ディーラ紛いのウィール   作:ムク文鳥

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宵闇の公主

 二条の雷光が宙を走り、互いにぶつかり合って相殺し、その輝きの残光だけを残して消滅する。

「ふむ……互いの魔力は互角か? こちらに来て、随分と魔術の腕が上がったようだね、サンドリーヌ?」

「『霧の街』で気ままに料亭を営んでいるあなたとは違うのよ、ジャバディーン」

 サンドリーヌとジャバディーンは、互いに離れた距離から真語魔法を撃ち合う。

 雷が空を裂き、爆炎が周囲を焼く。

 ジャバディーンの魔法を、サンドリーヌは操霊魔法の防御呪文で軽減し、ジャバディーンはサンドリーヌの魔法を「消魔の守護石」と呼ばれる道具(アイテム)で軽減する。

 だが、その魔法の撃ち合いで最も被害を蒙ったのは、他ならぬジャバディーン配下のオーガやトロールたちだろう。

 サンドリーヌの打ち込む範囲攻撃魔法。それはジャバディーンのみならず、彼の周囲にいた彼の配下たちをも巻き込んで炸裂する。

 ジャバディーンほど魔法に対する抵抗力が高くなく、そして道具の恩恵も受けられないオーガやトロールたちは、サンドリーヌの放つ強力な魔法の効果を直接受けた。

 唯一、後方に控えていた謎のローブ姿だけはそれを間逃れていたが。

 だが、オーガたちも愚かではない。

 トロールの司祭(プリースト)たちが神聖魔法で傷を癒すと、範囲魔法の効果を逃れるように動き出す。

 そして範囲魔法の巻き添えから逃れたオーガたちは、大きく迂回して孤軍奮闘するサンドリーヌへと迫る。

 崩れかけたカシュカーンの城壁を抜け、城壁の上にいるサンドリーヌを見上げて──彼らは唖然とした。

 なぜなら、サンドリーヌは城壁の上にいたわけではなかったのだ。

 彼女は今、蜘蛛のような八本足の魔動機械の上に立っていたのだ。その本体の高さは丁度城壁と同じくらい。そのため、彼女が城壁の上に立っているように見えていた。

 呆然と魔動機械──アラクネという名称──の上のサンドリーヌを見上げていたトロールの喉に、ぷつっと音を立てて矢が突き立つ。

「ぐガ……?」

 そのトロールは、自分の身に何が起きたのか理解することなく、そのまま絶命する。

 そして、矢は一本だけでは終わらない。

 強力な弩から放たれた矢──太矢(クォラル)と呼ばれる弩専用の矢──は、立ち尽くす蛮族たち目がけて立て続けに降り注ぐ。

 この時になり、蛮族たちはようやくアラクネの足元にもう一人、真紅の髪をした人族の青年がいる事に気づいた。

 青年はアラクネの足を遮蔽として、そこから連続で弩を放っているのだ。

 しかし、弩は一撃は強力なものの連射には向かない。青年は矢を番えた弩を何張も準備し、それを取り替えながら撃っていた。そのため、限定的ながらも連続射撃が可能だったのだ。

 太矢が蛮族たちの身体に突き刺さる。しかし、強靭な生命力を誇る蛮族は、よほど当たり所が悪くない限り、一本や二本太矢が刺さった所で絶命までには及ばない。

 弩による攻撃を受け、怒りに我を忘れた蛮族たちは青年へと殺到する。

 それを見た青年は、慌てたように背中を向けて逃亡に移る。

 今、蛮族たちは青年しか見ていない。すぐ近くに魔動機械(アラクネ)に騎乗したサンドリーヌがいる事など、彼らの単純な頭からは綺麗に消えていた。

 蛮族の集団が、逃げる青年を追ってアラクネのすぐ近くを通過する。

 その時。

 サンドリーヌは、狙い澄ましたようにアラクネの放電能力を解放した。この魔動機械には、周囲に電気を放って攻撃する機能があるのだ。

 正確には狙い澄ましたように、ではない。実際に狙い澄ましていたのだ。当然、真紅の髪の青年が弩で狙撃したのも、その後に脇目も振らずに逃げ出したのも、敵を一網打尽にするための作戦である。

