ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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赤い霧

 

 突然発生した赤い霧。

 翡翠の塔の最上部から吹き出した赤い霧は、瞬く間に『霧の街』を覆い尽くしていく。

 吹き出した赤い霧は、皓々と『霧の街』を照らしている街灯の白い光をも飲み込んで広がっていく。

 その様子はまるで、赤が白を侵食するかのように。

 

 

 

 襲いかかってくるボガードを、トホテルは一刀の元に斬り捨てた。

「こいつら……急に動きが活発になった……?」

 トホテルは足元で息絶えているボガードを見下ろしながら呟いた。

 この『霧の街』のあちこちに設置してある街灯。それが『シェラーシスの光』と呼ばれる魔動機文明時代の遺産であることは、トホテルもウィールから聞かされていた。

 そして、その遺産の効果も。

 蛮族──正確には「穢れ」を宿す者──は、この魔動装置の効果範囲内では自由に動けなくなる。

 もちろん全く動けなくなるわけではないが、「穢れ」の強い者ほどその効果は強くなるのだ。

 だが、周囲に赤い霧が漂い出してから、再び蛮族が活発に動くようになった。

 そしてトホテルには、この赤い霧の正体に心当たりがある。

「セイラ! クレアクレアの儀式の進展はどうだ? この赤い霧はおそらく、ウィールの言っていた魔剣がその能力を発動させたものだろう」

 トホテルは蛮族を警戒して周囲に鋭い目を向けながら、背後にいる副官へと声をかけた。

 彼の副官もまた、愛用の弓に矢を番えたままトホテルと同じように注意深く周囲の様子を探っている。

「……私には魔動機術のことはよくは分かりませんが……」

 弓を構えたセイラの視線が、ちらりと傍らで魔術儀式を執り行うエルフの女性──クレアクレアへと向けられた。

 いや、彼女が見たのはクレアクレアではなく、儀式の中心に据えられた一本の剣。

 刃のない刀身部分には、複雑な魔動機文明語の文字。その文字がクレアクレアの儀式に連動して激しく明滅している。その明滅の具合は、先程に比べるとかなり激しい。

 自身が言うように魔動機術については無知なセイラでも、儀式が終盤を迎えているだろうということは容易に推測できる。

 クレアクレアの執り行っている儀式──「守りの剣」を発動させるための儀式は、間もなく完了するに違いない。

 

 

 

 『霧の街』を覆い尽くした赤い霧。その赤い霧の発生源である、翡翠の塔の最上階。周囲がうっすらと赤く染まる中で、ウィールは確かに見た。

 それまで『シェラーシスの光』の影響を受け、殆ど動けなかった翠将ヤーハッカゼッシュ。

 そのヤーハッカゼッシュが、ごく自然に立ち上がったのだ。

 その動きは『シェラーシスの光』の影響を受けていないかのようで。

 その動きを見て、全てを悟ったウィールは顔を顰めた。

「……発動させたのか……紅霧の魔剣を……」

「いかにも。貴様も切り札を切ったようだからな。こちらも同じように切り札を切らせてもらったわけだ」

 ヤーハッカゼッシュの愛剣である、紅霧の魔剣クルルガラン。その魔剣の真の能力は、その刀身から吹き出す赤い霧にある。

 この赤い霧は、丁度『シェラーシスの光』の逆の効果を持つ。

 『シェラーシスの光』が「穢れ」を持つ者の動きを阻害するのとは真逆に、赤い霧は「穢れ」を持つ者の動きを活性化させる。

 そのためこの赤い霧は、『シェラーシスの光』の効果を打ち消す形になるわけだ。

「どうやら、この魔剣の能力を知っているようだが……そうすると、もう一つのカラクリも承知か?」

 楽しそうに問いかけるヤーハッカゼッシュ。

 彼が言っているのは、クルルガランが赤い霧を発生させる際、名誉蛮族たちから血を吸い上げる仕組みのことだろう。

 もちろん、その仕組みはウィールも知っている。かつては──この街で奴隷だった時──彼の主であり、名誉蛮族の一人であるヤムールには、腕輪の仕組みを伝えてある。

 だが名誉蛮族の腕輪は、一度腕に装備すると簡単には外せない。そもそも名誉蛮族は非常時の際の魔剣の生け贄なのだ。それが自由に外せては意味がない。

 腕輪の仕掛けを知ったヤムールは、一瞬だけ顔を顰めて見せたがすぐにそれを消した。

 そして一言、「おまえを信じているさ」とだけウィールに告げたのだ。

 それは、名誉蛮族の腕輪が外せないのならば、翠将が魔剣の力を発動させる前に倒せ、という意味なのだろう。

 しかし、ウィールはヤムールのその期待には応えられなかった。魔剣の力が発動してしまった以上は、一刻も早くヤーハッカゼッシュを倒すことが、ヤムールや他の名誉蛮族を助ける唯一の手段だ。

 そんな想いを胸に、ウィールは改めて愛剣を握り締める。

 そしてそれを見計らったかのように、ヤーハッカゼッシュがクルルガランを構えてウィールに向かって鋭く踏み込んで来た。

 

 

 

