春日部ナユタは、夢を見ていた。
自身の奥深くに眠っている記憶を辿る夢だった。
両親を早くに失くしたナユタは、祖母に育てられた。
大きな樹のように力強くて、でもどこかに寂しさを抱えた人だった。
祖母が若い頃には、地球では綺麗な星空が見られたのだ、と話してくれた。
ナユタにとって、空というのはネビュラガスと等号で結ばれるものだったが、昔はそうではなかったらしい。
目を輝かせて星空を語る祖母のことが、ナユタは大好きだった。
幼いながらに、ナユタは思った。
いつか祖母と一緒に、夜空に輝く満天の星々を見たい、と。
科学の道を志したナユタは……研究の果てに、本来300年であるネビュラガスの半減期を100分の1にまで縮める分解促進装置を発明した。
だが、その装置を地球規模で使うには、まるでエネルギーが足りなかった。
そんな時だった。
祖母の訃報を聞いた。
幼い頃から見ていた夢は、叶わなかった。
ナユタは、自身はそれ以上の研究に手を付けなかったが、分解促進装置の作り方は公開した。
酒浸りになって、何もかもがどうでも良くなった。*1
それから、どのぐらい時間が経ったか……ナユタ自身でも覚えていなかった。
1か月だったかもしれないし、数年だったかもしれない。
分解促進装置のエネルギーの問題を解決する手段が、他の星で見つかったと聞かされて、春日部ナユタは宇宙船に乗せられた。
宇宙船に揺られながら、ふとナユタは思った。
地球の外に居る今なら、星空というヤツだって見えるはずじゃないか、と。
特に宇宙船内での行動が制限されていなかったナユタは、窓を探して歩き回った。
そして、ようやく見つけた窓から外をのぞいた時……ナユタは自身の目を疑った。
窓の外に見える地球は、漆黒のガスでおおわれているハズだった。
それなのに、地球の暗雲の中には、ところどころに真っ赤なシミのような何かが見えたのだ。
嫌な予感がした。
ナユタは、宇宙船の責任者を問い詰めた。
責任者は、やせ細った白髪だらけの女性だった。
観念したように、責任者は口を割った。
かつて、知的生命体のイマジネーションをエネルギーへと変換する神器があった。
そしてそのレプリカを、はぐれ者の宇宙科学者たちが作っていた。
宇宙科学者たちが摘発された際に、変換装置のレプリカも押収され……それが紆余曲折の末に地球にまで流れ着いた。
その変換装置のレプリカを使って、ナユタの設計した分解促進装置のエネルギー問題を解決したのだそうだ。
変換装置のレプリカのために生贄となった人間は……現存人類の、7分の6に相当する人数だった。*2
ナユタが乗せられた宇宙船は、いわゆる「ノアの箱舟」だったのだ。
怒ることも、叫ぶことも、ナユタは出来なかった。
ただ、膝をついた。*3
誰かを糾弾して断罪でもできれば、まだ心が軽くなったかもしれない。
昔のファンタジーに出てくるような、肥え太っていて性格の悪い貴族みたいな奴が居たら、どんなに良かっただろう。
だが宇宙船の乗員は誰も彼も、頬がこけて何もかもがギリギリだった。
目に罪悪感を宿した彼らを罵倒しても、自身の心が傷つくだけだ。*4
ナユタを悪魔の科学者だと言って責める者だって、一人もいなかった。*5
悪いのは変換装置を使った自分達だ、と宇宙船の責任者は言ってくれた。
そして春日部ナユタは地球を救った救世主だ、とも続いた。*6
ナユタは……終ぞ、何も言い返せなかった。
力の無い足取りで、春日部ナユタは箱舟の中を一人で歩いた。
もはや、何もかもがどうでも良くなった。
どこで間違ったのか、何が失敗だったのか、そんなことを考える気力すら無かった。*7
薄暗い廊下で、ナユタへと声をかける人影があった。
たゆたう黒髪を蛇のように流した、低い声の女性だ。
黒髪の女性は、ナユタの祖母の知り合いだと自称した。
宇宙が再び醜く歪んだ時に会いに来る約束をしていた、なんて無暗にスケールの大きいことを口にしていた。
皮肉気に口元を歪めた黒髪の女性は、ナユタへと語りかけた。
歪んだイマジネーションを元に戻すための力をくれてやろう。
その力をどう使うか興味が湧いた、と。
五芒星の影が入った瞳に覗き込まれて。
春日部ナユタが選んだ、答えは……。
『あくいのオトモダチ』
第25話:みんなで、ロケットに乗って!
