ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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蛮族の侵攻

 

 ハイネがもたらした情報を確認するため、ハウルは直ちに斥候を各方面へと放った。

 そして、その斥候たちが戻るまでの間に、ウィールやルキスラから来た冒険者二人を含め、今後の対策を練るために守備隊の隊長室で頭を付き合わせる。

「ところで、本当に蛮族は攻めてくるのか?」

 ヴェルファイア・ローランド──“双刃(ダブルエッジ)”という二つ名を持つナイトメアの冒険者──の言葉に、このカシュカーンの守備隊の隊長であるハウル・バルクマンは重々しく頷いた。

「ああ。彼女──サンドリーヌ・カペーは訳あって、ここ以外に安心して暮らせる場所がない。しかも、彼女はかつて『霧の街』にいた身だ。我々より蛮族に関してよほど詳しい」

「そのサンドリーヌが蛮族が攻めてくる可能性があると言うんだ。俺も彼女の言に間違いはないと思う。それに、間違いならばそれに越した事はないからな」

 ハウルの言葉に背中に翼を持った人間の青年──『霧の街』でそこに棲む蛮族たちから『ディーラ紛い』と呼ばれた冒険者である、ウィール・ビアンテはハウルの言葉を肯定した。

「……“鋼鉄の騎士”と“霧の街帰り”のお二人がそこまで言うのだ。僕らもその女性の言葉を信じましょう」

 そう答えたのは、神官服を着込んで太陽神(ティダン)の聖印を身につけた青年──“聖なる銃使い(ホーリーガンナー)”の二つ名で呼ばれるジェイナス・テスタロッサだ。

 ルキスラからこのカシュカーンに来たヴェルファイアとジェイナスの二人の冒険者は、このカシュカーンの命運を左右する程の軍議に出席しながら、時折ウィールへとちらちらと視線を向けていた。

 いや、より正確には、彼の背中にある翼へと。

「そんなにこの翼が気になるか?」

 彼らの視線に気づいていたウィールは、逆に自分の方から背の翼について切り出した。

「まあなぁ。そんなモンを堂々と背負っていたら、気にもなるって。なあ、ジェイ?」

「ええ、ヴェルの言う通りです。ところで、その翼は魔法道具(マジックアイテム)か何かなのですか?」

 ジェイナスのその言葉に、ウィールは一度ハウルと顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

「こいつは魔法道具なんかじゃなく、正真正銘、俺の背中に生えている本物の翼だよ」

 そう言いながら、ウィールは背中の翼をばさりと一度大きく動かして見せた。

 

 

 

 『霧の街』。

 ウィールはそこで、数度命を落とした。

 その際、彼は無理矢理蘇生されて魂に「穢れ」を負わされたのだが、彼が負わされたのは「穢れ」だけではなく、その身体もまた、蛮族の邪悪な妖術師に勝手に弄くられたのだ。

 『霧の街』には、人族の死者の身体に様々な蛮族の身体を植え付け、弄ぶ妖術師がいる。

 邪教を崇拝し、自身も不死者(アンデット)となったその妖術師は、『魔改造』と呼ばれる技術で人族を弄ぶのだ。

 その妖術師の名は“塚人いらず”のムギド。

 タビット族──直立歩行するウサギに似た人族の一種──でありながら、生まれ持った身体的な欠陥を迫害され、心を歪ませて不死者──レッサー・ヴァンパイアとなった彼は、自分を迫害した者たちに復讐を遂げ、その後は人体を改造する研究に取り付かれた。

 ムギドは『霧の街』の支配者が棲む翡翠の塔の中で、死体を買い入れては改造を施して生き返らせては、醜く歪んだ自分の身体に嘆き悲しむ人々の姿を見て楽しんでいるのだ。

 そしてウィールもまた、そのムギドの犠牲者の一人なのである。

 

 

 

「俺はまだ『霧の街』に辿り着いて間もない頃、蛮族に襲われて命を落とした……そして、次に目が覚めた時、俺の背中にはこの翼が……ディーラという幻獣の翼が植え付けられていたんだ」

