ルキスラ帝国。
ザルツ地方の中心部に位置し、政治的に地理的にもこの地方の中心となっている大国である。
〈大破局〉の末期に当時のルキスラ軍がこの地方の蛮族軍を次々に打ち破ったことから、“ザルツの要塞”とも呼ばれるこの地方に存在する国家の盟主的存在の国でもある。
そのルキスラ帝国を収めるのは、弱冠三十歳という若き皇帝である。
その名はユリウス・クラウゼ。
二十三歳の時に即位し、以後大胆な改革を繰り返しルキスラに力を取り戻させた英傑と表されている。
白磁のような白い肌と輝く金髪、そして澄んだ青い瞳の美貌の青年であり、見る者を一目で魅了するとも言われている。
だが、そんな外見に騙されてはいけない。
彼は優れた見識と頭脳、そしてルキスラ皇帝家に代々伝わる『クラウゼ流一刀覇王剣』という卓越した剣技を誇る武人でもあるのだ。
また、彼は冒険者を優遇する政策でも知られており、冒険者たちが過去の遺跡より発掘する遺産を積極的に取り込むことで帝国の技術は進歩し、合わせて経済も栄えるに至っている。
魔動機文明の遺産の研究から生み出された複製品が、帝都ルキスラのさまざまな施設のみならず、市民の生活道具にまで使われているのだ。
まさに文字通りザルツの中心であるルキスラ帝国。
その王城の一室に、この地方の国々を代表する面々が集ったのは、カシュカーンが蛮族の大軍の襲撃を受けた一月後のことであった。
「それでは、各国連合で軍を派遣することはできないと言うのだな?」
その場に集った一同を見回して、ダーレスブルグ公国第四軍の将軍であるマクダレーナ・イエイツは、不機嫌そうな低い声でそう告げた。
「その通りです、マクダレーナ将軍。ザルツ地方の各国合同軍によるヴァルクレア城攻略作戦……あの作戦はブルームという新たな土地を我ら人族にもたらしたものの、実際は事実上の失敗……今の我らに再びあの規模の大軍を派遣する余裕はありません」
マクダレーナの威圧するような鋭い視線に気圧されることもなく、平然とそう告げたのはマクダレーナよりも遥かに年若い少女だ。
「我がフェンディル王国としても、霧の街奪還は悲願でもあります。あの街には、今も数多く同胞たちが忌わしき蛮族たちの奴隷となっているのですから」
そう告げる幼げな外見の少女。彼女は“花の国”とも呼ばれるフェンディル王国の現女王、コークル・フェンディルその人である。
古代魔法文明から連綿と続く歴史ある国家であり、今もなお、ザルツ地方で魔法と芸術の発展では他国の追随を許さない王国である。
国民の王家に対する敬愛も深く内政も安定しており、伝統的に平和を愛するその国民性は、陽気で開放的、そして他国からの来訪者にも気さくに接することで知られている。
そのフェンディル王国を治めているのは、先王亡き後その地位を引き継いだ双子の姉妹。彼女たちは“双子姫”と呼ばれ、弱冠十六歳の若さで共同でフェンディルをとり纏めている。
その“双子姫”の内、コークルは姉にあたり政治の手腕に長けた姫だ。
「だが、今が好機なのだ! 今、霧の街に巣くう蛮族どもは大きく戦力を低下させている。だが、このまま手をこまねいていては、低下した戦力を回復させる猶予を与えてしまうのだ!」
激昂してテーブルに拳を打ちつけるマクダレーナ。彼女は、一瞬だけ背後に控えていた人物を肩越しに見た。
この場──各国の代表が集う議会の場──にありながら、その人物は身体を外套で覆っている。しかも、その背中は、歪な歪みを見せていた。
「先だってのカシュカーン襲撃の折にも、霧の街の高位蛮族の一人を討ち取っている。今こそがまたとない好機なのだ! なぜ、それが分からんっ!?」
ダーレスブルグ公国を代表してこの場に臨んでいるマクダレーナは、厳しい視線でこの場にいる他の者たちを見回した。
「……ま、まあまあ。落ち着いてください、マクダレーナ様。ここは一つ穏便に──」
興奮するマクダレーナをエルフの男性が諌めようとするものの、彼女に更に厳しい視線を向けられてその男性は肩を竦めた。
その男性の名前はシモン・ボンヌフォア。
ザルツ地方の北西に延びる半島の先端にある港湾都市ロシレッタ。そのロシレッタを代表してこの場に訪れている代表議員の一人である。
