ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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邂逅

 木漏れ日の施療院の一角に建つ小屋。ここはウルスラが自分の私的なスペースとして使っている場所だ。

 そこにウィールを招き入れたウルスラは、木製のカップに一杯の水を汲むと、それをウィールへと差し出した。

「ほら、綺麗な真水だよ。貴重品なんだから、味わって飲みなよ?」

 ウルスラの言う通り、この『霧の街』では綺麗な真水は貴重品だった。

 街の中で水を手に入れられる場所は限られており、そのような場所は、大抵蛮族に目を付けられている。

 水を汲みに現れた浮民を、蛮族が狩りの獲物として狙うこともあるため、水を汲むのでさえ命懸けなのだ。

 ウィールがかつてこの街で妖精魔法を修得したのも、偶然妖精の声が聞こえたということもあるが、妖精魔法の〈ピュリフィケーション〉が使えるという事実が大きかった。

 〈ピュリフィケーション〉は泥水や汚水を綺麗な真水に変える妖精魔法である。この街では、極めて重宝な魔法と言えるだろう。

「さて、ウィール。再会の挨拶は後にして、まずは仕事の話から始めようか」

「ああ。俺が今欲しい情報は、この街の支配階級にいる上位蛮族たちの居場所だ」

「上位蛮族たちの居場所か……君に倒されたことで、この街の上位蛮族も随分と減ったからね。あと残っているのは……」

 “蹂躙の撃蹄”ケンタウロス・インペイラーのコルデン。“死装の織り手”フェイスレスのパウネーラ。“汚水の女王”ヘルスキュラのオンディーヌ。“豪将”ブラッドトロールのプトゥート。

 そしてこの街の支配者、“翠将”ジェイドバジリスクのヤーハッカゼッシュ。

 この他にも“塚人いらずの”ムギドなど、数を減らしたとはいえまだまだこの街には強敵がひしめいている。

 だが、この街にいるのは蛮族だけではない。人族にも、高い実力を有している者は存在する。

 蛮族反抗組織の一つ、『風の旅団』を率いる“海風の”トホテルを始め、決して人族も無力なだけの存在ではない。

 今、ウィールの目の前にいる“木漏れ日の”ウルスラだって、素手による戦闘技術はなみなみならぬものを持っているのだ。

「そうだね……コルデンの居場所ははっきりしない。あいつは、街の中をずっと移動しているからね。オンディーヌは翡翠の塔の最下層にいるし、プトゥートはダルクレム神殿にいるよ」

「プトゥートか……あいつには一度だけ会ったことがあるな」

 かつてウィールがこの街にいた時、偶然迷い込んだダルクレム神殿。そこでダルクレムの大神官であるプトゥートと巡り会った。

 その時のプトゥートは、配下の蛮族たちと共に鍛錬の最中で、迷い込んだウィールに鍛錬の相手になれと申し出たのだ。

「三合だ。俺の打ち込みを三回凌げれば、貴様をこのまま見逃してやろう」

 そう宣言したプトゥートと対峙したウィール。ぎりぎりながらもプトゥートの打ち込みを三回とも凌ぎ、言葉通りにそのまま解放された。

 もともとトロールという種族は、蛮族でありながらも「強さ」というものに固執するところがある。

 自分が強くなるためならば同胞とでさえ戦うことを辞さない彼らは、目的さえ一致すれば時に人族に味方することさえあるのだ。

 また、「強さ」に対して敬意を払うところもあり、種族を問わず強者は認めるという面も持つ。

 そんなトロールの上位種であるブラッドトロールのプトゥートは、ウィールの実力を認めたのだろう。

 もしもウィールがプトゥートの打ち込みを凌ぎ切れなければ、その場でただの肉塊に成り果てていたに違いない。

「後はパウネーラだけど……」

「ああ。それなら知っている。あいつは物乞いに化けて、夜になるとヤムールの親父さんの店の辺りに時折姿を見せるからな」

 “死装の織り手”フェイスレスのパウネーラは、この街の蛮族軍の軍師的な存在である。

 普段はぼろぼろの衣服を纏って物乞いに化け、街中を彷徨っている。その目的は噂などから蛮族に抵抗する組織に関する情報を集めるためだ。

 そのため、多くの浮民や奴隷が集まるヤムールの酒場近辺に、物乞いに化けたパウネーラが姿を見せるのだ。

 ウィールも以前にそんなパウネーラを見かけたことがある。

 当時はまだ実力も低く、フェイスレスにはとても敵わなかったので手出ししなかったのだ。

「……さて、君が望んだ『上位蛮族の居場所』という情報は開示したからね。約束通り、情報料をもらうよ? どういった形で支払う? 現金? それとも、今日一日ここで働いてくれてもいいよ?」

