ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

23 / 40
始動

 

 翡翠の塔。

 それはこの『霧の街』の統治者である、(すい)(しょう)ヤーハッカゼッシュの居城である。

 『霧の街』の中央にそびえ立つこの塔は、街のどこからでも見ることができる。

 見た目こそは緑色に輝く美しい塔だが、その内部は『霧の街』以上の魔境だ。

 翠将配下の数多くの蛮族がひしめき、その中には高位の蛮族も含まれる。

 中でも有名なのは、“万里の咆哮”ガド・ボデックという名のキマイラに、ヘルスキュラの“汚水の女王”オンディーヌ。そして、タビットのレッサーバンパイアである“塚人いらずの”ムギドだろう。

 そんな力のある蛮族や魔獣の上に君臨しているのが、他ならぬジェイドバジリスクのヤーハッカゼッシュなのだ。

 

 

 

 翡翠の塔の前には、幅が10メートルほどの運河が横たわっている。運河といっても、そこに流れはほとんどなく、水は淀み、汚れて悪臭が漂っていた。

 岸には数艘の小舟が繋ぎ止められている。

 翡翠の塔は運河の中央にある人工島に建てられており、翡翠の塔に近づくためには、城壁でもあるこの運河を渡らなければならない。そして、運河を渡るにはこの小舟を使うしかないだろう。

 運河を泳いで渡るのは難しくはないが、あちこちに立つ蛮族の歩哨が、泳いで翡翠の塔に近付こうとする不審者を見つけ次第に血祭りに上げる。そのため、正規の手段を用いて小舟で運河を渡る以外、翡翠の塔に近づくことは不可能なのだ。

 今も、小舟が繋ぎ止められている岸には数体の蛮族の姿がある。

 鱗に覆われた身体と直立する爬虫類といった姿のその蛮族は、リザードマンの上位種であるリザードマンマリーナだ。

 ただでさえ強敵であるリザードマンの上位種であり、その強さは一国の正騎士にも匹敵する。

 その強敵であるリザードマンマリーナが二体、油断なく辺りの様子を窺っていた。

 そんなリザードマンマリーナの一体が、霧の中から近づいてくる足音に敏感に反応した。

 足音の数は正確には分からない。だが、複数であるのは間違いない。

 二体のリザードマンマリーナが油断なく武器を構えると、霧の中から五人の人族が姿を見せた。

「ここに何用だ? ここから先は正規の〈運河通行証〉を持つ者以外は近づくことは許されておらん」

 白い霧の中を、少し嗄れた汎用蛮族語が響く。その忠告を聞いた人族たちは立ち止まったが、先頭にいる人物──人間の男のようだ──だけがリザードマンマリーナに近づき、取り出した何かを彼らに突きつけた。