ナユタは、身体の痛みを感じつつ目を覚ました。
周囲には、死屍累々といった様子で、プリンセス達やプリキュアの面々が倒れ伏していた。
先程まで見ていた、ナユタ自身の過去は……ネビュラガスを吸引してしまったために、悪夢として意識にのぼってきていたのだろう。
プリキュアたちは、トゥインクルイマジネーションの輝きが明滅している様子だった。
自分達が作るはずの未来があんな惨状になっていると見せつけられては、自分自身を信じられなくなるのも無理はない。
ダークネストの放った巨大な闇のエネルギー球を投げつけられた結果として、プリキュア達は大きなダメージを受けてしまっているようだ。
「ふん、後は儀式を行って宇宙を無に帰するだけ……。なに? まだ結界を維持しているのか?」
ワームホールを開こうとしたダークネストだったが、またもや失敗した模様。
儀式に必要なものは全て揃っているはずだが、ダークネストはワームホールを使って何かを取り寄せようとしている様子だった。
おそらく、それがあれば全宇宙を滅ぼす用意が整うのだろうが……なかなか、思い通りにいかないらしい。
どうやら、攻撃の余波で散り散りに倒れているプリンセス達は、それでもまだ結界を維持できているのだろう。
フワの命運を黙っていた件で若干心証が悪いものの、何だかんだで宇宙を救う意思は確かに持っている人達なのだ。
邪魔なプリンセスたちに引導を渡すべく、ダークネストが足を進めた。
そんなダークネストの前に……キュアスターが、立ちはだかった。
ボロボロになって尚、力強い目でダークネストを見据えていた。
「私、本当は……気付いてたんだ。ナユタちゃんが、10年や20年じゃない、もっと未来から来たって」
スター以外の全員が、驚愕に目を見開いた。
ダークネストも、困惑に足を止めてしまっていた。
ナユタも、さすがにコレは予想外だった。
迷いなく発言していると思しきキュアスターは……いったい何故、そんな突拍子もないことを確信しているというのか。
「だって。私達の時代の、87星座には……蛇使い座は存在しないんだよ」
「87星座? ……あー、そっか。視点が変われば世界も変わる。時代が変われば星座も変わる、か」
――どこの星にも12星座の伝承があるのは、12星座のプリンセスが想像力を分け与えたからだとして。
――でもそれだと、蛇使い座の伝承もあるのって、ちょっと変な気がしないかなー?
春日部ナユタが、考えもしなかった案件だった。
自身の知る88星座の中に蛇使い座があるから、無意識のうちに思ってしまっていたのだ。
星奈ひかる達の世界観にも蛇使い座の概念は存在しているのだろう、と。
だが、蛇使い座のプリンセスがイマジネーションを生命に分け与えていないのならば、むしろ蛇使い座は認識されていないと考えた方が自然なのだ。
50年以上の開きがあるのだから、令和初頭とナユタの時代では、星座の概要が多少変わってもおかしくは無い。
おそらくナユタが生まれた時代の歴史では、2020年以降に蛇使い座の概念が知れ渡ったのだろう。
「何……? 未来では、蛇使い座の概念が浸透しているのか……?」
なお、拝聴者の中で一番驚いているのはダークネスト様だった模様。
これは本当に予想外だった様子だ。
蛇使い座の伝承が浸透しているということは、ダークネストが生命達へとイマジネーションを分け与えたということな訳で。
「でも、あの真っ暗な未来を生きたナユタちゃんが、私の作る未来を見たいって言ってくれたんだ。だから、私は……私自身を! 信じられる!」
キュアスターの身体に、トゥインクルイマジネーションの輝きが再び灯った。
そして……仲間達も。
確かに身体を起こして、未来を見据えていた。
「たとえあの未来が来るとしても、私達が出会ったことは……友達になったことは、間違いなんかじゃないルン!」
「一人じゃダメでも、もっと沢山の人を繋げれば、最後はみんなで笑顔になれる!」
「わたくし達を信じてくれた人を、わたくしも信じます!」
「私も皆と、未来を生きたいニャン!」
キュアミルキーが。
キュアソレイユが。
キュアセレーネが。
キュアコスモが。
ボロボロの身体でも、力強く立ち上がっていた。
その目に、迷いは無かった。
