ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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再会──ヤムールとウルスラ

 

 濃い霧が漂う中、掘っ建て小屋のような見窄らしい家々が立ち並ぶ。

 そんな廃墟同然の中に、一軒だけ三階建ての立派な建物が見える。

 見れば建物には交易共通語と汎用蛮族語で『ヤムールの酒場』と書かれた看板が掲げられ、その店には多くの人族の奴隷や浮民が出入りしているようだった。

 ぎい、と軋む音と共に入り口の扉を押し開ければ、酒場と思われる店内を奴隷たちが忙しそうに動き回っているのが見える。

 以前と変わらないその光景を目にして、『ヤムールの酒場』を訪れたその人物は目深に被った外套のフードの奥でくすりと笑う。

 この時、店の奥にいた長い髭を芸術的に編み、いくつもの装飾品をぶら下げた一人のドワーフが、店に入って来た客をちらりと一瞥してそのまま硬直した。

「お、おまえ……おまえは……まさか……」

「そのまさか、だよ、ヤムールの親父さん」

 その客が被っていた外套のフードを取り払う。

 その奥から現れたのは、茶色い髪とすみれ色の瞳の男性。その男性の左頬には、左の目の上から二筋の傷痕が走っている。

 そして、何よりも彼の正体を告げているのが、不自然に膨れ上がった外套の背中部分。

「ウィール……ウィールなのか……?」

「久しぶりだな、親父さん」

 そう言いながら差し出した青年の右手を、この店の店主でるドワーフは嬉しそうにしっかりと握り締めた。

 

 

 

 名誉蛮族。

 そう呼ばれる存在が蛮族の領域にはいる。

 力が全ての蛮族社会。それは種族に縛られることはない。例えコボルトやコブリンであろうとも、何らかの形で力を手に入れれば上へと伸し上がることができる。

 それが蛮族のルールである。

 そしてそのルールは、本来敵である人族にも適用される。

 人族の社会からはみ出した者が、蛮族の社会で確固たる地位を築くこともあるのだ。

 人族の中では忌み嫌われる存在でるナイトメアが、敵対すべき蛮族の中で地位を得たという例は決して稀ではない。

 名誉蛮族とは、蛮族の領域の中でその力を認められたり、蛮族に協力するなどして蛮族に準ずる権利を与えられた人族をいう。

 当然、蛮族の領域たるこの『霧の街』にも名誉蛮族は多数存在し、名誉蛮族となった人族にはその証として「名誉蛮族の腕輪」が与えられる。

 『霧の街』に宿屋兼酒場を構えるドワーフのヤムールは、そんな名誉蛮族の一人であった。

 彼はその名誉蛮族という立場を利用し、数多くの人族を奴隷として囲い込み、自分の店で働かせながら保護している。

 そして、ウィールもこの『霧の街』にいた時は、このヤムールの奴隷の一人であったのだ。

 ヤムールの奴隷となったウィールは、この『ヤムールの酒場』を拠点として『霧の街』で活動していた。

 この『霧の街』では、浮民でいるよりも奴隷でいる方が何かと活動しやすい。その理由から、ウィールはヤムールの奴隷となっていた。ウィールが望んだ時は、いつでも奴隷から解放するという約束の元に。

