ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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“黒こげにする”シャバディーン

 

 蛮族襲撃の報せは、瞬く間にカシュカーン中に知れ渡った。

 市民たちは念のために、すっかり暗くなった中をテラスティア大陸へと続く橋の近くへと避難し、兵士や報酬目当ての冒険者、そして市民の中から立ち上がった有志たちが、このカシュカーンの町を守るために戦場となる城壁へと駆けつける。

 既に見張り塔が何本も焼け落ち、辺りには焦げ臭い匂いが充満し、その匂いの中のあちこちで喧騒が響き渡る。

 武器と武器が打ち合わされる音、人族と蛮族の怒声や悲鳴、断末魔の声。中にはどちらかに属する魔術師が放ったであろう魔術が炸裂する音も聞こえてくる。

 そんな喧騒の中、カシュカーン守備隊の屯所の中では、守備隊長であるハウル・バルクマンが防衛戦の指揮を取っていた。

 各所から届けられる戦況報告。それら一つひとつに対応して命令を下すハウル。

 彼としては、自身も前線で戦いたかったのだが、彼は言わば今回の防衛戦の総大将である。その彼がのこのこと前線に出ていけるはずもない。

 だからハウルは、彼が最も信頼する人物にその前線を任せた。

「頼んだぞ、ウィール」

 小さな彼の呟きは、屯所の中の喧騒にかき消されて誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

(ヴェス)第三階位の攻(ザルド・ル・バン)鋼鉄(ストラル)瞬閃(スルセア)──斬刃(エスバドル)!」

 呪文の詠唱が終わると同時に、魔力で編まれた刃が目の前のオーガを斬り裂く。加えて、続けて振るわれた鋼の刃が、魔力の刃で斬り裂かれて体勢を崩したオーガの首を一刀の元に跳ね飛ばした。

 ヴェルファイアは、続けざまに手近にいたボガードへもその剣を振るう。こちらへは呪文を使わなかったのは、ボガード程度なら使う必要を感じなかったのと、先を見越した魔力の温存のためだ。

 病的なまでに青白い肌と、額から突き出た長い角。

 今、ヴェルファイアは彼の種族であるナイトメアの特徴を露にしている。

 彼らナイトメアは、生まれつき「穢れ」を持って生まれる。そのためか、その本来の姿は人間離れしており、中には明白に彼らを蛮族として扱う者もいるほどだ。

 しかし、その「穢れ」は時にナイトメアの力ともなる。

 ナイトメアがその本来の姿を露にする時、彼らは魔法との親和性が極めて強くなり、本来なら必要な呪文を口にする必要もなく、身振りなどのアクションも不要となるので身体の動きを阻害する鎧の制限もなくなる。

 ただ、強く念じるだけで魔法は発動するようになるのだ。

 因みに、今ヴェルファイアが本来の姿に戻っている──この状態を「異貌」と呼ぶ──のにも拘わらず、呪文を口にしたのは単なる癖以外の何物でもない。

 振るわれたヴェルファイアの剣は、願い違わずボガードの身体を上下に両断した。

 しかし、剣を振りきった僅かな隙をついて、近くにいたリザードマンが手にした曲刀を叩きつける。

 リザードマンの凶刃がヴェルファイアの鎧ごと彼の身体を斬り裂くより僅かに早く。

 響き渡った銃声と共に放たれた弾丸が、リザードマンの鱗に覆われた側頭部に穴を穿つ。

 人族には決して真似できない発声で悲鳴を上げ、血と脳漿を撒き散らしながら倒れるリザードマン。

 ジェイナスによる文字通りの横からの援護射撃に、ヴェルファイアは親指を立てて相棒に応えた。

「流石だな、相棒」

「おまえは、もう少し周囲に注意を配れ。そうでなければ、いつか大怪我をするぞ?」

「なに、おまえがいる限りそんな事はあり得ないさ。それに、怪我をしたらおまえが癒してくれるだろ?」

 相棒の軽口に、ジェイナスはひょいとその肩を竦めて見せる。

「そういや、“霧の街帰り”はどうした?」

「彼ならあそこだ」

 ジェイナスが指差す方を目で追えば、ヴェルファイアは篝火が煌々と照らすオレンジの光の中、夜空を舞う赤褐色の飛竜(ワイヴァーン)の姿を捉えた。

 飛竜は上空から炎を吐きかけながら、周囲に群がった蛮族たちを正に縦横無尽に蹂躙している。

 時折、飛竜の口以外からも炎が弾け飛んでいるのは、飛竜の主人たる“霧の街帰り”が操る妖精魔法だろう。

 

