ウルスラとアリアドネ、そしてオンディーヌが見つめる先で。
魔法機械「シェラーシスの光」の起動装置の発する音が、徐々に大きく重々しくなっていく。
空洞を満たす水は九割と言ったところか。まもなく、「シェラーシスの光」が発動するだろう。
「……ウィールたち、大丈夫かな?」
「ええ。“ディーラ紛い”がそう簡単に負けるわけがないわ」
「そう……だよね。うん、そうに決まっているよね」
空洞を満たす水を眺めながら、二人の女傑が言葉を交わす。
そうしている間も、「シェラーシスの光」は重々しい音を奏でている。
ウルスラには、それが生まれ落ちた赤子が鳴き声を上げる、その準備をしているように思えた。
「……もうすぐ……もうすぐ、起動する……」
ぽつりと呟かれたウルスラの言葉。
その言葉通り、間もなく「シェラーシスの光」は、数百年という時を超えて覚醒するだろう。
今、トホテルとセイラが見つめる先で、一本の剣が光に包まれていた。
剣自身に刀身はあっても刃はなく、そういう意味ではそれは剣ではないだろう。だが、それは
〈守りの剣〉。
魂に穢れを持つ存在を遠ざける効力を有する、ある意味で人族の切り札である。
その〈守りの剣〉が今、数百年振りに再び活動を再開させようとしているのだ。
〈守りの剣〉の刀身に刻まれた、いくつもの魔動機文明の文字。それが激しく明滅している。
一連の儀式を執り行っているのは、魔動機文明時代の生き残りである一人のエルフの女性。
彼女の名前はクレア・クレア。この『霧の街』が蛮族の侵攻にて陥落した際から生き延びている人物である。
その彼女が執り行う〈守りの剣〉を起動するための儀式。その儀式も終盤に差しかかっていた。
「……もうすぐですね」
「ああ」
セイラの呟きにトホテルが応える。
ブラグザバズの大神官であったイヴァン・アイヴァンを倒した後、その亡骸を泉のほとりに埋葬したクレアは、すぐに〈守りの剣〉の起動儀式に取りかかった。
それから今まで、ゴブリンやボガードなどの蛮族の小規模な襲撃が多々あったものの、それらはトホテルとセイラによって全て撃退されていた。
一心不乱に儀式に集中するクレア・クレア。その背中に、大きな悲しみを感じるのはトホテルの錯覚ではないだろう。
悲しげなトホテルの視線を背中で感じながら、クレア・クレアは意識して元恋人のことを忘れようとしていた。
紅霧の魔剣クルルガランが、空気を裂いて一直線に振り下ろされる。
その斬撃を、ウィールは両手で保持したドミネイターで受け止めた。
ぎぃぃぃん、と耳障りな金属音が部屋中に響く。
一瞬、ウィールとヤーハッカゼッシュの動きが停止し、そのまま両者は鍔迫り合いにも似た力比べへと移行する。
人間としては格段に筋力が高いウィールだが、蛮族、それも最高位に近い存在であるジェイド・バジリスクには及ばない。
あっと言う間に力で押し込まれ、じりじりと体勢を崩していくウィール。
にやり、と。
間近に迫ったヤーハッカゼッシュが楽しそうな笑みを浮かべた。
その笑みにウィールも笑みを浮かべ、するりと突然身体から力を抜く。
そしてドミネイターを巧みに操ってクルルガランを往なし、ヤーハッカゼッシュの力のベクトルを横へと逸らす。
じゃりりりりっと音を立てて、クルルガランがドミネイターの刃の上を滑っていく。
クルルガランはそのまま床へと突き刺さり、その隙を突いてウィールは後方へと退がる。
距離を取ったウィールを、ヤーハッカゼッシュの翡翠色の瞳がぎろりと睨み付けた。
バジリスクの視線には、石化の呪いがある。その視線にからめ取られた者は、徐々に石になってしまうのだ。
しかも、バジリスクの上位種であるジェイド・バジリスクは、犠牲者をただの石ではなく翡翠に変える。
この部屋の中に飾られている翡翠の像は、全てその魔眼に囚われた哀れな犠牲者であった。
しかし、ヤーハッカゼッシュは僅かに眉を寄せた。石化の呪いの込められた彼の視線は、ウィールには何の効果も現さなかったからだ。
「……抵抗したか。さすがだな」
呪いなどの効果は、強い精神力で跳ね返すことができる。
これまでに何体ものバジリスクと戦ってきたウィールは、当然ながらバジリスクの石化の視線も承知している。
予め心構えをしておけば、
「お陰様で、バジリスクとは何度も戦ったからな」
「くくく。そう言えば、そうだった。貴様はヒューリカやジャバディーンを倒してきたのだったな」
「今度はこちらから行くぞ。炎の妖精よ! 我が敵を撃て!」
ウィールの周囲にぽっぽっぽっと真紅の炎が出現した。
ウィールの妖精語の呼びかけに応じて、炎の妖精たちが火弾──【ファイアボルト】──を作り出して撃ち放つ。
それを見たヤーハッカゼッシュは一瞬だけ眉を顰めるも、すぐに素早く呪文を詠唱する。
「
ウィールの火弾と同じように、ヤーハッカゼッシュの周囲に光の球が出現する。光球はすぐに矢に変じると、ヤーハッカゼッシュに迫る火弾と空中で衝突し、相殺して消滅した。
いや、相殺ではない。ヤーハッカゼッシュの作り出した光矢──【エネルギー・ボルト】の方が数が多く、逆にウィールを強襲する。
咄嗟にドミネイターを前面に掲げてガードするも、光矢を全て防ぐことはできずに数発がウィールの身体に突き刺さる。
【エネルギー・ボルト】は、駆け出しの真語魔法の使い手が使うような低級の魔法だ。
しかし、例え低級の魔法であっても熟練者が──ヤーハッカゼッシュが用いれば、それは大魔法並の威力となる。
光矢を身体に受け、ウィールは耐えきれずに後ろに吹き飛ぶ。
それでも背中の翼を広げて体勢を整え、倒れ込むことだけは何とか避けることができた。
しかし。
ドミネイターを構え直したウィールのすぐ目の前に、ヤーハッカゼッシュがいた。
ヤーハッカゼッシュは既にクルルガランを振り上げており、ウィールを見下ろすヤーハッカゼッシュの翡翠色の瞳が楽しげに細められる。
ウィールは慌てて頭上にドミネイターを掲げる。いや、掲げようとした。
彼がドミネイターを掲げるより一呼吸早く、クルルガランが振り下ろされる。
しゅん、という空気を斬り裂く音。次いで、何かを断ち斬る鈍い音が広い室内に響いた。
ヤーハッカゼッシュが頭上から振り下ろしたクルルガランは、ウィールの左の肩口から腹にかけてを防具の上から深々と斬り裂いた。
傷口から吹き出した血が、ヤーハッカゼッシュの整った容貌を赤く染め上げ、その顔に楽しげな笑みが浮かぶ。
一方、身体を斬り裂かれたウィールは、膨大な量の血を流しながら、その場に膝から崩れ落ちる。
そして、そのまま自らが作り出した血溜まりの中にばしゃりと音を立てて倒れ込んだ。
『ディーラ紛い』更新。
今回はきりの関係でちょっと短め。
また、現在仕事の方が忙しく、なかなか小説を書く時間が取れません。
できる限り早めに更新するつもりですが、気長に待ってもらえると嬉しいです。
では、これからもよろしくお願いします。