ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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カシュカーンの英雄

 “橋の国”ダーレスブルグ公国。

 テラスティア大陸最北の都市国家であるこの国の人口は約四万人。現在は公王アルフレートⅢ世によって治められている。

 北の大陸レーゼルドーンへと繋がる巨大な橋を塞ぐ様に広がる城塞都市であり、北へ向かう冒険者の拠点となっている。かつてはレーゼルドーンと二大陸にまたがる大国であったが、〈大破局〉の折にレーゼルドーン側の国土を蛮族に奪われてしまった。

 更なる蛮族の進行を防ぐべく、一時期はルキスラに併呑されていた時期もあったが百年ほど前に独立し、現在に至っている。

 レーゼルドーン大陸は、いまだその殆どが蛮族の支配する地域となっているが、近年の大規模な討伐により、人族は“黄昏の大陸”“霧の大陸”と呼ばれたこの地へと足を踏み入れた。

 カシュカーンはダーレスブルグが門を解放し、橋を渡った先に拓かれた開拓村である。現在では人口も三〇〇〇ほどとなり、もはや町と呼べるべき規模に成長している。

 だが、まだまだ蛮族の脅威は完全に取り除かれたわけではなく、また、魔動機文明時代の遺跡も数多いことから、今でも多くの冒険者たちがこの町を訪れている。

 

 冒険者。

 三〇〇年前の蛮族の大侵攻、〈大破局〉により人の文明は破壊され、禍々しい魔物たちが闊歩することになった危険な世界。そんな世界を自由に旅する者たち。

 そして、三本の剣によって産み出されたこの世界『ラクシア』に残された、過去に存在した三つの時代──神紀文明(シュネルア)、魔法文明(デュランディル)、魔動機文明(アル・メナス)の遺跡から、様々な宝物や失われた技術を掘り起こすサルベイジャー。

 もしくは神紀文明より連綿と続く、蛮族との抗争に自ら飛び込んでいく各分野のスペシャリスト。

 またもしくは各種様々な事件を解決するトラブルシューター。

 だが、その全ては誰かが言ったこの一言に尽きるだろう。

「冒険者? 命を担保に金を稼ぐ何でも屋だろ?」

 己の体力と知力と僅かばかりの運だけを頼りにして、様々な事件や抗争へと首を突っ込む冒険者たちは、確かに何でも屋と呼んで差し障りあるまい。

 だが、冒険者の中でも特に優れた体力と研ぎ澄まされた知力を持ち、そして神々の気まぐれな幸運に恵まれた一部の者たちは時にこう呼ばれる。

 即ち──英雄──と。

 

 

 

