数体のケンタウロスを一瞬で屠ったその人物は、返り血に塗れた姿で悠然とウィールとナディアの方へと近づいてきた。
「よう。ちっとばかりツメが甘えんじゃねえか? “ディーラ紛い”の大将?」
親しげにしゅたっと右手を上げながら、不敵な笑みを浮かべるその人物。
身長はウィールとほぼ同じくらい。体付きもやや細身ながらもしっかりと鍛え込まれているのがよく分かる。
短く刈り込んだ金髪とエメラルドのような瞳が印象的だが、なぜか左目だけがやや大きく歪であった。
「おまえは……ウィークリング……バジリスク・ウィークリングか?」
「おう、正解。さすがは“ディーラ紛い”の大将、博識だな?」
その人物は更に笑みを深めると、ウィールへ右手を差し出した。
「俺はディオン。バジリスク・ウィークリングのディオンだ。これからよろしくな、“ディーラ紛い”の大将」
「これから……?」
ディオンと名乗った人物の言葉が全く理解できない。
あまりにも胡散臭すぎて、ウィールもナディアもディオンが差し出した右手は無視することにした。
ウィークリング。
蛮族の中にはそう呼ばれる者たちがいる。
だが、ウィークリングは種族の名前ではない。
人族の中に生まれつき穢れを持つナイトメアが生まれるように、蛮族の中にも生まれつきその身に宿す穢れが少ない者がいる。
そんな者たちがウィークリング──モヤシ野郎──と呼ばれるのだ。
ウィークリングは全ての蛮族の中から生まれる可能性があり、親の種族によって微妙に能力が異なる。
例えばウィールたちの前に現れたディオンは、バジリスクから生まれたウィークリングであり、親同様に石化の魔眼と毒を帯びた血液を持つ。
蛮族社会において、ウィークリングの地位は極めて低い。
力が全ての蛮族の中において、力に劣るウィークリングが認められないのは当然であった。
よって、ウィークリングの中には、生きる場所を求めて人族社会へと逃れる者もいる。
だが、ウィークリングも蛮族であり、人族社会でもナイトメア以上に疎まれた存在であり、その正体を隠してこっそりと隠棲している者も少なくはない。
当然、蛮族が支配する魔都『霧の街』にも、相当数のウィークリングは存在するのだ。
「それで? おまえは何の目的があって俺たちの前に現れた?」
突然現れたディオンと名乗るバジリスク・ウィークリング。当然だが、いきなり現れた存在を信用できるものではない。仮にもウィークリングは蛮族なのだから。
とはいえ、蛮族だからと言って信頼できない相手とは限らない。
現にウィールには、ラミアのサンドリーヌという盟友がいるのだから。
「いや何な? アリアドネの
ディオンの言葉を聞き、思わず天を仰ぐウィール。
最近仲間となったナディアといい、目の前に現れたディオンといい、どうしてこうも勝手に自分の仲間になりたがるのだろうか。
確かに今のウィールは、“ディーラ紛い”の二つ名で少しは知られた存在だろう。
だが、ここは『霧の街』である。反蛮族の急先鋒である自分の仲間となれば、当然蛮族から敵視されることになる。その辺りのことを、この二人は考えているのだろうか?
「俺の仲間になるのはいいが、それ相応の覚悟はあるんだろうな? 俺が最終的に挑むのはこの街の支配者である“翠将”ヤーハッカゼッシュだ。当然ながら一筋縄じゃいかない相手だし、仲間になる以上はかなり危険なめに合うことになるぞ?」
ウィールはディオンに対して言っているが、それはナディアにも聞かせるためだった。自分と一緒に行動する以上は、それなりの覚悟が必要となる。
「おう、構やしねえって。なんせ“ディーラ紛い”の仲間ともなれば、娼婦街の娼婦たちに受けがいいからなぁ。へへへ、実はよ? ここだけの話だが、もう娼婦たちには俺が大将の仲間だってことにしてあるんだよ。いやー、そしたら娼婦たちのサービスが凄え、凄え。大将は娼婦街の姉ちゃんたちにも人気があるんだな。さすがだぜ!」
ウィールは以前にこの『霧の街』で活動していた時、娼婦街を頻繁に利用していた。
なぜなら娼婦街はある種の中立地帯であり、人族でも安心して休息を取れる数少ない場所だったからだ。
娼婦街は下位の蛮族も客として訪れる場所であり、そこでは揉め事は行なわないという不文律がいつの間にか出来上がっていた。
もちろん、娼婦街で休息するためには娼婦を買わなければならない。今でもあの街の娼婦の中には、ウィールと一夜限りの愛を交わした者が数名存在している。
そんな娼婦たちから、“ディーラ紛い”の噂は拡がっているのだろう。
「で? そっちの三つ目の美人は大将の何? もしかして大将の
「おまえの頭の中には女のことしかないのか?」
呆れたように呟くウィールに、ディオンはにかりと笑みを浮かべる。
