ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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澱みの毒

 

 乳白色の濃霧の中に、数多くの足音が響く。

 その足音に混じって聞こえてくるのは、がちゃがちゃという金属が触れ合う音。

 それは武具が奏でる音色。

 たくさんの人族たちが、思い思いの武具でその身を飾っているのだ。

 革製の鎧、金属製の鎧、中には鎧というにはおこがましいような粗末なもの──木板を纏めて身体の前後を覆っただけのものもある。

 そして、彼らが手にするのは様々な、それでいて剣呑な得物たち。

 剣、斧、槍は言うに及ばず、その辺に落ちていたと思しき木の棒切れを持っている者もいる。

 彼らの大半は、この『霧の街』では家畜以下とも言われる浮民たちであった。

 だが、彼らのその双眸には、家畜のような諦観は全く見られない。

 そう。彼らは戦士なのだ。『霧の街』に存在する、反蛮族組織の一つである『風の旅団』に所属する戦士なのである。

 彼らは『風の旅団』の団長である“海風の”トホテルの命を受け、とある場所へと移動している最中なのであった。

 彼らは厳しい表情を浮かべて、もくもくと目的地──「荒れ果てた庭園」と呼ばれる場所を目指していく。

 “海風の”トホテルから、この『霧の街』を人族の手に取り戻すための作戦が行われていることを、彼らは聞かされている。そして、彼らはその重要な作戦の実働部隊として、「荒れ果てた庭園」に先行している“海風の”トホテルと合流する予定なのだ。

 相変わらず、『霧の街』に漂う霧は深い。昼間でも殆ど視界の利かない中、彼らは道に迷わないように細心の注意を払いながら目的地を目指す。

 と、突然彼らの前方で何かがゆらりと揺れた。

 もしかして蛮族か? 『風の旅団』の戦士たちの間に緊張が走り抜ける。

 この『霧の街』は蛮族の支配下にある。いつ、どこで蛮族と遭遇するか知れたものではないのだ。

 『風の旅団』の戦士たちが足を止め、手にした武器を構えていると、徐々に濃霧の先にいる何者かの姿がはっきりとしてくる。

「人族……エルフか……?」

 戦士たちの先頭の人物──この集団を纏めている隊長が不審そうな声を出す。

 そう。霧の中から現れたのは蛮族ではなく、一人のエルフの男性だった。

 くすんだ銀髪に澱んだ碧眼の、同性でも思わず見惚れてしまほどの美貌を持ったエルフの男性。

 元々エルフという種族は美形揃いで知られているが、その中でもこの男性は極めて突出した容姿を持っているだろう。

 最初は人族ということで警戒を緩めかけた隊長だったが、その姿を間近で見て改めて警戒心を呼び起こした。

 そのエルフの男性が身に着けているのは、金糸や銀糸をふんだんに使った神官が着る神官服。その装飾の施され方からして、かなり高位の神官なのだろう。

 基本的にこの『霧の街』における人族は、奴隷か家畜でしかない。中には名誉蛮族と呼ばれる存在もいるが、名誉蛮族ならば必ず身に着けている腕輪をこの男はしていない。

──人族がなぜ、こんな高価そうな格好をしていて蛮族に襲われない?

 この街で人族がこんな格好をしていれば、蛮族に襲ってくださいと言っているようなものだ。それなのに、このエルフの男はたった一人でこの危険極まりない『霧の街』を自然体で歩いている。

 そのことが、戦士たちを率いる隊長の不信感を高めていた。

「貴様……何者だ?」

「僕かい……? 僕の名前はイヴァン・アイヴァン……腐敗を司る女神……ブラグザバス様にお仕えする者さ」

 どこか気だるげな、それでいて色気さえ滲ませるその物腰。

 だが、その薄桃色の唇から零れ落ちた言葉は、『風の旅団』の戦士たちを戦慄させるのに十分だった。

「ぶ、ブラグザバスの神官だと……っ!?」

 『風の旅団』の戦士たちが邪神の使徒と名乗ったエルフに向けて、自分の武器を構える。

 どうして人族であるエルフが、第二の剣の神の使徒になっているにかは不明だが、まったく前例がないわけではない。

 第一の剣の眷属でありながらも、第二の剣の神の声を聞いてしまうことはごく稀にだがあるのだ。

 逆に、蛮族が第一の剣の神の声を聞く場合もある。このような時、その蛮族は蛮族の社会を飛び出す傾向が高い。

「どうやら君たちもこの先に用があるみたいだけど……僕もこの先に少々用事があってね? 僕の邪魔をしないでくれるとありがたいな」

「用事……だと?」

 隊長が警戒を緩めぬまま問い質す。彼はこの先の「荒れ果てた庭園」に、今回の作戦で重要な役割を果たす〈守りの剣〉が隠されていることを、団長のトホテルから教えられている。