「おい、酒だぁっ!! もっと酒を持って来ぉいっ!!」

 カシュカーンにある酒屋兼宿屋の「夢の懸け橋亭」。

 このような酒場兼宿屋を、冒険者たちは拠点とする場合が多い。

 酒場は様々な情報や仕事の依頼が飛び交う場所だし、定住せずに旅を続ける者も多い冒険者にとって、宿屋は一時とはいえ安らぎを与えてくれる。

 それ故にこのような酒場兼宿屋を冒険者の店と呼び、このカシュカーンだけでも複数の冒険者の店が存在している。

 そんな冒険者の店の一つである「夢の懸け橋亭」のさして広くはない店内に、酒気を帯びた男の大声が響き渡った。

 その男は程よくくたびれた煮固めた革鎧を薄汚れた外套の中に身につけ、その腰には剣を佩いていた。

 ざんばらに伸ばした赤茶の髪の奥に見え隠れする瞳は、すでに酒気に濁ってはいるものの眼差しは鋭く、その左眼の上から頬にかけて一筋の傷痕が走っている。

 そして何故かその外套の胸元には、鷹のものらしき羽根が一本差してあった。

 今の時刻は陽が沈む少し前。それゆえ店内に客はまだまばらだが、その客たちは皆迷惑そうな視線をその男に注いでいた。

 だが、敢えて男に文句を言う者は誰一人としていなかった。なぜなら、客たちはこの男が何者か分かっていたからだ。

 このようなやや早目の時刻に酒を飲み、鎧に身を固めて武器を帯びている者。そのような者は冒険者以外に有り得ない。

 確かに冒険者の中には英雄と呼ばれるに相応しい者がいる。しかしその反対に、ならず者まがいの者もいる。両者の数を数えた場合、圧倒的に多いのは後者なのである。

 そして冒険者たちは数人で行動することを好む。なぜなら人には得手不得手があるからだ。剣を揮うのを得意とする者、魔法を使うのを好む者、手先の器用さが自慢の者など、互いが互いの不得手をカバーし合うため、冒険者はだいたい四人から六人ぐらいで行動する。

 しかしこの男には仲間と思しき者がいなかった。

 冒険者の中には、ごく稀に一人で何でもこなす者もいる。そしてそのような者は、決って腕利きの冒険者なのだ。

 ならば、この男も相当の腕利きなのだろう。それが分かっているからこそ、居合わせた客たちは、迷惑に思いながらもこの男に何も言えないのだ。

 だが「夢の懸け橋亭」の店主は、流石にこれ以上黙っているわけにはいかなかった。

 そもそも男はこの店の常連ではない。今日ふらっと現われた一見の冒険者である。

 冒険者の店にとって、腕の立つ冒険者が出入りするのはこの上ない宣伝となる。腕のいい冒険者を多く抱える店には、その冒険者目当てに数多くの仕事が舞い込からだ。だから腕利きの常連は冒険者の店にとっては大切な存在なのである。

