「この調整だと油の温度が少し上がり過ぎてしまうでプルンス」
「そういう拘りは嫌いじゃーない。さすが宇宙食栄養士ってとこだね」
ロケットの中で。
春日部ナユタは、クラゲ型異星人のプルンスと一緒にドーナツ製造機を改造していた。
体長40センチぐらいの青いクラゲのような外見のプルンスは……別に卑猥な生き物ではないのだ。
12星座のプリンセスに仕える一族の生まれで、プリンセスたちの指令で妖精フワを守っているのだとか。
「食料品に関しては任せるでプルンス。でもやっぱり、機械に関しては専門家の手が入るのは有難いでプルンス」
「まー、料理人と科学者は切っても切れない仲ではあるし、ドンと任せなされー」
スイーツは科学です、なんて伝説のパティシエの声が聞こえた気がするのは、さておき。
とりあえず一通りの調整を終えて。
ドーナツ製造機を起動し、試作品を作っていると。
「オヨー? いい匂いがするルンー?」
個人部屋から、腹ペコなオヨルン星人が現れた。
現在の時刻は15時ごろ。
昼食も消化してしまい、絶妙に小腹が空いているタイミングなのだろう。
いわゆる「3時のおやつ」の時間帯だ。
製造機の中では、ドーナツのタネが熱々の油へと投入されている真っ最中だった。
「試作品をお客さんに食べさせるのは、プルンスの美学に反するでプルンス」
「オヨ……」
確かに試作品が不味かったらショックだもんな、なんてナユタは思った。
ナユタだって、運用テストが終わっていない未完成品を勝手に持ち出されたら嫌だ。
食品専門家のプルンスと機械専門家のナユタの合作なので、そうそう不良品は生まれないと信じたいところだが。
というか。
「そろそろ、ひかるちゃん達とお出かけの時間っしょー? どうせ買い食いするプランなら、お腹を空かせたままで行くのはアリじゃーないかな?」
「もうそんな時間ルン? 行ってくるルン!」
「本場のスタードーナツを、お土産に頼むでプルンス!」
ウキウキ気分でロケットを出て行ったララの背中を見送りつつ。
ドーナツが煮えている様子を確認しながら、ナユタは思った。
やっぱりララたちの仲が深まるのを止めるのは難しいな、と。
今日のお出かけに関しても、一応釘は刺しておいたが、ナユタとしてはあまり効果は期待していなかった。
まぁ、ひかララの仲を妨害するのは、最悪の未来を回避するための手段の一つに過ぎないし、セカンドプランも無いわけではないが。
――ララはさー。プリキュアとしての戦いが終わったら、どうすんの?
――オヨ……? たぶん、サマーン星に帰って、スペースデブリの調査任務に戻るルン……。
今朝ナユタがロケットを訪れた時に、ナユタはララへと世間話がてら楔を打ってみたのだ。
質問を受けたララは、そんなことは考えていなかった、と言わんばかりの困り顔を見せた後で、憂鬱そうに答えた。
その後も少しばかり、地球人に入れ込み過ぎると別れるのが辛くなるぞ、みたいな助言を耳に放り込んでやったが……まぁ、あまり期待しないで待つのが良いだろう。
「そういえば、ナユタは……どうして、科学の道を進んだでプルンス?」
手持無沙汰になったプルンスが、世間話を振ってきた。
本当に、深い意味は無いのだろう。
ただ何となく、一緒にドーナツ製造機を改造した仲間意識からの質問に違いない。
「助けたい人達が居て、笑顔になって欲しい人達が居たんだ。アタシは、それだけだった」
21世紀後半の漆黒のネビュラガスに覆われた地球で育った春日部ナユタは、マスク無しには外出できない環境を経験している。
体調が悪そうに咳をしている人々だって、いくらでも見た。
そうした地球の環境を何とかしたい。
最初は、それだけだった。
そのはずなのに……。
「プルンスも同じでプルンス! 食べた人の健康と笑顔を、プルンスは守りたいでプルンス!」
料理人と科学者は、やはり通じ合うものがあるのかもしれない。
トライ&エラーを繰り返して成功の法則を地道に探り当てる作業は茨の道だが、成功すれば何よりも嬉しい。
前人未到の何かを発明すれば、やはり嬉しい。
そして、作ったものが誰かに喜んでもらえたら……もっと嬉しい。
プルンスは、気付かなかった。
二人の語ったビジョンに、決定的な差があったことに。
料理人は、未来の方を見つつ語った。
科学者は、過去形の語り口で話した。
