ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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クラウゼ流一刀覇王剣

 天空から、巨大な半透明の拳が降ってくる。

 その拳は禍々しいものの明らかな神気を帯びて、標的と定めたウィールを押し潰さんとする。

 ウィールは咄嗟に盾を翳して防ごうとするものの、神気を帯びた巨大な拳は、物理的な方法では防ぐことはできない。

 翳した盾に何の抵抗も感じることなく、巨大な神の拳がウィールの身体を直撃した。

「ぐ……………………っ!!」

 全身にのし掛かるような圧力に、ウィールは自身の魔力を活性化させてこれに抵抗する。

 魔法に対して、物理的な防御は何の効果もない。魔力に対抗するには同じ魔力しかないのだ。

 全身に魔力を行き渡らせるようにして、ウィールは何とか巨大な拳に対抗する。いかに拳だけとはいえ、神がその身体の一部を現界させておけるのはほんの僅かな時間だけ。だが、ウィールにしてみれば、これまでに感じたこともないほど長大な一瞬だった。

 やがて頭上からのし掛かっていた圧力が消えると、同時にウィールもその場に片膝を着く。

「大丈夫かい、大将っ!?」

「待っていてください。すぐに治療しますっ!!」

 ガストビショップと交戦中だったディオンが横目でウィールを見やる。

 ディオンは両手の悪魔の鉤爪を振り回して、二体のガストビショップを威嚇してウィールに追撃を行なえないようにする。

 その隙に後方からナディアがティダンに祈りを捧げ、その力の一部を顕現させた。

「我が父なるティダンよ。戦い、傷ついた者を御身の力で癒し給え!」

 〈キュア・イリンジャー〉。神官たちが使う基本的な神聖魔法である〈キュア・ウーンズ〉の上位魔法である。

 ナディアの呪文が完成すると同時に、柔らかな光がウィールの身体にまとわり付き、傷ついた彼の身体をあっと言う間に癒していく。

「すまん、ナディア。助かった」

「いえ、あなたの愛人として当然のことをしたまでです」

 相変わらず表情を変えることもなく、しれっと言いのけるナディア。

 そんなナディアに何か言いたそうな顔をするウィールだったが、今はそれどころではないと判断する。

「カカカカッ。さすがは“ディーラ紛い”よな。腕のいい手下を飼っておる。だが、まだまだ我の魔力は尽きてはおらぬぞ? (ヴェス)第八階位の攻(オルダ・ル・バン)閃光(シャイア)瞬閃(スルセア)熱線(ヒーティス)──光槍(ヴォルハスタ)!」

 パウネーラが呪文を詠唱する。同時に、彼のすぐ傍に三本の光の槍が出現した。

 三本の光の槍は前線で壁となっている二体のガストビショップを迂回して、それぞれウィールたちに突き刺さる。

 激しい衝撃と痛みに、ウィールたちの身体がぐらりと傾ぐ。その隙を突いて、ガストビショップたちが手にした剣をウィールとディオン目がけて叩き込む。

 ガストビショップたちの剣が、ウィールとディオンの身体を切り裂く。

 だが、咄嗟に二人が身体を捻ったことで、ダメージは最小限に抑えることができた。

 そこへ、再び背後からナディアの治癒魔法が飛ぶ。

 傷ついた身体が見る間に癒され、ウィールとディオンは改めて鋭い視線で目の前の敵を睨み付けた。

 

 

 

