星奈ひかるは、多少の不調を感じつつも、テンションを高めていた。
何だか知らないうちにロケットに乗って、宇宙へと連れ出されていたのだ。
宇宙と星座が大好きな星奈ひかるとしては、突然幸運が降って湧いたようなものだった。
ロケットの個室に隔離された状態ではあるものの、窓から星々の様子は見える。
地球から見るよりも、ずっと沢山の星が輝いて見えた。
ひかるは、ベッドの上にあぐらをかきながら、手帳を開いて星図のスケッチを始めた。
……なんだか、手帳の形がいつもと違う気がする。
遼爺に貰った手帳は茶色の表紙だったはずなのだが、今のひかるの手元にある手帳はピンク色だ。
手帳の中を見てみると、ひかるが使っていた手帳で間違いない筈なのだが……。
ページを進めていくと、ひかるに覚えの無いスケッチが綴ってあった。
頭から紐のようなものを生やした、女の子の姿が描かれていた。さっき部屋に入ってきた子だ。
可愛い外装を盛った、ロケットのデザイン案があった。今乗っているロケットの外見か?
犬みたいな異星人の絵が見受けられた。なんだこれ……?
「本当に、プルンスたちのことは覚えていないでプルンスか……?」
ふと、背後から声がかかった。
ひかるが隔離されている個室に、いつの間にか誰かが入ってきたのだろう。
振り向いた星奈ひかるは……本気で、驚いた。
体長50センチほどのクラゲのような宇宙人が、ふよふよと宙に浮いているのだ。
「キラやばーっ!! 宇宙人っ!」
「ぎゃああっ!? グイグイ来るのは変わらないでプルンスっ!!?」
念願の宇宙人を発見して、ひかるのテンションは振り切れた。
頭部の丸い部分を撫で回したり、触腕を握ってみたり、身体を裏返して脚の付け根を観察したり。
ひかるは、目を輝かせながらプルンスの身体を弄り回した。
さすがにプルンスがゲッソリし始めたところで、気を遣って手を緩めたが。
とりあえず、その宇宙人の名前がプルンスであることを聞き出した星奈ひかるは、胸の高鳴りを維持しつつも考えた。
「ねえ、プルンス」
星奈ひかるは、自身が何故ロケットに乗っているのか、覚えていない。
そして、先程まで左腕に繋がっていた点滴のチューブの存在を思い出せば……予想される事態は、決して穏やかとは言い難い。
ナユタの行った質疑応答も、重傷を負った人間に対するものに思われた。
その割に、ひかるの身体には大怪我は見られず、気怠さと疲労感ぐらいしか残っていないのが不思議なところだが……。
ひかるは、頭のどこかに残った冷静な部分で、今の状況に関する解答を導き出していた。
「私ってさ、やっぱり……記憶を失くしてる? 何かの事故の後遺症?」
「ひかるの察している通りでプルンス」
ハイテンションから急にマジモードになられると反応に困るでプルンス、なんてボヤきながらも。
プルンスが提示してくれた返答は、ひかるの予想通りだった。
これまでの星奈ひかるの軌跡を、プルンスは大まかに説明してくれた。
プリキュア達の、宇宙を救うための旅路を、要点だけを掻い摘んで。
その話の中には、さすがに星奈ひかるでも信じがたい点がいくつかあったりして……。
「宇宙人の子はともかく、天宮先輩と香久矢先輩って、接点も無いのにどうやって仲間にしたの私……??」
むしろ、そのメンツの中に自分が居るのが場違いに思えるレベルである。
だが、同時に思った。
そんな一人一人がスーパースターな面々の中で、星奈ひかるが一人だけ重症を負ってしまったと考えれば、むしろ納得だ。
観星中の太陽や月と称される人気者たちに並び立つだけの何かが自分にあるとは、ひかるは思えなかった。
『あくいのオトモダチ』
第9話:ただいま、ララ
談話室でララ達へと説明を終えた春日部ナユタが、ひかるが隔離されている個室へと確認に向かった。
プルンスも星奈ひかるへと状況の説明をしてくれているハズなので、あちらが一区切りついていれば、ひかるを談話室へと連れてくる気だろう。
そう思って一同が待っていると……ナユタに手を引かれて、ひかるが談話室へと姿を現した。
きょろきょろと談話室兼操縦室の様子を見まわしている星奈ひかるは、まるで初めてこの部屋を見たような反応を示していた。