 奴隷は、その所有者を印した「奴隷の首輪」を付けられる。この首輪には魔力が宿っていて、所有者が望んだ時にこの首輪を装着した者を窒息させる力を持つ。

 また、この首輪をしたまま『霧の街』から出ても、同様の効果を発揮する。

 このため奴隷となった者は、浮民よりもその身の安全をある程度は保障される反面、その命を主人に握られることになる。

 かつての主であるヤムールと再会したウィールは、彼の店の奥まった一室で、再びこの蛮族の街に舞い戻った理由を告げた。

「そうか……遂に挑むか。翠将(すいしょう)に……あのヤーハッカゼッシュに」

 腕を組み、目を閉じながら呟くヤムール。

「ああ。それが俺がここに舞い戻った理由だ」

 ウィールがそう答えた後も、彼はしばらくじっと考え込んでいた。

 そしてしばらくしてヤムールが目を開いた時、そこに浮かんでいたのははっきりとした決意。

「……分かった。かつてのように、儂にできることがあれば協力しよう」

「ありがとう、親父さん。それで早速で悪いが……」

「おまえが連れてきた浮民のことか?」

 ヤムールの言葉にウィールは頷く。ウィールはこの『ヤムールの酒場』に来る途中で、蛮族に襲われていた二人の浮民を助けた。その二人をそのまま放置することもできず、彼はここまで連れて来ていたのだ。

「あの二人を儂の奴隷にすればいいのだろう? ただし、儂の店でそれ相応には働いてもらうことになるぞ?」

「ああ。親父さんのところなら無理に働かせたりはしないだろう? かつての俺がそうだったように」

 そうだったな、と楽しそうに笑ったヤムールは、部屋にあった戸棚の前まで行き、その中から何かを取り出すとウィールに見せた。

「どうだ? おまえもまた俺の奴隷になるか?」

 そう言いながらヤムールが出したものを見て、ウィールは少し驚いた顔になる。

 ヤムールがウィールに見せたもの。それは一つの首輪だった。そして、その首輪が何なのか、ウィールには心当たりがあったのだ。

「これは、俺の……?」

「ああ。おまえが俺の奴隷だった時に付けていた『奴隷の首輪』だ。おまえがいなくなった時、何となくだがそのまま取っておいたのさ」

 感慨深そうに、しばらくかつて自分が身に着けていた首輪に見入るウィール。

 しかし、ウィールはヤムールが差し出したその首輪を、そのまま彼へと押し戻した。

「いや、俺にはもうこいつは不要だ」

 きっぱりとそう宣言するウィール。そんな彼を見て、ヤムールは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「そうか。今のおまえなら、奴隷でなくても困ることはそうは多くはあるまい」

 ヤムールは首輪を大事そうに戸棚に戻すと、真顔になってウィールに尋ねた。

「それで、これからどうする? まさか、いきなり翠将の居城である翡翠の塔に向かうわけじゃあるまい?」

 この『霧の街』の中央に聳える、緑に輝く美しい塔。それこそがこの街の支配者である翠将ヤーハッカゼッシュの居城である翡翠の塔だ。

 ヤーハッカゼッシュを討つならば、いつかは訪れなければならない場所である。

 だが、それは今ではない。

「いや、まずはこの街の反抗組織と繋ぎを取るつもりだ。それから、具体的な行動案を決めるさ」

 この蛮族が支配する魔都にも、人族の反抗組織が存在する。彼らの目的はもちろん、この街をいつか人族の手に取り戻すことだ。

 “木漏れ日の”ウルスラが率いる『スエラの炎』。

 “月の娘”アリアドネが率いる『月夜蜂』。

 “海風の”トホテルが率いる『風の旅団』。

 この三つが、この街における対蛮族の反抗組織である。

「確かに、反抗組織の協力なくして、この街を蛮族から解放することなどできんだろうな」

 仮にウィールが見事に翠将を討ち取ったとしても、それだけではいつか別の支配者が立つだけである。そのため、翠将を討ち取った後は、速やかに残る蛮族も掃討しなければならない。

 それには多くの人手が必要で、ウィールがどんなに強くても一人では絶対に無理なのだ。

 それゆえに、反抗組織の協力は不可欠なのである。

「ならば、まずは『木漏れ日の施療院』へ行ってみるがいい。そこでウルスラに会い、この街の情報を仕入れるのが良かろう。俺は『木漏れ日の施療院』がどこに存在するのかまでは知らないが、おまえなら知っているのだろう?」

 ヤムールのこの提案に、ウィールは黙って頷いた。

 

 

 