 

 

 現在、カシュカーンの防衛戦線の一角を、“霧の街帰り”のウィール率いる冒険者たちが支えていた。

 とはいえ、冒険者は軍人ではない。

 統制の取れた動きで一斉に攻撃するのが軍の強みなら、冒険者はそのフレキシブルな対応が強みである。

 よって、ウィールは冒険者たちには特別な指示は出さず、個人もしくは少人数での自由な判断な元、それぞれで蛮族と戦わせていた。

 ウィールが直接率いているのは、実際にはヴェルファイアとジェイナスの二人ぐらいだ。

 だが、ウィールの存在は、冒険者たちには大きなものだった。

 数で劣る冒険者たち防衛側。その防衛側が多数の蛮族を押し返していられるのは、ひとえにその士気の高さ故だ。

 その士気を支えているのが、他ならぬ“霧の街帰り”の英雄の存在なのである。

 “霧の街帰り”がいれば、蛮族なんぞに負けるはずがない。

 “霧の街帰り”と一緒なら、どんな強敵も恐くない。

 そんな思いが一緒に戦う冒険者たちの間にはある。だからこそ、冒険者たちは怖じけることなく、多数の蛮族相手に立ち向かえるのだ。

 飛竜を駆り、上空から戦場を俯瞰するウィールは、現時点では双方の戦力が均衡していると判断した。

 数で劣るカシュカーンを守る冒険者たちは、これまでの経験を生かして少数で上手く立ち回っている。

 各種魔法を使用した範囲攻撃や、味方の守備力や攻撃力を上昇させる支援魔法を上手く使い、数に勝る蛮族相手に互角に戦っていた。

 特に神官(プリースト)たちが使用する神聖魔法の『セイクリッド・ウェポン』と『セイクリッド・シールド』は、蛮族相手には極めて有効な支援魔法である。もしもこの呪文を使える神官がもう少し少なければ、この一角の戦線はとっくに食い破られていただろう。

 ウィールは上空から戦場一帯を見回し、劣勢な戦線を見つけるとそこに加勢する。

 上空からの飛竜の強襲は、蛮族にとっても脅威である。隼のように上空から急降下した飛竜は、その鋭く力強い牙と爪で蛮族を易々と斬り裂いていく。

 また、巨大な翼と尻尾も強力な武器である。翼で打ちのめされ、鞭のような尻尾で強打された数体の蛮族が、持ちこたえることも適わずに豪快に吹き飛ばされていく。

 劣性を挽回したと判断したウィールは、周囲の冒険者たちを激励すると再び上空へと舞い上がる。

 その時、遠くに夜の帳を切り裂く一条の光が、彼の視界の片隅に映り込んだ。

 その事を不審に感じたウィールは、この場をヴェルファイアとジェイナスの二人に任せると、飛竜を操って先程の光の方へと向かうのだった。

 

 

 

 遠くで響く戦闘の喧噪をよそに、異形の一団が夜の闇に紛れて静かにカシュカーンの町に忍び寄っていた。

 その先頭を行くのは一人の中年の男性。見た目の年齢は四十代ほど。白いものが混じった黒髪を一つに束ね、洒落た口髭を生やしており、色付きの丸眼鏡も相まって見るからに人の良さそうな初老の紳士。