全員が、トゥインクルイマジネーションの輝きを取り戻していた。
「それとさ、ゴメン。今のうちに謝っちゃうけど……ナユタちゃんの、最後の隠し物。こっそり持ってきちゃったんだけど、使ってもいい?」
「……え? もしかして天文台の借り部屋の机の中に隠してたやつ? 鍵をかけておいたはずだけど??」
「それは、プリキュアの握力で、こう……バキっと」
おいおい。
呆れて物が言えないナユタだったが、ひかるは薄々気づいていたのだろう。
きっと、「これが最終決戦になるのだから使えるものは何でも使った方が良い」と判断したに違いない。
というか、ひかるが今朝の集合場所に時間ギリギリに来たのは……寝坊したからではなく、天文台に寄り道をしていたからだったのだ。
おそらくナユタが天文台を後にしたのを確認した後で、ナユタの借り部屋へと忍び込んだという訳か。
まぁ、ネビュラペンの時のように黙って使用するよりは、ずっとマシであるとも言える。
「良いよ、持ってけドロボー! ひかるちゃん達を信じるって決めた時点で、どのみちアタシには必要が無くなったモノだ!」
「ありがとう!」
ネビュラガスの分解促進装置は一応この時代の材料でも作れる。
なので、最悪の場合はナユタの「最後の隠し物」を、この時代の未来で分解促進装置の不足エネルギーの足しにするプランもあったのだが……。
春日部ナユタは、自身のイマジネーションで選んだ。
キュアスターへなら「最後の隠し物」を託しても良い、と。
どこからともなく、キュアスターは切り札を取り出した。
「スターカラーペンダント! カラーチャージ!!」
「バカな……? その力は、我の……!?」
キュアスターは、迷いなく「黒いスターカラーペンダント」へと、自身の変身用ペンを差し込んだ。
明るい色をメインカラーにしていた衣装に、少しずつ闇色が浸透していく。
ピンクや黄色の部分はそのままに、白い部分は闇夜の色へと塗り替わってしまった。
それでも……漆黒の中にも、小さな輝きが少しずつ散りばめられていた。
――きらめく 星の力で
――あこがれの ワタシ描くよ
「
いつもの、片手を天に突き出すポーズを決めながら。
キュアスターは、二重変身を成功させていた。
春日部ナユタが机の奥底に隔離していた「最後の隠し物」は……ナユタがこの時代に来る時に使った、黒いペンダントだったのだ。
――(ペンダントは)一人一つの所持制限があるのかもー?
きっと、ひかるは直感的に理解していたのろう。
フワがナユタ用の変身アイテムを生成できない理由は、一人一つの制限に引っかかっているからだ、と。
「ありえん! 我が、生命にイマジネーションの力を委ねるなどっ! そんなことがあるはずがない!!」
ダークネストは再び闇の力で巨大な球体を頭上に生み出した。
だが、その顔には隠し切れない動揺が広がっていた。
ダークネストは、他人に力を与える時にはイマジネーションの操作もセットで行っており、与えた力の使い道を相手に委ねたことなど無かったのだろう。
一方のプリキュア達は、迷いのない瞳でダークネストに向き合った。
妖精フワを起点に、イマジネーションを重ねる合わせ技を放つ体勢だ。
「全てを消して創り直した先にある、我の宇宙だけが美しいのだ! そのような醜い矛盾が、我にあってたまるか!!」
「みんなの思い! 重ねるフワー!」
「「「「「プリキュア・スタートゥインクル・イマジネーション!!」」」」」
光と闇の巨大な力同士が、一瞬だけ拮抗した。
しかし、光の力の方が遥かに力強かった。
徐々に闇を圧倒した光は、ダークネストを飲み込んでいった。
轟音と眩い光が、スターパレスを揺るがした……。
互いに、既に一度ずつ放っているはずの技であったが、双方とも一度目とは威力が違った。
プリキュア達が、5人分以上のイマジネーションを結集して技を放ったのに対して。
ダークネスト側の闇の力は……大きく、弱体化していた。
さきほど、プリキュア達が自分自身の未来を信じ切れなくなってトゥインクルイマジネーションの輝きを保てなかったのと、同じ理屈だった。
今度はダークネストが、自分自身を信じ切れなかったのだ。
スターパレスの端で倒れて動けなくなったダークネストの姿を確認して。
