ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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終結

 ヴェルファイアとジェイナスがその場に到着した時、戦闘は既に終わっていた。

 それだけではない。

 “霧の街帰り”のウィールが蛮族の別動隊と交戦していたと思しき場所には、なぜか巨大な魔獣の石像が鎮座していたのだ。その光景を見た二人は驚愕を隠せない。いや、元より隠そうともしていないのだが。

「あー、おい、ジェイ。何だ、これ?」

「見たところ魔獣と化したバジリスクのようだが……」

 石像をしげしげと眺める二人。

「……おそらくだが、何らかの方法でもってバジリスクを石化させたのだろうな」

「だがよ? 普通はバジリスクが相手を石化させるものだろ? どうして当のバジリスクが石になってんだ?」

「そこまでは僕にも分からんよ。だが、彼が……“霧の街帰り”が何か策を労したのは間違いあるまい」

 肩を竦めながらそういう相棒(ジェイナス)に、ヴェルファイアはなるほどと同意した。

 バジリスクなんて大物を相手取れるのは、このカシュカーンでも“霧の街帰り”か“鋼鉄の騎士”ぐらいだろう。

 ましてやここは“霧の街帰り”が、蛮族の別動隊と戦っていたと思われる場所である。ジェイナスのように考えるのが真っ当な流れというものだ。

「で? 肝腎の“霧の街帰り”はどこに居るんだ?」

 そう言いつつ、ヴェルファイアが周囲を見回していると、夜の闇の中から一人の青年が現れた。

 その青年の背中には、猛禽のような翼。もちろん、そんなものを持っている人間がそうそう何人もいるはずがない。

「よう。無事のようだな、“霧の街帰り”」

「ぎりぎり、だけどな」

 親しげに声をかけたヴェルファイアに、苦笑を浮かべたウィールが応える。

「ところで、何をされていたのですか?」

「ああ。仇敵に別れを告げて来たんだ」

「仇敵……?」

 思わず顔を見合わせるヴェルファイアとジェイナス。

 だが、それ以上は何も語らないウィールの様子に、二人はそれ以上の詮索はしないことにした。

 言葉通り、ウィールは“出来損ない”のヒューリカを埋葬していたのだ。

 蛮族の亡骸を埋葬するなど、人族に取ってはまるで意味のない行為である。だが、かつて自分と死闘を繰り返し、あまつさえ同族にその魂までも道具にされた“出来損ない”を、ウィールはどうしてもそのままにはしておけなかった。

 とはいえ、ウィールも“出来損ない”の亡骸を単に埋葬しただけ。墓標などは立てていない。

 だが、蛮族に対する態度としてはそれで十分である。

「ところでジェイナス。君は『キュアストーン』は使えるか?」

「は? はあ、『キュアストーン』なら使えますが……もしかして、バジリスクと交戦した際に、身体のどこかが石化しましたか?」

「いや、石化したのは俺じゃないんだ。まあ、それはハウルも交えて話をしよう」

 そう言うとウィールは、その視線を二人から遠く離れた場所へと向ける。

 そこでは今でも篝火が幾つも焚かれ、夜の闇をその辺りだけ駆逐していた。

「まずは一旦、ハウルの所に戻ろう。戦いの結末は殆ど見えてきたが、戦いそのものが終わったわけじゃないからな」

 ウィールの言葉に、ヴェルファイアとジェイナスが頷く。

 人族と蛮族がぶつかり合う、カシュカーンを巡る戦いはいまだに続いている。

 だが、蛮族軍はジャバディーンという指揮官を失った。となれば、その戦線が崩れるのは時間の問題だろう。

 元より、蛮族には横の繋がりや同族意識という殆ど概念はない。弱い者は強い者に従う。それが蛮族のルールなのだ。

 蛮族軍で最強であるジャバディーンが倒れた以上、蛮族を纏めることなど最早不可能なのだ。となれば、烏合の衆と化した蛮族軍を、カシュカーン守備隊が打ち破るのも時間の問題だろう。

 ウィールは、サンドリーヌたちを屋敷に運んだ飛竜(ワイヴァーン)の代わりにサンドリーヌが残していったアラクネを駆り、二人組の冒険者を従えていまだに乱戦が続く戦場へと再び突入して行くのだった。

 

 

 

 その後、カシュカーン守備隊は町を守りきることに成功した。

 無論、それには再び戦場に舞い戻ったウィールの働きが大きい。彼は戦場に舞い戻ると、アラクネで戦場を駆け抜けながら、蛮族たちにジャバディーンが倒れたことを触れ回ったのだ。

 当然、指揮官であり纏め役でもあるジャバディーンが倒されたことを知った蛮族たちは、我先にと先を争って逃げ出し始める。

 これに対し、カシュカーンの守備隊隊長であるハウル・バルクマンは、必要以上の追撃を命じなかった。

 数で劣った守備隊は、負傷者や戦死した者も少なくはなく、蛮族を追撃して殲滅するだけの余裕がなかったのだ。

 負傷者の手当てや、戦死者の埋葬、破壊された土塁の撤去、石化したジャバディーンの破壊などを部下に命じたハウルは、ウィールに請われて彼の館を訪れた。その際、二人組の冒険者であるヴェルファイアとジェイナスも共に。

 そして町外れにあるウィールの館で、ハウルは信じられない者を見る。

「──────これは……」

 ウィールの館で、普段は応接間として使われている部屋。そこに一体の石の彫像があった。しかも、その彫像はハウルもよく知るウィールの館に住まう使用人、クリス・カペーに酷似していた。

