番外編:みんなで歩こう! プリキュア! 春のトロピカル・ハイキング!
人魚のローラは、マーメイドアクアポットごと揺られながら……大欠伸を漏らしていた。
携帯型ゲーム機に近い大きさの小瓶の中に用意された、四次元ポケットのような亜空間には、大きく口を開いたローラを窘める存在など居なかった。
現在地は、青空市の奥地にある山中。
この山中に流れる一本の清流を辿っていくと、カワウソ王国と呼ばれる場所へと辿り着けるのだ。
その場所で「特別な歌」を歌ってくるのが、人魚の女王様から課せられた今回のローラの使命だったりするのだが……ローラは、どうにも気が乗らなかった。
次期女王の座を狙うローラとしては、女王の務めを代行するのは大切だと思いつつも、面倒くささが先立ってしまう任務だった。
まず人魚が山の中に行くというだけでも大変だし、そんなの人魚のイメージじゃないし。
そもそも山登りをさせるという企画自体が、人魚という生物のコンセプトに喧嘩を売っているとしか思えない。
「島育ちだとさ、同じ苗字の人が凄く多いから、下の名前で知り合いを呼ぶことが多いんだよ!」
「それって一応理由あったんだね……」
「確かに、距離の詰め方が急すぎる気はしていたが、そんな背景があったのか」
「人の歴史にリアルあり、だね」
アクアポットの外から、能天気な世間話が聞こえてきた。
現在のローラを運んでいる便利な下僕……もといニンゲンは、夏海まなつと愉快な仲間たち総勢4名である。
山中のカワウソ王国まで自力で移動するのが面倒だと思っていた人魚ローラは、予期せぬ幸運によって夏海まなつ達にハイキングをさせることに成功したのだ。
先日ローラは、カワウソ王国にて「特別な歌」を披露する予定があるという情報をまなつ達に漏らしてしまったのである。
そして、何も考えずに「トロピカってるー!」なんて言いながら同行を申し出たニンゲンたちに歩かせて、ローラはアクアポットの中で惰眠を貪っているという訳だった。
だが……暢気に山中ハイキングをしている4人の前に、怪人としか呼べない生命体が立ちふさがった。
ビーバーをベースに、骨格を人型へと無理やり改造したような人間大の怪人が、モヒカン頭を逆立たせながら現れたのである。
「ギャハハハハッ! 上手く隠しているようだが、このバテテモーダ様の鼻は誤魔化せないぜ? その生臭い香り、人魚を隠してやがるな! なら、この先は通さないぜ!」
「なんて失礼な奴なのっ!? 人魚は生臭くなんて無いわっ!!」
スンスンと鼻をならして、バテテモーダと名乗ったビーバー怪人は人魚の存在を確信している様子だった。
一方、アクアポットの画面ごしにローラは、目力だけで相手を射殺すような顔で怒っていた。
確かに人魚の下半身は魚に近い外見をしているが、だからといって生臭いなんて言われたら戦争待ったなしである。
こうなったら、下僕のニンゲンたちをプリキュアに変身させて、全面抗争をするしかあるまい……!
……なんて思っていたローラは、出鼻をくじかれる羽目になる訳だが。
「これがカワウソ!? 喋ってる! トロピカってるー!!」
「「「「嘘でしょ、まなつ……!?」」」
目を輝かせて、まなつがテンションを上げていた。
戦慄している他の面々は、ツッコミが追い付いていない様子だった。
さすがに、二足歩行の人間大の齧歯類を見て、その反応は無いだろうに。
何はともあれ人間たちを使って、あの不届きなビーバー妖怪に自身の立場を分からせてやらなければ!
アクアポットの角で殴って前歯を叩き折った後で、土下座させるぐらいの制裁を加えなければ、ローラの気は収まらない。
そして、もう一つだけ……この場の誰もが予想していなかった事といえば。
「「「「プリキュア・オペレーション!」」」」
山中の木々の合間を縫って、4名のプリキュアが出現したのである。
まなつ達だけでなく、バテテモーダまでもが目玉が飛び出るような顔で驚いてしまっていた。
それぞれ名乗りを上げた4名は、ヒーリングっどプリキュアというチームらしい。
偶然この近くの山中に来ていたのだろうか……?
まぁ、春映画時空ならその程度の偶然はまれによくあるので、あまり気にしてはいけない。
いつぞやの春映画でノーブル学園と魔法学校がひとつの地図上に存在したことに比べれば、大した問題ではないのだ。
春映画時空なら仕方ない。
「貴方は……確かに浄化したはずです。一体なぜ生きているのですか?」
どうやら、ビーバー妖怪はヒープリチームの知り合いのようだ。
しかも一度プリキュアに浄化された……というか殺されたような言われ様である。
ヒープリの紫担当ことキュアアースが、まなつ達とは温度差がありすぎるキリっとした顔でビーバー妖怪を問い詰めていた。
「確かに俺は、お前たちの浄化技を受けた。だが俺は死に際に、自分が微細なウイルスの集合体であることを思い出したのさァ!!」*1
バテテモーダはキュアアースに倒される直前、自身の体の一部を遠くに投げたのだとか。
その後は、小さなウイルスの塊からコツコツと時間をかけて再生を試みたらしい。
間違いなくグアイワルさんより賢い。
「そして、そんな俺をカワウソ王国のファミリーが拾ってくれた! 持つべきものは家族ってヤツだ!」
「いや、あんたカワウソじゃなくてビーバーじゃん!」
すかさずツッコミを入れたのは、ヒープリチームの黄色担当、キュアスパークルだった。
何となくアホキャラの雰囲気を纏っているスパークルだが、ツッコミ技能も持っている模様。
真面目そうな顔をしているグレースとフォンテーヌもツッコミ属性を持っていそうなので、ヒープリチームはかなりツッコミの方に偏った集団なのかもしれない。
(ねぇ、みんなー? 『びーばー』って何?)
(あおぞら水族館ってビーバーいなかったかなぁ……?)*2
(私はゲームで見たことはあるが、それ以上の知識は無いぞ。一之瀬なら元文芸部だし何か知っているんじゃないか?)
(さっさと説明しなさい、みのり! 元文芸部の存在感を示すのよ!)
(元文芸部に対する謎の期待!? でも私も、カワウソとの違いをちゃんと説明しろって言われると、ちょっと……)
円陣を組んで内緒話をしている夏海まなつ達。
そんな5人をよそに大真面目な顔で戦闘を始めたヒープリの皆さんの背中が頼もしすぎる……。
障害物の多い山中を縦横無尽に走り回って、ヒープリの4人はバテテモーダを攻め立てた。
常に誰かがバテテモーダの死角から襲い掛かり、それが防がれても更に別の誰かが追撃を仕掛けるという鬼のような戦法である。
しかもアース以外の3人がバリア技能持ちなせいもあって、バテテモーダからの攻撃が通りにくい。
群れで狩りをする動物を思わせる連携を前に、バテテモーダは為すすべもなく追い詰められていった。
「ああっ! 川の上のほうから、すごくトロピカってるロケットが流れてきてる!?」
「そんな手に乗るかよ! グアイワルじゃねぇんだぞ!!」
川にかかっている小橋をバテテモーダが通りかかったタイミングで、まなつが声をあげた!
まなつは川上を指さして、テンションを爆上げしている!
バテテモーダは罠だと思ったらしく、振り返って川上を確認するような真似はしなかった。
ヒープリチームも、誰も川上の方なんて確認しなかった。
……次の瞬間には、川上から流れてきた全長10メートル弱のロケットが、小橋を粉砕しながらバテテモーダを背中側から撥ね飛ばした!
唐突に起こった不幸な人身事故に、まなつ達はただ驚いてしまっていた!
「ギャアアアアアッ!!?」
「「「きゃあっ!?」」」
「みんなっ!?」
撥ね飛ばされたバテテモーダは、川の流れに飲まれて下流へと消えていった……!