ようやく……一同は、戦いが終わったことを確信したのであった。
傷だらけのダークネストは、しかしまだ息がある様子だ。
キュアスターは、ダークネストに歩み寄って、その手から少しだけ黒いエネルギーを分け与えてやった。
「……我の消滅を防ぐために、闇の力を使ったか。我を、消さぬのか?」
「そう、だよね。この宇宙には、貴女が生き残ることに納得しない人は、たくさん居ると思う。生かしておいたら次は自分や大切な人が犠牲になるかも、って危険に思う人だって、居るかもしれない」
星空連合にもノットレイダーにも、戦死者は出ているわけだし。
実際、ダークネストを殺すチャンスを与えられたら、実行したいと思う人は決して少なくないだろう。
ここでダークネストを生かしてしまったら、次の犠牲者が出ることだって有り得るし、それは星奈ひかるの身近な人かもしれない。*8
そこまで、キュアスターの想像力は見据えてしまっているようだった。
一時的とはいえキュアスターの身体にダークネストの力を宿しているのも、悪意のイマジネーションへの理解を促進している要因なのかもしれない。
……それでも。
「だから……これは、私たちのワガママ。ダークネストが生きてさえいれば、一緒に生きて、仲良くなる未来だって、あるかもしれない」
「キラやばな未来ルン!」
これが、キュアスター達の選んだ答えだった。
ダークネストを許せない人達が居ることも理解しつつ。
それを分かりながらも、ダークネストを殺さない道を選んだ。
最初は、スタープリンセス達から分け与えられたイマジネーションだったはずだ。
しかし……プリキュア達は、プリンセス達の意向とは別の結論を導き出した。
ダークネストを消し去ろうとしたプリンセス達の意思と、ダークネストを生かしたいプリキュアの選択は、相反している。
もはや創造主の手の及ばない、まさに自分達だけのイマジネーションを、プリキュア達は育んできたのだ。
「ふん……。お前たちとて、いずれ分かる日が来る。この宇宙のあらゆる矛盾が嫌になり、全ての醜さに気づく時がな」
「人生は矛盾していて然り……とまで言い切れるほどに、わたくしは強かではありませんけれども。矛盾しているのは、必ずしも悪い事ばかりではありませんよ?」
お前たちの宇宙って醜くないか?
そんなダークネストの諦観に対して、セレーネが答えた。
さすがに、どこかの最高最善の魔王ほどに割り切って考えることは出来ないようだが、それでも自分なりの答えを用意できているようだった。
「大好きな人に嘘をつかれたり隠し事をされたりして悲しくなるのも、それでもその人のことを嫌いになれないのも、どちらも本当のわたくしです。その矛盾は醜いかもしれませんけれど……それでも、わたくしは幸せです」
自身の胸元に手をあてて。
セレーネは、今の自身に出せる精一杯の答えを弾き出した。
一切の嘘偽のない言葉だった。
香久矢の家に秘密は無い、という家訓を信じていた時期と疑っていた時期を両方とも経験した、まどかだからこそ出せる答えだった。
「あたしも、言っておくよ。ノットレイダーのスタンスには感心しないけど、生まれも育ちも違う異星人たちの輪をあれだけ繋げられたダークネストのことは、凄いなって思ってるよ。矛盾してるけど、正直にそう思ったんだ」
笑顔を是とする天宮えれなにとって、ノットレイダーは理想的な組織とは言い難いはずだ。
それでも……たくさんの人を繋げる仕事を目指した天宮えれなのイマジネーションは、ダークネストに見習うべき点を見出していた。
ノットレイダーが使っていた翻訳機の力に頼るところも大きかったのかもしれないが、ダークネストとプリンセス達が根本的に同質のものであることを踏まえると、翻訳機もダークネストの力の一部だったのだろう。
おそらく、スターカラーペンダントから翻訳機能だけをピックアップした廉価版が、ノットレイダーの翻訳機なのだ。
「ユニも、アイワーンのことを完全には許せていないでプルンスが、それはそれとしてアイワーンの今後を応援したいと思っているでプルンス!」
「ちょっと!? それは勝手に言わないで欲しかったニャン!?」
この二人って、もしかして二人きりで割と頻繁に会ってる?
