラブルで不快な思いをした経験は……無いとは言えない。

それを察したうえで、天宮えれなが不快に感じる可能性のある話題を除外して、当たり障りのないコラムを口にしていたという訳か。

嘘をついていた訳ではないが、本心を全部曝け出しているわけでもない。

……なんだか、えれな自身の作り笑いと近いものがあるように思えた。

 

続きが気になってしまった天宮えれなは……テンジョウの行動を、読み切れなかった。

テンジョウが、縛られて動けないナユタの胴に蹴りを入れたのだ。

割り込んで助けなくちゃ、と思う前に、えれなは驚愕で身体が固まってしまっていた。

 

 

「げほっ! げほッ!!」

「二度と、その汚い作り笑顔を見せるんじゃないわよ!!」

 

えれなは、テンジョウの剣幕に気圧されてしまっていた。

自分に向けられた怒りではないのに、足がすくんだ。

人質が居るから下手に動けない、というのもあるが、それだけでは無かった。

不幸中の幸いというべきか、多少の力加減は為されていたらしく、ナユタは苦しそうに咳き込むだけで済んでいるようだ。

 

 

「この星の奴らや、キュアソレイユと一緒だわ! 作り笑いの奥で、いつも相手を見下している嘘吐きの顔よ!」

「……けほっ。アタシに関しては、当たり過ぎててグウの音も出ないよ……」

 

ナユタの胡散臭い笑顔の裏側に、周囲を見下す思考が入っていたのかどうか。

えれなには、判断がつかなかった。

人を食ったようだと感じることはあったし、そうだと言われればそんな気もしてくるが。

 

 

「祖母ちゃんが生きてた頃は、『どうやって笑うか』なんて考えたことも無かった。これでも結構上手く笑えるようになってきたと思ってたんだけどね」

 

機械類を弄っている時のナユタは屈託のない笑顔を見せているだろうに、と天宮えれなは思った。

たぶんアレは無自覚なんだろうな、なんてすぐに納得したが。

もしくは、何かテンジョウを口八丁で丸め込む作戦があって、自覚を持ってデタラメを口にしているのだろうか?

ナユタなら、どちらもありそうに思えた。

 

――えへへ! えれなおねーちゃんが喜んでくれるなら、アタシ小学生でもいーよ!

 

ただ、ナユタも笑顔を作ったのだという件は、おそらく本当だろう。

あの完璧すぎる天真爛漫な女子小学生の笑顔は、そうやって作ったものに違いない。

 

 

「その点、10年選手のえれなちゃんは本当に上手に笑顔を作るなぁって思ってたよ。あれを見破れるのなんて、両親とテンジョウさんぐらいなんじゃないかな」

 

 

――えれなのあの笑顔は、本当の笑顔じゃない……!

 

……ぞくり、と背筋が冷えたように思った。

えれなの母親を素体としたノットリガーが撒き散らした心の声が、今一度聞こえた気がした。

作り笑顔を母親に見破られていたことにも驚いたが、それ以上に……友人達の前でそれが暴露されてしまったことが、何よりショックだった。

 

だが、それ以前から見破られていたのだ。

天宮えれな本人ですら半ば意識せずに繰り返していた、作った笑顔を。

いつも作り笑顔を張り付けている天宮えれなに気づきながら、春日部ナユタは今までずっと黙ってきたのだ。

 

 

「キュアソレイユのあの作り笑顔に気付いていたのに、気付いていないフリをして友達ごっこを続けていたの? 貴女、性根から腐っているわ」

「言及はしなかったけど、気付いていないフリをしてた訳でもないよ?」

 

……他の友人達は?

まさか、ロケットの皆も天宮えれなの仮面を見破っていた?