そしてバテテモーダを殴ろうとしていたフォンテーヌ、スパークル、アースの3人も巻き込まれて一緒に流されてしまっていて。
残されたグレースは、仲間達を追うか迷いつつ、ピンクのロケットの方を救出したのであった。
「わーい、のどかちゃんだ! キラやばー!」
「やっぱり、ひかるちゃん達だったんだね。相変わらず、全力で楽しんで生きてるって感じ」
そして、ロケットを川岸に上げてみてビックリ。
流されていたロケットの中にいたのは、キュアグレースこと花寺のどかの知り合いだったらしい。
名前を星奈ひかるといい、どこか夏海まなつに通ずる明るさを感じさせる女子である。
それと、一緒にロケットの中に居た女子小学生っぽい赤毛の子は春日部ナユタというそうだ。
トロプリ組の4名とともに簡単な自己紹介を終えたところで……。
色々と話し合わねばならないことがある。
SF系のネタに理解がある一之瀬みのりは、きょろきょろとロケットの室内を見回しているが、花寺のどか達の話し合いの方を優先して口を噤んでくれるようだった。
「さっきの事故はゴメン! フワープの暴発でどこかの川の中に出ちゃって。流れが速いせいで全然操縦が効かなくて困ってたんだよ!」
星奈ひかるが、両手を合わせて花寺のどかへと謝罪を口にしていた。
まなつ達がヒープリ組と偶然出会ったのと同じ日に、そんな不幸な事故が起こったのだということらしい。
なかなか無さそうな偶然だが、春映画時空だから!
春映画時空なら仕方ない!
「アタシたちを助けてくれたのは嬉しいけど、のどかちゃん達は何かと戦ってたよねー? 仲間達の加勢に行かなくて大丈夫かい?」
「うーん……。元々アスミちゃん一人いれば全然危なげなく勝てる相手だったから、大丈夫だと思う」
変身も解いて、ロケットの談話室にて大人数で腰をおろしながら。
来客用に出されたドーナツを頬張りつつ、一同は情報の擦り合わせを行っていた。
ドーナツを貪りながら「トロピカってるー!」なんて鳴き声をあげている約一名が会話の内容を聞いているかどうかは置いておくとして、一応真面目な話し合いである。
「土地勘がある私達が、下流まで行ってさっきの3人を探してこようか?」
ここで、面倒見が良いと密かに噂される滝沢あすか先輩が提案を挟んできた。
確かにスタプリ組やヒープリ組は、あおぞら市に縁がある人間ではないので、その提案は有難い。
なので、涼村さんご、一之瀬みのり、滝沢あすかの3名は行方不明の面々を探すために川沿いに山道を下って別行動をとることとなった。
あおぞら市に引っ越してきたばかりで土地勘のない夏海まなつは、捜索チームに同行する意味はあまり無さそうだ。
まなつは、ロケット組と花寺のどかと一緒にロケットの中で仲間達の合流を待つことにした訳だが……。
マーメイドアクアポットの中から、いきなり人魚のローラが現れた!
退屈に負けて出てきてしまったのかと疑って大慌てしている夏海まなつをよそに、ローラは真面目な話を始めようとした。
「ちょっと、さっきのビーバーくずれの話で気になるところが……」
「人魚だぁっ! キラやばーっ!!!」
真面目な話をしようとしたが、キラやば星人に詰め寄られて話の腰を折られた。
少しばかりイラっとしたローラは、人魚の長い下半身を使ってキラやば星人をグルグル巻きにしつつ、真面目な話を続ける方針に出た!
ぐえっ、なんて潰れたカエルのような声を漏らしているニンゲンを一瞥しながら、ローラは再び口を開いた。
「なんだか、カワウソ王国の住人達が人魚に会うのを嫌がっているみたいな言い方だったのよね。アレって何なのかしら?」
――その生臭い香り、人魚を隠してやがるな! なら、この先は通さないぜ!
――俺をカワウソ王国のファミリーが拾ってくれた! 持つべきものは家族ってヤツだ!
あんまりな言いぐさを思い出して怒りを再燃させつつ、ローラは疑念を口にした。
人魚のお勤めとしてカワウソ王国を訪れる予定なのに、なぜカワウソ王国の方から妨害が入るのか、と。
だが、疑問を話してみてから、この場にいる4人のニンゲンを見回してローラは不安に思った。
夏海まなつは、あまり真面目な話をするのに向いている人間ではない。
ローラの尻尾で巻かれて地面に転がっているニンゲンも、まなつの同類な気がする。
残る2人のニンゲンは……どうだろうか?
とりあえずローラは、花寺のどかと春日部ナユタの方へと向き直って、意見を求めてみた。
「バテテモーダ君というのが、独断で動いているのかどうか。そこは場合分けして考えた方が良さそうだよー?」
この小柄な赤毛のニンゲンは使えそうだ、とローラは思った。
ロケットの中に一緒に居たキラやば星人と違って、冷静に会話や分析が出来るタイプのようだ。
操縦盤を弄って、宇宙船内のディスプレイをホワイトボードのように使いながら、春日部ナユタは状況をまとめてくれた。
●パターンA:バテテモーダが独断で人魚の来訪を妨害している場合
→川を流されていったグループがバテテモーダを倒すだけで問題はほぼ解決する
●パターンB:バテテモーダがカワウソ王国の命令で人魚の来訪を妨害している場合
→カワウソ王国側がどうして人魚の来訪を嫌がるのか、掘り下げて考えるべき
「パターンAの方は心配しなくて大丈夫ラビ! アース達が居ればバテテモーダなんて敵じゃないラビ!」
「ワン!」
……と、ここで今まで聞いたことのない声が聞こえた。
周囲を見回すと、ロケット談話室内の椅子にウサギと子犬が一匹ずつ座っているのを発見できた。
話を聞いてみると、花寺のどかの仲間でヒーリングアニマルという種族の妖精たちらしい。
のどかも同意見だとのことで、とりあえずパターンAは置いておこう。
となると、パターンBの方だが……。
胡散臭い笑顔をキープしたままの春日部ナユタが、ローラへと面倒くさい質問を投げかけようとしていた。
「ローラちゃん、そもそもカワウソ王国での任務ってどんな内容? もう少し詳しく説明して貰っても良いかなー?」
「実は私も、詳しくは知らないのよね。
20年ごとに人魚の女王様がカワウソ王国に行って『特別な歌』を歌っているらしいけど、正直それ以上のことは面倒くさくて覚えてないわ」
そもそも20年なんて気が長すぎる話だし、前回はローラだって生まれる前だ。
女王様の長ったらしい説明を適当に聞き流していたことを悪びれもせずに、ローラはナユタへと回答を提示した。
あと、「特別な歌」は眠りに関する歌詞が多く、ぶっちゃけて言うと子守歌にしか見えないのだ。
なんで人魚である私がカワウソたちの子守歌なんて歌わないといけないのよ、なんて本音をローラは隠しもせずに話した。
なお、真面目な話になかなか入って来られない夏海まなつは、床にブチ転がされている星奈ひかるの口へと、半分に割ったドーナツを差し込んでいたりして。
はいアーン、なんてやり取りは……そこだけ切り取ってみると妙に平和的な場面である。
たぶん夏海まなつは、水族館の動物に餌をやる飼育員の動きを、無意識のうちにトレースしていると思われる。
「このまま私達が、少人数でもカワウソ王国っていう所の様子を見に行っちゃダメかな?