そんなツッコミを飲み込んだ一同だった。
なんだか、気心が知れている感があるというか。
たぶん、ユニはプルンスだけにそれを言ったことがあるんだろうな、なんて思わせた。
「オヨ? 私も何か言った方が良いルン? オヨォ……。……大人の飲み物は、甘いのも苦いのも美味しいルン!」
ミルキー……お前、本当にその一言で良いの?
他のメンツが喋っている間に何かネタを考えておいた方が良かったのでは……?
まぁ、言わんとすることは伝わっているだろうが。
少しだけ、空気が緩んだ。
そんな時だった。
「お前は……」
「……ご存命でしたか、ダークネスト様」
あちらも傷だらけの姿で……全高2メートルを超える青い肌の巨漢が、星空連合の宇宙船からスターパレスへ降りてきた。
両手首には手錠をかけられ、ガルオウガは既に星空連合にとらわれた身であることが見て取れた。
ガルオウガの逃亡を防止するためと思しき星空連合の職員が、ガルオウガの背後を歩いてきていた。
立ち上がる力も残っていないダークネストを、ガルオウガはただ見下ろした。
「星空連合の代表と、話をしました。我らの処遇に関して、名目上は新設の監獄惑星への無期限収容ですが、実質的には新たな居住惑星を提供していただくことになりました。そのことを、ダークネスト様へ報告に参りました」
ガルオウガは、感情を読ませない声で淡々と報告を行った。
不甲斐ない首領へと怒っているのか。
自軍が完敗したことを悲しんでいるのか。
今の仲間達が生きていけることを喜んでいるのか。
あるいは、その全てか。
「まだ我を『様』などと呼ぶか。我が使っている闇の力が、お前の故郷を飲み込んだ闇と同質のものであることに……気付かぬお前ではあるまいに?」
自嘲を漏らしながら言い放ったダークネストの言葉を聞いて、プリキュア一同に緊張が走った。
目の前でこれから殺人事件が起こるかもしれないとなれば、緊張ぐらいするというものだ。
ピリピリとした殺気を、プリキュア達は肌で感じた。
ガルオウガは、ダークネストを殺しに来たのだろうか。
故郷の星を丸々一つ滅ぼされて、恨んでいないわけがない。
「我を、消すか。それも良かろう」
「率直に言って……この手を汚してしまいたいと思うほどに、憎んでいます。ですが、我らは等しく罪人です。叶うのなら……生きて、ともに罪を償って頂きたく思います」
拳を固く握りしめながら。
それでもガルオウガは、確かな声を絞り出した。
地に背をつけたままのダークネストは……小さく、頷いた。
ガルオウガは、手錠を嵌めたままの両腕でダークネストを抱き上げた。
力強く横抱きにされたダークネストは、他の捕虜たちと同じところへと連れていかれるのだろう。
「憎んでいる我を消さないとは、はなはだ矛盾しているな。そのうえ、プリンセスを抱き上げるのが手枷をはめた囚人の腕とは、醜い事この上ない。…………だが、それも悪くはないか」
こういうのを、憑き物が落ちた顔というのだろうか。
ダークネストは……プリキュア達へと、もはや一瞥も向けなかった。
きっと、これからのことを考えているのだろう。
自身が利用して、裏切ってきたノットレイダーの構成員たちに対して、どう向き合うべきか。
「ダークネスト、ガルオウガ! 私、いつか必ず面会に行くから! みんなで、ロケットに乗って!」
「……世話になったな。感謝する、プリキュア」
ガルオウガは、最後の言葉を皮切りに星空連合の宇宙船へと姿を消していった。
プリキュア達は、そんなガルオウガの背中を、スターパレスから見送ったのであった……。
そんなこんなで。
一同は星空連合やプリンセスたちへと挨拶をすませて、ようやく変身を解くことが出来た。
ひかる達は無事にロケットに乗り込み、地球へと帰還を果たしたのだった。
まだ真剣な雰囲気が抜けきらないままに、なんとなくロケットの一同の間に沈黙が流れた。
沈黙を破ったのは……ひかるだった。
「……私ね。ダークネストを消さないのか、って聞かれた時に、反射的に『単純な否定の言葉』が出そうになった」
――我の消滅を防ぐために、闇の力を使ったか。我を、消さぬのか?