というか、本人の感覚では初見なのだろう。
顔色と体調はかなり良くなっているように見えるのが、不幸中の幸いといったところか。
「チャオ、ひかる! 記憶のことは残念だけど、命があって良かったよ」
何となく。
天宮えれなは、自分が口火を切った方が良い気がした。
だから、精一杯の笑顔でひかるへと声をかけてみた。
香久矢まどかも、いつも通りの涼しげな微笑を携えたまま、ひかるへと接した。
「待ってください、えれな。ひかるからしてみたら初対面な訳ですから……ね? わたくしは、観星中学3年の香久矢まどかです」
「そういえば、そうだね。あたしは天宮えれな。まどかとは同級生だよ」
「香久矢先輩に、天宮先輩……! 心配してもらって、ありがとうございます……? あっ。私、星奈ひかるです!」
私ってそんなに死にそうだったのかなぁ、なんて首を傾げている星奈ひかるは、確かに死の淵からは脱しているようだった。
しかし、態度が硬い。
呼び名だって、出会った当初のものを使っている。
まどかを買い食いに連れ出した日から、「えれなさん」「まどかさん」に呼び方を変えたハズだったのに。
本当に忘れちゃったんだなぁ、なんて天宮えれなは寂しく思った。
隣の香久矢まどかの顔色をうかがってみると、まどかも一抹の寂しさを感じているのだろうと分かった。
「そっちの貴女は……」
「……私は、ララルン。サマーン星人ルン」
ララは、見るからに落ち込んでいた。
ひかるが最初にネビュラペンを使った時はララを庇うためだったと聞くし、責任を感じているのだろうか。
えれなとまどかは、そう感じた。
「サマーン星って、宇宙人!? キラやばーっ!」
「オ、オヨ……。近いルン……」
目を輝かせてララに詰め寄った星奈ひかるを見て、えれなは多少の安堵を覚えていた。
ひかララの距離が近いのは元々だし、記憶を失っても、やっぱりひかるはひかるのままだ。
一瞬でもそう思ってしまった天宮えれなは……色々な意味で、楽観が過ぎた。
「ねえ、これって触覚!? 触っても良い? ララちゃん?」
「……っ!」
びくり、とララが肩を震わせたのが見てとれた。
ララの極細触覚は、挨拶にも使われる器官なので、触れられること自体が著しく不快な訳では無いはずなのだが。
「ねぇってば、ララちゃん!」
「…………星奈ひかるの、好きにすれば良いルン。別にそんな事で怒らないルン。……私は、大人ルン」
極細触覚の先にある黄色いセンサー部を、ひかるの方へ向けながら。
ララは、俯き気味のままに、なんとか言葉を絞り出した。
今にも破裂する直前の風船のようだった。
ララの触覚の先の黄色い球を指先で握って感触を確かめている星奈ひかるは、ハイテンションを保っているが。
一方のララは、見るからに落ち込んでいるというか、見えない壁を作っていた。
話題を変えなければ、と天宮えれなは察した。
「そうだ、ひかる。ドーナツがあるよ。自覚は無いだろうけど疲れは溜まっているはずだから、食べていきなよ」
「あれ? この形……スタードーナツですか?」
「プルンス謹製の、プルンスタードーナツでプルンス! 観星町名物を参考に、ナユタと一緒に製造機を作ったでプルンス!」
スタードーナツは、真ん中の穴が五芒星の形になっている観星町名物だ。
部屋の片隅に備えられた製造機の中では、ドーナツのタネが熱々の油の中で煮えていた。
ちーん、なんて御約束な音とともに続々と製造機から出てきたドーナツは、甘くて香ばしい匂いが食欲を誘った。
いただきまーす、なんて言いながら。
ひかるは、美味しそうにドーナツを頬張った。
栄養剤点滴によって血糖値は大分回復しているはずなのだが、胃は空っぽなので物を入れたくなるのだろう。
「キラやばーっ! ナユタちゃんが『科学は人を幸せにするためにある』って前に言ってた意味、今なら分かる気がする!」
「おっと、そんなの覚えててくれたんだー? うれしいこったね」
プルンスタードーナツ製造機は、ナユタとプルンスが知恵を寄せ合って作った最高傑作だという触れ込みは伊達ではない。
本家のスタードーナツに勝るとも劣らぬ出来栄えだと言えるだろう。