カワウソ王国でメガビョーゲンみたいなのが育っているなら、早めに御手当てした方が良いし……」
「バテテモーダ君の目的が何かの時間稼ぎっていう線は有り得るね。アタシとしても、のどかちゃんの案に賛成だよ」
まぁ、今のところ怪人メガビョーゲンが現れる気配は無いらしいが。
というのも、のどか達が連れている子犬のラテ様は、ビョーゲンズに感染した患者が近くに居ると、体調が悪くなってクシャミをするそうなのだ。
その状況でヒープリ組の標準装備している聴診器をラテ様にあてると、「○○さんが泣いているラテ……!」という感じで感染者に関するヒントを聞き出せるらしい。
今は特にラテ様がクシャミをしていないので、少なくとも近くには患者は居ないという事だ。
「まぁ、さんご達もヒーリングっどプリキュアの皆を探してすぐに登ってくるでしょう! 私達はカワウソ王国を目指すわよ!」
「「おー!」」
何はともあれ。
次期人魚女王ローラの、鶴の一声によって、下僕のニンゲン達4名は川沿いを歩いて登ることにしたのだった。
……返事だけは良い2名が、作戦会議を聞いていなさそうなのが、若干の不安要素だが。
で、川沿いを人間4人と妖精3名で山登りをすることになった訳だ。
ローラはアクアポットに収納されて運ばれているし、ヒーリングアニマルは小さいので、遠目に見ると人間4名だけで山登りをしているような絵面である。
そうすると、何が起こるか。
「カワウソって、私も見るの初めてなんだ! タヌキみたいに人を化かす妖怪だって言われてるんだよ!」
「早く見てみたーい! ひょっこり川から出てこないかなー!」
前を歩いている星奈ひかると夏海まなつは、身体能力に恵まれていて体力が有り余っているタイプの人間だ。
UMAが好きな星奈ひかるは、未だ見ぬカワウソに心を躍らせているし、夏海まなつも一緒になってはしゃいでいる。
悪路も全く気にせず、ハイテンションな2人はグングンと足を進めることが出来た。
「ぜぇっ、ぜぇっ……」
「ナユタちゃん、大丈夫?」
「のどかは出会った頃は体力が無かったけど、この子も変わらないぐらい弱いラビ……」
「ワフゥ……」
やっぱりこうなるよね……。
フィジカルが弱い春日部ナユタは、案の定一番に息を切らせていた。
脂汗をかいて、今にもブッ倒れそうな顔をしている。
元々体格的に全く恵まれていないうえに、運動の習慣もないのだから、こうなるのも道理だった。
足場の悪い山道は普段以上に体力を消耗させるという事情もあるが、それにしてもナユタは虚弱すぎた。
花寺のどかに励まされつつ、なんとか春日部ナユタはキリが良いところまで山登りを成功させたのであった……。
ところで、川沿いを登る一同が「キリが良い」と判断する要素といえば?
「デッカい! 映画のロケ地とかになってそう!」
「あそこ、虹が見えるよ! すっごくトロピカってるー!!」
立派なダムが、一同の行く手を遮っていた。
絵に描いたような巨大ダムで、特撮ヒーローが戦っていそうな場所である。*3
ダムの上部から放水中で、それを見上げている御一行からは綺麗な虹を見ることが出来た。
川沿いを登っていたらダムにたどり着くのは不思議ではないものの、迂回するとなると面倒である。
「おかしいわね……。女王様に貰った地図によると、このすぐ上流にカワウソ王国があるはずなんだけど……」
嘘だろ、オイ……。
アクアポットから出てきたローラが人間たちへと地図を見せてくれたが、その言葉に偽りは無いらしい。
地図を詳しく見ても、儀式用の社のような記号が書いてあるのは、広大なダム湖の底だ。
つまり、カワウソ王国は……ダムの底に沈んだということだ。
ローラは愕然としているし、ナユタは疲労も相まって死にそうな顔をしている!
のどかもそんなに体力に余裕がある訳では無いので、ナユタと一緒に一休みすることにしたのだった。
はしゃぎながら水遊びをしている2人の体力っておかしいな、なんて思いつつ……。
……なのだが、ダムの上部から巨大な生物が落ちてきたではありませんか。
盛大に水しぶきをあげながら着地したソイツは……細長い身体に4足を生やしたイタチ科らしき生物だった。
全高7メートルにも及ぶ化物カワウソが、敵意をむき出しにしながら現れたのである。
ギザギザの牙を見せつけながら、巨大カワウソは仁王立ちで殺意を撒き散らしていた。
「待って、あなた多分カワウソの王様よね!? 私、人魚の女王様の使いで来たの! 敵じゃないわ!」
「黙れッ! 我らの故郷を滅ぼした人間たちの手先めッ! 我らの苦しみと怒りを思い知らせてくれるッ!」
やっぱり、カワウソ王国のあったところに人間がダムを建ててしまったということらしい。
怒り心頭な様子の巨大カワウソは、説得が通じるような相手には見えない。
星奈ひかる達3名は、即座にプリキュアへと変身して巨大カワウソへと立ち向かった!
「
「「重なる二つの花! キュアグレース!(ラビ!)」」
「ときめく常夏! キュアサマー!」
「「まなつちゃん、プリキュアだったの??」」
「あれ、言ってなかったっけ? そういえばグレースと前に会った時は、変身前の姿は見せてなかったかも?」
そんな御約束な流れを挟みつつ、力の由来も経緯もバラバラの即席プリキュアトリオの結成である。
プリキュア達へと、女子中学生の4倍以上の体躯を誇る化物カワウソが襲い掛かった。
なお、戦闘が始まる直前に、非戦闘員のナユタやローラは付近の茂みに逃げ込んだ。
星型のバリアを空中に張って跳び回りながら、キュアスターは立体的な軌道を描いて巨大カワウソに殴り掛かった。
キュアグレースは、どちらかというと中距離攻撃が得意な様子で、ラビリンを変形させたロッドで光線を放って攻撃している。
キュアサマーは前者二人ほど器用に動けないようだが、地上を走り回りつつ隙を見て蹴りかかる方針らしい。
そんなプリキュアたちの反撃を、巨大カワウソは長い尻尾を振り回したり、爪を伸ばして振るったりしながら打ち消していた。
物陰に隠れつつ、ローラ達は戦いの様子を窺った。
非戦闘員組は、固まって付近の茂みに隠れているのだ。
「押されているでプルンス……!」
「え? 今の声、どこから……?」
ローラの耳は、今まで聞いたことのない声を捉えた。
声の聞こえた方向を見ると、ナユタの背負っている水色のリュックが声を発している。
というか、よく見ると顔がついており、クラゲのような生命体であることが窺えた。
ナユタのリュックは、見る間に宙へと浮かび上がって、本来の姿を現した。
全長40センチほどのクラゲのような宇宙人、プルンスだった。
今までずっと、リュックのフリをしていたらしい。
まぁそれはともかく、プルンスの見立てた通り、プリキュア達は押されている様子だった。
単純な身体スペックで負けているのは言うまでもないが、力の相性の問題もある。
そもそも土着妖怪っぽい巨大カワウソには、いわゆるプリキュアの「浄化技」が効かない可能性が高いという難題があるのだ。
グレースのヒーリングフラワーは十中八九効かないだろうし、サマーにしてもかなり怪しい。
強いて言うなら、シールドを殴って飛ばすだけのスターパンチなら効くかもしれない、というレベルだ。
ゴリ押しに次ぐゴリ押しで、プリキュア達は劣勢に立たされていた。
空中を飛び回っていたキュアスターが叩き落され、盛大に水飛沫をあげながら川へと突っ込んだ。
サマーも突撃しては尻尾で薙ぎ払われるパターンに嵌ってしまっていた。
シールドと中距離攻撃で手堅く戦っているグレースも、決定打が無くて困っている模様。
「やめるラビ! 話を聞いて欲しいラビ!!」
「そんなものを聞いても、我らの王国は戻らんッ!!」
そして何よりキツいのが、文脈的な問題である。
プリキュアが腕力だけで殴り倒して良い敵ではない、というのが困りものなのだ。
大抵のプリキュアチームには、故郷を壊滅させられた経歴を持つメンバーが居るというのもあって、この手の敵を相手にするとプリキュアは闘いづらいのだ。
この巨大カワウソに対して心に裏打ちされた言葉を返せない状況では、プリキュアの攻撃は通りにくい。
もっとメタ的に言ってしまえば、それはプリキュアという番組の文法上、やっちゃいけないのだ。
相手に対して明確に自分のスタンスを打ち出してこそ、初めてプリキュアのパンチは有効打となる。
それは、相手を殺す場合でも救う場合でも変わらない。*4
……なのだが、そんな文脈とか文法とかなんて知ったこっちゃねぇ、と言わんばかりの悪魔的な人間も居たりする。
お馴染みの性格が悪い女科学者、春日部ナユタさんである。
非戦闘員たちが身を隠している茂みの中で。
胡散臭い笑顔をキープしながら、ナユタは非戦闘員組へと語りかけた。
懐からアイワーンの発明品であるダークペンを取り出しつつ、ラテ様やプルンスへ……というよりも主にローラへと提案を投げかけた。
「実は、このダークペンという代物を使うと、三人一組で合体してノットリガーという巨大戦力になれるんだ。頼むよ、ローラちゃん?」
「はぁ? なんで人魚であるこの私が、ニンゲンなんかと合体しなくちゃいけないのよ? そんなのイヤよ!」
ローラ氏、露骨に不快そうに唇を尖らせつつの全力拒否である。
自分に正直なローラの生き方は、ある意味美徳だと言えるのかもしれない。
まぁ、文句が出たとしてもナユタとしては困らないのだ。
なんせ、この場の非戦闘員はナユタとローラの他にも、ラテ様とプルンスが居るのだから。
「アタシと合体が嫌なら仕方ない。プルンス君とラテ君とローラちゃんで行ってもらおう! 歪んだイマジネーションを塗りつぶせ!!」
「ワフゥッ!!?」
「知ってたでプルンス」
「なっ、何言ってるの!? こんな犬や触手と合体だなんて、絶対にイヤああああああああっ!!!?」
ローラの悲鳴も虚しく。
あおぞら市の山中に……新たな巨大怪物体が生み出されようとしていた。
「ノットリガー!!」
巨大カワウソの殺意に満ち溢れた爪や牙に晒されてボロボロになりながら、即席プリキュアトリオは悪戦苦闘していた。
故郷を滅ぼされた悲しみと怒りから人間を敵視するカワウソの王様を、どうやって止めれば良いのか。
そんな怒り狂う巨大カワウソに対して……同じぐらいに巨大な何かが、体当たりをブチかましていた。
「うわああああああん!!」
「な、なんだこのバケモノはッ!? ぐああああッ!?」
傷だらけのプリキュアたちを救ったのは、巨大カワウソと同等のサイズの怪異だった。
直径2メートルほどの人面を持ち、首下はピンクの触手が無数に生えている。
頭部から生えた長髪もピンクであり、その毛先も触手になっている、冒涜的な巨大邪神的生命体である。
「ローラ……? まさか、ローラなの……!?」
「え? さっきのキラやばーな人魚さん?」
「そんな、誰がこんな酷いことを!?」
「惨いラビ!!」
首から下の構造や、頭部のサイズも違うが……キュアサマーはそのクトゥルフ感のある生命体の顔を見てローラだと判断した。
よく見ると、ピンクの髪触手の付け根には若干の赤紫が混ざっており、元のローラの頭髪に近い色と言えないことも無い。
キュアスターとキュアグレース達は、ローラのあんまりな姿にドン引きしてSAN値を削られている!