「当たり前だろ? 所詮、この世は男と女しかいねえんだ。いや、中にはどっちつかずな連中もいるけどよ? となれば、やっぱり男として生まれた以上は、美人を侍らせた生活をするのが夢だろう? え? 大将もそう思わねえ?」
べらべらと自分の野望について語るディオンを無視して、ウィールは背後のナディアに振り返る。
「聞いていただろう? 君はどうする?」
「もちろん、あなたと行動を共にします。なんせ、私は既にあなたなしでは生きてはいけない身体にされてしまいましたから」
口では過激なことを言うものの、相変わらず彼女の表情には変化がない。適当なことを言っているのがバレバレだ。
だが、そうは思わない者が約一名、この場にいた。
「おおお? そっちの姉ちゃんはすっかり大将にメロメロってわけか? いや、感服しました! さすがは“ディラー紛い”の英雄だ!」
「ええ、私は既に身も心もウィールのものですから。私に下手なちょっかいを出すと、“ディラー紛い”のウィールが黙ってはいませんよ?」
「おお、恐え、恐え。さすがに俺も大将を怒らせるようなことはしねえって。だから安心しなよ、姐さん?」
なぜか自分の知らないところで次々と構築されていく人間関係に、ウィールは途轍もない疲れを感じた。
済し崩し的にディオンを仲間に加えることになったウィール一行。
一行のリーダー格であるウィールは、改めてここで新たな仲間たちの能力を把握することにした。
「私はティダンの神官であり、戦士としての訓練も受けています。後は野伏と軍師としての心得もありますね」
「俺は
「魔神使い?」
ウィールも魔神使いという存在のことは噂で聞いたことがあった。
異界に棲む魔神と契約することで、魔神の力を自身の身体に宿して力を振るう者たちのことである。
噂によれば、この『霧の街』最大の豪商であるザバールという名前のタビットの商人も、高位の魔神使いであるという。
「そういえば、先程ケンタウロスたちを引き裂いたのは……」
「おう。あれが魔神使いとしての力だ。両手をスポーンという下位魔神の爪に変化させんだよ。ま、魔神使いとしちゃ基本中の基本だな」
その後もウィールは二人の能力を聞き出していった。
ナディアはティダン神官としてはかなり高位で、特殊神聖魔法の〈デイブレイク〉まで使えるようだ。そして戦士としての実力は、ウィールよりもやや劣るといったところか。
ディオンの魔神使いの力は、毒をその身に纏う〈ヴェノムエスパーダ〉や『魔神の苗床』を生み出す〈デモンズシート〉が使えるらしい。
確認した二人の実力はウィールには僅かに及ばないものの、一緒に行動するには充分なものだった。
もしも二人の力が著しくウィールより劣るようならば、おのずとその行動が制限されるがその心配は不要のようだ。
「それで? これからどうするんだ、大将?」
「俺の計画では、まずはこの街の上位蛮族を倒してから、“翠将”に挑むつもりだ」
「となると、次の標的は……?」
ナディアに尋ねられたウィールは、目を閉じてしばらく考え込む。
残る上位蛮族は“死装の織り手”フェイスレスのパウネーラと“汚水の女王”ヘルスキュラのオンディーヌ、そして“豪将”ブラッドトロールのプトゥートに“塚人いらずの”ムギドといったところだろう。
その中でオンディーヌとムギドは、翡翠の塔の中にいておいそれとは近づけない。
ダルクレム神殿を拠点とするプトゥートの周囲には、ダルクレム信者や彼の信奉者たちが数多くいる。
となれば。
「…………次に狙うのは、“死装の織り手”のパウネーラだな」
次の標的をパウネーラに定めたウィールは、ナディアとディオンを連れて拠点であるヤムールの酒場に戻ることにした。
休息を取ることも目的だが、ヤムールの酒場の前には物乞いに変装したパウネーラが現れることがある。パウネーラを探して歩き回るよりは、そこを襲撃した方がいいと判断したからだ。
突然二人もの仲間を連れて帰ったウィールにヤムールが目を丸くして驚く一幕もあったが、ウィールたちは無事にヤムールの酒場で休息を取ることができた。
やはり、この街の食事は不味い。街の外から来たウィールには、改めてそれを思い知らされた。
だが、この宿で提供される食事は、他で食べるものよりは幾分ましなのだ。この宿の食事はまだ人族が食べる食材が使われているが、他では堂々とネズミ肉のミートボールなどが出されているのだから。
昼間は三つの反抗組織の間を飛び回り、時々遭遇する蛮族を倒しながら夜になるとヤムールの酒場へと帰還する。
そんな生活を送ること数日。
ある日の夜、ついにヤムールの酒場の前の通りの片隅に、ぼろを纏った五人の物乞いが姿を見せたのだった。
『ディーラ紛いのウィール』更新。
今回は三人目の仲間の紹介。また変な奴になっちまった(笑)。
おかしなのを二人も仲間にしたウィールは、果たして大丈夫でしょうか。いや、自分で尋ねてどうする。
では、次回はパウネーラ戦です。よろしくお願いします。