狭い通りを挟むように、建物が建ち並んでいる。
周囲に漂うのは、どこか蠱惑的な甘い香の匂い。そして、その通りのあちこちにぽつりぽつりと、うら若い女性が通りかかる人族や蛮族にねっとりとした熱い視線を送っている。
中には、女性ではなく美しい顔立ちの少年の姿もあった。
「ここは……」
ここまで黙ってウィールに付き従ってきたシャドウのナディアが、周囲を見回した後に軽蔑するような視線を前方を歩くウィールへと向けた。
「ま、まさか、出会って早々にこのような場所に連れ込むとは……この性欲の権化! 性欲の塊! 性欲の帝王!」
「……えらい言われようだ……」
背後から浴びせられる罵声に少しだけ肩を落としつつ、ウィールはここ、娼婦街の奥にあるとある建物を目指した。
かつてここで馴染みのあった娼婦たちがウィールの姿を見て驚きを露にする中、目的の建物に到着したウィールは、無造作にその中に足を踏み入れた。
「こ、こんな所に私を連れ込んで……身体だけが目的だったのね! 見損なったわ!」
「いい加減、そのわざとらしい小芝居、止めないか? しかも表情に変化はないし、台詞は全部棒調子だし」
「おや? お気に召しませんでしたか? 私なりに親睦を深めようとしているのですが……」
「普通、逆効果になるからな、それ」
そんなことを言い合いながら、ウィールは建物の中に隠されていた落とし戸を開け、下へと続く階段を降りていく。
ナディアも無言で後に続き、やがて二人は地下に存在する部屋へと到達した。
「あら……誰が来たのかと思えば……あなただったのね」
「ああ。久しぶりだな、アリアドネ」
名前を呼ばれて、部屋の中にいた短い黒髪の美しい女性がにっこりと微笑んだ。
彼女は“月の娘”アリアドネ。娼婦街の娼婦や男娼を束ねる元締めにして、蛮族反抗組織『月夜蜂』の首領でもある。
『月夜蜂』に所属するのは、娼婦や盗賊などである。しかし中には暗殺者なども含まれており、これまでにたくさんの蛮族を闇から闇へと葬ってきた。
「ところで……」
アリアドネの視線が、ウィールの背後にいるナディアへと向けられた。
「そちらの彼女はどなた? まさか、ここに娼婦として売りに来た奴隷ってことはないわよね?」
「当たり前だ……」
一体、自分は周囲からどのような人間に見られているのだろうか。
割と本気で悩み始めたウィールであった。
ウィールは、アリアドネにこれからの予定──ヤーハッカゼッシュを打倒するための計画を告げた。
「そう……いよいよ行動を起こすのね?」
アリアドネの問いかけに頷くウィール。そんなウィールにアリアドネが微笑む。
「いいわ。我ら『月夜蜂』もその計画に賛同する。となると、今後は『風の旅団』と『スエラの炎』とも歩調を合わせなくてはいけないわね」
「ああ。基本的な繋ぎは俺が取るが、俺がいなくても各組織同士の連携を図りたい。無論、『風の旅団』と『スエラの炎』の了承は取り付けてある」
「分かったわ。ヤーハッカゼッシュを倒すのは、
何やら含みのある言い方をするアリアドネ。そのことにウィールは気づいていたが、あえてそれには触れないでおいた。
「しかし、ヤーハッカゼッシュと対決するとなると、問題となるのは……」
「ああ。奴が所持する魔剣……“紅霧の魔剣”クルルガランの存在だな」
「クルルガラン……?」
聞き慣れないその名前に、ナディアが不思議そうに首を傾げる。
“紅霧の魔剣”クルルガラン。それはウィールが言うようにこの街の支配者である
この魔剣が持つ魔力が発動すると、赤黒い不気味な霧が『霧の街』とその周辺を覆い尽くす。そしてこの霧の中にいる限り、その身に「穢れ」を帯びている存在は、その「穢れ」の大きさに比例して力を増すのだ。
つまり、生まれながらにして「穢れ」を持つ蛮族は、この霧が発生している間は更に手強くなるのだ。もちろん、それはヤーハッカゼッシュも例外ではない。
ただでさえ手強いジェイドバジリスクのヤーハッカゼッシュが更に強くなる。それはウィールほどの実力を持つ冒険者でも、できれば避けたい事態であった。
「……だが、クルルガランについては、対抗策がないわけじゃない」