 そして更には。

 応接間のソファに身を横たえる、クリスの妻にしてウィールの使用人の一人であるサンドリーヌ・カペー。

「ようこそ、バルクマン卿。見苦しい格好ですがお許しくださいませ」

 ソファから上半身を起こし、そう挨拶するサンドリーヌ。

 しかし、ハウルは──ヴェルファイアとジェイナスも──その挨拶には応えることなく、じっと彼女の身体を凝視していた。

 石と化した彼女の左腕と下半身。特に彼女の蛇の如き下半身を見た三人は、驚きに目を向いた。

「……蛮族……」

 そう呟いたのは三人の内の誰だったか。

 驚きに身を固める三人に、その場に居合わせたウィールが何事でもないかのように淡々と声をかける。

「ジェイナス。君にはこの二人の石化を解いてもらいたい。やってもらえるだろうか?」

「……『キュアストーン』を使うことは別に構いませんが……」

 そう言いつつ、ジェイナスは相棒とハウルへと視線を向けた。

「ウィール。説明してもらうぞ。これは一体どういうことだ?」

 ジェイナスの視線を受けて、ハウルは厳しい顔と声で親友と認めた男へと告げる。

「彼女の正体について、おまえに一言も告げなかったことは誤る。だが、誤解しないで欲しい。今回の襲撃に関して、彼女は一切関わりはない。蛮族の内通者などではないんだ」

 ウィールに真っ正面からそう言われて、ハウルは思わず黙り込む。

 サンドリーヌが蛮族だと知ったハウルが一番最初に考えたのは、彼女が今回の襲撃を手引きしたのではないか、という疑問だった。

 彼女が内通者として蛮族に情報を流し、それを元に蛮族がこの町を襲撃したのではないか。ハウルはそう考えたのだ。

「守備隊の隊長であるおまえが、サンドリーヌを疑う気持ちはよく分かる。だが、彼女は敵ではない。それどころか、彼女は蛮族の別動隊と戦ったんだ。その結果、彼女は……いや、サンドリーヌとクリスは敵のバジリスク、“黒こげにする”ジャバディーンの呪いを受けて身体が石化してしまった」

 その後、ウィールはサンドリーヌたちの詳しい背景をハウルに伝えた。

 サンドリーヌが奴隷だったクリスと恋に落ち、総てを捨てて『霧の街』を抜け出したこと。このカシュカーンで、穏やかな生活を手に入れたことを。

 それらの話を、ハウルとヴェルファイア、そしてジェイナスはただ黙って聞いていた。

 そしてウィールが総てを語り終えた時、ハウルは相変わらず厳しい表情のままサンドリーヌへと詰め寄った。

「……ウィールが今語ったことに、嘘偽りはないのだな?」

「ええ。彼の言葉に間違いはありませんことよ、バルクマン卿。万が一、わたくしがクリス以外の人族にこの牙を突き立てるようなことがあれば……その時は貴方様にこの首を黙って差し出しましょう」

 ハウルは目を閉じ、しばらく考え込む。

 人族の中にもどうしようもな悪人がいるように、蛮族の中にも極稀に善良な心を持つ者がいると彼も耳にしたことがあった。

 とある噂によると、このザルツ地方からは遠く離れたフェイダン地方のリオスという国には、人族に味方する『魔剣を持たない』ドレイクがいるとも言う。

 しばらくじっと考えていたハウルは、再びその目を開くとこの館の主へと向き直る。

「良かろう。彼女の身柄はおまえに預ける。万が一、彼女が人族に害をなした場合は──」

「ああ。おまえの手を煩わせるまでもない。その時はこの俺が彼女を斬る」

 互いに厳しい二人の視線がぶつかり合う。

 だが、次には二人とも微笑みを浮かべると、ハウルは背後のジェイナスへと命じた。

「ジェイナス。手数をかけさせるが、彼女たちの石化を解いてやってくれ。ただし、二人ともこの場でのことは内密にな?」

「承知しました」

「おう、了解だ」

 要請を受けたジェイナスは、自身が信仰する太陽神ティダンへと祈りを捧げる。

 そして神より力を借り受けたジェイナスは、石化した二人を元に戻すことに成功するのだった。

 

 

 

 こうして、カシュカーンを巡る攻防戦は終結を迎えた。

 被害は決して少なくはないが、それでも人族は何とか勝利を手にすることに成功する。

 だが、この勝利を期に、ダーレスブルグ公国の中に、とある意見が蔓延し始めた。

 それは、『霧の街』を再び人族の手に取り戻し、奴隷として虐げられている彼の地の人族を解放せんというものである。

 第二次霧の街解放遠征。

 それが徐々に具体的な話となり、ダーレスブルグ公国の主だった貴族たちの間に広まっていく。

 そしてそれは、否応なしにウィールたちをも巻き込んでいくのだった。

 




 『ディーラ紛いのウィール』、実に久しぶりに更新しました。

 一時インフルエンザに罹患して体調を崩していたこともあり、更新が遅くなってしまいました。本当に申し訳ありません。
 取り敢えず、本編の方はカシュカーンを巡る攻防戦も一段落。次からは、『霧の街』解放に向けての話となって行きます。

 現在、年度末の繁忙期で仕事が忙しく、次の更新がいつになるのか全く見通しが立ちません。
 こんな状態ですが、見捨てずに引き続きお付き合いいただけると幸いです。

 では、次回もよろしくお願いします。
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