「……どうする、大将?」

 ディオンは目の前のガストビショップから目を離すことなく、隣でドミネイターを構えるウィールに問う。

 思った以上に、ガストビショップという城壁は堅牢だ。ウィールとディオンという腕の立つ冒険者でも、そう簡単に切り崩すことはできそうもない。

 ならば。

「……切り崩せない城壁は、乗り越えればいいんだ」

 そう呟いたウィールは、にやりと不敵な笑みを浮かべる。

「ディオン。正面からガストビショップを牽制しろ」

「何かよく分からんが、大将がそう言うのならしゃぁねぇな!」

 吐き捨てるように呟いたディオンが、単身で二体のガストビショップに突っ込む。

 悪魔の鉤爪と化した両腕を振りかざし────たように見せかけ、ガストビショップの目の前でくるりとその身体を反転させた。

 ディオンはそのまま更に身体を捻り、後ろ回し蹴りの要領で高々と振り上げた左足の踵で、目の前のガストビショップの側頭部を強打する。

 ぐごっ、という苦痛の呻き声と共に、ガストビショップの上半身がバランスを崩す。その隙を突いて、ディオンは右手の鉤爪を真っ直ぐに突き出した。

 だが、その一撃はもう一体のガストビショップによって阻止された。横合いから振り下ろされた剣が、伸ばされたディオンの右腕を切断せんとする。

 咄嗟に右腕を引き戻し、その場でトンボを切って後ろへ回転するディオン。

 体勢を立て直したガストビショップと、剣を引き戻したもう一体のガストビショップ。

 二体のガストビショップは、そのまま逃げるディオンを追撃せんと一丸となって彼へと駆け寄る。

 そこへ、ディオンの後方から飛来した何かが、前にいたガストビショップの頭部にぶち当たった。

 ガストビショップたちの背後にいたパウネーラは、地面に転がったそれへと目をやり、その正体を知る。

 それはウィールが装備していたスパイクシールドだ。

 仲間へと襲いかかるガストビショップを牽制するために、背後にいたウィールが投げつけたのだろう。

 そう判断したパウネーラは、次の呪文を準備しながらウィールへと視線を向ける。

 だが。

 だが、先程までそこにいたはずのウィールの姿は、忽然と消え失せていた。

 

 

 

──何処へ消え失せた? まさか、仲間を置いて逃げたのか?

 ほんの短い間だったが、パウネーラの明晰な頭脳が混乱をきたした。

 「壁」役のガストビショップの背後から、パウネーラは戦場を常に視界の中に収めていた。

 当然、敵であるウィールたち全員の動きは、逐一把握していたのだ。

 それなのに、ほんの一瞬──地面に落ちたスパイクシールドに思わず視線を向けた一瞬──の内にウィールの姿がかき消すように消え去るとは。

 彼の明晰な頭脳を以ても、その原因は理解できないでいた。

 その時。

 頭上から、ばさりと鳥が翼をはためかせる音が響く。

 反射的に頭上を振り仰ぐパウネーラ。彼はそこにはっきりと見た。

 夜の黒と霧の白が混じり合った灰色の夜空に、茶色い巨大な猛禽の翼が広がっているのを。

 再びばさりと翼が翻る。

 上空に停滞していたそれが、流星のように真っ直ぐにパウネーラ目がけて落ちてくる。

「くっ!? (ヴェス)第八階位の幻(オルダ・ラ・ガス)隠密(アリア)(ヴァ)────」

 慌てて緊急回避の呪文である〈ブリンク〉を唱えるパウネーラ。

 だが、遅かった。

 パウネーラが回避呪文を唱えるより早く、その頭上に達したウィールが両手で構えたドミネイターを渾身の力で振り下ろす方が早かったのだ。

真っ直ぐに振り下ろされる巨大な大剣。その大剣は、パウネーラの頭部をその白面共々真っ二つに両断した。

 

 

 

「────クラウゼ流一刀覇王剣……《覇王・剛斬剣》」

 両手で構えたドミネイターを振り切った姿勢で、ウィールがそうぽつりと呟いた。

 クラウゼ流一刀覇王剣。その奥義の一つである《覇王・剛斬剣》。それはもちろん、ウィールが再び『霧の街』へとやって来る前に、ルキスラ帝国皇帝ユリウス・クラウゼより直々に教えられた技である。

 《覇王・剛斬剣》は真っ正面から敵を粉砕する剛の剣であり、ウィールはそれを彼なりにアレンジしていた。

 彼だけが持ちうる背中の翼。その翼を用いて上空から落下しながら繰り出すことで、その威力を更に上昇させたのだ。

 この『霧の街』には、過去の遺物である対空攻撃の魔法装置があちこちにあり、一定以上の高度を飛ぶものを無差別に攻撃する。

 ウィールはこれまでの経験から、対空攻撃装置が作動するぎりぎりの高さを知り得ており、パウネーラの視線がそれた一瞬でその限界高度まで上昇したのだ。

 後はそこから文字通り流星の如く落下し、一刀覇王剣の奥義を繰り出したのだった。

 だが、この奥義にも欠点がある。それは動作が大きいため、敵に回避の余地を与えやすいことだ。そのため、今回は急襲に近い作戦を取ることで、ウィールはその欠点をカバーしたのである。