 だが、彼の背後に付き従うのは異形の集団。

 ゴブリンやボガードなどの最も一般的な蛮族ではなく、トロールやオーガといったより強靭な肉体や魔法能力を持つ、蛮族としても上位種族ばかりで構成された集団だ。

 だが、たった一体。

 頭からすっぽりとローブを被った、異形たちとは別の意味で目立つ個体が、その集団から少し離れた後ろを物音一つさせずに歩いていた。

 異形の集団を引き連れた老紳士の丸眼鏡の奥に隠された瞳に、カシュカーンの町の城壁が映る。

「おやおや。どうやらこの辺りを守る守備兵はいないようだ」

 辺りに人族の兵士たちの姿がないことを確認した老紳士は、背後の異形の集団に向けて戯けたように言う。

 老紳士のその言葉に、異形の集団から形容詞がたい笑い声が幾つも上がった。

「人族どもの兵の数はあまり多くはないというのは本当のようだね。この辺りにまで兵を回す余裕がないと見える」

 ここはカシュカーンの町でも、普段からあまり人がいない区画だ。

 町を運営する上での重要施設にも程遠く、老紳士の言うように数で劣る守備側は、この区画の防衛を断念したのだろう。

 また、これまでにこの方面での蛮族の目撃情報が殆どないことも、この区画の防衛を断念した理由の一つである。

 だが今、その判断が命取りになろうとしていた。

 ここからこの集団がカシュカーンの町に侵入して内側から攻撃を始めれば、ぎりぎり均衡を保っている人族の戦線はあっと言う間に崩壊するだろう。

 そして、少数ながらも上位種族だけで固めたこの異形の集団は、それを可能にするだけの力を確実に秘めていた。

 老紳士の口角が歪に歪む。

「さあ、同胞(はらから)たちよ! これより人族の巣に入り込み、思う様人族を殺せ! 喰らえ!」

 老紳士の声に応えるように、異形たちが鬨の声を上げる。

 そして獲物に向けて放たれた猟犬のように、少数ながらも恐るべき集団がカシュカーンの町へと向かって駆け出した。

 それぞれの手には、剣や斧といった剣呑な得物を携えて。

 例え、異形たちの手に得物がないとしても、その膂力と鋭い爪や牙だけで人族などあっと言う間に挽き肉へと変えられるだろう。

 これから始まる殺戮に、胸を踊らせる異形の群れ。

 だがその異形の群れは、城壁に辿り着く前に突然弾けた真紅の業火に包まれたのだった。

 

 

 

 突然弾けた炎に、丸眼鏡に隠された老紳士の瞳がすぅと細められる。

「おっと。どうやら伏兵がいたようだ」

(ヴェス)第四階位の攻(フォルス・ル・バン)閃光(シャイア)電撃(エルタリア)──稲妻(ランドルガ)

 老紳士の呟きと、その呪文の詠唱が聞こえたのは殆ど同時だった。

 暗闇を切り裂いて稲妻が疾駆する。その目標はもちろん老紳士。だが、稲妻が老身の身体を捉えることは適わなかった。

 一行の一番後ろを歩いていたローブを被っていた存在が、何かを老紳に巻き付けてその身体を自分の方へと引き寄せたのだ。

 結果、稲妻は何もない空間を焼いただけに終わる。

「おや、今の声には聞き覚えがあるぞ? 最近、霧の街でその姿を見かけないと思えば、こんな所にいたのかね、サンドリーヌ?」

「やはり、今回の侵攻の指揮を取っていたのはあなただったのね、ジャバディーン」

 カシュカーンを取り囲む城壁の上。

 夜の闇よりも尚玄い髪と、その髪と同じ色のドレスを纏った妙齢の女性が一人、冷たい視線で老身を見下ろしていた。

 かつて。

 蛮族が支配する魔都、霧の街の支配階級であったサンドリーヌとジャバディーン。

 “宵闇の公主”と“黒こげにする”という二つ名を持った者たちは、今、その立場と場所を変えて再び再会した。

 

 





 『ディーラ紛いのウィール』更新しました。

 予定よりかなり遅くなって申し訳ありません。今後も、当作はこんなペースで更新していく予定です。
 気長にお付き合いいただけると幸いです。

 では、これからもよろしくお願いします。
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