それでも……共通する想いが嬉しいのは、お互いさまで。
「それに……命を賭けて戦っている皆のためなら、なおさらでプルンス」
「ああー、やっぱ、その辺りは気にしてたんだね? 地球でもドーナツは軍隊食に採用されてたりするし、効果は高いと思うよー?」
少しだけ、しんみりした顔をしながら……プルンスはプリキュア達に言ったことのない内心を吐露していた。
可愛くて笑顔を振りまいているイメージが強いプリキュアの面々ではあるが、楽しいだけではないことぐらい、プルンス達も分っているのだ。
やはり身体を張って戦っているのだから、ストレスは大きいに決まっている。
そうしたストレス対策の意味で、糖分が大量に入った食糧品は非常に高い効果を発揮すると言える。
それに、往路で食べたドーナツが最後の晩餐になるなんてことも、無いとは言えない。
年頃の子供たちを中心に人気がある、キラキラしたスイーツとしてのドーナツ。
地球でも戦場でのストレス緩和を目的に採用される、軍隊食としてのドーナツ。
その二つを同時に満たしているプリキュアの面々が、一種のシンボルのようにドーナツを食べているのは……何の因果だろう。
運命的というべきか、はたまた皮肉がきいているというべきか。
「揚がったでプルンス! 試食でプルンス!」
「気になるお味の方は……おっ、これは! かなり良い線いってるんじゃないかなー?」
ようやく出来上がった試作品のドーナツをかじりつつ。
二人は、顔を見合わせて笑った。
こういうのも……たまには、悪くない。
『あくいのオトモダチ』
第6話:幸せの味ルン
――ララはさー。プリキュアとしての戦いが終わったら、どうすんの?
――オヨ……? たぶん、サマーン星に帰って、スペースデブリの調査任務に戻るルン……。
午前中にロケットを訪れたナユタから、何気ない世間話のように尋ねられて。
ララは、今まで考えていなかったことを考えるようになった。
というよりも、無意識に考えるのを避けていたのかもしれない。
――ふむ。余計なお世話かもしれないけどね。あんまり地球人に入れ込むのも考え物だよ。別れる時に、辛くなるからね。
いつになく、真面目な顔をしている。
ナユタの様子から、ララはそう感じた。
ひょっとすると……ナユタにも、居たのかもしれない。
もう会えない、大切な人が。
ララは既に1か月半を地球で過ごした。
この先どれだけの期間をプリキュアとしての戦いに使うのかは……分からない。
そして、一緒に居れば居るだけ、地球人のことを好きになっていくかもしれない。
少なくとも、春日部ナユタはそう読んだからこそ、今のタイミングで釘を刺してきたのだろう。
――ララちゃんは、ララちゃんだよ。
裏表のない笑顔でララを肯定してくれた、星奈ひかる。
そんな初めての友達と、疎遠になるとすれば?
考えたくないが、いずれ来る未来だ。
これ以上、ひかる達を好きにならない方が良いのだろうか。
自分の心に線を引いて、これ以上踏み込ませないようにするべき……?
「ララ、どうしたの? なんか難しい顔してるよ?」
「ルン?」
ひかるの声で、ララは思考の渦から引き上げられた。
そうだった。
今日は、放課後の寄り道すらしたことのないという香久矢まどかを商店街に連れ回して、遊び倒す計画を実行する日で。
商店街でショッピングや買い食いを楽しんで、偶然合流した天宮家の子供たちと一緒に、街はずれの高台に登って、ちょうど良いベンチを発見したのだ。
観星町名物の穴が星形になっているオシャレなドーナツ……通称「スタードーナツ」を、皆で頬張っている最中だった。
「ララの考えてたこと、当ててあげよっか?」
「オヨっ!?」
突然のひかるの追及に、ララはテンパった。
極細の触覚をグニャグニャに歪めて、身体を強張らせてしまっていた。
ララ本人としては、そんなに考えていることが分かりやすい顔だとは思っていなかったりするのだが……。
「プルンス達へのお土産はある程度残したいけど、ララももっとドーナツ食べたい! って悩んでるよね?」
「それは、ひかるが思っていることルン!」
紙箱の中には、4つのスタードーナツが残っていた。
プルンスとナユタに2個ずつ渡すと考えたら、ギリギリの個数である。
バレちゃった、なんて言いながら明るく笑っている星奈ひかるを見ていると、心が温かくなるのを感じた。