 頭頂部から胴体の半ばまでを真っ直ぐに断ち斬られ、パウネーラの身体がそのまま地面に倒れ込む。

 魔法生物である彼らにも主が倒されたことは分かるらしく、ガストビショップたちの動きが僅かに鈍った。

 その隙をちゃっかりと突いたのは、ずっと後方で魔法支援をしていたナディアだ。

 素早くガストビショップに駆け寄った彼女は、目にも留まらぬ速度で槍を繰り出し、魔法生物の身体に幾つもの穴を穿つ。

 それによって仮初めの命を断たれた魔法生物は、黒い霧のようにそのまま霧散した。

 こうなっては、残る一体のガストビショップに勝ち目はない。

 だが、どこまでも命令に忠実な魔法生物は、自身の命が断たれる瞬間まで、亡き主の命令に従って戦い続けるのだった。

 

 

 

 ようやく全ての敵を倒したウィールたち。

 勝利を確信した途端、彼らの身体に披露という重りがのし掛かった。

 ディオンはその場に腰を下ろし、激しく肩で息をしているし、ナディアも槍を杖のようにして寄りかかっている。

 そんな仲間たちを見回しながら、ウィールも手にしていたドミネイターを地面に深々と突き刺して手放す。

 腰に下げていた水袋を取り外し、中の水を喉の奥へと流し込む。

 すっかりぬるくなった水だが、戦闘で体温の上昇したウィールの身体に冷ますように身体中に行き渡っていく。

「いやぁ、思ったより強敵だったな、大将?」

 地面に座り込んだまま、ディオンが笑みを浮かべながら口を開いた。

「そうだな。やはり魔法使いは厄介だ。改めて、そのことを実感したよ」

 ウィールも苦笑を浮かべながら、そうディオンに応じる。

 魔法使いと戦士が連携した時、その戦力は倍以上となる。それはウィールもこれまでの経験で知っていたが、今回の戦闘はそれを改めて実感させられた。

 今回のパウネーラ戦は、ウィールたちにとっても多くの収穫をもたらした。三人の仲間で行なう戦闘の連携を、もう一度よく考える必要に気づかせてくれたのだから。

 ディオンが前衛、ナディアが後衛。そしてどちらもこなせるウィールが臨機応変に対処することで、彼らの戦闘力は更に上がるだろう。これは今後更に激しくなる蛮族との戦いにおいて、強力な武器となってくれるはずだ。

 この時になって、ようやく「ヤムールの酒場」から数人の奴隷や浮民が姿を見せ始めた。

 彼らは宿の中に隠れながらも、ウィールたちとパウネーラの激しい戦闘を間近で垣間見ていたのだ。

 やがて、誰からともなく歓声が上がる。

 人族は決して無力ではない。ウィールたちのように、蛮族に真っ向から抗える存在もいる。

 そのことが、今後彼らにとって確かな光明となるだろう。

 そしてそんな思いが『霧の街』に住む奴隷や浮民に徐々に広がれば。

 『霧の街』が蛮族から解放されるのも、それほど遠くはないのかもしれない。

 そんな思いが、ウィールの胸の内に広がっていった。

 

 

 

「さて、では戦利品を集めるとしましょうか」

「おう、そうだった、そうだった。さっすが、(ねえ)さん、しっかり者だなっ!!」

「うふふふ。ウィールの愛人として当然の行為です」

「……………………台なしだ……いろいろと……」

 がっくりとウィールが肩を落とした。

 




 『ディーラ紛い』更新しました。

 本当に申し訳ありません。どんどんと更新間隔が開いてしまっています。
 それでも、何とかこうして続きを書き上げることができました。

 これにて、パウネーラ戦は終了。次回は反抗勢力の首領たちが、今後の対蛮族のための密会を執り行う予定。

 では、これからもよろしくお願いします。
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