目を輝かせてドーナツを貪っている星奈ひかるへと、ララが物言いたげな視線を送っていた。
「むぐ? ララちゃんも食べる?」
「……私は、いいルン」
ララの視線に気づいた星奈ひかるは、ララも空腹なのかと思ったようが。
どうやら違ったらしく、ララは席を立って個室へと姿を隠してしまった。
俯き加減のままに個人部屋へと姿を消したララの背中を、ひかるは何も言えずに見送った……。
「誤解が無いように言っておくけど……ララは、ひかると仲が悪かったわけじゃないんだよ?」
「わたくしも、そう思います。むしろ、仲が良すぎるぐらいでした」
えれなやまどかから見ても、さっきのララの態度は明らかにおかしい。
記憶が無いひかるのために、えれな達はフォローを入れた。
別に、ララとひかるが元々険悪な仲だった訳では無いのだ、と。
「それは……何となく、分かってます。私が何も覚えてないって分かった時に、すごく悲しそうだったから……」
えれな達は、それぞれの記憶に残る、星奈ひかるとのエピソードを話し始めた。
噴水に落ちて天宮家で保護されたひかるを追って走り回っているうちに、天宮えれながプリキュアになっていたこと。
生徒会長の香久矢まどかの手を引いて、ひかる達が商店街で遊び倒して、見晴らしの良い丘の上で一緒にスタードーナツを食べたこと。
サザンクロスが見たいと言い始めたひかるに引っ張られて、今日も宇宙に出て。
クマリン星での最後の戦いで、キュアスターが使ってはいけない力を使ってしまったこと。
「そっか、やっぱり私って……」
「……? 何か気になるところがあるなら、わたくし達に遠慮なく相談してください」
そういう訳じゃないんです、なんて星奈ひかるはぎこちなく笑った。
やはり、3年生組に対しては態度の硬さが抜けないようだ。
結局、ノットレイダーへの対策の話が全く出来ていないな、なんてそれぞれが思いながら。
無事にロケットは地球へ帰還した。
いつも通りの観星市郊外の山中にロケットを着地させた御一行だったが……。
なんと、宇宙開発特別捜査局の職員たちが山狩りをしているではありませんか!
たぶんロケット発射の時の轟音とか、着地の時の音も聞きつけられているであろうことは、想像に難くない。
ロケットを拳大へと縮小せる謎のギミックを使いつつ。
ひかる達は、最寄りの天文台へと身を隠して、なんとか難を逃れたのであった。
なお、天文台の管理人である遼爺にプルンスを見られてしまったため、ララとプルンスの正体が異星人であることを明かす一幕もあったりしたのだが……まぁ、それはそれとして。
ほとぼりが冷めるまで、ロケットの仲間たちは天文台を出ない方が良さそうだ。
ひかるが天文台の中に備わったプラネタリウムに一人で入って行き、少し間をおいて遼爺もプラネタリウムに入って行った。
ナユタたちは、誰も遼爺の背中を追わなかった。
俺達の遼爺なら何とかしてくれる! 遼爺を信じろ……!
「ところでさー。ひかるちゃんの持ち物の中にスターカラーペンダントが無かったんだけど、誰か拾ってたりしない?」
「え……。気付かなかったよ」
「わたくしも、見ていません」
「知らないルン」
「プルンスもそれどころじゃなかったでプルンス」
うーむ、なんて唸っている春日部ナユタは、気付いていないようだった。
ララが……懐に、もう一つペンダントを隠し持っていることに。
クマリン星で倒れ伏していた星奈ひかるが落としたペンダントを、ララは拾っていたのだ。
ひかるへ返すべきだ、とララの頭の中の冷静な部分が告げていた。
だが、同時に思った。
ペンダントをひかるに返したら、またキュアスターは無茶をしてしまうだろう、と。
ララのことを奇麗さっぱり忘れてしまった星奈ひかるの様子はショッキングだったが、次は記憶だけでは済まないかもしれない。
以前ナユタ達とともに行った検証結果によると、一人の人間がペンダントを重複して生成することは不可能だ。
したがって、このペンダントをララが隠し通せば、ひかるは一生プリキュアには戻れない。
……プリキュア4人でも苦戦した今のノットレイダーを相手に、キュアスター抜きで戦えるのか?