これは酷い……。
名状しがたい大邪神のような姿になったローラは、涙を流しながら触手をうねらせた。
涙を流しているのに、どこかギャグ顔に見えるのは……ローラの人徳の為せる業なのかもしれない。
巨大カワウソは、なんとかダウンから起き上がって、ファイティングポーズをとりながら触手ローラの出方を窺っているようだった。
「ぐすんっ、まなつ……! 私、こんな姿になっちゃったよぉ……。
お願い、私のこと、ひぐっ、もう一度『可愛い』って、『トロピカってる』って言って……!
そうしたら私、いつもみたいにオーライって言って、もう少しだけ頑張れるからぁ……ずびっ!」
大邪神ローラは、声も野太くなっていた。
頭部の大きさが違うせいで普段の高い声が出ないのは、構造的に仕方がない……。
というか、首から下には大量の触手しか存在しないはずなのだが、一体どうやって声帯の機能を補っているのだろうか?
涙を流しながらキュアサマーへと懇願する触手邪神ローラの図は、春映画枠で本当に映像化したら劇場で泣きだす子供たちが出そうである。
SAN値チェックのダイスを振らなくちゃ……!
「わたし、ろーらのこと、とってもかわいくて、とろぴかっていると、おもいましゅ!」
棒読みなうえに、最後で台詞を噛んだキュアサマー。
ローラの現状を直視しきれずに、サマーは途中から目を逸らしていた。
他2名のプリキュア達は無言で悟った。
やっぱりキュアサマーって嘘が苦手なタイプだったんだね、と。
「うがああああああああああああっ!!」
「人間の手先になるだけでは飽き足らず、ついに人魚としての形も失ったかッ!!」
大邪神ローラは、口から破壊光線を吐きながら暴れまわった。お前はどこに向かっているんだローラ。
そんなローラを迎え撃つべく、巨大カワウソは口から水流弾を発射して対抗した。
もはや怪獣映画の領域である。
大邪神ローラが無数の触手を伸ばして巨大カワウソへと組みかかり、爪による反撃で触手を切り裂かれた。
切り裂かれた触手は何事も無かったかのように根元から再生し、触手魔神ローラは地獄のようなゾンビアタックを繰り出した。
辺り一面に散らばったピンクの肉片は、消えることなくその場で元気にビチャビチャと跳ね回っている。
地味にSAN値が試される光景である。
「れれれれ冷静になるラビっ!! 地面に落ちているミラクルライトを拾って応援するラビ!!」
「ラビリンの目には、あの肉片が何に見えてるのっ!? ラビリンこそ正気を取り戻して!?」
そんな冒涜的なミラクルライトは嫌だ……。
ラビリン氏は、SAN値チェックの出目が悪かったらしく、錯乱状態に陥っているようだ。
あたふたしているグレースとラビリン。
平常心を失っている1人と1匹を尻目に、誰よりも早く冷静さを取り戻したのは、キュアスターだった。
キュアスターは、大邪神ローラが出現した方向を見た。
すると、こっそり怪獣大決戦を見学している春日部ナユタの姿が目に入った!
浅からぬ縁があるスターとナユタは、目と目で一瞬の意思疎通を行った。
Q:質問いいかな? プルンスとラテちゃん、どこ行った?
A:君のような勘の良いガキは嫌いだよ。
おおよそ、そんな感じのやりとりをアイコンタクトだけで済ませて……次の瞬間にはナユタの視界からスターの姿が消えた。
キュアスターは、何も言わずに春日部ナユタに駆け寄った。
運動神経が低すぎるナユタは、スターの動きに全く対応できず、そのま背後をとられて羽交い絞めにされた。
「ねぇ、ナユタちゃん。怒らないから、何が起こったのか正直に話して?」
「ローラちゃんが、アタシたちを守るために選択した姿だ。もはやアレはプリキュアだよ。キュアローラと呼んであげるべきだ」(キリッ)
シリアス顔で言い放ったナユタの言葉を聞いて、スターは大分イラッとした。
人を見た目だけで判断するのも良くないが、さすがにあんな冒涜的な生命体をプリキュアと呼ぶのは抵抗があり過ぎる。
というか、本人泣くぐらい嫌がってるように見えたけど??
「なーに、視点を変えれば世界が変わる! アレが人魚だっていう先入観を捨てるんだ。新種の大妖怪だって考えればさ、キラやばーって感じがしてこないかなー?」
さらっとローラのアイデンティティを全否定するのは、やめてさしあげろ!
春日部ナユタと付き合いの長いキュアスターは、もはやナユタの口車になど乗らなかった。
幸いにして、こういう時に便利なアイテムもあるのだから、活用するに限る。
「グレース! 他人の心が読める聴診器って持ってたよね! ナユタちゃんに使って!」
「えっ、あ、うん! そっちに行くよ!」
スターの物言わせぬ圧をまとった声によって、グレースが呼び寄せられた。
まだ大邪神ローラから受けたショックが抜けきっていないグレースは、言われるがままに聴診器を取り出した。
だが……そこへ、ナユタは落ち着いた声で語り始めた。
諭すような口ぶりで、ゆっくりと教訓めいた内容を話し始めたのだ。
「のどかちゃん、待ってほしい。
人間の心の中を覗くっていうのは、どんな科学でも超えちゃいけない一線だ。
それを一度でもやってしまったら、のどかちゃんの今後の人生においても、その選択肢が常に付きまとうよ。
他人の言葉を聞くたびに、その真偽を確かめたくなるんだ。
そうやって他人の心の中を暴くのが当たり前になっていく自分自身の一生を想像してごらん。
きっと、どこかで心が壊れてしまうよ。
だから、今が分水嶺だ。
ここで一線を越えちゃいけない。
その聴診器を人間に使うのだけは、やっちゃいけないんだ」
ナユタの真面目な説法を聞いて、グレースは思わず手を止めてしまっていた。
確かに春日部ナユタの言う通りかもしれない、と思ってしまったのだ。
落ち着いた口調で、真摯な雰囲気で連ねられた言葉は、不思議な説得力を持つように思えた。
真面目なイイ子ほど、この手の教訓めいた話が心に効きやすいのである。
だが、ナユタを羽交い絞めにしているスターは、白い目をナユタへ向けていた!
