ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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白面

 

 

 夜でもなお、霧が晴れることはない『霧の街』。

 そんな『霧の街』のとある道端に、力なく座り込む五つの人影があった。

 ぼろぼろの薄汚れたフードを目深に被った彼らは、どこから見ても物乞いだった。

 今、偶然にも彼らの目の前にある一軒の建物──『ヤムールの酒場』と看板が掲げられている──から出てきた一人の奴隷らしき人間が、ふと彼らの方をじっと見つめた。

 物乞いたちに動きは見られない。

 単なる気まぐれか、それとも酒気によるものか。その奴隷は手にしていた食いかけの焼いた肉の塊を、ぽんとその物乞いの前に放り捨てた。

「おお……ありがとうございます。貴方様のご武運を、イグニスの神々にお祈り申し上げます……」

 しわがれた声で、物乞いの一人がそう呟く。

 酒精で気が大きくなっているのか、どの奴隷は満足そうに何度も頷くとそのまま立ち去る。

 残された五人の物乞いたちは、放り捨てられた肉塊に一瞥することもなく、ただ黙って座り込み、目深に被ったフードの奥からじっと目の前の『ヤムールの酒場』を見つめていた。

 

 

 

 白い霧が立ち籠める灰色の夜の闇の中に、ぽっとオレンジの炎が生まれた。

 生まれた炎の数は全部で五つ。炎たちは、物乞いたちが顔を上げるより早く弾けるように彼らに殺到した。

 炎の塊は五人の物乞いを直撃し、彼らが纏っていたぼろぼろの衣服をあっさりと焼き払う。

 物乞いたちが整えるより早く、二つの人影が()(ふう)のごとき素早さで踏み込んだ。

 一人は槍を手に持ち、もう一人はその腕を悪魔の如き鉤爪に変えて。

 いまだに火の粉を纏い付かせている物乞いの二体──二人ではなく二体を、槍が貫き鉤爪が切り裂いた。

 ぼろぼろの衣服を失った物乞い──いや、物乞いに扮していた二体の魔法生物は、それであっさりと仮初めの命を失って影のような身体を崩れさせた。

 ガストと呼ばれる魔法生物がいる。

 地上を彷徨う魂と影を結びつけた魔法生物であると言われ、今でも蛮族の特定の種族の間にその製法が残されているらしく、人族とは頻繁に出会うことのある存在だ。

 そして、この場にいるのは、そのガストの上位種であるガストナイトだった。

 ガストナイトの強さは、一体ならば駆け出しの冒険者一パーティを苦戦させ、数体もいれば全滅されるだけの実力を秘めている。

 そのガストナイトが二体、一瞬で葬り去られたのだ。

 普通の生物ならば恐怖に捕らわれるであろうが、魔法生物であるガストナイトにそんな感情はない。

 彼らは素早く立ち上がると、同胞を葬り去った二つの人影に各々武器を構える。

 そして。

 そして、残る三体の内の一体は、人間の大人ほどの大きさの影の塊というガストナイトの姿とは別の容姿をしていた。

 2メートルほどの長身ながら細身の身体。屈強な肉体を持つ者が多い蛮族の中で、その身体は決して強そうには見えない。

 その細身の身体を彩るのは、多彩な魔法語が描かれたローブ。そのローブから覗く細い手が、一冊の魔道書らしき本を携えている。

 だが、何より特徴的なのは、その白面のような顔だ。

 彼らはフェイスレスと呼ばれる蛮族である。

 その細い身体から分かるように、彼らは肉体を用いた戦闘は決して強くはない。だが、蛮族の社会において、フェイスレスは同族からも恐れられる存在だった。

 彼らは優れた知能を誇り、強力で様々な魔法を使いこなす。時に普段の実力以上の魔法を操ることもあり、蛮族の中では軍師的な地位を占める種族でもある。

 今、この場にいるフェイスレスもまた、『霧の街』の支配者、“(すい)(しょう)”ヤーハッカゼッシュの懐刀とも呼ばれる存在であり、その名を“死装の織り手”のパウネーラと言った。