無理だ、とララは理解していた。
「ナユタ。あの灰色のペンを、私に預けてほしいルン」
「ダメに決まってるだろー……と言いたいとこだけど。一応、理由を聞こうか?」
正直、断固拒否される可能性はあると思っていたが。
一応ナユタはララの言葉に耳を傾ける気はあるらしい。
ダークネストという者の力によってノットレイダーの皆さんは強化されているらしいということを、ララは前置きした。
ナユタは、ララの手袋型端末に記録されていた映像資料をロケットの移動時間の間に見ていたらしく、そこは素直にうなずいてくれた。
「キュアスターが居ない今、こちらの戦力不足は明らかルン。だから……」
「ひかるちゃんが助かった今だから言っとくけどさ。あの状況で記憶障害だけで済んだのは、かなりラッキーな部類だからね? 廃人になっていても全然おかしくなかったんだよ?」
ララは、暗に言われた。
灰色のペンで変身したら死ぬぞ、と。
「そもそも、あの灰色のキュアスターの出力は、ネビュラペンを制作したアタシの想定を遥かに超えたものだったんだよ。ララ達が使って同じ性能と運用が可能な保証は何処にもない。期待されるリターンの割にリスクがあまりにも大きすぎる」
ちらりと、ララは天宮えれなと香久矢まどかの様子を横目で覗った。
二人は気まずそうにしていた。
ネビュラペンを使うのには反対なのだろうが、今のノットレイダーに勝てない事は、二人も理解できているに違いない。
「私達の力不足は、私達のせいルン。それは認めるルン。でも、だからこそ灰色のペンは必要ルン」
「まー、落ち着きなって。弱気は損気だよ? そういう状況を打破するのがプリキュアの『イマジネーション』でしょ?」
力不足を認めると自分で言っておいて、なんだが。
かなりカチンと来る、返しの一言だった。
イマジネーションの力が不足しているララはプリキュアに相応しくない、と言われたように聞こえてしまったのだ。
「私達のイマジネーションは、何でも叶う都合の良い魔法じゃないルン! 早く、灰色のペンを渡すルン!!」
「…………そうか。そうだよな」
薄暗い部屋の中に、一瞬の沈黙が流れた。
少しばかり瞑目して何かを飲み込んだと思しきナユタは、ポケットから灰色のペンを取り出した。
「オ、ヨ……?」
「ひかるちゃんが倒れた時点で、こうするべきだったんだよ」
ぱきり、なんて甲高い音が天文台の中に消えていった。
ララは、目の前の光景が信じられなかった。
ナユタが両手で握った灰色のペンを、真っ二つに圧し折った音だった。
えれな達も、目を見開いて驚いていた。
「魔法も科学も一緒だよ。科学だって、人を幸せにするためにあるんだ。……アタシは、そう信じたい」
ペンの残骸を懐にしまいながら。
ナユタは、ゆっくりと言葉を継ぎ足した。
「アタシの発明で味方が犠牲になるなんて、もう沢山だ。そうなるぐらいなら、この結末が最善だよ」
「なんてことをするルン……!」
呆然としていたララだったが……次第に、腹の底から湧き上がってくる感情を自覚しはじめた。
この感情は……怒りだ。
攻撃的で、どす黒い感情だった。
「ナユタは……っ! プリキュアじゃないから、そんなことが言えるルン! 無責任ルン!!」
誰かを責めずには、居られなかった。
先程の戦闘で殺されそうになって、ストレスを大いに感じていたせいもあるだろう。
ひかるに危険な力を使わせてしまって、後遺症を残してしまったこともあり、ララは精神的に限界だった。
「そもそも、ナユタだってプリキュアに覚醒して5人で戦っていれば……」
「……ララ。それ以上は、いけません。それ以上言ったら……わたくしは、ララを許せなくなりそうです」
静かだがハッキリした言葉が、ララの上ずった声を遮った。