 ディーラとは、美しい女性と鳥の姿を併せ持つ幻獣で、森や山奥でひっそりと暮らしている存在だ。

 人族に対しても決して敵対的ではなく、魔法文明時代は人族と交流があったと伝えられている。

 そんな幻獣の翼を、ウィールは自分の意志とは無関係に植え付られたのだった。

「ムギドは、他にも色々なものを人族や、時には蛮族にも植え付けていた。ボガードやワイトの腕を受け付けられるのならば良い方で、酷いものになると下半身をケンタウロスのような馬に変えられたり、魔道バイクの車輪を植え付けられた者、メデューサのように髪を蛇に変えられた者もいたそうだ」

 ウィールの説明を聞き、ヴェルファイアとジェイナスは盛大に顔を顰めた。

 以前にこの話を聞いた事のあるハウルまで、苦々しい表情を浮かべているほどだ。

 それ程、この人体を勝手に弄くる『魔改造』という技術は、冒涜的なものなのである。

「だが、俺はこの翼のおかげで何度も命拾いした事がある。だから、一概にこの翼を疎んではいないんだ」

 と、ウィールは付け加えた。

 実際、この翼は『霧の街』で大いに役立ってくれた。

 手強い蛮族から逃走する時も、高い塀を乗り越える時も。この翼がなければ、きっと彼は今こうして『霧の街』の外にはいられなかったに違いない。

 確かに人族の領域では、この翼は奇異な目で見られる。中には、はっきりと侮蔑を露にする者もいる。

 それでも、ウィールは自分の背中にある翼を、自分の一部であるとしっかりと受け入れていた。

 だが、その翼も『霧の街』の脱出にだけは役に立たなかった。

 というのも、『霧の街』には魔動機文明時代の対空システムがあり、一定以上の高度を飛ぶと、自動的に攻撃を受けて撃墜されてしまうのだ。

 そのため、「空を飛んで街から脱出する」という逃走経路は使えなかったのである。

「……聞くからに恐ろしい所だな、『霧の街』は」

 ヴェルファイアが呟けば、それに追随するようにジェイナスも頷いている。

「だが、それでも我々はいつかは『霧の街』に赴かねばならない。そこに捕らわれ、蛮族の奴隷とされている人族を解放するために」

 重々しい声で紡がれるハウルの言葉。

 その言葉に、ウィールは力強く肯くのだった。

 

 

 

 それからしばらく。

 ハウルが放った斥候が徐々に戻るようになってきた。

 だが、とある方向に放った密偵の一隊だけは、いつまで経っても戻らない。この事に、ハウルとウィールは一つの決断を下した。

「……蛮族が攻めてくるのは決定的だな」

 ウィールが呟き、ハウルが頷く。そして、ヴェルファイアとジェイナスもまた、この場に至って蛮族の侵攻が夢物語ではない事をはっきりと悟る。

「ハウル。もう一度斥候を送ってくれ。ただし、今度は絶対に無理をしないように厳命してだ。まずはどの規模の蛮族が攻めて来るのか、それをはっきりとさせたい」

「うむ。おまえの言葉に依存はない」

 ハウルはウィールの提案を飲み、すぐに再び斥候を送り出すべく部下へと声をかけた。

「ところで、コバール執政官はどうした? 執政官抜きで蛮族の侵攻に対処してもいいのか?」

「構わん。今、執政官殿は魔神の襲撃の際に負った傷の療養中だ。後の事は全て自分に任せるとのお言葉もいただいた」

 自分の疑問に答えたハウルに、ウィールは苦笑でもって応える。

 きっとあの小心者の執政官の事だ。療養中と言いながら、今頃はこのカシュカーンから逃げ出す算段でもしているのだろう。

 まあ、あの人物が絡んで来ない方がやりやすいか。

 ウィールは心の中でそう判断すると、綺麗さっぱりと小心者の執政官の事は忘れる事にした。

 それよりも今は、迫る蛮族に対する対処を行わなければならない。

「ところで、ここにいるという事は、君たちも力を貸してくれると思っていいのか?」

 ハウルはルキスラから来た二人組の冒険者に向かって問う。

「ああ。こうなったら乗りかかった船だ。最後まで付き合わせてもらうさ」

「僕も太陽神の信者ですから。蛮族は許し難き敵です」

 ただし、報酬はきっちりと請求させてもらうというヴェルファイアの言葉に、今度はハウルが苦笑を浮かべる番だった。

 