「こういう風にナユタちゃんが道徳とかモラルとかに訴えかける時は、だいたい後ろめたいことを隠してる時だから! 迷わずやっちゃって、グレース!」
「そうラビ! のどかの人の好さに付け入るのを止めるラビ!」
「ええっ!? 今その子、人生において大切なことを説いている雰囲気じゃなかった!?」
グレースは、盛大に迷ってアワアワしている!
なんというか、何も知らない人がエボルト語録を読むと、半分ぐらいは真っ当な事を言っているように感じるのと同じ理屈である。
どちらかというと対人経験に乏しいグレースは、踏ん切りが付けられなかった。
安易に他人の心の中に土足で踏み込むのは良くない、というのは確かにその通りなのだ。
「はいはいはーいっ! 面白そうだし、やってみる! 借りるよグレース!」
それと対照的に……思ったら即行動してしまうキュアサマーの動きは速かった!
グレースが止める暇も無く、サマーは聴診器を勝手に借りた!
考える前に動くタイプは、ある意味でナユタの天敵なのだ。
やめろこのキラやば星人2号がぁっ、なんて罵声だか愛称だか分からない抗議を聞き流しつつ、サマーは聴診器をナユタへと当てた!
「自分から志願してノットリガーになったローラの覚悟に、全米さんが泣いているラテ……!」(裏声)
『ローラちゃんの隙をついてノットリニティを作ろうとしたんだけど、一緒に素体にしようとしたラテ君に逃げられたのは完全に誤算だったなぁ……』
春日部ナユタの心の声を聞きだしたサマーは、頭に血がのぼった。
ローラをあんな酷い姿にするなんて許せない。
触手の怪物になってしまったローラを元に戻せ、とサマーはナユタへと叫ぼうとした。
だが……ゾクリと背筋に寒気を感じた。
恐怖を感じているのはスターやナユタも同様だった。
「ふぅん、そっか……。ローラちゃんとラテを、そんなふうに利用するつもりだったんだ……?」
グレースが、笑顔をキープしていた。
だが喜んでいる訳ではないことは、誰が見ても明らかだった。
胸の前で拳を震わせているグレースの笑顔が何を意味するのか、分からない人間なんていないだろう。
「ナユタちゃん……ちょっと、正座しよっか?」
「す、すみませんでしたぁーっ!!」
ナユタは土下座した。
そうしなければ殴られる気がした。
グレースの視界に入らないような位置で、スターとサマーは抱き合って震え上がっていた……。
普段おとなしい子ほど、キレさせると怖い。
この後めちゃくちゃ説教された。
一方、妖怪大戦争を繰り広げていた触手ローラと巨大カワウソはといえば。
大邪神ローラは再生能力を活かして、触手の先端を切除してミサイルのように発射し、弾幕を形成していた。
絶え間ない連続攻撃によって、戦況は触手魔神ローラの方へと傾きつつあった。
こんなものがキュアローラであってたまるか。
「ぜぇっ、ひぃっ! 国王様ァ!」
だがここで、バテテモーダ氏がまさかの帰還である。
必死の形相で巨大カワウソのもとまで帰ってきたバテテモーダは、10人のプリキュアに追われて、まさしく窮鼠だった。
先ほど下流に流されていったヒープリの3名だけにとどまらず、明らかにプリキュアの人数が多い。
ヒープリとトロプリの面々に加えて、ひかるの捜索に来たであろうスタプリの4人までもがビーバー狩りに参加している模様。
むしろ生き残っているだけでも奇跡だろうというレベルの戦力差だった。
あとトロプリの3名に関しては、先輩たちと一緒に困難を乗り越えてプリキュアとして大切な何かを学んで来たような顔をしている!
春のプリキュア新人研修には有りがちなことである!
春映画時空なら仕方ない!
「国王様っ! ダムを破壊して一発逆転ッス!」
「ビーバーがダム破壊を目論むなっ!」
「ギャアアアアッ!!?」
汗水たらして叫んだバテテモーダの背中に、キュアソレイユが渾身の
ビーバーが本能的にダムを作る生物だということを知っていて初めて繰り出せる、キレッキレなツッコミである。
スタプリチームのツッコミを一手に担うソレイユの面目躍如と言えるだろう。
「ダムの中に何かあるペエ!」
「「キュアスキャン!」」
「大変よ! ダム湖の底に大量のナノビョーゲンが培養されているわ!」
バテテモーダの叫び声から大まかな事情を察したフォンテーヌとペギタンが、ダムへとキュアスキャンを試みたところ……驚愕の事実が明らかになった。
ダム湖の底に、ひそかに大量の殺人ウイルスが培養されていたのだ。
つまり、ダムを破壊したら本当に大惨事である。
大量の殺人ウイルスが河川へと流れ込んだら下流域は死の大地と化すだろうし、ダム破壊の余波で大量のナノビョーゲンを浴びたら、プリキュアはともかく非戦闘員組は即死する危険すらある。
「まだ増やす予定だったが、やむを得ん! 破ァッ!!」
「させるかぁ!」
巨大カワウソは、先ほどの意趣返しとばかりに口から破壊光線を放ってダムを攻撃した。
触手生物とは思えぬ機敏な動きでダムを守るための肉盾になった大邪神ローラだったが……すこしだけ持ちこたえた後に後頭部からダムへ叩きつけられてしまっていた。
そのまま、大邪神ローラはピンクの肉片を撒き散らしながら爆散した。
大邪神の頭部から放り出された人魚を目ざとく見つけたキュアサマーが、ローラをキャッチしに行っていたりして。
「まなつ……! 私のっ、私の尾ひれ、ついてるわよね……!」
「ついてるよ! 可愛くてトロピカってるよ、ローラっ!!」
涙ながらに抱きあって無事を喜びあっている二人の姿は、掛け値なく美しいもので。
こんな緊急事態でなければ、プリキュア一同で貰い泣きをしながら無事を喜んでいたところだろう。
なお、大邪神の惨劇を生み出した邪悪な女科学者に関しては考慮しないものとする。
ウルっとしたし、勝手にノットリガーの素材に使って悪いなぁ、とも思っているはずだ。
「プルンス……またナユタに都合よく利用されたニャン?」
「推しの腕に抱かれて死ぬなら本望でプルンス……。ガクッ」
一方のプルンスは、キュアコスモによって抱きとめられていた。
いかにも死ぬ間際のような口ぶりのプルンスだが、「ガクッ」は口で言っているので、たぶん割と余裕がある。
コスモはそんなプルンスの様子に呆れながらも、どこか好意的な目を向けている様子だった。
……のだが、事態は感動の再会を許してはくれなかった。
先程の攻撃によって巨大ダムに入ったヒビが、広がっていく。
アリの穴から堤が壊れるなんて話があるように、小さな亀裂が大きな決壊を招くことはあるのだ。
巨大ダムが決壊して、中から大量のナノビョーゲンが流れ出した……!