ロシレッタはザルツ地方最小の都市国家であり商業国である。その商業ルートはザルツ地方だけに留まらず、遠隔地にまで及んでいる。その交易で培った財力と通商ルートによる影響は、ルキスラ帝国でさえ無視できないほどとなっていた。
また、この国は人間、エルフ、ドワーフがほぼ同数という珍しい人口構成をしており、文化や風俗も他の国々とは一線を画している。
三つの種族の代表が合議制を敷いて国家を運営しており、シモンはそのエルフの代表議員というわけである。
ただし、各種族が各々の主張のみを訴え、国政がまとまらないという欠点も併せ持っていた。
シモンを視線のみで黙らせたマクダレーナが更に言い募ろうとした時。
それまでずっと寡黙を守っていた一人の男が口を開いた。
「我がルキスラ帝国としても、今は兵を動かすことはできん」
ザルツ地方各国の代表が集まっているこの部屋。
口を開いたのは、この場を取り纏める立場に座している男だ。
白い肌と輝く金髪。そして澄んだ宝石の如き青い瞳。
今日のこの会議の取り纏め役でもあるその男。
「ユリウス……いや、ユリウス陛下」
マクダレーナがその男の名を口にする。
ユリウス・クラウゼ。このルキスラ帝国を治める若き皇帝。
「だが、霧の街を我ら人族の手に取り戻すことには反対ではない。よって、ここは各国合同でヴァルクレア城攻略作戦のように大軍を以て正面から戦うのではなく、別の手段を用いてはいかがか?」
ルキスラの若き皇帝の青い瞳が、ダーレスブルグの姫将軍を真っ正面から見据える。
いや。
ユリウスが見ているのはマクダレーナではない。
彼女の背後で、彫像のように立っている茶色い髪の青年──“霧の街帰り”と呼ばれるその青年を見定めるかのように見ていたのだ。
会議が終わり、控え室に戻ったマクダレーナとウィールは、そこで待っていたハウル・バルクマンに会議の結果を告げた。
ザルツ地方の各国の代表が一同に集い、現時点で戦力が著しく低下していると思われる霧の街を奪還するための会議。
しかし、当初マクダレーナが考えていたような各国合同で霧の街を奪還する、という決議は得られなかった。
だが、ルキスラ皇帝、ユリウス・クラウゼの言葉により、別の方法で霧の街を攻略することが決定した。
即ち。
「……おまえがまた単独で霧の街に潜入し、反抗勢力と協力して霧の街に君臨する
マクダレーナの白皙が、悔しそうに歪む。会議の決定を聞かされたハウルもまた、主である“姫将軍”と似たような表情だ。
だが、反対に大役を押しつけられたウィールは、マクダレーナたちよりも随分と落ち着いていた。
「気にしないでくれ、マクダレーナ。元々、俺はもう一度あの街へ戻るつもりだったからな。それにヤーハッカゼッシュを討つ方法にも心当たりがないわけじゃない」
先日のカシュカーン防衛戦で共に戦った二人の冒険者。ヴェルファイアとジェイナスは霧の街へと赴くウィールに代わってカシュカーンの守りにつくため、ウィールとは同行しないのだ。
そして霧の街には、かつてウィールが出会ったクレアクレアという名のエルフの女性がいる。
彼女は〈守りの剣〉を隠し持っており、それを起動させる方法も知っている。そして、〈守りの剣〉の再起動に必要なだけの〈剣の欠片〉を、ウィールは霧の街にいた時に渡してあるのだ。
〈守り剣〉が発動すれば、「穢れ」の強い蛮族ほどその影響を受ける。そしてそれは、ヤーハッカゼッシュも例外ではないのだ。
「それに、あながち俺一人でもないかもしれないぞ? 霧の街には意外と腕の立つ人族がいるんだ」
蛮族が支配する霧の街では、力がなければ生き抜けない。それができない者は奴隷にされるのならまだましで、単なる食料となるか、気まぐれで殺される玩具になるしかない。
「それに、各国は金銭面や装備面で俺を支援してくれることになったしな」
とはいえ、装備に関してはあまり高価な物や珍しい物は持ち込まない方が無難だろう。
あの街ではいつ、どこで、誰に、何を盗まれるか知れたものではない。それどころか、それらの装備に目を付けた蛮族に無理難題を吹っかけられて奪われないとも限らない。
かつて駆け出しだった頃のウィールも、何度も装備を失った経験がある。
蛮族に敗北して命を失わないまでも気絶してしまい、ふと目が覚めると全裸同然の格好で骨の川と呼ばれる死体放置場にいたことさえあるのだから。