 

 

 

「カカカカッ! やはりここにいたか“ディーラ紛い”」

 二体のガストナイトに守られるような体勢で、パウネーラの白い仮面のような顔からしわがれた声が灰色の夜に響く。

「貴様がこの『霧の街』に舞い戻り、既に数多くの同胞を刃にかけたことは承知しておる。して、その二匹は貴様の手下か?」

 パウネーラの目が、一瞬の内に配下のガストナイト二体を葬り去った人族の女とできそこないの蛮族の男へと向けられた。

「おうよ! この俺様こそが、“ディーラ紛い”の右腕、バジリスク・ウィークリングのディオン様だ」

「そして私はその愛人です」

「およ? (ねえ)さんは大将の情婦(こいびと)じゃなかったのか?」

「いえ、情婦よりは愛人の方が扇情的かと思いまして。今後はそう名乗ることにしました」

「なるほどっ!! 一理あるなっ!!」

「いい加減にしろ! 今がどんな時か分かっているのか?」

 灰色の夜闇の中から、巨大なドミネイターを片手で引っ提げたウィールが姿を見せる。

 その表情には、なぜか疲れたようなものが見え隠れしていたが。

「…………“ディーラ紛い”よ。貴様とは敵同士ではあるが、一応ながら忠告しておこう」

「何だ、パウネーラ?」

「手下を飼うのはいいが、もう少しまともな奴にしたらどうかね?」

 なぜだろう。敵だというのに、パウネーラの言葉はずんとウィールの心に染み渡った。

「……忠告には感謝しよう。だが、おまえと俺は敵同士……手加減はしないぞ?」

「無論よ」

 その言葉を契機にして、ウィールとパウネーラが同時に呪文の詠唱に入る。

 それと同時に、ナディアとディオン、そして二体のガストナイトが行動に移る。

「いくぜ、姐さん! 俺様たちはまずは雑魚を片付けるぜっ!!」

「承知しました」

 ガストナイト目がけて突き進むディオン。だがナディアは数歩進んだところで立ち止まり、首に下げたティダンの聖印に触れながら告げた。

「我が父なるティダンよ。御身の信徒にその力を分け与えたまえ。ここに戦いに赴く者あり。御身の加護を、戦いに赴く者に分け与えたまえ」

 ナディアの祈りに応えるように、夜闇を切り裂いて三条の光がナディア自身と背後のウィール、そして接敵寸前のディオンへと降り注ぐ。

 光はすぐに消え去ったが、ティダンが与えた加護は三人の身体を守る不可視の鎧となっていた。

 これは神官たちが使う『プロテクション』と呼ばれる防御魔法である。しかも、今ナディアが使用したのは、その上位版。

 そして、次いでウィールとパウネーラの呪文が同時に完成する。

「炎の妖精よ! 舞い狂え! 焼き尽くせ!」

(ザス)第八階位の攻(オルダ・ル・バン)邪雲(バクラ)猛毒(トキシラ)変化(フォーシェイフ)──強酸(アルシドラウト)!」

 詠唱の終了と同時に、炎が弾けて強酸を含んだ雲が沸き上がった。

 炎はパウネーラと二体のガストナイトの身体を焼き、強酸の雲はガストナイトと接敵寸前だったディオンをガストナイト共々包み込む。

 だが、なぜか強酸の雲はガストナイトには効果を及ばさない。

 これは魔法使いたちが駆使する技術で、『魔法制御』と呼ばれるものだ。

 範囲魔法を自分の望む相手にのみ効果を及ぼす技術で、敵味方共々魔法に巻き込みつつも、敵だけに、あるいは味方だけに魔法の効果を与えることができる。

 卓越した魔法使いであるパウネーラは、当然この技術を身につけていた。

「ええいっ!! 苦しいじゃねえか、こんちくしょうっ!!」

 強酸の雲を吸い込み、呼吸系にダメージを受けたディオンが、血を吐き捨てながらもガストナイトへと近づき、その悪魔の鉤爪をふるう。

 だが先程とは違い、悪魔の鉤爪はガストナイトが構える剣に受け止められてしまった。