 しかしこの男は常連ではない。店にとって百害あって一利なし。ならば叩き出してもなんら問題はない。

 なに、儂とて若い頃は名うての冒険者だったんだ。こんな若造においそれとは負けはせんさ。

 心の中でそう自分に言い聞かせ、今正に店の主人が腰を上げようとした時、店の入口の扉が軽い軋みを立てて開かれた。

「こんにちは、叔父様……あら、もう『こんばんは』、かしら?」

 そう言って店内に入って来たのは、一人の美しい少女だった。

 年の頃なら十七、八か。真紅の長い髪はゆるくウェーブを描いて背中を流れ、その瞳には若さ故の知的な光が煌めいている。

 ほっそりとした華奢な体躯と白い肌。だがそれは決して病的なものではなく、健康的な輝きに満ちた白さだ。

「よ、よう、ハイネじゃないか。何か用かい?」

 不意に現われた美しい少女に、店の主人だけでなく居合わせた全ての客の視線も彼女に集中する。

 客たちも彼女のことはよく見知っているようで、皆気安く声をかけている。対して少女もまた、気さくに笑顔で返事を返していた。

「いやだわ、叔父様ったら。ここは酒場よね? だったら私の用件は、お酒を買いに来たのに決っているでしょう? いつもの奴をお願いね」

「お、おお、そうか。いや、相変わらずサンドリーヌさんは上客だな。いつも高価な酒ばかり買ってくれる」

「あの方は舌が肥えていらっしゃるもの。不味いお酒を飲むぐらいなら、死んだ方がましだっていつも言っていらっしゃるわ」

「おいおい、いらっしゃるって、あの人はハイネの義姉さんだろう? 相変わらず堅苦しい言い方だなぁ」

「うん。でもあの方は、この町に来る前はさる高貴な家柄の方なの。だからどうしてもつい、ね」

 そのように少女と店の主人が軽い雑談をしていた時、不意に少女の背後に人影が現われた。

 人の気配に少女が振り向くと、すぐ近くに顔を朱に染めた男の顔があった。そう、先程から騒がしかったあの冒険者の男だ。

「よう、嬢ちゃん。酒なら俺が奢ってやるからよぉ、俺と一緒に飲もうぜぇ?」

 そう言いながら男は、酒気をたっぷりと含んだ息を少女の顔へと吐きかける。

 その吐息に含まれた酒気の量に、思わず少女は後ずさるが、それを追うように男の顔もまた近づいて離れない。

「そう警戒しなくっても大丈夫だって。それに俺と知り合いになったら、ちょっとした自慢になるってもんだぜぇ?」

 その言葉に反応したのは、ハイネをかばおうとしていた店の主だった。

「ほお? そう言うところをみると、お前さんはちょっとは名の通った冒険者なのか?」

 少女へと迫っていた顔を店主の方へと向けると、男はよくぞ聞いてくれたとばかりに言葉を続ける。

「おいおい、冒険者の店の親父のくせに、俺のことを知らねえってのか?」

 言われた店主は改めて男を観察する。

 身に付けているのは革鎧に剣。冒険者にはありふれた格好だ。鎧も剣も、これといって特徴的な物でもない。そこらの武具屋でいくらでも同じ物が手に入るだろう。

 顔にある傷痕も特徴的といえば特徴的だが、荒事基本の冒険者にとってはさしたるものでもない。逆に傷の一つもない冒険者など、駆け出しの新人の証に他あるまい。

 その他に敢えて特徴をあげるならば、その胸に差された鷹の羽根ぐらいか。だが、鷹の羽根をトレードマークにした冒険者で有名な者など、長く冒険者の店を続けている店主でも聞いたことはなかった。

 そんな店主の思いを感じ取ったのか、苛立ったように男は言う。

「まぁ、こんな田舎じゃあ、俺の名声も届いてないのも仕方ねえけどよ。ほら、これならどうだよ?」

 男は腕に装着していた腕輪を見せつけた。その腕輪に填め込まれた宝石が、店内の明かりに反射してきらりと輝く。

「ほう、そいつは『妖精使いの宝石』だな。ってことはお前さん、妖精使いでもあるわけか」

 妖精使いとは文字通り妖精を使役する魔法使いのことである。妖精使いたちは妖精と契約を結ぶ際、妖精が現われる門として宝石を妖精に覚えさせるのである。

「そういうこった。それに加えてこいつだ」

 次に男が示したのは顔に走っている傷痕だった。

「剣士にして妖精使い、そして顔の傷。そしてなによりこの羽根。これだけの条件が揃えば、俺が誰だか分かるってもんだろ?」

 自信満々にそう告げる男。だが逆に、店主もハイネと呼ばれた少女も、店内に居合わせた客たちも、誰一人として目の前で自慢げに胸を張っている男のことなど見当もつかなかった。

 そんな周囲の反応に、男は更に苛立たしそうに舌打ちをする。

「ちっ、これでも分かんねぇのかよ。これだから田舎は嫌なんだ。でも、いくら田舎ったって、“霧の街帰り”って二つ名ぐらい聞いたことあるだろ?」

 男がその二つ名を口にした瞬間、店内はさざ波一つない湖面のように静まり返った。

 

 

 

 霧の街。

 カシュカーンの北に存在する、常に霧に覆われた蛮族が支配する魔の都。

 魔動機文明時代に人族の手によって築かれた街だが、〈大破局〉の際に蛮族によって攻め落とされ、以来蛮族の跋扈する魔都と化している。

 陥落した際に逃げ遅れた人族は、現在も霧に覆われた街で奴隷として冷遇されているという。

 今から二十年ほど前、ダーレスブルグが大規模な軍を派遣してこの街を蛮族の手から開放させようとしたことがあった。

 だが遠征は失敗。しかもダーレスブルグの将軍の一人、英雄とまで呼ばれたオトフリート・イエイツまで戦死するという大敗北であったという。

 以来、ダーレスブルグはこの霧の街攻略のため、幾人もの冒険者を派遣して街の情報を集めようとしたが、その冒険者のほとんどは帰らぬ者となるか、運良く生きて帰って来たとしても、なんら情報を得ることもできずに逃げ帰って来るだけだった。