 『ヤムールの酒場』を後にしたウィールが目指したのは、まるで人を惑わせるかのように複雑に入り組んだ、細い路地が続く場所だった。

 かつて初めてこの地を訪れた時、ウィールもこの迷路のような路地に迷子になりかけたこともある。

 そんな複雑な路地の奥に、“木漏れ日の”ウルスラのいる『木漏れ日の施療院』があるのだ。

 浮民や奴隷を無料で治療する治療院を営むウルスラは、奴隷たちからは極めて人気がある。逆に、蛮族たちから見ればこれほど煙たい存在はない。

 そのため、この辺り一体の路地は複雑に入り組んでいるのだ。この路地自体が、蛮族からウルスラと施療院を守るための要塞というわけだ。

 入り組んだ路地を抜けたウィールの目の前に、赤茶けた土が剥き出しになった広場が映る。

 その広場を取り囲むように数軒の粗末な小屋が立ち並び、その小屋には多くの浮民や奴隷が出入りしているのが分かる。

 ウィールが広場の入り口で周囲を見回していると、小屋の一つからドワーフの女性が姿を見せた。

 その女性はフードを被ったウィールを胡散臭そうに見つめていたが、その視線が彼の背中へと向けられた途端、驚きで目を見開いた。

「ま、まさか……あんた……ウィール……なの?」

 先程のヤムールと良く似た反応を見せるウルスラに、ウィールは再びフードの奥で笑みを浮かべる。

 そして、フードを外しながらゆっくりとウルスラに歩み寄った。

「久しぶりだな、ウルスラ。元気だったか?」

「ほ、本当にウィールなの? 蛮族が化けているんじゃないよね?」

「間違いなく本物だよ、俺は。再びこの『霧の街』に舞い戻って来たんだ」

「そう……そうなんだ。馬鹿だね、君は……せっかく、こんな街から抜け出せたって言うのに、わざわざ舞い戻るなんて……」

「そうかもしれないな。だが……俺にもやることがある。だから、ここに戻って来た」

「そっか……でも、また会えて嬉しいよ。それだけは偽りのない私の気持ちだよ?」

「ああ。また、いろいろと世話になると思う。それで、早速だが……」

「分かっているって。情報、だよね? だけど、いくら君が相手でも私の情報は無料(タダ)じゃないよ?」

 ウルスラの言葉に、ウィールは苦笑しながら頷いた。

 彼女が営む施療院は、患者からは一切の報酬を受け取らない。その代わり、ここに集まる浮民や奴隷たちから噂話を聞き出し、その中から確度の高いものを情報として売り、経営費用としている。

 また、ウルスラが率いる反抗組織『スエラの炎』には、浮民や奴隷の立場の者が多く所属している。彼らは積極的に情報を集め、それを『スエラの炎』の首領であるウルスラの元へ知らせてくれるのだ。

 いつかルキスラ帝国やダーレスブルグ公国が、この『霧の街』を奪還するために兵を上げた時、内側からそれに内応する。それが『スエラの炎』の目的なのだから。

「まあ、このまま立ち話するような内容でもないからね。まずは私の部屋へ案内しようか。そこでゆっくりと君の話しも聞かせて欲しいな」

 ウルスラの提案に再び頷いたウィールは、彼女の後に従って広場の一角にある小屋の一つへと向かっていった。

 





 『ディーラ紛いのウィール』更新しました。

 今回は二人ほど、オフィシャルのNPCを登場させました。あ、名前だけならもう二人ほど出たか(笑)。
 次回以降、順次NPCたちには登場してもらうことになるでしょう。
 あと『霧の街』における、ウィールの相棒的存在も出したいところ。『カルディア・グレイス』で登場したシャドウがお気に入りの自分としては、シャドウのキャラクターが出したですな。あと、デーモンルーラーも捨てがたい(笑)。でも、シャドウのデーモンルーラーだと某リプレイのキャラと被っちゃうなぁ。

 では、次回もよろしくお願いします。
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