無意識に、えれなは自身の口元を両手で抑えた。

自分の足が震えているのに、今更気づいた。

偽りの笑顔を作り過ぎて、自身の本心さえ分からなくなったから、一人だけトゥインクルイマジネーションに覚醒できないのではないか。

そんな天宮えれなを、仲間達は心の中で嗤っていたのではないか。

嫌な考えが、止まらなくなった。

 

ロケットの皆は良い子たちだ、と必死に自分自身に言い聞かせた。

そうしないと、頭がおかしくなってしまいそうだった。

哀れみと嘲笑が標準装備なグーテン星人たちの中に居たのは、たった半日に過ぎなかったというのに、だいぶ精神的に参ってしまっているのかもしれない。

視点が変われば世界が変わる、なんて真面目な顔をしながら語るナユタの言葉の、続きを聞くのが怖いと思った。

 

 

「別に、生花と造花は……誰が見ても生花の方を美しいと思う訳じゃないよ。技術に依存する造花だって、あそこまで精巧に作られたら下手な生花より綺麗だと思うよ」

 

……このナユタの視点は、えれなとしても想定外だったが。

言われてみれば、造花の中には生花以上に美しいと思えるものもあるし、品種改良された生花だって人工物と言える。

科学に傾倒したナユタらしい視点と言えるのかもしれない。

もしも造花より生花が美しいとすれば、その造花を拵えた人間の技術が未熟だったか、見る側にバイアスがあるからだ、という発想なのだろう。

 

加えて、人の笑顔を花にたとえるイマジネーションを、えれなは理解できるように思えた。

かつて「花が(わら)う」なんて言い回しを、えれなは母親から聞いたことがあったのだ。

通訳の仕事をしている母親は語学のプロなだけあって、御洒落でキレイな言葉も流れるように出てくるものだ、と子供心に格好よく思えたものだった。

 

 

「テンジョウさんだってさ。本当に嫌いなのは、作り笑顔そのものじゃなくて……テンジョウさんが本当に困っている時に助けてくれなかった、薄情な嘘吐き達のことじゃないの?」

 

そういえば、と天宮えれなは思った。

この星の人たちは他人を憐れむのが大好きだが、基本的に施しは与えない。

施しなき哀れみは見下しと同義だ、なんてナユタも以前に言っていたはずだ。

その意味を、今になって天宮えれなは理解できた気がした。

 

 

――我らの善意が、奴らの悪意を増長させたのだ!

 

だが同時に、カッパードの星の事も思い出した。

持たぬものに施しを与え続けた結果、資源を奪いつくされて滅んだ星だ。

施しを与えすぎると、それはそれで問題なのだ。

グーテン星とは対照的な例だと言える。

二つの極端な事例を見ると……弱者への施しは多すぎても少なすぎてもダメという、果てしなく匙加減が面倒な問題なのだと思えた。

いわゆる「永遠の課題」というヤツである。

 

 

「どうして、そんなことまで分かって……。まさか貴女、私の秘密を……?」

「…………そうだよ。さっき抱き抱えられた時にね。アングル的に、見えちゃったんだ。ごめんね」

 

……うん?

えれなには、二人が目的語を省いて話している内容が理解できなかった。

先程ナユタはテンジョウに御姫様抱っこの体勢で抱えられていたが、その時に一体何を見たというのだろうか。

というか、テンジョウに絞め落とされたように見えたけれど、狸寝入りだったのか。

そんなふうに疑問に思ってしまった天宮えれなは……テンジョウの目の色が変わったことに、気付くのが一瞬遅れた。

 

 

「私がこの星に置いてきた過去を知られてしまったからには、生かして帰すわけにはいかないわ……!」

「ぐっ!? ううっ!?」

 

怒りに満ちた目をしたテンジョウが、ナユタの首を掴んで宙に持ち上げていた。

ナユタは必至に抵抗しようとしているが、縛られていては文字通り手も足も出ない。

しかも、首を掴まれてしまっては、お得意の口八丁も活かせない。

 

 

「スターカラーペンダント! カラーチャージ!!」

 

とっさに変身したキュアソレイユは、一目散にテンジョウへと駆け寄り、渾身のタックルを食らわせた。

怒りによって視野が狭まっていたテンジョウは、ノーガードでソレイユに体当たりを受けてしまっていた。

廃工場の壁に背中を叩きつけられてしまっているテンジョウを尻目に、ソレイユはナユタを抱き起こしてやった。

 

 

「ナユタ! 大丈夫!?」

「けほっ……。悪いね。足手纏いにだけは、なりたくないモンだと思ってたんだけど、ね」

 

絵に描いたみたいな囚われの身になっちゃったよ、なんてナユタは覇気のない声で笑った。

いくらナユタといえども、敵意全開の相手に殺されそうになったからには、少なからずショックを受けているのだろう。

むしろ、それでも受け答えに支障がない程度に落ち着いているのは、さすがと言えるのかもしれない。

 