 だが一年ほど前に一人の駆け出しの冒険者が、カシュカーン守備隊長であるハウル・バルクマンより使命を受け、この霧の街に潜入した。

 その冒険者はまだ少年と呼んで差し支えない年齢で、若さ特有の血気さには溢れていたものの、慎重さとは今一つ無縁そうな若者であった。

 元よりバルクマンも、この駆け出しの冒険者に特別の期待をしていたわけでもない。

 依頼した仕事は単なる連絡役。予め潜入させておいた冒険者たちに、次の指令を届けるだけのいわば使い走りだ。

 その使い走りに提示された報酬は二〇〇〇ガメル。これは駆け出しにとっては、破格といっていい額の報酬である。

 少し勘の良い者なら、これが単なる使い捨ての仕事だと気付いただろう。

 元より冒険者というものは、どんな悪条件の仕事でも請け負う者でもある。提示された報酬に釣られて、このような悪条件の仕事でも請け負う者は幾らでもいる。

 その冒険者の若者もまた、提示された報酬に釣られて気安く請け負った感はいなめなかったのだ。

 そして、やはりというかその冒険者は帰ってこなかった。

 送り出したバルクマンも、正直いって彼が無事に帰って来るとは思っていなかった。

 だが約二ヵ月後、その冒険者はカシュカーンに帰還した。それも霧の街で知り合ったという数名の協力者や、霧の街で得た財宝や数多くの剣の欠け片、それに蛮族が使用する騎獣や魔動機械を手土産に。

 更にその冒険者は、予め潜入させていた冒険者たちに与えるはずであった、霧の街に存在する反蛮族の反抗勢力と接触するという密命を達成させていた。

 彼は霧の街に存在する三つの反抗勢力、〈風の旅団〉〈月夜蜂〉〈スエラの炎〉の首領たちの信頼を勝ち得、それぞれの首領からの親書を携えての帰還だった。

 これに加えて霧の街の様子や幾つかの貴重な情報、完全ではないものの九割方は完成している霧の街の地図という、ダーレスブルグにとって計り知れない貴重なものまでもたらして。

 それだけではなく、霧の街を支配する数名の上位蛮族のうち、四名までも既に打倒したという。

 バジリスクの“できそこない”ヒューリカ、オーガーの“貪欲卿”ズ・グリ、トロールの“骨しゃぶり”ゾンネンフェレス、シザースコーピオンの“狂えるハサミ”ダマスケノス。そして上位蛮族ではないものの、幾人もの名のある蛮族たち。

 これらの蛮族はいわば、人族の軍隊でいえば将軍や隊長に価する存在だ。

 上位蛮族の多くを失った霧の街の戦力は、大幅に弱体化したといっていい。これだけの功績を、たった一人の若者が成し得たのだ。

 このことはカシュカーンはおろか、本国ダーレスブルグまであっという間に噂となって駆け抜けた。最近でダーレスブルグの南のルキスラ帝国にまで、その噂は及んでいるという。

 もちろん、カシュカーンの人々はこの冒険者を大歓迎した。蛮族との最前線といってもいいこのカシュカーンでは、このような腕の立つ冒険者は極めて歓迎される。

 カシュカーンの人々はいつしか、その冒険者をその功績を称えて一つの称号で呼び始めた。

 その称号──二つ名こそが“霧の街帰り”。

 “霧の街帰り”のウィール・ビアンテ。

 それがカシュカーンの新しい英雄の名前であった。

 




 SW2.0の二次小説、始めました。

 内容は、サプリメント「ミストキャッスル」をクリアしたキャラクターの、その後であり、主人公が再び霧の街に挑むストーリーです。

 よろしければ、以後、お付き合いいただけたら幸いです。

 では。
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