「これは……〈運河通行証〉か。間違いないな。よし、今すぐに小舟を用意するから待っていろ」

 〈運河通行証〉を確認したリザードマンマリーナは、仲間へと合図する。その合図を受けたもう一体のリザードマンマリーナが、岸に繋いであった一艘の小舟の綱を解いた。

「さあ、行くがいい。何用で運河を渡るのかは知らんが、命が欲しかったら大人しくしていることだな」

 リザードマンマリーナの忠告に、先程〈運河通行証〉を取り出した人族はぺこりと素直に頭を下げた。

 そんな彼に続き、他の人族もぞろぞろと小舟に乗り込んでいく。

 途中その内の一人、人間の女で妖艶な美女が、リザードマンマリーナの一体へと意味有りげに片目を閉じて見せた。

「何、気味悪いことしてんの?」

 その女の様子を見て、小柄なドワーフの女が、不快そうに眉を寄せている。

「別に? 単なるサービスよ」

「リザードマンが人間に欲情するわけないでしょ? まあ、あんたは人間じゃないけど?」

 リザードマンマリーナたちが分からない言語──交易共通語──で、二人の女が言い合う。

「それぐらいにしておけ。行くぞ」

 先程の先頭の男が彼女たちに声をかけると、言い合っていた女たちも黙って小舟に乗り込んでいく。

 全員が小舟に乗ったのを確認すると、その男は小舟を操って運河を渡り出した。

「……酷い臭いですね……」

「そうか? この街の中ならどこでもこんなモンだろ?」

 額に第三の目を持つシャドウの女と、その隣に座っていたバジリスク・ウィークリングの男が言葉を交わす。

 確かにウィークリングの男が言うように、この『霧の街』の中では悪臭ぐらいはどこにでも漂っている。それでも、この運河から発する臭いは格段に酷い。

「でも、うまく小舟を借りられて良かったね、ウィール?」

「ああ。あの〈運河通行証〉は以前……俺がこの街を脱出する時にも使ったものだからな。小舟を借りるまでは心配していなかった。だが、問題はここからだ」

 ウルスラの言葉に応えたウィールは、小舟に同乗している仲間たちの顔を順に見ていく。

「『霧の街』を蛮族から取り戻すためには……この塔の最上階にいる翠将を……ヤーハッカゼッシュを倒さなければならない」

 ウィールは腰に佩いた巨大な剣の柄を片手で握り締めながら、決意に満ちた視線を塔の上へと向けた。

 

 

 

 目の前を蛮族の集団がゆっくりと通りすぎて行く。

 蛮族の集団──ゴブリンたちは、粗末な武具を纏って何やらくちゃくちゃと囁き合いながら歩み去って行った。

 それを確認して、物陰に隠れていたトホテルとその副官であるセイラは、隠れていた物陰からゆっくりとそれの前へと移動した。

 今、彼らの目の前には、錆び付いてひしゃげた鉄の柵がある。

 そして、その鉄柵の向こうに拡がるのは、草木が乱雑に生えた荒れた果てた庭園。この庭園こそが、トホテルたちの目的地だ。

 周囲に蛮族の姿がないことを確認しつつ、トホテルは鉄柵をよじ登る。そして、鉄柵の上からロープを垂らし、セイラがそれを手にしたことを確認すると、トホテル自身は庭園の中へと飛び降りた。