テンジョウが立ち上がったのを察して、キュアソレイユはテンジョウへと向き直った。

……ソレイユは、自身の見たものが信じられなかった。

仮面が外れてしまって、テンジョウの素顔が晒されていた。

黒い仮面の下に隠されていたテンジョウの鼻は……地球人たちと変わらない長さしかなかった。

 

それだけで、えれなは想像できた。

この星でテンジョウが生きていくのは不可能だったのだと。

 

 

「テンジョウ……。あたし、ちょっとだけ貴女の気持ちは分かるよ。あたしも……地球では、差別される側だったから」

 

正直に言って、えれなが出張るよりもナユタに喋らせた方がテンジョウの説得はうまくいくと思っていた。

だから、今まで静観してしまった。

けれども……えれなは今、自身の言葉でテンジョウを説得するべきだと思った。

 

 

――それらの文化が生まれた時代を生きていないアタシ達からしたら、必要性を本当の意味で理解できないのは仕方ない事だと思うよ。

 

確かにナユタは口も上手いし、頭も回る。

でも……本当の意味でテンジョウの味わった惨めさや苦しみに共感することは出来ない。

あくまで、頭で考えて想像することが出来るだけだ。

だからこそ、テンジョウの怒りを読み切れずに殺されかけるなんて失敗もしてしまう。

もちろん天宮えれなとて、テンジョウの気持ちを一寸の狂いもなく理解している訳ではないが。

 

 

「あたしの笑顔が偽物だっていうのも、当たってるよ。あたしは……笑顔を、作った」

 

さっき研究所で待たされた時だって。

本当は、退屈だと感じていた。

何となく付き添いを買って出てしまったけれど、正直に言って科学系のネタには興味を引かれなかった。

それでも、いつも作っていた偽りの笑顔を、つい作ってしまった。

 

 

「うちの両親みたいに……笑顔で、誰かを幸せにできる人になりたかったんだ」

 

ひかるとララの馴れ初めを聞いた時にも、少しだけ思ったことだった。

ララは、今でこそ星奈ひかるに心を許しているが、地球に来たばかりの頃は警戒心を露わにしていたのだという。

そんなララが心を開いたのは……きっと、ひかるの本物の笑顔によってだ。

 

えれなだって、そうだ。

両親の笑顔が好きだ。

小さい頃から、肌の色の違いのせいで嫌な思いをすることも多かったし、弟が悩んでいる内容にえれな自身も覚えがあった。

それでも、両親の笑顔に励まされてきた。

 

 

「アイワーンはさ、地球に住むようになってから、穏やかに笑うことが多くなったよ。テンジョウも、一緒に地球に来ない?」

 

アイワーンの名前を出されて、テンジョウは困惑を見せた。

おそらく、アイワーンといったら「嘲笑」という以上の印象が無かったのだろう。

あのアイワーンが穏やかに笑うなどと、想像もできなかったのかもしれない。

だからこそ、テンジョウの心を動かすのに最適な人選であったはずだ。

 

 

「私に、哀れみをかけるっていうの……?」

「あたしは……テンジョウとも、一緒に笑いたいんだ! それが哀れみだって言われたら、そうかもしれないけど……!」

 

安い同情だと言われたら、何も言い返せない。

それでも、ソレイユはテンジョウへと本気で手を差し出した。

何も施しを見せずに哀れむだけのスタンスではテンジョウを傷つけてしまう、と分かり切っていたからだ。

 

テンジョウの目には困惑の代わりに迷いが強く現れていた。

迷ってくれているということは、ソレイユの言葉にも一理あると思ってくれているということだ。

……それでも、テンジョウは頷かなかった。

 

 

「……貴女の言葉で笑顔になるには、私は歪み過ぎてしまったわ」

 

テンジョウが、悲しそうに笑った。

屈託なく笑うことなど、とうの昔に忘れてしまったという顔だった。

見ている側が、心を締め付けられるようで。

立ち尽くしたソレイユは……ワームホールの先へと消えていくテンジョウの背中を、追えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹部に痛手を負ってしまっているナユタを背負って。

えれなは、先ほど走ってきた道を逆向きに歩いた。

どうも、ナユタは大分痩せ我慢をしていたらしく、服の下を確認したら脇腹が紫色に腫れ上がっていて。

自分で歩けるよ、なんて嘯いたナユタの患部を指で突いてみたら……汚い悲鳴が返ってきたので、えれなが背負うことになったのだ。

 