ダークネストの消滅を防いだ後に、キュアスターがかけられた質問だ。
あの時、キュアスターが反射的に口にしそうになった言葉は……別のものだったらしい。
ひかるの言う「単純な否定の言葉」を、ダークネストへと返しそうになったそうだ。
「でも……宇宙を旅して、色々な人と会って。自分と違う考えに『単純な否定の言葉』をかけるのって、良くないなって思ったんだ」
その辺りは、ユニとアイワーンの関係を見てしまった経験も、大きいのかもしれない。
星を滅ぼされたユニと、騙されたアイワーンの経緯を、ひかる達は見ている訳で。
ダークネストを許せない人だって居るはずだ、という発想に至るのは自然な流れだと言える。
だから、ひかるはダークネストの言葉にも一定の理解を示したのだ。
――だから……これは、私たちのワガママ。ダークネストが生きてさえいれば、一緒に生きて、仲良くなる未来だって、あるかもしれない。
「私はさ。『考え無し』の星奈ひかるから、少しは変われたかな」
ひかるは、いわゆる疑問形のように語尾を上げることはしなかった。
どこか湿っぽい口調のままに、どこへ向けたともとれる言い放ち方だ。
だが、ナユタは分かっていた。
この星奈ひかるの言葉は、春日部ナユタに対する質問だ。
「ああ、良い答えだったと思うよ。とっても、『キラやば』だ」
ナユタは、思った。
今の星奈ひかると仲間達が作る未来は、きっと暗黒のネビュラガスが覆う地球ではない、と。
というか、そう思ったからこそ、黒いスターカラーペンダントをキュアスターへと託したのだ。
最後の力を使い果たして消えてしまった一つの奇跡は……春日部ナユタには、もう必要が無かった。
自然と、ひかるとナユタは笑いあった。
「戦勝祝いに、プルンス君と一緒に何か凝ったものでも作ろーか?」
「それもキラやばだけど……やっぱり、いつものドーナツかな」
「分かったでプルンス!」
いつものプルンスタードーナツ製造機を起動して。
煮えた油の中に投入されるタネを見守って。
ようやく、ロケットの面々は全てが終わった実感が湧いてきて。
誰も彼も、眉間に皺を寄せて真面目な顔をしていたのだが、それもここまでである。
「……って、羽を伸ばしてる場合じゃないよ! 未来人ってどういうことなの!?」
ここで……思い出したように、えれながツッコミを繰り出した。
みんなで肩の力を抜いて、ようやくシリアスパートから脱したからこそだろう。
どう考えても、さらっと流しちゃいけないネタがあったのだから、ツッコミストとしての血が騒いだのかもしれない。
「まー、落ち着きなって。宇宙人が居るぐらいなんだから、未来人だって居るでしょ」
「う、うーん? そうかなぁ……?」
超能力者と異世界人も居そうな発言である。
SF系のネタに疎い天宮えれなは、そう堂々と言い返されると、なかなかに苦しい様子だった。
というか、星奈ひかるが実は春日部ナユタの正体に気づいていたという方が、むしろ規格外なのだ。
そこまでSF脳が全開な人間は、そうそう居るものではない。
なお、宇宙人や未来人を募集する例のラノベは2003年発行なので、星奈ひかる達は生まれてすらいない。
むしろナユタこそ、どうして知っているというのだろうか。
……そんなことは、ともかく。
「未来人とは思わなかったルン。でも、確かにナユタは変だって思った事はあったルン」
「ナユタって他の星の人たちから見ても変人だったニャン?」
「オイ」
マジか。
オヨルン星人にすら気付かれるレベルって、相当ガバガバでは……?