「そうだな。『樽三杯分の綺麗な水』……でどうだ?」

「乗った! その条件でいこう!」

 ウィールの条件を即断で了承したウルスラは、『木漏れ日の施療院』で働いている浮民たちに、すぐに樽三杯分の水を用意させた。

 集められた水は、どこで汲んだのか嫌な匂いのするものも混じっていたが、そんなことを気にするような人族はこの街にはほとんどいない。

 時には、このような水を口にしなければいけない時もあるのだから。

 それらの汚水を、ウィールは少しずつ妖精魔法で清めていく。さすがに樽三杯分もの水を一度に清めることはウィールにも不可能だ。

 結局、その日一日かけて水を浄化したウィールは、そのまま『木漏れ日の施療院』で一夜を明かして翌朝の夜明けと共にウルスラに一時的な別れを告げた。

 

 

 

 翌朝、ウィールが向かった場所は、傾きかけたぼろぼろの家がひしめくように建ち並んだ通りであった。

 人影は少なく、時々行き交う人々も元気がない。

 ただ、ここら一帯の人々の首には「奴隷の首輪」は見受けられないことから、この辺りが浮民たちが住む地域だと知れた。

 ウィールの爪先がかつんと落ちていた板切れに当たる。

 彼がちらりとその板切れに目を向ければ、それには汎用蛮族語で「追い剥ぎ小路」と書かれていた。

 追い剥ぎ小路の入り組んだ裏路地を抜けた先にある一軒の建物。ウィールは躊躇う素振りもなくその建物に入ると、床に隠されていた隠し扉を開けて地下へと入る。

 そこには数人の人族の姿があり、地下室の最奥には“風来神”ル=ロウドを祀った祭壇。

 ここは、この『霧の街』の隠されたル=ロウド神殿なのだ。

 そして、祭壇の前にいた白髪で温和そうな初老の男性と、眼鏡をかけた短い髪の三十前後の女性が、驚いた顔でウィールを見た。

「ウィール……ウィール……なのか……?」

「ま、まさか……本当にあなたなのですか……?」

「ああ、本物だよ。しかし、どこに行っても同じような反応をされるな」

 初老の男性と眼鏡の女性。彼らこそがこのル=ロウド神殿の神官長であり、反抗組織『風の旅団』の団長である“海風の”トホテルと、その右腕である“雪風の”セイラであった。

 目の前の彼らといい、昨日再会したヤムールやウルスラといい、自分と出会う者は皆似たような反応をするので、ウィールは思わず苦笑した。

 そしてウィールは、ここでも自分がこの街に戻ってきた理由を説明し、かつてのように協力を取り付けた。

 彼が考えている計画では、この街の各所で同時に行動を起こす必要があり、そのためにはどうしても人手が必要である。

 この『霧の街』に存在する反抗組織の協力は、絶対に必要なのだ。

 だがその計画の前に、この街にいる上位蛮族を倒ししておかなければならない。

 ジェイドバジリスク、“翠将”ヤーハッカゼッシュはただでさえ強敵なのだ。彼と配下の上位蛮族を同時に敵に回した場合、いくらウィールといえども勝てる見込みはほとんどないだろう。

 だから、前もって敵の戦力を削いでおかなければならない。そのため、ヤーハッカゼッシュに決戦を挑む前に、主だった上位蛮族を倒しておく。それがウィールの計画の前段階である。

 

 

 