 

「……ごめん。あたしが様子見に回りすぎたせいで」

「まー、仕方ないでしょ。えれなちゃんの身を犠牲にしてまで助けてくれとは言えないし」

 

背負ってみた春日部ナユタの身体は……思っていた以上に、軽かった。

150センチにも満たない体躯で、おそらく体重も40キロを切っているだろう。

そんな華奢な身体でテンジョウの蹴りを受けたのだから、一歩間違えたら即死していても不思議ではなかった。

 

 

「テンジョウを笑顔に出来るのは、あたしじゃなくてナユタかもしれない、って思っちゃってたんだ」

「口の上手さには結構自信があったんだけどね……アタシじゃダメだった」

 

素顔を知られるのがあんなに重い地雷だったとはね、なんて自嘲をナユタは零した。

さすがに、即座に抹殺されるレベルだとは思っていなかったのだろう。

それだけ、テンジョウの心の傷は深く重かったのだ。

テンジョウが最後に見せた、悲しみに染まった目が……忘れられなかった。

 

 

「……えれなちゃん、泣いてる?」

 

ナユタに言われるまで、えれな自身でも気付かなかった。

頬を、涙が伝っていた。

 

 

「あれ、あは、上手く、笑えないや……。せっかく、ナユタが綺麗だって、言ってくれたのに……」

 

蛇口が罅割れてしまったみたいに。

えれなは静かに、涙を流していた。

作り笑顔を、いつもみたいに上手く作れなかった。

 

 

「本気で願ったことが叶わなかったら……そういう気持ちになることだって、あるさ」

 

テンジョウとも一緒に、笑いたい。

そう願った気持ちに嘘は無かった。

まだ道が絶たれた訳ではないと分かっていても、やはり胸の奥に痛みが残った。

 

ナユタにも、あったのかもしれない。

本気で願ったけれど、叶わなかった願いが。

 

 

「ああ、そうだ、言い忘れてたっけ。トゥインクルイマジネーションの発現、おめでとー」

「……えっ?」

 

ナユタによれば、テンジョウと一緒に笑いたい、というくだりの辺りでキュアソレイユの身体が発光していたらしい。

テンジョウに言葉をかけるのに必死になりすぎて、ソレイユ本人は気付いていなかったのだ。

だが改めて意識しなおしてみると……胸の奥に、それらしい暖かさが感じられた。

ひかる達は覚醒時に自覚できていたらしいが、そこは個人差があるのかもしれない。

 

 

「ありがとう、ナユタ」

 

表面上は、祝いの言葉に対しての返礼の言葉だ。

だが、えれなが込めた想いは、それだけでは無かった。

 

えれなを不快にさせないように話題を絞ってくれたことも。

作り笑顔を綺麗だと言ってくれたことも。

結果的にトゥインクルイマジネーションの発現を手伝ってくれたことも。

全部に対しての、「ありがとう」だった。

 

きっと、それら一つ一つに礼を言っても、ナユタは素直に受け取らないと思ったからだ。

冗談めかして恩着せがましく言ってくるか、「えれなちゃんが頑張ったからだよー?」なんて優しい言葉が返ってくるのだろう、と思えた。

 

本心を言わない者同士の友達が居たって、いい。

腹にイチモツを抱えていても、偽りの笑顔を作ってたとしても……互いのことを思いやる気持ちだけは、ウソじゃない。

えれなは、そう信じることが出来た。

不思議と心が軽くなったように思えた。

 

 

「それとさ。さっき『いただきます』の話があったけど、あたしは好きだよ。食事を用意した人が、笑顔になってくれるから」

「そっか。らしい答えだね」

 

その文化が作られた、元々の意味を知らなくたって。

感謝の言葉を口にすることは、力を尽くしてくれた人の笑顔を守ることにも繋がる。

今を生きる天宮えれなは、それで十分だと思った。

 

ナユタを背負って歩く、足の先には。

温かな仲間たちが待つ、ロケットが見えてきたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・今回のNG大賞

ナユタ「つまり、俺には笑顔が無いけど笑顔を守ることはできる、みたいな?」
ソレイユ「身も蓋も無い要約やめて!?」
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