下手に強力なマジックアイテムなどを持ち込み、それを蛮族に奪われでもすれば。それは敵をより強力にしてしまうだけなのだ。
ウィールはこれから各国より提供されるであろう装備を厳選し、持ち込んでも問題ないものだけを装備していくつもりであった。
また、霧の街においても金銭は有効に使用できる。
それどころか、逆に何をするにも金がかかるのだ。安心して休める寝床を確保するためにも、銀貨や宝石などは絶対に必要なのだ。
ウィールとマクダレーナ、そしてハウルが今後の方針を話し合っている時、彼らがいる控え室の扉をノックする音が響いた。
主であるマクダレーナが頷いたのを確認したハウルがその扉を開けると、その向こうには意外な人物がいた。
余りにも意外すぎる人物の登場に、扉を開けたハウルが思わず凍りつく。そしてそれはハウルだけではなく、部屋の中にいたマクダレーナとウィールも同様だった。
「ゆ、ユリウス……クラウゼ……陛下……」
思わず呟くハウル。そしてそれが切欠にして、我に返ったハウルは慌ててその場に跪く。
ウィールも同じように跪くが、なぜかマクダレーナは立ったまま、腕を組んで不機嫌そうな顔をユリウスに向けていた。
「何か言いたそうだな、マクダレーナ」
「当たり前だ」
険しい顔のマクダレーナに苦笑を浮かべたユリウスは、その視線を彼女から彼女の傍らで跪いている青年へと向けた。
「噂は聞いているぞ“霧の街帰り”」
「は」
大国の皇帝から直接声をかけられ、ウィールは視線を床に落としたまま短く応える。
「そう固くならなくてもいい。今はルキスラの皇帝としてではなく、マクダレーナの旧知としてこの部屋を訪れた。おまえも、そっちの“鋼の騎士”も顔を上げて立ってくれて構わない」
そう言われては立ち上がらないわけにもいかない。ウィールとハウルは立ち上がり、改めてユリウスに一礼するとマクダレーナの背後に控えた。
「それで何用だ、ユリウス?」
「おいおい、いい加減にしてくれないか、マクダレーナ。確かに会議でおまえの肩を持てなかったが、あれはルキスラの皇帝として正しい判断を下したと俺は思っている」
ユリウスの言葉は正しい。それぐらい、マクダレーナにも分かっていることだ。
「では、お忙しい皇帝陛下がたった一人で、わざわざ一介の冒険者に会いにきたとでも言い出すつもりか?」
「その通りだよ、マクダレーナ」
嫌味半分で口にした言葉を肯定され、マクダレーナは、いや、ウィールもハウルも思わずぽかんとした表情を浮かべてしまった。
そんな三人をおもしろそうに眺めていたユリウスは、改めて噂の“霧の街帰り”を見定めた。
「…………ふむ。噂通り、中々腕が立つようだな。“霧の街帰り”。一つ、俺に提案があるのだがな?」
「提案……ですか?」
「ああ。先程の会議で、各国はおまえに有形無形様々な支援を与えると決めただろう。その一環とでも思ってくれ」
ユリウスの真意が読み取れず、首を傾げるウィールにルキスラを統べる若き皇帝は更に言葉を続けた。
「我がクラウゼ家に伝わる流派『クラウゼ流一刀覇王剣』……例えその技の一辺とて、覚えてみても決して損にはならないぞ?」
『ディーラ紛いのウィール』ようやく更新できました。
前回の更新からまさかの一ヶ月……本当に申し訳ありませんでした。
まだまだ仕事の方が多忙だったり、別サイトに投稿しているものもあったりして、こんなに間が空いてしまいました。
さて、以前に「ウィールは流派を修得したりするのか」という感想をいただいたので、今回それを拾ってみました。
早速「ザルツ博物誌」を買ってきて、流派を確認すると……ウィールが覚えられそうなのは本編で登場させた『クラウゼ流一刀覇王剣』と、『ジアンブリック攻盾法』ぐらい。となると、名前のかっこよさからもぜひ『クラウゼ流』を覚えさせたくなりまして(笑)。
結果、皇帝陛下との顔合わせとなりました。
今後は、ザルツ博物誌のデータにいろいろと統合していく予定です。
ただ、この小説を書き始めた時代設定から、ザルツ博物誌とでは2年ぐらいの差があります。そこをどう埋めるかが問題ですが。
後から発表されたルールや設定に合わせるというのは、TRPGではよくあることですが(笑)。
では、まだまだ忙しい時期が続いて、いつ更新できるか全く不明ですが、次回もよろしくお願いします。