香久矢まどかが、いつになく険しい顔をしていた。
激怒する一歩手前で踏みとどまっている人間が、なけなしの理性で平静を保っている顔だった。
「でも! またあの強くなったカッパード達が来たら、どうするルン! ひかるが守りたかったものだって、みんな無くなってしまうルン!!」
「落ち着いてよ、ララ! ひかるが本当に守りたかったのは……!」
「えれなちゃん、ララも。それは止めときなよ。その先を言って良いのは、ひかるちゃん本人だけっしょ」
ララとて、えれなの言う続きが分からないわけでは無かった。
ひかるが最初にネビュラペンを使ったのは誰を助けるためだったか、ララは誰よりもよく知っている。
……だからこそ、ララはここまでストレスを感じているのだ。
自分のせいで星奈ひかるが死ぬ寸前までいって、ララのことも忘れてしまった。
その事実が、ララの心を容赦なく蝕んだ。
「……ごめんルン。ちょっと、頭を冷やしてくるルン……」
そんなことを言いながら。
ララは、席を外してしまった。
流石に宇宙開発特別捜査局の目がある状況で天文台の外に出ることは無いだろうから、建物の中をぶらついてくる心算なのだろう。
「ねぇ。まどかはさ、ノットレイダー対策に何かアイデアはある?」
「恥ずかしながら……ありません」
まぁそうだとは思っていた。
もし、まどかが良い作戦を思いついていたなら、先程のララを交えた話し合いの時に出し惜しむ理由がない。
えれなは、半ば予想通りの返答をもらいつつ、肩を落としていた。
もちろん、えれな自身も全く解決の糸口が見えていなかった。
「でも、春日部さんは……まだ、わたくし達に話していないことがありますよね?」
「んー? 困ったらとりあえずナユタさんにカマをかけてみるスタンス、嫌いじゃないぞー?」
ぴりり、と空気がちょっとだけ張り詰めたように思えた天宮えれなだった。
先程のララたちのように険悪な雰囲気ではないのだが、なんというか。
腹の探り合いを少しだけ楽しんでいるような、独特の緊張感がナユタとまどかの間に流れていた。
さっきまでは胃が痛くなる雰囲気だったが、今は頭が痛くなる雰囲気である。
「あたしだって、どう言葉を選んでも伝えにくい情報はあるんだよー?」
「本当にまだ作戦あるの!?」
あるならさっさと言ってよ、と喉から言葉が出そうになったが、えれなは呑み込んだ。
ナユタからして言いづらいとされる作戦なんて、嫌な予感しかしない。
まさかネビュラペンはあと3本あるとか言い出すんじゃなかろうか……?
「裏技気味だけど、一応ね。星空連合にプリキュアの正体を明かして、戦力的な協力を要請すれば、少なくとも当面の間、プリキュアと地球の安全は保てるよ」
「確かに、それならノットレイダーにも対抗できるかもしれないでプルンス!」
ナユタの言う意味を、えれなとまどかは各々が噛み砕いた。
星空連合というのは、地球で言うところの国連を、宇宙規模にしたような組織だとのこと。
ララの住むサマーン星も、星空連合に加盟しているらしい。
確かに、星空連合と協力して戦えるのであれば、心強いことこの上ない。
「その作戦を採用する場合……どのようなデメリットがあるのでしょうか?」
「連合側から要請されるのならともかく、こっち側から申し出るとなれば、実質的には保護要請と同義だ。皆の身柄は連合の預かりになるだろうね」
「え……。連合の預かりって、あたしたちは地球に住んでいられなくなる、ってこと……?」
えれなは、想像してしまった。
陽気な両親や5人の弟妹たちと引き離されて、手紙も電話も届かないような遠い地で新たな生活を始める未来を、頭の中に描いた。
それに、星空連合の体質や空気が分からないから何とも言いづらいが、実質軍属ということになるのでは……?