「な、なにぃっ!?」

 先程倒したガストナイトは、全く反応することさえできなかったはず。なのに、目の前のガストナイトはしっかりとディオンの動きに反応して見せた。

 驚きで一瞬とはいえ動きが鈍ったディオンを狙い、もう一体のガストナイトが剣を叩き込む。

「んなろぉっ!!」

 横合いから叩き込まれた剣を、ディオンは完全には避けきることができない。

 だが、悪魔の鉤爪と化した腕は皮膚まで硬質化している。その硬質化した皮膚と、ティダンより与えられた守りの力により、直接的なダメージは殆どない。

 転がるようにして、ディオンはガストナイトたちから距離を取る。

「こいつら……ガストナイトじゃねえな?」

「如何にも」

 ディオンの呟きに応えたのはパウネーラだ。

「こやつらはガストナイトを更に強化した存在……ガストビショップよ」

 カカカカとパウネーラの哄笑が灰色の夜に響き渡る。

「さあ……これからが戦いの本番ぞ?」

 

 

 

 灰色の闇を駆逐するかのように、真紅の爆炎が舞い上がる。

(ヴェス)第六階位の攻(ジスト・ル・バン)火炎(フォレム)灼熱(ハイヒルト)爆裂(バズカ)──火球(フォーデルカ)!」

 その爆炎を突ききるように、三つの人影が躍り出る。だが、その人影はガストビショップによって遮られた。

「くそ……このガストビショップども……完全に守勢に回っていやがる!」

「ええ。どうやら、私たちを主であるパウネーラに近づけさせないつもりですね……!」

 鉤爪と槍をふるい、ガストビショップを倒すべく奮戦するディオンとナディア。

 だが、二人の実力を以てしても、ガストビショップという城壁を崩すのは容易くはなかった。

 そんな彼らのすぐ近くでは、ウィールもまたガストビショップと刃を交えていた。

 ウィールが一体、ナディアとディオンでもう一体のガストビショップと接敵している。

 そこへ。

(ヴェス)第八階位の攻(オルダ・ル・バン)閃光(シャイア)瞬閃(スルセア)熱線(ヒーティス)──光槍(ヴォルハスタ)!」

 背後からパウネーラの放った『エネルギージャベリン』が三本、狙い澄ましたようにウィールたちに突き刺さった。

 衝撃を殺しきれず、背後へと吹き飛ばされるようにして後退するウィールたち。

 パウネーラは配下のガストビショップたちを完全に防御にだけ専念させていた。そうしてウィールたちの接敵を阻み、背後から強力な魔法を次々に叩き込む作戦のようだ。

 そして、その作戦は完全に嵌り、ウィールたちは苦戦を強いられている。

「ナディア。全員に回復魔法を。行けるか?」

「はい。まだマナには余裕があります。あなたから頂いた愛の結晶の魔晶石もありますし」

「……どうやら、本当に余裕があるようだな」

 ナディアがティダンに祈りを捧げ、ウィールたちのダメージを回復させる。

「以後、ナディアは後方から回復と防御に専念してくれ。敵は俺とディオンで叩く!」

「おうよ! この俺様に任せな!」

 背中の翼を広げ、地を這うように低空飛行するウィールと、魔神の力で全身を白い獣毛で覆い、機動性を高めたディオンが疾走する。

 二陣の風となったウィールとディオンが、ガストビショップという城塞に守られたパウネーラへと再び挑む。

 

 





 『ディーラ紛い』、久々の更新です。

 いや、本当に申し訳ありません。本当なら二週間は前に更新する予定でした。
 ですが、家族で旅行に行ったり、盆休み明けに仕事が立て込んだりして今日までかかってしまいました。
 次こそ、もう少し早く更新できるように努力致します。

 では、これからもよろしくお願いします。
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