やったか、と言わんばかりの顔で勝利を誇るバテテモーダ。
ところがそのドヤ顔も10秒も経たずに驚愕に染まることとなる。
「我に力の全てをささげよ、ナノビョーゲンッ!」
「ナノビョーゲンを飲み干しているだとぉ!? バカな、そんなことが出来る生物なんて居るわきゃねぇぞ!?」
おそらく、バテテモーダのプランでは殺人ウイルスを下流域に撒き散らすはずだったのだろう。
だが巨大カワウソは、ダムから溢れ出したナノビョーゲンを、物理法則を無視した動きで口から吸入した。
加えてバテテモーダまでもが一緒に吸い込まれ、巨大カワウソの口の中へと消えていった。
あくまで怒りの対象は人間であり、他の生き物への被害は最小限に抑えるスタンスなのだと思われる。
ダム湖の底に培養されていた大量のナノビョーゲンとバテテモーダを吸い尽くしたカワウソの王様は、さらなる巨大化を開始した。
もはやその全長はダムをも超え、40メートル以上の巨躯へと肥大化した。
蹂躙が、始まった。
40メートルを超える体躯から繰り出される攻撃は、天災そのもので。
地を砕き、水を割りながらの……超絶巨大カワウソの進撃は、もはやプリキュアの力など歯牙にもかけなかった。
ミルキーやコーラルの張ったバリアは、一撃で粉砕された。
セレーネやアースの遠距離攻撃も、まったく通じていない。
もはやプリキュアたちは、殺されないようにするだけで精一杯だった。
勝てない。
口にこそ出さないものの、焦燥が徐々に心を蝕んだ。
諦めちゃいけない、と自分自身に言い聞かせながら何とか誤魔化して戦っている。
必死に食い下がる13人のプリキュアは、チーム技を織り交ぜながらも懸命に戦った。
イマジネーションを一つにしても、ヒーリングっどアローを使っても、なお戦いは続いた。
苦戦しているプリキュア達を遠目に見ながら。
ナユタは非戦闘員の一同と一緒に隠れつつ、必死に考えを巡らせていた。
何かが、引っかかるのだ。
――20年ごとに人魚の女王様がカワウソ王国に行って『特別な歌』を歌っているらしいけど、正直それ以上のことは面倒くさくて覚えてないわ。
――おかしいわね……。女王様に貰った地図によると、このすぐ上流にカワウソ王国があるはずなんだけど……
20年というのは、大型ダムが建造されるための年月としては、それほど奇妙ではない。
前回人魚の王女様が来たときには、まだダムが存在しなかったと考えれば、決定的に不自然だとは言えない。
――俺をカワウソ王国のファミリーが拾ってくれた!
カワウソ王国の住人達がバテテモーダを拾ったのは、ダムの底でナノビョーゲンを培養させるためだった。
大量に培養したナノビョーゲンを取り込んで超絶巨大カワウソが完成したのだから、これも別に不自然なところはない。
――ナノビョーゲンを飲み干しているだとぉ!? バカな、そんなことが出来る生物なんて居るわきゃねぇぞ!?
待てよ……?
バテテモーダも言っていたが、そもそもトン単位のナノビョーゲンを飲み干して無事で居られるなんてことは、本当にあるのか?
何かタネがありそうだ、とナユタは思った。
しかし、そこまでだった。
何かが妙だ、という気味の悪い感覚はあるのに、ナユタは正解まで辿り着けない。
重要なピースが足りなくてパズルが完成しない、みたいな。
決定的な見落としが何処かにあるせいで答えに辿り着けないのだ、という気がした。
ヒープリのチーム技が終わって、子犬のラテ様が元気よく走って非戦闘員の方へ合流してきた。
ナユタに対して妙に警戒心が強い様子なのが、まことに遺憾である。
気怠そうに横倒しになっている人魚の陰に隠れて、ラテ様はナユタに対して訝し気な視線を返してきている。
ノットリガー化は未遂で終わったというのに……。
――全米さんが泣いているラテ……!
……と、ここでナユタは、欠けていたパズルのピースが一つだけ埋まったように思った。
ラテ様が元気よく走っている、というのが妙なのだ。
ビョーゲンズの感染者が近くに居たら、ラテ様は体調を崩してクシャミをするはずではないのか?
数トンにも及ぶ量のナノビョーゲンを摂取しているカワウソの王様が近くに居るのに、どうしてラテ様は全く反応しない……?
「……そういう事か?」
ここまで考えて、ようやくナユタは最後のピースの正体に見当がついた。
おそらく、未来人の春日部ナユタだからこそ、結論に行き着くのが遅れてしまったのではなかろうか?
思い起こしてみれば……これだけの大所帯にもかかわらず、誰もカワウソの実物を見たことが無かったというのも、ヒントに成りえたはずだ。
ナユタは、走り回っているプリキュア達の中から、セレーネを呼び出した。
大分疲れている様子のセレーネだったが、ナユタに頼られて、何だか嬉しそうに思えた。
「あのさ。カワウソってアタシの時代だと絶滅動物なんだけど、この令和初頭でも絶滅してから既に相当経ってたりする?」
「ニホンカワウソのことでしょうか。それでしたら、絶滅が宣言されたのは平成に入ってからですけれども、目撃情報自体は40年ほど前から途絶えていると聞いています」
なんでそんな事知ってるの? というレベルの案件だが。
教養深い香久矢家の御令嬢は、すらすらと情報を答えてくれた。
礼を述べたナユタに対して微笑を返しつつ、セレーネは戦場へと戻っていった。
40年という数字は……いかにも、という感じだ。
やはり、そういうことか。
「ちょっと、そこのニンゲン! 自分だけで納得してないで、早く何とかしなさい!」
「おっと、ちょうど良い。ローラちゃんには人魚の御勤めを果たしてきてもらおうか! 女王様の地図は正しかったみたいだよー?」
ナユタの言葉の意味を、人魚のローラは理解しかねているらしかった。
この分だと本当にローラは「特別な歌」の意味も理解していないんだろうなぁ、なんてナユタは思った。
ロケットの中で事情を聞いた時にも、何のための任務なのか分かっていない様子だった訳だし。
「結論から言うとさ。ローラちゃんが歌う予定の『特別な歌』の正体は鎮魂歌だ」
「ちんこんか……? 何よそれ? ただの子守歌じゃないの?」
たぶん、歌詞に眠りとか安息とかみたいな単語が多く含まれているのだろう。
ローラは、「特別な歌」を子守歌だと認識しているらしかった。
子守歌は生きている者を一時的な眠りへと誘うためのものであって、鎮魂歌とは根本的に性質が違う。
「最初は、カワウソ王国の住人のことを……人魚と同じく土着妖怪だと思ってたんだ。でも、どうやら違ったみたいなんだよね」
「……ニンゲン。今は非常時だから聞き流すけど、次に人魚を妖怪って言ったらグランオーシャンの藻屑にするわよ?」
40年以上前には、土着妖怪としてのカワウソたちが山中に住んでいたのだろう。
だが、セレーネの情報によると、この国のカワウソたちは既に絶滅してしまっている。
ならば……今現在プリキュア達を蹂躙している超絶巨大カワウソは、いったい何者だ?
「アタシが知っている怪物で言うと、あの王様はイマジネーションの暴走体に近い存在だと思う。少なくとも、真っ当に生命活動をしているとは思えない」
代謝や呼吸といった、おおよそ生物と呼べる存在が行っている生命活動を、カワウソ怪獣は全く行っていないのだろう。
だからこそ、トン単位のナノビョーゲンを飲み干すなんて無茶が出来てしまう。
そしてナノビョーゲンが蝕める存在ではないから、ラテ様もクシャミをしなかった。
いわば……死者のイマジネーションだ。
既に肉体は滅んでいるのに、怒りや悲しみのイマジネーションだけが残り続けてしまっている状態なのだ。
ナユタは、その辺りの状況から導き出された仮説をローラに説明してやった。
「そんな行き場のない感情を抱えた死者の魂を鎮めるための歌が、人魚の『特別な歌』だ。地図に書かれていた社に行って、鎮魂歌を披露してきておくれ!」
「……それなんだけど、さっきの巨大化の疲労が酷くて一歩も歩けそうにないのよね」
人魚に一歩とか歩くとかいう概念あるの??
まぁ、そう言われればナユタとしても納得する面はあるが。
ローラに体力が余っていたら、さっきダークペンを使った件に関する報復を、ナユタは受けているはずだ。
今のローラは、まさしく「打ち上げられた魚」という言葉を連想させる体勢で横倒しになってしまっているが、元気だったら尾ひれでナユタにビンタぐらいしているだろう。
先程のローラの説明では儀式用に建てられた社があるらしいので、たぶんそれが鎮魂歌の効力を増幅する機能を備えている……とナユタは読んでいる。
その社はダム湖の中央付近にあり、巨大ダム直下に居るローラたちは何とかコンクリートの巨壁を超えたいところだが、それが難しいという状況だ。
ダム壁に入った大きな亀裂をみれば、人魚を単身で滝登りさせることが可能なように思えるが、肝心の人魚が体力を使い果たしてしまっている。
単独飛行能力を持っているキュアアースに運んでもらおうか、とナユタは一瞬だけ思った。
しかしプリキュア達の方を見ると、かなりピンチの様相だ。
みんな、気力だけで走り回っている。
先程セレーネが抜けてきた時にもギリギリの戦況だったが、今アースが抜けるとプリキュア側に死者が出そうであった。
なんとか、ローラをダム湖の中央付近まで運ぶ方法は無いだろうか?