「あら、そうだったの? さすがは“ディーラ紛い”ね」
アリアドネの瞳の奥にある種の光が宿る。そのことにウィールは気づいていたが、そのまま気づいていないふりを貫く。
「それで、その対抗策っていうのは、具体的にはどのようなものなの?」
「悪いが、今はそれを教えるわけにはいかないな」
一瞬、アリアドネの表情が顰められるが、それはすぐに穏やかな笑みへと取って代わった。
「これはアリアドネだけではなく、『風の旅団』のトホテルにも『スエラの炎』のウルスラにも伝えていないからな」
「そうなの。それなら仕方ないわね」
その後、ウィールとアリアドネは互いの近況や『霧の街』についての情報をやり取りした。
「……そう。ジャバディーンを倒したのね」
「ああ。これで少しはこの街の脅威も減ったと思う。まずは残りの上位蛮族を倒してから、翡翠の塔へ挑むつもりだ」
「なら、私からも一つ情報をあげるわ。きっとあなたの役に立つと思うわよ?」
そう言ったアリアドネは、蠱惑的な視線をウィールに向けながらぱちりと器用に片目を閉じて見せた。
先頭を疾走するのは、一際大きな身体を持つ騎兵。その背後に、四騎が見事に速度を合わせて並行に並んで走っている。
よく見れば、それが普通の騎兵ではないことはすぐに分かる。なぜならその騎馬には頭がなく、代わりに人間の上半身が生えているのだから。
ケンタウロス。そう呼ばれる蛮族である。
蛮族の中には珍しく、名乗りを挙げて真っ正面から戦うことを誇りとする種族である。そのため、時に他の蛮族と敵対関係になることもあるという。
「……アリアドネの情報通りですね」
「ああ」
疾駆する五騎のケンタウロスが近づいてくるのを道の真ん中で待ち受けながら、ナディアはウィールへと語りかけた。
上位蛮族の一体である、ケンタウロスインペイラーのコルデン。彼が部下である“蹂躙の撃蹄”コルデン葬送騎士団のケンタウロスと共に、毎日定められた時間に疾走するコースをウィールたちに教えたのは“月の娘”アリアドネであった。
そしてアリアドネの情報通り、今コルデン葬送騎士団は目の前に迫っている。ウィールたちがこの場にいる理由はただ一つ。上位蛮族であるコルデンの打倒だ。
やがて目前まで五騎のケンタウロスが迫る。進路上に二人の人族を確認したコルデンは、手にした槍を掲げて部下に停止を指示した。
「何者だ? 我らを“蹂躙の撃蹄”コルデン葬送騎士団と知ってのことか?」
「無論です。私たちはコルデン葬送騎士団の団長である、あなたの首を取りにきたのですから」
「ほう。おもしろいことを言う人族の雌だ。貴様ごときの細腕でこの我を討ち取れるとでも思っているのか?」
「ふふふ。あなたの目は節穴ですか?」
「なにぃっ!?」
見下すように自分たちを見る人族──シャドウの雌の言葉に、コルデンではなくその部下たちの顔色が怒りで赤く染まる。
さすがにコルデンはそんな安っぽい挑発に乗ることはなく、部下たちに指示を出して彼らを落ち着かせる。
「益々おもしろいことを言う雌だ。良かろう。貴様の挑戦、このコルデンが受けて立つ!」
手にした槍を脇に構え、突撃の姿勢を見せるコルデン。だが、ナディアは相変わらず平坦な表情で背後を振り返った。
「さあ、ウィール。相手はこちらの挑戦を受けました。後はあなたがちょちょいのちょいで料理してください。ああ、安心して構いません。手下どもは私が引き受けますので」
自分に向けてしれっとそんなことを言うナディアに、ウィールは思わず片手で顔の半分を覆った。
それでもこうなっては逃げるわけにもいかず、ウィールは腰のドミネイターを抜いて構える。
「ほう。それほどまでに巨大な剣を片手で構えるか……貴様、できるな? 名を聞こう」
「ウィール……貴様たち蛮族たちからは“ディーラ紛い”とも呼ばれている」
その二つ名を聞いた途端、コルデンの口角の端が大胆に持ち上げられた。
「そうか……そうか、貴様が“ディーラ紛い”か! その背中の翼、確かに本物に間違いあるまい! 良かろう! 我の相手に不足はない! そして改めて名乗ろうではないか! 我が名はコルデン! 栄えある“蹂躙の撃蹄”コルデン葬送騎士団の団長なり! いざ、尋常に勝負っ!!」