 

 

 カシュカーンから離れること一時間あまり。

 その辺りに散在する魔動機文明の遺跡群に、数多くの蛮族がひしめくように集まっているのを、ハウルが再び送り出した斥候が発見した。

 それらを構成するのは、コボルトやゴブリン、ボガードといった下級の蛮族が殆どだが、その中にはミノタウロスやゴブリンやボガードの上位種などの姿も散見される。

 その総数はざっと一千あまり。それはカシュカーンの守備隊よりも遥かに多い数である。

 その光景に顔色を悪くした斥候は、蛮族に発見される前にその場を立ち去る。

 上司であるハウル・バルクマンより、情報を持ち帰ることを第一と厳命されていた斥候は、その値千金な情報を無事ハウルの元へと届けることに成功した。

 そして、それを聞いたハウル以下カシュカーン守備隊の主だった者たち、そしてそれに協力する冒険者たちは、蛮族の侵攻があるのは今夜だと予測した。

 なぜなら、蛮族は人族とは違い夜目が利くからだ。

 夜の闇は蛮族に味方する。その暗闇に乗じて、一千を超える蛮族はこのカシュカーンへと攻めて来るだろう。

「松明や篝火を大量に用意させろ! 一晩中、灯りを絶やすな!」

 ハウルの指示の元、守備隊の隊員たちが走り回る。

 他にも、カシュカーン中の冒険者の店にハウルの名の元に指令が飛び、真語魔法が使えるソーサラーたちが集められた。

 夕暮れが近づき、辺りが薄暗くなり始めると、ソーサラーたちは一斉に「ライト」の呪文を唱え、カシュカーンの城壁を明るく照らし出していく。

 だが、カシュカーンを取り囲む城壁は決して高くはない。

 カシュカーン自体がまだ拓かれて間もない開拓村──最近では町と呼べるレベルまで大きくなった──であり、それ程高い城壁を築く余裕がないのだ。

 しかし城壁そのものは堅牢で、大きな石を幾つも積み上げ、生半可な攻撃ではびくともしない守備力を誇っている。

 だが、その城壁をもってしても、一千を超える蛮族を塞ぎきれるという保証はない。

 そんな町を取り囲む城壁の所々に設置された見張り塔の上に立ち、守備隊の兵はじっと蛮族が来ると報告された方角を凝視する。

 空は既に朱色に染まり、日没は間近に迫っている。太陽が完全に沈み、夜の帳が世界を支配する頃、蛮族は攻めて来るだろう。

 現在、見張りに立っているのは、人族の中でも夜目が利くエルフやドワーフ、ルーンフォークが中心となって行っている。

 だが、守備隊に属するそれらの種族は極めて少なく、ここでもハウルは冒険者を雇ってそれに当たらせていた。

 そして、そんな冒険者の一人で、見張りに当たっていたエルフの青年は、月明かりに何かがきらりと反射するのを見つけた。

 彼はすぐに仲間の冒険者にそれを知らせると、その場を仲間に任せて急いで守備隊長のハウルへと伝令に走る。

 結果として、それがエルフの青年の命を救った。

 彼が見張り塔を降り、蛮族の侵攻に対する本陣と定められた天幕へと走り出すのと同時に、背後で轟音と共に炎が渦巻いたのだ。

 思わず背後を振り返るエルフの青年。

 彼のその青い瞳は、業火に包まれて崩れ落ちる見張り塔を映し出していた。

 まるで戦いの幕開けを告げる狼煙のように、それを皮切りにあちこちで同じような轟音が響き渡り、幾つもの見張り塔が崩れ落ちていく。

 そう。

 ついに一千を超える蛮族の侵攻が始まったのだ。

 

 

 





 超お久しぶりに『ディーラ紛いのウィール』を更新しました。

 前回の更新から一ヶ月以上、待っていてくださった極一部の方々、お待たせいたしました。
 少々短めですが、ここに更新いたしました。

 次回は極力早目に更新するつもりです。
 遅くとも二週間以内には更新できるよう、精一杯努力致します。

 併せて、お気に入り登録、評価の投入などの各種の支援、本当にありがとうございます。
  それらを励みにこれからもがんばります。

 これからもよろしくお願いします。
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