 トホテルたち『風の旅団』に以前同様の協力を取り付けたウィールは、残る最後の反抗組織である『月夜蜂』と接触するために追い剥ぎ小路を後にした。

 かつては何度も行き来した道筋を思い出しながら、次の目的地へとゆっくりと歩いていくウィール。

 この街では、いつ、どこで蛮族と遭遇するのか知れたものではない。しかも、その辺の通りで上位蛮族並の実力を持った相手と遭遇することさえあるのだ。

 つくづく、ここは蛮族が支配する魔都なのだと実感する。

 そんな益体もないことを考えながら歩いていると、ウィールはとある場所へと差しかかった。

 辺りには無残に破壊された建物の残骸が転がっている。残っている建造物の壁などには黒く焼け焦げた跡があり、火を放たれたのだと容易に知れる。

 倒れた柱の一つに、“太陽神”ティダンの紋章が彫り込まれているところから、ここはかつてティダンを祀った神殿だったのだろう。

 この街が蛮族の手に落ちた時、第一の剣に属するティダンの神殿は、蛮族たちに完膚なきまでに破壊されたらしい。

 ウィールは以前にもこの場所には訪れたことがあり、その時は瓦礫に埋まっていた地下へと続く階段を発見した。

 だが、好奇心からその階段を下りたところ、地下で不死者(アンデット)に襲われた。しなくてもいい戦闘を強いられたウィールは、無駄な好奇心はこの街では命取りになると実感したものだ。

 そんな過去に記憶に苦笑しながら、この場所から立ち去ろうとした時。

 足元に真新しい足跡があることに、ウィールは気づいた。

 その足跡はウィールのものよりもやや小さく、しかも靴を履いているようだ。蛮族はほとんどが靴など履かないので、この足跡は人族──それも女性か子供のものだろう。どうやらその足跡は、地下への入り口へと向かっている。

 一瞬どうしたものかと思案したウィールは、周囲に十分警戒しながら、再び地下への階段を降りて行った。

 

 

 

 足音を殺し、階段を降りたウィールは地下室へと辿り着いた。

 以前にこの地下室に来た時は、辺りに無数の白骨死体が転がっていた。おそらくは、ティダン神殿が破壊された時に焼け死んだのだろう。不死者に襲われたのもここである。

 だが今、床は綺麗に片付けられ、部屋の片隅には小さいながらも祭壇のようなものが築かれていた。

 ティダンの紋章を刻んだ小さな石碑を神体とした、祭壇というよりも(ほこら)のような質素なものだ。

 そして。

 そしてその祠の前には、一人の人族の女性が跪いて祈りを捧げていた。

 彼女はウィールに背中を見せているため、種族までは判断できない。

 だが、衣服の端から覗く手足の肌は、灰色がかった褐色であった。

 ウィールが気配を殺して観察する中、女性は祈りを終えて立ち上がった。

 女性にしては長身だろう。おそらくウィールと遜色ないほどの身長だ。

 体付きは細身でしなやか。その挙動から、相当鍛えられていることが窺える。

 煮固めた革鎧を身に着け、手には槍。そして、首にはディダンの聖印。

 どうやら、彼女はこのティダン神殿跡に信仰の依代となる祠を秘かに築いたようだった。

 祈りを終えた女性は、地下室の出入り口へと向き直る。つまり、ウィールのいる方に、だ。

 この時、ウィールはその女性の顔をようやく確認できた。

 灰褐色の肌は、テラスティア大陸ではあまり見かけられないが、このレーゼルドーン大陸では時折見かけられる。

 そして何より特徴的なのが、額に存在する第三の眼である。

「……シャドウ……」

 思わずウィールの口からその言葉が零れ出る。

 今彼が言ったように、灰褐色の肌と額の第三の眼は、シャドウと呼ばれる種族の特徴に外ならなかった。

 

 




 えー、一ヶ月以上もご無沙汰してしまいました。本当に申し訳ありません。
 ようやく、『ディーラ紛いのウィール』が更新できました。

 本編の方は、『風の旅団』との接触、そしてシャドウの女性との邂逅。今後、彼女はウィールの相棒役としてストーリーに絡んでいきます。
 予定ではあと一人、ウィールの仲間に加わる人物がいます。

 次回の更新予定はまるで決まっていませんが、極力早目に更新したいと思います。
 でも、どんなことがあっても絶対に最後まで書き続けますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。

 では、次回もよろしくお願いします。
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