 サンドリーヌの魔法、弩による射撃、そして今の放電攻撃。これらのダメージの累積により、強靭な蛮族の生命力もついに力尽きた。

 放電を受け、全身から嫌な臭いと煙を振り撒きながら、蛮族たちはその場でばたばたと倒れたのだった。

 

 

 

「ほう。相変わらず頭が切れるな、サンドリーヌ。“宵闇の公主”の異名は錆び付いてはいないというわけか」

 ジャバディーンが感心した風に口を開いた。

 城壁の向こう側が直接は見えなくても、複数の気配が一斉に消えた事を感じ取り、配下の蛮族たちがサンドリーヌの策略で倒された事に気づいたのだろう。

「だが、この私はそこらの雑魚どもとは違うぞ?」

 ジャバディーンは色眼鏡越しにサンドリーヌをひたと見定める。

 それだけで、なぜかサンドリーヌは一瞬だけとはいえその身体をふらりとよろけさせる。

「ほう、耐えたか。お見事」

「く……っ!!」

 ジャバディーンは、わざとらしく拍手までしてサンドリーヌを称えた。

 対して、サンドリーヌは厳しい視線でジャバディーンを睨み付ける。

「石化の呪い……」

「いかにも」

 鷹揚に頷くジャバディーン。

 彼の種族はバジリスク。その視線には見た者を石へと変える呪いが含まれ、その身に流れる血は猛毒を帯びる。

 蛮族の中でもドレイクなどと並んで、支配階級として君臨する種族だ。

 ジャバディーンは今、その呪いの視線をサンドリーヌへと向けた。幸い、呪いは彼女の身を穢すことはなかったが、それでも立て続けに呪いの視線を向けられては、サンドリーヌと言えどもいつかはその呪いを身体に宿す事になるだろう。

 そうなれば、彼女はその美しい容姿のまま、物言わぬ石像と化す。

 

 

 

 その後、サンドリーヌは劣勢に立たされた。

 素早く城壁を回り込んだジャバディーンは、真語魔法を放つと同時に腰の後ろに佩いていた剣でも攻撃をしかけてくる。

 武器攻撃と魔法を同時に行使する〈マルチアクション〉。それは人族だけではなく、蛮族もまた使用する技術なのだ。

 そして、それらの攻撃に時折紛れる石化の視線。

 これらの攻撃全てを捌くのは、さしものサンドリーヌと言えども容易な事ではない。

 もしも彼女がアラクネに騎乗していなければ、今頃はとっくに物言わぬ骸と成り果てていただろう。

(ヴェス)第五階位の攻(フィブ・ル・バン)衝撃(ショルト)炸裂(スラーバ)──絶掌(ダルラッド)!」

 ジャバディーンへと突き出したサンドリーヌの右の掌から、不可視のマナの衝撃波が飛ぶ。

 それと同時に、左手に握り込んでいた水晶──魔力を蓄えた魔晶石──が、粉々に砕け散った。

 次々と高位な魔法を使用した事で、サンドリーヌ自身が内包していたマナは殆ど尽きている。現在は魔晶石に蓄えられたマナを用いて、魔法を使っている状態だ。しかし、その魔晶石も準備してきたものはほぼ使い切った。残るは内包魔力の少ないものばかりだ。