嫌だ、と最初に思った。
「そっか。ナユタが言いにくいって言ってたのは、そういうことなんだね……」
「そうだよ。どう言い繕ったって、みんなが地球で歩むはずだった未来図を捨てさせるって事だからね。アタシだって口八丁で誤魔化すべきじゃないと判断するぐらいの良心はあるさ」
ノットレイダーとの戦いがどれだけ続くか分からないが、少なくとも戦いが終わるまでは地球に帰れないだろう。
保護要請をするときに相手側から出される条件によっては、一生軍属で終わるケースだって想定できる。
ちらりと香久矢まどかの方を見ると、事態は深刻だと顔に書いてあった。
名家のお嬢様として積み上げたものを全て捨てるのは、やはり重すぎる決断なのだろう。
「一応、軍属になるのを回避しつつ星空連合の協力を得る手もあるにはあるけどね」
えれな達は、思わず期待を込めた目でナユタを見てしまった。
地獄で見つけた一本の蜘蛛の糸のように。
一筋の希望に縋るしかなかった。
「12星座のカラーペンをこっそり連合の本拠地に持ち込んで、それを探知したノットレイダーに本拠地を襲わせる。そこを『通りすがりのプリキュア』が協力してやって戦う……なんてシナリオを描くのは不可能じゃーない」
「マッチポンプ……ですね」
「よくそんなアクどい手口を思いつくね……。助かるけどさ……」
良くも悪くも、星奈ひかるのイマジネーションがどこまでも真っすぐなのに対して。
春日部ナユタのイマジネーションは、どこか劇場的というか、詐欺まがいで悪意を孕んでいるように思えた。
ここで天宮えれなは、ふと思った。
そのプランを思いついているなら地球に一度戻ってくる必要は無かったよね、と。
次にいつノットレイダーが襲ってくるか分からないが、クマリン星から直接的なルートで星空連合の本部まで行けば良かったのでは?
そう考え始めてから、えれなは気付いた。
ここまでの話の流れを、最近3か月の記憶が抜けた星奈ひかるに理解させるのは厳しいのだ。
ひかる本人はそれなりに高いテンションを保っているようだが、やはり、ふとした時に不安が漏れ出す瞬間はある。
だからこそ、ひかるを一度地球に返してやるのを優先したのだろう。
見知った観星町の住人に合わせて、少しでも星奈ひかるを安心させてやるべきだという判断に違いない。
宇宙開発特別捜査局の職員たちが山狩りをしているせいで足止めを食ったのは、完全な誤算だろうが。
ナユタの見せる悪辣さは仮面なのだろう、と何となく思えた。
偽悪的だし知能も高いが、その実は友達想いで、背伸びをしているだけの背丈相応の子だ。
なんとなしに。
えれなは手を伸ばして、ナユタの頭を撫で回してみた。
1.5メートルにも満たない高さにある赤毛を撫でると、サクランボのような双玉の髪飾り同士がぶつかり合って、小気味良い音がした。
「どうした急に??」
「ううん。ナユタはこんなに小っちゃいのに凄いなぁ、って」
抵抗するでもなく。
少しばかり困惑していているものの、ナユタは為すがままに撫でられてくれた。
加護欲をくすぐられるというか、なんというか。
6人兄弟の長子たる天宮えれなが、可愛がりたくなる何かがあるように思えた。
「これでも、ナユタさんは友達全員と同い年のつもりなんだけどねー」
「あはは、面白いこと言うね! でも、いいねぇソレ!」
「ふふ。春日部さんを妹扱いできるのなんて、えれなぐらいですよ」
……ここで、えれなは不審な点に気付いた。
例の買い食いの一件以来、まどかは「天宮さん」ではなく「えれな」と呼んでくれるようになった。
だがナユタに関しては「春日部さん」のままだ。
何か理由があるのだろうか?
「そういえば、まどかってさ。ナユタのことは『春日部さん』のままなの?」
「一応、年上なのかもしれないとは思っています。戸籍上は29歳ですからね……」
えれなは、一瞬自分の耳が遠くなったのかと思った。
ナユタの頭の上に手を乗せているままの天宮えれなは、じっとりと冷や汗が出てくるのを感じた。
さすがに笑顔がひきつった。
「は、ははは? ま、まどかも、そういう冗談、言うんだ? あたし、ビックリしちゃったよ!」
「実年齢かどうかは疑わしいですけれども、春日部さんが飲酒しているところも見たことがありますし、わたくしも扱いに困っているところではあります」
そっと、えれなはナユタの頭から手を離した。
もしかして、年上に対して凄まじく失礼なことをしてしまったのではなかろうか?