愛用の豪槍を脇に構えたコルデンは、四本の肢で疾走を開始する。対するウィールもまた、剣と盾を構えたまま迫るコルデンに向け、背中の翼を拡げて低空を滑るように飛翔する。
四本の肢と二枚の翼。それらが剣と槍を得物にして激しく衝突した。
決着は実にあっけないものだった。
コルデンの槍を自身の身体に到達する直前まで引きつけたウィールは、利き手に握ったドミネイターを下から上へと振り上げた。
その斬撃は、コルデンの豪槍を一撃で半ばから断ち斬る。次いでウィールは右手のドミネイターを振り切った姿勢のまま、槍を断たれて目を見開いているコルデンの顔面に左手の盾を力一杯打ちつけた。
「が……ふ……っ!!」
顔面に衝撃を受け、視界に火花が飛び散ったコルデンは、思わず人間と同じ上半身を仰け反らせる。
屈強な馬の下半身はその衝撃に易々と絶え、そのまま倒れるようなことはなかったものの、それでもそれは大きな隙だった。
むろん、その隙をウィールは見逃さない。
大地に足を着けたウィールはそのまま跳躍。がら空きになっているコルデンの鳩尾部分へ鋭い回し蹴りを放つ。
ずん、という腹部への大きな衝撃に、仰け反った上半身を今度は前のめりにすることを強制されるコルデン。
跳躍したまま翼を拡げ、宙で体勢を整えたウィールはまるで差し出されたかのようなコルデンの首筋に、真上から両手持ちに握り変えたドミネイターを真っ直ぐに振り下ろした。
まるでチーズに熱したナイフを差し入れるかのように、さほどの抵抗もなくドミネイターの刃はコルデンの首を断ち落とす。
首の切断面からどばどばと血を吹き出すコルデン。その人間の上半身と馬の下半身の境目辺りに、着地したウィールは返す刀で再度ドミネイターを再度一閃。首を失ったコルデンの上半身と下半身を一刀両断にした。
都合三つのパーツに切り分けられたコルデンが、ようやく大地に倒れ臥す。
両者が駆け出してからそこまで、呼吸を数度繰り返す程度の時間でしかなかった。
あまりの展開に、思わず棒立ちになるコルデンの部下たち。それどころか、ナディアまでもがその光景を呆然と眺めていた。
仮にも上位蛮族に名を連ねるコルデンが、瞬く間に三つに分断されたのだ。彼らが目を丸くするのも無理はない。
特にナディアなどは、先程ウィールに「ちょちょいのちょいで片付けろ」などと半ば巫山戯て言ったのだが、まさかそれが本当になるとは思いもしなかった。
やがてケンタウロスの一体が、ふと我に返った。いまだに驚愕が消えない顔を左右に振って周囲を見回すと、そのまま一目散に逃げ出す。
それが切欠となり、次々と逃走に移るケンタウロスたち。
ウィールとナディアはその後を追おうとするが、人の足と馬の足では速度が違い過ぎる。例えウィールが空を飛べたとしても、今からでは逃走するケンタウロスたちに追いつくことは不可能だろう。
二人が半ば諦めかけた時。
逃走するケンタウロスたちの進路上に道の脇から何かが飛び出したのを、ウィールとナディアは確かに見た。
その飛び込んだ何かが、逃走する四騎のケンタウロスの蹄に踏み潰されるのを幻視するウィールたちだったが、実際はそうはならなかった。
なぜなら。
その飛び出した何かは、左右の手に生えた禍々しい爪で以て、ケンタウロスたちを次々に引き裂いていったのだから。
『ディーラ紛いのウィール』更新です。
またもや間が空いてしまい、申し訳ありません。それでも何とかこうして更新できました。
そして、登場して早々に葬送されたコルデン。感想でもいただきましたが、モンスターレベル6のケンタウロスインペイラーが、10レベル相当のウィールに敵うはずもなく。
結果、あっと言う間の退場となりました(笑)。
話は変わりますが、当作もお気に入り登録がついに50件を突破!
『ソードワールド2.0』なんてマイナーなジャンルにしては、十分に健闘していると思うのは自分だけでしょうか。
お気に入り登録してくださった皆様、本当にありがとうございました。
では、これからものんびりとした更新になるとは思いますが、以後もよろしくお願いします。