 もしかすると、この邪神の手先であるエルフの用事とは、その〈守りの剣〉の破壊なのかもしれない。

 だが、美しきエルフの口から発っせられたのは、彼の予想からは大きく外れたものだった。

「そう。とある筋からの情報で、この先の庭園に僕が長い間探し求めていた人物がいるらしいことが分かったんだ。だから、わざわざブラグザバス神殿から足を運んで来たってわけさ。で、どうだろう? 僕の邪魔をしないというのなら、君たちをこのまま見逃してもいいんだけど?」

 互いに向かう目的地は同じ。しかも、相手は邪神の手先。このままこのエルフを先に行かせてしまえば、庭園に先行しているトホテルやセイラにも危険が及ぶかもしれない。

「悪いが、そうもいかん。我々も重要な用事あるのでな」

 隊長のその言葉に続いて、がちゃがちゃと金属の重々しい音が霧の中に響いた。彼の背後にいた『風の旅団』の戦士たちが、それぞれの得物を構えた音だ。

 例え邪神の高司祭であろうとも、所詮相手は一人だけ。それも体力では人間に劣るエルフだ。

 十分に自分たちに勝算がある。この時、『風の旅団』の戦士たちは誰もがそう考えていた。

「そうか……残念だね……」

 気だるそうに溜め息をはくイヴァン。と同時に、彼の背後にいくつもの気配が湧いた。

 『風の旅団』の戦士たちが思わず数歩後ずさる中、霧の中から何体もの異形の怪物たちがイヴァンの横に並んだ。いや、イヴァンにしなだれかかるように纏わり付いた。

 現れたのはラミア、セイレーン、スキュラなど。異形ではあるものの、美しい容姿を持つ女性型の蛮族たちが、まるで娼婦のようにイヴァンの周囲に侍る。

「ようやく……ようやく僕の愛しい人……クレア・クレアの居場所が分かったんだ。邪魔をするというのなら……殺すよ?」

 彼が陶然とそう呟くと同時に、彼の周囲の蛮族たちが一斉に『風の旅団』の戦士たちへと襲いかかった。

 

 

 