 加えて、ジャバディーンの猛攻に晒されたアラクネも、脚部ががたがたにされてしまっている。

 もう少しぐらいは持ちそうだが、それ以上の攻撃を受ければこの魔動機械も単なるガラクタと化すだろう。

 先程放ったマナの衝撃波──『ブラスト』は、今のサンドリーヌが放てる最後の高位魔法であった。

 まさに渾身の一撃。

 その魔法はジャバディーンに見事に命中し、彼の身体を数メートルほど後ろへと吹き飛ばした。

 そして、そのまま大地に臥して動かなくなる。

「……た……倒した……?」

 サンドリーヌが苦境に立たされていたように、ジャバディーンもまたぎりぎりの状況だった。

 サンドリーヌは卓越した魔術の使い手である。それも真語魔法だけでなく、操霊魔法をも使いこなす。

 彼女のように、真語魔法と操霊魔法の二つを操る魔法使いを、「大魔術師(ウィザード)」とも呼ぶ。

 そして「大魔術師」は、深智魔法と呼ばれる三つ目の魔法系統まで操れるようになるのだ。

 そんなサンドリーヌの魔法を何発も受けていたジャバディーン。彼はその強靭な精神力と各種の道具(アイテム)の力でサンドリーヌの魔法に耐えていたが、それでもその生命力は無尽蔵ではない。

「た……倒した……のかい?」

 倒れたジャバディーンを警戒しつつも、アラクネから降りたサンドリーヌの傍にクリスがやって来た。

 本来ならば、クリスもサンドリーヌと共に戦いたかった。しかし、彼の実力では到底バジリスクに抗う事は不可能であり、サンドリーヌの足手まといにならないように物陰に隠れて様子を窺っていたのだ。そして、ジャバディーンが倒れたのを見て愛するサンドリーヌの元へとやってきたのだ。

「分からないわ。でも、いくらバジリスクとはいえ、不死身ではないはず……」

 バジリスクは強力な蛮族である。だが、それでも彼女の言うように不死身ではない。

「……それに、今のジャバディーンなら、本来の姿に比べて体力や生命力は若干劣るわ。ならば、倒しきった可能性もある……」

 しかし。

 しかし、彼女がそう呟いた時、くつくつという低い男の笑い声がサンドリーヌとクリスの耳朶に響いた。

「くっくっくっくっく。いや、正直君を侮っていた。君もまた、私と同じ『霧の街』の支配者の一人だったのだ。これぐらいの……私と同等の実力を持っているのは当然であろうな」

 そう言いながら、ジャバディーンは仰向けに倒れていた状態から、むくりと腹筋のちからだけで上半身だけを起こした。

 それを見たサンドリーヌは、隣に立つクリスを庇うように前へと進み出る。

 しかし、それはほんの少しばかり遅かった。

 彼女が数歩前へと出るより早く、ジャバディーンの魔眼がクリスを捕らえたのだ。

「………………………」

 その瞬間、彼は一言を発する暇もなくその場で石へと変えられた。

「クリスっ!!」

 振り返り、愛する男性の姿を見たサンドリーヌの美貌が苦痛と驚愕に歪む。

「ふむ。さすがに君にはなかなか通用しなかった私の魔眼だが、その男には容易に通用したね」

 にたりと嫌らしい笑みを浮かべ、ジャバディーンはサンドリーヌを見定める。

「ジャバディーン……っ!!」

「おっと、恐い恐い」

 サンドリーヌの燃えるような憎悪の視線を向けられても、ジャバディーンは戯けたような仕草で肩を竦めて見せるだけ。

「だが、人族の雄が一匹、石になったからと言って君や私には何の痛痒でもあるまい? 君もまた……」

「黙れっ!!」

 ジャバディーンの言葉を遮るように、サンドリーヌから光弾──『エネルギー・ボルト』が迸る。

 しかし、その魔法の弾丸はジャバディーンが放った同種の魔法で相殺されてしまう。

「やれやれ。“宵闇の公主”とも呼ばれた君が、何を血迷っているのやら」

 マナが底を尽き、魔法を連続で放てないサンドリーヌに向けて、ジャバディーンは更なる追撃を行う。

(ヴェス)第五階位の攻(フィブ・ル・バン)衝撃(ショルト)炸裂(スラーバ)──絶掌(ダルラッド)

