意識が浮上する。
ウィールがその目を開いた時、目の前にはにやにやとした笑みを浮かべる男がいた。
「……ヤーハッカ……ゼッシュ……?」
「おはよう。目覚めの気分はどうだ?……いや、こう尋ねようか。生き返った気分はどうだ?」
「……生き返った?」
最初、ウィールは“翠将”が何を言っているのか理解できなかった。
だが、時が経つにつれて、今の自分の状況に思い至る。
ウィールは横になっていた床から飛び起き、ヤーハッカゼッシュから距離を取って手にしたままだったドミネイターを構えた。
そして、そんなウィールをヤーハッカゼッシュは、おもしろそうにただ見つめている。
「おめでとう、“ディーラ紛い”。貴様は一歩、我々に近づいた。貴様は俺の剣……クルルガランで斬り裂かれて死んだのだよ」
そう言われてようやくウィールは思い出した。確かに、彼は先程ヤーハッカゼッシュが振り下ろした魔剣によって肩口から斬り裂かれたのだ。
ちらりと視線を自分の肩へと向ければ、そこには確かに傷跡があった。
革鎧とその下の衣服を斬り裂いた紅霧の魔剣は、ウィールの身体にも深刻なダメージを与え、それが原因でウィールは即死したのだ。
だが、今は傷跡は残っているものの、ダメージそのものはない。ヤーハッカゼッシュの言う「生き返った」という言葉の意味が、ウィールには理解できなかった。
しかし。
しかし、ウィールはヤーハッカゼッシュのとある能力について思い出した。いや、ヤーハッカゼッシュというよりは、ジェイド・バジリスクの特殊能力を。
「…………蘇生の魔眼か」
「ご名答」
バジリスクの「石化の魔眼」は有名だろう。だが、バジリスクの上位種であるジェイド・バジリスクには、石化以外にも他の魔眼を有している。
それが「蘇生の魔眼」。文字通り死人を甦らせる魔眼だ。
ヤーハッカゼッシュの魔剣によって命を断たれたウィールは、その魔眼の魔力によって再び蘇生したのだった。
「確か、貴様は過去に二回死んだことがあったな。その内の一回は“塚人いらず”に改造されて蘇生され、もう一回は────」
「……おまえと戦って殺された……」
ぎりっとウィールは歯を食いしばった。過去の記憶を思い出して。
それはまだウィールが今ほども強くはなく、“ディーラ紛い”とも呼ばれていなかった頃。
この『霧の街』でとある蛮族に破れた彼は、次に目覚めた時は丁度今のようにこの街の支配者である“翠将”の目の前だった。
そしてその場で“翠将”に戦いを挑まれ、あっさりと敗北。そして“翠将”の「蘇生の魔眼」で甦り、全ての装備を奪われて『霧の街』の中に放り出された。
その後、ウィールはほうほうの体で何とか拠点にしていたヤムールの酒場まで辿り着くことができた。あの時運がもう少し悪ければ、彼の過去にはもう一回分の蘇生経験が刻まれていただろう。
「そうだったな。あの時は貴様などには何の興味もなかったが……今にして思えば、随分と強くなったものだ」
含みのある笑みを浮かべながら、ヤーハッカゼッシュはウィールを見る。
彼が一度は殺したウィールを蘇生させた理由。それは実に簡単なもので、ウィールならばまだまだ彼を楽しませてくれると思ったからに他ならない。
「さて、これで貴様の蘇生経験は三回だ。あと一回は生き返ることができるな」
人間を含めた人族が死した場合、その魂は輪廻の輪に帰ると信じられている。そして、再び生まれ変わってこの世界に生を受けるのだ。
だが、無理な蘇生はその輪廻の輪を乱す。そのため、蘇生を繰り返す度に魂には「穢れ」が刻まれていく。
この「穢れ」が一定以上になると、人族は
「さあ、より「穢れ」を得てどれだけ貴様が強くなったのか……楽しみだよ」
ヤーハッカゼッシュは再び魔剣を構えた。そして、神速でウィールへと打ち込んでいく。
ウィールもまた、ドミネイターを両手で保持して迫るヤーハッカゼッシュを迎え打つ。
“翠将”と“ディーラ紛い”の戦いは、まだまだ終りを見せない。
ごうん、と一際重々しい音が、翡翠の塔の地下に響き渡った。
「……起動した……?」
「ええ。ようやく魔動機文明時代の遺産が目覚めたようね」
シェス湖の水を一定量まで収容した広大な空間の中で、「シェラーシスの光」──当然完全に水中に没している──が遂に完全に起動した。
今、ウルスラとアリアドネが見守る中で、大いなる過去の遺産が500年以上の眠りから目覚めたのだ。
『霧の街』の至る所に設置してある街灯。
深い霧のため、昼でも視界の悪いこの『霧の街』では、街灯は欠かせないものと言える。
だが、この街が蛮族の手に落ちて以来、この街灯が点灯したことは一度もない。
そのため、この街に暮らす蛮族も人族も、誰もが街灯のことなど気にしなくなって久しい。