ロケットの停泊地まで戻って、飛行するのが最速ルートか……?
「歌うなら、コレを使うルン!」
と思っていたら、ミルキーが何かを投擲してきた。
掌に収まるサイズの硬い物体がプリキュアの腕力にて投げられ、音を置き去りにする速度でローラの額に直撃した!!
のたうち回って、まるでマナ板の上の鯉みたいな音を立てて痛がっているローラを尻目に、ナユタは投擲された物体を手に取って確認した。
良い子のみんなは、ミラクルライトを超音速で投げたりしちゃ絶対駄目ルン! プリキュアとの約束ルン!(映画感)
「コレって……ユーマが居た時に手に入れたミラクルライトか。確かに、歌うんなら打ってつけだ! ナイス、ミルキー!」
ミルキーが投げてきたのは、ピンク色の手のひらサイズのライトだった。
かつて、スタプリの面々がスタードロップに歌を届けるために使った、思い出の一品である。
何とか人魚を起き上がらせつつ、ナユタはミラクルライトを人魚の手へと握らせた。
あとは、ミラクルライトが歌声の効力を増幅してくれると信じる他あるまい。
――眠れ 眠れ とわに 安らかに
ここで、ようやくローラが歌い始めた。
人魚の歌声に反応して、手元のミラクルライトは淡く発光している様子だった。
40メートル級だった超絶巨大カワウソが……少しだけ縮んだように思えた。
縮むペースがゆっくり過ぎて、心もとないのが少し気になるが……。
ここでナユタは、ダメで元々と思って、辺り一面に散らばるピンクの物体を拾って非戦闘員組に配ってやった。
仄かに暖かくて変な臭いがするのは、きっと気のせいだ。
ラテ様が後ずさったのも、絶対に気のせいである。
「何もしないよりはマシだ。とにかくプリキュアやローラちゃんを応援してみよう。なーに、心の綺麗な人には、ちゃんとミラクルライトに見えるハズだ!」
「ク、クゥン……!」(歴代のミラクルライトさんが泣いているラテ……!)
「ここまで来たら付き合うでプルンス!」
「応援するフワー!」
非戦闘員の皆は、快く賛同してくれた!
快く賛同してくれたに決まってるだろ!
心の綺麗な人には、ラテ様の表情もニッコニコに見えるはずだ!(大嘘)
……って、フワが居る?
いつの間に駆け付けたのだろうか。
先程まで居なかった一角獣妖精のフワが、いつの間にか合流している。
無垢な笑顔で、名状しがたいミラクルライトのような物体を振って応援しているフワの姿が、確かに見受けられた。
フワが来たならフワープで人魚をダム湖の底に送れば良いじゃん、と思ったナユタだったが……。
がんばれー! なんて声を張って一生懸命に応援している一同の姿を確認して、ナユタは何も気づかなかったことにして応援に参加したのだった。
まぁ、フワープも精度がそんなに高くないから、ローラに悲劇が起こって「ダム壁の中にいる!」みたいなことも起こりかねないし……。
絶妙にコントの神に愛されているローラだと、壁尻をかましてジタバタする羽目になるなんて事もありそうである。
「みんなー! ローラちゃんが鎮魂歌を披露するよー! しばらくは足止めに専念してくれれば十分だ!」
ナユタは、プリキュア達へ向けて叫んだ。
鎮魂歌と聞いて、プリキュアの面々はカワウソの王様の正体を察してくれた様子で。
少しずつだが、個人個人の動きに精細が戻り始めていた。
やはり、プリキュアの戦いにおいて重要なのは、相手に対するスタンスを固めることなのだ。
「私たちは、あなたの怒りや悲しみを想像でしか理解できないけど……」
スタートゥインクルプリキュアの面々は、瞳に確かな輝きを灯していた。
類まれなるイマジネーションで、相手のことを懸命に理解しようとしているのだ。
おそらくカワウソの王様は、スターたちが戦ってきた中の、どの敵とも違うタイプだ。
強いて言うならば、自身の星を守れなかったことにコンプレックスを抱いていたガルオウガが近いだろうか。
ガルオウガは破壊の先に自身らの新しい生活環境を築くというビジョンを持っており、復讐と八つ当たりは主目的ではなかったが、怒りや悲しみの方向性としては似通っているかもしれない。
「負けないために戦い続けることは、できる!」
スターの言葉に、グレースが続けた。
この星に生ける者同士、どうしても利害が一致せずに加害者や被害者になってしまうことはある。
けれど、結果的に相手を斃すことになってしまっても、自分たちが死なないために戦わなければならないことはある。
その戦いの果てに相手が死ぬかどうかは二の次で、まず自分たちが負けないために戦いぬくことを選んでも良いのだ、とグレースたちは理解しているのだろう。
「……私、分かんないよ。自分の『大事なもの』が、全部無くなっちゃった人の気持ちなんて」
だが……キュアサマーが吐き出した言葉が、トロピカルージュプリキュアの面々の心境を端的に言いあらわしていた。
状況に心が追いついていなかった。
王国も、仲間も、自らの命すらも、カワウソの王様は既に失っている。
そんな王様の、最後の最後に残った
どうしても、戦意が鈍る。
身体も、心も、足も、重い。
戦わなければ斃されると理解しつつも、サマーたちは膝をついてしまっていた。
どしゃり、という水音をサマーは背中越しに聞いた。
サマー自身よりも体が軽い者が、水浸しの地面に倒れた音だ、と思った。
「……私たち、ハイキングを楽しむために来たはずなのに、どうしてこんなことになっているの?」
コーラルの、いつも以上に控えめな声が耳に届いた。
弱音が、震えていた。
いったいコーラルがどんな顔で本音を零したのか、振り返らなくても分かる気がした。
でも。
なんだか、その本音がとても大切なことに思えた。
「そうだよ……! 今日のハイキングを楽しい思い出にしたい、っていうだけでも良いんだ。
私はさ。今日会えた皆とも一緒に、お昼ゴハン食べて、お喋りもいっぱいして、笑って記念写真を撮りたい。
それが大事だって言い切れるのが、今の私の精一杯だよ」
人間が悪いだとか、カワウソの王様が悲しそうだとか、山積みの問題への回答になっている訳ではない。
イチゴメロンパンの屋台に行ってマンゴー味を注文するのと同じぐらいに、文脈として成立していない。
だとしても……プリキュアになりたてのサマーの、身の丈一杯の回答がそれだった。
今のサマーの全力の答えが、心を響かせ、繋げる。
「……私も、せっかく宇宙人と会ったのに、ゆっくり話も出来ないまま終わるのはイヤかな」
「私は、さっき食べたドーナツのレシピが気になるぞ」
一人一人が気になっていることは、バラバラで。
しかし、それでも良いんだ、と不思議と思えた。
いつの間にか、誰の声からも涙の匂いが消えていた。
サマーは立ち上がって、目があった3人に向けて、ただ笑った。
3人分の笑顔が返ってきて、ただそれだけで、もう少しだけ踏ん張れる気がした。
誰からともなく、頷きあって。
自然と、お互いを鼓舞する掛け声が重なった。
「「「「今日も元気だ! トロピカルージュ・プリキュア!!」」」」
結局、ローラの鎮魂歌の影響でカワウソの王様が20メートルほどにまで縮んだところで、3チームの最大火力を叩きこんで。
ダウンした王様は、人間サイズ以下にまで縮んで、次第に身体の輪郭が薄れ……姿を消してしまった。
完全に消滅した訳では無さそうだが、今の一時だけは怒りを収めてくれた、ということだろうか。
たぶん、また20年後には人魚の鎮魂歌で怒りを鎮めてやる必要があるのだろう。
その時の人魚の女王がローラかどうかは……まぁ、今後の本人の頑張り次第だろうが。
変身と緊張を解いて、座り込んでしまった面々は……どこからともなく、腹の虫が鳴く音を耳にした。
複数の発生源から放たれた、平和的な音色を聞いて。
誰からともなく、少しずつの笑顔が広がっていった。
その後は、ララたちのロケットをダム近辺に運んできて、流れで昼食会が開催された。