 続いて、ロープ伝いに鉄柵を越えたセイラも着地する。二人は周囲に油断のない視線を飛ばし、異常がないかを確認する。

「……どうやら大丈夫のようですね」

「ああ。前回、ウィールとここに来たときは、突然茂みから現れた魔物に襲われたからな」

 苦笑を浮かべつつ、トホテルが剣を収める。セイラも構えていた弓を下ろし、二人は一度だけ頷き合うと鬱蒼とした森のようになっている庭園の奥へと足を踏み入れた。

 木々を掻き分け、下草を踏み締めながらしばらく進むと、視界を遮る枝葉の向こうに泉らしきものが見えてくる。

 なぜか、その池の周囲の空気は澄んでおり、清浄な雰囲気がする。そんな泉のほとりまで辿り着いたトホテルは、池の中に向かって声をかけた。

「クレア・クレア。私だ。『風の旅団』のトホテルだ」

 しばらくすると、泉の中から裸の女性が現れる。裸と言ってもその身体は半ば透けており、人間でないことは明らかだった。

「あら? あなたは先日、“ディーラ紛い”と共に来た……」

「覚えていてくれたか、水の乙女よ。本日この場に再び来たのは、以前にお願いしたことに関してだ」

「そう。少し待っていて。すぐにクレアを呼んでくるから」

 水の乙女──水の妖精のウンディーネは、そのまま泉の中へと姿を消した。元々透き通った水の身体を持つウンディーネは、すぐに泉の水に紛れて見えなくなる。

 そして、待つことしばし。

 再び水中から女性が姿を見せた。ただし、今度の女性は服を着て──全身びしょ濡れだが──、しっかりとした肉体を持っている。

「トホテル……あなたが再びここに来たということは……いよいよなのですね?」

「ああ、遂に我らが立ち上がる時が来た。既にウィールは翡翠の塔へと向かっている」

「そうですか……では、彼を援護するためにも、すぐに〈守りの剣〉の起動の儀式を始めましょう」

「よろしくお願いする。だが、〈守りの剣〉を起動すれば、それを破壊しようとこの場に蛮族が詰めかけるだろう」

「おそらく、そうでしょう。既に蛮族たちはここに〈守りの剣〉があることを知っていますから……起動すれば、放ってはおかないでしょうね」

「そのため、この場にはセイラを残しておこう。我が『風の旅団』のメンバーもすぐにここに来る手筈になっている。どんなことがあっても、貴方と〈守りの剣〉は守り抜くから安心して儀式を執り行って欲しい」

「承知しました。セイラ、よろしくお願いしますね」

 クレアに微笑みながらそう言われて、セイラは黙って頷いた。

「あら、私たちも力を貸すわよ?」

 そう言って泉の中から現れたのは、数体のウンディーネたちだった。

「私たちはこれまでずっとクレアを守ってきたんだもの。これからだって彼女を守ってみせるわ」

「ええ、期待しているわ」

 水の乙女たちに応えたクレアは、再び泉の中へと飛び込んだ。

 泉の底には〈守りの剣〉が隠してある。そして、それを起動させるのに充分な量の〈剣のかけら〉も。これらの〈剣のかけら〉たちは、かつてウィールがこの街にいた時に集めたものだ。

 これらの品を水中から引き上げたクレアは、全身びしょ濡れのままで〈守りの剣〉の起動の儀式を始めた。

 

 

 

 悪臭漂う運河を渡る、一艘の小舟。

 ウィールたち五人を乗せた小舟は、真っ直ぐに翡翠の塔のある人工島を目指すのではなく、そのまま運河のシェス湖方面へと進んで行った。

 やがて、小舟の進行方向に水門が見えてくる。この水門は運河とシェス湖を隔てており、魔動機文明時代に精錬された頑丈な金属でできていると言われていた。

 ウィールは小舟を操って、水門へと近づいていく。

 しっかりと閉じられた水門の脇には、銀水晶で造られた操作盤がある。

「ところで、どうやってこの水門を開けるの?」

 ウルスラは興味深そうに操作盤を眺めていた。だが、その操作方法はまるで分からないらしい。

「これを開けるには、開閉コードが必要なんだ」

 ウィールは操作盤に手を伸ばすと、すらすらと指先を動かして開閉コードを打ち込んでいく。

「へえ? 随分と手慣れているじゃない?」

「以前、俺がこの街を脱出した時にも、この水門は利用したからな」

 ウィールが開閉コードを打ち終えると、巨大な水門が徐々に動いてその門扉を開けていく。開かれた水門からシェス湖の清浄な水が運河へと流れ込んでくる。

「さあ、これでいい。このまま水門を開けておけば、やがて『シェラーシスの光』が作動するはずだ。『シェラーシスの光』の本体は翡翠の塔の地下にあるらしいので、先ずは『シェラーシスの光』の本体を確保する。そうしなければ、ヤーハッカゼッシュはすぐにでも『シェラーシスの光』を破壊する命令を出すだろう」

 ウィールの言葉に、仲間たちが一斉に頷いた。

 それを確認したウィールは、再び小舟を操って運河を漂い始める。

 目指す先は、今度こそ翡翠の塔。そして、その頂点に座すヤーハッカゼッシュである。

 

 




 『ディーラ紛い』更新。

 皆様、あけましておめでとうございます。
 もう、年が明けて一ヶ月近くが経ってしまいましたが(笑)。

 何とかこうして更新することができました。
 今後もゆっくりとしたペースではありますが、更新は続けていきます。

 今年もよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。