まぁ、一応その違和感の元を言及してみようではないか。
コスモグミを噛んでいるララへと、ナユタたちは言葉の続きを促した。
談話室の端のドーナツ製造機から、香ばしい匂いが漂ってきていた。
「ナユタは、牡牛座のペンを初めて見たときに、アレが何なのか分からないみたいだったルン」
「……あー、アレか。確かにあの時は、プリンセス達のイマジネーション操作の話を知らなかったからなー……」
――プリキュアの変身用カラーペンに似てるね。どうしたのコレ?
そういえば、そんなことをナユタは言った覚えがある。
だが、後から出てきた情報と照らし合わせてみると、その反応はおかしいのだ。
12星座の記憶は全ての生命のイマジネーションへと紐づいているのだから、あの反応の薄さは不自然なのである。
そうなると、考えられるケースは主に2つだろう。
ナユタがダークネストの影響下にあるために、星座ペンに関するイマジネーションが働かなかったか。*9
もしくは、星座ペンの存在を知っているのに、「星座ペンを初見の人間のリアクション」を頭で考えて演じたか。
その2つが有力な仮説となってしまう。
思い直してみると、かなり初っ端からガバガバだった模様。
「そして何より……サマーン星人が地球に住んでいるのが、どう考えても不自然ルン!」
続けて、キメ顔でララは言い放った。
他の面々は、さすがに表情が凍った。
え? ララ、まだそのネタを信じてたの??
確かに惑星サマーンに行ったときに、ナユタはそんなことを言った覚えはあるが。*10
(どうするニャン?)
(えれなさん、ツッコんで!)
(あたし!? やっぱり、あたしなの!?)
(話題を変えましょうか)
ひそひそと、一同は内緒話を繰り広げてしまった。
ララが自信満々に言っている様子を見て、突っ込みを入れるのが忍びないと思ってしまったのだ。
こういう時は、次の話を始めるのが吉である。
「わたくしも、蛇使い座の伝承の件は少しばかり奇妙に思ったのですが、『地球以外から見える星座にはそういうものもあるかもしれない』と思っていました……」
「まどかさんも気になってたんだ? それに関しては、サマーンに行った時にララと一緒に、ちょっとマザーAIさんと話してね。地球以外から見える星座について調べてもらったんだ」
言われてみれば、ひかるとララはサマーンに行ったときに、二人だけで別行動をとったことがあった。*11
ナユタは気にしていなかったが、あの時にひかるは「蛇使い座の伝承が宇宙のどこにも存在していない」という情報を得たのだ。
その情報を得た後でナユタの失言を聞いたものだから、余計に印象に残ってしまったのだろう。
そもそも、ナユタ自身が知る88星座の中に蛇使い座が存在していたので、この時代に蛇使い座の概念が無いなんてナユタは思いもしなかったのである。
「黒いスターカラーペンダントの件は、どうやって気付いたのかしら? ナユタが隠し物をしているっていう確信があって盗みに入ったニャン?」
「それは……ナユタちゃんの人柄を考えた時にね。変身を諦めたって聞いた時はそんなに気にならなかったんだけど、『なんだか妙にあっさり諦めたな』って後から思うようになったんだ」
ナユタが変身に関しての拘りを持っていないと言った件は、ひかるとしては印象深かったようだ。
スターカラーペンダントの入手に関して、春日部ナユタは消極的な姿勢だと言っていたのだが。
どうも、ひかるは後から不自然に思ったらしい。
バグ技や裏技が大好きな春日部ナユタなら、あの手この手を尽くして便利アイテムを入手しておくだろう、と。
翻訳機能や対毒性能まであるペンダントは、変身する気が無かったとしても値が付けられないほどの便利グッズなわけだし。
「そうやってアレコレ考えてみたんだけど、やっぱり『もう手元に隠し持ってる』っていうのが一番シックリ来るかなぁって思ったんだ」
「こりゃー、完敗だ。参った。ひかるちゃんには毎度驚かされるよ。もう、『考え無し』なんて呼べないなー」
両掌を見せながら、ナユタは小さく降参のポーズをとった。