ララの隙をついて、ひかるが紙箱に手を伸ばし、ドーナツを1つだけ抜き取った。
そのまま両手で、ドーナツを半分に割って。
はいコレで共犯だよ、なんて言いながら、ひかるはドーナツの片割れをララの口に差し込んでくれた。
「……幸せの味ルン」
「んぐ! スタードーナツは本当に、いつ食べてもキラやばだよねっ!」
こんなに幸せで良いのかと思うぐらい、幸せだった。
さっき食べたスタードーナツよりも、さらに美味しく感じた。
不思議な話だが、ひかるの人柄によるものなのかもしれないと思えた。
ふとララは、もう一つのベンチの方へと視線を向けた。
天宮えれなと香久矢まどかが二人で座っている方のベンチだ。
二人とも、まだ硬いところはあるが、それでも少しずつ打ち解けてきているように見えた。
先日のひかるの格好にも驚いたが、紹介された天宮えれなが既にプリキュアへと覚醒していたのには、本当に驚いたものだった。
経緯はよく分からなかったが、ひかるは凄い子だと改めてララは思い知らされた。
あの時の星奈ひかるの際どい恰好は、一体何だったのだろう……。
AIに聞いても全く分からなかった辺り、地球人おそるべし。ソンリッサおそるべしである。
「サマーン星に帰ったら、この幸せともお別れと思うと……上手く言えない気持ちになるルン」
もちろん、いつものコスモグミは好きだが、それはそれとして。
ナユタがいつになく真面目な顔で言っていた言葉が、トゲのようにララの心に刺さって抜けなかった。
言ったナユタ本人は大して期待せずに口にしてみた楔だったのだが、こういう時に限って期待以上の働きをしてしまうのである。
「えっ……? ララ、帰っちゃうの……!?」
ひかるは、まさに青天の霹靂と言った様子で、食べかけのスタードーナツを落としそうになっていた。
見るからに動揺していると分かる。
少し誤解を与える言い方をしてしまったと認識しなおしたララは、誤解を解きつつ星奈ひかるを宥めた。
プリキュアとしての戦いが終われば、惑星サマーンへと帰ることになるかもしれない、と。
「そっか……。確かに、お別れの時は来るかもしれないよね。でも、だからって『今』の一瞬の幸せが無くなる訳じゃないよ」
ララの懸念を聞いて、ひかるも色々と言いたいことがあるようだったが。
その中から選んで、ひかるは言葉を紡ぎだしている様子だった。
「確かに、スタードーナツを食べた時の幸せは一瞬だけだよ」
手の中の一片を見つめながら。
ひかるは、いつになく真面目な顔で自分の言葉を継ぎ足していった。
「でもさ。100億年輝き続ける太陽は、100年しか生きられない人間より素敵だと思う?」
「オヨ……?」
太陽といっても、「観星中の太陽」こと天宮えれなとは関係が無いのだろう。
本物の天体の方の意味の太陽だ。
ただ、もしかしたら無意識のうちに比較しているのかもしれない。
学校で人気者だという天宮えれなと、星奈ひかる自身を。
「私は、どっちも素敵だと思うし、スタードーナツがくれる一瞬の幸せだって素敵だと思うよ。だから、それで良いんじゃないかな」
「ルン……。何となく、分かった気がするルン」
そうだ。
いつか来る別れを気にして悩むよりも……今の、幸せな一瞬を楽しむ方が素敵だ。
ひかるは、いつの間にか咀嚼していた最後のピースを飲み込みながら、幸せそうに笑った。
ララも、釣られて顔がほころんでしまった。
「だから……ね? 二人でもう一個食べて幸せにならない?」
「それは駄目ルン」(即答)
ひかる……。
その一言が無ければイイ話だったのになぁ。
さすがにプルンス達へのお土産をこれ以上減らすのはマズい。
思わず白い目でひかるを見てしまったララだった……。
物欲しそうにしている星奈ひかるを、触覚の先をスパークさせて威嚇しながら。
ララは、思った。
このなけなしの幸せをロケットに居るプルンス達にも持って帰らねば……と。
あと、帰りがけにノットレイダーの幹部に襲われて、なんやかんやで4対1で凹って山羊座のカラーペンをゲットした!!
・今回のNG大賞
プルンス「お帰りでプルンス! スタードーナツ買ってきてくれたでプルンスか?」
ララ「それが、ひかるに強請られて、結局全部食べることになってしまったルン……。ごめんルン……」
ナユタ「やっぱり地球人とサマーン星人の友情とかブッ壊さなきゃダメだな」(迫真)