 〈守りの剣〉の起動儀式。

 “夏の思い出”クレア・クレアが執り行うその儀式を、トホテルとセイラは静かに背後から見守っていた。

 儀式に集中するクレアの邪魔にならないよう、トホテルはセイラの耳元に口を寄せると、小声で彼女に囁いた。

「そろそろ私はここを離れて、仲間たちの指揮を取るために本拠地へ戻る」

「了解しました。ここの警備は任せてください」

「ああ。『風の旅団』の増援もそろそろ到着するころだ。彼らと入れ違いで、私は『追い剥ぎ小路』のル・ロウド神殿に戻ることにする」

 予定では『風の旅団』は他の反抗組織と協力して、『霧の街』の各地で陽動のための騒動を起こすことになっている。

 その指揮はトホテルが取ることになっており、『スエラの炎』も『月夜蜂』も陽動部隊は一時的に彼の指揮下に入ることになっていた。

「…………ですが、増援の到着が少し遅すぎませんか?」

 予定では『風の旅団』の増援はもう到着していてもいい頃合いだ。しかし、彼らがこの庭園に到着したような気配は感じられない。そのことがセイラには気がかりだった。

「確かに、そろそろ到着してもいい頃だ。もしかして、途中で蛮族と鉢合わせでもしたか?」

 ここは蛮族の支配する魔都である。普通に道を歩いているだけで、蛮族と遭遇するなど日常茶飯事なのだ。

 増援がここへ来る途中、蛮族と遭遇して戦闘にでもなっているのかもしれない。とはいえ、ここに呼び寄せた戦士たちは『風の旅団』の中でも精鋭たちだ。

 この街では人族が入手できる武具などは限られている。しかもその殆どが中古品や粗悪品であるため、『風の旅団』の戦士たちといえども装備面では厳しいものがある。

 『霧の街』で人族がまともな武具を入手するには、“魔神使い”と呼ばれるタビットの商人、ザバールから買い求めるしかない。

 しかし、『風の旅団』の戦士たちの実力は、トホテルが鍛え上げた本物だ。装備面での不安は確かにあるが、そんじょそこらの蛮族相手に遅れを取るとは思えない。

 だが、ここは『霧の街』である。上位蛮族でさえ頻繁に遭遇する危険極まりない場所なのだ。

──もしや、そんな上位蛮族とでも遭遇したのか?

 そんな考えがトホテルの脳裏をよぎり、様子を見に行くべきかと悩む。

 もしも増援が上位蛮族と遭遇したのなら、今、彼がここを離れるのは危険だ。その上位蛮族がこちらに来るかもしれない。

 この場で行われている〈守りの剣〉の起動儀式こそ、一番守らなくてはならないものである。

 トホテルは指揮官である。指揮官である以上は、正しい判断を下さねばならない。例えそれが、部下を見捨てることに繋がろうとも。

 指が白くなるほどに、トホテルは拳を握り締める。

 不意に、その拳に柔らかな繊手が触れた。

 はっとしたトホテルが視線を動かせば、静かに微笑むセイラの顔が間近にある。

「……信じましょう、仲間たちを」

「……そうだな。だが、状況が分からない。詳しいことが判明するまで、もうしばらく私もここに残ることにしよう」

 セイラはトホテルの言葉に頷くと、背負っていた弓を下ろして矢を番える。いつ蛮族が現れても素早く射撃できる体勢だ。

 トホテルもまた、セイラに倣って剣を抜き、油断なく周囲に視線をゆきわたらせる。

 そうして彼らが警戒する中、クレアの儀式は着々と進行していった。

 

 

 

 最初に動いたのはセイラだった。

 頭上に気配を感じた瞬間、素早く構えていた矢を解き放つ。

 数拍の後、頭上からどさりと何かが落下してきた。

「蛮族……セイレーンかっ!?」

 どうやら翼を射抜かれて落下してきたその蛮族に、トホテルが素早く駆け寄るとその喉元に剣の切っ先を突き刺した。

 断末魔の悲鳴を上げ、血を撒き散らしながらこと切れるセイレーン。

「何ごとっ!?」

 クレアの傍で彼女の警護に当たっていたウンディーネたちが、突然の騒ぎに驚いて周囲を見回した。

「蛮族の襲撃だ! 蛮族は我々が受け持つので、クレアはこのまま儀式を続けてくれ!」

 突然の騒ぎに驚いて儀式を中断させていたクレアだが、トホテルの指示に従って儀式を再開する。

 トホテルとセイラは互いに背中を預けながら、油断なく周囲を警戒する。ウンディーネたちも、クレアを囲むように陣取って辺りの様子を窺っている。

 そして、周囲を警戒するトホテルの耳に、下草を踏み分ける音が届いた。

 トホテル、セイラ、そしてウンディーネ。彼らの視線が音のする方へと向けられると、濃霧の中から一人のエルフの男性が姿を見せた。

「クレア……僕の愛しいクレア……ようやく……ようやく君と再び会うことができたね……」

 陶然と呟くそのエルフの男性の姿を見て、名前を呼ばれたクレアの瞳が大きく見開かれた。

「イヴァン……あ、あなた……い、生きていたの……?」

「ああ、生きていたとも。数奇な運命に翻弄されながらも……ね」

 恍惚とした笑みを浮かべるエルフの男性。

 だが、トホテルとセイラは、その笑みを見て薄ら寒いものを感じて仕方がなかった。

 




 『ディーラ紛いのウィール』更新。

 今回もまた、更新までに時間がかかってしまいました。お待たせしてしまった(ごく僅かな)方、本当に申し訳ありません(陳謝)。
 というわけで、今回の敵はイケメンエルフで蛮族ハーレム持ちのイヴァン様です(笑)。


 では、これからもよろしくお願いします。
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