 それは、先程サンドリーヌが放った『ブラスト』の呪文。

 自身へと迫る衝撃波を感じ取り、サンドリーヌはそれを回避しようとして──突如、その動きを止めた。

 結果、マナの衝撃波はサンドリーヌの身体に真っ正面からぶつかり、彼女の華奢な身体を吹き飛ばす。

 それは、先程のジャバディーンの時と同じ光景でもあった。

「ふむ……どうやら、本当に君は血迷ったようだな」

 侮蔑の意志を含めた視線で、ジャバディーンは倒れたサンドリーヌを見下ろす。

「なぜ、この人族を庇う? 君も私と同じ蛮族だろうに。なぜだ? ラミアのサンドリーヌよ?」

 大地に倒れたサンドリーヌ。その細く嫋やかな身体に変化が生じていた。

 上半身はそれまで通りの美しい貴婦人のものだが、今、彼女の下半身は巨大な大蛇のそれに変じていた。

 そう。たった今ジャバディーンが言ったように、彼女は人族ではない。

 蛮族だ。

 それも、ラミアと呼ばれる高位蛮族であった。

 サンドリーヌたちラミアは、生きていくために人族の血を必要とする。

 そのため、多くのラミアたちはその正体を隠して人里に紛れ込んでひっそりと暮らしている。

 蛮族の領域で生活するラミアは、人族の奴隷を囲い込み、それを食料として生きている。

 サンドリーヌもまた、かつては『霧の街』で多くの奴隷を所有して暮らしており、クリスは彼女の奴隷の一人であった。

 しかし、サンドリーヌはクリスと恋に落ちた。

 そのため、彼女はクリスとの平穏な生活を夢見て、それまでの全てを捨てて『霧の街』を出た。それ以後は、“霧の街帰り”の英雄の盟友として、ここカシュカーンで暮らしているのだ。

 カシュカーンの守備隊の隊長であるハウル・バルクマンでさえ、彼女の正体は知らない。これはウィールとその家族だけが知る秘密であった。

 そして、サンドリーヌが避けられたはずの攻撃を敢えて避けなかったのは、彼女の背後に石と化したクリスがいたからだ。

 クリスはまだ死んだわけではない。彼は今、呪いによって石になっているに過ぎない。

 高位の神官(プリースト)による『キュアストーン』の呪文で、彼は元の姿に戻るだろう。

 しかし、石となった身体が、何らかの理由によって砕けてしまえば。

 それは彼の死を意味し、二度と元には戻らなくなる。

 だから、彼女はジャバディーンの魔法を敢えてその身で受けたのだ。

「……まあ、君が血迷っていようが正常だろうがどうでもいい。どうせ君はここで死ぬのだからな」

 ジャバディーンは、倒れたサンドリーヌへと近づきながら、その眼に宿った呪いを解放する。

「…………ぐ……ぅ……っ!!」

 傷ついたことで抵抗する意志も弱まったのか。ジャバディーンの魔眼の呪いが、彼女の左腕を石へと変えた。

 そしてサンドリーヌの元まで歩み寄ったジャバディーンは、冷淡な視線で彼女を見下ろしながら、手にした剣を構える。

「さらばだ。“宵闇の公主”よ」

 その言葉と共に、ジャバディーンの剣が真っ直ぐにサンドリーヌの喉へと突きおろされ、その場に真紅の花が咲いた。

 

 




 『ディーラ紛いのウィール』ようやく更新できました。

 今回もまた、二週間も間が空いてしまいましたが、なんとかこうして更新しました。
 この二週間で、更にお気に入り登録も増えました。登録していただいた方々、本当にありがとうございます。

 普段の一日のユニークアクセスが10前後という超零細な小説ですが、必ず最後まで書き通しますので、今後もよろしくお願いします。
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