トロプリ組の持参した弁当もあるが、他2チームの存在を考えれば、ロケットに積んである食料を使った方が良いという判断である。
レジャーシートを広げて腰をおろした面々は……ロケットから調理班が運び出してきた皿に、視線を吸い込まれた。
ナユタさん主導で、大量のタコ焼きが作られていった。
野外に置かれた大皿に、見る間に積み上げられていくタコ焼きを目の当たりにして、またまた至るところから腹の虫の鳴く音が聞こえた。
いただきます、なんて声が山彦のように連なった。
「春日部さん? この人数分のタコ焼きを焼き上げるには、ロケットに積んでいたタコ焼きプレートでは小さすぎませんでしたか?」
……その光景に疑問を持ったのは、香久矢まどかだった。
一応、星奈ひかるが家庭で使っていないタコ焼きプレートをロケットに持ち込んでいたのを、まどかは知っていた。
しかし、そのタコ焼きプレートは、あくまで家庭用サイズだ。
ロケット内から次々に運ばれてくるタコ焼きの作成スピードに関して、香久矢まどかは疑問を持った模様である。
「なーに、視点が変われば世界が変わる。1から10までタコ焼きプレートで作る必要は無い、って考えるんだ。手を貸してくれる子たちも居たから、役割分担したのさ」
まどかがロケットの中へと目をやると、タコ焼きプレートに調理箸を突っ込んでいる滝沢あすかと、油鍋の前に立つ沢泉ちゆの背中が見えた。
つまり、鉄製プレートでタコ焼きとしての最低限の形だけを形成して、その後は油鍋の方にタコ焼きを移してじっくり熱を通すという工程をとっているのだ。
こうすることで、タコ焼きプレートのスロットの少なさをカバーして、結果的に大量のタコ焼きを素早く作成しているらしい。
いわゆる揚げタコ焼きと、普通の鉄板タコ焼きの、折衷案的な調理法だと言える。
こういう時に大働きしそうなプルンスがノットリガー化の影響でぐったりしているので、ヒープリ組とトロプリ組から一人ずつ手を貸す流れになったのだろう。
「……あ
「そういう時は、遠慮しないで一度口から出しちゃった方が良いよ」
口の中を火傷して顔を真っ赤にしている涼村さんごを、天宮えれなが介抱していた。
水を用意してやって、落ち着いて飲むように促している様は手慣れ過ぎである。
天宮家の弟や妹が似たような失敗をしたときに、フォローした経験があるのだろう。
「あれ? もしかして、このタコって……??」
「のどか、どうしたラビ?」
一方、花寺のどかは気付いてはいけない何かに気づいてしまった。
具の食感はタコっぽいのだが、どことなく魚肉の風味を感じる気がしてしまって、食事の手をとめて周囲を見回していた。
能天気な顔をして幸せそうにタコ焼きを頬張っている平光ひなたと星奈ひかるの姿が目に入った。
オヨルン星人やフワは……まさか、この子たちが気付いているハズは無いので、気にしなくていいだろう。
ユニやニャトランやペギタンも、見た目からして魚が好きそうなメンツなので、当然のように無心でパクついている。
誰か、この疑念に気づいた人間はいないのか。
少しばかり冷や汗を流しながら、ふたたび花寺のどかが一同の様子を観察してみると……何となく、メガネの下で特に表情を動かさずにタコ焼きを咀嚼している一之瀬みのりが
一之瀬みのりは、花寺のどかの表情から言わんとするところを察してくれた様子で。
「……大丈夫。古今東西、
ちらりとローラの方を横目で見ながら、一之瀬みのりは花寺のどかの意図を汲み取った答えを返してくれた。
ノットリガーの素材的に、宇宙人の肉の方かもしれない……なんてツッコミどころもあるが。
ともかく、その可能性に気付いていながら迷いなくこのタコ焼きを食べられる一之瀬みのりってヤバい人なのでは、なんて失礼な疑問を飲み込んだ花寺のどかであった。
なお、狂人ランキングでぶっちぎりの最上位に居るのは、このタコ焼き作りを主導した人だ。誰だったかなぁ。
まぁヒープリの頭脳である沢泉ちゆが調理チームに居るのだから、
というか、実際に食べてみた感想としては、のどかとしても美味しいと思える味ではあったし、本能に訴えかけるような危険も感じなかったので。
ちなみに、のどかは気が回らなかったが、ラテ様もタコ焼きの具の正体に気づいていたりする。
犬は嗅覚が発達しているので、食べる前に全てを察した模様。
初めて見るタコ焼きを興味深そうに食べている風鈴あすみを、筆舌に尽くしがたい表情で見守るラテ様の姿があったのだとか……。
そんな愉快な面々へとタコ焼きの山を運びながら、ふと春日部ナユタは……夏海まなつが居ないことに気がついた。
何となく気になったナユタは、ラテ様に頼んで夏海まなつの匂いのする方向を教えてもらった。
ラテ様は、
とはいえ、まなつはそんなに遠くへ行った訳では無かったらしい。
まなつの発見場所は、ちょうどカワウソの王様の姿が消えた位置であった。
ナユタの方に背中を見せて、まなつは座り込んでいる様子だ。
地面に置いてある何かを観察しているのかな、なんて思いながらナユタは夏海まなつへと近づいた。
そうして、目と鼻の先まで近づいて、ようやくナユタは事情を察した。
座り込んでいる夏海まなつの正面にある小岩の上には、紙皿とタコ焼きが置かれていて。
タコ焼きには重力に逆らうような向きで2本の爪楊枝が立てられており、夏海まなつは黙祷している様子だった。
「……ちょっと変わってるけど、枕飯ってヤツかな」
枕飯には白米を使うのが一般的だろう。
しかし、ナユタは夏海まなつのイマジネーションを察した。
タコ焼きの上に突き立てられた2本の爪楊枝は、たぶん箸の代わりだ。
タコ焼きの枕飯なんてよく思い付いたもんだ、とナユタは少しだけ意外に思った。
ひょっとすると、島育ちの夏海まなつは……御近所さんの葬式に足を運ぶ機会が、都会っ子よりも多い人間だったのかもしれない。
それでも、この頭がトロピカってる新米プリキュアは確かに自分だけのイマジネーションを育んでいるのだ、と春日部ナユタは感じた。
「私、カワウソの王様に何をしてあげれば良いのか分からなかった。
だから、せめて……少しだけでもさ。
今の私の『大事』を分けてあげられたら、って思ったんだ」
「とっても、『キラやば』なイマジネーションだと思うよ。……おっと、ここは『トロピカってる』っていうトコロだったかも?」
相変わらずの胡散臭い笑顔のままで、春日部ナユタは言い直した。
悩める若者への、最大の賛辞として。
結局、カワウソの王様があと何年にわたって怒りを現世に残すのかは分からない。
20年どころか、200年後も人間を恨み続けていることだって有り得る。
どれだけの回数の鎮魂歌を聞けば、その無念が晴れる日が来るのか……それは、誰も知らないのだ。
珍妙な枕飯を見てカワウソの王様が何を思うのか、推測することだって難しい。
だが、夏海まなつ達が捻り出した答えもまた、輝く価値があるものだ。
疑うことなく……春日部ナユタは、そう思ったのであった。
「ま、そういうのは最後は生きてるヤツが食べるんだけどニャ!」
……なお、まなつが黙祷を終えて立ち上がろうとした瞬間に、最後のタコ焼きはニャトランによって奪取された模様。
ネコには有りがちなことである。
むしろ、まなつの黙祷が終わるまで待っていただけでも良心的だろう。
そんなことはともかく。
走り去るニャトランの行先を目で追った二人は、仲間達の明るい声が聞こえる方へと踵を返した。
道中では辛いこともあったけれど、ハイキングの最後に撮った写真の中では、全員が笑うことができたのだった。
・今回のNG大賞
ちゆ「アレを調理するのに初めは反対したけれど、ナユタさんの話を聞くうちに考えを改めたわ。『食べてないのに決めつけはナシ』って本当に良い言葉ね!」
真面目で聡明なはずの沢泉ちゆを容易く丸め込んだ春日部ナユタってやっぱりヤバい奴だな、と戦慄した花寺のどかであった……。