 だん、という大きな音と共に踏み込んだヤーハッカゼッシュ。だが、彼は剣の間合いに入った瞬間、その場でくるりとウィールに背中を見せた。

 攻撃が来ると予想していたウィールは、このあまりにも予想外の行動に一瞬面食らう。

 それはほんの僅かなタイミングのズレ。しかし、そのズレはヤーハッカゼッシュ相手には致命的とも言える。

 背中を見せたヤーハッカゼッシュは更に回転。丁度一回転した形となり、その遠心力を加えた横薙ぎをウィールの首筋へと見舞う。

 この時、ヤーハッカゼッシュは勝利を確信していた。

 魔剣から吹き出す赤い霧。この霧は魂に「穢れ」を宿す蛮族の力を跳ね上げる。

 今、自分が振った剣の一閃も、普段以上に鋭いものだ。

 剣速、膂力、どれをとっても人間に対処できる範囲を超えているだろう。

 どんなに鍛え抜かれた人間でも、素の能力は蛮族に軍配が上がる。この赤い霧は、その素の能力──魂が帯びた「穢れ」の力──を跳ね上げるのだから。

 自分の愛剣は、容易く“ディーラ紛い”の首を刎ねるだろう。刃が皮膚を裂く感触、肉を斬る感触、骨を断つ感触、そして宙に舞う“ディーラ紛い”の首。

 それらを明確に想像できる。それが彼の勝利の確信だった。

 だが。

 “ディーラ紛い”の首筋を斬り裂く筈のクルルガラン。しかし、愛剣から伝わってきた感触は、柔らかいものを断つそれではなく、硬質な何かとぶつかったそれ。

「──────なに?」

 翠将は思わず目を見開いた。なぜなら、赤い霧で強化された彼の一撃を、“ディーラ紛い”は己の剣で見事に受け止めていたのだ。

 そして、“ディーラ紛い”──ウィールは、しっかりと構えた剣の向こうでにやりとした笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ウィールの剣がヤーハッカゼッシュの剣を弾き上げる。

 その力は先程までよりも遥かに強く、ヤーハッカゼッシュは抗うことなく剣を弾かれてしまう。

 だが、それでも剣を手放さなかったのは、彼に残された最後の意地か。

 剣を弾き上げられ、がら空きになった翠将の胴。そこへ、振り上げたウィールの剣が閃光となって襲いかかった。

 ウィールが振る剣の速度もまた、それまでよりも一層速い。

──なぜだ? なぜ、この赤い霧の中で俺と同等の力を……?

 翠将の頭の中を幾つもの疑問が駆け抜ける。そして、それらの疑問を切り裂くように、脳内に走る一条の光。

「…………そう……か……」

 ヤーハッカゼッシュの脳内に疑問の答えという名前の閃光が駆け抜けると同時に、彼の腹を深々と斬り裂く鋼色の輝きが疾走した。

 皮膚と腹筋を斬り裂き、その内側の内臓までをも激しく損傷させた鋼色の光。

 夥しい出血と共にぼとぼとと損傷した内臓の幾つかを床に零しながら、ヤーハッカゼッシュはにやりと笑った。

「…………そう言えば……貴様も……我らと同じだったな……」

「そうだ。おまえたちに刻まれた魂の「穢れ」……今の俺は人間よりもおまえたちに余程近い存在だ」

 愛剣ドミネイターを振り切った姿勢のまま、ヤーハッカゼッシュの顔を見ることもなく、それでいて毒を含む血を浴びないように注意しつつウィールは答えた。

 かつて、ウィールはこの『霧の街』で二度死んでいる。そして、二度の蘇生を経験し、その魂に「穢れ」を蓄積させている。

 更には、つい先程ヤーハッカゼッシュに殺され、蘇生させられたばかりであり、三度の蘇生を経て彼の魂に蓄積された「穢れ」は、既に蛮族と遜色ないほどになっているのだ。

 その「穢れ」が、赤い霧の中で活性化して彼の力となった。

 これまでこの街の蛮族によって植え付けられた「穢れ」が、逆に翠将を討つ力となったのは皮肉としか言えないだろう。

「おまえが魔剣の力を解放したとしても……俺には何も困ることはなかったのさ。まあ、名誉蛮族の命を別にすれば、だがな」

 名誉蛮族たちから血を吸い上げ、赤い霧へと変換するクルルガラン。だが、この街に多数いる名誉蛮族全ての血を一気に吸い上げるものでもないだろう。

 魔剣の能力が発動している時間が短ければ、名誉蛮族たちの命も助かる可能性が高い。

 

 

 

 斬り裂かれた腹を、ヤーハッカゼッシュは愛剣を手放して両手で押さえる。

 主の手から離れたことで、紅霧の魔剣はその力の解放を止めた。がらんと音を立てて、クルルガランが翠将の足元に転がる。

 ヤーハッカゼッシュは腹を押さえたまま、ふらつきながらゆっくりと後退する。

 腹に刻まれた傷は、例え生命力に優れたバジリスクでも致命傷だろう。それでもなお、翠将の顔には笑みが浮かんでいる。

 ヤーハッカゼッシュは、窓のある壁際までよろよろと下がると、更ににぃと口角を釣り上げて告げる。

「……まだ……だ、“ディーラ紛い”……もう一勝負……と……いこうか……」

 その言葉を残して、翠将は自らその身体を窓の外へと踊らせた。

「ま、待てっ!!」

 それを見たウィールが慌てて窓へと駆け寄る。

 あの翠将が、自ら命を断つとは思えない。ならば、彼の言葉通りまだ何かあるに違いない。

 そして、これまでに何度もバジリスクと戦ってきたウィールは知っている。バジリスクには、最後の奥の手があることを。

 窓辺に辿り着き、そこからウィールが外を見るより早く。

 翡翠色をした巨大な八本足のトカゲが、窓の外からウィールを睨み付けた。

 

 

 




 『ディーラ紛いのウィール』更新。

 ようやくヤー様の魔獣化まで漕ぎ着けた(笑)。
 さあ、今度こそ最後の戦いだ。

 そして、今回もまたいつもの「小説的表現」が炸裂しております。ゲームのルール的にはおかしくても、あくまでもこれは小説だから細部を気にしたらだめだぞ(笑)。


 では、あと少しだけお付き合いください。
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