改めて見ても、やはり外見上は女子小学生にしか見えないのだが……?
「えへへ! えれなおねーちゃんが喜んでくれるなら、アタシ小学生でもいーよ!」
天真爛漫な女子小学生みたいな作り笑顔を向けられて、えれなの表情が凍り付いた。
演技が完璧すぎて逆に怖い。
普段のナユタを知る人間ならば、猶更だった。
これで実年齢29歳だったら、最早ホラーだ。
そんな年齢詐欺女のことはともかく。
作戦会議はシリアスなノリが続いてしまったが、それも一段落だ。
ようやく、一同の間には和やかな空気が戻りつつあった。
あとは、ほとぼりが冷めるまで待って、宇宙開発特別捜査局の皆さんに見つからないようにロケットを発進できれば良いのだが……。
……そんな希望的観測を見越したかのように。
鈍くて低い物音が、天文台を揺らした。
遠くで響く大きな音は、山中から聞こえてきたようだった。
えれな達は……つい先程も、この音を聞いた覚えがある。
ノットレイダーの3幹部が操縦していた、巨大ノットリガーの足音だ……!
「星空連合にプリキュアの正体を明かして、戦力的な協力を要請すれば、少なくとも当面の間、プリキュアと地球の安全は保てるよ」
静けさに包まれた天文台の中で。
部屋のすぐ外でナユタたちの会話を聞いていたララは……その一言を聞いて、頭が真っ白になった気がした。
星空連合にプリキュアの正体を明かしてしまえば、必然的にララが地球人に正体を知られたこともバレる。
そうなれば……ララは100年間の星間移動禁止の罰を受けるし、ノットレイダーとの戦いが終わったら二度と地球人たちに会えなくなるかもしれない。
一応プリキュアとしての働き次第では減刑される可能性は皆無ではないが、どれほど期待して良いものなのか。
会議の続きも聞かずに、ララは天文台から飛び出していた。
宇宙開発特別捜査局の人間が山狩りをしていることも忘れて、ララは山中へと足を進めた。
「「「ノットリガーッ」」」
そんなララの心境を慮る訳も無く。
ノットレイダーの3幹部の操る巨大ノットリガーが、山中に出現するのが見えた。
おそらく、プリキュアたちが疲弊していると見込んで地球へと追撃に来たのだろう。
集まってきた宇宙開発特別捜査局の職員たちを、巨大ノットリガーは蹴散らしているようだった。
「スターカラーペンダント! カラーチャージ!」
すぐさま変身して、キュアミルキーは現場へと駆け付けた。
だが、しかし。
ノットレイダーの幹部と戦うなら1対1でも勝てないのに、幹部3人分の力を結集させた巨大ノットリガーと戦えばどうなるか。
結果は、火を見るよりも明らかだ。
羽虫でも払うような雑な攻撃で、ミルキーは山中の木々へと背中から叩きつけられた。
「ララちゃん!!」
「ひかる……!? どうして……!?」
息を切らせながら、星奈ひかるが駆け寄ってくるのが見えた。
背骨が軋むのを感じつつ起き上がろうとしているミルキーのもとへ、ひかるは駆けつけてくれた。
おそらく……ララが天文台を出たのを目撃して、後をつけていたのだろう。
「私だって、変身できるんだよね? ララちゃんと同じ、プリキュアっていうのに!」
「ひかるは、良いから逃げるルン! また同じ結果になるだけルン!!」
ララは、もう嫌だった。
自分のために星奈ひかるが……親友が犠牲になるのに、耐えられなかった。
だから、語気を強めて拒絶を宣言した。
「プリキュア・天秤座・ソレイユシュート!」
「プリキュア・山羊座・セレーネアロー!」
『効かぬわッ!』
駆け付けたキュアソレイユとキュアセレーネが、巨大ノットリガーと戦っている音が聞こえた。
おかげで、傷ついているミルキーは狙われずに済んでいるのだろう。
ララの拒絶を受けたひかるは……やっぱり、なんて俯きながら呟いた。
「それって……私が、足手まといだから……?」