ダークネストにペンダントを貰ったというところまでは読まれていなかったようだが。
それでも、ナユタがフワからペンダントを生成するのを諦めた理由としては、完答と言って良いだろう。
ナユタから褒められて、ひかるは嬉しそうに顔を綻ばせた。
ドーナツ製造機から、お決まりの「チーン」なんて音が聞こえた。
「でも、それはそれとして。バキっと壊した机の弁償はしてもらうけどねー?」
「しょ、しょんなー!!? 私が『考え無し』でした許してくだちゃい!!」
「オヨ……」
ひかるは、渾身の土下座で応えた。
噛み噛みになっている辺り、お小遣いが本当にピンチなのだろう。
さきほど全宇宙を救った者とは思えない姿であった……。
そんな星奈ひかるの背中に、仲間達は呆れたような、微笑ましいような、そんな生温かい視線を送っていたりして。
「冗談、冗談。宇宙を救った働きに免じて、許してしんぜよー」
「ありがたき幸せー! キラやばー!」
ナユタは、自分が食べようとしていたドーナツを半分に割って、ひかるの口へと差し込んでやった。
幸せそうな顔で、ひかるはドーナツを咀嚼した。
これも、気心が知れた者同士のお決まりのやりとりというヤツである。
「泥棒に入る時は、次から私を呼ぶニャン。鍵ぐらい、壊さなくても開けられるわよ」
「ありがとう!」
「そういう問題でもないよ!?」
ユニの発言を聞いて、ナユタは密かに決意した。
今度から、鍵がピッキングされた時のためのトラップを仕掛けておこう、と。
ネズミ捕りは、いつの時代も科学を発展させる要因なのだ。
この場合、罠にかかるのはネズミではなくネコだが。
ふと、ナユタは気付いた。
香久矢まどかが、物言いたげにナユタへと視線をよこしていた。
相手を問い詰めるような雰囲気では無かった。
穏やかに、ナユタへと何かを期待している様子だ。
「……春日部さんは、嘘吐きで、秘密主義者です。わたくし、そのことが良く分かりました」
「返す言葉もないよ。傷つけちゃって、ゴメンね。これでも、時々感動してウルっとしたし、騙して悪いなーとは思ったよ」
もしかして、罵倒されてる?
発言内容的には、悪口に聞こえてもおかしくない台詞だったが。
不思議と、ナユタは嫌な印象は受けなかった。
声の調子から、嫌いな相手に話しかけている人間の口調では無いな、と思ったのだ。
「でも……わたくし達と一緒に未来を創っていきたいと言ってくださったことだけは、信じても……良いですか?」
「信じて欲しいな……って言いたいところだけど。それだけだと何だかなー、って感じだね」
ここで頼もしい事を口先だけで言ったとしても、たぶんダメだろう。
どんなソレっぽい名言を創造しても、香久矢まどかを満足させる解答足りえない気がした。
イイ事ぐらいエボルトだって言える。
ならば、何を言ったら良いか。
「そうだなー。ちょうど良いし、話しちゃうか」
一つだけ、春日部ナユタには心当たりがあった。
そのネタは、もう少し未来に明かす予定だったのだ。
星奈ひかる達が様々な星での体験を本にして出す時に、そこに載せてもらう一節として、さらっと暴露しようかなーなんて思っていたネタだ。
どのみち、ひかる達との付き合いは今後も長くなるだろうし、焦ってすぐに話すことでも無いと思っていた。
星奈ひかるや天宮えれなは、それぞれノットレイダーの元幹部に会いに行きたい理由もあるだろうし、ダークネストの野望の阻止は決してゴールでは無いのだ。
だから、今話すのは必須という訳では無いのだが……まぁ、今でも良いか。
「ちょっと長くなっちゃうけど、全部話すよ。星空が無い星で育った、一人の捻くれた子供の話を……さ」
地球以外から見られる星座についてマザーAIへと質問を始めた星奈ひかるは、どこまでもブレない人間だ……とララは思った。(第17話)
・今回のNG大賞
ナユタの半生の話を聞いた後に。
FUWA「つまらん人生フワー!!」
恐怖の化身(極寒の微笑)
キラやば星人「みんなやめてぇ!? えれなさんの胃に穴が開いて、血を吐いてるからっ!?」