ただ、街の至る所にある細い柱。その程度の認識でしかないのだ。
しかし、その街灯に突然光が灯り始めた。
たまたま街灯の近くにいた人族や蛮族は、頭上から差し込む柔らかな光に何事かと上を見る。
そして、そこで人族と蛮族で劇的な違いが生じた。
人族にとっては柔らかな光でしかない。立ち籠める濃い霧の中、ぼんやりと輝く街灯は幻想的でさえあった。
だが、蛮族には違った。その光は、まるで見えない網のように彼らの身体をぎりぎりと締め付けたのだ。
それもゴブリンやボガードといった下級の蛮族よりも、より上位の蛮族の方がその影響を強く受けているらしい。
ゴブリンたちは多少苦しげにする程度だったが、トロールやドレイクなどは完全に踞ってしまって身動きが取れない者までいた。
この街灯とそこから輝く光こそが、『霧の街』──かつてはジーズドルフという名前で呼ばれたこの街の防衛手段。
その名を「シェラーシスの光」という。
街灯の輝きはその者の魂が抱える「穢れ」の量によって、その威力を高める。
「穢れ」が多ければ多いほど、受ける苦痛は大きくなるのだ。
そのため、蛮族の中でも比較的「穢れ」の少ないゴブリンやボガードなどの下級蛮族よりも、より多くの穢れを抱える上位蛮族の方が、受ける苦しみは大きかった。
今、『霧の街』全体をその光が覆い尽くしている。今のこの街を上空から見ることができたら、街全体がぼんやりとした光に包まれている光景を見ることができただろう。
そしてこの光こそが、長い間虐げられてきた人族が、蛮族に対する反攻の狼煙となる。
街中に設置された街灯が輝いた時。それは人族の反攻の合図となった。
『風の旅団』、『スエラの炎』、そして『月夜蜂』。『霧の街』に存在する対蛮族の反攻組織は、それぞれの頭目から指示されていた通り、街灯が点灯されると同時に一斉に反攻に出た。
手近にいる蛮族へと武器を手にして襲いかかり、苦しみで身動きの取れない蛮族たちを次々に討ち取っていく。
本来ならば、人族よりも蛮族の方が強いものだ。だが、「シェラーシスの光」の影響で思うように動けない蛮族たちは、反攻勢力の兵士たちによって簡単に討たれていった。
そしてそんな光景を見て、一般の浮民や奴隷の中からも彼らに加勢する者が現れる。
こうして人族の反撃はどんどんと大きくなり、『霧の街』に巣くう蛮族たちを飲み込んでいく。
『霧の街』は〈大破局〉以来実に300年振りに、本来の主である人族の手に戻ろうとしていた。
ウィールの身体を、突然ぎりぎりと締め付けるような苦痛が襲った。
あまりの苦痛に膝を着きそうになるが、歯を食いしばってなんとか堪える。
だが、彼の顔に浮かぶのは苦しみではなく笑みだった。彼にはこの苦痛の原因が分かっているのだ。
──どうやら、ウルスラとアリアドネは「シェラーシスの光」を起動させたらしい。
心の中でそう呟くウィール。「シェラーシスの光」の影響は、直接光が届かないこの翡翠の塔にも及んでいるのだ。
本来、人族には影響を与えない「シェラーシスの光」だが、これまでの数度の蘇生で魂に「穢れ」を抱えているウィールは影響を受けてしまう。
だが、確かに苦痛はあるが、それでも動けないほどではない。
改めて剣を握る手に力を入れ直し、対峙する“翠将”へと眼を向ければ。
この街の支配者であり、絶対強者であるヤーハッカゼッシュは、苦しそうに床に片膝を着いていた。
それでもクルルガランを杖代わりにして、ヤーハッカゼッシュは立ち上がる。実に恐るべき精神力と言えよう。
「……貴様……一体何をした……?」
それまで常に余裕のある笑みを崩さなかったヤーハッカゼッシュ。その彼が、苦痛に顔を歪ませている。
その身体に多くの「穢れ」を抱えるジェイド・バジリスクには、「シェラーシスの光」の影響はウィールよりも遥かに強力なのだ。
「この街に眠っていた、魔動機文明時代の防衛装置を発動させた。それだけさ」
ウィールは力強く床を蹴り、思ったように動けないヤーハッカゼッシュへと肉薄する。
そして愛剣であるドミネイターを、“翠将”の首筋へと鋭く一閃させた。
『ディーラ紛いのウィール』更新しました。
おそらく、今回で今年は最後の更新となるかと思います(笑)。
来年こそ、完結まで書きたいところ。
今年一年、本当にお世話になりました。来年もよろしくお願いします。
今回、作中で『シェラーシスの光』が「穢れ」が強いほど影響を及ぼすと描写しました。
ヤー様の「穢れ」は4で、ウィールは3。ゲームデータ的には1しか違わないので、それほど差はありません。
ですが、ここはゲームと小説の違うところ(笑)。これもまた、いつもの「小説的表現」ということで、ひとつ。