ひかるは、泣きそうな顔をしていた。
予想外のひかるの反応を見て、ララは思考を鈍らせてしまった。
ひかるの辛そうな顔を見ていると、ララも心が痛んだ。
「薄々、思ってた。香久矢先輩や天宮先輩と肩を並べられる訳ないって。私が一人だけ重症を負ったのも、自分の力不足を補おうとして無理したからなんでしょ……?」
そう言われて。
ララは、しばしの間……ひかるが何を言っているのか分からなかった。
だが、ひかるの記憶が失われているという状況を思い出して、ようやく理解した。
人聞きに得た情報の中で、ひかるは自分自身がプリキュアとして足手まといなのだと誤解してしまったのだろう。
「違うルン!! あの戦いで、最初に倒れたのは……私ルン! ひかるは、私達を助けるために無理をしてしまったルン!!」
「え……」
ひかるは、足手まといなんかじゃない。
ミルキーが倒れて、ソレイユとセレーネも倒れて、それでも仲間たちを守りたいという一心で星奈ひかるは身を削って戦ったのだ。
「ひかるが、また私を守るために自分を犠牲にするんじゃないかって、怖かったルン! 足手まといは……私の方ルン」
「そっか。そうだったんだ。ゴメンね、ララちゃん」
声を震わせて、心の声を吐き出したララへと。
そっと、ひかるが手を握ってくれた。
今まで一緒に遊んで、戦ってきた記憶だって無いはずなのに。
「……なんで、ひかるが謝るルン」
「私、たぶん想像出来てなかったんだと思う。私が倒れたら、ララちゃんが辛い思いをするって」
自分自身のことだから分かる……のだろうか。
ひかるは、声を継ぎ足した。
「でも、今ならララちゃんの気持ちも想像できるよ。もう自分を犠牲にしたりしない。だから……もう一度、ララちゃんと一緒に戦っても、良いかな?」
そうだ。
ひかるが倒れて、ララが辛かったのと同じように。
ララが傷ついたのが辛かったから、ひかるは無理をしてしまった。
想いは……初めから、重なっていたのだ。
胸の奥で、何かが熱を持ったように思った。
「私も、ごめんルン。ひかるのペンダント、本当は私が持っていたルン……」
ミルキーは、腰の高さに装備してある小物入れに隠していたスターカラーペンダントを、ひかるへと手渡していた。
ひかるの想いを知り、理解して想像できるようになったミルキーは、再び星奈ひかると一緒に戦うことを決断したのだ。
「ありがとう、ララちゃんの想い、確かに受け取ったよ! スターカラーペンダント! カラーチャージっ!!」
――きらめく 星の力で
――あこがれの ワタシ描くよ
「
片手を天へと突きだして。
まるで星へと手を伸ばすようなポーズを決めているその姿は……まさしく、ララ達の知るキュアスターだった。
「ただいま、ララ!」
「オヨ……! 遅いルン、ひかる……!」
その一言だけで、分かった。
ひかるは……キュアスターは、ようやく全快したのだ。
そして、その原因は……!
「想いを重ねれば」
「もっと凄い事が出来るルン!」
「良いねぇ! あたしも混ぜてよ!」
「わたくしも、おそらく同じものを想像していますよ」
巨大ノットリガーの気を引いていたソレイユとセレーネも加わって。
ようやく、プリキュアチームが再結集した。
目と目で頷き合った四人は……同時に、巨大ノットリガーへと向き合った。
「「「「四つの輝きを今、一つに! プリキュア・サザンクロスショット!!」」」」
・今回のNG大賞
キラやば星人
「遼爺、私どうしたら良いの……?」
マスター遼爺
「まだ分かっていないようだね。
ひかるが戦わないのは勝手だ。
でも代わりにネビュラペンを使うのは誰だと思う?
ララ君だ。
あの子はひかるに負い目があるからね。
でも今のキュアミルキーじゃノットレイダーには勝てない。
星空連合の連中はよってたかってララ君を責めるだろう。
ひかるがやるしかないんだよ」